きょうです。
きょうクリは山の日を組み合わせて、お盆休みを頂いています。 
2年前に学園前と西大寺を統合移転して、休みが日曜だけになってしまいました。
なので、お盆やGW、お正月などの機会に、まとまったお休みをスタッフみんなにとってもらうようにしています。

このお盆は、どこにも行かずにぼーっとしています。まあ、いろいろありまして。。

本当は僕は旅行が大好きで、そもそも多動で落ち着きが無いので、学会や研究会とか、機会があれば旅に出るようにしています。

先日某所に行った際は、台風にぶちあたって関西に帰って来れなくなるところでした。なんとか飛行機が飛んでことなきを得ましたが、まあ生きている以上いろんなことが起こりえます。

3年前に死にかけてから、僕の考え方は、「まあ無事に生きてたらそれでえっか〜」というところが基本線なので、少々のトラブルには動じなくなりました。

台風で帰れなくなりそうなときも、ホテルどこかとらないといけないかな、最悪ロビーで寝るのかな、なんてことを、殺気立った空港ロビーでボーッと考えたりしていました。

奇跡的に飛行機が飛んで、無事に帰って来れて自宅の布団で寝る時、「あーホンマ幸せやな・・」なんてことを噛み締めることができました。

不思議ですよね〜

別に出張に行かずに普通に寝ていたら、いつもの日常のただ寝るだけ、なのが、トラブルがあって帰ってきたことで、なんかかけがえのない寝床として感じられるんですから。

かように人間は、絶対的価値観で生きているのではなく、相対的価値観の中で生きている、ということです。

その相対的価値観は、幸せを感じることもあれば、「比べる」ということで余計な苦しみを感じることもあります。

「絶対的価値観」をたくさん持っている、というか揺るぎないものが自分の中にある、つまりは「今の自分で良い」という自分への肯定感さえあれば、人間は自信をもって生きていくことができます。

僕は結構、「今の自分でぼちぼちいくわ〜」と思えるようになりました。

そして、生きていることの意味。
なぜ生きているのか、なぜ人は自分で死んではいけないのか、その理由はいくら考えてもわからないことです。

理由はいくら考えてもわからないけど、ある程度のコンセンサスが取れていることについては、考えるだけ無駄です。

なぜ人は自分で死んではいけないのか、人は人を殺してはいけないのか、お笑いの東野幸治さんが答えた有名なサイコパス的答えは「そら人類滅びるからやろ」ってものですが、まあそれはおいておいて、理由なんてわかんないです。

人間はいつか勝手に死ぬ生き物であり、メーテルのような永遠の命などありません。

だから、ただあるがままにまかせたい。

生きるってことは究極の暇つぶしです。

暇つぶしの方法は人それぞれで、ゲームをやるもよし、語学をするもよし、何か資格をとるもよし、てっぺんとったるのもよし、ごろごろするのもよし、です。

その過程にちょっとでも楽しさや幸せを感じる一瞬があれば、それでもう生きている甲斐があるんじゃないかな、って思う次第です。

本日はこの辺で、ではまた!