2016年12月06日

感性

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ピアノ
音楽

ピアノをまた再び、やってみようと思うきっかけは、長女の存在だった。
ある日あるとき、どうしてもピアノをやりたいと言い出し、その後いろいろ経過を経たのち、二人そろって今の先生に、レッスンをお願いすることになった。

とにかく当時の私は、体が思うように動かせず、せめて音楽のイメージだけでも磨きたいと、やたらめったら、CDを聴きまくっていた。
これまでは弾いてみようとは全く思わなかった作曲家の曲まで、「耳だけは」研ぎ澄ませておきたいと思って、やたら聴いた。

子供の純粋な感性というのは、なかなか侮れないと感じたのはこの時期。
私の耳には当初受け付けない音楽も、目を輝かせて耳を傾けている様子に、ずいぶん私は刺激されてきたように思う。

気がつけば、絶対に受け付けられないと思っていた音楽も、自然と私の体になじみ始めた。
先入観というものは、何をするにも邪魔なのだ。
そんなことを、彼女から学んだ。


子供だから、言葉でうまく感じたことを表現できないけれど、折々出てくる片言の単語は、常に私の音楽のヒントになってきたように感じる。
いつか私は「彼女の感性」を頼りに、音楽を探る習慣がついていた。


今、彼女が中学生になり、いろいろな言葉を駆使して、自らの感性を表現しようとしている。
いや、彼女自身、本来は「さらさらって感じで、その後、ず〜んってなって…」という、どこまでも「感覚的な」言い回ししかできないのだけれど、それでもなんとか、自分の感じていることを「これ」という短い一言で見つけ出した時、聴いたほうも、それを口にしたほうも、我が意を得たりとばかり、嬉しそうな顔をして喜ぶ。


私の音楽性は、彼女によって刺激を受けてきた。
おそらく、彼女と一緒にピアノを再開していなかったなら、今の自分の演奏は、存在しないのだろう。

だから、自分の娘に、心から感謝をしている。






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