よろず日記

趣味のラジコン飛行機や音楽その他日常の面白そうなこと等いろいろ取り上げます。

コンサート

久々のコンサート感動しました。

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 9月22日(土)いつもの岐阜現代美術館/NBKコンサートホールでピアノ三重奏のコンサートがありました。三重奏のメンバーはヴァイオリン矢部達哉さん、チェロ山本裕康さん、ピアノ諸田由里子さんです。常設ではないですがこのメンバーで当ホール何回目かの出演です。昨年も出演されました。

  曲目はブラームス弦楽六重奏曲第1番(ピアノ三重奏編曲版)とベートーヴェンピアノ三重奏曲「大公」です。音楽史的に言えば演奏順番は逆になっていますが、やはり「大公」の曲の大きさ・重さ故のことだと思います。弦楽六重奏曲第1番の第2楽章は特に有名で映画とかその他BGMとしてもよく使われます。

  その六重奏曲をピアノ三重奏用に編曲した曲ですが、ブラームスの友人キルヒナーという人が編曲したそうです。初めて三重奏編曲版を聴きましたが、これはこれで聴き応えはありますが、やはり六重奏の重厚さには勝てません。原曲がよいということになります。
この演奏は原曲の六重奏曲の第2楽章です。


  ヴァイオリン矢部達哉さんやチェロ山本裕康さんの演奏ももちろん素晴らしいですが、ピアノの諸田さん相変わらず上手で聴き入ってしまいます。当ホールでも今までいろんな楽器の伴奏をされたのを耳にしましたが、兎に角ピアノの音が和音、短音、強弱の別なく「はっきり」「きれい・・音が割れない」。他の楽器との絶妙なバランス(ピアノが出過ぎず)がいい上に、曲の繊細なアーティキュレーション等聴いていて「ハッ」とする表現に何度か驚かされます。曲の出も他の楽器との合わせるためにチラッと演奏者のモーションを見て合わせる等絶妙なアンサンブルが光ります。

  ・・・でもひとつ気になったことは、諸田さんは最近ソロ演奏会に力を入れられているようです。そのせいかどうか、今回は以前よりピアノに自己主張部分が多かったように感じました。前回までは兎に角「黒子」に徹している部分が多かっただけに今回少し気になりました。

  コンサートが久しぶりということもありますし、演奏曲目が大好きなドイツもの2曲ということ、そしてなによりも3人の絶妙なアンサンブルがとっても素晴らしかったので久々に感動しました。澄み切った「大公」の旋律の心地よい余韻と共に会場を後にしました。


マット・ハイモヴィッツ チェロ・コンサート

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マット・ハイモヴィッツのチェロ・コンサートがいつもの岐阜現代美術館/NBKコンサートホールでありました。無伴奏です。マット・ハイモヴィッツのチェロを聴くのは初めてです。イスラエル出身の48歳です。13歳でメータ指揮イスラエル・フィルのソリストとしてデビューしたそうです。

 今宵のプログラムはバッハの無伴奏チェロ組曲の1番・2番・3番でした。前回のラズモフスキー同様とても地味なプロです。ただ面白いと思ったのは、それぞれの組曲を演奏する前に、ハイモヴィッツ氏が現代作曲家に委嘱した序曲がそれぞれ演奏されることです。現代音楽とバロック音楽頂点のバッハとのコラボレーションですね。でも完成されたバッハの曲に何を足そうと言うのでしょうか。まあ聴いてのお楽しみですね。

無伴奏チェロ組曲の中でも一番有名な第1番の前にフィリップ・グラスと言う人の「第1番への序曲」が始まりました。ミュートをかけたような歪んだ音で始まりました。かなり前衛的な感じの曲です。
  そして力強い1番のフレーズが始まりました。正直「ホッ」とします。チェロの野太いアルペッジョが心地よく会場に鳴り響きます。やっぱり1番はいいです。反対に「うーーん序曲を位置づけた意味は何だろう。」分かりません。

 その後2番も同じように演奏されました。ただ3番の序曲は一番最後に演奏することになりました。その訳は序曲を聴いて納得しました。この序曲は組曲3番よりもテンポが速く全体が非常に激情的でとてもコンサート映えする楽曲だったのです。並の演奏家ではとても弾きこなせないと思うくらいの超絶技巧の楽曲です。一方無伴奏チェロ組曲第3番は堂々と、でも優しくしっくり落ち着いた楽曲なので、超ド派手な序曲が3番の前ではアンバランスになると思ったのでしょう。

 氏の力強いボーイングでチェロは兎に角よく鳴ります。氏はフレーズの出・終わりまでたっぷり丁寧に弾き、豊かなフレーズを作り出します。無伴奏独特のアゴーギグ・情感たっぷりのデュナーミクで聴き方によってはバッハがこんなにロマン的だったかと思うほどです。
 今まであまり意識しなかったのですが、和音が弾けるピアノと違い、チェロの旋律1本で低音、中音の和音、高音の各旋律をアルペジオで明快に弾き分けている演奏を聴いて、無伴奏の弦楽器の演奏はとても大変というのが改めてよく分かりました。

 今回のプログラム構成は前回同様で重い曲が3曲です。どんなに好きな曲でも聴き手はどうしても食傷気味になってしまいます。もっと変化のあるプログラム構成ができなかったのかと少し残念でした。そして疑問点の「序曲」ですが、今回その意味は不明でした。今日の感じだと別になくても・・・という気持ちですが、何回か聴く内にその構成のよさに気づくのかも知れません。

弦楽四重奏「クワルテット・エクセルシオ」コンサート

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5月19日、クワルテット・エクセルシオのコンサートがにいつもの岐阜現代美術館でありました。この四重奏団は結成24年になるそうです。はじめて聴きます。室内楽は好きですが、演奏団体を特定して聴くというよりは、室内楽曲を特定して聴く方なので、今までこの楽団との出会いはありませんでした。日本では珍しいらしいのですがこの楽団は「常設」の楽団だということです。

 この珍しい「常設」ということですが「本当に常設でやっていけるのだろうか」という素朴な疑問があったのでこの「常設」について考えてみました。音楽の世界に限らず自分のやりたいこと1本でできればそれに越したことはないのですが、できている人は極一部の人たちだけで、他の人たちは必ず何らかと掛け持ちでやっているのが現状だろうと思います。

  プロ演奏家のあり方は、世界的なトッププロであればソロでの音楽活動だけで生業を得ることができます。残念ながらその領域に至らないプロ演奏家の場合、例えばヴァイオリニストであればオーケストラに所属しながらそこでの団員とメンバーを組んで弦楽合奏を編成します。クラリネットなら木管合奏、トランペットなら金管合奏といった室内楽団を編成し、オーケストラと室内楽団との掛け持ちをするのが一般的です。複数団体を掛け持ちしてい.る人も結構います。あとどこかの大学等で後進の指導をしている場合も結構多いです。

なので余計な勘ぐりですが、本当に「常設」の四重奏団だけの演奏活動だけで4人のメンバーが家族も養いながら食べていけているのかと少々心配します。もちろんお弟子さんがいたり、CDの売り上げがあったり等々他の収入はあるとは思いますが、よく「常設」という思い切った形をとられたなと思いました。でも24年間(もちろんはじめから常設ではなく、ある段階でやっていける確信をもて、その段階で常設にしたとは思いますが)やってこれたのは紛れもない事実であります。

 「常設」のメリットは、いささか畑違いの例えではありますが、サッカーで言えば日本代表メンバーは約2週間ぐらい前から合宿をして戦術を確かなものにしていきます。トッププロの集まりなのでそれで十分連携を取らなければならないのでしょう。ですがJリーグのクラブチームであれば「常設」なので年間通して練習を積み重ねていくのでチーム内の連携はあうんの呼吸でできる、という訳です。その意味で「常設楽団」の音楽的な面でのメリットはとても大きいと言えます。

 「常設」である第一条件はひとりひとりの音楽的才能、技量がかなりなレベルにあり、それでも個では表現力が小さくでも、4人の表現力を合わせれば世界のトッププロレベルの域に達し、聴衆を魅了し、お客の集客率を上げられる、ということになります。

 デメリットはひとつの楽団に束縛されるということ、この楽団をやめた時、次がないので路頭に迷う可能性がある。そんなデメリットを思うと少し我慢(自分の音楽性を犠牲にしながら)してやらざるを得ないかもしれません。それもデメリットのひとつになります。

・・・でコンサートですが、今宵のプログラムは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲「ラズモフスキー1・2・3番」です。いかにもマニアックで地味なプログラムなのでもうひとつ魅力的に思えません。3曲とも重いので聴いている方も疲れます。はじめに軽め、短めの曲1曲。後はシューベルトの「死と乙女」かドボルザークの「アメリカ」とラズモフスキーを抱き合わせれば聴く方も変化があり面白くなります。もうすこしプログラムに変化があるともっと楽しめたのに・・・と少し不満がありました。

演奏はさすがに「常設」の楽団らしく、曲の出から最後の音まで4人の神経が行き渡ったすばらしい演奏でした。圧巻は3番の終楽章のテンポの速いフーガでした。一糸乱れない迫力の演奏でした。これぞまさに「常設」の楽団と言わしめる演奏だった思います。

市民第九演奏会

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 この演奏会の出演者が知り合いでチケットをもらったのでワイフと一緒に行ってきました。プログラムを見て少しがっかりしたのは、メインの第九の前に第1部、第2部とあったことです。てっきりちょっとした小曲と第九だけだろうと思っていたし、第九だけ聴きたかったので少しがっかりでした。文化会館は客席600余席の小さめのホールです。今日のメインが市民合唱団の出演なので関係者とおぼしき人たちでほぼ満席になっていました。

 演奏は世界的に有名な指揮者の古谷誠一氏、オーケストラはこれまた世界的に有名な可児交響楽団、ソリストは「魁」というグループに所属する人たちでした。合唱団は市民を中心の参加者138名で12歳から80歳代までの団員構成です。

 第3部の第九は4楽章だけでした。わっち自身は学生の頃テノールのパートを歌ったことがあるので懐かしくある意味楽しみにやって来ました。

 4楽章の荒々しく始まる冒頭部分を聴いたとたん、「えっこんな田舎で生の第九ができるんだ」「生の第九をこんなに身近に感じるなんて」と今回の演奏会が開かれたこと、ある意味、意外さ・頼もしさを感じました。

  当初からオケも合唱もアマチュアなのでそれなりの演奏ということは承知していましたが、随所にアマチュアオケ・合唱団特有の技術的限界や練習不足からくる表現の単調さ、ぎこちなさ、演奏全体の荒っぽさ等々が気になりました。オケではバイオリンの速いパッセージから始まる部分ではテンポについていけず遅れ気味になったり、喜びの歌の静かに始まるコンバスの旋律は微妙にピッチがずれています。ユニゾン部分でのピッチのずれは特によく目立ちます。もう少しパート練習でここに注意してやればいいのに、なんて余計なことを思いつつ聴きました。

  またオーケストラに気の毒だったのは、ステージが狭い上に合唱団・ソリストのスペースもいるので楽団員40余名ほどはステージの前の方に陣取っていました。最悪なのが木管、ホルンがステージ袖際、反対のステージ袖には打楽器類を配置せざるを得なかったようです。最悪はシンバルはステージ右袖の前に位置していたので響きのない直の音が会場に飛んでいました。

  演奏は随所に気になる部分はあったものの、曲の静と動、明と陰や緩と急等曲全体の雰囲気、深みをよく出していました。ソロもそれなりに雰囲気を出していましたし、特に合唱が入ってきてからは、ダイナミックスの点ではオケと合唱が一体となって会場全体を包み込んでとても感動的な演奏に思えました

今回の演奏会でつくづく思ったのは演奏の上手い下手は確かにありますが、大切なことは演奏者が聴衆に何を表現したいのか、ということが明確であれば上手・下手関係なく聴き手にしっかり伝わって行く、ということがよく分かりました。今回の演奏で言えば、自分たちのお手製の音楽「おらが町の音楽」をみんなで共有しようという意図がよくわかった演奏会でした。その意味で大変感動的な演奏会だったと言えます。

ワルター・アウアー フルート・リサイタルを聴いて

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  ワルター・アウアーのフルートリサイタルを聴いてもう2週間が経ちました。感動の醒めやらぬうちにブログに記録しようと思ったのですが、つい延び延びになり2週間経ってしまいました。

  コンサートは久しく行ってないので次の案内が来たら「絶対行こう」と思っていましたが、案内はフルートのソロコンサートでした。正直もう一つ盛り上がらない気分でした。

  でも演奏を聴くに当たっては「アマチュアレベルからプロまでどんな演奏でも必ず良いところはある。それを見つけ出せるかどうか、そういう聴き方をしないと・・・」と学生時代友達と話し合ったことがあります。

  今回もフルートソロということで少し気持ちが落ち込みましたが、取りあえず聴きに行き感動部分を探そうと出かけました。会場はいつもの岐阜現代美術館/NBKコンサートホールです。

  久々のコンサートでしかもフルートソロですが、今までこのNBKコンサートホールでの演奏会は8割、9割期待を裏切られたことがないので、さてどんなコンサートになるのか楽しみ半分、冷やかし半分の気持ちで聴きました。フルート一本で2時間余の演奏時間、聴衆を飽きささずに演奏に引き込む、いな聴衆の心の琴線を揺さぶる演奏が果たしてできるのでしょうか。演奏はフルート:ワルター・アウアー ピアノ伴奏:沢木良子です。

  さすが現在ウィーンフィル、ウィーン国立歌劇場の首席奏者であるワルター・アウアーでした。フルート一本(もちろん素晴らしいピアノ伴奏があってのことですが)でぐいぐい聴衆の心を引っ張っていく素晴らしい演奏でした。指揮者としても高い評価を受けいろいろなオーケストラで活動していることからも納得でした。奏でる音楽のスケールがとても大きく感じました。

本日のプログラムの第一曲目の「カール・フリューリングの幻想曲op.55」は初めて聴く楽曲ですが、とても耳あたりのよいきれいなメロディーで始まり、コンサートの導入としてはとてもよく、フルートとピアノの心地よい響きで引き込まれて行きます。

  どの楽曲もある時は超絶技巧の素早いパッセージ、ある時は情感たっぷりのフレーズ、どこをとってもとてもフルート一本で演奏しているとは思えません。もちろん沢木良子さんのフルートを引き立てるピアノ伴奏あっての演奏ということが言えますが、素晴らしいダイナミクスの変化、旋律の抑揚・ゆれ、ピアノとの絶妙な掛け合い等々に感動してしまいます。


 特に良かったのは4曲目の「シャルル・コティーニーのベッリーニのオペラノルマの主題による華麗なる変奏曲」でした。イタリアオペラ特有の節回し、情感あふれるフレーズをこともなく一本のフルートで吹きこなしていきます。まるでソプラノやテノール歌手が歌っているかのようです。 

アウアー氏は フルートのフレーズが終わりピアノの間奏部分になると指揮をする仕草もありました。音楽をフルートという枠ではなくオーケストラのような大きなスケールで捉えているということがよく分かりました。

  プログラムは以下の5作品でした。
     カール・フリューリング「幻想曲op.55」
     モーツァルト「きらきら星変奏曲」
     シューベルト「しぼめる花の主題による序奏と変奏曲」
     シャルル・コティーニー「ベッリーニのオペラノルマの主題による華麗なる      変奏曲」
     R・シュトラウス「ヴァイオリンソナタop.18のフルート編曲版」

 <付け足し>
  フルートは低音はボー 高音はヒーヒーという好きではない音色に対しての固定観念がありましたが、さすがアウアー氏のフルートは全く違っていました。まずこんなに良く鳴るフルートは初めてです。鳴りきっていました。高音は透明な細い糸のような澄みきった音、低音は太く輪郭のはっきりした確かな音、フルートの音の概念が変わりました。

  また沢木さんのピアノ伴奏にも感動しました。以前何回か聴いた諸田さんの伴奏も素晴らしいのですが、沢木さんの伴奏は格別でした。ソロを引き立てる弾き方、音楽を大きく捉えた弾き方、ソロとの掛け合いの絶妙さ、全て格別でした。ピアノ伴奏のスタンダードになりました。

久々にコンサートに行ってきました。

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 久々のコンサートです。場所はいつものNBKコンサートホールです。プログラムはバッハの「無伴奏チェロ組曲第5番」、モーツァルトの「ピアノとヴァイオリンのためのソナタk.304」、チャイコフスキーのピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」の3曲でした。

  演奏は、ヴァイオリン矢部達哉さん、チェロ山本裕康さん、ピアノ伴奏諸田由里子さんの3人でした。諸田さんは複数回この会場で演奏しています。

 チェロのソロ、ヴァイオリンとピアノのデュオ、そしてトリオと演奏形態が段々大きくなったり、バロックから古典、そしてロマン派へという時代の流れがあったり等、フルコースでコンサートのクライマックスまで引き込んでいくとても聴き応えのあるプログラム構成でした。

 「バッハの無伴奏チェロ組曲第5番」も「モーツァルトのピアノとヴァイオリンのためのソナタk.304」も大変すばらしい演奏でしたが、圧巻は最後のチャイコフスキーのピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」でした。

優美で感傷的なメロディーラインや激情的大迫力でクライマックスまで一気に盛り上げるチャイコフスキーは大好きな作曲家の一人ですが、シンフォニーとかコンチェルト等大編成の曲についつい気が惹かれがちです。なので今回ピアノ三重奏「偉大な芸術家の思い出に」をじっくり聴く機会を持てたのは大変良かったと思います。



ロシアの芸術家の死を悼んで作曲されたと言われているピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」ですが3人の息のあった絶妙なアンサンブルで見事に演奏しきりました。

 短いピアノ前奏の後、もの悲しいけれども力強いテーマがチェロで奏でられます。それにヴァイオリンがすぐに呼応し、情念的迫力でどんどん盛り上がっていきます。最も感動した部分は、最後の部分です。フーガで盛り上がっていた部分で、この曲の最初のテーマの断片が見え隠れしていたので、ここらで思いっきりテーマが演奏されるといいな、と思っていたら、まさに力強いテーマが再現されました。それもヴァイオリンとチェロのユニゾンです。鳥肌が立ちました。また最後は「死を悼む」という言葉通り「葬送のリズム」で曲の幕を閉じました。

 室内楽でありながら、まるで大迫力のシンフォニーを聴いている錯覚にとらわれます。曲構成や演奏の圧倒感はまさにシンフォニーです。ヴァイオリンとチェロが前面に出ているので、さながらブラームスのヴァイオリンとチェロのドッペルコンチェルトを聴いているかのようで、ピアノがそのままオーケストラのような迫力で聴こえてきました。


 矢部達哉さんのヴァイオリンの音はとても艶やかでのびのびとした音を奏でていました。山本裕康さんの奏でるチェロは、野太く、渋い響き、また心地よく歯切れの良いピッチカートで曲を引き締めます。諸田由里子さんのピアノ伴奏は反響板を全開にしているのですが、音量が適切にコントロールされ、出過ぎず埋もれることなくほどよいアンサンブルに仕上げてありました。諸田さんのピアノはある時は力強い金管合奏、ある時は弾けるフルート、とタッチによって音色、音質を変え素晴らしいオーケストレーションで演出していました。

以前からこのホールは弦楽器の鳴りが良くない印象を持っていたのですが、矢部さん、山本さんはホール一杯に弦の音を鳴り響かせていました。山本さんの人柄の出た面白いトーク、同じ大学、同じ年頃で気心の知れた3人のとても繊細で迫力ある演奏に大変満足したひと時でした。

高橋アキ ピアノリサイタル

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  昨日いつもの岐阜現代美術館/NBKコンサートホールで現代音楽高橋アキさんの今会場2回目のピアノリサイタルがありました。前回は丁度1年前のことでした。

 現代音楽を12月の寒い中わざわざ聴きに行くのも・・・・と思いましたが、今回はプログラムの最後にシューベルトの「さすらい人幻想曲」があったので聴きに行くことにしました。この曲は自分も学生時代に弾いた曲なので、アキさんの弾く「さすらい人幻想曲」はどんなものか興味津々でした。

プログラムは、シェーンベルグ「6つのピアノ小品」、サティ「児童記述法」「官僚的なソナチネ」など4曲、松平頼暁「ピアニストのためのアルロトロビー」、M・フェルドマン「エクステンション3」、そしてシューベルトの「さすらい人幻想曲」でした。

 サティの「官僚的なソナチネ」はとても面白かったです。原曲はピアノ初心者が必ずと言っていいほど練習するクレメンティのソナチネですが、それをサティーのウイットに富んだアレンジでとても面白い曲に仕上がっていました。 


・・・で「さすらい人」ですが、昨年感じたシューベルトと同様ことごとく甘ったるい「さすらい人」でした。曲冒頭はフォルテッシモの強烈な和音連打で始まりますが、アキさんはメゾフォルテの優しい感じで始まりました。「えっ?」という感じでした。しかもテンポは遅めでした。ためらいのあるアインザッツ、ロマン派的なアゴーギク奏法等々、いわゆるスタンダードなシューベルト弾きからするとかなり異端的な演奏に聞こえました。

 でも聴いていくうちにこういう演奏もありかな、とも思えてきました。昔チェリビダッケというドイツの指揮者がいましたが、彼の演奏をはじめて聴いた時、今までのスタンダードな演奏に安住していた我々の度肝を抜く演奏に驚いたことがあります。楽曲を音質、音色など単音のレベルから全て見直し再構成した演奏は今まで慣れ親しんだ楽曲のイメージとは別物と言っていいほどの演奏でした。

  「そこまで・・」とは言いませんが、アキさんの演奏はサティのエキスをまぶしたシューベルト、1音1音に音の意味を与えたシェーンベルクの音構成で奏でたシューベルト、そういう意味では「高橋アキ風シューベルト、現代音楽の高橋アキがシューベルトを弾くとこうなるよ・・・」と言え、とても面白いと思いました。ただ自分としては昔の演奏家リヒテルが弾くダイナミックな「さすらい人」が大好きですが・・・。

今回は、現代音楽ピアニストの高橋アキさんの凄さが随所に光る演奏だったと思います。作曲家の思想、コンセプトを凝縮した作品を、音質や音色にこだわり、研ぎ澄まされた感性で、1音1音を緻密に繊細に表現した演奏はとても聴き応えがありました。

「Adagio ヘルマン・メニングハウス ヴィオラリサイタル」

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  7日土曜日、ヘルマン・メニングハウス ヴィオラリサイタルがいつものNBK岐阜現代美術館でありました。メニングハウス氏のコンサートは2回目です。前回は2012年でした。

 今回のプログラムは「アダージョ」(ゆっくりした曲)特集でした。
 プログラムは全て小品で超有名曲ばかりです。曲目はコダーイの「アダージョ」、エルガーの「愛のあいさつ」、フォーレの「シシリエンヌ」「夢のあとに」、マスネの「タイスの瞑想曲」、チャイコフスキーの「感傷的なワルツ」等々全18曲です。アンコール曲を集めたようなプログラムでした。伴奏は前回同様、諸田由里子さんです。

好きな曲ばかりですが、変化のないこんなプログラム構成で2時間近く眠らずに最後までしっかり聴けるのか全く自信はありませんでした。事実3曲、4曲と続いていくうちに強烈な眠気が襲ってきました。超高級なBGMでうとうとするのも悪くないです。でもフォーレなど大好きな曲になるとふと目が覚め聴き入りました。

  聴いていくに従って、メニングハウス氏が伝えたいことが分かってきたように思いました。どの曲も小品で、ついサラーッと聴き流しそうになるのですが、氏が全神経を使って1音1音大切にして演奏している様にこちらも1音1音まで食い入るように聴いている自分に気が付きました。

ヴィオラの柔らかい響きを奏でつつ、ある時はチェロの野太い響き、ある時はバイオリンのきらびやかな音を奏でるなど、氏はそれぞれの曲にふさわしい音色を創り出していました。ミュートをかけた音もフワッとした独特の響きで曲に奥行き・立体感をつけていました。ピアニッシモで空間に消え入る最後の音まで大切に演奏していた姿にとても好感がもてました。そういう意味で会場の拍手のタイミングが微妙に早いように感じました。曲の最後の最後の響きが会場の空間の上の方にスーーッと消えたーーっフッ と一息ついた後の拍手のタイミングがいいと思いました。

  気持ちの良い旋律のゆれやダイナミックスの変化が絶妙でした。特にピアノ伴奏とのあうんの呼吸のアンサンブルは見事というしかないです。。諸田氏のピアノは、主旋のヴィオラに常に寄り添う感じで、出しゃばらず控えめで、それでいてヴィオラをきちんと支えている素晴らしい伴奏テクニックでした。

 一般的な演奏会だと、緩徐楽章では思いっきり情感を込めて演奏し、急速楽章ではここぞとばかりに超絶技巧のヴィルトゥオーゾぶりを発揮するという、緩急や強弱、編成・規模の大小等の変化を織り混ぜた構成にするのが常ですが、今回は「アダージョ」一色の演奏会でした。アンコールも全て「アダージョ」でした。

  どの曲も聴き慣れた曲ではありましたが、曲の隅々までこんなに神経の行き届いた演奏は今までに感じたことはありませんでした。CDとかではなく、演奏者の息づかい、動きが間近に見て感じ取れる生の演奏会だからこそ、今回のように新鮮な気持ちで曲を聴き直すことができたのではないかと思います。その意味ではとても貴重な演奏会だったと思います。

  さあ 土曜日は演奏会、日曜日は美濃のクラシックカーミーティング 午後は岐阜でラグビーのトップリーグの試合観戦・・・・・忙しい週末です。

シューベルト「冬の旅」コンサート 

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昨日14日土曜日、いつもの岐阜現代美術館/NBKコンサートホールで標記コンサートがありました。
「冬の旅」全曲です。今まで「冬の旅」は全曲(24曲ありますが)聴いたことはなく、1曲目の「おやすみ」と有名な5曲目の「菩提樹」しか知りません。

 バリトンは河野克典氏、伴奏は関本昇平氏です。さて今宵はリートというとても地味な演奏形態に加え、1時間半の全曲演奏という長丁場の異様なプログラムに、自分が耐えられるかどうかというとても危なっかしいコンサートでした。

 メインが「冬の旅」ですが、前座は伴奏の関本氏のピアノ曲ブラームスの小品6曲でした。ブラームスは大好きだし、ショパンコンクール4位という実績の氏のテクニックは抜群です。前座とは言え、華々しくコンサートの幕が上がりました。

 でも何かこちらに伝わってきません。ブラームス独特の重厚で凛々しい和音や旋律線が響いてきません。音楽が浅く淡々としているのです。ですが前座のアンコールとしてショパンの「英雄ポロネーズ」を弾いた時、まるで水を得た魚のように生き生きとした音になりました。やっぱりショパン弾きでした。でもショパン独特の大胆さと繊細さという点ではどこか中途半端な感じの演奏でした。好き勝手言える聴衆の一人としては、もう少し熟成期間がいるように感じました。

プログラムメインの「冬の旅」ですが、全曲訳詞つきでしたので歌の内容がわかり、詩と曲想との関わりを河野氏がどのように表現しているかを聴ける点ではとても良かったと思います。

  ですがこのミュラーの詩、ひと言で言ってとても暗いです。主人公の若者が夢も希望も破れ果てていく様は、まるでシューベルト自身を投影しているような憂鬱さです。どの曲を聴いてもドカっと重い物が心にのし掛かり、ある曲では心が凍りそうになります。この曲のどこに希望があるのか、と言いたくなるくらい全編暗いです。

 河野氏はそれを大変表情たっぷりに歌い上げていました。1曲1曲はとても短い曲ですが、全曲の1時間半歌いっぱなし、というのは結構きついと思います。でも後半になるほど艶・響きのある歌声で主人公の気持ちを代弁しているかのような歌いぷりでした。

 伴奏は「冬の旅」のバックグランドの情景や若者の心情を細かくピアニスティックに表現していて、あらためてシューベルトの歌と伴奏が一体になったリートというカテゴリーのすばらしさに気づかされました。ただ、氏の抜群のテクニックは、時として強引な部分があったり、出しゃばる部分があったりで、どこかソリスト的気分なのかな、という感じは否めませんでした。

 とても地味なコンサートとということで重い気分で聴き始めましたが、終わってみるとやはりとても素晴らしいコンサートでした。

付け足し
  いつも気になっているのですが、ピアノ伴奏やピアノアンサンブルの時、いつもピアノの反響板はフルオープンです。女性のピアノ伴奏の時はそれほどとは感じませんが、男性の場合、フルオープンだ明らかにうるさいというか主旋律に対して音量が大きくバランスが悪いと思っています。でも今まで海外も含めて超一流の演奏家たちのピアノ伴奏は全てフルオープンで弾いています。会場が狭いし、ハーフか一番低い位置でもいいと思うのですが、うるさく音量のバランスが悪いと思っているのは自分だけなんでしょうか。とても疑問に思います。次の機会にでもそのことを会場の係の人に言ってみようかと思っています。

バリトン三重奏「トリオ・シュタットルマン」コンサート

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 1月10日いつもの岐阜現代美術館/NBKコンサートホールで標記コンサートがありました。いわゆる古楽器による演奏会です。楽器はバリトン、ヴィオラ、ウィーン式コントラバスです。バリトンは坂本龍右氏、ウィーン式コントラバスは菅間周子氏、ヴィオラが朝吹園子氏です。

曲目はハイドンのバリトン三重奏曲、ハイドンのカッサシオン等々そのほとんどがハイドンでした。ハイドンはバリトンという楽器を好んだようです。

 バリトンは直に音を聴くのも見るのも初めてです。CDとか聴いたことはありますが、間近で見ると装飾一杯の贅を尽くしたとても美しい宮廷楽器です。驚きましたがどの楽器もフィレットがありました。

 3つの楽器のどれも弦は羊の腸でできているガット弦です。弓は馬のシッポですから、古楽器による演奏は、馬のシッポと羊の腸がヒィーヒィーと摺り合わされる音を楽しむ、ということになります。ある意味とても残酷な光景ともとれますが、そもそも人間ほど残酷な生き物はいませんから、いちいち気にしていると刺身やエビの踊り食いも食べられません。まあそれも含めて人間文化だと言い聞かせます。
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  古楽器はガット弦なので基準のAの音が多少低く、そもそも楽器自体も鳴りにくいそうです。なので弦楽器特有の♯系の鳴りやすい曲を選曲していました。ガット弦で緩み易いのか、チューニングにはかなり気を配っていました。

  個々の演奏技術はとてもしっかりしていて、調和のとれたアンサンブルを堪能することができました。でも曲目のほとんどがハイドンの作品なのでダイナミックスの変化に乏しく、まして古楽器による演奏なので、鼻を摘んだような音、微妙に調音がづれたり、音が心持ち遅れて出るような違和感、まるで昔のSPレコードを聴いているかのような感じさえしました。・・・と言っても自分自身SP時代を知っている訳ではありませんが。

  兎に角日本・スイス国交150年を記念してバリトンの楽器をスイスから借りれたそうで、とても貴重な演奏会を聴くことができ良かったです。こんな機会はなかなかないそうです。


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