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 「火花」を読み終わって芥川賞や直木賞とはいったい何ぞや!純文学とは何ぞや・・・と思ってしまいました。確かに作者の心中を表した作品ではあるけれど、起承転結や物語性もなく、ただだらだらと書きつづった自虐的私小説、という感じでした。以前読んだ「苦役列車」と大差ないと思います。苦役列車も芥川賞ですが・・・えげつなさが苦役列車よりましかな、という程度です。半分ほど読んであまり筋が進展しそうにもないので途中で止めようと思いましたが、なんせ芥川賞の作品だし、話題の本だったし、最後に何かあるのでは、ということで読んでみましたが・・・・結局何にもありませんでした。

 「火花」というタイトルは何を意味するのでしょうか。火花という文字は文中にあったのかなかったのか記憶にありません。物語は花火大会の場面で始まり、最後も花火大会の場面で終わります。特に花火の意味を感じなく読み進めましたが、読み終わって思うことは、2人が目指す漫才も花火のようにドカーンとド派手にひのき舞台で認められたい・・・・でも結局は花火のように一発屋で終わってしまうかも・・・という比喩なのか、と思いました。

 ・・・・で「火花」の意味することですが、確かにこの物語は主人公徳永と彼が師匠と慕う神谷の2人の会話で進みます。2人の会話は漫才のネタの話ばかりですが、それとて話の筋には何の脈絡もなくただシュールな会話がだらだら続くだけです。今時、一発芸を目指す人達にとっては、彼らの会話は「わかるわかる」なのかも知れませんが、それ以外の者には意味のない会話に思えます。

  ただ面白がって、噛み合わない会話をしているだけ・・・・と言うよりも、徳永が師匠神谷のいつまで経ったも変わらないハチャメチャな言動を、常に冷めた目で見ていて、彼らの会話が火花を散らした激論どころか、とても良好な師弟関係とも思えないところが気になりました。その会話を以て火花とするのは・・・ちょっと・・・という感じです。
 
終末、徳永が神谷を芸人としての立ち位置を諭すに至っては、気の毒、自虐的、・・・でこれからどうなるんだろう・・・とこちらまで滅入ってしまいます。

 徳永の神谷の見立ては、天才的な漫才資質を持っているけれど、未だ種の状態で発芽させるには、いつ、どこで、誰が、どのようにやるのか等々、商業ペースに乗せるやり方を知らないし、しない人間、自分が好きな時に好きなようにやっているだけなので永遠に芽がでないだろう、という見立てのようです。自分はちゃんとレールに乗ろうとしている・・・乗っている?。読み終えても何が言いたかったのかよく分かりません・・・。

余談です・・・・ショパンコンクール等音楽のコンクールでは1位なしの2位・・・3位・・・ということがたまにあります。過日芥川賞・直木賞の発表がありましたが・・・「該当者なし」・・・ということもあってもいいのではと思ったりします・・・・。