きょうです。
前回記事はたくさんの方に読んで頂き、反響もあり、恐縮しております。
書くのに勇気が要ることでしたが、とりあえず書いて良かったです。
今でも、救命された時のことを思い出して、若干フラッシュバックっぽい嫌な感覚をたまにですが覚えることがあります。救命体験のある方は多少なりともあることなんではないかと想像しますが実際はどうなんでしょうか。

あのピコーンピコーンけたたましく鳴り響くモニターの中で必死で救命を受けていたときのことは忘れたくても忘れられません。
ちなみに、その状況、しばらくホント記憶から抜け落ちていたんですけど、あるとき急にバーッと思い出したんですよね。あああ、書いていても嫌な感じですがデブリーフィングと思ってやっぱり吐き出しておきます。
デブリーフィングって、「災害に遭うなど、つらい経験をしたあとでそれについて詳しく話し、つらさを克服する手法。元来は軍隊用語で状況報告、事実確認の意。心理的デブリーフィング。PD(psychological debriefing)。」っていう意味です(goo辞書より)

大災害後に被災者に語らせたりするんですが、もちろん無理やり語らせるような侵襲的なやり方はダメです。僕は自分ですすんで語っているのでアリだと思います。

今回の体験を通じて、死生観は確実に変わりました。180度どころの騒ぎではなくて、香川照之風に言えば、540度、いえ900度変わったと言えるかもしれません。

僕は心肺停止になりましたが、倒れる直前はちょっとしんどいな〜くらいで、全く苦しくなかったです。まさか倒れるとも思っていません。それで気付いたら救命されていたわけですが…

一度、ブチッと人生が切られて停止したという感覚です。
パソコンで根っこからコンセントを抜いて保存も何もなく終了、的な。
戻ってくる時はじわじわ〜という感じでした。

自分の体験から僕が感じたところを率直に述べますが、あくまで個人の感覚です。

死と言うのは、全ての終わりです。
肉体、精神、全ての活動の停止です。電源オフです。
死の先にあるのは、「無」です。
人生の主体が自分であるならば。

死んだ後、現世にとどまって見守るとか、やっぱりありません。
前世なんてのもありません。
僕は生き返ってから、幽霊が恐くなくなりました。
あるわけがないものを怖がっても仕方ない。
あえていうなら、幽霊よりもそのように感じる自分が怖い、不安と言う感じかなあ。

アメリカでは脳神経外科医が書いた臨死体験の本
「Proof of heaven」
がベストセラーになりました。

この本では、死後の世界があると断言されているようです。
残念ですが死後の世界、僕には体感することは出来ませんでした

僕が思うに、死に方(まあ臨死体験を語っている人は僕も含めて死んでないからこの表現は間違ってますが)にもよると思います。
じわじわ系か、いきなり系か。
それから疾患にもよるんではないでしょうか。
昏睡体験が長く、そこから目覚めた人は、やっぱり夢とかいろいろ、修飾される要因が多すぎるような気がします。

臨死体験やあの世の有る無しをここで論じても仕方ないのでこの辺にしておきます。

さて、以下のことを言うとホントたくさんの人に怒られるのですが。
あのまま死んでいたら、個人的には最高の死に方だったと思います。
全く苦しくもないし、毎日全力で生きてきて、やりたいようにやって
一番楽しいときに死んでいく。

でも残された人たちにとってはたまったもんじゃあありませんよね。

とりあえず、あの日で僕の人生は一回終わりました。
なので、これからの人生は、附録と言うか、延長戦という感覚です。

だから、一回一回のご飯が美味しいし、「無駄な体験したなあ」ってこれまでは思うような時も、全然へっちゃらになりました。
明石家さんまさんじゃないけど、生きてるだけで、まるもうけなんですから。
本当は体験出来なかったことを、一回一回させていただいているわけです。

生きてるだけでまるもうけ。
さんまさんも実の弟さんを亡くされているようですが、自分や近しい人にそういう体験が無いとなかなか到達できる心境では無いように思います。

さてめっちゃわかりにくい例え話をしますと…
昔、タイガースにいた大豊が、9回裏に3点差の絶体絶命の状況でスリーランホームランを打って追いついたことがあります。結局タイガースは延長戦で負けて、当時暗黒だったタイガースの一部選手が「負けるんだったら大豊が余計なことせんかったらよかってん」と言い放って大豊激怒、っていう虎ファンにとっては有名エピドーソがあります。

そんな風にならないように、延長戦があって良かったなあ、っていう人生にしたいですね。最後に勝ちたいとか勝ち負けの問題でなく。とにかく、終わるときにそう感じたい。

僕のこれからの人生の目標は
「あのとき死んどいたほうが良かったなあ」っていう人生を送らないこと
つまり
「生きていて良かったなあ」って思って死ぬことです。

これから、辛いこと、楽しいこと、いろんなことがあるでしょう。
そういうたくさんの体験を経て、最後の答えは死ぬときに出ると思います。

なのでとりあえず今は毎日、「生きていて良かったなあ」ってささやかな幸せを感じながら過ごすこと。それが僕にできることです。死ぬ直前にあわてたって仕方ない。それなら、毎日幸せを感じて生きなきゃいけません。やっぱり幸せは得るものではなくて感じるものです。

あとは、命の無駄遣いをしないことですね。
本当にたくさんの方々に助けて頂いたし、迷惑をかけました。
本当にありがとうございます。そして本当に申し訳ありませんでした。

自分の人生だから自分の好きなように生きる、ってことは今後は許されないと思っています。
今までの僕の生き方はそうとられてもおかしくない全力で走り続けた人生でした。。
みなさんに頂いた命なので、やっぱり大切に使って生きたいです。

超スローライフでぼちぼち生きます。

長文お読みいただきありがとうございました。
本日はこの辺で、ではまた!
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