きょうです。
本日も奈良は爽やかな天気でした。ジムで運動もしました。若干眠いのですが、ブログ更新は歯磨きと同じく日課ですので、頑張って更新します!
本日は昨日の続き。パーソナリティ障害の治療・対応について私見を交え説明したいと思います。

前回記事 きょうクリいんちょうブログ「パーソナリティ障害について
同様の心性を持つ摂食障害についての記事 きょうクリいんちょうブログ「摂食障害について
も参照ください。
Q.パーソナリティ障害の治療・対応について

パーソナリティ障害はもともとの生物学的要因と環境的・生育的要因が絡み合って発症するわけですが、やはり環境要因がかなり大きいと思われます。
虐待や機能不全家族で養育されるなどの不幸な生育環境で何年も、もしかしたら10年以上育ってきた人たちが精神科医による治療であっさり治るというわけがありません。
ドラマと現実は違うのです

僕はまず本人に診断について説明する治療教育から始めます。
本人が自分の疾患特性を理解するところが治療のスタートであると思います。

そのうえで、治療環境の限界設定・構造化を行います。
通院により魔法のような効果が得られるわけではないことや、診察時間の分数などを説明します。
初診でじっくり話を聞いてあげた患者さんたちは当然次回からもそのような診察がなされることを期待します。ただし、現行の健康保険による医療では経営的に初診も再診も等しくじっくり時間をかけた診療をしては経営はなりたちません。そのことを医療経済学的に説明してあげるのです。

初診でじっくり話を聴いてあげたとき、患者さんは期待で「この先生ならわたしを何とかしてくれるに違いない。いままでの先生と違う」と医師に対する理想化がなされます。
二回目以降の診療時間が短かったり、些細な行き違いがあったりすると「先生は最低だ」と脱価値化、こきおろしに転じます。
この理想化とこきおろしの極端さがパーソナリティ障害患者さんの疾患特性です。

物事は表裏一体。表があれば裏もあります。それで一つの物事をなすわけです。パーソナリティ障害患者さんは、表が見えればその物事は表だけ。裏が見えればその物事は裏だけ。というとらえ方をするわけです。
いわゆる「all or nothing」の思考です。

・医師があなたを治すわけではない。あなたが自分で治りたいと思い、治そうとするのなら医師は治癒に向けて手伝えること。
・治療には長い期間を要すること。
・医師以外のサポート、理解を整えていくこと(心理カウンセラーや家族や支えてくれるひとたち)

これらを患者さんが理解し、受け入れるところが治療の始まりであり、必須であるのです。

具体例を出せないので抽象論に終始してしまいました。抽象論でまとめねばならないほどパーソナリティ障害の治療は多種多様で奥が深く、困難を極めるものであります。「これさえやれば大丈夫!」「頑張れって言っちゃいけないよ!」的な簡便なアドバイスは書きかねるわけです。

本日はこの辺で。ではまた!
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