nowa-goodbye


今日、 nowa がサービスを終了し、二年弱の短い歴史に幕を下ろした。

nowa について「中の人」が何か書くのは sasakill 曰く「愚か者」のすることだそうだが、俺は愚か者なので感想を書くことにする。なお、以下に書いてあることは単なる感想と回顧録です。特定の誰かを批判、非難する意図はありません。 nowa に関わったスタッフは、たぶん俺はあまり出来がいいほうじゃなかったと思うけど、それ以外の皆さんは各々がとても良い仕事をしたと思います。特に開発に携わった人たちはすごかった。俺はその人たちが書いたソースコードを毎日読んでいたので、そのすごさは良く覚えています。

nowa は俺がライブドアに入社して最初の秋冬にスタートした。最初は「PRAC(仮)」というコードネームで、これが何の略だったかはもう忘れた。「livedoor Blog は難しすぎると感じるライトユーザーにも使える簡単なブログを立ち上げよう」というのが立ち上げの理由だった。あと当時の livedoor Blog は HTML を静的書き出しする仕組みだったので広告を出しづらいとか、そんな事情もあったように思う。

nowa は「社運を賭けた」とまで言われるほど大きな期待を背負ったサービスだった。俺は企画職ではなかったので対外的なプロモーションやマネタイズに関しては、どんな雰囲気だったのかあまり良く知らない。けど開発に関しては、かなり力が入っていた。当時、新しいけど実運用に耐えられるか未知数だった技術をいくつも取り入れて、ライブドア流に使いこなすためにどういう工夫をすれば良いかを研究したり、稼働実績を作ったりした。

システムの根幹に関わる部分は俺の手におえるものではなかったので、そういう部分はソースコードを読むにとどまったけれど、 HTML タグをエスケープするモジュールを実装したり、それのセキュリティホールを付かれて id:amachang にリリース初日の夜にでっかいマリオを走らされたりして、ウェブサイトを作ることの難しさについて、とてもたくさんのことを勉強させてもらった。でも猫の上を軽やかに走り去るマリオの姿を見た瞬間は「ふざけんな!何日徹夜してると思ってんだ!死ね!」と思った。ちなみに彼が使った手法は HTML のコメントで囲んだ CDATA セクションの中に script タグを書き込むというもので、まぁ単純なバグだったのだけど、 CDATA セクションがそんな風に使えるものだなんて当時の俺は全く知らなくて、バグをつぶし終わった午前三時半頃に「こんなことを思いつくなんて、ホントすごい人だな」と感心したものだった。

その後まもなくして俺は nowa の開発から離れた。特に理由は聞かされなかったが、たぶん仕事が遅くてリリースのスケジュールが押してしまったからなんだろうなあと思った。なんとなく「中の人だけど作ってる人じゃない」というそれまでと比べれば少し気楽な立場になったので、入れ子地獄になって相当苦労した Template Toolkit のシンタッスのたまものである公開範囲限定機能を駆使して、仕事中に調べたことをメモしたり愚痴を書いたりして便利に使っていた。

それからもう少しして、 nowa スタッフの中に、当初掲げていた「半年でユーザー50万人獲得」はこのペースじゃ無理そうだね、という雰囲気が漂い始めた頃だったと思う。 nowa に、俺が今でも「これで nowa はダメになった」と思っている、ナニシテル?のチャンネル機能が追加された。

チャンネル機能は、ライブドア社内では根強い人気がある、 IRC というチャットの仕組みを参考にしたもので、チャンネル名が # で始まるところにその影響がみてとれる。この機能について初めて聞いたとき俺は、「ライトユーザー向けに簡単さを売りにしているブログなのに、なんで IRC なんていうマニアックなものを模した機能を追加するんだ、コンセプトと全く合っていない」と、驚きを隠せなかった。「IRC を元にした機能がライトユーザーに受け入れられるわけがないじゃないか」とずっと思っていたけど、担当を外れてしまったのに口出しをするのもためらわれて、せいぜい IRC チャンネルでボソボソと不平を言うことしかしなかった。

今思えば、もっと出しゃばって「チャンネル機能を追加するのはやめよう!」とか「チャンネル機能は廃止しよう!」とか言えばよかったと思う。あの機能のあるなしで nowa の寿命が変わったとまでは思わないが、「ライトユーザー向けの簡単ブログ」というコンセプトを見失ってしまったターニングポイントはあそこだったと俺は信じているし、あそこで道を誤らなければまた違ったエンディングが見られたんじゃないかと思う。

それから nowa は不遇の道をたどることになる。見込んでいたほど人気が出ず、伸び悩む nowa とは対照的にブログは着実に進化していった。欠点の一つだった静的書き出しは、 nowa の存在とは全く無関係のビジネス上の理由によって克服され、広告の問題も様々な創意工夫で乗り越え、ブログは再び「ドル箱」になりつつあった。儲からない nowa にはあまり多くの人件費をかけられない。人手が足りなくなれば開発は停滞する。 nowa はサービス開始から一年も経つ頃には、もうデッドプールの飛び込み台に片足をかけていたんだと思う。

いつの頃からか俺は、「nowa はさっさと閉鎖してしまえばいい」と思うようになった。今にして思えば、出来の悪い息子に悪態をつく親の心境だったのだろうか。自分の育て方が悪かったのだから自業自得なのだが、あのロゴマークの顔を見るたびにどこか寂しげに思えて、見ているのが辛くなってしまったのかもしれない。

最もつらいいじめは、肉体を痛めつけることでも、言葉の暴力でもなく、徹底した無視なのだそうだ。自分の存在を認めてもらえない、それが人間にとって最大の恐怖なのだと。俺は nowa が、誰の口からも語られなくなり、誰の記憶からも忘れ去られてしまっているような nowa が、不憫で見ていられなかったのかもしれない。まだ終わってないのに、誰もがもう終わったと思っている、いや終わっていることにすら気づいてない、本当の無関心。そんな状態がずっと続くくらいなら、いっそ潔く切腹でもしてみせて華麗に散ったほうが、鳴り物入りで発表された「新ブログ」にふさわしいのではないか。そんな風に思っていたのかもしれない。

そうこうしているうちにも月日は流れ、社内で何度か nowa の今後について話し合う会議が開かれた。 nowa に対しては多くのスタッフが一家言持っていて、ああだこうだといろいろな意見が出たが、「俺が nowa を建て直してやる!」と名乗り出る人はついに現れず、 nowa は閉鎖されることになった。

nowa の技術的なチャレンジの成果は、その後リリースされたライブドアのいくつかのサービスに受け継がれている。 nowa リリースの一年後にリニューアルしたライブドアグルメでは、 nowa で稼働実績のあった Sledge::Engine を採用しモダンな Sledge の構成で作られたし、 EDGE Labs の発表と時を同じくしてリリースされた fixdap は、 nowa で苦労したデータベース周りの教訓を活かしてより実践的な実装がされたと聞く。 nowa の遺伝子は、ソースコードレベルでは脈々と受け継がれている。

とりとめもないことばかり書いてしまった。もう少し推敲したり、他にも書きたいことや書くべきことがあるような気もするが、今日書くから意味があると思うので、このままポストすることにする。

最後に、俺が最後に nowa にログインしたときのホームはこんな感じだった。 ysp おめでとう。あすくるうぜえ。

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