きょうです!
ぼちぼち元気に生きてます。
本日は久しぶりの映画評。
「ジョーカー」です。
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「ジョーカーはヒース・レジャーしか認めない」派の僕でしたが、たまたま時間があいたので、ターミネーターを観るか迷った挙句にチョイス。

まず、観た後の第一の感想は

「うーーーーん?これで終わり?」


てところ。

ホアキン・フェニックスの演技も良かったのは良かったけど、

「狂人、そこそこの俳優に演じさせたら、みんな名優扱いになる」的法則が出来た気がする。

ジョーカーの不随意的、衝動的笑いについては、精神医学的にはトゥレット症候群的な捉え方が出来るのかもだけど(そして、向精神薬の投与もされている)、パンフレットによると幼少時の虐待による脳損傷の後遺症、と書かれていた。それと彼の妄想癖(シングルマザーとの恋愛、テレビショーで観客席から司会者に連れ出され喝采を浴びる)も繋がってるのかもだけど、それは環境的要因もあるのか、そこはわかりません。とにかく、トゥレットの人に妄想がある、ということでは絶対的に無いのでそこは強調しておきます。

向精神薬投与が福祉政策の打ち切りにより途絶え、妄想がますます悪化する、このあたりの経過や演出、ビューティフルマインドを思い出しました。

どこからどこまでがリアルでどこからが妄想なのか観てる方も多少混乱するという。。

母親(血の繋がりはない)が妄想性精神障害で、妄想に支配されながら、しかしその妄想が暗い生活の唯一の光となり、介護を受けている姿、このフランセス・コンロイの演技が、実はこの映画で最もキモとなりかつ称賛されるべきものではないかな。

あと、バットマンのお父さんとか、ロバートデニーロ演じるテレビショー司会者とか、いわゆる富裕層の勝ち組が、極めてステレオタイプに描かれてたのもどうなのかな。

そこの発言とかは「事実」ではなくて、ジョーカーの被害的解釈にしてしまった方が、良かったと思うのだけど。

なんかこの映画で貧困層の暴力が正当化され惹起されるとか、そんな懸念もアメリカではあったみたいですが、正直そこまでのメッセージ、影響は無いのではないでしょうか。

つまり、ツッコミどころをしっかり入れまくることで、あえてフィクションとしての映画(日本ではR15指定映画)を成立させている。

バットマンのお父さん、ちょっと殺され損だよなあ。

バットマンも兵器開発にお金投入しまくるならもっと貧困層対策したらとも思わないでもないし、ゴッサムシティに悪がはびこるのは明らかに構造的問題ですよね。

ジョーカーは悪者かもしれないけど社会の被害者でもあり、闘いや懲罰よりも治療が一番必要だよなあ、というのが精神科医なりの結論でごさいます。

闘いのないバットマンと、治療をしっかり受けるジョーカーが観てみたいけど

リブートのリブートのリブートくらいで、そんなゴッサムシティの物語やってくれないかなあ(せんやろうなあ。。)

結局ジョーカーの口は裂けてもなくて、悪い液に浸かって漂白されたわけでもなくて、ジョーカーはこれから毎回悪さするたびにあのメイクをせっせとするという設定になる、というのがいちばんの衝撃だったりしました。

本日はこの辺で、ではまた!