【北部九州ぐるっとボラバス継続しています】

当センターが取り組んでいた北部九州ぐるっとボラバスですが、福岡県の西南学院大学さんと月に1回のペースで継続的に取り組みを続けています。
今回は、10月の活動についてのレポートが届きましたので、ご紹介します。
なお、西南学院大学さんのHPからも活動の様子はご覧になることができます。
<http://www.seinan-gu.ac.jp/volunteer/v_newslist/5318.html>
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10月22日(土)熊本県阿蘇郡西原村にて、被災地NGO恊働センターのご協力のもと、学生教職員12名(学生9名・教職員3名)がボランティア活動を行いました。午前中は、門出田中地区多目的集会施設にて、食器市のお手伝い、足湯、お茶っこ(交流)を行い、雨の中、約20~30名程の方々が足を運んでくださいました。初めは緊張した表情の学生たちでしたが、来てくださった方々と一緒に食器を選んだり、選ばれた食器が割れないように新聞紙で包んだり、お茶やお菓子を一緒に食べながらお話を楽しんだり、足湯とハンドマッサージで手のぬくもりに癒されたりと…それぞれが出来ることを積極的に取り組んでいました。
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午後は、宮山地区の視察、木もくプロジェクト(木材の準備や整理など)のお手伝いを行いました。宮山地区の視察では、震災から半年たった今も被災直後のような景色が広がっており、壊れたままの家屋や危険と書かれた張り紙がされた家、ブルーシートがされた屋根瓦、家から投げ出された家具…など、テレビや新聞の報道だけでは分からない被災地の様子や想いをそれぞれが目と肌と心で感じました。木もくプロジェクトでは、仮設住宅の中で使用する棚のキットづくりをお手伝いました。いろいろな幅や長さ、厚みの材木があったため、最初にそれらを種類ごとに分け、その後、各仮設住宅から出された家具の設計図に基づき、鉛筆で材木に線をひき、仕上げは被災地NGO恊動センターの方が電動のこでそれらをカットされ、棚を組み立てる前のキットができました。これらのキットはボランティアが組み立てるのではなく、仮設住宅にお住まいの方々が組み立てられるとのことです。学生たちは、不自由な生活の中で少しでもすみやすくなるお手伝いができればと、協力し合いながら材木の仕分けや線引きに取り組みました。
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 今回もあたたかく迎えてくださった西原村の皆さま、点を残すための足元を照らしてくださった、被災地NGO恊働センターの皆さま、現地支援者の皆さま、送り出してくださった保護者の皆さまに心から感謝いたします。9月チームから引き継がれた想いは、今回の活動で学んだことや感じたことをプラスし、11月チームへ学生たちがバトンを繋いでいきます。

(参加学生の感想)
・被災地視察では、テレビのニュースで見るよりも衝撃が大きく、被災者の方々の気持ちが景色から伝わってきて涙がこみあげた。
・食器市で選んだ湯のみを見ながら「この湯のみは、亡くなったおじいちゃんにあげるの。生きている時もお茶を入れてあげていたから、今も変わらず毎日お茶を入れてあげるのよ」とおばあちゃんが言っていた。
・沢山の方と交流ができ嬉しかった。これからも継続してボランティアに行きたい!
・グランドゴルフの場所が(瓦礫の)集積所?になっていて今は出来ないと聞いた。グランドゴルフのことを楽しそうに話されていたので、他の場所でも出来たらいいのになぁ…と感じた。
・人と人との交流が、人を支え自分も支えられていることを知った。
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◎引き続きご支援をよろしくお願い致します。
「熊本地震」活動支援金を募集しています。
郵便振替 口座番号:01180-6-68556/加入者名:被災地NGO恊働センター
*お手数ですが、通信欄に「熊本地震」と明記下さい。
銀行から振り込む場合は、ゆうちょ銀行 支店番号:一一九(イチイチキユウ)店/店番:119/当座0068556/受取人名:ヒサイチNGOキヨウドウセンター

11月2日レポート

 被災地では、仮設が立ち並び寒さが近づき住民さんは仮設の冬支度をしていました。仮設の床に断熱シートを張る人、こたつや毛布を買い込む人などがいました。西原村の仮設は少し土地が高いところにあるようで、地元の人には風が強く寒いと感じているようです。
 東日本大震災では、日本赤十字社より家電6点セットを仮設などの被災住民に寄贈しました。しかし、その後の被災地では同じように手配されてはいません。被災者の方は備え付けのエアコンとガステーブル以外はご自分たちで買い揃えなければなりません。どうして被災地が変わればこうして格差が生まれるのでしょうか?


木造_s

仮設_s


 西原村の仮設では、木造とプレハブの仮設で312戸が建設され、棟ごとに談話室と集会所ができつつあり、自治会も決まりつつあります。そこで地域住民の手によるお茶会やボランティアによるイベントも開催されつつあります。仮設住民の中には大人向けのイベントはあるけれど、子ども向けのはなかなかないからということで、手作りのハロウィンパーティーなども行われたそうです。まだまだ手探りですがコミュニティづくりなどの取り組みがはじまっているようです。


談話室_s

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 また、小さな集落がいくつも点在する西原村ですが、いくつかの集落では今後の暮らしの再建について話し合いが始まっているところもあります。第79報でもお伝えしたように西原村から玄海島の復興の様子を視察するツアーを行いました。各地での取り組みを参考にしながら西原村のみなさんは今後の暮らし方を考えていかなければなりません。
 いまでも怖くて自宅に戻れない人、移転をしたいと思う人、そのまま祖先が残してくれた土地に残りたいと思う人、残ると決めた人、残らないと決めた人、悩んでいる人などまだまだ答えは見つかりません。そんな集落が西原村にはいつくかあります。
 「残るのも大変、行くのも大変」という言葉が印象的でした。災害により住み慣れた土地を、思い出のつまった家を、一瞬にして奪われる辛さ、そんな現実をなかなか受け止めきれません。その心の穴を埋めるには時間がかかります。
 いま目の前にある、思い出のカケラをつなぎ合わせながら、また新たな生活を刻んでいく。いまだ壊れてしまった家屋が多く残る被災地では、更地になった土地もあり、主(あるじ)を失った何もない土地に佇むと、なんとも言葉にならず、悲しみがこみあげてきます。ここにどんな暮らしがあったのか、どんな思い出が刻まれていたのか、被災者の一人ひとりにその背景があります。


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 そんな中にも住民の希望が芽生えています。大切畑地区の集落には、SWEETのお店がオープンしていました。口の中でとろけそうなふんわりシフォンケーキを扱う「Sakata Sweet」です。地元の方にも大人気のシフォンケーキはぜひ一度ご賞味ください。住民さんは「大切畑の希望だ」と地震後初めて開店したお店です。こうして一歩一歩震災から立ち上がろうとする姿にこちらも勇気づけられます。


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シフォン_s


 熊本ではいまだ家屋の解体など復旧作業が続いています。復興への道のりはまだまだ時間がかかります。東日本もまだまだですが、それぞれの被災地をどうぞ末永く見守ってください。
                                                                                           (増島智子)


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11月1日レポート

 半年が過ぎた熊本に久しぶりに訪問しました。飛行機の窓から見る家並みにはまだいくつもの屋根にかけられたブルーシートが目につきます。
 報道によると、「熊本地震で最大震度7を2回観測した益城町は31日、唯一残っていた町総合体育館の指定避難所を閉鎖した。御船、大津の両町も同日、最後の避難所を閉じた。いずれも応急仮設住宅の整備が進み、住まい確保にめどが立ったと判断。残る避難所は西原村、美里町の各1カ所で、指定避難所の避難者は計4人となった。」(熊本日日新聞2016/11/1)と伝えています。ピーク時には18万人以上の方が避難していて、余震が続き車中泊の人も多く、その間にいのちを落としてしまった方もおられ、避難所の在り方をもう一度、検証する必要があるのでしょう。今回の熊本地震では、直接死が50人、震災関連死は61人(11月20日現在)に上り、直接死を上回っています。阪神・淡路大震災から21年経った今でも、関連死の問題が解決していないことに憤りを感じます。

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 さて、10月も終わり冬の気配がしている西原村ですが、地震直後にボランティアもお手伝いさせて頂いた唐芋(からいも)の収穫期を迎え、各農家は収穫作業に追われています。私も早速お手伝いさせて頂きました。地震の後で心配をしていましたが、たくさんの唐芋が実をつけていました。ただ、地盤が動いたせいで、畑も土地が沈んでいるところもあり、細長い形の芋がとれるそうです。ふっくら丸々としたお芋が高く出荷できるそうですが、細長いお芋はランクが少し落ちるとのことです。


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 それでも、2世代、3世代家族総出での収穫作業は大変ながらもみなさん生き生きされています。西原村の特産唐芋のシルクスィートはとても甘くなめらかでおいしいです。私が「西原村のお芋はおいしいね」とばあちゃんに話しかけると「芋は飽きた!もうたくさん!」という返事が、でも畑ではとても生き生きし、箱詰めの際には厳しいチェックに目を光らせ、生きがいを感じているようでした。


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 そして、唐芋を貯蔵するのに大切な貯蔵庫も完成間近です。少し大きくなり1000ケースのコンテナいっぱいに収穫したての唐芋で埋め尽くされています。ここで来年まで熟成され出荷を待つのです。


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 地震直後に「農業ボランティア」として農家のお手伝いでボランティアを派遣していた「西原村農業復興ボランティアセンター」として活動していたチームは「西原村百笑応援団」と名前を変えて、いまもなお西原村の農業を支援し続けています。代表の河合さんもいまもなお各地で活躍しています

 農家さんも「ボラティアさんには大変助かっているよ」と笑顔で話してくれました。ボランティアさんがお手伝いすることで、物理的な手助け以上に震災で痛手を負い、時には農業を辞めたいと思う気持ちがボランティアさんとの関係のなかで「またがんばろう」という前向きな気持ちにさせてくれるのです。「農ボラ」確実に心のケアにもつながっているようです。


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 熊本滞在中にはTPP承認案と関連法案が参議院で強行採決されました。農家のばあちゃんは「TPPになったらどうなるんだろうね??」、私が「外国産のものを買わないように不買運動しないとね」というと、「でもみんな安い方にいくからね」と・・・。
 水俣公害病事件の後に、地元の農家さんは無農薬の甘夏をつくり環境汚染を少しでもなくそうとしたのですが、直後にオレンジの自由化になり大打撃を受けたそうです。
公害や地震、水害などの苦しみから立ち上がろうとしているなかで政府はどうしてまた住民を苦しめるような施策を貫こうとするのでしょうか?


シルクスィート1_s


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