よろず日記

趣味のラジコン飛行機や音楽その他日常の面白そうなこと等いろいろ取り上げます。

コンサート

マット・ハイモヴィッツ チェロ・コンサート

M4030001
















マット・ハイモヴィッツのチェロ・コンサートがいつもの岐阜現代美術館/NBKコンサートホールでありました。無伴奏です。マット・ハイモヴィッツのチェロを聴くのは初めてです。イスラエル出身の48歳です。13歳でメータ指揮イスラエル・フィルのソリストとしてデビューしたそうです。

 今宵のプログラムはバッハの無伴奏チェロ組曲の1番・2番・3番でした。前回のラズモフスキー同様とても地味なプロです。ただ面白いと思ったのは、それぞれの組曲を演奏する前に、ハイモヴィッツ氏が現代作曲家に委嘱した序曲がそれぞれ演奏されることです。現代音楽とバロック音楽頂点のバッハとのコラボレーションですね。でも完成されたバッハの曲に何を足そうと言うのでしょうか。まあ聴いてのお楽しみですね。

無伴奏チェロ組曲の中でも一番有名な第1番の前にフィリップ・グラスと言う人の「第1番への序曲」が始まりました。ミュートをかけたような歪んだ音で始まりました。かなり前衛的な感じの曲です。
  そして力強い1番のフレーズが始まりました。正直「ホッ」とします。チェロの野太いアルペッジョが心地よく会場に鳴り響きます。やっぱり1番はいいです。反対に「うーーん序曲を位置づけた意味は何だろう。」分かりません。

 その後2番も同じように演奏されました。ただ3番の序曲は一番最後に演奏することになりました。その訳は序曲を聴いて納得しました。この序曲は組曲3番よりもテンポが速く全体が非常に激情的でとてもコンサート映えする楽曲だったのです。並の演奏家ではとても弾きこなせないと思うくらいの超絶技巧の楽曲です。一方無伴奏チェロ組曲第3番は堂々と、でも優しくしっくり落ち着いた楽曲なので、超ド派手な序曲が3番の前ではアンバランスになると思ったのでしょう。

 氏の力強いボーイングでチェロは兎に角よく鳴ります。氏はフレーズの出・終わりまでたっぷり丁寧に弾き、豊かなフレーズを作り出します。無伴奏独特のアゴーギグ・情感たっぷりのデュナーミクで聴き方によってはバッハがこんなにロマン的だったかと思うほどです。
 今まであまり意識しなかったのですが、和音が弾けるピアノと違い、チェロの旋律1本で低音、中音の和音、高音の各旋律をアルペジオで明快に弾き分けている演奏を聴いて、無伴奏の弦楽器の演奏はとても大変というのが改めてよく分かりました。

 今回のプログラム構成は前回同様で重い曲が3曲です。どんなに好きな曲でも聴き手はどうしても食傷気味になってしまいます。もっと変化のあるプログラム構成ができなかったのかと少し残念でした。そして疑問点の「序曲」ですが、今回その意味は不明でした。今日の感じだと別になくても・・・という気持ちですが、何回か聴く内にその構成のよさに気づくのかも知れません。

弦楽四重奏「クワルテット・エクセルシオ」コンサート

M3920001




















5月19日、クワルテット・エクセルシオのコンサートがにいつもの岐阜現代美術館でありました。この四重奏団は結成24年になるそうです。はじめて聴きます。室内楽は好きですが、演奏団体を特定して聴くというよりは、室内楽曲を特定して聴く方なので、今までこの楽団との出会いはありませんでした。日本では珍しいらしいのですがこの楽団は「常設」の楽団だということです。

 この珍しい「常設」ということですが「本当に常設でやっていけるのだろうか」という素朴な疑問があったのでこの「常設」について考えてみました。音楽の世界に限らず自分のやりたいこと1本でできればそれに越したことはないのですが、できている人は極一部の人たちだけで、他の人たちは必ず何らかと掛け持ちでやっているのが現状だろうと思います。

  プロ演奏家のあり方は、世界的なトッププロであればソロでの音楽活動だけで生業を得ることができます。残念ながらその領域に至らないプロ演奏家の場合、例えばヴァイオリニストであればオーケストラに所属しながらそこでの団員とメンバーを組んで弦楽合奏を編成します。クラリネットなら木管合奏、トランペットなら金管合奏といった室内楽団を編成し、オーケストラと室内楽団との掛け持ちをするのが一般的です。複数団体を掛け持ちしてい.る人も結構います。あとどこかの大学等で後進の指導をしている場合も結構多いです。

なので余計な勘ぐりですが、本当に「常設」の四重奏団だけの演奏活動だけで4人のメンバーが家族も養いながら食べていけているのかと少々心配します。もちろんお弟子さんがいたり、CDの売り上げがあったり等々他の収入はあるとは思いますが、よく「常設」という思い切った形をとられたなと思いました。でも24年間(もちろんはじめから常設ではなく、ある段階でやっていける確信をもて、その段階で常設にしたとは思いますが)やってこれたのは紛れもない事実であります。

 「常設」のメリットは、いささか畑違いの例えではありますが、サッカーで言えば日本代表メンバーは約2週間ぐらい前から合宿をして戦術を確かなものにしていきます。トッププロの集まりなのでそれで十分連携を取らなければならないのでしょう。ですがJリーグのクラブチームであれば「常設」なので年間通して練習を積み重ねていくのでチーム内の連携はあうんの呼吸でできる、という訳です。その意味で「常設楽団」の音楽的な面でのメリットはとても大きいと言えます。

 「常設」である第一条件はひとりひとりの音楽的才能、技量がかなりなレベルにあり、それでも個では表現力が小さくでも、4人の表現力を合わせれば世界のトッププロレベルの域に達し、聴衆を魅了し、お客の集客率を上げられる、ということになります。

 デメリットはひとつの楽団に束縛されるということ、この楽団をやめた時、次がないので路頭に迷う可能性がある。そんなデメリットを思うと少し我慢(自分の音楽性を犠牲にしながら)してやらざるを得ないかもしれません。それもデメリットのひとつになります。

・・・でコンサートですが、今宵のプログラムは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲「ラズモフスキー1・2・3番」です。いかにもマニアックで地味なプログラムなのでもうひとつ魅力的に思えません。3曲とも重いので聴いている方も疲れます。はじめに軽め、短めの曲1曲。後はシューベルトの「死と乙女」かドボルザークの「アメリカ」とラズモフスキーを抱き合わせれば聴く方も変化があり面白くなります。もうすこしプログラムに変化があるともっと楽しめたのに・・・と少し不満がありました。

演奏はさすがに「常設」の楽団らしく、曲の出から最後の音まで4人の神経が行き渡ったすばらしい演奏でした。圧巻は3番の終楽章のテンポの速いフーガでした。一糸乱れない迫力の演奏でした。これぞまさに「常設」の楽団と言わしめる演奏だった思います。

市民第九演奏会

M3710001







































 この演奏会の出演者が知り合いでチケットをもらったのでワイフと一緒に行ってきました。プログラムを見て少しがっかりしたのは、メインの第九の前に第1部、第2部とあったことです。てっきりちょっとした小曲と第九だけだろうと思っていたし、第九だけ聴きたかったので少しがっかりでした。文化会館は客席600余席の小さめのホールです。今日のメインが市民合唱団の出演なので関係者とおぼしき人たちでほぼ満席になっていました。

 演奏は世界的に有名な指揮者の古谷誠一氏、オーケストラはこれまた世界的に有名な可児交響楽団、ソリストは「魁」というグループに所属する人たちでした。合唱団は市民を中心の参加者138名で12歳から80歳代までの団員構成です。

 第3部の第九は4楽章だけでした。わっち自身は学生の頃テノールのパートを歌ったことがあるので懐かしくある意味楽しみにやって来ました。

 4楽章の荒々しく始まる冒頭部分を聴いたとたん、「えっこんな田舎で生の第九ができるんだ」「生の第九をこんなに身近に感じるなんて」と今回の演奏会が開かれたこと、ある意味、意外さ・頼もしさを感じました。

  当初からオケも合唱もアマチュアなのでそれなりの演奏ということは承知していましたが、随所にアマチュアオケ・合唱団特有の技術的限界や練習不足からくる表現の単調さ、ぎこちなさ、演奏全体の荒っぽさ等々が気になりました。オケではバイオリンの速いパッセージから始まる部分ではテンポについていけず遅れ気味になったり、喜びの歌の静かに始まるコンバスの旋律は微妙にピッチがずれています。ユニゾン部分でのピッチのずれは特によく目立ちます。もう少しパート練習でここに注意してやればいいのに、なんて余計なことを思いつつ聴きました。

  またオーケストラに気の毒だったのは、ステージが狭い上に合唱団・ソリストのスペースもいるので楽団員40余名ほどはステージの前の方に陣取っていました。最悪なのが木管、ホルンがステージ袖際、反対のステージ袖には打楽器類を配置せざるを得なかったようです。最悪はシンバルはステージ右袖の前に位置していたので響きのない直の音が会場に飛んでいました。

  演奏は随所に気になる部分はあったものの、曲の静と動、明と陰や緩と急等曲全体の雰囲気、深みをよく出していました。ソロもそれなりに雰囲気を出していましたし、特に合唱が入ってきてからは、ダイナミックスの点ではオケと合唱が一体となって会場全体を包み込んでとても感動的な演奏に思えました

今回の演奏会でつくづく思ったのは演奏の上手い下手は確かにありますが、大切なことは演奏者が聴衆に何を表現したいのか、ということが明確であれば上手・下手関係なく聴き手にしっかり伝わって行く、ということがよく分かりました。今回の演奏で言えば、自分たちのお手製の音楽「おらが町の音楽」をみんなで共有しようという意図がよくわかった演奏会でした。その意味で大変感動的な演奏会だったと言えます。

ワルター・アウアー フルート・リサイタルを聴いて

M3670001
































  ワルター・アウアーのフルートリサイタルを聴いてもう2週間が経ちました。感動の醒めやらぬうちにブログに記録しようと思ったのですが、つい延び延びになり2週間経ってしまいました。

  コンサートは久しく行ってないので次の案内が来たら「絶対行こう」と思っていましたが、案内はフルートのソロコンサートでした。正直もう一つ盛り上がらない気分でした。

  でも演奏を聴くに当たっては「アマチュアレベルからプロまでどんな演奏でも必ず良いところはある。それを見つけ出せるかどうか、そういう聴き方をしないと・・・」と学生時代友達と話し合ったことがあります。

  今回もフルートソロということで少し気持ちが落ち込みましたが、取りあえず聴きに行き感動部分を探そうと出かけました。会場はいつもの岐阜現代美術館/NBKコンサートホールです。

  久々のコンサートでしかもフルートソロですが、今までこのNBKコンサートホールでの演奏会は8割、9割期待を裏切られたことがないので、さてどんなコンサートになるのか楽しみ半分、冷やかし半分の気持ちで聴きました。フルート一本で2時間余の演奏時間、聴衆を飽きささずに演奏に引き込む、いな聴衆の心の琴線を揺さぶる演奏が果たしてできるのでしょうか。演奏はフルート:ワルター・アウアー ピアノ伴奏:沢木良子です。

  さすが現在ウィーンフィル、ウィーン国立歌劇場の首席奏者であるワルター・アウアーでした。フルート一本(もちろん素晴らしいピアノ伴奏があってのことですが)でぐいぐい聴衆の心を引っ張っていく素晴らしい演奏でした。指揮者としても高い評価を受けいろいろなオーケストラで活動していることからも納得でした。奏でる音楽のスケールがとても大きく感じました。

本日のプログラムの第一曲目の「カール・フリューリングの幻想曲op.55」は初めて聴く楽曲ですが、とても耳あたりのよいきれいなメロディーで始まり、コンサートの導入としてはとてもよく、フルートとピアノの心地よい響きで引き込まれて行きます。

  どの楽曲もある時は超絶技巧の素早いパッセージ、ある時は情感たっぷりのフレーズ、どこをとってもとてもフルート一本で演奏しているとは思えません。もちろん沢木良子さんのフルートを引き立てるピアノ伴奏あっての演奏ということが言えますが、素晴らしいダイナミクスの変化、旋律の抑揚・ゆれ、ピアノとの絶妙な掛け合い等々に感動してしまいます。


 特に良かったのは4曲目の「シャルル・コティーニーのベッリーニのオペラノルマの主題による華麗なる変奏曲」でした。イタリアオペラ特有の節回し、情感あふれるフレーズをこともなく一本のフルートで吹きこなしていきます。まるでソプラノやテノール歌手が歌っているかのようです。 

アウアー氏は フルートのフレーズが終わりピアノの間奏部分になると指揮をする仕草もありました。音楽をフルートという枠ではなくオーケストラのような大きなスケールで捉えているということがよく分かりました。

  プログラムは以下の5作品でした。
     カール・フリューリング「幻想曲op.55」
     モーツァルト「きらきら星変奏曲」
     シューベルト「しぼめる花の主題による序奏と変奏曲」
     シャルル・コティーニー「ベッリーニのオペラノルマの主題による華麗なる      変奏曲」
     R・シュトラウス「ヴァイオリンソナタop.18のフルート編曲版」

 <付け足し>
  フルートは低音はボー 高音はヒーヒーという好きではない音色に対しての固定観念がありましたが、さすがアウアー氏のフルートは全く違っていました。まずこんなに良く鳴るフルートは初めてです。鳴りきっていました。高音は透明な細い糸のような澄みきった音、低音は太く輪郭のはっきりした確かな音、フルートの音の概念が変わりました。

  また沢木さんのピアノ伴奏にも感動しました。以前何回か聴いた諸田さんの伴奏も素晴らしいのですが、沢木さんの伴奏は格別でした。ソロを引き立てる弾き方、音楽を大きく捉えた弾き方、ソロとの掛け合いの絶妙さ、全て格別でした。ピアノ伴奏のスタンダードになりました。
楽天市場
タグクラウド
livedoor × FLO:Q
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ