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  感動しました。「永遠の0」以来です。でも「永遠の0」の感動とはどこか質が違う気がします。「永遠の0」はダイレクトに琴線を刺激する感動ですが、「海辺のカフカ」はいろいろな感動の価値基準を満たしながら少しずつ迫りくる「じわ〜っ型の感動」なのかなと思います。ともあれ村上作品で感動するとは思いませんでした。

  先日「ねじまき鳥」(3巻)を読み終えたばかりで村上作品は少々食傷気味ではありましたが、他に特に読む本も無かったので続けて「海辺のカフカ」を読みました。
 
 
  今まで読んだ「1Q84」「ノルウエイの森」「多崎つくる・・・」「ねじまき鳥・・・」を読んで、面白いのは面白いですがテーマが不明で、どれもみんなおなじような書きっぷり、主人公のタイプやドラマの背景、筋書き、主人公の取り巻き等々多少の違いはあれど、どれもよく似ています。今回は主人公が15歳だし、家出の話だし・・・とそれほど期待するでもなくだらだらと読み始めました。


 ところが読むに従って、とても面白くぐいぐい引き込まれました。ナカタさんが猫さんと話をしたり、ホシノ青年と出会い四国まで旅をすることになったり、カフカも家出をしたあと四国高松の私設図書館に住み込みでの生活を始め、今後どんな展開になるのか楽しみに下巻を読み始めました。

   ホシノ青年が彼の死んだ祖父と似ているナカタさんに好意を持ち、やがてナカタさん自身の実直な人柄、特殊な能力に惹かれていく様子が2人のずれた会話で進められ、それがとても可笑しくつい笑いながら読みました。一方、カフカは高松の趣のある私設図書館で生活を始め、15年の人生で初めて自分を理解してくれる大島さんに出会い、精神面・物質面の両面でいろいろ支えてもらいます。館長さんの佐伯さんとも運命的な出会いをし、佐伯さんを直感的に「母親ではないか」という大胆な仮説も打ち立てドラマは進みます。この後ドラマは思わぬ展開を始めます。


 クライマックスはナカタさんと佐伯さんの会話、共に入り口を通ってこちらの世界にやってきた人間として共に戻らなければならない話はとても不思議な感じでした。また、死んで元の世界に戻った佐伯さんと会話するカフカ、カフカのずっと抱いていた疑問がはっきりとではないけれど自分で解決できそうな気がしてきたこと、またホシノ青年がナカタさんへ 一緒にいた10日間で一生かかってもできない不思議な体験を一杯したこと、また真人間なナカタさんを通して自分が変わってしまったことを告白している時、ナカタさんは元の世界に行き普通の人間になってしまったこと。これらの場面に、今までのいろんな出来事、その時々の想いが重なり、じわ〜っと感動してしまいました。

  最後にナカタさんが猫さんと話ができることを半分馬鹿にしていたホシノ青年。まさかその自分が猫と話をするなんて。この場面は、今までのいろいろな出来事がスパイラルに交錯しとても感動的でした。そして・・・最後にはいろいろなことが吹っ切れ、カフカは本当の意味でタフな15歳になって東京に帰って行きます。



  村上作品は文体に品がありスマートです。曖昧でつかみどころのない心理描写は人間のつかみどころのない心を的確に表現しています。曖昧で幻想的な表現は時に美しくも感じます。

・彼女はそのような幸福な偶然の出会いから醸し出されてきた妖精のように見える。永遠に傷つくはずのないナイーブでイノセントな想いが、彼女のまわりに春の胞子のように浮かんで漂っている。・・・
・僕はなんとか自分をもとどおりひとつにまとめようとする。そのためにあちこちに行って自分の破片を集めてこなくてはならない。ばらばらになったジグソーピースをひとつひとつ丹念に拾うみたいに・・・
・声は必要な重みにかけている。僕の口にした言葉は、行き先を見つけられないまま、うつろな空間に吸い込まれてしまう。 etc こんな感じの文がページのあちこちに書き綴られています。

 現実と幻想的な世界、あるいは生と死、この2つの世界を行き来しながらドラマは展開していきます。特に幻想的な世界は、夢の世界、預言の世界、別の世界(井戸の底とか階段、丸い石が入り口になり行き来する。あるいは生き霊になって・・・)などですが、現実と幻想の世界の境界線はとても曖昧です。読んでいて今は現実の世界なのか幻想の世界なのかはっきりしない場合もよくあります。

 またまた性的場面が頻繁にあります。残虐場面もあります。「またか・?」と言った感じです。必然性を感じない部分もあります。猫を殺す場面は必要だったのでしょうか。とてもリアルです。カフカの父親像の象徴、あるいは象徴行為なのでしょうか。でも村上氏の品格のある文体・表現なのでそんなに毒々しく感じないレベルになっています。でもそれがドラマ展開上必然性があるかと言えば疑問です。

<分からないこと>
  ナカタさんは何だったんだろう、と思います。カフカとどのような関係なのか1回読んだだけでは分かりませんでした。二人とも何故か時を同じくして佐伯さんがいる四国高松を目指したのですが、結局それぞれが佐伯さんと会うことができるもののカフカとナカタさんは最後まで出会えませんでした。結局ナカタさんは何だったのでしょうか。ただカフカと佐伯さんをあちらの世界で会わせる入り口を開けるためだけだったのでしょうか。不明です。

自分はハルキストにはなれないし、なるつもりもないですが、5作品立て続けに読むとハルキストの気持ちも分からなくはないなという感じです。ただ真のハルキストたちの作品の解釈、受け止めるレベルは自分とは比較にならないハイレベルな気がします。

次は「世界の終わりとハードボイルド・・・」です。まだまだハルキワールドが続きます。