2014年12月03日

マズルカ 17-4

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何をとち狂ったか、突然ショパンを弾きたくなったのだ。
で、ショパンの中でも、一番なじみのないはずの、マズルカに手を出したわけだ。

純正日本人の私にとって、マズルカなんて遠い国の世界の音楽、皆目見当がつかない…、これが、ひと月ほどもがき苦しんだ挙句、到達した結論ってのが、なんとももどかしい。


なぜ17-4に手を出したかと言われると、初めてこの曲聞いたとき、フランスのシャンソンだと思ったんです。
なぜだかわからんけど、エディット・ピアフの表情が、頭に浮かんだ。
で、マレーネ・ディートリヒが、くわえたばこで品を作って、どこかのバーで黄昏ている様子が、浮かんだ。

なぜかこの二人の女性が浮かんだのかなんてことは、聞かないでほしい。
現実そうだったのだ。
そして、私にもなぜだか、わからないのだ。


イメージが、ちと、退廃的な雰囲気であったせいか、譜読み開始してからの曲想の中心は、冒頭からのフレーズ。
「シィド レ ラ  ラド〜」
このフレーズの持つ雰囲気を中心に、イメージは広がる。

そんな難しい譜読みじゃない気がしたけど、ここからがさっぱり。
行き詰る。


ここから、youtubeでいろいろ演奏を掘り起こし始める。
自分の持っているマズルカのCDも、もう一度引っ張り出して、楽譜を見ながらずっと聞く。

聞けば聞くほど、自分とは遠いところにある世界の音楽。
少しでも、正体を暴きたい、せめてしっぽだけでもつかみたいと、これ以外のマズルカも、これでもかというほど聞いてみる。

もちろん、楽譜にらみながら。


分かったのは、マズルカという、スラブ民族特有の音楽に、ショパンの感性が重なり合って、摩訶不思議な世界が彩られているという、ただでさえ、マズルカに遠い存在を感じているのに、ショパンに苦手意識を持っている私、絶望的じゃ…。

(なら、なんでショパンなぞ、弾こうと思ったのだ、と言われると、ここで話が終わっちゃうし、実際ここで終わらせようかとも考えた…)


これだけじゃ、いくらなんでもあれなんで、もっと突き詰めて考えてみると(っていうほど深くもないが)

私はずっと、冒頭のフレーズを中心にイメージしていたのだけど、おそらく、中間部の「本来の民族舞踊の雰囲気を持っている部分が」本来のマズルカで、これをベースに、ショパンの感性を重ね、少し幅を広げたのが、36小節あたりからの数小節、または、終結部分。

その枠をかなりはみ出しているのが、冒頭のフレーズなんじゃないかと。


私が曲想を固めるのに中心に据えていた部分は、多分「つけたし」
(乱暴な言い方だけど、思い切ってそう考えてみたほうが、案外つかめる気がした…)


さて、ここからどうしましょうか〜。


もっとも、少しだけ、希望はあって、だいぶ前に、たまたまNHKの名曲アルバムで、ショパンのマズルカが流れ、民族衣装を着た、かの地の人たちが、マズルカを踊っている映像を見た。

私はダンスはさっぱりな人だし、マズルカのステップなんて、一瞥しただけじゃわからないけど、しかし、メヌエットやジーグを弾くとき、バッハの時代の宮廷舞踊をイメージするのと同じ感覚で、マズルカをイメージすれば、もしかしたら…、と。


うん、なんだか、ほんの少し、おぼろげにだけど、まとまってきたぞ。


弾いている自分も、映画のワンシーンじゃなく、この音楽を「舞曲」(つまり、弾いている自分がステップを踏んでいるイメージ)として、とらえ始めたんじゃないか…。



ワルツ64-2を練習しているとき、「ショパンのワルツはマズルカに近い」という話を聞いたとき、全くぴんと来なかった私だけど、今なら、その意味、少しわかる気がするな。




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