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時々、例えば仕事が休みの日に外に出て歩いている時とか。


ものすごく辛い気持ちになったりする。



堪え難いような寂しさ。


後悔。


敗北感。


惨めさ。


未来に希望を見出せない絶望感。



ものすごく辛くて、死んでしまいたいような気持ちになる。



本当につらい。


そしてそんな気持ちを避けたい、逃れたいと思うことは

人として自然なことなんだろう。




だけど、これって「痛み」と同じだ。



痛みに苦しんでいる患者さんが


痛くて仕方がない

なんとかして欲しい

もう死んだ方がマシだ



そんな風に言っているのと同じ。



痛みを感じているのは

きっかけとなる何等かの出来事があったり

過去の自分の習慣的な行動の結果だったり

心身のバイオリズム的な要因だったりするかもしれない。



外から客観的に接する立場からは


痛みに苦しんでいる人に対して

共感したり、励ましたり

ただ黙って見守ったり

することしか出来ない。



果たして相手によっては

痛みを緩和してあげることは

多少出来るかもしれない。


でもこちらにとっては、本質的にはあまり変わらない。




痛みに苦しんでいるのは


おそらくは自分の蒔いた種。


自業自得といえば

確かにそうかもしれない。



でもみんな完璧じゃないし

人それぞれ

その人特有の得意なことや強いところもあれば

その人特有に苦手なことや弱いところもある。



それを責めたって仕方がないし

しょうがないことのように思う。




堪え難い痛みなら

ただもがいて

苦しむしかない。



そして痛みが引いて

少し冷静になってきたら


現実的になって

自分に出来ることをやってゆく


それしかないんじゃないかって思う。



上手く行くかもわからないし

時間もかかるだろうし

痛みもまたやってくるかもしれない。



でもきっと

痛みに耐えながら

その時々に出来ることを

期待もせずに

ただやりながら

淡々と

生き続けていると



いつか自分の変化に気づいたり

痛みを忘れていたり

前向きな気持ちを

取り戻していたりするように思う。




それは後になって思うことなんだけど

痛みを耐え忍んで

生き続けてくれた自分に

感謝する時がくる。