よろず日記

趣味のラジコン飛行機や音楽その他日常の面白そうなこと等いろいろ取り上げます。

コンサート

マット・ハイモヴィッツ チェロ・コンサート

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マット・ハイモヴィッツのチェロ・コンサートがいつもの岐阜現代美術館/NBKコンサートホールでありました。無伴奏です。マット・ハイモヴィッツのチェロを聴くのは初めてです。イスラエル出身の48歳です。13歳でメータ指揮イスラエル・フィルのソリストとしてデビューしたそうです。

 今宵のプログラムはバッハの無伴奏チェロ組曲の1番・2番・3番でした。前回のラズモフスキー同様とても地味なプロです。ただ面白いと思ったのは、それぞれの組曲を演奏する前に、ハイモヴィッツ氏が現代作曲家に委嘱した序曲がそれぞれ演奏されることです。現代音楽とバロック音楽頂点のバッハとのコラボレーションですね。でも完成されたバッハの曲に何を足そうと言うのでしょうか。まあ聴いてのお楽しみですね。

無伴奏チェロ組曲の中でも一番有名な第1番の前にフィリップ・グラスと言う人の「第1番への序曲」が始まりました。ミュートをかけたような歪んだ音で始まりました。かなり前衛的な感じの曲です。
  そして力強い1番のフレーズが始まりました。正直「ホッ」とします。チェロの野太いアルペッジョが心地よく会場に鳴り響きます。やっぱり1番はいいです。反対に「うーーん序曲を位置づけた意味は何だろう。」分かりません。

 その後2番も同じように演奏されました。ただ3番の序曲は一番最後に演奏することになりました。その訳は序曲を聴いて納得しました。この序曲は組曲3番よりもテンポが速く全体が非常に激情的でとてもコンサート映えする楽曲だったのです。並の演奏家ではとても弾きこなせないと思うくらいの超絶技巧の楽曲です。一方無伴奏チェロ組曲第3番は堂々と、でも優しくしっくり落ち着いた楽曲なので、超ド派手な序曲が3番の前ではアンバランスになると思ったのでしょう。

 氏の力強いボーイングでチェロは兎に角よく鳴ります。氏はフレーズの出・終わりまでたっぷり丁寧に弾き、豊かなフレーズを作り出します。無伴奏独特のアゴーギグ・情感たっぷりのデュナーミクで聴き方によってはバッハがこんなにロマン的だったかと思うほどです。
 今まであまり意識しなかったのですが、和音が弾けるピアノと違い、チェロの旋律1本で低音、中音の和音、高音の各旋律をアルペジオで明快に弾き分けている演奏を聴いて、無伴奏の弦楽器の演奏はとても大変というのが改めてよく分かりました。

 今回のプログラム構成は前回同様で重い曲が3曲です。どんなに好きな曲でも聴き手はどうしても食傷気味になってしまいます。もっと変化のあるプログラム構成ができなかったのかと少し残念でした。そして疑問点の「序曲」ですが、今回その意味は不明でした。今日の感じだと別になくても・・・という気持ちですが、何回か聴く内にその構成のよさに気づくのかも知れません。

弦楽四重奏「クワルテット・エクセルシオ」コンサート

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5月19日、クワルテット・エクセルシオのコンサートがにいつもの岐阜現代美術館でありました。この四重奏団は結成24年になるそうです。はじめて聴きます。室内楽は好きですが、演奏団体を特定して聴くというよりは、室内楽曲を特定して聴く方なので、今までこの楽団との出会いはありませんでした。日本では珍しいらしいのですがこの楽団は「常設」の楽団だということです。

 この珍しい「常設」ということですが「本当に常設でやっていけるのだろうか」という素朴な疑問があったのでこの「常設」について考えてみました。音楽の世界に限らず自分のやりたいこと1本でできればそれに越したことはないのですが、できている人は極一部の人たちだけで、他の人たちは必ず何らかと掛け持ちでやっているのが現状だろうと思います。

  プロ演奏家のあり方は、世界的なトッププロであればソロでの音楽活動だけで生業を得ることができます。残念ながらその領域に至らないプロ演奏家の場合、例えばヴァイオリニストであればオーケストラに所属しながらそこでの団員とメンバーを組んで弦楽合奏を編成します。クラリネットなら木管合奏、トランペットなら金管合奏といった室内楽団を編成し、オーケストラと室内楽団との掛け持ちをするのが一般的です。複数団体を掛け持ちしてい.る人も結構います。あとどこかの大学等で後進の指導をしている場合も結構多いです。

なので余計な勘ぐりですが、本当に「常設」の四重奏団だけの演奏活動だけで4人のメンバーが家族も養いながら食べていけているのかと少々心配します。もちろんお弟子さんがいたり、CDの売り上げがあったり等々他の収入はあるとは思いますが、よく「常設」という思い切った形をとられたなと思いました。でも24年間(もちろんはじめから常設ではなく、ある段階でやっていける確信をもて、その段階で常設にしたとは思いますが)やってこれたのは紛れもない事実であります。

 「常設」のメリットは、いささか畑違いの例えではありますが、サッカーで言えば日本代表メンバーは約2週間ぐらい前から合宿をして戦術を確かなものにしていきます。トッププロの集まりなのでそれで十分連携を取らなければならないのでしょう。ですがJリーグのクラブチームであれば「常設」なので年間通して練習を積み重ねていくのでチーム内の連携はあうんの呼吸でできる、という訳です。その意味で「常設楽団」の音楽的な面でのメリットはとても大きいと言えます。

 「常設」である第一条件はひとりひとりの音楽的才能、技量がかなりなレベルにあり、それでも個では表現力が小さくでも、4人の表現力を合わせれば世界のトッププロレベルの域に達し、聴衆を魅了し、お客の集客率を上げられる、ということになります。

 デメリットはひとつの楽団に束縛されるということ、この楽団をやめた時、次がないので路頭に迷う可能性がある。そんなデメリットを思うと少し我慢(自分の音楽性を犠牲にしながら)してやらざるを得ないかもしれません。それもデメリットのひとつになります。

・・・でコンサートですが、今宵のプログラムは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲「ラズモフスキー1・2・3番」です。いかにもマニアックで地味なプログラムなのでもうひとつ魅力的に思えません。3曲とも重いので聴いている方も疲れます。はじめに軽め、短めの曲1曲。後はシューベルトの「死と乙女」かドボルザークの「アメリカ」とラズモフスキーを抱き合わせれば聴く方も変化があり面白くなります。もうすこしプログラムに変化があるともっと楽しめたのに・・・と少し不満がありました。

演奏はさすがに「常設」の楽団らしく、曲の出から最後の音まで4人の神経が行き渡ったすばらしい演奏でした。圧巻は3番の終楽章のテンポの速いフーガでした。一糸乱れない迫力の演奏でした。これぞまさに「常設」の楽団と言わしめる演奏だった思います。

市民第九演奏会

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 この演奏会の出演者が知り合いでチケットをもらったのでワイフと一緒に行ってきました。プログラムを見て少しがっかりしたのは、メインの第九の前に第1部、第2部とあったことです。てっきりちょっとした小曲と第九だけだろうと思っていたし、第九だけ聴きたかったので少しがっかりでした。文化会館は客席600余席の小さめのホールです。今日のメインが市民合唱団の出演なので関係者とおぼしき人たちでほぼ満席になっていました。

 演奏は世界的に有名な指揮者の古谷誠一氏、オーケストラはこれまた世界的に有名な可児交響楽団、ソリストは「魁」というグループに所属する人たちでした。合唱団は市民を中心の参加者138名で12歳から80歳代までの団員構成です。

 第3部の第九は4楽章だけでした。わっち自身は学生の頃テノールのパートを歌ったことがあるので懐かしくある意味楽しみにやって来ました。

 4楽章の荒々しく始まる冒頭部分を聴いたとたん、「えっこんな田舎で生の第九ができるんだ」「生の第九をこんなに身近に感じるなんて」と今回の演奏会が開かれたこと、ある意味、意外さ・頼もしさを感じました。

  当初からオケも合唱もアマチュアなのでそれなりの演奏ということは承知していましたが、随所にアマチュアオケ・合唱団特有の技術的限界や練習不足からくる表現の単調さ、ぎこちなさ、演奏全体の荒っぽさ等々が気になりました。オケではバイオリンの速いパッセージから始まる部分ではテンポについていけず遅れ気味になったり、喜びの歌の静かに始まるコンバスの旋律は微妙にピッチがずれています。ユニゾン部分でのピッチのずれは特によく目立ちます。もう少しパート練習でここに注意してやればいいのに、なんて余計なことを思いつつ聴きました。

  またオーケストラに気の毒だったのは、ステージが狭い上に合唱団・ソリストのスペースもいるので楽団員40余名ほどはステージの前の方に陣取っていました。最悪なのが木管、ホルンがステージ袖際、反対のステージ袖には打楽器類を配置せざるを得なかったようです。最悪はシンバルはステージ右袖の前に位置していたので響きのない直の音が会場に飛んでいました。

  演奏は随所に気になる部分はあったものの、曲の静と動、明と陰や緩と急等曲全体の雰囲気、深みをよく出していました。ソロもそれなりに雰囲気を出していましたし、特に合唱が入ってきてからは、ダイナミックスの点ではオケと合唱が一体となって会場全体を包み込んでとても感動的な演奏に思えました

今回の演奏会でつくづく思ったのは演奏の上手い下手は確かにありますが、大切なことは演奏者が聴衆に何を表現したいのか、ということが明確であれば上手・下手関係なく聴き手にしっかり伝わって行く、ということがよく分かりました。今回の演奏で言えば、自分たちのお手製の音楽「おらが町の音楽」をみんなで共有しようという意図がよくわかった演奏会でした。その意味で大変感動的な演奏会だったと言えます。

ワルター・アウアー フルート・リサイタルを聴いて

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  ワルター・アウアーのフルートリサイタルを聴いてもう2週間が経ちました。感動の醒めやらぬうちにブログに記録しようと思ったのですが、つい延び延びになり2週間経ってしまいました。

  コンサートは久しく行ってないので次の案内が来たら「絶対行こう」と思っていましたが、案内はフルートのソロコンサートでした。正直もう一つ盛り上がらない気分でした。

  でも演奏を聴くに当たっては「アマチュアレベルからプロまでどんな演奏でも必ず良いところはある。それを見つけ出せるかどうか、そういう聴き方をしないと・・・」と学生時代友達と話し合ったことがあります。

  今回もフルートソロということで少し気持ちが落ち込みましたが、取りあえず聴きに行き感動部分を探そうと出かけました。会場はいつもの岐阜現代美術館/NBKコンサートホールです。

  久々のコンサートでしかもフルートソロですが、今までこのNBKコンサートホールでの演奏会は8割、9割期待を裏切られたことがないので、さてどんなコンサートになるのか楽しみ半分、冷やかし半分の気持ちで聴きました。フルート一本で2時間余の演奏時間、聴衆を飽きささずに演奏に引き込む、いな聴衆の心の琴線を揺さぶる演奏が果たしてできるのでしょうか。演奏はフルート:ワルター・アウアー ピアノ伴奏:沢木良子です。

  さすが現在ウィーンフィル、ウィーン国立歌劇場の首席奏者であるワルター・アウアーでした。フルート一本(もちろん素晴らしいピアノ伴奏があってのことですが)でぐいぐい聴衆の心を引っ張っていく素晴らしい演奏でした。指揮者としても高い評価を受けいろいろなオーケストラで活動していることからも納得でした。奏でる音楽のスケールがとても大きく感じました。

本日のプログラムの第一曲目の「カール・フリューリングの幻想曲op.55」は初めて聴く楽曲ですが、とても耳あたりのよいきれいなメロディーで始まり、コンサートの導入としてはとてもよく、フルートとピアノの心地よい響きで引き込まれて行きます。

  どの楽曲もある時は超絶技巧の素早いパッセージ、ある時は情感たっぷりのフレーズ、どこをとってもとてもフルート一本で演奏しているとは思えません。もちろん沢木良子さんのフルートを引き立てるピアノ伴奏あっての演奏ということが言えますが、素晴らしいダイナミクスの変化、旋律の抑揚・ゆれ、ピアノとの絶妙な掛け合い等々に感動してしまいます。


 特に良かったのは4曲目の「シャルル・コティーニーのベッリーニのオペラノルマの主題による華麗なる変奏曲」でした。イタリアオペラ特有の節回し、情感あふれるフレーズをこともなく一本のフルートで吹きこなしていきます。まるでソプラノやテノール歌手が歌っているかのようです。 

アウアー氏は フルートのフレーズが終わりピアノの間奏部分になると指揮をする仕草もありました。音楽をフルートという枠ではなくオーケストラのような大きなスケールで捉えているということがよく分かりました。

  プログラムは以下の5作品でした。
     カール・フリューリング「幻想曲op.55」
     モーツァルト「きらきら星変奏曲」
     シューベルト「しぼめる花の主題による序奏と変奏曲」
     シャルル・コティーニー「ベッリーニのオペラノルマの主題による華麗なる      変奏曲」
     R・シュトラウス「ヴァイオリンソナタop.18のフルート編曲版」

 <付け足し>
  フルートは低音はボー 高音はヒーヒーという好きではない音色に対しての固定観念がありましたが、さすがアウアー氏のフルートは全く違っていました。まずこんなに良く鳴るフルートは初めてです。鳴りきっていました。高音は透明な細い糸のような澄みきった音、低音は太く輪郭のはっきりした確かな音、フルートの音の概念が変わりました。

  また沢木さんのピアノ伴奏にも感動しました。以前何回か聴いた諸田さんの伴奏も素晴らしいのですが、沢木さんの伴奏は格別でした。ソロを引き立てる弾き方、音楽を大きく捉えた弾き方、ソロとの掛け合いの絶妙さ、全て格別でした。ピアノ伴奏のスタンダードになりました。

「Adagio ヘルマン・メニングハウス ヴィオラリサイタル」

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  7日土曜日、ヘルマン・メニングハウス ヴィオラリサイタルがいつものNBK岐阜現代美術館でありました。メニングハウス氏のコンサートは2回目です。前回は2012年でした。

 今回のプログラムは「アダージョ」(ゆっくりした曲)特集でした。
 プログラムは全て小品で超有名曲ばかりです。曲目はコダーイの「アダージョ」、エルガーの「愛のあいさつ」、フォーレの「シシリエンヌ」「夢のあとに」、マスネの「タイスの瞑想曲」、チャイコフスキーの「感傷的なワルツ」等々全18曲です。アンコール曲を集めたようなプログラムでした。伴奏は前回同様、諸田由里子さんです。

好きな曲ばかりですが、変化のないこんなプログラム構成で2時間近く眠らずに最後までしっかり聴けるのか全く自信はありませんでした。事実3曲、4曲と続いていくうちに強烈な眠気が襲ってきました。超高級なBGMでうとうとするのも悪くないです。でもフォーレなど大好きな曲になるとふと目が覚め聴き入りました。

  聴いていくに従って、メニングハウス氏が伝えたいことが分かってきたように思いました。どの曲も小品で、ついサラーッと聴き流しそうになるのですが、氏が全神経を使って1音1音大切にして演奏している様にこちらも1音1音まで食い入るように聴いている自分に気が付きました。

ヴィオラの柔らかい響きを奏でつつ、ある時はチェロの野太い響き、ある時はバイオリンのきらびやかな音を奏でるなど、氏はそれぞれの曲にふさわしい音色を創り出していました。ミュートをかけた音もフワッとした独特の響きで曲に奥行き・立体感をつけていました。ピアニッシモで空間に消え入る最後の音まで大切に演奏していた姿にとても好感がもてました。そういう意味で会場の拍手のタイミングが微妙に早いように感じました。曲の最後の最後の響きが会場の空間の上の方にスーーッと消えたーーっフッ と一息ついた後の拍手のタイミングがいいと思いました。

  気持ちの良い旋律のゆれやダイナミックスの変化が絶妙でした。特にピアノ伴奏とのあうんの呼吸のアンサンブルは見事というしかないです。。諸田氏のピアノは、主旋のヴィオラに常に寄り添う感じで、出しゃばらず控えめで、それでいてヴィオラをきちんと支えている素晴らしい伴奏テクニックでした。

 一般的な演奏会だと、緩徐楽章では思いっきり情感を込めて演奏し、急速楽章ではここぞとばかりに超絶技巧のヴィルトゥオーゾぶりを発揮するという、緩急や強弱、編成・規模の大小等の変化を織り混ぜた構成にするのが常ですが、今回は「アダージョ」一色の演奏会でした。アンコールも全て「アダージョ」でした。

  どの曲も聴き慣れた曲ではありましたが、曲の隅々までこんなに神経の行き届いた演奏は今までに感じたことはありませんでした。CDとかではなく、演奏者の息づかい、動きが間近に見て感じ取れる生の演奏会だからこそ、今回のように新鮮な気持ちで曲を聴き直すことができたのではないかと思います。その意味ではとても貴重な演奏会だったと思います。

  さあ 土曜日は演奏会、日曜日は美濃のクラシックカーミーティング 午後は岐阜でラグビーのトップリーグの試合観戦・・・・・忙しい週末です。

シューベルト「冬の旅」コンサート 

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昨日14日土曜日、いつもの岐阜現代美術館/NBKコンサートホールで標記コンサートがありました。
「冬の旅」全曲です。今まで「冬の旅」は全曲(24曲ありますが)聴いたことはなく、1曲目の「おやすみ」と有名な5曲目の「菩提樹」しか知りません。

 バリトンは河野克典氏、伴奏は関本昇平氏です。さて今宵はリートというとても地味な演奏形態に加え、1時間半の全曲演奏という長丁場の異様なプログラムに、自分が耐えられるかどうかというとても危なっかしいコンサートでした。

 メインが「冬の旅」ですが、前座は伴奏の関本氏のピアノ曲ブラームスの小品6曲でした。ブラームスは大好きだし、ショパンコンクール4位という実績の氏のテクニックは抜群です。前座とは言え、華々しくコンサートの幕が上がりました。

 でも何かこちらに伝わってきません。ブラームス独特の重厚で凛々しい和音や旋律線が響いてきません。音楽が浅く淡々としているのです。ですが前座のアンコールとしてショパンの「英雄ポロネーズ」を弾いた時、まるで水を得た魚のように生き生きとした音になりました。やっぱりショパン弾きでした。でもショパン独特の大胆さと繊細さという点ではどこか中途半端な感じの演奏でした。好き勝手言える聴衆の一人としては、もう少し熟成期間がいるように感じました。

プログラムメインの「冬の旅」ですが、全曲訳詞つきでしたので歌の内容がわかり、詩と曲想との関わりを河野氏がどのように表現しているかを聴ける点ではとても良かったと思います。

  ですがこのミュラーの詩、ひと言で言ってとても暗いです。主人公の若者が夢も希望も破れ果てていく様は、まるでシューベルト自身を投影しているような憂鬱さです。どの曲を聴いてもドカっと重い物が心にのし掛かり、ある曲では心が凍りそうになります。この曲のどこに希望があるのか、と言いたくなるくらい全編暗いです。

 河野氏はそれを大変表情たっぷりに歌い上げていました。1曲1曲はとても短い曲ですが、全曲の1時間半歌いっぱなし、というのは結構きついと思います。でも後半になるほど艶・響きのある歌声で主人公の気持ちを代弁しているかのような歌いぷりでした。

 伴奏は「冬の旅」のバックグランドの情景や若者の心情を細かくピアニスティックに表現していて、あらためてシューベルトの歌と伴奏が一体になったリートというカテゴリーのすばらしさに気づかされました。ただ、氏の抜群のテクニックは、時として強引な部分があったり、出しゃばる部分があったりで、どこかソリスト的気分なのかな、という感じは否めませんでした。

 とても地味なコンサートとということで重い気分で聴き始めましたが、終わってみるとやはりとても素晴らしいコンサートでした。

付け足し
  いつも気になっているのですが、ピアノ伴奏やピアノアンサンブルの時、いつもピアノの反響板はフルオープンです。女性のピアノ伴奏の時はそれほどとは感じませんが、男性の場合、フルオープンだ明らかにうるさいというか主旋律に対して音量が大きくバランスが悪いと思っています。でも今まで海外も含めて超一流の演奏家たちのピアノ伴奏は全てフルオープンで弾いています。会場が狭いし、ハーフか一番低い位置でもいいと思うのですが、うるさく音量のバランスが悪いと思っているのは自分だけなんでしょうか。とても疑問に思います。次の機会にでもそのことを会場の係の人に言ってみようかと思っています。

クラリネット三重奏「クラリノッティ」コンサート

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     今年一番の大雪の土曜日、いつもの岐阜現代美術館NBKコンサートホールで、クラリネット三重奏「クラリノッティ」のコンサートがありました。「The Clarinotts」というアンサンブル名ですがメンバーはオッテンザマー父子3人組です。

  父親はウィーンフィルの首席クラリネット奏者のエルンスト・オッテンザマー氏、2人の兄弟もウィーンフィルの首席奏者である兄のダニエル氏とベルリンフィルの首席クラリネット奏者の弟のアンドレアス氏ということで超一流のクラリネット奏者親子です。ピアノ伴奏はウィーンを中心に活動している柴田典子さんです。

 
曲目はモーツアルトのディベルティメントやメンデルスゾーンの3楽章構成の小品、ドップラーの「リゴレット幻想曲」、後半はポンキエッリ、クックといった知らない作曲家ばかりの作品でした。前半の「リゴレット幻想曲」もそうでしたが、後半はどの曲も超絶技巧の曲ばかりでした。

その超絶技巧の曲を絶妙のブレスコントロール(ピアニッシモの最後の音まで確実にコントロールされていた)、「さすが親子」ではないですが一糸乱れぬアンサンブル、軽快なダブルタンギング、なめらかなビブラート(クラでビブラートをはっきり聴いたのははじめて?)、表情豊かな身体表現・・・でみごとに演奏し切ります。柴田さんのピアノ伴奏も切れのよいタッチ、適切なダイナミックスなどで効果的に演奏を盛り上げます。前半のモーツァルトあたりは少し眠気があったのですが、「リゴレット幻想曲」あたりから最後のアンコールまでぐいぐい引き込まれました。

ただプログラム最後のコレーニの「ファイヴ・アンド・モア」・・・これはジャズの名曲「テイク5」をアレンジした曲で、これもとても素晴らしいクラリネットアンサンブルでしたが、ピアノ伴奏とのノリというかスウィング感が今一で、有名な曲だけについついピアノが気になり少し残念に思いました。

クラリネットは学生の頃少しかじったことがあり今でもそのクラを持っていますが、ブレスやタンギングなどどれも難しかったこと、リードをなじませるのが結構難しく、高音はすぐ「キャッキャッ」とリードミスをしたのを覚えているので、超絶技巧でありながら情熱的、理性的な「クラリノッティ」のアンサンブルに圧倒されたコンサートでした。
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「喜多 直毅クワルテット」コンサート

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  昨日土曜日 いつもの岐阜現代美術館NBKコンサートホールで「喜多 直毅クワルテット」のコンサートがありました。喜多 直毅クワルテットははじめて聴きます。アルゼンチンタンゴを土台にしたオリジナル楽曲とメンバーによる即興演奏で構成された演奏会です。メンバーはリーダーのヴァイオリンの喜多 直毅、バンドネオンの北村 聡(日本で数少ないバンドネオン奏者のひとりだそうです)、コントラバスの田辺 和弘、ピアノの三枝伸太郎の4人です。どんな演奏になるのか楽しみに来ました。

   今日のプログラムは全て喜多 直毅の作曲で、前半は「春」、書家篠田桃紅の作品に発想を得て作曲したという「筆」、後半は新作で「蒼穹」・・・雲の ない、青く晴れた空。空気が澄んで青々とした空という意味の組曲です。

  アルゼンチンタンゴでありながらアルゼンチンタンゴは演奏しません、と冒頭でリーダーの喜多氏が紹介していました。聴くとまさにその通りで、全体を通してアルゼンチンタンゴ風味ではありますが、非常に感覚的に研ぎ澄まされた即興的な楽曲ばかりでした。

   擦ったり叩いたりなど効果音のように楽器からいろいろな音を出して楽曲を構成していく様は前衛音楽そのものでした。どこか武満 徹の「ノーヴェンバーステップス」の尺八と琵琶の演奏を彷彿とさせる部分もありました。

  でもそればかりではなく、、ベースとピアノのオスティーナートの上に、ある部分はバンドネオンの幻想的な旋律が浮き出たり、ある時はヴァイオリンの甘く切ないメロディー、そして突然ピアノの激しい打鍵的なタンゴのリズムでクライマックスに向かう、という感じでノリノリで聴ける演奏でした。正に「血湧き肉躍る」というのがピッタリの演奏でした。

  特に演奏会後半の「蒼穹」という組曲は小一時間の大曲でした。普通のオーケストラの交響曲なみの長さです。でも飽きることなくノリノリで聴けましたが、組曲一曲一曲のタイトルとか表現している意味が分かると更に想像的・創造的に聴けたのではないかと思いますし、曲の後半は少し歌謡旋律ぽくなった部分、ちょっと何かと似ている感じの部分があったりで曲に集中できない部分もありましたが、全体的にはとても壮大な宇宙観を持った楽曲・演奏だったと思います。


   アルゼンチンタンゴと言えば「リベルタンゴ」しか知りませんでしたが、帰りに車の中で、ふと激情的なタンゴのリズムのピアノに、ヨーヨーマの「リベルタンゴ」の情熱的、哀愁的なチェロの響きが耳に蘇ってきました。こんなことははじめてでしたが、帰りにCDコーナーで「空に吸われし心」というCD買いました。アルゼンチンタンゴを満喫した夕べでした。

児玉 桃ピアノリサイタルを聴いて

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 いつもの岐阜現代美術館NBKコンサートホールで、昨日児玉 桃さんのピアノリサイタルがあり、久々のコンサートということで楽しみに行きました。桃さんは今までに2回聴きました。フランスもの、中でもメシアンがお得意なピアニストです。幼少よりヨーロッパで育ち、パリ国立音楽院で学んだので当然レパートリーの中心はフランスものということになります。以前聴いた時も鋭い感性、すごいテクニシャンという印象でした。特に現代曲は、若いだけに鋭い切れ味の演奏という印象でした。
今日のプログラムはJ.S.バッハの「イタリア協奏曲」、日本人の作曲家細川俊夫のエチュード-此▲疋咼絅奪掘爾裡隠欧離┘船紂璽匹任靴拭エチュードプログラムです。テクニシャンの桃さんならではのプログラムです。聴き終わっての感想は、あの細い身体のどこにこんなすごいエネルギーがあるのか、というくらいすごくエネルギッシュな演奏でした。始めの「イタリア協奏曲」は大昔弾いたことのある曲なので懐かしく聴きました。各声部はとても明瞭で微妙なタッチ、アゴーギグ、ダイナミックス等々絶妙でした。淡々としたバロック音楽というよりも若干ロマン的にさえ感じました。細川俊夫のエチュードは桃さん初演の曲ということで、思い入れのある力強い演奏でした。ドビュッシーのエチュードはどの曲も超絶技巧の曲でしたがとてもダイナミックに弾いていました。どの曲も理性的で気品があり、しかも情熱的でした。
 ただ以前感動したイエルク・デームスの演奏とは全く異質に感じました。年齢的なものというよりタイプが違うのかなと思いました。言うならばデームスは「音の魔術師」・・・であれば桃さんは「音の曲芸師」という感じでしょうか。研ぎ澄まされた感性でタッチ、ダイナミックス、バランス全て絶妙にコントロールされたすごい技術なんですがどこか即物的に感じてしまいます。ですが以前聴いた時よりも感情が前面に出ていたように思います。フランスものはあまり好きくないのですが、今度聴く時が楽しみになりました。CIMG6002CIMG6001

フォルクハルト・シュトイデ ヴァイオリン・リサイタル

 11月3日フォルクハルト・シュトイデ ヴァイオリン・リサイタルがいつもの関市鍋屋バイテック=岐阜現代美術館でありました。フォルクハルト・シュトイデはドイツのライプツィヒ生まれで41歳、現在ウィーンフィルのコンサートマスターだそうです。コンサートのプログラムはサン=サーンスのヴァイオリンソナタop.75、フランクのヴァイオリンソナタ、休憩を挟んで後半はクライスラーの小品、ラストはサン=サーンスの序奏とロンド・カプリチオーソでした。今日は朝から1日出かけていて遅れそうなので急いで駆けつけましたが10分遅れてしまいました。館の計らいで何とか入れてもらえました。サン=サーンスのヴァイオリンソナタはすでに始まっていました。伴奏の三輪郁さんのピアノと一糸乱れないエネルギッシュな演奏です。2曲目はフランクのヴァイオリンソナタです。フランクはとても好きな作曲家のひとりで、このヴァイオリンソナタも大好きです。フランクの曲はどの曲もどろどろした情念がみなぎっておりついつい酔いしれてしまいます。
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 ところでプログラム構成でなぜ前半に重いソナタ2曲を演奏して、後半にクライスラー等のアンコール曲にでもできそうな小品を連ねたのか不思議に思いました。でも後半のクライスラーの小品を聴いていくうちにその訳が分かったような気がしました。少しずつ引き込まれていく自分に気付いたのです。一曲一曲終わる度に「うーーーん」と唸ってしまうほどすばらしいのです。リズムのゆれ、ダイナミックスのバランス、情感たっぷりフレージングや歯切れの良いビッツカート等々ヴァイオリンとピアノのアンサンブルが絶妙なのです。前回のヴィオラリサイタルもとても良かったのですが、それからすると別の次元を感じさせるアンサンブルに思えました。一般的なプログラム構成は、前半は耳障りのよい軽めの曲から始まり、後半は重厚な本命の曲を配置します。でも今宵のコンサートでは一段高い次元にあったようです。前半がアカデミックな楽曲でヴァイオリン音楽の血統を示し、後半でいわばウイーン気質が溢れて表現されているクライスラーの曲を取り上げたのではないかと思いました。そういう意味でこのプログラム構成には納得してしまいました。
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 アンコールは、クライスラーの「愛の悲しみ」「愛の喜び」最後はタイスの「瞑想曲」でしたが、これがまた絶妙のアンサンブルでした。静かにはじまるピアノの前奏に絹糸のような繊細なフレーズが穏やかに、ある時は大胆に流れていきます。間の取り方、強弱のバランス、旋律線のゆれ等々ヴァイオリンとピアノとのアンサンブルは絶妙なタイミング・バランスでの演奏でした。とてもアンコールとは思えない次元の高さでした。
 今宵のコンサートはヴァイオリンリサイタルというよりもヴァイオリン・ピアノコンサートという感じでした。そのくらいピアノ伴奏とヴァイオリンソロが一心同体に解け合った超一流の演奏だったと思います。
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