楠木新(くすのき あらた)
楠木新の自己紹介

*講演・セミナー・研修および取材などの
お問い合わせは、kusunoki224アットマークnifty.comまでお願いいたします。
※アットマークを@に代えてください

執筆

2017年11月13日

角田光代さんのお話に聞き入りました

一昨日に、心斎橋の文壇バーで催しがあって角田光代さんのお話を
拝聴しました。

みなんご存知の通り、角田さんは次々とエンターテイメントな小説を
発表されています。

私は、『経理部は見ている。』(日経プレミア)を書くときに、『紙の月』を
書籍でも映画でも見て参考にしたのですが、その時もいろいろ考えさ
せられました。

現在は、『源氏物語』に取り組んでおられるそうです。
内容は紹介しませんが、『源氏物語』を訳しながら感じることや
そのご苦労なども率直に語っておられました。

原稿に取り組む真摯な姿勢が私にも伝わってきて、なぜか背筋が
伸びるような感覚でした。
とても上質な時間を過ごさせてもらいました。

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kusunoki224 at 14:17|PermalinkComments(1)

2017年05月17日

おかげさまで『定年後』(中公新書)の4刷、4万部突破が決まりました

中公新書‏さんのツイッターで、『定年後- 50歳からの生き方、終わり方』
の4刷、累計4万部の突破が発表されました。

内容は、以下の通りです。
『楠木新著『定年後』の重版が決定! 4刷となり、早くも累計4万部を突破
しました。丸善丸の内本店の週刊ベストセラーランキング(5月4〜10日)
では新書部門の第2位と健闘しています』

ツイッターにあるように、丸善丸の内本店では第二位、そのほかの大手書店の
新書ランキングでも上位につけています。三省堂神保町本店では新書第一位に
なっています。
三省堂書店神保町本店週刊ベストランキング(〜5/14)

4月29日に、初めての増刷がツイッターに載りましたが、3刷り、4刷りと続きました。
あまりに速いペースなので自分でも驚いています。

やはり『定年後』についての関心が高いことがうかがわれます。
またこの本は、お金のことよりも、社会とのつながり、定年後の居場所、
「死」からの逆算型生き方などを中心に書いていますが、その点が
評価されているのかもしれません。

「定年後」をリスク管理の観点ではなく、イキイキとした生活を送る人生最後のチャンス
ととらえることが大事ではないかと考えています。

いずれにしても、増刷は読者に購入いただいた結果の積み上げです。
感謝!感謝!であります。

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2017年05月01日

『月刊 人材教育』5月号に掲載されました

『「働かないオジサン」はなぜ生まれるのか』が、『月刊 人材教育』5月号
(日本能率協会マネジメントセンター)に掲載されました。
「引き出せ! 40代の底力」という特集の中の一文です。
見開き4ページの記事です。

『「働かないオジサン」はなぜ生まれるのか』の小見出しは、
・「危機にさらされる40代後半」
・「働かないオジサンを生む仕組み」
・「背景にある゛能力平等主義”」
・「もう一人の自分」をつくる
・「個々の力が発揮できる環境を」 です。

2年前に定年退職してから、講演や企業内の研修を依頼されることが
増えてきました。
各企業においては、中高年社員の活性化の課題が大きくなっているのでしょう。
バブル期入社への対応、2013年の高年齢者雇用安定法の一部改正によって
65歳までの雇用責任が企業側に義務付けられたこともそれを後押ししています。

今回は、この問題を企業側の視点と、働く社員側の視点の両方から見て、
対応すべき方向性について簡単に言及しています。

実際には、定年後の生き方、働き方まで視野に入れる必要があります。
このため、この2年間は退職後、あえてプータロ―となって、自らも定年退職者
になっていろいろ考えてきました。

そこで書いたのが、今回の『定年後』(中公新書)です。
定年後は、中高年社員の働き方とつながっていることを痛感しました。

また今回の記事の肩書には、
「神戸松蔭女子学院大学 人間科学部 非常勤講師」が付け加えられています。
久方ぶりに、新たな肩書がつきました。

プータロ―の時は、「定年退職者」という肩書で原稿を書いた時もありましたが、
やはり違和感があったのでしょう。受け入れられなかった経緯があります。
でも出せる肩書がなかったのは事実なのです。
これらのことはまた別に書いてみます。

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2017年04月29日

おかげさまで『定年後』(中公新書)が増刷になりました!

中公新書さんのツイッターでは、
<楠木新著『定年後』の重版が決まりました。2刷です。シニア社員、定年退職者、
地域で活動する人たちへの取材を通じ、定年後に待ち受ける「現実」を明らかにし、
ヒントを提示する一冊。同著者の『左遷論』も好評発売中です。>と書いていただいています。

本を書いていると、ご機嫌になれることがいくつかあります。
私にとっては、最初の増刷連絡が最も嬉しいことの一つです。

なんといっても2刷りが最初の目標なので、「ほっと」した気持ちにもなります。

当たり前のことですが、これも財布から千円札やカードを取り出して
レジまで持っていってくれる、またネットの画面で購入のボタンを
押してくれるお客さんあってのこと。感謝申し上げます。

今回は、発行の部数も多かったのですが、発売早々に重版になったので
大変喜んでいます。
これも一緒に伴走いただいた編集者さん、出版社の営業の方々、朝早くから
書店の棚で本を並べていただいている書店員の方々のおかげと思っています。
ありがとうございます。

まだ出版してから10日。もっともっと拡がって、多くの人に手に取ってもらいたいと
思っています!

<増刷をお知らせする中公新書のツイッターから写真をお借りしました>
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2017年04月19日

『定年後』(中公新書)が、いよいよ発売です

中央公論新社のHPで、『定年後-50歳からの生き方、終わり方』の
内容がアップされました。
定年後-50歳からの生き方、終わり方(楠木新)

本文部分を紹介しますと下記のとおりです。

『定年後-50歳からの生き方、終わり方 楠木新著

自営業などを除けば誰もがいつか迎える定年。社会と密接に関わってきた人も、
組織を離れてしまうと、仕事や仲間を失って孤立しかねない。
お金や健康、時間のゆとりだけでは問題は解決しない。家族や地域社会との良
好な関係も重要だ。第二の人生をどう充実させたらよいか。
シニア社員、定年退職者、地域で活動する人たちへの取材を通じ、定年後に
待ち受ける「現実」を明らかにし、真に豊かに生きるためのヒントを提示する』

この自著発売のタイミングは、なぜかいつも緊張します。

かつての萩本欽一 さんが司会をしていた「スター誕生!」という番組で、
出場者が一人ずつお立ち台に出て、「〇番、〇〇です。一生懸命歌いました。
よろしくお願いいたします!」と、居並ぶスカウトマンにアピールして、プロダク
ションの名前が書かれたプラカードを揚げてもらえるように祈っていた姿を
思い出します。

欽ちゃんが「揚がりましたーっ!おめでとうございまーすっ!!」と絶叫してくれるかどうか。
当時の『イルカにのった少年』で大ヒットを飛ばした、城みちるさんのように
なれるかどうか。

アマゾンでは本日から、全国の書店でも20日には店頭に並ぶ予定です。

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2017年04月17日

『定年後 - 50歳からの生き方、終わり方』 (中公新書)の見本が届きました

アマゾンでは4月19日、翌日20日には全国の書店に並ぶ予定の拙著の見本を
お送りいただきました。

振り返ってみれば、私が「定年後」について関心を持ってから15年になります。
実は47歳の時に会社生活に行き詰って体調を崩して長期に休職した時からです。

休職した時に、家でどう過ごしてよいのかが分からなかったのです。外出はできる
状態だったのですが、行ける場所は、書店か図書館、あとはスーパー銭湯などの
温浴施設くらいでした。

仕事の息抜きで見るテレビ番組は楽しむことができましたが、いざ多くの時間が
できると面白いと思える番組はありませんでした。特に日中はどこの局も同じような
ニュースや話題を取り上げていたからです。
それでもテレビの前から離れず、リモコンのチャンネルを変えることが癖になっていた
ことを思い出します。

その時の課題意識から、「定年後」は必ず書こうと思っていました。

本書を書くに際して、数多くの定年退職者、現役の会社員、地域で活動している皆さん
から、ご意見・感想をいただき自らの体験を語っていただきました。
また私の会社員当時の先輩、同僚および学生時代の友人にも大いに助けられました。
この場をもって御礼申し上げます。ありがとうございました。

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2017年04月03日

校了になりました

1月末に、第一校を書き上げたとブログに記した、
『定年後ー50歳からの生き方、終わり方』(中公新書)
が校了になりました。

ほぼ2か月見直し期間が続いたことになります。
この間に何回原稿を推敲したかわかりません。

そして最後の校正を終えたと思った原稿をもう一度
読む機会ができたので、これでほとんどないだろう
と思っても、やはり10箇所は出てきます。

・「てにをは」でも、「で」よりも「に」の方が良い
・前の行と同じ言葉が使われているのでうるさい
 →類語辞典も参照して言い換え
・言葉が抜けている
 「リモコン」→「テレビのリモコン」
・言葉の使い方
 「家族」か「家庭」か
・厳密さから、表現を婉曲にする。ニュアンスを修正する
                           などなど

何度も何度も声を出して読んだのに、見逃している箇所があるのです。

また。、編集者さんから最後の最後に、意味が通りにくいと指摘された
箇所は、自分の思いれが強いので表現がかえって雑になっていました。

前のめりになると、どうしても客観的に見れなくなっているということでしょう。
そういう意味では、自信のある見解を展開するときの方が余計に注意して
おかなければならないと思い知りました。

対面では、雰囲気や力強さが相手に伝わるので理解されても
文章では、一定の距離を持つというか、客観的な立場を持っていることが
必要になるのでしょう。

一冊の本の分量を「一つも修正はない」ところまで推敲するには、どれくらい
読み込めばよいのでしょうか?

私には永久に終わらないような気もするのです。
環境、体調、論理の追い方、イメージなど、毎回同じ状態で読んでいるのでは
ないからです。

もちろんズボラな私がそう思うだけであって、修正個所がひとつもなくなるまで
読み込んでいる人は少なくないかもしれません。

いずれにしても4月の発刊が楽しみです。

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kusunoki224 at 09:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月10日

漫画と小説は使う筋肉が違う

最近、久方ぶりにネットカフェに通っている。
以前に利用したのは10年くらい前だ。
あぁ〜なつかしい。

当時は、執筆を始めた頃で会社帰りに立ち寄って
原稿を書くことが多かった。
その時には、朝日新聞の『こころの定年』と、ダイヤモンド・
オンラインの『父と娘の就活日誌』の毎週の連載が重なって
いたので結構大変だった。

ホテルが入居しているビルにあるネットカフェで、使い心地も
良かった。毎日パソコンの前にかじりついていた。

現在は、漫画を読むために利用している。
小さい頃は、家の隣が貸本屋だったこともあって毎日のように
読んでいた。しかし社会人になってからはトントご無沙汰だったが、
読み始めるととまらない。

電車のなかで、中年のサラリーマンが漫画を読みふけっている姿
を見て、「なんでそんなに面白いのか」と勝手に思っていたが、
その理由がよく分かった。

深沢七郎の小説と並行して読み進めて感じたことは、小説の間に
コミックを読むと全然疲れないことだ。どうやら使う脳内の筋肉という
か場所が違っている感じだ。相互に気分転換になる。
こういう読書の進め方もあるかもしれない。

そしてふと顔を上げて周囲を見回すと、10年前とは違って、ほとんど
の人がパソコンを使っていない。スマホで見れば足りるからだろう。
皆、コミックを読みふけっている。

でもひよっとすると、10年前もそうだったのかもしれない。
私はネットカフェは、パソコンを使う場所だと思い込んでいたが、
それは自分の必要性からそう思い込んでいただけのような気もする。
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kusunoki224 at 14:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年01月31日

「フラフラになって脱稿しました」

終わった。
次回作の原稿を書き上げて出版社にメールで今送った。
もちろん終わりではなく、これから編集者さんとの打合せ
推敲などを経なければならない。
でも一旦は終わった。

いつもこの第一稿を書き上げるときはフラフラになる。
原稿を一応書き上げても、目次の小見出しを考えていると
本文も直したくなる。

引用も結構あるので、原文の書籍からその部分をゼロして
揃えなければならない。そうするとまた本文が気になる。

在職中の時には、最後の日にはまっすぐ廊下を歩けなかった
こともある。文字通りフラフラだった。

そう考えていると、郷ひろみさんの歌に「フラフラ」という歌詞が
あったことが頭に浮かんだ。
『セクシー・ユー』かと思ったが違った。
ネットで検索してみると、『誘われてフラメンコ』だった。

♪「誘われてフラフラ、乱されてユラユラ」
♪「誘われてフラフラ、目の前がクラクラ」

これは私の「フラフラ」とは違うだろう。
辞書で引いてみると、「安定せずに揺り動くさま。物理的にも精神的にも言う。」
とある。これは私がいま体験している「フラフラ」とは違う。
どちらかと言えば、郷ひろみさんの方だ。
語尾が上がっている。私の「フラフラ」は、語尾が下がる。

これはおかしいと思って、
「ふら ふら」で引くと、(三省堂 大辞林)
一 [1] ( 副 ) スル
[呂入らなかったり,疲れたりして,体が揺れ動くさま。 「熱があるのか−する」 「急に−(と)しゃがみこんだ」
落ち着かないさま。安定しないさま。また,考えや態度が定まらないさま。 「職にもつかず−している」 「気持ちがまだ−しているようだ」
はっきりした考えや目的がなく行動するさま。 「誘われてつい−とついて行ってしまった」
物が飛ぶさま。漂うさま。 「(雀ガ)−と飛びていぬ/宇治拾遺 3」

と、私の意味も入っている。
「フラフラになって脱稿しました」ではなくて、「ふらふらになって脱稿しました」
が正しいのか。
類語辞典で見ると、やはり「フラフラした」と「ふらふらした」は、全然別の言葉であることが分かった。

こんなしょうもないことは考えないで、今から温浴施設にでも行ってみよう。
それにしても、郷ひろみさんは、「ふらふら」になることはあるのだろうか?

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2016年11月24日

『経理部は見ている。』で初めて講演しました

『関西の今後を考える会』で、『経理部は見ている。』というタイトルで
先週の金曜日にお話をする機会をいただきました。

参加者は、ほぼ20人。やり取りができるちょうどよい人数です。
初めに、週刊文春に掲載いただいた橘 玲(たちばな あきら)さんの
書評を読んでもらって感想を求めました。

何度読んでも素晴らしい文章です。
こういう書評が書けるようになるのが私の目標です。

その後、富山市議会の領収書問題についての改革案を簡単に
示したのちに、書籍の内容をもとにいろいろお話をさせていただきました。

レジメの見出し項目は下記のとおりです。

1.「白紙領収書不正」は民間の経理基準で簡単に防止できる
1.手書き領収書とレシート、どっちが信用される?
1.動く経理担当者
1.社員の工夫もいろいろ
1.社員の人柄、品性はおカネで分かる
1.ダークサイドに落ちるな
1.おカネも見ている

「社員の工夫」の話をしている途中で、我ながらセコイ話をしているなぁ、と
なんとなく情けなくも、おかしい気持ちになりました。

でも聴き手の方々は、こういう話が面白いようで耳を傾けていただきました。
1時間話して、30分を質疑応答に充てたのですが、途切れることなく
質問や意見、体験談も飛び出して楽しく過ごすことができました。

その後の高級な中華料理もおいしくいただきました。

今回は、私の元の勤務先で、新入社員の研修寮で同室だった友人の
紹介で機会をいただきました。
今のように個室ではなくて、間にカーテンを引いて過ごしていたのが
懐かしい思い出です。

持つべきものは友、と改めて思った夜でした。
参加された皆さん、ありがとうございました。

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2016年11月22日

私はお茶目?

先日東京で初めて会った女性編集者といろいろな企画の話をした
翌日に、受け取ったメールには、お礼とともに

「楠木さんはお茶目な雰囲気の方で、
とっても楽しい時間を過ごさせていただきました」というくだりがあった。

この「お茶目」の意味が以前から、もうひとつわからなかったが、
自分が「お茶目」と言われたのはちょっと驚いた。

関西ではほとんど使わない言葉だからだ。
神戸で育ち、京都で学び、大阪で働いたが、私はほとんど聞いたことがない。

辞書を見てみると、
・「三省堂 大辞林」、
・お ちゃめ [2] 【御▽茶目】
( 名 ・形動 )
子供っぽい,愛敬のあるいたずらをする・こと(さま)。また,それの好きな人や
そうした性質。「茶目」を親しみやすくした言葉。 「 −な子」

・お茶目 実用日本語表現辞典
読み方:おちゃめ
無邪気で愛らしく、憎めないさま。茶目。

・Weblio類語辞書
遊び心のある ・ 遊び心に溢れた ・ 遊び心が溢れた ・ 遊び心がある ・ 童心にかえった
・ 子どもの頃を思い出す ・ 遊び心をくすぐる ・ お茶目な ・ 茶目っ気のある ・ 遊び心ある
・ 洒落っ気のある ・ 洒落っ気がある

なるほど。
これなら言われても不満のない言葉だ。
むしろ感謝感謝だ。

茶番劇、茶化す、茶々を入れる、など「茶」という言葉は、笑いに通じる意味があるのだろう。
加藤茶さんもそうだ。
むかし茶川 一郎(ちゃがわ いちろう)さんというコメディアンがおられた。

でも、やはり「お茶目」の語感がつかめない。
用語辞典に、どの地域でよく使われる言葉かも入っていれば面白いと思う。

「私はピアノ」ではなくて、「私はお茶目」
松鳳山関ガンバレ。

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2016年11月14日

手書き領収書とレシート、どっちが信用される?

本日の 11月14日(月)のプレジデント・オンラインに投稿した原稿が掲載されました。

手書き領収書とレシート、どっちが信用される?

この9月に『経理部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)を書くために、数多くの
経理担当者や、経費を請求する社員に話を聞いてきました。
そのなかで、会社によって大きな違いがあったのが、支出した金額を確認する資料の
求め方でした。経費で落とすのに、明細のあるレシートしか認めない会社もあれば、
手書き領収書でも何ら問題なく処理している会社もあったのです。

今回は、手書き領収書とレシートとの比較をしてみました。

小見出しは、
「コンプライアンス面に差異がある」
「社員の「行動」はレシートで把握される」
「レシートには宛名がないが……」
です。

ぜひご覧ください。

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2016年11月03日

なぜ経理はどうでもいいような細かいことを聞いてくるのか

昨日の11月2日(水)のプレジデント・オンラインに投稿した原稿が掲載されました。

なぜ経理はどうでもいいような細かいことを聞いてくるのか

「ホテルの会食の出席者は何人だったのですか?」
「お客さんに持っていった菓子折の単価はいくらですか?」
「このタクシー代は、取引先への訪問ですか?接待後の送迎ですか?」
このような確認を経理担当者から受けた人は少なくないでしょう。

なぜこのような照会が来るのかを経理部の仕事の実態とともに書いています。

9月に発刊した『経理部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)を
書くために、多くの企業の経理担当者に取材して、彼らがどのように
会社の経費をチェックしているかをつぶさに見てきました。
その中の一つです。
会社で働いている人は、ここに書いてある観点で一度経理規定を読まれる
のもいいのではないかと思っています。

小見出しは、
「「経理規定」を理解していない社員は多い」
「経理はどのように経費チェックをしているか」
「経費チェックには3つの目的がある」
です。

ぜひご覧ください。

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2016年10月29日

『経理部は見ている。』が3刷りになりました。

9月に発売された『経理部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)が、
3刷り、重版になりました。

以前にも書きましたが、黒木華さん主演のテレビドラマ『重版出来!』を
見るまでは、どう読むのか分からずに、「じゅうばんでき」と心のなかで
つぶやいていましたが、今は、「じゅうはんしゅったい」と正確に読むことができます。

今回の『経理部は見ている。』は、私にとって新たな分野に踏み込んだ本
なので幅広い方に手に取ってもらいたいと願っています。

もうサラリーマンではなくなったので、今までとは違う新たなことにドンドン
取り組むつもりです。もちろん従来のものを延ばしながらです。

その幸先になるという意味では、この3刷りをとても喜んでいます。

昨日の日経新聞の夕刊にも広告を出していただきました。
よろしくお願い申し上げます。

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2016年10月27日

直木賞作家と芥川賞作家の対談を目の前で聞いて

先日、大阪で開催された、過去に直木賞を受賞された女流作家と、
男性作家との対談をほんの1,2メートルの至近距離で聞く機会に接した。

小説を書く二人の違った角度の見方が随所に感じられて
とても心地よい時間を過ごすことができた。
話しの細部には立ち入らないが、ゲストの女流作家の発言で
私が興味を抱いた点だけ下記にメモしておきたい
(私の取り違えがあるかもしれないのであくまでも個人見解)

 崋分が分かっている世界を書かないといけない」
やはり小説でもそうなんだと得心した。
小説の場合はイメージで書くケースが多いので、事実を積み重ねる
文章よりも自由度が大きいと思ったが、「半径200M以内の分野
を書いていたこともあった」と彼女はいう。
また会社員生活は、大きな財産だったと女流作家は述べていた。

◆崑燭の女性ではなくて、一人の女性の多くの側面を書いているような気がする」
何人もの異なる女性を描くというよりも、「どんな人に出会ったか」、
「どんな境遇に生まれてきたか」によって、一人を書いている面もあるという趣旨を
話された。これも私にとっては新鮮だった。

実際にはそういうところかもしれない。
固定した個人があるというよりも、置かれた状況によってその人のある面が
出てきて、他の人とつながっていくと考えた方が面白そうだ。
そういう意味では、何かにつけて個人を単位として考えるのは、実態とは
かい離していて、ものごとを限定的にしてしまう恐れがある。

グローバル●●とか、○○理論といったものの背景には、そのような人のつながり
を分断して元気を奪い取るような個人に対する見方が横たわっているような気がする。
もちろん個人の人権や権利は守られるべきであるのは言うまでもないが。

「エンターテイメントなので、とにかく楽しんでもらうことを考えている」
全くその通りであります。でも書いているうちに、そういう意識が飛んでしまう
ことがある。正義の味方になってはいけないという意味に私はとった。

ぁ屬垢戮討僚性にモテル必要はない。自分の色気を感じ取ってもらう人を探す」
これは両者の合致した意見だったような気がする。

自分は変えることはできない。それどころか自分の立ち位置を変えるだけでも
本当に大変なことだ。

そうであるならば、自分を評価してくれるところ、高く買ってくれるところに自分を
持っていくことが大切だと改めて思った。いつも話していることだが。
特に、恋愛は、お互いに幻想を相手に投影する作業でもあるのでそれがより
あてはまるのであろう。

<現在読み始めた小説です>

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2016年10月22日

『経理部はあなたのココを見ている』

前回紹介したのプレジデント・オンラインの投稿の前に、
ダイヤモンド・オンラインに掲載された記事をアップするのを
忘れていました。

10月4日(火)に『経理部はあなたのココを見ている』という
タイトルで書いています。

会社員の経費に絞って、『経理部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)を
執筆しましたが、その意味合いについて書いています。

こちらの 小見出しは、
「経理部はどういう点を見ているのか?」
「お金にまつわる評判で昇格を逃した例も」
「経理の書類から社員の「弱み」を探し出す」
「経費やお金に対する理解はなぜ大事なのか]
です。

ぜひ一度ご覧ください。
経理部はあなたのココを見ている


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2016年10月19日

なぜ出世する男は経理部にも評判がいいのか

本日の 10月19日(水)のプレジデント・オンラインに投稿した原稿が掲載されました。

なぜ出世する男は経理部にも評判がいいのか

9月に発刊した『経理部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)を
書くために、多くの企業の経理担当者に取材して、彼らがどのように
会社の経費をチェックしているかをつぶさに見てきました。

最後のフレーズは本の出版後に、担当者から聞いた興味ある話について
書いています。

小見出しは、
「あの支店長が食べるのは焼き肉ばかり」
「「マイラー」と揶揄される副部長」
「自らの行動でいい評判を作り出す方法」
です。

ぜひご覧ください。

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2016年10月18日

『週刊エコノミスト』の「話題の本」のコーナーに取り上げられました

昨日、17日発売の『週刊エコノミスト』(10月25日号)の「話題の本」のコーナーに
拙著『経理部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)が取り上げられました!
58ページの右下です。

エコノミスト









エコ耳スト


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2016年10月04日

『経理部は見ている。』が、週刊ダイヤモンドの書評に取り上げられました

本日発売された、「週刊ダイヤモンド」10月8日号の
「目利きのお気に入り」のコーナーで、拙著『経理部は見ている。』
(日経プレミアシリーズ)を取り上げていただきました。

選者は、八重洲ブックセンター八重洲本店販売課リーダーの真田泉さんです。
現場で本に接している方からの紹介ですので、私にとって嬉しいところです。

下記に、内容を記します。

<『経理部は見ている。』が好調です。物語形式で、領収書にまつわる
法令遵守の在り方や領収書の切り方から見た社員の人間性などが
リアルに描かれています。
 
領収書の改ざんや偽造でお小遣いをつくろうとする人は少なくありません。
  しかしそれを許すと企業としての法令遵守の姿勢が問われます。
組織と金はどんな因果関係を持っているのか。「沈黙の臓器」でありながら
も会社を守る最前線にある経理部に頭が下がる著作です>


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2016年10月02日

洋の東西結ぶ「翻訳者」 鈴木大拙、再び脚光

昨日の日本経済新聞の文化欄に、
「洋の東西結ぶ「翻訳者」 鈴木大拙、再び脚光
20世紀の米文化に影響 」と紹介されていた。
大拙は、没後50年を迎えた仏教哲学者である(1870〜1966年)。

およそ30年前のバブル期に東京で仕事をしていた時に
中野の会議室で、大使館に務めている若い大使館員と
の集まりがあった。私的な会合だったと記憶している。

欧州やアジアの大使館員たちが軽食を取りながら話し合った。
その日の話材提供者は、たしか韓国のプランクトンを研究している
人の話だったという、うっすらした記憶がある。

その後自由な話し合いになって、各国の大使館員が一番知っている
日本人のことを語り合うという話題になった。

その時に圧倒的に多く会話に出てきたのが、鈴木大拙だった。
私は名前くらいしか知らなかったので、その後、何冊か彼の本を
読んだ。

昨日の記事で、そのことを思い出した。

『禅の核心にも通じる日本語の「無心」を、英語にどう翻訳したらいいだろうか。
文字通り「no―mind」とすればいいのか。それとも「mindless」か。』
と悩み、
『「無心」の境地を「Childlikeness(子どもらしさ)」という単語で表した。」とある。』

『大拙ははじめ「無心」を「no―mind」としたこともあったが、後に自ら「不正確な
表現だ」と認めたという。「no」や「less」など否定を含んだ語を使うと、どうしても
「心が無い」というニュアンスがつきまとう。「子どもらしさ」とすることで、
「何事もあるがままに受け止める」積極的な意味合いが前面に出てくる。』
と書かれていた。

この箇所を読んだ時に、その30年前に読書した感じが浮かび上がってきた。

そうそう。言葉を使うにも日本人の生活や思想に根差していたという感じだった。

『「無心」の境地を「Childlikeness(子どもらしさ)」とするなんて思わず膝を打つ。
こういう人がきっとグローバル人材と呼ばれるべきなのだろう。

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2016年05月13日

Westlawは優れもの

現在執筆中の案件で、どうしても確認したい判例が2件あった。

社会保険労務士さんのHPに掲載されていたもので、今の
考えている課題では非常に興味ある案件だった。
そこで、まずは社労士さんの事務所に照会した。

そうするとその記事の出所は、ある事務所だと分かった。
そこの代表者に照会すると、その記事に関わったライターさんは、
今は海外にいるということで調べる線が一旦途切れた。
自分で調べることになった。

いくつか心当たりのところを当たったが見つからず。
どうしようかと途方に暮れかけた。

そして大阪の中之島の図書館に調べに行くと、「Westlaw」
という検索がサイトがあるという。
図書館には、それがあるというので、想定された地裁名と日時を
入れると2件ともヒットしてくれた。

内容は、判例の要旨と原文まで入っている。
裁判所が事実認定した内容が事細かに読むことができるので
大変助かった。伝聞のままではやはり原稿は書けない。

ウエストロー・ジャパン株式会社をネット検索すると、
*法曹のための充実した法令・判例データベース
「法令は、実務法曹、研究法曹の皆様方が必要とする全分野の現行法令
及び廃止法令、未施行法令、法案を収録。
判例は、戦前の判例を含む約26万件以上(2016年3月現在)を収録し、
実質的に日本で最大の判例データベース。
90%以上に全文が、83%以上に要旨が付いており、また、出典、評釈、
参照条文、関連判例、裁判官情報、 関連ニュース等、付加価値の高い
関連情報を編集済み」とある。

このほかにも、法令の改正や最新の判例情報をいち早く取り上げ、
豊富な法令、判例情報に加え、特許庁審決など知的財産関係のコンテンツ
や労働経済判例速報、NBL、資料版商事法務など実務に役立つ解説記事
も充実しているとのことだった。「法学論叢」も収録しているという。

最近は、判例に取り組むこともなかったので、こんな優れものがあるとは
気が付かなかった。該当者には、おススメです。

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2016年02月09日

一枚のサイン会のチラシから(編集者との出会い)

前回のブログで書いた「一本のメールから」(偶然を呼び込む姿勢)を
きっかけに朝日新聞(A新聞)での毎週土曜日の連載が始まった。

それまでは、どこの馬の骨かわからない人間として、取材のお願いを
していたが、「新聞のコラムの連載で」という大義名分ができたので、
インタビューの依頼もやりやすくなっていた。

それでも誰を取り上げて話を聞くかは、やはり足を使って探していた。

今からもう7年も前の話だ。
梅田の紀伊国屋書店本店で本を購入した時に、カウンターに
「加藤廣先生サイン会」の小さなチラシをたまたま見つけた。

そのチラシには、
「加藤廣先生サイン会」
日時:平成19年5月26日(土) 
    15:00~ 先着100名様
場所:店内4番カウンター横特設会場
紀伊國屋書店梅田本店
後援:日本経済新聞出版社
と書かれていた。

加藤廣先生の小説『信長の棺』は日本経済新聞出版社から出版され、
当時の小泉純一郎総理が愛読書として挙げたこともあってベストセラ
ーとなった。

そして加藤廣先生は、サラリーマンの経験が豊富だったので、当時
私が朝日新聞に連載していた「こころの定年」のインタビュー対象者
として以前からリストアップしていたのである。

サイン会を伝えるチラシを見て、直接先生に連絡を取ることを考えた瞬間、
「後援:日本経済新聞出版社」という文字が目に留まった。

日本経済新聞出版社を通して加藤廣先生にインタビューの依頼を行った。
東京の出版社へのツテなど何もなかったのでチャンスになるかもしれない
と感じたからだ。

また私の書いている「こころの定年」に一番フィットするのは、
日本経済新聞出版社の読者ではないかと想定した。

当日は、加藤先生と一緒に若い編集者が大阪にやってきてくれた。
新阪急ホテルのロビーラウンジで先生から話を聞きながら
傍らに座っている彼に
「私は、こんなインタビューを続けています。面白いでしょう。
私のテーマに関心はないですか」
という波動を送り続けた。

その同行してきた編集者は、今まで私が日本経済新聞出版社から
発刊した5冊の本を担当いただき、大変お世話になっている人なのである。
しかもその日は、担当の編集者の代理で来ていたとの記憶がある。

偶然の力は、恐ろしい。
もしあの時、
紀伊国屋本店で書籍を買わなければ、
チラシを見ていなければ、
下段の「後援:日本経済新聞出版社」の文字を見落としていれば、
迂回してインタビューの依頼を行わなければ、
編集者が代理で来てくれなければ、
今のような形で日本経済新聞出版社との関係はなかったことは間違いない。

組織内では、こういった偶然を体感したことはない。

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2016年02月02日

声に出して読みたい初校、再校

前回のブログに書いた「声に出して読みたい初校、再校」の記事を
読んだ方から下記の質問がありました。

/籀覆魏寝鵑發笋辰討い襪函△發Ω直さなくて良い、または
  修正点がなくなることはあるのか?

⊃籀覆反籀覆隆屬法∋間を置く必要はあるのか?

なるほど、2つとも本来、前回に書いておくべき点だったかもしれない
ので、少し補足だけしておきます。

,砲弔い討蓮短い文章の場合はありますが、一冊の本ではありえない
というのが実感です。何回読んでも必ず修正したい点は出てきます。
文章が本当に達者な方はわかりませんが、かなり読み込んでも、これで
OKというレベルには達しません。

おそらく環境、体調、論理の追い方、イメージなど、毎回同じ状態で
読んでいるのではないからでしょう。
文章を推敲して修正すると、微妙な点だけであっても文章はやはり
変わります。同じ状態はあり得ないともいえそうです。

だからいくら推敲や校正が好きだといっても、修正をゼロにしようと
思うと永久に読み続けなければならなくなります。
もちろん、私の場合であって、それは違うという人もおられるかもしれません。

△蓮↓,箸眈し関連しますが、やはり時間を置かないと、前回に声を
だして行った推敲のことが頭に残っています。

これは結構意識をしていて、時間があるときは間に必ず休みの日を
入れています。私の感覚では、一日では足りず、2日あればかなり前回の
推敲の感じは薄れます。

ただし、校正の時間には締め切りがあるので、実際には十分間を空ける
ことはできません。

原稿を書き上げて、初校が出てくるまでには、最低でも2週間くらいの日数
があるので、読者の立場になって読むことが可能です。
再校の場合は、そんな余裕はありません。

なおパソコンの画面と、紙に落とした原稿は相当違うので、必ず私は紙原稿
にして推敲や校正をしています。

また修正が入った原稿を読むと、やはりそれにこだわってしまいます。
書き手の立場が出てきて、読者目線になりにくいのです。
できる限り、真っ白な(修正の入っていない)原稿を読みたくなります。

読者の方からの疑問点で、私自身も頭の中が少し整理できました。
ありがとうございます。

それでは、またお会いしましょう。

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2015年10月18日

批評家の謦咳に初めて接しました

今月の初めに、批評家であり、『三田文学』編集長の若松英輔さんが
ゲストで登場された小さな会合に参加しました。

きっかけは、日本経済新聞の夕刊に連載されていました「プロムナード」
という欄の連載でした。
また私がかつて通読をあきらめた井筒俊彦氏の思想について評論を
書かれていることもあって興味を持っていました。

当日の話の内容はうまく伝えられないといけないので、詳細は書きませんが、
若松さんの真摯な姿勢と、内容のある発言にしびれました。

批評する対象の人が横にいると思って書くなんて、普通の人だったら
逃げ出してしまうでしょう。

小説家のお二人との対談だったのですが、小説家と批評家の立場の
違いがくっきりと出ていたのも印象的でした。

若松さんのプロムナードの文章は、どれも素晴らしい内容ですが、
体験を通じて語られている一文を下記に紹介いたします。

*(プロムナード)彼女 若松英輔
2015/6/11付日本経済新聞 夕刊

 余命が限られていると分かっていても彼女は、そのことを周囲に伝えるのを強く拒んだ。話を聞いた人が自分のことで人々が心配するのがいやだったのである。そこには夫の家族や自分の両親もふくまれていた。関係が悪かったのではない。親友も死まで彼女の闘病を知らなかった。

 だが容体が悪化し、腹水がたまり始め、夫ひとりでは介護することができなくなる。隠し通すことができなくなって彼女は、自分がガンであることを両親に伝えた。以後、夫ともども彼女の実家で暮らすことになった。亡くなる五ヶ月ほど前のことである。

 腹水だけでなく、胸にも水がたまり、呼吸することすら困難になることがあった。激しい苦痛であることは明らかだった。だが彼女は苦しみを訴えない。夫は「何でも言っていいんだよ。苦しいときはそう言ってね」と話した。すると彼女はしばらくだまってこう言った。「ありがとう。でもいいの。私が感じていることそのまま口にしたら、聞いたあなたはきっと、耐えられないと思うから」

 亡くなる前日のことだった。胸水の勢いが増して呼吸が困難になり、救急病院に搬送された。医師は応急処置をし、夫に状況は極めて深刻だと伝えた。彼女と夫が病室に入ると彼女の母親が来ていた。このとき、ほとんど口をきけない彼女が母に言ったのは、疲れるといけないから今日は家に戻って、明日また来てほしいということだった。「明日」は来なかった。彼女は、自分の最期を母親に見せまいとしたのである。

 二人きりになると彼女は、酸素マスク越しで夫にむかって、「ごめんね。少し疲れちゃった」と言った。亡くなったのは彼女の母親が病室を出て、三時間も経過していないときのことだった。夫は、まず妻の両親に連絡をし、自分の家族にもはじめて妻の闘病と死を伝えた。翌日が密葬と決まった。彼女は実家に運ばれ、その晩、夫は妻の横で寝た。幾度か顔をさわってみたが、つめたく動かない。当然ながら話しかけても応答はない。なぜか涙は出なかった。

 密葬には夫の家族も参列した。夫の母親は棺をつかみ、「どうして、あなたそこにいるの」とむせび泣いた。その声を聞いたとき夫は、本当に妻がいなくなったのだと初めてのように思う。わずかに残っていた理性がほころんでいたら夫は、葬儀を妨げるほどに慟哭したかもしれない。

 精神科医だった神谷美恵子の『生きがいについて』にはしばしば、愛する者を喪った若い女性の手記が引かれる。だが、手記を書いた女性とは、患者のひとりではなく、突然恋人を喪った若き日の神谷自身だったのである。

 「ガラガラガラ。突然おそろしい音を立てて大地は足もとからくずれ落ち、重い空がその中にめりこんだ。私は思わず両手で顔を覆い、道のまん中にへたへたとしゃがみこんだ。底知れぬ闇の中に無限に転落して行く。彼は逝き、それとともに私も今まで生きて来たこの生命を失った。」

 だが同書で神谷は、イギリスの詩人テニスンの次のような一節も引いている。

 「愛し、そして喪ったということは、いちども愛したことがないよりも、よいことなのだ」

 本当なのだろう。今はこの詩人の呻(うめ)きもよく分かる。これまで書いてきた「彼女」とは、五年前に逝った私の妻である。

(批評家)


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2015年09月30日

小説家の性(さが)と千年の嘘

作家の阿刀田高さんが、表題の記事を9/27の日本経済新聞に書かれていた。

「小説家は“人を見る眼がある”と世間では思われているらしいが、よく考えてみると、
相手の素性や性格を本当に見抜かなくてはいけないのは、たとえば刑事であり、
人事課長であり、小説家は見抜くのが第一義ではない。
相手を一つのサンプルとしてながめ、当人をして“私ってそういう人なのかしら”と
思わせるほどみごとに必要なパーソナリティを創れば、それで本懐なのである。」

なるほど。
小説家は、「“私ってそういう人なのかしら”と思わせるほどみごとに
必要なパーソナリティを創れば(いい)」と語られている。

その例として、小倉百人一首にも選ばれている紫式部の一首、
 めぐりあひて見しや
 それともわかぬまに
 雲隠れにし夜半の月かな

を例に挙げ「月夜に懐しい人の姿を見たのである。声をかけるほどの距離ではない。
それに……近づくには、ためらいがあった」

この月夜にあった人を「深く愛しあいながら事情があって別れた人」とみるか、
新古今和歌集の前書きにあるように、“早くより童(わらわ)ともだちにて侍りける人の、
年頃経て行き逢ひたる(幼馴染)」とみるか。

後者だと、阿刀田高先生は、つまらないな、へんだなと思い、
「やっぱり、月下にかいま見たのは恋しい人なんだよな」と書かれている。

まったく同感だ。
私もその通りだと解釈したい。
紫式部のような恋愛小説の達人が幼馴染を歌にするはずがないと。

阿刀田高先生は、「紫式部は韜晦(とうかい)を選んだのではあるまいか。
自分の過去の恋はそれなりに歌に込めて懐しみ、そんな心のあやを
周囲にとやかく言われないよう、月夜に会ったのが幼なじみであったとした。
絵日記を装いながら、ほくそ笑んだのかもしれない。
紫式部は千年の嘘を残したのかもしれない。」

私たちは、普段から新古今和歌集の前書きにあることを前提に、幼なじみ
だと決めつけていることが多いのではないか。
それを真実だという信じ込みすぎているような気がした。

また私が小説を書けない理由が腑に落ちた。
小説家は物事が真実かどうかや、相手の性格を見抜くのではなくて
“私ってそういう人なのかしら”を探る性(さが)”なのである。
残念ながらそういう適性が私にはない。


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2015年08月31日

森鴎外記念館に行ってきました

先日東京に行った際に、かつての鴎外の住まい 観潮楼(かんちょうろう)に
建てられた文京区立森鴎外記念館に行ってきました。

千代田線の千駄木駅から歩いて5分もかからない坂の途中にあります。
森鴎外が誕生して150年目の2012年に出来た新しい建物です。

鴎外が30歳のときから、60歳で亡くなるまで、家族とともに住んだ家で、
鴎外の日記には、たしか家の2階からは遠く海が見えたと言われ、鴎外に
よって観潮楼と名づけられたものです。

この日は、後に打ち合わせが入っていたので、図書館に直行して調べ物を
して、関連書籍のコピーをとって帰ってきました。
小さいがきれいに整えられた図書室でした。

鴎外は、小説家、戯曲家、評論家、翻訳家、陸軍軍医と、いくつもの顔をもった
興味ある人物です。「もう一人の自分」「もう一つの本業」を志向してきた私には
押さえておきたい点が一杯ある人物です。
高校生の頃に読んだ、「高瀬舟」や「山椒大夫」にいたく心が動いたことも覚えています。

また松本清張が、上京して本格的に作家生活に入ったきっかけとなる、
「或る『小倉日記』伝』」(芥川賞を受賞)は、鴎外の小倉時代の日記についての小説です。
松本清張は、以後も作家生活の中で幾度となく森鴎外のことについて書いています。

東京大学医学部出身で、軍医として最高の地位まで上った鴎外に対して、
小倉の小さな印刷所に見習いとして、仕事人生を始めた清張が、なぜこれほど鴎外に
強い関心を抱いていたのかも考えてみたいところです。

「鷗外が漱石よりはるかに大人です」という清張の発言も面白い。
また夏目漱石の『道草』は、この千駄木界隈が舞台となっていることも
偶然とはいえ、興味の沸くところです。


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2015年08月17日

「上司とウマが合わなかったら」

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月刊「企業実務」8月号に、「上司とウマが合わなかったら」の短文を
書きました。

「楠木新のビジネス生活をラクにする発想」というコラム欄の連載です。

企業の経理・税務・庶務・労務担当者を対象としたクローズドの雑誌なので、
私のコラム部分だけを紹介いたします。

*上司とウマが合わなかったら
上司と部下のウマが合わない、という課題はエモーショナルな人間関係に
基づいているので、理屈や論理では互いの相性の悪さは解決できない。

それでも部下の立場からすれば、上司と直接ぶつかることは避けなければ
ならない。後々まで禍根を残すとやっかいだからだ。

我慢してでも上司を補佐する立場に徹して、どちらかが異動するのを待つ、
というのが最善の策だろう。

ただそれではあまりにも他人頼みだ。無理解を嘆くだけではなく、上司の
行動について、関心をもって観察してみてはどうだろうか?

自分に対する態度の原因が役員からの無茶ぶりにあると気づいたり、
上司は上司で部下との関係について悩んでいる姿が伺えたりするかもしれない。
自分と共感できる余地を探すのだ。

なぜ波長が合わないか、その原因を知りたいと思って上司と会話をすると、
相手の雰囲気が和らぐときがある。人は自分に対して興味を持ってくれる人に
対して心を開くからである。

上司の上司、つまり二段上の上司についても意識しておくべきだ。
彼とある程度気が合えば、上司と見解の違いが生じた際に緩衝材の役割を
期待できることがある。

いずれも切り札にはならないが、消極的な形でも自分から仕掛けることも
検討してはどうだろうか。





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2015年04月29日

直木賞作家からいただいたヒント

今月の半ばに、直木賞も受賞されている女性作家を囲む小さな会合に
参加しました。

はじめに、作家さんが自分の短編作品を朗読した後、自分の作家人生
についてお話しいただき、主催者や参加者からの質問にも丁寧に答えて
いただきました。
上質な時間を過ごすことができました。

この女性作家の作品は、今まで読んだことがなくて、参加することが
決まってから、直前に二冊ほど読み込みました。

この辺りは、プータローだと時間が自由に使えるので、即応しやすい。
ありがたいところなのです。

読んだ感想は、「うまいなぁ」、というか、「凄いなぁ」。
こういった文章は、絶対書けないということだけは、確信できました
(悲しいかな、といったところです)。

ストーリーがこれと言って大きく展開するわけではないのに
端正な文体で、男女の心の機微が見事に描かれています。

後半は、20人ほどの参加者が紙に質問を書いて、答えていただくという
流れだったのですが、その中で強く引っかかった言葉がありました。

正確な言葉までは、再現できませんが、
「私は、ギャップを意識して書いています。
人は、結局は自分で生きるようにしか生きられない。
それぞれの人が生きているギャップを描いています」
という趣旨のことを言われたと思っています(楠木新の解釈の表現)。

深みは当然違いますが、私がいつも意識しているのはこの点です。

そういう意味では、会社というのは、このようなギャップがほとんど
ないという前提で、運営されていると感じてきました。
「ビジネス」と言い換えてもいいかもしれません。

かつてに自分に引き直しただけかもしれませんが、共通した姿勢を
感じたので、とても嬉しかったわけです。

でも、あんな文章は、どうして書けるのだろう?
本当は、このギャップが一番大きい。

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2015年01月29日

「声を出して読みたい、知らないと危ない、会社の裏ルール」

昨秋に、浅田次郎さんの講演会に出席した話を書いた。

「はじめて浅田次郎さんの謦咳に接することができました」

その時に、原稿を書き終えると全体を声を出して読むということを話された。
前回述べた校正、推敲の話ともいえた。

一冊読み終えるのに4時間かかり、それ以上時間がかかるともう一度文章を
見直すという趣旨のことを語られた。

そこで今回の本では、推敲にあたって声を出して読み通すことにした。
そうすると同じ語句の重複や、リズムの悪い箇所、文章を区切った方が良い所も
黙読の時よりもよく分かる。

少し机が離れたスタバで一人ぶつぶつ言いながら読んでいたこともあった。

家に帰って、その浅田次郎さんの小説を改めて声に出して読んでみた。
必ずしもワンセンテンスが長いわけでもないのにすっと意味が入ってくる。
リズムが良いからだろう。
それと気が付いたのは、場面展開が早くなる箇所では、ワンセンテンスが短くなり
勢いがすごい。流れるようだ。

「新宿鮫」の大沢在昌さんは、「売れる作家の全技術」(角川書店)の中で、
「現代作家で文章が上手い作家といえば、浅田次郎さんなどは、まさにそうです」
と述べている。プロから見てもそうなのだ。

本書の中で、大沢在昌さんも「声に出して読んでみるのも一つの方法です」の述べられている。
これは定番なのかもしれない。

また彼は、その日の仕事を始める前に、必ず前回書いた分を読み返すそうだ。
これも「なるほど」と思ってしまう。

やはりプロに学ばなければならない。

声に出して読みたい『知らないと危ない、会社の裏ルール 」


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2015年01月27日

校了いたしました

一昨日の日曜日に、2月に刊行する本の原稿が校了となった。

出版社の人が何気に使う「校了」という言葉を辞書で引くと、
「校正が完了し,印刷しても差し支えない状態になること」だそうだ。

またここで原稿というのは、「ゲラ」のことで、原稿を活字に組みあげた
段階の校正刷りである。
辞書を引いてみると、元の意味は、galleyの訛りで、
「組み上げた活字版を収める長方形の盤。三方に縁がある」
と書いている。
校正を続けていると、つい辞書を引くようになる。

パソコンで書いた原稿と本になる前提でできたゲラとは
書かれた文字の内容は同じでも微妙に違っている。

パソコンの原稿では問題ないと思っていても、ゲラにすると、修正したくなる
箇所が出てくる。
今回も目次と本文中の2か所で表現や記載を変えた。
特に、目次は相当違うといった印象だ。

また「これで最終稿!」というつもりで、校正や推敲しても、やはり修正個所は出てくる。
今回も念のための最終校正だったが、やはり10か所ほど修正したい点が出てきた。


当初の原稿を赤や青のボールペンで直しながら文章を確認する作業は、
良くなるプロセスが実感できるので、精神衛生上とても良い。

私は、どちらかといえば口先人間なので、書く方は骨が折れる作業になるが、
推敲や校正ができると思うと、何か執筆も頑張れる感じがある。
きっと向いているのだろう。

本で伝えることは、ライブで話したり、ネットを通して伝えることとは、相当異なる。

会話やネットでは、自分と相手にある中間物がなくてダイレクトにつながっている。
一方で本を書くことは、自分の思いを手紙で相手に伝えることに似ている。

本における「推敲」、「校正」、「編集」といった作業は、自分と相手との中間にある
ものの通りを良くする作業だといえるかもしれない。

そう考えると、推敲や校正、編集は、伝えるべき(見えない)相手に対して、
どうすればうまく伝えることかを検討する取り組みなので、やはり相手を特定する
こと、相手のことを知ること、が重要である。

でもこれが一番難しい。
校正や推敲が好きでも、これが外れていてはどうにもならないかもしれない。
私の一番の課題であることはずっと変わらない

来月出版予定の本は、
知らないと危ない、会社の裏ルール (日経プレミアシリーズ) 」
この校正や推敲作業が、果たして功を奏するだろうか。

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