よろず日記

趣味のラジコン飛行機や音楽その他日常の面白そうなこと等いろいろ取り上げます。

2015年05月

ついに日産GT−R!

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車を換えました。今度の僕の車、日産GT−Rです。ついに夢のGT−Rなんです。・・・・・・・・と言えたらいいのですが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・実はこれレンタカー・・・なのですーーっ。

小学校の5年生の頃、当時少年向けで「ボーイズライフ」という雑誌がありました。その中に、後のスカイライン伝説につながる日本グランプリで、当時日産ではなく、日産との合併前のプリンスの改造スカイラインGTがポルシェを1周だけ抜いたという記事があり、とても興奮して読んだことをウン十年経った今でも覚えています。それ以来スカイラインという名は潜在意識として刻印されていたようです。なので車と言えば「いつかはクラウン」ではなく「いつもスカイライン」だったように思います。

  今までに乗った車は今も含めて全て日産車・・・いわゆる日産党です。スカイラインは「ジャパン」と「ニューマンスカイライン」に乗りました。ニューマンスカイラインはターボ車でした。2速からアクセルを踏み込むとブースト計の針がグンと上がり、同時にキュィーーンというターボ音で一気に加速します。シートに身体が押しつけられる快感は何とも言えませんでした。今と違って燃費なんてこれっぽっちも考えていなかった頃です。このスカイラインのダッシュボードには大型の速度計、タコメーター、小型のブースト計や水温計の3連メーター等、大小幾つかのメーター類が整然と並んでいましたが、エンジン停止後、全てのメーターの針が水平の0位置になるのです。どってことないのですが、それが何とも超かっこ良かったーーっ!。あーーぁっ 遠い昔の話です。

  でも自分の中ではスカイライン伝説が脈々と生きつづけていたのです。最新のGT−RR35に乗れる、と知って胸ときめきました。でもスカイラインとGT−Rは全く別物です。GT−Rは今や超高級車、世界で最速の市販車等々・・・そんな車を運転することができるのか?・・・はたまたそんな車を運転できるなんてーーっ!?・・・不安とワクワクの入り混ざった複雑な気持ちのまま「思い立ったが吉日・・ままよ!」で予約してしまいました。
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  はじめて乗ったGT−R・・・シートは低め、深めです。スイッチ類はほぼ日産車共通のようで操作しやすかったです。ただハンドルが重い、スタート発進が重い、エンジン音がうるさい、サスペンションが堅めで、路面の突き上げ感が強め・・・早い話乗り心地は今ひとつふたつ、タイヤの音もうるさい・・・・でもアクセルをちょっと踏むとバリバリバリと凄い加速・・・シフトダウンしなくても6速走行からでも瞬時に加速するのは凄いです。ついハンドルを握りしめてしまいます。FRだと後ろが沈みがちに加速する感覚があるのですが、4WDのGT-Rは4輪全部で加速しているという感覚がはっきりわかります。
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GT−Rにはとても不釣り合いな自宅の前で記念撮影をしました。豪邸だといいのですが、一般庶民ですのでこればっかりは仕方ありません。途中店に寄るのもいろいろ気を遣うというか、何か格好をつけてしまいます。まさかGT−Rをコンビニに停めるのも変???。ファストフード店はもっと変???。・・・でお昼どこで食べようか・・・・といった具合でした。まあ高速のサービスエリアは普通ですが・・・。

 ワイフは京都の比叡山に行きたいと言うので行ってきました。兎に角会話が聞きづらいほどのエンジン音、タイヤ音がうるさいです。

  いろいろびっくりすることばかりですが、その内のひとつに、比叡山ドライブウェイの下り坂・・・・すごいクネクネ道、ヘアピンカーブだらけ・・・・・です。自分は下り坂はいつもはエンジンブレーキをかけてゆっくり下りるのですが、今回エンジンブレーキのかけかたが分からず5速ぐらいで下りてしまいました。ハンドルの下にシフトアップダウンのレバーらしきものがありましたが使いませんでした。

  曲がり角で強めのブレーキをかけただけで、60〜70km/hぐらいで曲がっても、ローリングというかアンダーステアというか曲がる反対側にノーズが沈むこともなく、また体も振れることもなく、普通にハンドルがきれ下り坂とは思えない速さだったけど怖さを感じずに下りれたことにとても驚きました。横に乗っていたワイフに「気持ち悪い?」と聞いても「全然」と言うぐらい同乗者にも変なGはかからないようです。4輪の踏ん張りと車体の剛性が並ではない、ということなんだろうと思います。
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    サービスエリアに停まっても、高速を走っていてもGT−Rはやはり結構な注目度です。ステータス感は最高ですね。プチリッチな気分を味わった1日でしたが、もう20歳若ければGT−Rはやっぱり凄い、となりますが、今回403km乗って思ったことは、車は静かで乗り心地がよく、それなりに速いのがいい・・・というのを実感しました。
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ダッシュボードの速度計ですが、暗くでよく分かりませんが340km?だったかまでありました。リミターを取ればこの状態のままで300km/h以上出せる?車体剛性ということでしょうか。メーターは右下から始まり、70kmあたりのメーターの針は左下の見えづらい場所です。一般車で70kmだと左上で一番見やすい位置ですが、GTRの場合一番見やすい針の位置は時速200kmあたりだったと思います。何から何まですごいです。
 
  取りあえず 「思い立ったが吉日・・ままよ!」で乗って良かったです。とてもいい1日でした。


<付け足しです>
   翌朝起きると手にはまだあのGT-Rのハンドルの感触が残っていました。車ごときでこんなことって初めてです。自分にとって余程格別だったんだと思います。これからジワジワと実感が沸いてくるのかも知れません。やたらうるさく、乗り心地の悪い車ですが、あの安定感、加速感は凄いの一言です。毎日の通勤の足として使う車ではありませんが、早くもまた乗りたいなという気分になってしまいます。


<付け足し兇任后
   6月23日付けのWebヤフーニュースに「GT-R」の記事が出ていました。
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6164513

 「遅すぎGT-R ル・マンで恥辱・・・・・・16年ぶりのル・マンで惨敗、ニッサンGT−Rはその名を辱めるほど遅すぎた!」ハイブリッドの最上クラス。ポルシェやアウディの他、トヨタも参戦。ハイブリッドクラスの常識を根底から覆すフロントエンジン、フロントドライブ…つまり「FF」方式を採用した前代未聞の珍マシン!
http://news.infoseek.co.jp/article/adime_dime_191368/

  記事を読むと×△×*$#"L?????・・・・・と言う感じ・・・・GT-Rよ 夢を壊さないでくれーーーーっ!!!

  今年のF1のホンダといい、このニッサンといい・・・・????です。ヤフーのニュースに出るくらいだから余程のことなんだろう???。でも姿かたち・中身(FF)からすると本来のGT-Rとは別物???。ただシンボリックな意味でGT-Rの名前を使ったのかな???それだったら別の名前で出ても・・・・と思っても、やはりここで問題なのはニッサンの技術力???なのだから何を言われても仕方ないかな・・・・それにしても・・・・ひどすぎ。世界のモータースポーツ界の笑いものになっちゃった・・・・。

  発売中の『週刊プレイボーイ』27号では、恥辱の結果となったにもかかわらず悪びれないニッサンチームの“愛のなさ”についてリポートしたこの続きをお読みいただけます!・・・・・・だって・・・・ジャンジャン!!!

 

2015第18回 ツアー・オブ・ジャパン

今年も自転車ロードレース「ツアー・オブ・ジャパン」が今年も開催されました。18回目になります。いつもの峠道です。一週21kmを6周半します。峠の標高差は192mです。
 
 今年は外国から8チーム、日本からはブリジストンアンカー、愛三工業、チーム右京、シマノレーシング、宇都宮ブリッツェン等々有名なチームが9チーム出ています。大阪堺市を皮切りに、毎日一週間に渡って各地を転戦していきます。美濃ステージは20日(水)明日21日(木)は南信州飯田です。東京が最終ステージになります。一番きついのは富士山ですね。ただひたすら上りだけです。

  いつも走っている峠道ですが、道路がかなり傷んでいる箇所が数カ所あり、以前からとても気になっていました。マンホールや舗装の継ぎ目の段差等避けて走らなければならず自分の大したスピードでなくても「ヒヤッ」とすることがよくありました。プロレーサーが40・50kmで走っていればホントに怖いのではないかと思います。当日までに何とかできるのかな、と思っていましたが、前日までかかって市役所や業者の人たちが道路の穴ポコ・段差など修復していました。ホントにお疲れ様でした。当日は晴れてよかったです。

  今年はどうしても都合がつかず観戦できなかったのでワイフに写真を撮ってもらいました。来年は絶対観戦しようと思っています。一度でいいので峠道で観戦したいですね。自分だと12km/hぐらいでヒーハーヒーハーと上るのですが、中継TVを観る限りものすごいスピードで上っています。自分の目で確かめたいですね。
沿道には自転車愛好者が大勢観戦していました。
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池井戸 潤の「BT’63」

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またまた池井戸作品です。 タイトルの「BT’63」のBTはボンネットトラックです。昭和中期ごろまで走ってたフロントのエンジン部分が飛び出したトラックです。ドラマに出てくるのはBT21号車、でも63は何でしょうか。最後までわかりませんでした。このBTが活躍するこの物語が東京オリンピックの前年なので1963年の63のことかなと思います。

  主人公の大間木琢磨は精神的な病で仕事を辞め妻とも離婚し、全てに自信をなくし実家で母親と療養生活を送っています。ある切っ掛けで父親史郎が働いていた40年前の1960年代に夢の中でタイムスリップできることに気が付きます。そこからドラマは始まります。

  母親にそのことを話すと「まだ病気が直ってないようだね」と相手にしてくれないどころか余計な心配をかけそうなので、夢のことが真実かどうか、本当に自分の病気が治っていないのか、狂ったことを夢見ているだけなのか、夢の中の覚えている手がかりを元に自分で確かめようと思い立ちます。

  父親が働いていた相馬運送があった場所、取引のあった銀行、関わった人たち、そして何より父親が愛した竹中鏡子とその娘可奈子の行方を探し求めます。

  何度も夢で父親の世界を行き来し、当時を知っている人たちを尋ね歩いて、5年前に亡くなった父親が家族には決して語らなかった、その仕事場での竹中鏡子との出会いのこと、自分が中核になって働いていた運送会社が最後には倒産してしまったこと、、殺人など血生臭い事件にも巻き込まれたこと等々、そういう大変な中でも精一杯生き抜きそれらを乗り越えてきたこと等々、少しずつ父親の真実を知っていきます。

  父親史郎が愛した鏡子の愛娘、成人し結婚している可奈子との出会い、現在も解体されずに残っていたBT21号車との出会い、この出会いに至る場面では琢磨を引き寄せる見えない強い力、父親の強い愛を感じ、ググッと読み手に迫ってきます。

BT21号車の中で琢磨が可奈子に聞きます。「今は幸せですか?」可奈子は「幸せです。」と答えます。当時ヘルペス脳炎にかかり死の淵を彷徨った幼子可奈子がこうして幸せな結婚生活をしていることは、死ぬまで不幸な境遇だった母鏡子にとってこの上ない喜びだし、父史郎にとっても一番うれしいことに違いないと琢磨は確信します

琢磨の言った言葉「BT21号というトラックを使って琢磨を過去に呼んだのは、きっと父だ・・・病気をして自分を失い、妻と別れ、生き様を見失っていた琢磨を勇気づけるために父がBT21号を現代に送り込んだのだ・・・・よくわかったよ、父さん、俺は父さんの息子だ・・・」これがこの物語の全てを語っています。

  我々普段の生活の中でも、「ひょっとして・・・かな」と思ったら案の定その通りだったり、夢が正夢になったりと、それに対しての思い入れが強かったりすると予感が当たったり、ただ単に第六感がやたら冴えている時もありますが、この作品はそれらの予感をひとつの物語に凝縮したものになっていると思うほど、いろいろ運命的・宿命的な出会いを特に後半作っています。そのたびに「うまくできすぎーー」とか「またーー」と思いますが、そこは池井戸流お涙頂戴作戦にはまってしまい、ググッときながら、次の場面を期待して読み進めてしまいます。最後も妻亜美とやり直すことにことになるなど、池井戸流勧善懲悪のハッピーエンドですっきり終われました。メデタシです。
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