赤い夕日の輝きは、街が眠りにつく合図だ。
 オルトライ国首都の主要道では、減りゆく客の姿に合わせるように、商店が次々と品物を店の奥へ仕舞い込んでいく。随分早い店じまいだが、オルトライ国ではこの時間に行なうのが普通なのだろう。
 店先を掃除する者、薪集めを終え家へと急ぐ子ども、楽しげに語らいながら帰路につく親子。せわしなく動き回る人々を、道の脇にある石段に腰掛け眺めながら、メリュは一人静かに思考を巡らせていた。マルト国側の発言、オルトライ国側の反応、そして運搬を依頼された木箱の中身。受け渡しが上手く行かなかった原因、そのヒントになり得る記憶を片っ端から掘り返した。――しかし、明確な答えは得られない。手持ちの情報が明らかに足りていないのだ。
 進展しない状況に、今日何度目かのため息がこぼれる。その時だった。

「アンタが今日来た運び屋か?」

 かけられた声に反応し、メリュは背後を振り返る。視界に入ってきたのは、帽子を目深に被った男性だった。

「ええ、そうですけど」

 気の抜けた返答を投げるメリュ。興味が無い風を装っているが、その裏で男性の姿をまじまじと観察していた。正確に言えば、男性を警戒していた。
 この男性は、メリュが"今日"この街にやってきた"配達人"だということを知っている。この街の住民であれば、メリュのような余所者は顔で判別がつくだろう。しかし、やってきた時期や目的など普通は知るはずがない。考えられる正体は――。

「急ぎで運んでもらいたい手紙があるんだ。頼まれてくれないか」
「……急ぎとなると、場所や指定時間によるんで即答はちょっと。お届け先はどこですか?」


***


 メリュとセツがマルト国に帰り着いたのは、翌日の昼前だった。
 昨日と同じ屋敷で、メリュは依頼人である大臣と再び顔を合わせた。事情は不明だが、依頼人の大臣に似た服装――それよりも若干装飾が少ない――をした人物が数名同席している。彼らもマルト国の要人なのだろう。
 自身の間の悪さに内心で肩を落としながら、オルトライ国でもやりとりを事細かに伝えるメリュ。当然のように屋敷内はざわめきに包まれた。

「……困ったことになりましたな」
「我が国は、オルトライ国が必要としているであろう物を確かに用意した。それをガラクタ呼ばわりした挙句に突き返した以上、あちらは対話による解決を望んでいないのだろう」
「オルトライ国はすぐにでも兵を出すでしょう。こちらも例の件を――」
「お、おい。これ以上はよさないか」

 加熱していく議論は、誰かの叱責でようやく終わりを告げた。
 ゴホン、と咳払いしたのは、依頼を持ってきた大臣だ。申し訳なさそうな視線をメリュへ向けながら彼は言う。

「あなた方には迷惑をかけた。だが、契約は契約だ。あなた方が依頼を果たせなかった以上、申し訳ないが対価を支払うことはできない」

 そうなるよね――とメリュは心中で呟く。仕事を果たせなかった配達人を手元に残しておくメリットなど何もないのだから、マルト国としては当然の判断だろう。これでメリュとマルト国の関係は幕を閉じる。

「あの、その件ですが」

 はずだった。

「私達に少し時間をいただけませんか?」

 が、メリュにとっては、むしろここから本番の幕開けだった。

「……と、言いますと?」
「オルトライ国からマルト国への移動は、最低でも三日ほどを必要とします。ですがこれは貿易路を利用した場合の話。武器を持った兵が山越えするのは、まーはっきり言って無茶でしょう」

 何を言い始めたのか、と困惑する大臣達。慌てて口を挟もうとした者がいたが、依頼人の大臣がそっと手を上げ静止した。静かに聞けということだろう。
 許可が降りたのを確認したメリュは、軽く一礼をしてから、話を進めた。

「兵が余力を残した状態でマルト国にたどり着くには、平地を通って移動するしかありません。その場合、山脈を大きく迂回して進むことになるので、距離は山越えより大幅に伸びます。軽く見積もっても六日はかかるでしょう。しかも――」
「平地のみを移動するならば、途中で必ずバーツ国の領土を通らなければならない」

 誰かの漏らしたつぶやきに対して、「その通りです」と笑顔を返す。

「自国への侵攻が目的ではないといえ、武装した兵を見過ごしていてはバーツ国民の信用に関わります。それなりの兵を用意してオルトライ国の兵を牽制、最悪の場合は衝突することになるでしょう。どちらにせよ一日以上は消費すると予想できます」

 一旦間を置き、面食らった様子の大臣達を見渡すメリュ。軽く息を吸って気持ちを落ち着かせた彼女は、右手の人差し指をぐっと突き出しながら、大臣達に向かって堂々と宣言した。

「一週間。この期間内で、オルトライ国に対して荷物の受け取りを再交渉してきます。無事に受け取ってもらえれば、争う必要は無くなりますよね?」

 当然というべきか、辺りから怒声が湧き上がった。無理に決まっている――小娘風情が偉そうに――一度失敗しておきながら――耳が痛い言葉が拾いきれないほど飛び交っているが、ここで折れては台なしになる。説得のための言葉を選ぶために、メリュが記憶を掘り返そうとした時だった。

「黙れ!」

 一喝。依頼人の大臣が発したものだ。たった一言で、彼は静寂を取り戻した。

「我々が兵力を整えるまで、しばらく時間がかかるだろう。……その間は好きにするがいい。皆も異論は無いな」

 予想外の場所から出た助け舟に一瞬だけ我を忘れかけた。が、行動を許可されたと理解した瞬間、メリュは満面の笑みを浮かべながら、大臣に向かって深々と礼をした。



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