きょうです。
本日もブログ更新です。
外来診療の日でした。
ひとりで頑張って診療していた時は、突然きた不調の患者さんとか、急を要する新患さんとか、頑張ってみていたので、毎日がいっぱいいっぱいでした。

夕方になると、前頭葉のあたりがカッカと燃え盛っているのが本当にわかったのです。
たぶんすんごい脳血流量が活発化していたと思われる。

今は、常時ドクターが2人から最大5人で診療しているので、誰かが誰かをサポートしあう、という感じで、僕自身は余裕を持って診療ができています。

そういう中で、ちょっとみえてきたことがあります。

患者さんは、調子が悪いのをなんとかしてもらおうと、クリニックに通っているわけです。
藁をもすがる思い。

もちろん、それはわかりますし、なんとかしてあげたいのですが、大切なのは、治療者自身が患者さんの焦りに巻き込まれずに、客観的に距離をおきつつ、診療にあたることだと思うのです。

それには、絶対的に、「治療者自身の余裕」が必要になります。忙しい時はそれはできていなかった。と思う。

患者さんの良い悪いに一喜一憂せずに、どこまで我慢しながら、客観視しながら、経過を見守り、冷静でベストなジャッジができるか。

なので、「どういう判断をするか。どういう治療結果を導くか」ということが大切なのではなくて「どのような態度で診療に臨んでいるのか」それこそが実は一番大切なのではないか、と思うようになりました。

結果が良かったらそれでいいやん、ではなくて、そこに至るプロセスを重視したい。

なぜなら、結果オーライの治療には全く再現性がないから、ダメなんです。

治療者自身が余裕を持って、そして客観的態度を持って、治療するためには、治療者自身に時間的余裕や精神的余裕が望まれるのはもちろんですが、もう一つ大切なことがあります。

それは、治療者自身の家族など、大切な人を自分で診ない、ってことです。
これは、精神科医としては、禁忌であるというくらい、大事なことだと、僕は20年の臨床経験を経て思うようになりました。

うまく言い表せないのがもどかしいのですが、精神科医療っていうのは治療者が患者さんを治そう治そうと頑張れば頑張るほどドツボにハマる気がします。

自分が意識しない一言が案外患者さんに刺さったりしますし、狙って言った言葉がスカッと空振りしたりするものです。

精神科医療や精神療法に極意ってものがあるかどうかはわかりませんが、技法よりも、自分の治療態度や、生き様をちょっと見つめていってみようかな、なんて最近思うのです。

経営者、指導者として、マネージャーの比率を増やしたいと言いつつ、やっぱりプレーヤーとしての臨床も、奥が深いものです。でも、マネージャーの仕事も、そして日々の生き様も、すべて臨床につながっていると、僕は考えています。

まあ、またつらつら言語化しながらまとめていきます。
適当に聞き流してください。。

本日はこの辺で、ではまた明日!