前回からのつづき
次は、北に1キロほど進んだ先にある”への字山”にやってきた。(2012.12)
次は、北に1キロほど進んだ先にある”への字山”にやってきた。(2012.12)
旧海軍の弾薬庫として使われていた横穴があるらしい。
ここは、敗戦後 『米軍が弾薬を搬出していたが途中で崩れた為、残ったまま入り口を爆破、閉塞させてしまった』 と言い伝えられていた。
宅地化が進み心配した住民が調査を依頼したところ、250キロ爆弾の存在が明らかになり
1989年 自衛隊により不発弾処理されたという。
上に立つ住宅を見ると弾薬庫は内部まで埋められたでしょうね。 1989年 自衛隊により不発弾処理されたという。

さて、次は車で走ること数分、戦時中は軍需工場だったという所に来ましたが、

数年前までここにあったはずの工場の壁は迷彩色だったという。
残念!
そう言えば、先月行った大井海軍の朝礼台も宅地化してたし、最近解体が重なって凹みます…
※2015.11再訪してきました!http://blog.livedoor.jp/kuubohosiina/archives/47044593.html







































