●研修医日記

2007年10月27日

感謝をしている人には、幸福が訪れる。

きんもくせい
☆金木犀☆
花言葉「謙遜・真実」
季節の花300より 






産婦人科を回っているときに、あるおばあちゃんを患者さんとして受け持ちました。
おばあちゃんは、卵巣腫瘍が破裂しており、お腹に水がたまり動けない状態だった。
もう僕たちも救命は厳しいかなと感じていたし、おばあちゃん自身もきっと死を覚悟していました。

おばあちゃんには、知的障害を持つ一人の息子さんがいました。
ご主人は既に他界されていました。
85歳という高齢ながらも、一人で自活し、息子さんの面倒もみられていました。

おばあちゃんは、いつも感謝をしていました。
僕が会いに行くと、「ありがとうございます」。
看護師さんが、処置に来ると「ありがとうございます」。
かわいいおばあちゃんで、皆の人気者でした。

毎日朝一でおばあちゃんを回診し、状態を把握し、早めに治療の指示を出していった。
僕は、朝、科長回診が始まる1時間前には病院にいって、回診をするのをモットーとしています。

それは、
〜瓩患者さんを診ることで早期に治療をしていける、また、⊂綉薜紊指示を出す前に自分で治療方針を考えることができ自分の力になる、K擦靴ぞ綉薜紊癲⊆分が朝早く回診をしておくことで、安心してゆっくり病院に出てくることができる
といった利点があるからです。

何とか腹水の量を減らし、手術を行える状態まで持っていくことができました。
いちかばちかの手術でしたが、無事成功し、術後の経過も非常に良好で、おまけに腫瘍は良性でした。

退院前におばあちゃんと看護師さんたちと一緒に写真をとりました。
おばあちゃんは、寿命まで命を全うすることだろう。

僕は、一生懸命頑張れば奇跡は起こること、そして、感謝をしている人には幸福が訪れることを学びました。



                    BY 塾生(研修医)

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2007年06月13日

■心に触れる医療 〜治る治らないの関係を超えて〜

b339f5b0.jpg☆チューリップ(赤)☆
花言葉「愛の告白・愛の宣告・美しい瞳」
季節の花300より






これは精神科の開業医、浜田晋先生の話です。

浜田先生の患者さんに、B子さんという心身症の患者がいました。

彼女は、浜田先生の診療所に訪れるまで、4年間かけて一流病院を8箇所も回っていました。「どこに行っても治らない。」・・・悩み抜いた末、浜田先生の診療所に来たのでした。

左足の疼痛と、腹がはってぐるぐるする感じがあり食事が取れない、というのが症状でした。

彼女は、一流病院、一流大学、一流老人科医、一流神経科医によって、既にありとあらゆる「治療」を受けていました。

しかし、彼女は絶望していました。表情も硬く言葉もむしろ少なかった。
診察のときの態度も、無愛想で拒否的で「今さらこんな町医者のところにきて何になる!」といった雰囲気だったそうです。

浜田先生は、その日はあまり話は聞かず、ゆっくり時間をかけて体のすみずみまで型どおりの診察を行い、軽い薬を与えてB子さんには早めに帰って頂きました。
 
すると、まもなくB子さん担当の保健婦から連絡がありました。
「B子さん大変喜んでいましたよ。先生は丁寧に診てくださるって」 

3度目の面接でB子さんはこう言ったそうです。
「先生には本当に感謝しています。こんなによく診て下さって。ほかのところはこんなんじゃないですよ。先生は心強い。私のはなかなか治らない難病なの。でももう治らなくていい・・・・。ここへ一生かかります。」

B子さんは、浜田先生の暖かく丁寧な診察に感銘を受けたのでした。
なぜなら、今まで訪れてきた一流医は、ほとんどB子さんの身体には触らなかったからでした。一流医とB子さんとの関係は、すべてが画像やデータを解してだけの関係だったようです。

浜田先生がお腹を触り、心音を聴いた時、B子さんはなぜか「ほっとした」と言うのです。「しっかり診てもらった」という実感をもったそうです。

身体を触る診察には、患者さんを癒すような、暖かい人間的な触れ合いがあるのだと思います。そして、このように身体を診ることで浜田先生はB子さんに「心」を通わせることができたのでした。

B子さんは、たとえ治らなくてもいいから、自分を安心させてくれる浜田先生に診てもらいたいと思ったのです。一流病院にはなかった癒しが浜田先生のところにはあったんだと思います。

現代医学は進歩し、その恩恵は私たち人類にはかり知れないものを与えてくれました。画期的な薬や治療法が編み出され、今まで治らなかった病気が治るようになりました。
 
しかし、最も基礎になければならない「何か」が失われているのではないでしょうか。
私はその「何か」とは、浜田先生のところにあった癒し、すなわち「人間的な温もりや優しさ」だと思っています。
 
「医は仁術」という言葉がありましたが、この「人間的な温もりや優しさ」こそ、「仁」であり、医の原点なのかもしれません。
 
B子さんは、2ヵ月後騒音の激しい家から念願の郊外に転居しましたが、転居して3週間後発熱、肺炎を合併して亡くなったそうです。
2ヶ月間、浜田先生のもとに通いましたが、診療の際ほとんど病気の症状の話はなかったそうです。ご主人の話や好きな芝居の話を楽しそうにされていました。
肺炎になってからは「浜田先生のところに行きたい」と死ぬ間際まで言っていたそうです。
 
浜田先生とB子さんの関係は、「治る治らないの関係」を超えたところにありました。
たとえ治らなくても、浜田先生のところに行くと、病気のことを忘れられるし、安心することができました。幸せな気持ちになれました。

この浜田先生とB子さんの話には、現代医学が忘れ去ったもの、これから21世紀の医療に必要とされるものが凝縮されていると思います。
それは「患者さんの心に触れて癒す医療」であり、「人間的で暖かくて優しい医療」です。

私たちは、もう一度「医療の意味と価値とは何なのか?」を考える時期に来ているのだと思います。


BY 塾生(研修医)



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2007年05月19日

■公衆衛生学会 その2 〜高齢者に生きがいと安心感を〜

花梨☆花梨(かりん)☆
花言葉「可能性がある・豊麗・優雅・唯一の恋」
季節の花300より






衆知共栄塾の塾生で研修医2年次のものです。
前回に引き続き、公衆衛生学会で感銘を受けた話を報告します。

産業医科大学の松田先生の「国民をより健康にし、かつ医療費を下げるにはどうすればいいか?」という話でした。


日本の医療費が上がっている理由の一つに、高齢者が病院や施設をなかなか退院したがらないことがあります。

なぜ高齢者は病院・施設から出たがらないのかという点で、松田先生は「退院すると生活の安心感がなくなること」と、「病院から出て自宅に戻ると生きがいが減ってしまうこと」を挙げていました。


病院では、毎日朝昼晩、看護師さんが体温や脈拍を測りにきてくれます。
食事も健康な病院食が出てきます。
そして、何かあればすぐに医師がかけつけてくれます。
病院や施設は、高齢者にとって大変な安心感があるのです。

また、病院・施設には、話し相手のお友達がたくさんいます。
また看護師・医師・理学療法士・薬剤師さんなどの職員も話を聞いてくれます。

施設では、皆でカラオケを歌ったり、絵を描いたり、習字をしたり、色んなレクリエーションがあるため、楽しくて高齢者は生きがいを感じることができます。

退院してしまうと、これら安心感や生きがいが減ってしまうのです。


実際私も、自分が担当した患者さまで、大変病院好きの方がいらっしゃいました。
その方は、脳血管障害、心臓病、糖尿病など色んな病気を持っていました。

「長く入院したい」「色んな先生がいて安心できるんです」とおっしゃって、長期入院を希望されていました。

僕は、このとき「なぜこの患者さんは、こんなに病院が好きで長く入院したいんだろうか?」と疑問に思っていましたが、今回の松田先生の話を聞いて謎が解けました。


では、高齢者が退院しても、安心感や生きがいを持てるようにするにはどうすればいいのでしょうか?


安心感を提供するために、松田先生は「施設で行われている看護ケア・介護ケアを地域に展開する新しい仕組みをつくる」を提案されていました。

現在一部で行われている在宅看護、在宅介護をさらに地域に拡大していくことでした。

しかし、そうなると住居間の移動が大変なため、医師・看護師・介護士の負担は今以上に大きくなります。

よって、できるだけ少ないコスト・エネルギーで高い効果を発揮するような効率的なサービス形体を作る必要があります。


また生きがいをつくる方法として、オランダで成功したコミュニティレストランを例に挙げていました。

オランダでは、高齢者が作ったボランティア組織があり、コミュニティレストランを運営しているそうです。
コミュニティレストランでは、高齢者がボランティアで働き、そのレストランには老若男女が集まり、世代間交流の場となっているそうです。
たくさんの高齢者がレストランに集まり、子供たちと話したり、暖かい食事を皆で食べたりしているそうです。

このように元気な高齢者が、働きやすい環境を地域で提供することを生きがいを作る1つの方法としてあるようです。


最後に松田先生は「もう時間が残されていない」ということを真剣に話されていました。

「計画は作るだけでは作文で終わります。もう私たちには作文を作っている暇はないのです。正直あと4年間で具体的に効率的なサービス形体を作り実行に移さないと厳しい状況です。『いつ、どこで、誰が、何を、どうするのか』という5W1Hがはっきりした計画を早急に作成し、実行に移して下さい」


現在世の中はスピードの速い時代になっており、私たちは「いかに速く実行するか」を問われているのだと思います。

衆知共栄塾でも田中塾長は「塾で教えていることは、ただ知っているだけでは何の役にも立たない。実行してこそ意味があるのです。理屈を知っているだけの学者になってはいけません。」とおっしゃいます。


公衆衛生学会には。福岡県全域の保健所の所長や医師・職員が集まっていました。
今回の松田先生の話を聞き、住民の方々のために皆様が具体的な行動を起こして下さることを願っています。

同時に私は、公衆衛生という広い視点、また真に問題を解決できるような高い視点に立った上で、自分は病院という臨床の現場で今自分ができることを一生懸命実行していこうと決意しました。

                     (BY 塾生)



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2007年05月18日

◆公衆衛生学会 その1 〜魅力的な町づくりを〜

花水木☆花水木(はなみずき)
花言葉「私の想いを受けてください・返礼」
季節の花300より





衆知共栄塾の塾生で、研修医2年目の者です。
私は、今月は地域医療の勉強として、保健所で研修を受けています。


昨日は、福岡市合同庁舎にて、福岡県の公衆衛生学会に出席してきました。
最新の知見に立った素晴らしい話を聞くことができたので、報告いたします。

産業医科大学の公衆衛生学教授、松田晋哉先生のお話でした。
「国民をより健康にし、かつ医療費を下げるにはどうすれば良いか?」という話でした。


松田先生は、1つに「高齢者が楽しく生活できるまちづくり」を提案していました。

例えば、もし街の中に「楽しい」と思える場所があれば、高齢者は軽度の障害があっても、そこに出かけていきます。
出かければ、歩いたり、人々と交流したりします。
すると、運動にもなり、人と話したりすることで、頭も使います。

「楽しい」場所に出かけることが、そのまま健康づくり・リハビリ・ぼけ予防になるのです。


ある地域が具体例として出されていました。

地域の住民が、「街の真ん中に温泉を作ろうや〜」と提案したそうです。
すると事業者は、「町の規模・予算から考えて無理です」と断ったそうです。
「そんなら自分たちで作るわい!」と言って、住民だけで力を合わせて温泉を作り出したそうです。

その時高齢者の方々も多くが温泉作りに参加しました。
おじいちゃんが釜たきをして、おばあちゃんが炊き出しをして、というふうにです。
ついに温泉は出来上がり、みんな自分たちが作った温泉に通うようになりました。

すると、街の高齢者が元気になり、しかも医療費が安くなったのです。


高齢者の生活が活発になれば、心身ともに健康な人が増え、医療費も安くなります。

そのためには、高齢者が外に出かけたくなるような魅力的な「まちづくり」が必要なのだと思います。


                         (BY 塾生)



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2007年05月03日

■保健所研修  〜研修医日記〜2

310474a2.jpg☆蓮華躑躅 (れんげつつじ)☆
花言葉「あふれる向上心・情熱」
季節の花300より





私は研修医2年次の者で、5月は保健所で研修となっております。
1ヶ月間は久留米保健所の職員として、研修をさせて頂くことになっています。

私は、予防医学に興味があるので、今回の保健所研修は楽しみにしていました。
まだ研修が始まって2日目ですが、気づきがありました。

今日は、母子家庭係長からの母子保健に関するガイダンスがありました。
母子保健に関して、保健所で行っている業務について具体的な説明を受けました。

母子保健とは、「母親や赤ちゃんのための健康支援・援助を行うこと」です。よって、保健所で行っている業務は、未熟児を育てている母親のための訪問指導、産後うつ病を予防するための子育て教室、不妊の相談窓口、不妊治療への資金援助などがあります。

なかでも面白いと思ったものに、双子以上の子を生んだ母親のための情報交換の場として「ツインズクラブ」というクラブがありました。双子を育てるのは大変らしく、双子を生んだ母親は同じような悩みを抱えているそうです。だから、このようなクラブを作ったところ大好評で、登録者は80名程に上るそうです。特にクリスマス会などは登録者ほぼ全員が参加して、保健所の大会議室が満員になるそうです(笑)。

また、ドメスティックバイオレンス(以下DVと略します)に関する事業も行っており、DVを受けている母親の電話相談、重度のDVに関しては母親の保護まで行っているそうです。

母親の保護は、まず女性相談所という寮に一時的に保護し、今後の方針を母親に考えてもらいます。そして、本格的な保護を希望された方には、子供がいる母には母子寮へ、子供がいない母親には婦人寮を紹介し、自動車による搬送まで行います。

母子寮の場所などは機密になっており、加害者の父親が探しても絶対に見つけることができないようになっているとのことです。今まで、まだ父親が寮を特定した例は報告されていないそうです。

そのため、相談員の名前も匿名になっています。以前、父親が保健所の入り口に隠れ、相談員を尾行したりすることがあったからだそうです。また保健所の相談員のところまで父親が殴りこみにくることもあったそうです。一番大きな事件では相談員が刃物で刺されたこともあったそうです。そのため、DV相談員の仕事は、危険も伴い命がけで行っている部分もあるとのことでした。

正直、大変失礼な話なのですが、僕は今まで「公務員」「行政」と聞くと、「9時出勤で17時帰りの生活」だとか、「楽な仕事」だとかそのようなイメージしかありませんでした。
しかし、DV相談員の方のように、命がけで弱者のために一生懸命仕事をしている人がいらっしゃることを知り、大変感銘を受けました

また、まだ保健所研修が始まって2日目ですが、それぞれの部署の方がプロ意識を持って働かれているのを感じています。

DV相談員の方が、「社会にはDVで悩んでいる女性がたくさんいます。しかし、保健所でこのような業務を行っていることを知らない方がたくさんいます。病院の先生方には、もしDVを受けているだろう女性の患者さんがいらっしゃったら是非この相談窓口を紹介して下さい。絶対に、秘密は守ります。」とおっしゃっていました。

今回の保健所の研修で、一番感じているのは、「こんな便利な機関があったんだ」とか「こんなに母親にとって役に立つ教室があったんだ」というものです。「これを早く知っていたらあの時、あの患者さんに紹介できたのになあ」と思うものがたくさんあります。

私たち医師は、今まで卒業後はすぐに大学病院もしくは一般病院に就職し、その後、他の社会とはほとんど関わらないため、保健所のDV相談所のような地域の便利な機関の存在を知らなかったのでした。しかし、3年前から新臨床研修制度に数ヶ月の「地域医療研修」が組み込まれ、今回の私の例のように保健所など地域の行政機関などで研修をする貴重な機会を得ることができるようになったのでした。

医師の仕事は、医療(病気を治すこと)だけではありません。もっと広義の公衆衛生、すなわち「国民の健康を保つこと、増進すること」が本来の医師の仕事であり、このような行政の便利な機関を患者様や患者様ご家族に紹介することも医師の重要な仕事だと思います。

保健所研修はまだ5月いっぱいあります。私は、「医療と行政を結ぶ役割ができるようになる」ことを今回の研修の1つの目標として掲げて、頑張りたいと思います。


 
                (BY 塾生(研修医))




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2007年04月29日

■井口潔先生 〜研修医日記〜

寒緋桜☆寒緋桜(かんひざくら)☆
花言葉「善行」
季節の花300より






九州大学ニ外科名誉教授、井口潔先生のご自宅に先日伺った。

今は、教授職を引退されて福岡市南区野間で精神科の開業医をされている。


先生が、大学4年生の時に、発表したという論文を見せてもらった。

学生が書いたとは思えない高度な内容だった。


年齢は既に80歳を超えていらっしゃるが、若々しく常に新しいことに挑戦していらっしゃる。


「今の若者、若い医者もそうだが、信念というものがなく、常に楽な道を選ぼうとする。僕たちの時代は違った。仕事に誇りを持ち、たとえ困難な道でも自分が信じた道を選んで進んでいった。

現在の世の中は混沌としているが、このような時こそ、志を持った若い人たちが世の中を引っ張っていかなければいけない。
君たち若い人には、信念を持って、世の中に良い影響を与えるような行動を起こしていって欲しい。」


井口先生が考案した食道静脈瘤シャント術の内容は世界の教科書に乗っている。
現在は、食道静脈瘤に関しては、内視鏡治療が発達し外科的な処置を行うことがなくなったため、その手術は行われてはいない。


井口先生は創造性の塊である。
常に物事を疑い、それは本当なのか、さらに良いものはないかと考える姿勢を持っている。

私は創造性と志の大切さを、先生に教えてもらったのだった。


                 (BY 塾生(研修医))




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2006年06月13日

■心に触れる医療 〜治る治らないの関係を超えて〜

これは精神科の開業医、浜田晋先生の話です。

浜田先生の患者さんに、B子さんという心身症の患者がいました。

彼女は、浜田先生の診療所に訪れるまで、4年間かけて一流病院を8箇所も回っていました。「どこに行っても治らない。」・・・悩み抜いた末、浜田先生の診療所に来たのでした。

左足の疼痛と、腹がはってぐるぐるする感じがあり食事が取れない、というのが症状でした。

彼女は、一流病院、一流大学、一流老人科医、一流神経科医によって、既にありとあらゆる「治療」を受けていました。

しかし、彼女は絶望していました。表情も硬く言葉もむしろ少なかった。
診察のときの態度も、無愛想で拒否的で「今さらこんな町医者のところにきて何になる!」といった雰囲気だったそうです。

浜田先生は、その日はあまり話は聞かず、ゆっくり時間をかけて体のすみずみまで型どおりの診察を行い、軽い薬を与えてB子さんには早めに帰って頂きました。
 
すると、まもなくB子さん担当の保健婦から連絡がありました。
「B子さん大変喜んでいましたよ。先生は丁寧に診てくださるって」 

3度目の面接でB子さんはこう言ったそうです。
「先生には本当に感謝しています。こんなによく診て下さって。ほかのところはこんなんじゃないですよ。先生は心強い。私のはなかなか治らない難病なの。でももう治らなくていい・・・・。ここへ一生かかります。」

B子さんは、浜田先生の暖かく丁寧な診察に感銘を受けたのでした。
なぜなら、今まで訪れてきた一流医は、ほとんどB子さんの身体には触らなかったからでした。一流医とB子さんとの関係は、すべてが画像やデータを解してだけの関係だったようです。

浜田先生がお腹を触り、心音を聴いた時、B子さんはなぜか「ほっとした」と言うのです。「しっかり診てもらった」という実感をもったそうです。

身体を触る診察には、患者さんを癒すような、暖かい人間的な触れ合いがあるのだと思います。そして、このように身体を診ることで浜田先生はB子さんに「心」を通わせることができたのでした。

B子さんは、たとえ治らなくてもいいから、自分を安心させてくれる浜田先生に診てもらいたいと思ったのです。一流病院にはなかった癒しが浜田先生のところにはあったんだと思います。

現代医学は進歩し、その恩恵は私たち人類にはかり知れないものを与えてくれました。画期的な薬や治療法が編み出され、今まで治らなかった病気が治るようになりました。
 
しかし、最も基礎になければならない「何か」が失われているのではないでしょうか。
私はその「何か」とは、浜田先生のところにあった癒し、すなわち「人間的な温もりや優しさ」だと思っています。
 
「医は仁術」という言葉がありましたが、この「人間的な温もりや優しさ」こそ、「仁」であり、医の原点なのかもしれません。
 
B子さんは、2ヵ月後騒音の激しい家から念願の郊外に転居しましたが、転居して3週間後発熱、肺炎を合併して亡くなったそうです。
2ヶ月間、浜田先生のもとに通いましたが、診療の際ほとんど病気の症状の話はなかったそうです。ご主人の話や好きな芝居の話を楽しそうにされていました。
肺炎になってからは「浜田先生のところに行きたい」と死ぬ間際まで言っていたそうです。
 
浜田先生とB子さんの関係は、「治る治らないの関係」を超えたところにありました。
たとえ治らなくても、浜田先生のところに行くと、病気のことを忘れられるし、安心することができました。幸せな気持ちになれました。

この浜田先生とB子さんの話には、現代医学が忘れ去ったもの、これから21世紀の医療に必要とされるものが凝縮されていると思います。
それは「患者さんの心に触れて癒す医療」であり、「人間的で暖かくて優しい医療」です。

私たちは、もう一度「医療の意味と価値とは何なのか?」を考える時期に来ているのだと思います。


BY 塾生(研修医)

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