よろず日記

趣味のラジコン飛行機や音楽その他日常の面白そうなこと等いろいろ取り上げます。

2013年12月

古きよき時代 その3 七輪を買いました。

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今時のラジコンクラブでコーヒーを飲む時やラーメンや鍋焼きうどんの湯がほしい時、セレブな人はハイブリッド車の電源からレンジでチンやポットで湯を沸かせばそれでおしまいです。その他には、最近は電動へり、飛行機のはやりで発電機を持ってくる人が結構いるので、ポットの湯は簡単に沸きます。わっちも含めて一般庶民は湯をたっぷり入れたポットを持ってきます。

 でもそんなこのご時世にわざわざ昔懐かしの七輪を持ってくる人がいるのです。去年その人が使っていても「なんとレトロな趣味だなぁ」ぐらいにしか思いませんでしたが、今年はどういう訳か「朝わざわざお茶を沸かしてポットに入れる手間もいらないしーー、やかん掛けっぱなしでお湯がさめることもないしーー、お餅も焼けるしーーー、操縦するのに必要な指先が凍りそうな時は暖もとれるしーー、練炭1個あれば1日十分持つしーー、マッチ1本で着火するしーーー・・・」なんか良いことづくめということが分かりました。思ったが吉日です。早速買ってきました。珪藻土材質で値段は1250円、練炭は14個入りで1800円です。こんなに安いんだ。1日130円です。冬北風ビュービュー吹きっさらしの飛行場で朝から1日熱いコーヒーが飲め、アチアチの餅も食べれます。遠赤外線で焼いた餅は絶品?かも・・・・。う〜〜んしあわせ感じます。早速試しに火を点けてみました。簡単簡単。今度の飛行場行くのが楽しみです。

「永遠の0」の映画を観ました

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   「永遠の0」の映画を観ました。初発の感想は、うーーーんやっぱり原作の方がずっと感動します。でも観なければ良かったというレベルではありません。原作の良さを十分に凝縮しているかのような作品になっていました。でもやはりカット部分が多く筋も微妙に変更した脚本になっていました。

  良かった点は、戦闘機の離発着、戦闘場面等のCGを含む映像はリアルで思ったより良くできていました。ゼロ戦の21型、52型も忠実に再現してありました。主翼の脚が出ているかどうか確認する棒?も再現してありびっくりしました。またどの役者さんもとても好演していて、特に祖父役の夏八木勲や聞き取りに行った先の部下役の橋爪 功などの名俳優の演技は、じっくり味わいがあり、説得力・迫力十分でした。この部分は原作よりもずっと現実感がありよかったと思いました。でも何人かカットしてありました。良かった点の総評としては、ちょっとよく似たストーリーで別物と思えば「これはこれでよし」というレベルに仕上がっていたと思います。

   残念だった点としては、カットした場面が多過ぎるので原作とは別物のようにさえ思いました。見方を変えれば、全体を短縮する場合はこうすればいいんだよ、と教えてくれているようでした。

   まず姉の恋人役がカットされていました。これは宮部久蔵の「生きて帰る」という究極の命題に重なる部分で、久蔵の生き方を知ることで自分も祖父のように純粋な気持ちで人を愛したい、という心境の変化につながることであったり、特攻は自爆テロとは違うという作者の思いを主張する部分で大切ではなかったかと思いました。それは簡単に合コンの場面に変更されていました。

   他にも、元整備士が語る部分がカットされているので、特攻に飛び立つ直前に何故飛行機を取り替えたか、という経緯が不明瞭です。久蔵が名パイロットであるがゆえに、普段から微妙なエンジン音の違いでエンジンの好不調を感じ取っていたという元整備士の証言があれば、確信して取り替えたことがはっきりします。

  また日本の戦争に対する考え方やスタンスがアメリカとのそれとはまるで違うという部分が大幅にカットしてあり、特攻も含めていかに無意味な戦闘で多くの日本の兵士が死んだか、そして最後は久蔵も多くの部下を無駄死にさせた罪の意識?からか特攻を志願せざるを得なかったという経緯が不明瞭でした。でもこの部分は特に微妙な話で、旧日本軍を批判的に映像化すると後々・・・・なのかも知れませんので、この程度で良しなのかもしれません。
   またプロローグとエピローグもカットされているので、アメリカ軍の機関砲の性能がよく体当たりする前にそのほとんどが撃墜され無駄死にしてしまっていること、また、作者が思う、自爆テロと武士道・騎士道精神の関わりが全く不明瞭になっていました。
等々が主な残念な部分です。ナレーションや字幕をいろいろな場面で入れて、役者の演技や場面描写で伝えきれなかった部分を補えるともっと原作の意図が伝わった気がしました。

   原作を読んでいるので、いろいろな場面で「原作はこうだけど、映画ではそうなっていないな」等々「もどかしさ」を感じながら観ましたので、ハンカチ2枚持っていきましたがほとんどいりませんでした。「うるうる」した場面は何度かありましたが、横にワイフがいたせいもあり、我慢したところもありますし我慢できる程度でした。満足度は原作の50%ぐらいです。原作では大石が松乃を尋ねるラストの部分は何度読んでもうるうるでしたが、映画では・・・。   

  この作品については、原作を読まずに映画を観た人でも、後で原作を読むと「ああそうだったのか」と納得する部分がとても多いと思います。それだけ映画は大幅カット版の脚本になっていました。この作品はTVの連続ドラマで忠実に映像化して原作の思いを伝えた方がいいと思います。ただ制作費の割に視聴率はよくないと思いますが・・・。制作費の点で言えばアニメでもいいのではとも思いました。

  付け足し
  例えば作曲家と演奏家との関係で言えば、演奏家は作曲家が書いた曲をただ単に機械的に再現して演奏するのではなく、何度も作曲家の意図を頭・心の中で租借して、自分の解釈として音で奏でていきます。なので同じ曲であっても演奏家の解釈・個性によって微妙にあるいは全く違う演奏であったりします。それと同じことが原作者と監督(原作と脚本)との関係でも言えるのではないかと思います。映画の場合は、原作者と監督、役者の3者が関わるのでより複雑になると思います。同じ脚本でも役者によって雰囲気の違った映画になる・・・とか。なのでこの「永遠の0」の映画も単なる原作の再現ではなく、監督が原作の意図を租借し感じ取った作品づくりということで、あまり原作の枝葉にまでこだわる必要はないのではないかとも思います。

池井戸潤「下町ロケット」を読んで

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 どうしてか最近本づいています。
池井戸 潤の「下町ロケット」を読みました。2010年直木賞受賞作品です。テレビ化もしたらしいですがまったく知りませんでした。情報不足です。
 読み始めはなかなか物語に入り込めませんでしたが、しばらくすると波瀾万丈のストーリー展開でワクワク・ドキドキの連続ででした。
 
 作者が銀行員出身ということもあり、まじめにコツコツとやっている下請け中小企業と杓子定規に企業論理を展開する大企業と丁々発止でやり合う様子や銀行の貸し付けや特許、裁判の様子などがとてもリアルに描かれ説得力があります。硬派ドラマのような雰囲気で、昔N?Kで放送した「商社」を連想しました。ただ前半のナカシマ工業との和解部分など、佃社長の思い通りに大企業をやりこめていく部分は、いかにも勧善懲悪的な水戸黄門を連想させ、「事が上手く運びすぎ・・・」と少し薄っぺらく感じた部分もありました。しかし大企業の論理を論破しやりこめていく帝国重工テストの「佃プライド」の章はまさに痛快丸かじりでした。「佃プライド」の章は「社員の生活感・現実感」から「佃の夢・みんなの夢」に昇華させていく部分だと思いました。

 佃社長の一途な夢や物作りへの強い信念が、紆余曲折を経ながら少しずつ少しずつ社員や家族、特に娘、そしてあろうことか相手企業帝国重工幹部の財前の心にも浸透していく様子が丹念に描かれ感動的です。エピローグでは「佃の夢・みんなの夢」がその集大成としてロケット発射成功で叶えられ感動的に幕を閉じます。

このドラマの展開でいつも課題であった「バルブシステムの応用」が自らの意志で会社を辞めた真野から「人工心臓」に応用できないかという提案をうけた部分では、あまりのできすぎに・・・ちょっとやりすぎなんでは、とも思えましたが・・・まぁ良しとします。真野の再登場の場面も含めて、作品中の登場人物のセリフや描写等の描き方には池井戸氏の誠実な人となりが十分反映されていると感じます。

ともあれ、連続ドラマのように、少しずつ読もうと思ってチビリチビリ読んでいましたが、あまりの面白さに後半は一気に読んでしまいました。

古き良き時代その2 青春時代のエレキギター

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 なつかしのエレキギターとアンプです。今からウン十年前、わっちが中学1年の時のものです。メーカーは何とビクター(今ビクターってあるのかな・・・?)なのです。例の犬のマークもあります。未だに音はしっかり出ます。今時の安物買いの銭失いではないですね。しっかりした物作りの時代のものですね。ギターはいつも手元にありましたが、アンプが実家の物置にあって、先日兄から「片づけをしたいけどこのアンプ捨てる?」と聞かれたので「とんでもない・・」と取りに行きました。アンプは当然真空管式です。

小学校の5年生ぐらいから兄の影響で「9500万人のポピュラーリクエスト」というラジオの洋楽ヒットチャート番組を毎週欠かさず聞いていました。当時流行った歌謡曲の西郷輝彦や舟木一夫等々よりも洋楽のポピュラー音楽の方がカッコええ・・・と聴き入っていました。ビートルズ、ローリングストーン、ベンチャーズ、ビーチボーイズ等々気に入った曲はレコードを買ってきては曲に合わせてシャウトしていました。そう言えば当時「ソノシート」というのもありましたね。コピーバンドが出してたような、でも当時は本物とばかり思っていました。

 6年生の時にビートルズが来日してわっちのポピュラー熱もピークに達し、どうしてもエレキが欲しく欲しくて親にねだりました。・・が当時はエレキは不良がやるもの(ほんとは高かったから?)・・・と全く聞き入れてもらえず仕方ないのでベニヤをサンドイッチにしてピアノ線を張ってギターを自作してシャウトしていました。そのうち親も折れて買ってくれましたがメーカーは何とビクターでした。わっちとしてはエレキだったらなんでもよかったので嬉しくて嬉しくて夜も抱いて寝たいくらいでした。値段は当時でギターが13000円、アンプは確か26000円だったと記憶しています。(当時カタログがボロボロになるまで見ていました)ウン十年前で結構な値段だったんですね。

 ・・・でこのアンプでこのギターを弾くことができれば・・・すご〜〜いっ!です。
その前に記念写真を。アンプとギターのウン十年ぶりの再会です。もう一枚の写真は高校2年の時の文化祭に出た時のものです。当然このアンプを使いました。リードギターがわっちです。ベンチャーズ等5曲ぐらい弾きました。

 ・・・でコンセントにコードをつなぎ、恐る恐るウン十年ぶりにアンプのスイッチを入れてみました。・・・あっ赤く点灯します。「へぇーーっ点くじゃん」・・・ところがちょっと変です。よく見ると後ろから白いものが・・・「わっ煙」、「これはまずい・・・」とスイッチを切り、アンプを戸外に出し様子を見ます。どうもないようです。燃えるとまずいので一応戸外に置いておきます。掃除機をかけて埃とかきれいにしようとしようとしたのですが裏のフタが開かなくて・・・まぁいいかとスイッチをいれたのがまずかったと思います。まぁ仕方ないです。燃えないゴミに出すしかないですかね。でもあっさり諦めるのももったいないので、屋内だと燃えても困るし、後々漏電とかいろいろ怖いので、発電機もあるので、屋外で発電機を使って再度挑戦してみようかな思います。

 またまた村上春樹です。「色彩を持たない多崎つくると 彼の巡礼の年」を読んで

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 「1Q84」に続いて今話題のこの本を読んでみました。売り上げ1位だそうです。自分はどうも同じ物、同じことにこだわる性格があるようです。安定・安心感を求めるのかもしれません。期待を裏切らないという意味で。行動パターンや服、食べ物の選択しかり、作家しかり、その他いろいろです。

 ・・・でこの本を読んでみての初発の感想は、実に村上エキスが一杯詰まった作品です。時に哲学的、時に幻想的?。「まるで〜したかのように」的な独特の比喩表現がちりばめられています。また性的場面があまりに多いことも特徴でしょうか。健康的な性的表現を意識しているのか露骨でいやらしい感じはしませんが、性場面の必然性を特に感じない部分も結構あります。
  
 「1Q84」では受胎、この作品では「レイプ」と両作品とも性に関わることがストーリー展開の鍵になっていますが「何で? どうして?・・・ 折角読み進めてきてどうしてこんな展開になるの〜?何か非現実的な話だね・・・」と思ってしまいます。もっと他のストーリー展開はなかったのかな?と思います。ただどんな場面も村上流の品性の高い表現で、読み手に生活臭さを感じさせないのは流石だと思います。

 テーマは「1Q84」同様わかりません。色彩にこだわって、始めは名前という表面的な色から最後は名前の色を否定して内面的な個性の色に迫っていく・・・・。でもどうして村上作品は最後があいまいになってしまうのだろう、と思います。「1Q84」もそうですがこの作品もそうです。思わせぶりで終わります。何が言いたかったのか追々時間が経てば分かるのかなと思います。

 村上作品には登場人物の思考の端々や作品を通してのバックグラウンドにいつも音楽があるようです。「1Q84」ではヤナーチェク、今回はリスト。特にリストの巡礼や2つの伝説は大好きです。音楽の選曲にも村上氏のセンスを感じます。音楽通の村上氏はこうした音楽から作品の発想が浮かんでくる時もあるのかもしれません。聴きながら読むと共感の度合いがより強くなるかも知れません。でも聴きながら読むとつい音楽の方に集中しそうです。次回そういう機会があれば美術館のようにやさしくそっと音楽を流しながら読んでみたいと思います。

児玉 桃ピアノリサイタルを聴いて

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 いつもの岐阜現代美術館NBKコンサートホールで、昨日児玉 桃さんのピアノリサイタルがあり、久々のコンサートということで楽しみに行きました。桃さんは今までに2回聴きました。フランスもの、中でもメシアンがお得意なピアニストです。幼少よりヨーロッパで育ち、パリ国立音楽院で学んだので当然レパートリーの中心はフランスものということになります。以前聴いた時も鋭い感性、すごいテクニシャンという印象でした。特に現代曲は、若いだけに鋭い切れ味の演奏という印象でした。
今日のプログラムはJ.S.バッハの「イタリア協奏曲」、日本人の作曲家細川俊夫のエチュード-此▲疋咼絅奪掘爾裡隠欧離┘船紂璽匹任靴拭エチュードプログラムです。テクニシャンの桃さんならではのプログラムです。聴き終わっての感想は、あの細い身体のどこにこんなすごいエネルギーがあるのか、というくらいすごくエネルギッシュな演奏でした。始めの「イタリア協奏曲」は大昔弾いたことのある曲なので懐かしく聴きました。各声部はとても明瞭で微妙なタッチ、アゴーギグ、ダイナミックス等々絶妙でした。淡々としたバロック音楽というよりも若干ロマン的にさえ感じました。細川俊夫のエチュードは桃さん初演の曲ということで、思い入れのある力強い演奏でした。ドビュッシーのエチュードはどの曲も超絶技巧の曲でしたがとてもダイナミックに弾いていました。どの曲も理性的で気品があり、しかも情熱的でした。
 ただ以前感動したイエルク・デームスの演奏とは全く異質に感じました。年齢的なものというよりタイプが違うのかなと思いました。言うならばデームスは「音の魔術師」・・・であれば桃さんは「音の曲芸師」という感じでしょうか。研ぎ澄まされた感性でタッチ、ダイナミックス、バランス全て絶妙にコントロールされたすごい技術なんですがどこか即物的に感じてしまいます。ですが以前聴いた時よりも感情が前面に出ていたように思います。フランスものはあまり好きくないのですが、今度聴く時が楽しみになりました。CIMG6002CIMG6001

またまた百田尚樹です。「ボックス」を読んで

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百田尚樹の「ボックス」を読みました。百田作品は前回の「錨をあげよ」で少し懲りていたのですが、何気なしに手に取ってはじめの2・3ページを読むと、スピード感のある展開に「面白そう」と読んでみることにしました。

でも読むに従って、主人公は高校生で、この本の読者対象年齢として自分はちょっと違うかな・・・とも思いましたが、まぁ面白ければいいか、と最後まで読んでしまいました。

読み進めるに従って、前に読んだ「永遠の0」との共通点をいくつも感じました。・・・というか百田氏の作品づくりに傾向があるように思いました。たった2作品しか読んでいませんが・・・。
 
 「永遠の0」では、ゼロ戦のことや太平洋戦争のことや当時の日本の国民の意識等々、「ボックス」ではボクシングのことや戦い方等々について百田氏が取材をもとにした解説でドラマが進むのです。その解説は登場人物にしゃべらせるのですが、後半、それが微に入り細にわたり徐々に高度な内容になっていき、ドラマの内容の高まりと上手く重なって、全体がクライマックスを迎えるのです。なるほどと思いました。
 このことは百田氏が興味のあることの取材を通して、次はこんなドラマ設定にしてみようかと構想を思いつくのではないでしょうか。百田作品の創作活動の基本的な姿勢、手法という気がします。

その他にも東大卒のエリートサラリーマンが登場します。「永遠の0」では特攻は自爆テロと同じという論法を主張し、「ボックス」ではボクサーは不良がやるもの、と決めつけています。どうも逆説的に登場させることで主人公の思い、ひいては作者の思いをより際ただせるやり方かなとも思います。それも何故か東大卒です。意図的ともとれます。その他、ハチャメチャな登場人物が必ずいたり、スーパーヒーローがいたりします。

「ボックス」は「永遠の0」ほどの感動はありませんでしたが、それなりに楽しめながら読めました。それよりも作品を通して、その作品を作り出す前段階での取材活動で、百田氏がこの部分に感動、新鮮さや面白さを感じているというのが作品を読んでいてとてもよく分かり、その点が面白かったです。
全部が全部ではありませんが耀子先生の疑問は百田氏の疑問、あるいは読者が感じる疑問。部活顧問やジムの会長の解説は百田氏が取材中に感心した部分のような気がしました。

ボクシングは大昔の具志堅用高や輪島 功一時代は大好きでテレビで試合をよく見ていました。当時の少年マガジン連載の「あしたのジョー」には心底感動しました。でも今はほとんど見ません。今のボクシングは今一好きくなかったのですが「ボックス」を読んで少し思いが変わったように思います。

付け足しです
  「永遠の0」のタイトルの意味がどうしても気にかかり折に触れて考えていたのですが、ごちゃごちゃ難しいことは考えずに単に「日本人の生み出した、あらゆる意味で当時の世界水準を超える戦闘機ゼロ戦(・・・と言うと好戦的とも取られがちですが、そうではなく、ただ純粋な意味での機能面、性能面で突出していたこと、形状面での美しさ・・・日本人のものづくりの原点の意味で)は永遠である」・・・と言う意味なのかな、と思えてきました。
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