Macデビュー!

 
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7~8年使ってきたノートパソコン(NEC LaVie)が遂にどうやっても起動出来なくなり、いよいよ買い換えの決心をつけました。

その事を店のオーナーに話したら、マックを勧められました。

とはいってもいつも冗談ばかり言っている人なので、こっちも真面目に受け止めていなかったんですが。

私としては、期日の迫ったPC作業の仕事もあって、出来るだけすぐに作業出来ることが優先という思いでした。


ウィンドウズしか使ったことの無い私にとっては、マックはクリエイターさんとかパソコンに詳しいマニアックな人の使うものという、漠然としたイメージがあり、要するに自分とは別世界のものに感じていたんですね。

だから自分では、まさかここでマックを買うなどという選択は考えもしませんでした。


今考えると、予想の全くつかない未知の世界で怖かったんです。

気持ちが変わったのは、スマホで初心者向けのマックについての動画を見てからです。


マックの特徴や良いところと悪いところの説明や、簡単な操作の解説などを見たら興味が湧いて来ました。

やっぱり未知の世界は怖い反面で興味津々だったりして、探検するのは楽しいんですよね。


設定をしたり、慣れない操作に手間取ったりはしましたが、何とか2連休の間に作業出来るまで到達しました。

未知の世界へは、それこそ決死の覚悟で飛び込むんだけど、行ってしまえば笑っちゃう感じ。



ダメな自分を認める覚悟

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仕事をしていると、調子が良くて楽しい時もあれば、
問題ばかりの自分に自信を失くして、ただただしんどい時もあったりします。

ここ最近は後者の方が優勢でした。


昨日は気づいたことがありました。


働いている店は安さを売りにしているところもあって、施術が終わってから次の施術へのインターバルがかなり短いんです。

場合によっては一息つく暇もないくらい。


お客さんに人気の先輩セラピストは時間内に施術をきっちり収めます。

ちょっと遅れてきた人や着替える人などは、その時間も考慮して少し施術時間を短めに終えます。

予約電話で離れることがあっても、それはそれとして終了時間をオーバーすることは殆どないです。


私はというと、どうしてもちょっとオーバーしてしまう傾向があります。

暇な時は全然大丈夫でも連続で予約が埋まるような忙しい日になってくると、そのダメージを受けるのは自分なんです。


それなのにどうして先輩のようにキッチリ切り上げられないのか?

自分ではあまり深くまで見えていませんでした。


言い訳として思っていたのは、たとえば60分とうたっているのに58分で終えたり、電話で離れた分を削るのは『悪い』とか『正しくない』とかいう思いです。

理屈としてはその考えは確かに正しいと思います。


だけど昨日見えてきたのは、自分よりも人に対していい顔をし過ぎるという自分の依存的な心でした。



仮にそれで文句を言ってくるお客さんがいたとしても、この店では基本的にこういう短いインターバルでやる方針になっているわけで、自分もその中で働いている以上、それが気に入らないなら仕方がないわけだし、もう来ないという選択をするのはお客さんの自由意思の問題です。

それに、60分や90分の施術時間が3~4分違うくらいでどれだけ満足度が違うというのでしょうか?


そんなのは自分のこだわりの問題で、お客さんは大した問題には感じていないのではないか。

そもそも施術時間の短い先輩セラピストには、こんなにリピーターがついているじゃないか。


そうなると浮かび上がってくるのは、自分の施術、自分自身への自信のなさ。

その自信のなさから来る罪悪感を、罪滅ぼしのような行動で許してもらおうとしてしまう自分の弱さ。



そんなことに気づいて、いざ先輩のように切り上げようと思っても、実際になるとすごく怖い。

自信のない商品を差し出して、一端の値段を提示して『○○円頂戴します!』という怖さ。


何となく反応が悪いと感じるようなお客さんならなおさらのこと。

目をつむって、相手にムカつかれても仕方がないと、半分やけっぱちにならないと出来ません。(真面目に考えてたら無理!)


もちろん自分が未熟で、接客にしても技術にしても足りないというのは事実かもしれないです。

だけど、その理屈で行くとどこまで行っても同じで、自分がしんどさを被り続けることになります。

自分のそういう意識は変わらないから。




昨日は結構予約が詰まっていて、飛び込みでやってきた外人さんを自分が施術することになり、最後もいまひとつ施術が思うようにいかなくて、でも時間内に『もういいや、ダメでも仕方がない』と切り上げたんです。

そうしたら、帰りに余計にお金を払ってくれて、すごく気持ちが良かった、またお願いします、と言って帰って行きました。


何だか変な話ですが、自分のことを不完全でダメだと思っているのは自分自身の尺度であって、尺度は人それぞれのものがあるし、評価の要素も人それぞれ違うので、自分の自分への評価はあんまりあてにならないってことですね。


それよりなにより、どうせ不完全でダメなところはあるのはきっといつまでも変わらないです。

人に悪く思われないように、なんとか認められるようにって、ビクビク不安な生き方ってホントにもう嫌です。

自分が頑張って我慢して相手の荷物まで背負い込んで、それでいて報われなくて余計に自信を失くして生きるのが苦しくなって。。。

逆にいい加減に要領よくやっているような人がうまくいってたりするのも見聞きするし、自分が自分を認めると人が認めてくれるという心屋仁之助さんや本田幸一さんのお話も思い出しました。



表面的なことにあまりにも左右されずに、もっと本質的に自分のことを大きな愛で認めてあげたいと思いました。

自分にとって大事なこと②

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最近、毎朝クリスの動画を見ています。
自分にとっての大事なこととか、本当にやりたいこととかについて、考えてさせられます。


ワークなどをすることで、自分の好きなこととか、大事なこと、自分の軸となるものなどをみつけることが出来るとよく聞きます。

そんなワークショップなどに参加したこともあるし、『自分軸』をみつけるために高いお金を払ってプログラムに参加したこともあります。

1年半前には本当にやりたいことを見つけるカリキュラムに惹かれて、学校に通うことを決めたりもしました。

でも結局挫折してしまい、失業中だった当時のなけなしのお金を無駄にしたと、かなり凹んだのを思い出します。
そしていまだに毎月一万円のローンを支払っています(無利息にしてくれたのが救いでした)。


そういうものは、きっととても価値のあるものだと思うから、そんなワークやプログラムを熱心に売ろうとするのだと思うし、惹き付けるような事を言って契約させるビジネスという面も同時にあるとも思います。

それは悪い訳じゃないし、私自身もそういったものを色々受けて、発見したこともあるし、良かったと思うところもあります。


ただ、自分というものは固定されたものではなく、今という時を常に生き続けている命であり、変化し続けているものですよね。

それは一つの固定された言葉や論理ですべて言い表せるような存在ではないはずです。


たとえば両親は私がリンゴが好きだといまだに思っています。

恐らくは昔、私が皿に盛ったリンゴを美味しそうにたいらげたとか、そんなことが印象に残っていて、そう思い込んだのではないかと思います。

でも自分としては果物の中でリンゴはそんなに好きではないほうなんです。


頭で考えている自分というのは、ちょうどそんな親のようなものではないかと思います。

子供のことを見ているようでいて、いつしか何らかの固定観念とか先入観を作って、この子はこういう人間だ、と決めつけて見てしまいます。


それは良い悪いではなくて、人間の自然なメカニズムで、毎日初対面の人のように接していたら大変なので、これまでの情報を整理して、この人はこういう人だというレッテルのようなものを作って対応するようになるのだと思います。



何が言いたいのかというと、自分にとって何が大事で、どう生きたいのかを、毎日常に自分に問いかけながら生きることが必要なんじゃないか、と最近思うようになってきました。

そう簡単に答えは出ないかもしれないけど、それでも日々色んな出来事が起こり、それに反応して色んなことを感じます。


ワークだって、大概は何らかの質問に答えていって、その答えから自分の本質を導き出すものが多いでしょう。

子ども(自分の本心)が返事をしないからと言って問いかけるのを諦めたり、分かったつもりで親が質問に答えてしまったら、真の子供の姿はずっと分からないと思います。

先入観で決めつけず、子供の色んな面や反応を発見して、そうやって日々少しでも子供のことを理解してゆく感じ。


結局のところ、記憶や知識なんて本当の意味ではあまり役には立たなくて、自分の心の底からこう思う、そんな感覚を感じることが何よりも大事なことだと思います。

マイナスからゼロへの努力

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今朝は勇気を出して歯医者さんへ行ってきました(笑)

お世話になっているこの歯医者さんに行くと、いつも何らかの気づきやひらめき、学びがあります。

フランクで親切で、ほんとにいい先生だなあっていつもありがたく思っています。


で、今回はいつも問題になっている左上の奥歯が段々と沁みるような痛みが強くなってきているのがあって、行く前から
『またクリーニングされたらめっちゃ痛いだろうなあ』とか思ったり、いよいよ何か大工事を始めないといけなくなるんじゃないかとか、そんな不安があって躊躇いの気持ちがかなりありました。


確かにそうなんですけれど、先生が最後につぶやいた言葉でハッと気づかされました。

『前と比べると随分良くはなってるんだよなあ』


一年近く前にこの部分が急に腫れ上がって、痛くてモノが噛めなくなったんです。

それから何度もこの先生にお世話になってきているんですけど、色々頭を悩ませながら手を尽くしてくれました。

だからと言って、元通りの何の問題もない健康な歯になれるわけじゃなく、日常の生活を出来るだけ支障のなく出来るだけ長く歯を持たせられるように、工夫して治療してくれているんですね。

だから健康な状態から見ればきっと問題だらけの酷い状態で、何とか耐えてくれているという感じなんだと思います。

症状があまりないと当たり前になってしまって、自分の自覚がないだけで。



だけど、歯茎の肉が落ちてしまってグラグラな状態だったあの頃から比べると、今は少しは肉が締まって何とか歯を支えてくれているんですね。

これまでもちろん、歯医者の先生の治療も有効だったろうし、定期的なクリーニングも大きな役割があっただろうと思います。

でも、私自身も当時そんな自分の歯の状態を説明されてショックを受けて、地味だけど色々気をつけてきたことがあります。


歯をしっかり磨くのももちろんだけど、当時から煮干しを一定量毎日食べるようにしました。

甘いものを控えたりも。


症状が落ち着いてくると、いつしか当時の大変な状態のことをすっかり忘れてしまっていました。

それでも次回の診察までの3か月と決めて結構頑張って続けて、そのあとも食べにくい煮干しから『じゃこ』に変えて量は少なめになったけれど毎日食べるのが習慣になりました。

微々たる効果かもしれないけれど、それでもきっとプラスの働きを地道に出してくれているんだと思います。


長く続けてきた筋トレもそうだし、育ててくれた親の存在もそうだし、毎日の生活も仕事もそう。

小さな良いことの積み重ねって成果なんて正直気づけるようなものじゃないような微々たるもの。

それでもあるとき、たとえば久々に会った友人の一言だったり、専門家の人の一言だったり、定期的に計測したデータの変化だったり、そういうものをきっかけにその成果に気づくときがあります。


労力の割に成果が見えないだけにその価値に気づけないんだけど、それゆえにまた、その結果の違いに気づいた時にはそんな小さな努力の積み重ねが如何に尊いことであるかをひしひしと感じたりもします。


小さなことだから、ちょっとサボったってはっきり言って大した違いもありません。

だけど私も特にお年寄りの患者さんや利用者さんを沢山見てきた人間だから思うのですが、ちょっとした日々のこころがけと行動の違いが、長く積み重なることで大きな差になるんだって思います。


悪くなってしまうと、今更もう何をやってもダメ、と投げやりになってしまう気持ちはよく分かります。

習慣を変えるのは面倒だし、たとえば痛みがすぐになくなるわけでもないし、良くなっている実感もなかなか感じられなかったりするし。

いくら頑張ったって完全に治るわけじゃないし、とか。

だけど、それでも効果はあるはずなんです。


私のこの歯だって、最悪治療もせずに歯に関わる生活習慣も改めずにいたら、多分もうすでに抜け落ちていて、その隣の歯も支えを失くして悪くなり反対側の奥歯にも負担がかかってその歯も同様に悪くなって、ガタガタな状態になっている可能性が大きいと思います。

歯は沁みるけれど何とかこうして今の歯のメンバーを失わずに食生活を送れているのは、定期的に受診をしてそれなりに気をつけていることも大きい要因だと感じています。

当時よりも甘くなっている事柄もありますが、そういうところも今後はまた気をつけて出来る限り長くこのメンバーを失わずに生活が出来るように、そして感謝を忘れないようにしたいと改めて感じました。

大事なこととは?

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クリスの部屋の動画を見て、刺激を受けました。


自分にとって大切なことをやることに、毎日(平日だけでいい)25分の時間を確保する、ということについてのお話でした。


私はこういう話を聞くと『大切なこと』とは何かと考え始めてしまい、頭で正しい答えを考えて結局は人のいう『大切なこと』をやろうとする傾向にあります。

だけど、それはホントに自分にとって大切なことなんだろうか?


最後の最後に思うことって、結局のところが本心から自分がやってみたいと思ったことをやったかどうかなのかも知れない、と思います。

理性で判断することは必要なことだろうけど、私たちのような性分の人はむしろ考えすぎない方がいいと思います。

ダメでもやってみたいとか、意味ないとかくだらないとか頭では思っても、それでも何か気になる、やらないと後悔する、そんな気がしたらハートの声に耳を傾けることが大事なのかもしれません。
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