●ご挨拶

2006年10月28日

◆ 子供達へ英語教育?

おけら☆おけら☆
花言葉「恋によって身が細る」
季節の花300より







今後の国際人、国際感覚を養うことを目的にして、小学生に英語教育を導入する理由が
理解できません。

そもそも国際人とは何でしょうか?
外国に国際人と言う名称すらないのですが、この時点になっても明治初期の西欧文明に
追いつけ追い越せの劣等意識があるのでしょうか?

当時、英国を始めとする西欧諸国は日本人を「貧しいが、これほど礼儀正しく、気高い
民をかって見たことがない」と一様に評価していました。

つまり、物質的には恵まれないが、精神的に豊かな民族だということです。

私は30数年間、仕事の関係で世界32カ国、67都市に滞在していました。
その間、親しくなった外国人から聞かれた共通の質問は日本の文化であり、日本の歴史や
日本人の精神、宗教についてでした。

日本人は英語が喋れるかという質問は一度もありませんでした。
シエイクスピアやニーチエ、カントを知ってるかという質問も受けたことはありません。

しかし、茶道、俳句、華道、天皇制、万葉集、源氏物語、武士道・・・といった日本の
文化に関することは、諸外国の知識層から聞かれたことはたびたびあります。

また、日本独自の空手道を数カ国の子供達に教えて喜ばれたこともあります。

国際人(あるとすれば)とは、自国の文化や歴史をちゃんと説明できる人間でなければ
認められないということです。

英語が喋れるだけで国際人と大いなる誤解をしている人達もいますが、英語圏では誰でも
喋ります。米国では英語が喋れても自分の名前さえ書けない人も沢山いますが。

武士道を著したキリスト教徒の新渡戸稲造も、日本人の精神性が宗教によるものではない
ことに驚いた外国人神父の質問に答えるべく、改めて日本人の倫理・道徳の精神的規範が
「武士道」に起因していることに気づいたのです。

英語より、日本人として、世界に誇れる日本の文化を先ずは教えることが先決です。
英語より、母国語である美しい日本語を小学生に教えることが大事です。
たどたどしい日本語と片言の英語を喋れる日本人を作る意味と価値がどこにあるという
のでしょうか?

言葉は道具・手段に過ぎないのです。
身体に例えれば、指先です。 樹木に例えれば枝葉末節です。

日本人としてのバックボーン(背骨)を先ずは作るのが教育の基本であり、基軸です。

新総理も所信表明でやたらカタカナ英語を散りばめていましたが、まさに英語(米語?)
国かぶれか、従属意識の表れのような印象でした。

米国かぶれの取り巻き連中の作成した原稿に「ウン?」と違和感を感じないのは、ちゃんと
した日本の歴史や文化を学んでいないことを暴露していることだと思います。

歴代の総理が諸外国、特に中国から無学ゆえに「アンタは小物だね」という意味の色紙を
貰って嬉々としていた轍を踏まされる前に、シッカリと日本人としてのアイデンテイテイ
とは何かを学ぶ必要があると思います。

学べば、小学生に英語教育を実施することが、いかに愚かなことかがわかるはずです。

かって、日本が植民地に日本語と桜の木を植えたように、米国の植民地を認めるような
愚かな政策を取るべきではないと思います。

                             BY:塾長 




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2006年07月04日

◆知人の子育て実践法(その15)・・・それぞれの適性と才能

菩提樹☆菩提樹☆
花言葉「結ばれる愛・結婚・熱愛・夫婦の愛」
季節の花300より








長男の中学の卒業式の時、先生方から「スピーチの上手な生徒」とのお言葉を頂いた
のは僕にとって大きな自信になりました。
  
私は早くからこの方面の子供の才能をうすうす感じていたからです。  
子供はそれぞれ必ず何らかの才能の種を神様から与えられて「生まれてきている」
ものだと信じているからです。
  
現在の偏差値中心主義の教育体系では、この才能は点数になりません。 
記憶技術や集中力を持続させる才能に恵まれている子供だけが勝利者になります。
(今の受験制度の教育を批判するつもりは全くありませんが)

ひとつの不満や批判をクリアすれば、必ず次の不満が現れるのが社会であり人間のサガ
だからです。
  
長女も次女もそれぞれ別々の適性と才能を持っていると信じていますし、それを腐ら
せることなく、顕在化させることを歓びとし、ナスビの子供をキュウリに育てることが
親の務めではないからです。
 
このときに功をあせると、子供をせきたてたり、先回りしたくなるものです。
ちょうど半狂乱のようになって、長男にピアノの練習をさせていた嫁です。 
普段はやさしすぎるくらい、やさしい女性なのですが・・
  
ここが先に生まれた者の我慢のしどころです。
  
どう管理し躾をするかではなく、どこまで管理せずどこまで目先の躾にとらわれず待つ
ことができるか? 
しかしタイムリーなポイントでは的確に関わるか?
こういった賢明な判断が求められます。

料理の上手な人は、わかると思いますが素材をやたら油やソースやタレで加工し食べ
させる料理は底が浅いことを。 
料理を本当に理解していけば、素材の持つ特性をどう引き出し、利用し、花開かせるか
を巧みにやっている人が「レベルの高い」料理人です。
 
長男はその後、スピーチ関係は得意分野になり、弁論大会では必ず選手としてに声が
かかるとか、クラス対抗ディペード大会は3年間優勝、小論文の試験は学年一番、など
表現することに関しては、鮮やかにやれるようになりました。

普段はおとなしいのです。 しかし、練習を含め、やっていると楽しいと自分で言って
いるのが何よりの証拠です。 
それをやっていると時間を忘れ、飯も一食か二食、食べるのを忘れるくらい楽しいなら
最高です。

社会に出たときこの能力がどれだけ役に立つかまだ、本人は知る由もありませんが私は
大体想像がつきます。
 
レベル的には高校卒業時点でテーマを決められ、1週間の時間があり、質を問わなければ
1000人の前で30分間くらいはペーパーなしで落ち着いてスピーチができるくらいだ
と思っています。

長期間に渡り、父親叱られ過ぎて人と話すのが怖く、まともな対人関係すら築けなかった
私の子供時代からは隔世の感があります。 
この頃の私だったら、たとえ1分間でも無理でしょう。
  
長女は絵を書くこととか、大人顔負けの服のセンスとかに才能があるようです。 
次女は語学関係が楽しいと言っています。今年、高校生になり日曜以外は毎日12時間
教室で勉強し、夜は宿題をこなし、国立大学の好きなところに行きたいと張り切っている
ようで、泣き言は言っていないみたいです。
兄に習って、時々休みの日には自主的に家の近くを走っているのを見かけます。 
美容のためでしょうか?
     (・・・続く)
BY:塾の支援者





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2006年06月29日

◆知人の子育て実践法(その10)・・・長男が生徒会長に立候補(1)

アベリア☆アベリア☆
花言葉「謙譲」
季節の花300より






中学2年で長男が生徒会の顧問の先生から「生徒会長に立候補したらどうか?」と言って
くださった夜、そのことを聞きつけた僕が「どうするんだ?」 と聞くと「自信が無い」
と言う返事でした。

普通の親なら「自分で考えろ」と言うところでしょうが僕は「俺に任せろ」
「明日、先生にやってみますと返事したほうがいい。」でした。

まあ、おせっかいですが最初のきっかけだけは手伝うつもりでした。

長男も内心「うるさいなー」でしょうが、ある計画があったので半ば強引に押し切りました。
次の日、会社で緊急の仕事だけを片付け、社長室にこもり生徒会長の立候補演説の原稿を
念入りに作成しました。

中学生レベルに作るのは普段の何倍もの難しさがありました。
こんなことをするのはおせっかいだと百も承知の上です。

社会に出ると人前でスピーチや挨拶、結婚式の祝辞、朝礼、謝辞、さらには仕事上の
プレゼンテーション能力、交渉力、親和力などなど、話し方の能力は学力の何倍も重要です。
この能力が高いと出世や、社会的、経済的な成功の確率が飛躍的に高まります。

外国に行けば日本よりさらに要求されるのです。
「沈黙は金」ではなく「サイレント イズ フーリッシュ」つまり「沈黙はアホ」なんです。

この能力を実践の場で磨くのに生徒会長は絶好のポジションなのです。
さらには会運営には困難が伴います。
人はなかなか思うように動かないことが早いうちに体験できます。

部活のキャプテンと同時進行ならなおのこと大変でしょう。 そんな計算が働いていました。
これを自信があると言ったら自信過剰です。

知っていて「なんとかなるさ」とおだてました。 意外と悪党かもしれません。 (笑い)
そして対抗馬の生徒の探りを入れ 戦術を練りました。  まるで選挙参謀です。(笑い)


                (・・・続く)


BY:塾の支援者




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2006年06月17日

■自分の目標ただ一点に心を置く。

ユリ☆百合(ユリ)〔黄色〕☆
花言葉「陽気・飾らぬ美」
季節の花300より







共栄塾で「人を相手にせず、天を相手にする」ということを学びました。


他人からどう見られているかを気にしていたら悩みが出てきてしまいます。

そうではなく「天は、自分に何を望んでいるのか?自分が生まれてきた天命とは何なのか?」を考え、自分の人生の目標ただ一点に心を置くようになると、人から何と思われようが気にならなくなり悩みも無くなっていくということでした。


私は、研修医として病院の救急部で働いていますが、医者と看護師では仕事の領域に重なる部分が出てきます。

例えば、患者様への問診などです。

また、ベテランの看護師さんは早く患者様の診療を終え、ベッドを空けることを考えています。


そのため、自分は、看護師さんに遠慮して問診をしなかったり、ベテランの看護師さんに気をつかって、自分の勉強のためにある程度時間をかけて患者様を診療するよりも、仕事を早くさばくことを心がけていました。


でも、このようなことを続けていても、決して人から頼られる良い医者にはなれないと思いました。

そこで、塾長に電話で相談したところ、

「人を相手にせず、天を相手にしなさい。自分が将来本物の医者になるには、研修でしっかり実力をつけなけれないけない。国が認定した研修病院で働いているのだから、看護師さんに遠慮する必要はありません。いや、むしろそこは遠慮してはいけないところなのです。そして、そうやって君が力をつけることが、これから出会う患者様にとっても良いことになるのです。」

というアドバイスを頂きました。


自分が、目標を見失い、人に気をつかうことばかり考えていたことに気づかされました。


それからというもの、自分は「自分は本物の医者になるんだ。患者様からも、医療従事者からも信頼される良い医者になるんだ」という目標一つに気持ちを置くようになりました。

すると、周りの人間から何と思われようがほとんど気にならなくなり、一生懸命仕事と技術の向上に専念できるようになりました。



(BY 塾生:中島)



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kyoeizyuku at 03:07|PermalinkComments(0)

2005年08月16日

■ご挨拶

☆衆知共栄塾のミッション

衆知共栄塾のミッションは、人に自分の天分に気づいてもらい、その能力を引き出すお手伝いをすることです。

年齢、性別、職業の有無は問いません。

当塾は、皆が一人一人の人間として、それぞれの言葉で語り合い、学び合い、成長していく場です。


☆塾長の信条

■全ての人は「あるべき正しい原則」を学べば、自らを治め「あるべき姿」に成長していく。

■全ての人は「無限の潜在能力」を与えられている。

■自分を信じて、最初の一歩を踏み出すことである。
思いは必ず実現する。

■「謙虚さ」と「感謝の心」があれば、人生は自ずと好転する。

●私は無能であり不完全な人間であることに気づいたが故に、学び続けているのです。

●私は傲慢で貧しい人格なので、あるべき姿を目指しているのです。

●私は指導者ではありません。
「気づき」のお手伝いをさせていただくことしか出来ません。
「どうあるべきか、どうなりたいか」を皆さんと共に学び合い、豊かな人生の喜びを分かち合いたいのです。

●私の学んできたことを、つたない内容ではありますが、皆さんにお伝えし、それが結果として、皆さんの人生成功の糧として、少しでもお役に立てば、幸いです。


塾長 田中天元



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