2008年09月

2008年09月30日

◆報酬減衰の法則

サギソウ☆サギソウ☆
花言葉「しんの強さ・発展」
季節の花300より









「釣り逃がした魚は大きい」とか「失った時に、その価値や大切さがわかる」といったこと
と逆のケースです。

私の子供時代は四方を山に囲まれた小さな村で過ごしたので、動物性タンパク質である肉類
を食べる機会は正月とお盆の2回でした。

それも牛肉や豚肉ではなく、自宅で飼っていた鶏でした。
たまに、川魚や小鳥、猪肉のおすそ分けにあずかることもありましたが、極めて稀でした。

そんな状況だったので、自分で稼げるようになったら先ず牛肉ステーキを食べてみたいという
熱望がありました。

社会人になって、たまたま訓練中にこのステーキが目の前に出された時は「ヤッター!」と
いう喜びで一杯でした。

ところが、そのうちにステーキを食べてもさほど感激しなくなったのです。
つまり、最初の頃に比べてステーキを食べるという「喜び・価値」が低下していったのです。

ステーキ自体の味や品質が低下したわけではないのですが、感激しなくなったのです。

同じような例として、私の後輩が富士山の見える静岡に住んでいました。
遊びに行った時に、私は彼の運転する車を停めてもらい、長いこと真正面にそびえ立っている
冨士を心行くまで眺めていました。

「君は毎日のようにこんな素晴らしい富士山を見ることができていいなー」に対して彼の返事
は「皆さん、そう言います。最初は僕もそうでしたが、今は見慣れたせいかそう感じません」
でした。

これも富士山自体は以前と少しも変っていないのですが、後輩の冨士に対する価値観が低下
したからだと言えます。

大恋愛の末に一緒になった相手にも同じようなことが言えると思うのです。

これが「報酬減衰の法則」です。

良きにつけ、悪しきにつけ、「慣れは私達の価値観や判断力を鈍らせることがある」という
点を知っておくことって、日々の生活の中で大事なことではないかと思います。

                                   BY 塾長





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kyoeizyuku at 07:47|PermalinkComments(0)

2008年09月27日

◆2通りの生死がある

孔雀草☆孔雀草☆
花言葉「可憐・いつも機嫌がよい・飾り気のない人」








先日世界一の長寿だった女性が115歳で亡くなったので、ついに日本女性が世界一になったというニュースが流れていました。

細胞学的には人間はうまく生きれば125歳まで生きることができるそうです。

さて、人間には2通りの行き方があるようです。
「長く生きるか」と「いかに喜ばれるように生きるか」です。

勿論、長く生きれば人の役に立ち、その分喜ばれることもありますが、逆に人に嫌われるヒトはその分迷惑をかけることにもなるわけです。

次に死を考えた場合、普通に言うところの「肉体の死」と「存在の死」との2通りがあると思います。

「存在の死」とは、肉体が死んでも、そのヒトの存在が語り継がれ、そのヒトの生前の生きざまや語った言葉が書物なんかで再現されている場合です。

例えば、お釈迦様、キリスト、マホメット、吉田松陰、坂本竜馬・・・等など。

彼等に共通しているのは、何らかの形で「人に喜ばれること」をしていたからだと言えます。

そう考えると、人間の生きる目的とは、頑張ることや努力すること、そしてお金持ちになったり、何かを成し遂げるという壮大なことではなくても、「人に喜ばれることをして、喜ばれる
存在になる」ことだとも言えると思うのです。

人に喜ばれることは誰にでも出来ます。

これを私は「幸せの蒔きビシ秘法」と呼んでいます。

笑顔で挨拶をすること!  ちょっとしたことでも「ありがとう!」と感謝を述べること!

こんな簡単なことで充分なんです。
手間ひまもかからず、一銭もかかりません。泉のように汲めども尽きることもありません。

佛教でいうところの「喜捨:キシャ」に近い考え方です。
お賽銭みたいなものだし、お願いしても叶えてもらったことがないので私は余り好きではありません(笑)

ところが「幸せの蒔きビシ秘法」の場合は、相手が喜んでくれるという即効性があり、多くの場合、相手も笑顔を返してくれます。

そうすると自分が嬉しくなります。
人に喜んでもらえる生き方をすれば、いつしか喜びに囲まれるようになるのです。

朝起きて、洗面後に先ず鏡の中の自分自身に笑顔で「オッハヨウ!」と挨拶することから始めてみてはいかがでしょうか?

生かされている自分に感謝して、「今日も頼むぞ!」と挨拶するのです。
なぜなら、今日1日誰よりもアナタがお世話になる人なのですから・・・ウン?

                                 BY 塾長




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kyoeizyuku at 08:50|PermalinkComments(0)

2008年09月26日

◆四苦八苦から開放されるには?

菊☆菊☆
花言葉「私を信じて下さい・女性的な愛情・清浄・高潔・破れた恋・真の愛」
季節の花300より







四苦とは、「生老病死」

つまり生まれること、老いること、病むこと、死ぬこと・・・の4つを指しています。
これらはいずれも、自分の思い通りにはならないものです。

八苦とは四苦にさらに4つの苦を加えたもの。

即ち、愛したり、分かれたりすること。嫌な人と顔を合わせなければならないこと。

求めても得られないこと。暑いだの、寒いだの、ああだこうだと自分の感じる不快を言い
続けること。

つまり、このように「四苦八苦」とは、いずれも自分の思い通りにならないことを指して
いるのです。

であれば、これらから開放されるには、世の中って「自分の思い通りにならないことが多い」
のだと思ってしまえば気が楽になるのではないかと思うのです。

つまり、初めから「思いを持たない、または、思い通りにならないものなんだ」と考えれば
この「四苦八苦」から開放されるということになるのです。

「苦」の正体は「思い通りにならないこと」であり、外部から「苦」というモノが勝手に
もたらされるのではなく、全てが自分の内部(心)から生じるモノだということです。

自分の思い通りにしたいという「執着」を取り除けば、ヒトはほとんどの「四苦八苦」から
開放されるのではないかと考えるのです。

お天気は思い通りにならないということを我々は知っているので、お天気向かって怒ったり、
文句を言ったりしません(笑)

これと同じだと考えれば、そんなに難しいことではないんじゃないかと思うのですが・・・

                               BY 塾長





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kyoeizyuku at 07:15|PermalinkComments(0)

2008年09月25日

◆生かされているという実感

孔雀草☆孔雀草☆
花言葉「可憐・いつも機嫌がよい・飾り気のない人」
季節の花300より







「生きるとは?」なんて鋭い質問を塾生から投げかけられて、思わず「ドキッ」としたりすることがあります(笑)

「先ず、生かされてるということを実感して、その命を生かし切るということです!」と答えています。

「生かされていることを、どうやって実感するのですか?」と追い討ちをかけられます(笑)

皆さんは自分の意思で呼吸してますか?

心臓は動かしたり停めたりしてますか?

胃や腸はどうですか?

食べたり飲んだりして、それを自分の意思で消化してますか?

消化したものを、オシッコとウンチに自分が内臓に指示して分けたり、排出してますか?

歯が抜けた時に、そこから爪が生えたりしますか?

つまり、自分の意思とは関係なく生きる為の体の全ての器官が、何かわからないがアナタの肉体を動かしているのではないですか?

怪我をしたり、どこか体の一部が不具合になったら痛みや体調不良で知らせてくれますが、アナタはそうするように前もって指示していますか?

出血したら、血が赤いからわかりますが、汗と同じような色だったらどうですか?

子供がアナタの性格や体つき・顔つきが似るように工夫してますか?

これらを実感すれば、アナタの意思とは無関係に何らかの意思や指示でアナタの肉体は生かされていると思いませんか?

つまり、肉体も心も借り物かもしれないと思えば、借りている間(寿命)はこれを存分に楽しく活用することではないかと思うのです。

人間として生まれさせてもらった命を生かし切って、できればこれに感謝して、楽しく人生を送ることではないかと思うのです。

嫌われるゴキブリや蚊ではなく、人間として生まれさせてもらったのですから、人の世を大いに楽しみ、少しは他人の役にも立てることをすれば、これが「生きること」と言えるのではないかと思うのです。

                              BY 塾長 



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kyoeizyuku at 06:44|PermalinkComments(0) ●塾長の話 

2008年09月24日

◆「悟りとは、あるがままを受け入れること」

カノコユリ☆カノコユリ☆
花言葉「慈悲深さ・上品・荘厳」
季節の花300より







約4ヶ月間、私は「悟りって何だろう?」と考えてきました。

禅導師の知人は「ただ、座禅をすれば悟れます」と言い、ある僧侶は「欲を捨て切ることです」
と言いました。

座禅や瞑想をしてみても、心を無にすることなんか出来ませんでした。
瞑想をすれば、するほど心は迷走するのです(笑)

欲を捨てようとするほど、「悟りたい」という我欲が強くなってくるのです。

こんな方法は私みたいな凡人・俗人には向いてないということだけは悟ること(?)が出来た
のです。

そこで、何故悟りたいと思ったのかを考えていたら、何のことはない、自分自身がもっと楽に
生きていたいからという理由だったのです。

では、「楽に生きるにはどうすればいいのか?」を考えてみました。

そして、健康法の1つとしてやっている腹式呼吸の途中で息を止めた時に気づいたのです。
息を止めると苦しくなります。止め続けていると死んでしまうのです。

意識的に呼吸を止めるから苦しくなるのですから、呼吸を無意識に、自然にすれば楽になると
いうことです。

つまり、楽に生きるということは、呼吸と同じで本来自分に備わっている呼吸器官をあるがまま
にさせておくことと同じではないかと思ったのです。

自分の周辺に起こってくる事象・人間関係を、「そのまま自然にあるがままに受け入れる」こと
ではないかと思ったのです。

アホで愚かな自分自身も、これでちょうどいいんだと受け入れ、全ての事象も何か意味と価値が
あるから起こっているんだと思い。

他人も、コチラから一切注文を付けずに、あるがままを一旦受け入れるようにしてみたのです。

結果は上々!

「何事も自分の思い通りにしようと考えずに、あるがままを受け入れる!」と楽になるのです。

よかったら、一度試してみませんか?


                                 BY 塾長 



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kyoeizyuku at 21:53|PermalinkComments(0) ●塾長の話 

2008年09月23日

◆類は友を呼ぶ

孔雀草☆孔雀草☆
花言葉「可憐・いつも機嫌がよい・飾り気のない人」
季節の花300より







ある日、アナタの前に今までと違った種類(?)の友人が現れたとしたら、それはアナタが変ったからです。

アナタの「身(シン)、口(ク)、意(イ)」がそれまでと変ったからです。

意:意識、思考が変れば⇒口:言葉が変り⇒身:行動が変る

この結果、アナタ自身が出している波動・エネルギーの波長が変り、それに同調(バイブレイト)する、それに見合った人達がアナタの周囲に集まり始めるのです。

アナタが他人の悪口を言う人であれば、同じように他人の悪口の好きなタイプの友人が。

アナタが他人の悪口を言わない人であれば、同じように他人の悪口の嫌いなタイプの友人が。

アナタが金儲けが好きなら、やはり金儲けの好きな人が集まってきます。

趣味の仲間も、ボランテイアの仲間も、宗教のグループも・・・同じことです。

そして、「朱に交われば赤くなる」のです。
良くも悪くもです。

アナタがある人を嫌いなのに、その人から好かれようと思ったとしても、それは無理なことです。
アナタはその人の前で、嫌いだという波動を出しているのですから、相手は何となくそれを察知するからです。

よく「何となく気が合わない」という言葉がありますが、この場合の「気=波動」が合わないということです。

「何となく居心地が悪い」というのも、その場の持っている「気」がアナタの発している波長と合わないからなんです。

                               BY 塾長                                  



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kyoeizyuku at 10:00|PermalinkComments(0) ●塾長の話 

2008年09月22日

◆すべてが、アナタにちょうどいい

サギソウ☆サギソウ☆
花言葉「しんの強さ・発展」
季節の花300より








「大蔵経」という佛教の解説書のなかに、こんなことが書かれています。

今のアナタに、今の親がちょうどいい。

今のアナタに、今の兄弟がちょうどいい。

今のアナタに、今の友人がちょうどいい。

今のアナタに、今の仕事がちょうどいい。

今のアナタに、今の夫・妻がちょうどいい。

今のアナタに、今の子供がちょうどいい。

今のアナタに、今の生活がちょうどいい。

そして、死ぬ日もアナタにちょうどいい。

すべてが、アナタにちょうどいい。

すべてが、「今のアナタに見合った形で整ってくる」のかもしれませんね。

今日のアナタは昨日までのアナタが歩いて来た道の延長線上を歩いているからです。

                               BY 塾長                               




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kyoeizyuku at 05:02|PermalinkComments(0) ●塾長の話 

2008年09月21日

◆念じても思いは叶わない

孔雀草☆孔雀草☆
花言葉「可憐・いつも機嫌がよい・飾り気のない人」







ただひたすら念じるだけで思いや希望が叶うなら、こんな楽なことはありません。

素敵な彼や彼女に好きになってくれるように、いくら念じても、アナタ自身が彼や彼女に
とって魅力がなかったら、永久にアナタを振り向いてくれないのです。

特別の修行をした人はどうか知りませんが・・・(笑)

「念ずれば、花開く」と言われた私の好きな坂村真民先生は、「強く念じながら、その思いを
 実現できるように努力すること」だと仰っています。

成功哲学の本に「念じなさい、さすれば未来が呼び寄せられる」とか「強く念ずれば、思いは
通じ、夢が実現する」とか書いていますが、いずれも大いなる誤解を与えかねないと思います。

素敵な彼女に好きになってくれるように、いくら念じても、アナタ自身が彼女にとって魅力が
なかったら、永久にアナタを振り向いてくれないのです。

なぜなら「念」という言葉に「未来」という概念はないからです。

「念」は「今の心」という意味で、過去でも未来でもなく、ただひたすら「今、この瞬間を
 大事にしなさい」と言っているのです。

つまり、「今」を大事にしているヒトは、「今」を大事にしている結果としての「未来」が
あるのであって、ただ念ずれば棚からぼた餅なんか、いつまで待ってもおっこちては来ない
のです。

普通の常識で考えれば簡単にわかることです。

受験シーズンですが、受験生はずっと「過去の今という時を連続して、頑張って努力した」分
しか実力はついてないし、今更神仏に祈っても無駄なのです。

気休めにはなるでしょうが・・・数十万の受験生の願いをいちいち聞いてくれるほど神様は
暇じゃないし、お祈りの多い、お賽銭の多い順番にしか神様は対応してくれないのです(笑)

要するに「念ずる」とは、今この瞬間に目の前にいる他人に一生懸命尽くすこと。
いま、目の前にあるなすべきこと(勉強、仕事・・・等)をただひたすら懸命にやることだと
言えます。

                              
                               BY 塾長






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kyoeizyuku at 06:04|PermalinkComments(0) ●塾長の話 

2008年09月20日

◆あるサラリーマンの朝

カノコユリ☆カノコユリ☆
花言葉「慈悲深さ・上品・荘厳」
季節の花300より







目覚まし時計が鳴らなくて、いつもより30分寝過ごした独身のサラリーマンの話です。

あわてて洗面所に駆け込み髭を剃ったのですが、急いでいたので少し顎を切ってしまった。
トーストとコーヒーの朝食をとる時間がなくて、スーツのポケットにネクタイを突っ込んで
玄関に飛び出した途端に、つまずいて転びそうになってヒヤッとした。

イライラしながらバスに乗り込んだ直後に財布と定期券を忘れたことに気づき、あわてて
乗ったばっかりのバスを降りて、アパートに引き返した。

完全にこの分だと遅刻すると思いながら、バスを降りて走って会社の前の横断歩道に来た。

信号が青に変ったので、急いで渡ろうとした瞬間左折してきたタクシーにぶつかりそうに
なって、運転手から「バカやろう!あぶねーじゃねーか!」と怒鳴られた。

エレベーターを使わず3階の事務所に駆け込んだ。
10分の遅刻だった。課長の鋭い視線を感じて「遅くなってスミマセン!」と挨拶した。

彼は自分のデスクに座って、額の汗を拭いながら「あーあ、マイッタ!今日はついてない!」
とため息をついたのです。

そして、その日はまさに「ついていない1日」でした。
よくある話ですよね(笑)

「あーあ、マイッタ!今日はついてない!」と考えたことが陰転(マイナス)思考の始まり
なのです。
この結果、その日に起こる全ての事象をこの陰転(マイナス)思考で過ごしたことによって、
「ツイテない1日」になったのです。

⇒では、彼が陽転(プラス)思考だったら、どう考えるのでしょうか?

〔楹个泙兄計は壊れることもあるし、電池が切れることもある
          ↓
 定期的に電池交換しよう。念のために2個セットしておこう。

髭剃りで少し切った
     ↓
 少しでよかった、切った場所も目立たなかったし

8軸慇茲任弔泙困い禿召咾修Δ砲覆辰
     ↓
 ヒヤッとはしたが、実際に転ばなかったので、よかった。

ぅ丱垢望茲辰芯掌紊頬困貶に気づた
     ↓
 降りる時になって気づいたら、もっと時間を要しただろうし、恥ずかしい目にあっただろう。
 また、無賃乗車で会社に問い合わされたかもしれない。

ゥ織シーに追突しそうになり、怒鳴られた
     ↓
 実際に追突しなくてよかった。

Γ隠以の遅刻で課長から一瞥された。
     ↓
 大声で怒鳴られなくてよかった。

С段を駆け上がって大汗をかいて疲れた
     ↓
 日頃の体力不足を自覚できたので、よかった。明日からエレベーターを使わないようにしよう。

そして、「あーあ、寝坊したけど、大事な会議や取引先との待ち合わせがなくて、よかった。
今日はツイテルぞ! さー、一服して頑張るぞ!」

その日の彼の仕事振りはどうなったと思いますか?

起こった事象は同じですが、それをどう解釈し、考えるかで人生は変ってくるのかも・・・・

                               BY 塾長





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kyoeizyuku at 20:12|PermalinkComments(0)

2008年09月18日

◆「今」に感謝する

ダリア☆ダリア☆
花言葉「華麗・移り気・不安定・優雅・威厳・感謝・気紛れ」
季節の花300より








私達は絶えずさっきまでの過去から遠ざかり、数秒後の未来に向かって人生という生命の
旅を続けています。

ということは、現在、今この時が一番大切であり、そこでしか生きていないことになるの
です。
なぜなら、幸福を感じるのは現在の自分でしかないからです。

だから、今の自分をそのまま、丸ごと好きになるしかできないし、それでいいのです。
自分を丸ごと愛せなければ、他人を愛することはできません。

嫌な点や欠点もある自分を丸ごと認めることができなければ、他人を受け入れることなんか
できません。

ところが、グチを言ってる人の多くは既に過ぎ去った過去からわざわざ不幸な体験を引き
寄せ、未だ見ぬ将来に不安をわざわざ見出して、「今」という大事な瞬間を不幸でマイナス
な色で塗っているのです。

どんな人でも過去が全て幸せで、未来に何の不安もないということはありません。

幸せ感を得る人は、過去の良き体験のみを思い、未来の良き予想のみに意識を向けるように
する人です。

こうすることで、「今、現在」を幸せ色に染めるのです。
そして、バラ色に染まった「今」の瞬間に感謝することが、今日1日を感謝することになり
明日も明後日もこのように感謝し続けることで、運命は少しづつ好転していくものです!

禅や茶道に「一期一会」という言葉があり、佛教にも「感謝行」というのがありますが、
同じことを言っているのです。

今現在、苦しいことがあるとしても「苦しみの背後に喜び、楽しみが隠れている」ことを
忘れないで欲しいものです。

雪の下に埋もれている小さな花の命も、シッカリと土の下へ下へと根を伸ばしながら、来る
べき春の芽吹きに備えているのです。

天地自然から学ぶことの多いことに痛感させられます。

                                BY 塾長   






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kyoeizyuku at 07:28|PermalinkComments(0)