2012年02月05日

1日3枠?(^_^;)

私の最近のインターネットライフは3枠体制です。

なにが?

はい。時間が、です(^_^;)
理由は、昨年導入したWifi端末の電池が切れるからです。
以前はとめどなく五月雨式に仕事と趣味と実益(^_^;)…が混在した
ネットライフを送っていましたが、
それって結局ダラダラなわけですよ┐(-。ー;)┌

ところがWifi端末になってからは(充電状況にもよりますが)、
4時間前後で電池切れになるので、そこで強制的にネットから離脱
することにしてみています。
そして執筆やらセミナー資料作りやら、スクワットやら(笑)、
人間はネットに接続していなくてもできることを進め、
端末の方は充電に集中していただく。

「電池が切れる前にこれだけはやっておかなければ!」
「充電が終わる前にこれだけ仕込んでおければグッジョブ(笑)」

なんて感じで、不思議なメリハリができております。
確かに電池切れは不便ですが、ものは考えようかもしれません。
(注:仕事場限定の技です。出先ではさすがに(^^ゞ) 

ちなみに2011年2月の日経PCに
「充電しながら使うとリチウムイオン電池は劣化しやすい」
と書いてあり、充電中は使わない方が充電池の負担も軽いらしい
というのも理由の一つです。
まぁ、バッテリーは消耗品ですから気にしないという考え方も
ありますが、やっぱり出先で電池切れ/( ̄0 ̄)\になる回数は
減らしたいので。



kyara2004 at 00:30|Permalinkこの記事をクリップ!つぶやき2012 

2012年02月04日

好み

フェイスブックでたまに外国の男性からメッセージが届きます。
なかに上半身筋肉隆々の裸体を載せている男性がいらっしゃいます。
Google+でもそういった写真が見受けられます。

でもごめんなさい。
私、キン肉マンは少々苦手です(T▽T;)

めちゃくちゃ偏見でしょうけれど、どうもその…、
物理的なものにしろ、権力的なものにしろ、「力」というものに
価値観が偏っておいでなんではないか…?と思えてしまうのです。
単純にいえば会話によるコミュニケーションや相互理解より、
暴力的?支配好き?なんて気がしてしまうんですよ〜(;´_`;)

男性でも女性でも、生きていくのに心もとないモヤシ状態では
困りますが、仕事や生活に必要な適量以上を求める様子はちょっと
違和感を感じるようです。
男性にはこの違和感、わかりにくいでしょうか。
筋肉モリモリのほうがかっこいい、女性はそういうのが好きと
考えている方が多いのでしょうか?

男性にわかりやすいたとえでは、こんなのはいかがでしょう。
スタイルも良く、ほどほどにふくよかなバストをお持ちの女性が、
もっともっと、と巨大なバストを育てようと努力をしている姿…。
違和感を感じませんでしょうか。

とにかく、今のままで十分女性らしくてステキなんだから、
体型を気にして躍起になるのはもうやめて、
中身を磨いた方がも〜っとステキな女性になれると思うよ?
なんて思いません?
バストの大きな女性は…なんて言う話もありますが、
過剰な筋肉はその男性版みたいな気がしてしまうのかも知れません。
もちろん…には信憑性がないと私は考えていますが。

男性も女性も基本に健康や適正な姿勢を保てる適度な筋肉と、
それを維持する努力と気概があれば、
必要以上を求めるかどうかはお互い趣味・好みの世界なので
好き好きですから構わないのですけれどネ(^^ゞ

…なんて、こんなショーもないこと書いてないで、まじめに仕事するか、
せめて先日の勉強会の備忘録でも書いてって感じですよね(^_^;)



kyara2004 at 01:14|Permalinkこの記事をクリップ!つぶやき2012 

2012年01月18日

昔の歌は熱かったねぇ…

先日紹介したFPの本↓と、昔の歌つながりでもう一つ。
(こころとお金のコーチング(吉川美有紀著 Libera C&C))

本の中に
「コーチとクライアントが主従関係であるとか」
「上司が部下の話を聞くことで、結果として上司の思い通りに
部下をコントロールするためのマネジメントツールであるかの
ような悲しい誤解があるようだ」
と書かれていました。

また事例の中でクライアントさんに
「夢や目標があるのが良くて、ないのが悪いわけではない」
と語っていました。

夢や目標がないこと、平凡であること、平凡を志向することが
ダメなこと的な雰囲気ってありますよね。
自分がそういう平熱派の場合、自分を卑下してみたり…。

でもねー、、、夢や目標が「ない」と言う考え自体、
実は思い込みって気がするのです。

「夢」らしい夢でなければみっともなくて夢と言えない…とか。
エラそうな、カッコの付いた目標でないとみっともない?みたいな。
つまり「社長になる!」とかそういった昔風の夢でなければ
支持されない、支持しない?みたいな。

それも、もしかしたら昔のイケイケな歌の影響なのかなぁと
ぼんやり思ったのですよ。

前回の記事と同じ女性歌手ですが、
平凡を否定して、人と同じことをしているとバカにして、
人と違うことをしようよと声高に歌っていたのです。

しかもその歌手はかなりメジャーな人で、歌自体もカッコ良かった
ので時代に受け入れられやすかったと思います。

だから、そのかっこよさにあやかるためには
その歌詞のような生き方をしなければカッコワルイ!という
思考回路が生まれるのもやむなしという感じ…。

あぁ、だから、そういう時代に生き、
そういう歌を聴いて無意識に他人と違う生き方、
他人が違うと認めてくれる生き方をするのが「良いこと」で、
そうでなければ古くてカッコ悪くて、否定される気がするから
こっそり生きよう…ということになったのかしら。

平熱派が生きにくい、あるいはなぜか遠慮がちに自分のことを語るのは、
熱血派をもてはやした時代に生きた私たちに刷り込まれてしまった
少々バランスの崩れた価値観のせいかもしれません。
 
それに、平熱派には平熱派としての「こうありたい」という姿が
あるわけですし、それこそがその人らしい「夢」だと思うので、
堂々と、それが夢だといえると、カッコいいのかなと思いました。



kyara2004 at 17:05|Permalinkこの記事をクリップ!つぶやき2012 

2012年01月17日

昔の歌って過激だったのね(・o・)

昔も今も、過激な人は過激だし、穏やかな人は穏やかなのは
確かでしょうけれど、昔は世の中のテンションが全体に高かった
んだなぁと…、四半世紀前の歌を聴いて思いました。
まぁ、その頃が特に熱かったのかもしれませんけれどね…。

女性歌手の歌で、ドラマの主題歌になった曲のタイトルが
「革命」だったり(訳してます(^^ゞ)。
ほかの歌もメロディがかっこ良くて気に入っていたのですが、
改めて歌詞を聞くと、世の中の古いものをぶち壊して
新しいものに変えるのが良いことだと声高に歌っています。

もちそん古い時代の悪い部分を変えようとするのは良いと思います。
昔は人としての尊厳を否定されるのが「当たり前」みたいな部分が
ありましたよね? 身分制度というか、、、。
そういったものの残り香…、アンバランスを整えるのは良いと
思うのですが、当時の歌を聴いていると世の中を壊すこと自体が
目的になっていたように思えた瞬間がありました。

もっともそれは四半世紀前ですから、今とは世界が全く違います。
今50歳の人が25歳の若者だったころです。
今、あちらの世界に旅立つ年代の人たちが、
現役に近い重鎮として世間の常識を形作っていた時代、
さらに言えば明治時代や江戸時代の考え方を持った人たちに
育てられた世代の人が常識を形作っていた時代。

今風の文化をよしとして育てられ始めた世代にはストレスフルな
圧力がそこここにあった時代でしたから、ガス抜きにそういう歌も
必要だったのかもしれません。

今は古い常識による生きにくさがかなり解除された後の時代です。
すでに解消された、あるいはされつつある不具合について、
まだ解消されてない時代の論議を聞くようなもので、
当時の歌に違和感を覚えるのは当たり前かもしれませんね。



kyara2004 at 14:00|Permalinkこの記事をクリップ!つぶやき2012 

2012年01月16日

こころ と お金の コーチング(吉川美有紀著 Libera C&C)

FB友達の山下さんの会社のビジネスパートナーさんの本です。
懇意にしている税理士さんからプレゼントいただき、
このお正月に拝読しました。
最近トシのせいか(笑)涙もろいんですよねー…(^_^;)
泣けちゃいましたよ〜(T▽T;)

最近コーチングという言葉が一般にも浸透してきました。
ただ、夢や目標達成にまい進している人がいるいっぽうで、
いついつまでも現状維持の平熱派(私の造語です)も多いように
感じます。

平熱派の人は、夢や目標なんて持ったが最後、自分らしい生き方が
侵害されそう…と心配なさっているような気がします。
また平熱派にとって、夢や目標を追っている人は、暑苦しくて、
夢に追われているように見えて、時に痛々しく見えるのかもしれません。

そして熱い人は自分の熱をむやみに他者に伝えたがる…、つまり、
他人の人生にずかずか入り込んで影響を与えたがる気がするとか、
とにかく、平熱を脅かすうっとおしい存在と感じるのかもしれません。

ところで、地球の中のマントルも、海中の水も、地上の空気も、
温度のあるものには温度差があります。
温度差があれば、それを埋めようという動きが起こります。
それが地殻変動や海流、気象変動になるわけで、
ものに温度差があるのも当たり前なら、
温度差を埋める動きがあるのも当たり前…なんですね。

だから熱い人がテンションの低い人を盛り上げようとしたり、
平熱派がテンション高い人を「どうどう」と冷静にしようとするのは
自然のことなのかもしれません。

でも人には自尊心がありますから、
むやみに他者に操縦されたくないわけです。

お互いに良いタイミングで影響を受け合って冷静になったり、
やる気が出たりすればよいのでしょうけれどね…。



kyara2004 at 17:00|Permalinkこの記事をクリップ!つぶやき2012 
Kaoru Nakamura

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