気持ちの晴れない朝



いつも何らかの気づきを書こうという意識で記事を書くことが多いですが、今朝はただただ、気分が沈んでいます。

こんなんじゃいけない、何とか前向きになろう、そんな意識があるけど、何だかそれも出来そうにない感じ。

もちろん、出来ごとに影響を受けているんですけど。

きっと仕事に行けば、気持ちも変わるだろうとは思います。

でもなんというか、だからと言ってこういう風に気持ちが沈んで苦しんでいる自分もまた、人生のひとつの場面の真実として、否定するべきものでもないんじゃないかなあって思います。

否定しないというよりは、あるものは仕方がないという感じ。

つらくてしんどいけど。


こんなダメダメな自分を、まとめることをせず、垂れ流してみようかと思って記事にしました。

きっとこんな胸の内を少しでも人に話せたら、ラクにもなるんだろうなあって思いながら。


神経症の成り立ち



『人生というのものは時として残酷なほど厳しい』

海外の悲惨な貧困問題や災害などのニュースがあるとそんな言葉をどこかで耳にしたりします。


しかしながら、恵まれた日本の環境で衣食住に困らずに生活が出来ている私たちであっても、すくなくとも私は、内面の心理的な状況として、冒頭のフレーズがしっくり来るくらいの耐え難い程に厳しい心の状態になることがあります。

直接目には見えないし、敢えて他人に辛さを伝えようとしなかったりするから分かりづらいものかもしれないですが、そういう心理的な辛さって誰にでも訪れるものだと思います。


今朝もふとそんな心境になりました。

真っ暗な抑鬱の気分だったり、深刻な程の心細さや孤独感だったり、耐え難い淋しさや哀しさだったり、押し潰されそうな不安や恐怖だったり。

過ぎてしまえば気持ちが流れて忘れてしまったりもするんだけど、でも本当にしんどい瞬間ってふとやってきたりします。


ただ、思うのは、健康な人間と病気に陥ってゆく境界線として参考になる考え方ではないかと、先日の森田療法の集談会に参加して感じた言葉があります。

それはこんな言葉です。


 人間として当然あるべきもの(当たり前のこと)を異常なものだと思いそれを排除しようとすることによって神経症が成り立ってゆく。


 言葉の定義とか言い回しとかは曖昧さがあるかもしれないですが、ニュアンスは伝わると思います。


たとえばこの言葉を聞いた時に感じていたのが、新しい職場で仕事を始めた時に日々感じていた、慣れない仕事をやるときの緊張とか不安とか、まだなじめない人と一緒にいる時の緊張とか気まずさとか、どう対応していいか分からず電話を取る時にビクビクしたり躊躇したりする気持ちとか、こんなままで生活が出来るのだろうかという不安だとか。

 新しい職場で働き始めてひと月半位が経って、もう過ぎ去ってしまった気持ちが沢山あります。
慣れて乗り越えてしまえばもう今更問題にもならない、どうでもいいような気持ちで、この話を聞くまで私の中ではもう忘れていて意識すらしていなかったそんなことも、もしもその嫌な気持ち(不安、緊張、ビクビク、ドキドキ、気まずさ、などなど)を辛抱して行動することを避けてしまっていたら、いまだに私は同じ所でグルグルと同じように耐え難いしんどさと深刻な問題意識を抱えながらビクビクして生きていたかもしれないんだなあって気づいたんです。

 今の私の例は分かりやすいのではないかと思います。
つまり、新しい職場や仕事・人間関係に入った時には、最初は慣れないから怖いし、不安だし、自信もなくビクビクするし緊張もするし、気も遣って大変なんだけど、それは『当たり前のこと』なんですよね。
 当たり前というのは『辛くない』ということじゃなくて、『辛いけどやらないと仕方がない』という感じの意味です。

 普通の人(神経症でない健康な人)は、最初は緊張するのは当たり前と捉えてそんな感情を受け容れて我慢してやっているうちに、段々と慣れてきて出来るようになってきて、しんどい気持ちもラクになって気にならなくなってくる、そんな経緯をとるけれど、神経症になってしまう人はそんな嫌な感情を排除しようとしてやるべき行動を避けることで嫌な感情を味わわないようにしようとすることで、いつまでも行動に伴う不快な感情に慣れないし、逆にその苦しい感情が強くなって持続してしまう、そんな構造があるようです。


 今回私の呟きたかったことは何かというと、人生は時に非情で残酷な程に辛く厳しいけれど、それすらも人生の壮大な意志からすればきっと何か必要なものなのかもしれない。
 私たち人間にはそれを完全に理解することは出来ないけれども、これもきっと人生からすれば想定内の必然の出来事なのかもしれない。

 そんなしんどい時にそれを『こんなことは耐えられない』『何としても避けなければならない』『克服しなければいけない』などと深刻になってしまったとしても、
きっとこれも人間として、この人生を生きる自分には必要で当たり前のこととして受け入れて、避けようとか排除しようと考えるのではなく、そのまま向き合う。
 そんな気持ちのまま、生きる。
そんな態度が大事なんじゃないかな、そんな風に思うんです。

自己愛を高めるには




  自己愛、自尊心を上げるのに一番なのは『体を変えること』
それを教えてくれて、導いてくれたのが谷けいじさん。

無料動画で出し惜しみなく重要なことを伝えてくれています。
あとはやるだけ。

ただ『道を知っているのと歩くのは違う』
谷さんはそれがよく分かっているからこそ、こういう場をつくることを考えたんだろうと思います。

出来ることなら直接谷さんに会ってみてください。
彼がどんなエネルギーの人なのか、会えば分かります。

谷けいじさんBMA動画セッションの紹介



これまで何度か谷けいじさんのトレーニングについて書きましたが、BMA(ボディメイクアカデミー)の第一期が始まることになりました。

3か月間谷さんの指導のもとで自分の身体と向き合ってトレーニングをする、『体の教習所』という感じです。


『体が変われば人生が変わる』 心からストレートにそう言い切る谷さん。


谷けいじさんがどんな人なのか、その人柄にぜひ触れてみてください。




谷けいじさんの無料動画セッション



セッション3には私も少し出ています。
無料動画ぜひ見てみてください~。

希望




何よりも大事なのは希望だと聞いても、どうしたって希望が持てない。


悲観した未来しか想像出来ないで無気力に生きていた。

希望なんてきれいごとだと。

希望という言葉をずっと勘違いしていた。

希望の抱き方にはきっとコツがある。

棚ぼた的な未来が希望なのではなくて、望む未来に対して自分がどんな準備が出来るかを考える。

あくまでも自分の行動があって、その先に希望をつなげる。

常に自分の行動に対して希望を持つ。

母親が子供の人生の尊さを疑わず、その未来の希望を信じるように。

希望というのはそういう意味だと思う。
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