機会(チャンス)

アトピーが悪化している感じ。

薄々自分でも気づいているけど、多分ストレスのせいだろうって思う。

前の職場でも思い返せばそうだった。
とても無理な仕事を背負い、そんな状態にお構いなく悪役的なスタッフからの精神的なプレッシャーをかけられて、もう無理、限界、だけど辞めるという行動の一歩が取れない。

そんな状況がずるずると続いていたころ、アトピーがかなり悪化していたっけ。


今も、不安、心配、直前に迫った嫌な未来をついつい想像しては深刻になってしまう。

ホントに、しんどい。


だけどこれも、きっと人生からすれば順調なんだろうなって思う。

こんなにしんどいんだけど、神様はいたずらっぽくほくそ笑んでるんじゃないかなあ。


頭で考えるのとは違う。
体で感じるしんどさは、やっぱりたじろぐ。

だけどそれこそが神様が自分に与えた『機会』。


深刻になって青い顔をして、腰が引けて、身も心も逃げ腰になる。

そんな状況こそが、きっとキーポイント。


今までとってきた自分のパターンを変えるチャレンジそのもの。

その機会を神様は与えてくれている。


結局、今の自分に出来ないことは出来なくて仕方がないんだ。

だったらもうそんな解決策は諦めて、今の自分に出来ることをやってゆくしかない。


そんな風にちょっとでも思えるようになった、自分に拍手。

キャベツの千切りからの気づき

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キャベツの千切りを切っていて気づいたこと。

昔調理の仕事をしていて、よくキャベツの千切りを切っていました。
時間を気にして切るんですけど、なかなか早くならなくて、ちょっと悔しいんですけどね。

前に姉の家に行ったときにキャベツを切ったら、これからはみんな機械が出来るようになって人間がやる必要がなくなっちゃうよ、みたいなことを言っていました。

その時に反射的に感じたのは、ちょっと嫌な気持ちでした。
自分が仕事を通して身に着けた技術を否定されたような気がしたんですね。


今日、ちょっとキャベツの千切りを切ったんですが、その時に姉の言葉を思い出しました。

それで思いました。

人間は、今という時を生きて、たとえばキャベツの千切りと取り組むことで何かを学んでいるんだと。


もし、どうせキャベツなんて機械が切ってくれるんだからそんな技術を身につけることなんて無駄だ、とかって思って、そんな気持ちで嫌々キャベツを切るかもしれない。

だけど、仮に将来必要がなくなるようなことかもしれなくても、今その仕事を通して学ぶこと自体に価値があるんだろうと閃きました。

結局すべてのことは学びの機会なのであって、そのこと自体に価値があるわけじゃないんだ。


無駄になるからと言ってやらないのも一つの賢い選択かもしれない。
それはそれでいいんだろうけど、逆に言えば学びの期待を逃しているとも言えるのかもしれない。

キャベツの千切りに真剣に取り組んだ人は、それが不要になったとしても、また新しい仕事が来ればそこでまた新しい学びの体験をするんだろう。

損になろうが得になろうが、みんな全部学びの機会としての価値でしかないんだ。きっと。

3度目の指名

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ちょうど半年ほど前に、『2度目の指名』という記事を書き留めました。

この仕事を初めてから、初めて指名をいただいた時には、驚きと嬉しさを感じました。
でも、初めての指名のお客さんは、自分ではなぜ指名してくれたのかさっぱり手ごたえがなくて、しかも結局は一度だけでそれきりでした。

でも半年前にいただいた指名は、ちょっと違いました。
自分の中でも、思い切った施術が出来た、という感覚や、最後にちょっと驚いたような顔で『すごく気持ちが良かったです』という言葉をいただいたりして、自分でも手ごたえがあったからでした。

さらに立て続けに他の人からも指名が入って、すごく嬉しかったのを覚えています。


ただ、2度目の指名をいただいた時には天にも昇るような嬉しさを感じたのですが、いざ施術の段階になると、せっかく勝ち取ったこの指名を逃すまいとか期待を裏切りたくないとかいう気持ちが働いて、思うような施術や言動が出来ずギクシャクした対応しか出来ない自分に凹んだりしました。

しかもそのあと指名がぱったりとなくなってしまい、ちょっと自信がついたとか得意になった気持ちが萎えて、あんな記事を書き残したのがちょっと恥ずかしく、書かなきゃ良かったかと思いました。


ただ、指名をいただくことはなかったけれど、自分が施術したお客さんがとても喜んでくれてリピーターになってくれたり、知り合いに紹介してくれたり、中にはギフトカードを買って職場でプレゼントしてくれたりする人も出てきて、そんな嬉しいこともありました。

それでも先輩のベテランのスタッフは多い時には何人もの指名のお客さんが入っていたり、新しいお客さんも彼女のファンになって指名するようになったりして、実力の差をヒシヒシと感じて凹むことも多かったです。


それでも何とか投げ出すことなく、少しでも自分の施術をいいものに変えようと、色々と試行錯誤をしてきました。

それでも指名はさっぱりつかなかったのですが、少し前に久しぶりに前に指名をいただいたお客さんが立て続けに2名指名で予約を入れてくれました。

一日に2名の指名予約をもらったことは初めてだったし、びっくりしました。
指名は欲しいけど、ちっともつかないのなら仕方がないので、指名にこだわらずに黙々と淡々と、向上心や反省と改善をしようとする謙虚さを忘れないように(なかなか出来ないけれど)自分なりにやってきたつもりです。

そしてつい先日、指名をいただいた時に手ごたえがあって一番嬉しかったお客さんもなんと半年ぶりに指名で来店してくれました。


こんなことを書くのは、喜びや自慢話をする相手がいないからこんなところで書いているという動機もありますが、もうひとつ。

地道に頑張ったこととか、コツコツと誠実な態度を忘れずにやってきたこととか、なかなかそんなことをしたところで現実に何が返ってくるということもないように正直思えます。

いくらいい施術をしようと日々取り組んでいても、嬉しい反応が得られることって割合的には少ないです。

それでもたまにとても嬉しい反応がもらえるときには、本当に嬉しいです。

飲食店などと違って気に入ってもらえても、毎日来てもらえるわけではないし、人によっては数か月後だったりもします。

だけど、それでもそうやってまた来店してくれたり、実は人に紹介してくれていたりすることが、ずっと後になって分かったりするんですよね。


ただ忙しくてなかなか来れなかったり、人によっては転勤してしまったり、そんな事情があったりもするんですよね。

何が言いたいのかというと、見限られたとか、期待に応えられなかったとか、そういうことも実際にあるかもしれない。

それはそれで何か自分に反省点があるのかもしれないし、改善すべきことは色々見つけられるかもしれない。

何かのせいにして自分を改善することを放棄したりせず、謙虚に学んで地道に出来そうなところを改善してゆけば、きっと着実に少しずつでも良くなってゆけるはずだし、そういうことは絶対に裏切らないと思うんです。


ただし、時間差があると思うんです。
結果が出るまでには。

だからこそ、結果に執着せずに、淡々といいことを続けることが天に求められることなんだと思います。


嬉しいことって唐突にやってきたりもするけど、この仕事を通して感じてきた嬉しいことって、タイムラグを経てやってくるということ。

報われないって感じたり、思ってしまうことは多々あるけれど、でもそれで投げ出したりしなければ、やっぱりそれはいつか必ず何らかの形で返ってくるって思います。

それは非常に不思議で、人智を超えたものだけど、やっぱりそういう宇宙の法則みたいなものが働いてちゃんと自分に返ってくるんだと、そんな風に感じます。

自信を失くすこともあるかもしれないけど、それはそれで。
でも前向きに頑張ったことは、決して裏切らない。
それはそのまま必ず残る。

だから見返りなんか考えずに、いいことをコツコツやっていこう、そんな思いを書き残したくて記事を書きました。

葉山アマリさんの本

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最近、この本のことが頭に浮かんだ。

自殺するのはタブーだということは、これまで得てきた知識と感情的なものからもそう思っている。
だけど、人生って耐え難いギリギリのところってあると思う。

そんな時に自ら人生を終えるという覚悟をすることは、心の支えとか気持ちの切り替えをもたらすように思った。

どう生きるか、どう死ぬか。

こんな風に生き続けるくらいなら、死んだ方がマシ、という強い想い。

その覚悟で生きることが、唯一の心の支えになるんじゃないか。


もうすでに何度も読んだし、この本の中盤部分はあくまで著者が実際に覚悟のスイッチを切り替えて生き始めた体験の話であって、今の自分には役に立たないと思っている。

価値観も状況も違うけど、その中の共通するエッセンスを感じ取ることは出来るように思う。


何か変えることってすごく怖い。
恥をかく勇気もいる。
だから何かの覚悟がいると思う。

今の自分に何かのヒントがあるかもしれないって気がした。

ブログの価値

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先日はもう生きているのが嫌で、死んでしまいたいくらいの気持ちの落ち込みを感じました。

言葉にするとチンケかもしれないけれど、本当につらく、しんどい気持ちでした。

ダメな自分が情けなく、この先もずっと人を羨み、妬み、そんな自分をまた嫌悪し、現実としてみじめで貧しく寂しい気持を抱えながら生きてゆくことを思ったら、本当に真っ暗な気持ちになりました。


そんな時に、自分で書いたこのブログを紐解いてみると、すごく心に響きました。

同じような気持ちを抱えた誰かと共感したり、少しでも自分の得た価値ある考え方や言葉を共有して、生きる力になればという思いを持って書き始めたブログですが、自分の役に立つのだということが分かりました。


何度も同じように落ち込んで、ちっとも変わらない、のではなく、
何度も何度も落ち込んでは立ち上がり、その都度新たな気づきや発見をして、またより深く考え方が心と体に刻み込まれて、少しずつ成長しているんだ、そんな風に捉えることも出来ます。


この辛さ、苦しさからただ逃れようとするのではなく、どっぷりとはまり込んだ時に、そんな自分と向き合い、そこからそんな自分のまま一歩ずつ歩みを進める。

そんな姿が、私が生きていた中で一貫して感じた尊い姿であり、一番応援したい姿であり、実践すべき姿なのかもしれません。


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