よろず日記

趣味のラジコン飛行機や音楽その他日常の面白そうなこと等いろいろ取り上げます。

池井戸 潤

池井戸潤「陸王」を読んで

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池井戸氏の新作「陸王」を読みました。それまで木内 昇の「光炎の人」を読んでいて二股掛けては読めないので「光炎の人」やっと読み終えた後楽しんで読みました。「光炎の人」は時代背景が明治、貧しい農家の三男坊の立身出世物語?でしたがやたら暗くジメジメした作品で楽しんで読めたかというと・・・?でした。でも池井戸作品「陸王」を読み始めたとたんに「パッ」と頭の中が明るくなり、スイスイと読むことができました。

あらすじは、「埼玉県行田市にある老舗足袋業者「こはぜ屋」。日々資金繰りに頭を抱える4代目宮沢は会社存続のためにある新規事業を思い立つ。これまで培った足袋製造の技術を生かして「裸足感覚」を追求したランニングシューズの開発はできないだろうか。
 世界的なスポーツブランドとの熾烈な競争、資金難、素材探し、開発不足・・・。従業員20名の地方零細企業が伝統と情熱、そして仲間との強い結びつきで一世一代の大勝負に打って出る。」・・・とありました。

 ドラマの構成はまさに「下町ロケット」でした。魂、プライド、仲間、技術、挑戦、信頼等々の熱い語りが随所にちりばめられています。「下町ロケット」「ルーズベルトゲーム」の展開を知っていれば、この先の展開は「おそらくこうなるな・・」と思っているとやっぱし、という感じでした。でも「この次はこうなるのでは・・・わかっちゃいるけど(読むのを)やめられねぇ〜っ」という感じでした。次々に出てくる難題、それをやっとの思いで克服したかと思うとまた次の新たな難題が・・・その克服の仕方が巧妙でとても面白いのです。ドラマは休みなくどんどん前に進んでいくとてもアグレッシブな展開でつい時間を忘れて読んでしまいます。

  そして最後は水戸黄門よろしく勧善懲悪の終末・ハッピーエンドで終わります。零細企業が開発するシューズ「陸王」は実績がない、成功する保証がないということで融資を断られた銀行、ライバルの大手シューズメーカーを社長と共に社員のプライド・魂がそれらを見返したり、やりこめたりする部分は池井戸作品共通の痛快まるかじりで読めます。

ただ以下のことが気になりました。
1.社長の息子の大地の人物設定がしっくりきません。あまりに自分自身にうとすぎる設定に疑問
を感じます。今まで大地だったら不平・愚痴ばかりのはずですが、陸王開発に関わり始めて毎晩12時近くまで嫌な顔もせずひと月もふた月も残業する、というのはないはずです。でもそれは目的のために一心不乱に開発・製造に打ち込む飯山の背中を見ていて、自然に本当の仕事の面白さというのが身にしみて感じ取っていたからではないかと思います。それでも最期の最期まで自分の進む方向が分からず飯山に指摘されないと自分が何をしたいのか分からない・・・という設定はどうもしっくりきません。

2.飯山の人物設定もしっくりしません。まじめで誠実な人間といいながら「べらまっちゃ調」で社長に対しても辛辣な態度で接したり、人生酸いも甘いもかみ分けた人間のはずが、物分かりの悪い態度で接したり・・・等今ひとつしっくりしません。


3.飯山が高利貸しから借金した金(利子で膨らんだ額)は殴られて終わりなのでしょうか?やくざだったらとことん搾り取るのではと思いますが。

4.村野の宮沢社長への口の利き方が横柄でため口が多すぎます。これほどの誠実な人間であれば目上の人に対して、社長に対して丁寧できちんとした対応をするはずですが、かなり違和感を覚えました。
5.こはぜ屋の宮沢社長に奥さんはいないのでしょうか。苦境に立たされた場面で奥さんの一言とか、息子大地へのアドバイス等あってもいいとおもうのですが、奥さんの出番は一度もなかったと思います。
6.そして最も知りたいと思ったのは、ドラマのクライマックス、茂木が前年怪我をした因縁の大会で、こはぜ屋の新作シューズ「陸王」を履いて、因縁のライバル毛塚に勝ち優勝した後、今まで親身になってアドバイスしてくれた村野とどんな言葉を交わしたのか、茂木を最後まで信じて応援した「陸王」の生みの親の宮沢社長やその社員たちとどのように優勝の喜びを分かち合ったのか、負けた毛塚は復活した茂木のことをどう思ったのか等々、その部分を是非池井戸流の熱い表現で読んでみたかったというが一番残念なところでした。

エピローグはこはぜ屋が他企業から融資をうけ、新しい機械を工場に入れている場面です。メインバンクを変更したことを以前メインバンクだった銀行の課長に告げ、悔しがらせたところでドラマは終わります。

  ハッピーエンドはハッピーエンドですが、もっと茂木と宮沢社長とこはぜ屋の社員たち、茂木と毛塚、茂木と村野、この関係がどうなったのか知りたかったですね。自分としては、最後がちょっと物足りなく感じました。でもとても面白かったです。

池井戸 潤の「BT’63」

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またまた池井戸作品です。 タイトルの「BT’63」のBTはボンネットトラックです。昭和中期ごろまで走ってたフロントのエンジン部分が飛び出したトラックです。ドラマに出てくるのはBT21号車、でも63は何でしょうか。最後までわかりませんでした。このBTが活躍するこの物語が東京オリンピックの前年なので1963年の63のことかなと思います。

  主人公の大間木琢磨は精神的な病で仕事を辞め妻とも離婚し、全てに自信をなくし実家で母親と療養生活を送っています。ある切っ掛けで父親史郎が働いていた40年前の1960年代に夢の中でタイムスリップできることに気が付きます。そこからドラマは始まります。

  母親にそのことを話すと「まだ病気が直ってないようだね」と相手にしてくれないどころか余計な心配をかけそうなので、夢のことが真実かどうか、本当に自分の病気が治っていないのか、狂ったことを夢見ているだけなのか、夢の中の覚えている手がかりを元に自分で確かめようと思い立ちます。

  父親が働いていた相馬運送があった場所、取引のあった銀行、関わった人たち、そして何より父親が愛した竹中鏡子とその娘可奈子の行方を探し求めます。

  何度も夢で父親の世界を行き来し、当時を知っている人たちを尋ね歩いて、5年前に亡くなった父親が家族には決して語らなかった、その仕事場での竹中鏡子との出会いのこと、自分が中核になって働いていた運送会社が最後には倒産してしまったこと、、殺人など血生臭い事件にも巻き込まれたこと等々、そういう大変な中でも精一杯生き抜きそれらを乗り越えてきたこと等々、少しずつ父親の真実を知っていきます。

  父親史郎が愛した鏡子の愛娘、成人し結婚している可奈子との出会い、現在も解体されずに残っていたBT21号車との出会い、この出会いに至る場面では琢磨を引き寄せる見えない強い力、父親の強い愛を感じ、ググッと読み手に迫ってきます。

BT21号車の中で琢磨が可奈子に聞きます。「今は幸せですか?」可奈子は「幸せです。」と答えます。当時ヘルペス脳炎にかかり死の淵を彷徨った幼子可奈子がこうして幸せな結婚生活をしていることは、死ぬまで不幸な境遇だった母鏡子にとってこの上ない喜びだし、父史郎にとっても一番うれしいことに違いないと琢磨は確信します

琢磨の言った言葉「BT21号というトラックを使って琢磨を過去に呼んだのは、きっと父だ・・・病気をして自分を失い、妻と別れ、生き様を見失っていた琢磨を勇気づけるために父がBT21号を現代に送り込んだのだ・・・・よくわかったよ、父さん、俺は父さんの息子だ・・・」これがこの物語の全てを語っています。

  我々普段の生活の中でも、「ひょっとして・・・かな」と思ったら案の定その通りだったり、夢が正夢になったりと、それに対しての思い入れが強かったりすると予感が当たったり、ただ単に第六感がやたら冴えている時もありますが、この作品はそれらの予感をひとつの物語に凝縮したものになっていると思うほど、いろいろ運命的・宿命的な出会いを特に後半作っています。そのたびに「うまくできすぎーー」とか「またーー」と思いますが、そこは池井戸流お涙頂戴作戦にはまってしまい、ググッときながら、次の場面を期待して読み進めてしまいます。最後も妻亜美とやり直すことにことになるなど、池井戸流勧善懲悪のハッピーエンドですっきり終われました。メデタシです。

池井戸潤「鉄の骨」を読んで

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  また池井戸作品です。かなり長い間ハルキワールドに浸っていたせいか、その後何を読んでも楽しめません。なのでまた池井戸作品を読んでみました。

  「鉄の骨」です。以前テレビ化されたようです。久々にスラスラ読めました。筋はいつもの2本立てで展開します。本筋は主人公平太が勤める中堅ゼネコン「一松組」が公共工事の談合にからんでいく様、もう一本はその出資銀行に勤める大学時代の友人萌との恋の行方です。

 前半何気なく読んでいましたが、後半になるに従ってドラマ全体の構成がかなり綿密に構成されていることに気が付きます。主人公平太が3年で土木課から業務課に異動されられた訳、常に談合の中心にいて天皇と呼ばれた三橋との出会い、平太の母と三橋、平太の故郷、そしてリンゴの木にまつわること等々が、物語の後半平太と三橋の談合に絡む話の中でひとつになっていきます。

談合という企業間の利益のせめぎ合いという非情な世界を描きながら、一方でそれを取りまとめようと動くフィクサー三橋、三橋の過去、平太の母、萌との関係など人間臭い情の世界を対比的に描いて、その意味では大変面白い作品だと思いました。

マンション建設現場で下請けの土建業者の若手作業員がタバコを吸いながら作業をしていたことを注意し、しかも注意された作業員はポイとそのタバコをコンクリートが流し込まれている型枠の中へ放り込み、怒りで平太はその作業員を殴りつけます。そのことで土木課の上司永山に呼ばれ「正しいことばかりが正しいわけではない。かといっていい加減なことをしてそれでいいってもんでもない。わかるか?」と世の中の道理を諭される場面で物語りは始まります。「正しいことばかりが正しいわけではない。」というこのフレーズの意味はこの物語の談合というゼネコンにはびこる病巣にも通じ、平太は本当に正しいこととの葛藤でドラマは進みます。恋人萌との関係に亀裂が入る切っ掛けもこのことからでした。



鉄の骨というタイトルがどうも気にかかります。建設現場でビルを建てるときにまずはじめに組んでいく鉄骨。この鉄骨は1本では弱いけれど数本寄ると耐震的にも強くなります。このタイトルは平太が大好きな作業現場の打設作業のことを表すと同時に、この物語の各場面にその意味を繋げて行っているように思います。

  物語のはじめの部分で、鉄筋の型枠にタバコを投げ入れる若手作業員を殴りました。タバコ1本とは言えコンクリートの耐久性が落ちるから絶対に許せない、と平太はタバコを投げ入れた若手作業員を殴りました。

  鉄の骨を持っている鉄筋の建物もタバコ1本で弱くなる。

  ゼネコン同士が鉄の骨のごとく強く結託して行う談合。1本のタバコ同様1社でも談合に加わらなければ談合は崩れ成立しない、という意味の広がりを持たせたのではないかと勘ぐってしまいます。どんな強い鉄のような結束も1粒の異物が混入するともろくなる、ということでしょうか。

  それは談合調整役の天皇三橋も同様です。平太に出会うことでフィクサー三橋の談合調整役としての感覚の微妙なずれが始まります。平太と同じ故郷であること、自分の母親の思い出、故郷、リンゴの木、それらを含めての平太への思い等々、非情な世界に一点の情が入ることで調整役の三橋の決断に陰りが出て最終的に談合が失敗してしまいます。
  結局「鉄の骨」を最後まで貫いたのは尾形常務だったようにも思います。

  池井戸作品の「下町ロケット」「ルーズベルト」の前読んだ2作品とは違ってハッピーエンドではありませんでした。最後は何かすっきりしない感じで終わりました。

  平太は折角仲間と認められ、自分の立ち位置が分かりかけてきた業務課から元の土木課に1年で戻ったことは本当にそれで良かったのだろうか。「正しいこと・・」の見届けをする必要がなかったのだろうか。

萌との関係も不確かなままです。平太との撚りが戻ったという記述はありませんが、アメリカに立つ恋敵の園田の送りを断り、同じ日に談合の疑いで任意同行された平太を心配して検察庁まで迎えに行った萌。平太と目があったとたん涙があふれ出た・・・という記述はまた平太に心が戻ったと読み手に思わせますがはっきりしないままです。恋敵園田の方から今は身を引くというメールをもらった場面で終わっています。やはり最後は等身大で付き合えること、そしてお互いに少しずつ成長して更に理解し合えることで縒りを戻すハッピーエンドであってほしかったですね。

  そして一番本筋の談合ですが、工事入札を巡って尾形常務の本心はどうだったのか、はじめから「鉄の骨」で談合しない腹づもりだったのか、本人の言葉はなく、西田の推測だけだったのでよく分からずじまいです。公共事業入札の際検察に踏み込まれ逮捕者が大勢でましたが、その後談合は相変わらず水面下で続けられているのか、等々曖昧な部分が多く残るすっきりしない結末でした。

 付け足し
  ネットでNHKで以前放送されたものを見ました。本を読んでいると大体の人物像(内面と見かけ)をイメージしてしまいます。NHKのキャスティングは自分のそのイメージとはかなり違っていて、それだけで見る意欲がそがれてしまいました。平太はいいと思いますが、緒方常務は自分のイメージとは全然違いました。昔すぎる?俳優で言うと山村 聡のような恰幅のよいドシッとした人物をイメージしていました。萌も雰囲気は同じでしたがうーーん?・・・です。また、筋も「あれっ?」と思う場面が幾度もありました。やはり「永遠の0」同様、原作を忠実に再現したものではなく、監督の解釈でかなり意訳されたものでした。やはり原作を先に読んだ場合は映像化したものは見ない方がいいですね。

池井戸潤「ルーズヴェルト・ゲーム」を読んで

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  またまた池井戸潤氏の作品です。変わったタイトルだったので手にとってみると、「一番面白いのは8対7だ」野球を愛したルーズヴェルト大統領はそう語ったとありました。なんだか面白そうなので読んでみました。

読み始めてまず感じたのは「あーー池井戸作品だなぁ〜」ということです。文章や展開のテンポが軽快で、前回読んだ「下町ロケット」とドラマの展開の構図も似ています。銀行マン出身の池井戸氏ならではですが、同業種同士の中小企業と大手企業との技術畑(下町ロケットで言えば「バルブシステム」今回で言えば「イメージセンサー」)での競合や経済不況下での生産調整やリストラのこと、赤字企業と融資先の銀行との駆け引き等々がとてもリアルに描かれています。
そして何よりも池井戸作品の柱とも言うべき「夢を語る」部分ですが、「下町ロケット」ではロケット打ち上げ、今回は野球部の勝利です。その「夢」と「現実の生活」との葛藤でドラマは展開します。

池井戸作品は「熱い」です。至る所に「熱いセリフ」がちりばめられ「熱く」なります。
・「やりたいことがあるってことはいいことだ。おまえの人生だからどう生きるかは自分で決めろ。だが、これだけは言わせてくれ。野球をやめたことを終点にするな、通過点にしろ。今までの経験は必ずこれからの人生でも生きてくる。人生に無駄な経験なんかない。そう信じて生きていけ」
・「この工場が作っているのは、カネ儲けのための製品だけじゃない。働く人たちの人生であり、夢もだ。今こ の会社の社員として働くことに夢があるだろうか。彼らに夢や幸せを与えてやるのもまた経営者の仕事だと思うんだが」

 ただタイトルが「ルーズヴェルト・ゲーム」であれば勝ち試合なので、「下町ロケット」でもそうだったけれども、今回も「ハッピーエンドだなぁ〜」と予想できます。それが分かって読むならハラハラドキドキはあるのかな、となんだか読みながら読む意欲が少し萎えましたが、まぁ読み続けました。
   
   昔松竹新喜劇の藤山寛美や芦屋雁之助の芝居を何度か観ましたが、その劇の展開に似ています。しんみりと観客の共感を誘い、時にお笑いでその暗さを吹き飛ばし、そしてクライマックスでは必ずお涙頂戴の場面になる・・・分かっているけどまた観くなります。

   池井戸作品もどこかその図式に似ていると思いました。逆にハッピーエンドで終わるが分かっているのなら、例えハラハラドキドキしてもある程度安心して読めるので、興味は、伏線やこの場をどのように池井戸流に収めていくのか、という方向に移ります。池井戸氏は、ウルトラマンではないですが正義や弱者の味方のようで不正や強者をやり込める部分では「痛快丸かじり」「してやったり」という爽快な気分にさせますが、そのような共感を誘うところは一種古典的手法のような気もします。また、弱者への救いも必ず最後に用意しています。今TV化等で売れっ子の池井戸氏ですが、また他の作品も読んでみたいと思います。
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