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【1. 聖霊が降る】

今日は、聖霊降臨日の礼拝です。ペンテコステという言い方もします。聖霊降臨日という言葉は、文字通り、「聖霊が降りてきた」ということを意味しています。つまり、今日は、聖霊が2000年前に弟子たちに降りてきたということを、そして、現代には私たちの上に降りてきているということを考えたいわけです。2000年前に生きた古代の人たちが「聖霊が降った」と表現した体験・事柄の意味を、現代を生きる私たち自身にとって意味のあることとして改めて受け止り直そうとするのです。

「聖霊が降る」とはどういうことなんでしょうか?「私たちが天から降って来た聖霊をこの身に受ける」と言うとき、漫画やアニメに出てくるような一場面を想像しないようにしていただきたいと思います。一人の人が死んだ後、肉体から霊体が離脱する、そんな肉体とは別の存在である霊体が、私たちのこの身に天から降りてくるということをイメージしてもらっては困るわけです。そうではなくて、それよりも大切なことは、「聖霊がこの私に天から降る」という言葉で古代の人が表現した体験・事柄の核を理解したいということです。そして、そのことを現代を生きるこの私の日常生活に当てはめて受け取り直したいと願うのです。

「天からの聖霊がこの私の上に降った」とは、つまり、「私が自分からのものではない力を受けた」ということです。それも、「天からの力を受けた」ということなのです。その言葉には、「私が受けたこの力は神からのものに違いない」という信仰が含まれています。毎日、私は変わらない日常を生き、小さなことに悩み、くだらないことをして時間を無駄にし、そして、時に周りの誰かと衝突してしまう。自分を愛することも、だからこそ、他の人を愛することもなかなかできない、私という一人の人間。けれども、そんな私だけれども、「神は私に力を与えてくださった」と、2000年前を生きた古代の人は信じたのです。それが、「聖霊が降る」という言葉に込められた信仰の核心だと思います。

そうだとしたら、「聖霊が降る」という言葉は、皆さんの日常生活において、どのように当てはまるのでしょうか?


【2. 境界を越える。自由にされる】

聖書をお読みします。使徒言行録2章1節から8節までです。

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五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。
さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。

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ここまでです。この短い文章の中に、神の力をこの身に受けたと信じた古代人の信仰が表されています。「聖霊が降ると、人々は霊が語らせるままに、他の国々の言葉で話し出した」。そして、それを聞いていた別の人たちは「自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった」のです。これは、どういうことでしょうか。私はこう思います。それは、「他の国から来た人同士」が、「別の言葉を話す人同士」が、互いに語り合い通じ合ったということです。もう少し別の言葉で言い換えるならば、今まで国や言葉という境界線によって、別々の存在として区切られていた人たち同士が、そうであるがゆえに、交わることがなかった人同士が、聖霊が降ることによって、互いに語り合い理解し合ったということなんだと思います。

旭川豊岡教会の中だけを見ても、私たち一人一人はそれぞれに異なった背景を持っています。当然、教会の外の世界に目を向ければ、もっといろんな人がいるわけです。年齢、性別、ジェンダー、国籍、言語、文化、人種、個性、性格、財産、社会的立場。その他にも、人と人を切り分け差別する境界線はいくつも存在します。けれども、聖霊が降る時、そのような違いを乗り越えて、多くの人々が互いに自由に語り合い、そして、互いに理解し合ったのです。ある人が「他の国の言葉で話す」ということ、そして、別の人が「自分の故郷の言葉が話されているのを聞く」ということは、ある人が語る言葉の内容を、それを聞く別の人が、まるで自分の故郷の言葉が話されているかのように身近なものに感じた、よく理解できたということです。

天からの聖霊が私たちに降る時、私たちは自由にされる。そして、私たちは、霊に導かれるままに、私たちの間を区切るいくつもの境界線を越えるのだ。これが、使徒言行録2章1節以下が伝える信仰だと思います。では、21世紀の今を生きる私たちは、この2000年前に書かれた信仰を、どのように受け取ることができるのでしょうか?これは、単に、古代人が夢見た絵空事に過ぎないのでしょうか?それとも、私たちは、2000年前も今も変わることのない、信仰的理解を自分のものとして受け取ることが改めて受け取り直すことができるのでしょうか?


【3. 「311」から三ヶ月。「611脱原発100万人アクション」】

少し違う角度から話をします。今日は、6月12日です。ですから、昨日は6月11日でした。この「611」という日は、あの「311」からちょうど三ヶ月目に当たる日でした。「311」とは、3月11日の地震と津波、そして、その後に起こった原発による震災被害を象徴的に表す言葉です。3月11日から今日までの三ヶ月間の間、地震や津波によって被災された方たちのために支援活動が様々な形で行われてきました。同時に、この三ヶ月という時間は、一度、損なわれたもの、一度、失われたものが二度と永遠に帰ってこないということを身に沁みて感じさせられる時間でもありました。地震や津波で壊された多くのもの、亡くなった多くの方たちは、二度と、元通りにはならないのです。その事実の重さの前に呆然とする時間でもありました。

けれども、日本に住む人、いや、日本以外の世界の人たちが、この三ヶ月間、片時も忘れずに気にしてきたこと、心配してきたこと、それは、福島原発のことでした。東京電力や日本政府によって「想定外」とされた、3月11日の地震によって、福島原発は物理的に損傷しました。そして、この三ヶ月の間、放射性物質を大気中にまき散らしてきたのです。また、放射性物質を含んだ大量の水が海に流されています。大気や海水や農産物が、そして、人が放射性物質によって汚染し被爆しているのです。けれども、東京電力や日本政府は、被害の状況を正確に伝えません。福島原発の一号機が地震発生から五時間後にすでに炉心溶融、メルトダウンしていたという事実が公表されたのは、5月12日のことでした。つまり、メルトダウンという人命に関わる重大な事実が二ヶ月もの間、隠されてきたのです。

また、事故後の日本政府の対応も批判されています。少し専門的な話になりますが、一つだけ例を挙げるならば、4月19日に文部科学省は、学校等の校舎・校庭等の利用判断における放射線量の目安として、年20ミリシーベルトという基準を、福島県教育委員会や関係機関に通知しました。政府は、これは屋外で3.8マイクロシーベルト/時に相当するとしています。3.8マイクロシーベルト/時は、労働基準法で18歳未満の作業を禁止している「放射線管理区域」(0.6マイクロシーベルト/時以上)の約6倍に相当する線量です。また、年20ミリシーベルトは、ドイツの原発労働者に適用される最大線量に相当するものだそうです(http://www.foejapan.org/infomation/news/110428.html)。大人よりも感受性が強く、放射線の影響を受けやすい子どもたちが、福島県では、国の方針によって被爆させられているわけです。

なぜ、こんな話をしているのか、何が言いたいかというと、「311」からのこの三ヶ月の間、福島原発を巡る状況について多くの人が憂慮し、批判し、声を上げて意見を表明し、また、行動も起こしてきました。その過程において、私たちは、この日本社会の新たな姿を見ました。それは、日本人だけに限られません。日本に住む一人ひとりの人間による勇気ある声を聞き、勇気ある行動を見ました。それらの声や行動は、年齢や性別や国籍や言語や、その他、人と人を差別するさまざまな境界線を越えたるものでした。私たちは、意外な人たちの勇気ある行動を見たのです。勇気のあるミュージシャンは歌に乗せ、勇気のある起業家は多額の献金をすると同時に自然エネルギーによる電力供給プロジェクトを新たに立ち上げ、勇気のある俳優は知名度を生かして自らの意見を公表し、勇気のあるジャーナリストは既存のメディアでは到底、踏み込めないような情報を提供し、そして、勇気のある科学者は自らの学問的良心に恥じることなく福島原発を巡る現状の厳しさを理論的に描写しました。しかし、何よりも、特筆すべきは、有名人でもない、専門家でもない、多くの人たちが、脱原発という声を具体的に上げ始めたということです。一人の人が勇気を持って率直に声を上げることで、また別の人たちが勇気づけられました。それまで、お互いに存在さえ知らなかったような人同士が、語り合い、理解し合うということが、この三ヶ月間で実際に起こってきたのです。

そして、その集大成とも言うべきものが、昨日の6月11日(土)に行われました。大地震による原発事故の発生した3月11日から、ちょうど三ヶ月目に当たる昨日の6月11日に、日本全国で様々な形で脱原発のデモや講演会や集会が行われました。それは、多くの人が同じ日に声を挙げることで、脱原発という社会的なメッセージを表明するためでした。皆様の中にも、全国で行われたデモの模様をテレビでご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。新宿で2万人、大阪では1万人とも言われる多くの人が脱原発のためのデモに参加したのです。インターネット上では、Independent Web Journal(http://chukeisimin.info/611/)というメディアが、全国各地の中継市民ボランティアの手を借りて、10時間にも及ぶ多元ライブ中継を実現しました。私も昨日その一部だけですがインターネットで見ました。

私がその10時間にも及ぶインターネット番組を見ながら感じたことは、さまざまな人たちが登場し、それぞれのスタイルで原子力発電に関して思うことを自由に話しているということでした。それは、私に、今日の聖書箇所、使徒言行録2章1節以下を思い起こさせました。「政治的に冷めている」とも、あるいは、「我慢強い」とも言われる日本人がデモという形でこれほどまで大勢の人数で一斉に声を挙げるのは、多分、前例が無いことなのではないでしょうか。なぜ、これほどまでに多くの人が「脱原発」という声を上げ始めたのでしょうか?なぜ、多くの人が、年齢・性別・国籍・言語などの人と人を差別する境界線を越えることができたのでしょうか?それは、原子力発電が「命」に関わるからだと思います。「命」という本当に大切なことが脅かされたからこそ、多くの人たちがお互いの違いを超えて一つになったのです。本当に大切なことを「上」に「垂直」に見上げる時、私たちはお互いの違いという「横」のできごと「水平」の次元があまり気にならなくなるのではないでしょうか。これこそが、今日の聖書箇所、使徒言行録による聖霊降臨の物語が私たちに語りかけるメッセージなのではないでしょうか。神に導かれる、すなわち、本当に大切なことを一番に考える時、私たちは私たちの間に存在し、私たちの間を切り分けている様々な境界線を越え、互いに身近に語り合い、通じ合えるのではないでしょうか。


【4. それでも、大切なことを自由に語りたい】


今日の話をまとめたいと思います。誤解してほしくないのですが、私は神や聖霊を強調することによって、この世界に存在するさまざまな矛盾を無視し、物事を極度に単純化したり美化したいわけではないのです。今日の聖書物語、使徒言行録2章を読み進めると分かるように、すべての人が分かり合ったわけではないのです。神からの力を受けたと信じた人たちがさまざまな境界線を越え、霊に導かれるままに、自由に語り行動した一方で、そのことを非難し、また迫害した人たちがいたのです。現に、イエスの弟子たちはエルサレムで迫害されたのです。そして、それは、この21世紀においても同じことでしょう。また、たとえ、脱原発のデモについて話をするとしても、私たちはその背後に、家を無くし、故郷を無くし、家族を亡くし、「311」から三ヶ月経った今も痛み苦しんでいる人たちがいるということを決して忘れてはならないと思います。

けれども、たとえそうだったとしても、今日の聖霊降臨の聖書物語が私たちに語りかけるメッセージは、「私たちが本当に大切なことに向き合わなければならない」ということだと思うのです。「私たちは、本当に大切なことのために勇気を持って声を上げ具体的な行動に出なければならない」、そう、聖書は私に語りかけてきます。そして、本当に大切なこととは、脱原発だけではないはずです。私たちは神を見上げ、本当に大切なもののために声を上げ行動に出ることができるのでしょうか。神を信じ、聖霊の力を信じ、神に導かれ人と人を切り分け差別する境界を越えていきたいと心から願います。