文房具マニア

万年筆! 文房具をひたすら愛する極私的記録

「かしまさん」(雨月物語)22〔鐘の章〕

c5e5473e.jpg「中原さん!立て!」

完全に怖じ気づいた諏訪衆たちの前にすっくと立った者がある。

藤田健吾。

鹿島流師範。

「このままでは全滅する。力を貸してくれ」

しかし…

中原は情けなさそうな目で藤田健吾を見つめた。

諏訪の氏神。
ミジャグジ。

その力は圧倒的で、諏訪一族は長きにわたり、この古代神を封じてきた。
いや、中原とてミジャグジの本体に遭遇するのは初めてのこと。
その力は圧倒的だ。

「このままではみな石にされるぞ…」

「で、でも…」

「奴を封じるのにはどうしたら良いのだ?」

「もう、手遅れだ…」

「ん?」

「諏訪衆の残りは4人。今となっては封じ札も松ヤニも効かんだろう。全滅じゃ。もう終わりじゃ」

「そんなものやってみなければわからんだろう?」

「葵星女様じゃ」

中原は吐き出すように言った。

「50年前は葵星女様の超能力によって封じたんじゃ。だか今はそれも叶わぬ。我々は無力じゃ」

「そうだったかな。私はそういう風に聞いておらんが……葵星女は生け贄にされた筈…」

「え?」

ゴオオン!

重い金属の音が聞こえた。
それは極めて低く、悪意を持った音にきこえる。

藤田健吾は顔を上げた。

「鐘か…」

「鐘の音…」

「中原さん。美浜寺には鐘があるな?」

「そりゃあ寺だから…」

藤田健吾はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「吉備津の釜か…?
いかにも蛇らしい…」

■■■

藤枝一馬が片目をあけた。

油断。

身を起こした。
呼吸するたびに激痛が胸を襲う。

肺に骨がささったか?

握りしめた木刀を眺めた。
神木、鉄刀木が真っ二つに折れている。

さすがは最強邪神ミジャグジ。

一馬は立ち上がった。
目がかすむようだ。
戦えるか…?
やっとのことで立ち上がるも、口のなかはヌラヌラと生温かい血の味が広がる。

「あ、あの…」

背後から声をかける者がいる。
一馬が振り返ると、錫杖を持った青年がいる。
誰だったか?

そうだ。葵星女と一緒に現れた青年。

「…あ、あなたなら…」

青年の声はかすれている。
急展開に精神状態がギリギリなのだろう?

「こ、これを使える…」

古屋和彦は錫杖を一馬に差し出した。

「それは?」

「葵星女…さんが、これで身を守れ…と」

一馬は錫杖を眺めた。

「葵星女…やはりアレはニセモノか?」

「そう思います。少なくとも僕が最初にお会いした葵星女さんは口の悪いひとだが、人間らしい心を持ったひとだ。どこかでいれ代わったんだ」

一馬は錫杖を受け取った。
ズシリとした重みが力を感じる。

「ありがとう。使わせてもらう」

一馬は錫杖のスイッチを入れた。

〜スタンバイ〜

電子音声が呼応する。

■■■

「おお…鐘が落ちとる」

鐘楼に釣られた鐘は見事に地に着いていた。
重さ数百キロはあろう鐘は鋳物と銅の塊だ。
誰が鐘を降ろしたか?
藤田健吾は鐘に耳をつけた。

「むう…」

ああっ…

その時である。

中原が情けない声を上げた。

「か、影があ!」

シャシャシャシャシャシャシャシャ!

衣ずれのような音が迫る。

藤田健吾はカッと目を開いた。

「お前は見るな!目を閉じろ!」

藤田健吾は背中に手を回すと、背にしょった円盤状のものを二枚取り出した。
それは直径30センチほどのドーナツ型のものである。
外周には刃がつけてあり、丸ノコギリを連想させる。

〜スタンバイ〜

藤田健吾がスイッチを入れたのであろう。
電子音声とともに円盤は恐ろしいスピードで回転を始めた。

法輪。

別名チャクラム。

法輪とは釈迦の説法の根幹だが、その名から人々はストレートに輪を連想した。
インド国旗には中央にこの法輪がデザインされ図案化されている。

藤田健吾は二枚の法輪を投げた。
法輪は影に向かって突き進む。

〜ストームホイール〜

唸りをあげて法輪は空を切った。

つづく。

〔画像〕
法輪

kashima magic industry社製。

「spinning Sricer」

「かしまさん」(雨月物語)21〔鐘の章〕

「一馬!一馬!東だ!」

藤田健吾は走り出していた。
邪気が渦をまいている。
触れれば切れそうな悪意を持った邪気。
己の鍛えられた鋼の筋肉がひきつれんばかりに緊張している。
おくれ毛が逆立っていた。

ミジャグジ。

古代の神が目覚める。
今、時を同じくして、この空間のなかにミジャグジはいるのだ。

鬼気迫る。
鞭打つほどの鬼気。

くわっ!
藤田健吾は息を絞り出した。

「一馬!走れ!走るんだ!」

藤枝一馬もまた痛いほどの緊張感のなか闘志をみなぎらせた。

「おう!」

その体はむしろ好敵手を迎えて喜びでうち震えている。

灯籠の脇に諏訪衆のひとりが倒れていた。
諏訪衆の老人は体を硬化させ、白目を剥いている。
一馬が駆け寄った。

「どこだ?!」

肩をゆする一馬の手はまるで墓石を揺するがごとく手応えに感ずる。
老人は「うう」とうめいたきり、なにも答えない。
その顔は恐怖に震えている。

「何を? 何を見たのだ? 教えてくれ!」
老人の唇が震えている。
ぽぽぽとまわらぬ舌で何かを訴えている。

一馬は唇を読んだ。

あ、お、い…

あおい。

葵 星女か?

一馬はあたりを見回した。
寺の広い敷地。

葵 星女と孫娘の聡子。
本間美紀子、本間総一郎。

本間一家が寄り添っている。
一馬は葵星女を見つめていた。
葵の巫女の二代目。
50年に一度の霊能者。
我知らず一馬は歩き出していた。

葵 星女…

葵 星女はしっかりと聡子を抱きしめている。

一馬は木刀を腰だめにした。
ゆっくりと歩を進める。

「一馬ぁ!どうしたぁ!」

藤田健吾の声が聞こえる。

カッ…!

稲光がフラッシュのようにあたりをてらした。

ゴロゴロゴロゴロ…

つづく雷鳴は地響きに似ていた。

一瞬であるが一馬は見た。
稲光に照らされた葵 星女の影を。

「二代目様…」

一馬の声はつぶやくように低く。

カッ…

また稲光。

一馬はゆるりと木刀を構えた。

「失礼ながら二代目様の影が…」

葵 星女はゆっくりと顔をあげはじめた。

その口は耳まで裂けて…

「二代目様のかげは長い。稲光に照らされた影は異様に長い。ひとのモノではない。まるで蛇だ」

くわっ!

葵星女はゆっくりと顔を上げた。
おお、その目には赤い光が…

「一馬ぁ!どうしたというのだ!」

藤田健吾の声が聞こえる。

その刹那、一馬は木刀を横に払った。
何のてらいもなく木刀は葵星女の頭の側面を捉える。

一瞬早く葵星女が飛んだ。
聡子を抱きかかえたまま…
一馬の剣跡はむなしく葵星女のいた空間を切る。

くわっ!

葵星女の目が火よりも赤い魔性の妖光を発した。

「一馬ぁ!見るな!見てはならん!」

無論。藤田健吾の忠告ならざるも一馬は見ていなかった。
一馬の目は葵星女に近づきながらしっかりと閉じられていた。

鹿島流奥義。閉眼剣。

意識のすべてを耳に集中し、音を気配を視覚に変える。

今、葵星女が空を飛ぶ。
飛龍。
葵星女。いやミジャグジはその長き体を伸ばし天にのぼる。

「逃がさん…!」

一馬は駆けた。
どこへ行こうと決着をつける。

蛇体の葵星女は大きく弧を描き、はるか50メートル先に着地した。
そのまま蛇行しながら地を這う。

「ななな…」

中原は腰を抜かした。
そのままベタリと尻を着く。

「そ、そんな…葵星女様がミジャグジ様じゃったと…!」

ひい…!

他の諏訪衆たちもあまりの急展開に呪言もわすれ呆然とした。

シャシャシャシャ!

鞭のごときスピードで葵星女、いやミジャグジが迫ってくる。

「わ、わあ!こっち来る!」

「お助けえ!」

諏訪衆たちが地に伏せた。

「駄目だ!にげろ!」

ミジャグジの後を追う一馬が叫んだ。

「南無、鹿島大名神!」

遮二無二突っ込んだ一馬は、しかしミジャグジの強靭な尾に弾き飛ばされ、楠の大木にその体をもろに打ちつけた。
折れた肋骨が体内にささり、一馬の口から血しぶきとなって飛んだ。



つづく。

「かしまさん」(雨月物語)20〔鐘の章〕

「中原さん!上じゃ!」

喜多川の声が聞こえる。

石段を駆け上がる中原の心臓は破れそうだった。

「喜多川さん!どこや!?」

ごぉ…

一陣のつむじ風が中原の目の前を駆け抜けた。

ずざ…

人影が倒れた。
まるで棒杭かなんかがぶっ倒れたような堅い倒れかただった。

「だ、誰や…喜多川はんか?」

くっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっくっ…

女の忍び笑いが聞こえる。

だ、だれや…?

くっくっくっくっ…

だれや?
チクショウ…

中原は急いでまわりを見渡した。

あちらでひとり…

こちらでひとり…

諏訪衆が倒れている。
両腕をピシッと脇につけ、足を揃え、体を硬化させたまま倒れこんでいる。

「ぎゃあああああ!」

また諏訪衆の声が聞こえた。

そしてまたひとり硬化したまま倒れ込む。

「うわああああ!」

喜多川は?緑川は?有田は?

諏訪衆が次々に倒れている。

全滅する…

中原は戦慄した。

「中原さん。こっちや」

すぐ近くで呼ぶ声が聞こえる。
まるで耳のすぐうしろでささやかれたような…

中原は反射的に振り向いた。

「なかはらさん、こっち」

シャアー

中原のすぐ後ろに女が立っていた。
いつのまに来ていたのか。
まるで気配を感じさせなかった。

まるで蛇…

「あっ!」

見てしまった。

中原は…
その目を…

その赤い光を…

中原のからだに電流が走った。
恐怖が神経を伝達する。
体温を奪い、筋肉は硬化を始める。

しまった…

中原はそのまま後ろに倒れた。

ズルズルズルズル。

中原はとぐろにまかれた。
「かしまさん」の長い体の中心に中原はいた。


つづく。
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