2008年08月

2008年08月30日

◆日本の歴史書に対面する場合のポイント(その4)

ダリア☆ダリア☆
花言葉「華麗・移り気・不安定・優雅・威厳・感謝・気紛れ」
季節の花300より








「日本書紀」は、次に古いとされる日本最初の勅撰(ちょくせん)の歴史書で、
三十巻からなり、六国(りっこく)史の第一とされるものである。

舎人親王(とねりしんのう)らが編纂し、養老四年(721年)に完成した。
神代(かみよ・じんだい)から持統(じとう)天皇に至る漢文の編年体
(中国の歴史記述の一形式、史実を年月順に叙述する)の正史で、
日本記・書記ともいわれる。

その作成に関しては、外国の本(とくに中国の史書)や旧九州王朝の史書
(日本旧紀と呼ばれるが現存していない)、あるいは旧勢力の文献を集めて、
継ぎ合わせて書かれたともいわれる。

しかし、記紀では邪馬台国にはいっさい触れておらず、また、「記紀」以前の
歴史書(九州王朝の歴史をまとめた日本旧紀等)や資料等は、記紀成立と
同時に処分されたものとみられ、現存していない。

つまり、時の支配者層にとって都合の悪い内容の記述があったと思われる。

隣国の中国歴史書の中で、日本(倭)や日本人(倭人)について記載したものを
見ると、かなりの数のものに、それらの記載がみられる。

中国の正史二十八のうち、わが国の伝(倭、倭人、倭国、日本、日本国)を記述
したものには、後漢書、三国志、晋書、宋書、南斉書、梁書、南史、北史、隋史、
旧唐書、新唐書、宋史、元史、新元史、明史稿、明史、清史稿、清史の十八史
もある。

しかし、王朝の時代順と正史の成立年代とは、必ずしも一致しているものではなく、
製作年代のもっとも古いものは、「三国志(さんごくし)」である。
この「三国志」中の倭人について述べた部分、つまり、「三国志」の「魏書(ぎしょ)」
の中にある「東夷伝(とういでん)」の倭人傳(わじんでん)の倭人条(わじんのじょう)
の部分を、通称「魏志倭人伝」と呼ばれているのである。

これが倭人が歴史上に登場する、現存する中でもっとも古い文献ということになる。

                  (・・・続く)    BY:塾長 




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2008年08月29日

◆日本の歴史書に対面する場合のポイント(その3)

ひまわり☆ヒマワリ☆
花言葉「あこがれ・熱愛・あなたを見つめる・愛慕・光輝・敬慕・敬老の日・情熱・輝き」
季節の花300より






ある原始的民族の周辺に、その民族よりもっと成立の古い文明国が
存在し、その文明先行国と交流あるいは国交等があれば、文明先行国の
歴史書の中にその原始民族の当時の状況・状態がはっきりと記載されている
場合がある。

それは、子供が記憶していない自己の生い立ちや幼少期の出来事を、周囲の
大人達の日記や会話等で知ることが出来るのと同じである。

日本国内で現存している古い歴史書は、ご存知のように「古事記」と「日本書紀」
である。

これらはともに、8世紀に大和朝廷が、当時残されていた多くの記録や言い伝え
を集め、伝承や神話を集大成してまとめたものである。
天地の始まりという神話から、神の子孫である天皇がどのように国を治め、
どのような歴史的事実・事象があったかを編年体で記述している。

邪馬台国を記した「魏(ぎ)志(し)倭人伝(わじんでん)」もその一つとして集められ
たといわれ、神功皇后(じんぐうこうごう)の摂政39年、40年、43年の条項などの
中国への使いの記事では、特に魏志倭人伝を引用して示し、あたかも神功皇后
が卑弥呼であるかのように推測させる箇所すらある。

「古事記」は、日本最古の歴史書で大和の史書といわれ、稗田阿礼(ひえだのあれ)
が誦習(しょうしゅう)したものを、元明天皇の指示により太安麻呂(おおのやすまろ)
が撰録し、和銅五年(712年)に作成された。

天地創造から推古(すいこ)天皇までの帝紀(天皇の系譜)と旧辞(くじ)、神話・伝説
とからなりたっている。

                         (・・・続く)    BY:塾長



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2008年08月28日

◆日本の歴史書に対面する場合のポイント(その2)

孔雀草☆孔雀草☆
花言葉「可憐・いつも機嫌がよい・飾り気のない人」
季節の花300より








60数年前の終戦(敗戦)の前日まで、当時の軍部と軍関係の権力者は
国民に戦況をウソで固めて流し続けていたという事実があります。

それまで戦争反対を唱えていた人達は非国民呼ばわりされ、一夜明けて
終戦になった途端に、彼等は英雄的・良識ある国民として賞賛された。

常に正義と良識を標榜しているマスコミさえもが、一夜で見事に豹変した
のです。

このように、つい最近の事実からしてもそうなのですから、数百年、数千年前
の史実を記載した歴史書には内容の正確性、信憑性に問題があることを
前提に読み解く必要がある。

しかし、その一方、それが行なわれていない場合は、後世にかなり正確な
記録を(解読の際の誤読発生の可能性を除けば)伝承することができる。

つまり、文字記録を判読することでその国の歴史を知ることができるのである。
とすれば、歴史解明にとって重大な要素は「文字記録」ということになる。

しかし、「文字記録」には発生の度合いと発達の度合いがあることから、記録の
できるのが、その民族の起源からずっと遅れるのが一般的である。

つまり、一般の民衆が記録を持つことができるのは、それよりもずっと後になる。
この結果、特に神話伝承の部分に関して、その解明がほとんど不可能なのです。

大和タケルの大蛇(オロチ)退治は、当時ロシア南方に住んでいたオロチ族
が日本に侵入してきた史実を神話的に記載した可能性がある。

桃太郎にしても、博多湾の沖合いにある宗教的な聖地の沖ノ島に奉納された
貴重な宝物を朝鮮半島の南に住んでいた民族(倭寇と呼ばれる日本人も
含まれる)が奪ったので。これを取り返すために日本から出兵した史実を
御伽噺にした可能性もある。

                     (・・・続く)  BY:塾長





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2008年08月27日

◆日本の歴史書に対面する場合のポイント(その1)

泰山木☆泰山木☆
花言葉「威厳、自然の愛情」
季節の花300より







「歴史」の意味は、人類が生み出してきた社会・国家・文明などの変遷・興亡
の経過。
また、それを一定の体系をもって書き表した叙述・記録。
ある事物の時間的な変化。
「有史」の意味は、歴史として、文字で書かれた記録が残っていることを指す。

古来より、情報伝達・伝承方法として、一つには、「言葉」による「口述」で伝承
する「語り部」の方法がある。

しかし、「言葉」は音声伝達であり、そこには「距離性」や「時間性」の問題がある。
「音声レコーダー」等の音声記録装置が発達した現代ではそれらの問題の解決
も可能だが、音声記録が不可能な時代には正確な伝達は相当に困難であった。

次の、情報伝達、伝承方法としては、残された関係する文字記録を解読し、
そこから推察する方法がある。

しかし、この方法によれば、その内容は記録する本人の意思により変化し、
あるいは、意図的に歪曲させて事実と異なった内容を記載される場合もあり、
これを鵜呑みにすると、歴史の事実が大きくゆがめられる危うさがあるのです。

その代表的な例として、特に中国の歴史表現の場合には、前王朝を打ち破り
次の王朝が誕生したという事情が多く、前王朝、特に前王や前皇帝に関する
記述の部分が、意図的に歪曲して書かれている部分が多い。

このような事例、つまり時の権力者が以前の権力者をおとしめるケースは現代
においても身近な韓国の歴代大統領に見ることが出来る。
大統領が代わると、どういうわけかそれ以前の大統領は犯罪者として逮捕され
最悪の場合は死刑宣告すら受けている。

これだけ一般国民に情報が出回っていると言われている現代においても、
中国産ギョウザ事件のように、ひたすら政府関係者(=権力者?)が公表を
控えていたのである。

                 (・・・続く)  BY:塾長



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2008年08月26日

◆隣の芝が青く見えるのはなぜ? (その3)

くんしらん☆君子蘭(くんしらん)☆
花言葉「貴い・幸せを呼ぶ」
季節の花300より







比較分別の基準が自分と他人とは異なる部分があるのだということを
前提にすれば、その違いによって発生する人間関係上の問題は
かなり軽減できるのではないかと思います。

実は上手な比べ方があるのですが、その前に普段やっている
比べ方について、いくつかの例を出してみましょう。

例えば、仕事の場合。

あっちの仕事の方が楽で収入も高そうだ。
と思う事があるかもしれないが、それは、今の仕事の辛い部分と
別の仕事の楽そうに見える部分を比べているだけかもしれない。

例えば、新しいデジカメを買おうとした時、あるカメラと別のカメラを
比べている様子を見てると、明らかにあるカメラの悪いところと、
別のカメラのいい所を比べている。

気持ちの上ではもう欲しい方は決まっているのに、ただ、証拠が
欲しかっただけなのだ。

面白いことに、これは結婚相手を決める場合にも言える。
A君とB君のどちらかを選択する時に、既に彼女はA君と決めて
いるのに、証拠を確認したい時に、第三者に「A君とB君とどっちが
いいと思う?」なんて質問をしてくる。

もし、B君と言えば、彼女はA君の優位点を並べ立てるのである(笑い)
A君と答えれば、「やはりそうよね!」と証拠を得られて満足するのです。

さて、上手な比べ方とは?

”比べる時は、いい所といい所を比べる。
 悪い所と悪い所を比べる”

・・・という方法です。

隣の芝が青く見える時、それは比べ方が下手なだけかもしれない。

                        BY:塾長


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kyoeizyuku at 17:39|PermalinkComments(0) ●塾長の話 

2008年08月25日

◆隣の芝が青く見えるのはなぜ? (その2)

花虎ノ尾☆花虎ノ尾☆
花言葉「達成」
季節の花300より








自分が成長してきた環境によっても比較分別の基準は他人とは
異なる部分が出てきます。

例えば、九州で生まれ育った人は、気温35度以上の猛暑でも何とか
我慢できますが、東北・北海道に生まれ育った方達には我慢の限度
を超えてしまいます。

都会の人達は緑のない、雑踏の中でも平気ですが、地方の方達に
とっては、かなりのストレスを感じるものです。

このように、比較分別の基準が自分と他人とは異なる部分があるのだ
ということを前提にすれば、その違いによって発生する人間関係上の
問題はかなり軽減できるのではないかと思います。

自分と他人を比べたり、他人と他人を比べたり、モノとモノを比べたり、
・・・これを止めることはできないものです。

とくに、人と比べるってことは、基本的にはよくないことなんですが、
現実的には年中、この比較をやっているのも事実です。

この人と比べる時に、私達は感情的な判断が先に来て、それを
確認するだけのような比べ方をしている時が多いようです。

例えば、よくあるのが、自分の旦那、奥さん、彼氏、彼女よりも
まだ良く知らない人のほうが良く見える時。

私なんか、昔夫婦げんかをして、会社でちょっと事務の女性なんか
が優しく対応してくれたりすると、「この女性は、女房と違って優しいな」
などと考えてしまう。

でも、この場合の「比べ方」をよくよく考えてみると、女性職員の優しさ
を出しているいい時と、自分の奥さんの嫌な面を出している悪い時を
比べているのです。

これは、とても不公平な比べ方だと言えます。

本当にフェアに考えるなら、その女性職員の優しい時と、奥さんの
優しい時を比べるべきだったのです。

そうすると、大半のケースで、今現在の旦那や奥さんの方が自分には
いいなと思えてくるのだはないでしょうか?

                   (・・・続く)        BY:塾長




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2008年08月24日

◆隣の芝が青く見えるのはなぜ? (その1)

孔雀草☆孔雀草☆
花言葉「可憐・いつも機嫌がよい・飾り気のない人」









我々は朝目覚めて、夜眠りにつくまでの間に3000回の選択を
しているそうである。

私自身、本当に1日でそんなに選択しているのかどうかを確認
するために、ある日選択の回数をカウントしたことがある。

朝目覚めて、もう少し寝てようか? それとも起きるか?
・・・という選択から始まって。

たまたま、外出しない日だったが、それでも2267回の選択を
している結果になった。
もし、外出して誰かと会ったりしてれば、確実に3000回を超えた
だろうと思った。

「ああでもない、こうでもない・・・どっちがいいだろう?」と迷いながら
結果として、どちらかを選択しているものだ。

この選択の基準となるものの大部分は「比べる」ということでしょう。

ほんの少しだけ禅をかじった体験からすれば、「分別」であり、「比較
する」ということであり、本来はやってはいけないとされているが、
現実では、常時「比較分別」の世界で生きているのも事実です。

この比較分別の判断基準のもとになっているのは、各人の体験の
記憶からきているのだと思います。

例えば、外食に出かけて、メニューを選択する場合、カレーにするか
ハヤシライスにするか迷ったとする。

どちらを選ぶかは、それまでの体験の記憶で、どちらが美味しかった
かの回数、あるいは美味しさの度合いを選択の判断基準にしている
のである。

もちろん、その時の空腹状態、健康面、値段などの要素もあるが、
優先するのは自分の体験による記憶だと言えよう。

           (・・・続く)        BY:塾長





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2008年08月23日

◆大和言葉と日本人の世界観(その8)

カノコユリ☆カノコユリ☆
花言葉「慈悲深さ・上品・荘厳」
季節の花300より










  ”和歌は日本人の固有な韻文に対する自負と誇り”

 大和言葉で歌われるのが、和歌、すなわち「日本の歌」である。
  和歌は神様を褒め称えたり、恋人に思いを伝える時に使われる特別な
  形式であった。

「いのち」という言葉に根源的な生命力を感じたり、また「恋」という言葉に、
  相手の魂を乞う、そのような濃密な語感を込めて、和歌は神や恋人に
  思いを伝えるものであった。

そのような和歌を集めた歌集として、現存する最古のものが万葉集である。

  雄略天皇(第21代、5世紀後半)の御歌から始まり、農民や兵士など一般
  庶民の歌まで収められたまさに「国民歌集」であるが、その中に使われた
  外来語は16語くらいしかない。

当時の語彙の数は、「古代語辞典」で解説されているものだけでも8千5百語
  ほどあるが、そのうちのわずか16語である。

それもこれらのほとんどは、「法師」「餓鬼」「香」などの仏教用語で、巻16の
  戯れの歌などに使われているのみである。

万葉集は、歌い手としては天皇から一般庶民に至るまで区別なく登場させて
  いるが、外来語は排除し、「大和言葉」で表現された思いを集めようとする
  意図が徹底されているのである。

現存する日本最古の漢詩集『懐風藻(かいふうそう)』は、万葉集とほぼ同時期
  に編纂されている。
  その時期に我が先人たちは中国から入ってきた漢詩に対抗して、外来語を
  排して大和言葉だけの和歌集を編んだ。

  
日本語は歴史的に中国や西洋の概念用語も積極的に取り入れつつ、最先端の
  科学技術論文にも使われている現代的な論理的言語となっている。
  同時に、その根源にある大和言葉は太古の日本人の世界観・人生観をそのままに
  伝える詩的言語である。

 これは世界最古の皇室を戴きながら、世界の経済大国・技術大国であるという
  わが国の姿に良く似ている。
  言葉と国柄とは、 お互いに支えあうもののようだ。「祖国とは国語である」という
  ことを言われた国文学者がいたが、最近の言葉の乱れは、そのまま国の乱れ
  を表わしているのかもしれない。
 
                         BY 塾長




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2008年08月22日

◆大和言葉と日本人の世界観(その7)

ダリア☆ダリア☆
花言葉「華麗・移り気・不安定・優雅・威厳・感謝・気紛れ」
季節の花300より









"天(あめ)、雨(あめ)、海(あま)"

 身近で具象的な神様の元祖が
  「天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」である。
  「天(あめ)」の「御中(みなか)」にいる「主(ぬし)」である。

「天(あめ)」は「海(あめ)」でもあった。
  「天」は「海」のように青く、そこからときおり「雨(あめ)」が降ってくる。

そんなことから、古代日本人は天には海と同じような水域があると
  考えたようだ。

水が大量にある所を「海(うみ)」と言う。
  「うみ」は、昔は「み」とも言った。

  「みず」の古語は「みづ」だが、これも同じく「み」と言った。
  一面にあふれることを「みつ(満つ)」 と言う。

この「みつ」から「みづみづし」という言葉も生まれた。
「瑞穂(みずほ)の国」とはわが国の古代の自称であるが、水を張った
  水田に青々とした稲穂が頭を垂れている姿は、古代日本人のふるさと
  の原風景なのだろう。

        (・・・続く)         BY 塾長




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2008年08月21日

◆大和言葉と日本人の世界観(その6)

カノコユリ☆カノコユリ☆
花言葉「慈悲深さ・上品・荘厳」
季節の花300より












"ねがふ、いはふ、のろふ"

求婚することを古代の日本語では「よばふ」と言った。
「よばふ」とは「呼ぶ」+「ふ」で、「ふ」は継続を意味する。
恋人の魂を「呼び続ける」ことである。

  尚、「夜這い」という語源がこれに関係しているかどうかは
  不明です(笑い)

同様に「妻子の幸せを願う」などと言う時の「願う」は「ねぐ」に「ふ」がついた
言葉で、 「ねぐ」とは「和らげる」という意味。
神様の心を和らげて、何度もその加護を願うことだった。
神職の一つに「禰宜(ねぎ)」があるが、これは神の心を和ませて、
その加護を願う仕事を指す。

同様に、「いはふ」は「言う」を続けること。
神様を大切にする気持ちを繰り返し言うことで、これが「斎ふ」という言葉
になった。

「のろふ」は、「のる」+「ふ」で、「のる」を続けることである。
「のる」は「祝詞(のりと)」、「名のり」などに、残っているように、
「重大なことを告げること」を意味する。
転じて、神様の力を借りて、相手にわざわいをもたらそうとするのが
「のろふ」である。

日本の神様は、それぞれに支配する範囲が決まっていて、時おり、
その地に降りてきて、人間の「ねがひ」、「いはひ」、「のろひ」などを聞いて
くれる。
  その神様に出てきて貰うために、笛を吹いたり、囃したりして、「待つ」
ことが「まつり」だった。
  その動詞形が「まつる」である。

古代日本人にとって、神様とはそのような身近な具象的な
  存在であった。

 (・・・続く)         BY 塾長




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