November 20, 2009
再び、アニメの殿堂
民主党政権が中止を決めた「アニメの殿堂」の代替案が、文化庁から提示された。メディアアートに実績がある大学や企業など、16の共同事業体によって構成される「メディア芸術共同事業」とのこと……やれやれ。アカデミズムの場ではしばしば、アニメやらオタクやらのディスカッションがおこなわれている。僕もしばしば、そのような場にかかわることがある。そんなときにはいつも憂鬱な気分になる。そのようなディスカッションに参加している自分自身に、嫌悪感を覚えてしまうのだ。ポピュラー文化や音楽を研究している僕が、アニメやオタクの研究を批判することは矛盾しているのかもしれない。だけど、そんな僕でさえもが違和感を覚えるのは、アニメやオタクがアカデミズムや「政治」の世界で、ある種の「ステイタス」を獲得したからだろう。オルタナティブな文化は、メインストリームに乗ったときに、その価値を喪失してしまう。オルタナティブという立ち位置だからこそ言えること、野党という立ち位置だからこそ言えること。アニメやらオタクやら、音楽やらポピュラー文化やら……は、「勲章」を拒まなくてはいけないのだ。僕がオタク研究に覚える嫌悪感は、その態度によるものかもしれない。
November 15, 2009
ツーリズムの先へ
獨協大学で開催されたインターナショナルフォーラムに参加した。今回の収穫は、ツーリズム研究では古典となっている「The Tourist」の著者、カリフォルニア大学のディーン・マッカネル名誉教授の基調講演だった。ジョン・アーリは、「観光」を「楽しむためのもの」と定義したが、マッカネルは「観光」を「快楽/苦痛」という弁証法としてとらえるべきと主張している。そのためには、ツーリストの「配置」が問題となるというのだ。日本ではツーリズム研究やレジャー研究が、実用的な面からおこなわれがちだ。もちろん、そのような視点を否定するつもりはないが、僕にはまったく関心がない。それよりも、今回のフォーラムで議論されたような、カルチュラル・スタディーズ寄りの視点に惹かれる。僕にとっては「未知なる場所」まで足を運んだ甲斐あって、今後の研究のモチベーションを高めてくれるフォーラムだった。
November 10, 2009
November 07, 2009
上海ロック
上海ではロック音楽がメジャーな存在ではない。中国でロックが盛んな都市は北京で、南下するに従ってポップな音楽が受け入れられる。「ロック=北京>上海」という図式が成立する。そんな上海にも、アンダーグラウンドとしてのロックがシーンを形成している。2000年代に入ってから、上海にはロックシーンが形成されてきた。その後、数年間のブランクを経て、最近2-3年のあいだに第2期ロックシーンが訪れている。もっとも、日本にみられるロック音楽シーンとは異なり、それはまだまだ発展途上の段階だ。だからこそ、そのシーンはとても熱いのだ。上海の音楽シーンに精通しているYU-KIに案内してもらい、ロックシーンを語るうえで必須のライブハウス2軒(「Mao」と「育音堂」)を訪れた。ライブハウス巡りの前に、CDを入手するためにスタジオに立ち寄った。なぜ、スタジオ?上海ではロックがポップ音楽とは一線を画しているため、その辺りの店ではロックのCDが売っていないのだ。スタジオは、もともと防空壕に使われたビルにあった。地下へ続く通路を進むと、いくつかのスタジオとオフィスがあった。スタッフがCDの入った段ボール3箱を出してくれた。その中からYU-KIが聴くべきものを選んでくれた。20枚ほどのCDとDVD合わせて日本円で約3000円。まるで「闇取り引き」のような「現場」をあとに、ライブハウスへと向かった。「Mao」はキャパ800〜1,000人の、上海で最大のライブハウス。そして「育音堂」は倉庫を改造した手作りのサブカルチャー感漂うハコだ。まったく違うタイプのライブハウスだが、そこに集まるオーディエンスは「文化としての音楽」を満喫しているようだった。上海のクールな音楽シーン。しばらく、上海を含んだ中国の音楽シーンをリサーチをして、いずれは何らかの形で発表するつもりだ。ついに、アジアの音楽シーンに首を突っ込んでしまった。やれやれ。
November 06, 2009
カルチャー・ショック
初めて中国を訪れた。上海に2泊だけの滞在。それでも久しぶりに衝撃を受けた。カルチャー・ショック!活気に満ち溢れる街に暮らす人びと。タフでなければ生きられない、そんな印象さえ覚えた。良くも悪くも、上海は他の中国の都市とは違うらしい。植民地としての名残りがあるようだ。インターナショナルな街。来年に開催予定の万博に向けて、街のいたるところで工事がおこなわれている。立ち並ぶ高層ビルのふもとには、地元の人たちの生活がある。あまりにも洗練され、あまりにも甘やかされている東京とは対照的な光景。そんな街で、24歳の青年Yukiと出会った。彼は地元の音楽シーンを牽引している。中国のロック音楽事情のレクチャーを受け、地元で有名なジャズ・クラブを案内してもらった。明日は彼に、ロック系のライブハウスを案内してもらう予定だ。机の上で考えていても、それは絵空事にすぎない。動くんだ!
November 01, 2009
伝統文化
日本舞踊を観劇した。幕間で「来賓挨拶」として、数人の政治家たちが話をした。こんなところでも政治は動いているのだ。彼らは一様に声を揃えて「日本の伝統文化」を強調した。素晴らしき日本の文化を絶やすことなく、次の時代に引き継いでいこうではないか、と。そして僕は思った、嘘ばかり!と。日常生活のなかで、僕らはどれほど「日本の伝統文化」と呼ばれるものに接しているのだろうか。日本舞踊に触れる機会などあるのだろうか。おそらく、皆無に等しいだろう。以前、とある研究者から「あなたは本当にアメリカが好きなんですね」と、嘲り混じりに言われたことがある。確かに僕は、アメリカが好きだ。だけど、彼が含んだ嘲りの意味が僕には分からない。なぜなら僕は、アメリカのすべてを肯定しているわけではないからだ。それでも僕がアメリカに惹かれるのは、おそらく「ルーツ」を探しているからだと思う。日本は、少なくとも戦後の日本は、アメリカに「レイプ」されて生まれたと僕は思っている、精神的な意味で。三味線や鼓よりも、ギターやドラムスに僕は共感を覚える。僕にとって、アイデンティティの音楽は、邦楽ではなくロックだ。日本舞踊をはじめとする「日本の伝統文化」は、結局のところ、アイデンティティが付与されることのない、創られた伝統文化なのだ。
October 31, 2009
英語力
2日続けて英語を使う機会があった。そこで、自分の英語力の不足に愕然としてしまった。リスニングとスピーキングともに末期的だ。脳が完全に「日本語モード・オンリー」になっている。切り替え不能状態だ。もっとも、楽器だって弾かなければ勘が鈍るのだから、語学だって当然のこと。しかも、日常生活で英語を使う必然性がないのだから、「英語モード」が消失するのも無理はない。結局のところ、自分を追い込まなければならないのだ。そんなわけで、来年はいくつかの国際会議にトライしようと思っている。
October 26, 2009
ノアの尻尾
ノアは尻尾をふる、嬉しいときに。僕が彼の尻尾をふってみたところで、ノアは嬉しいわけではない。ノアは鼻が乾く、眠っているときに。僕が彼の鼻を乾かせてみたところで、ノアは眠いわけではない。周りを見渡すと、「犬の尻尾をふっている人たち」が多いことに気がつく。愚かな人間喜劇は、今日も繰り返されるのだ。
October 19, 2009
スタイル
いつもとは違うステージに立った。講義という名のステージ。オーディエンスは学生。1時間強という時間内に、ポピュラー音楽のパフォーマンス空間を分かりやすく伝えなければならない。ライブとも、学会発表とも違うパフォーマンスが要求される。自分がオーディエンスになったつもりで考えた構成。学生たちの反応はどうだったのだろうか?来年の1月にもう1回、違うテーマでパフォーマンスをする。今回よりも次回は、自分自身が描いていたものに近づけそうな気がする。そして4月からは、半年間に渡って毎週、こうしたパフォーマンスをする予定だ。ライブに関しては、自分なりのスタイルを確立した。講義に関しても、自分なりのスタイルを確立したい。代替不可能な、僕にしかできないものを。
October 18, 2009
上海蟹の季節に
ひょんなことから、来月初めに上海へ行くことになった。今までにアジアで訪れた国は台湾だけなので、「初大陸」ということになる。滞在は2泊と短いので時間を有効に使おうと、今から事前に下調べをはじめている。何はさておき、現地のライブハウス事情を知りたいと思いウェブを見ると、日本人のブログがあった。上海のインディー音楽シーンに関するもので、さっそく本人にメールで連絡をとった。滞在中にインタビューをしたいとお願いしたところ、快く引き受けてくれた。貴重な話を聞くことができそうだ。さらに、お薦めのスポットがないかどうかと「Inter-Asia Popular Music Studies」のメーリングリストで尋ねたところ、即座に数人からの返事があった。象牙の塔で、私利私欲と自己保身に躍起になっている人たちと、なんて対照的な反応だろうか。隣国でありながらも、僕は中国についてあまりにも多くを知らない。政治的背景が表現活動にどのような影響を及ぼしているのだろうか。今回の上海は、自分自身の視野を広げる第一歩になりそうだ。
October 14, 2009
クール・ジャパン
日本のヴィジュアル系ロックが海外で流行っているらしい。来週末には「V-ROCK FESTIVAL」というイベントが幕張メッセで開催される。欧米をはじめ各国のヴィジュアル系バンドが集まるそうだ。海外でのヴィジュアル系人気は、アニメ人気と関係があるらしい。ヴィジュアル系アーティストをアニメのキャラクターとダブらせているというのだ。世界で浸透している「クール・ジャパン」は、アニメということなのだろう。やれやれ、日本が誇る文化は、結局のところアニメしかないようだ。
October 13, 2009
「KY」はどこへ行った?
猫も杓子も使っていた「KY」(空気が読めない)という言葉。多くの流行り言葉と同様に、すっかりと耳にしなくなった。熱しやすく冷めやすい、愛すべき我らが「日本文化」に乾杯!もちろん「空気を読む」のは人として当然の行為だ。それはコミュニケーションにも必要だが、「生き死に」にもかかわることだ。たとえば、ニューヨークのマンハッタンを歩いているときに、1ブロック隔てただけで辺りの様子がすっかりと変わることがある。そのときには、何かしら嫌な気配を感じる。「空気を読む」ことができなければ、命にかかわる事態におちいることだってあるのだ。それは、動物的直感とも言えるだろう。「安全」で「平和」な日本では、こうした直感を働かせる必要がないのかもしれない。だけど「居心地の悪さ」ならば、誰でも一度や二度は感じたことがあるはずだ。場の雰囲気や、人びとの発する何かに感じる、居心地の悪さを。僕は、好むと好まざるとにかかわらず、閉塞感に耐えられない。それは場の雰囲気にも、人びとの意識にも当てはまる。そのような場に馴染んだり、人付き合いをすることが、社会の中で生きることなのかもしれない。もしもそうならば、僕は社会からはみ出しているのだろう。だけど僕はそれでも構わない。自分を偽ってまで、居心地の悪い場所で心ない連中と戯れている暇などないのだから。
October 09, 2009
孤高であれ!
台風一過の穏やかな秋晴れのなか、ノアと一緒に、汚れていない朝の空気を吸い込む。昨夜は台風の影響も含めて、集客は相変わらずのライブ。それでも、今回は初めて12弦ギターを使ったステージで、新しい可能性を確信することができた。まだまだ、やるべきことはあるのだ。帰り際に、たまたまバッティングしていた友人のライブ会場へ、せめて打ち上げだけでもと思い立ち寄った。彼の自宅は飯能で、台風による交通事情の関係で、打ち上げには参加せず帰宅していた。数人の知った顔があったので、1時間ほど同席することにした。その店は、「一人で表現する『表現者』のための場」をコンセプトにしている。音楽だけでなく、詩、踊りや絵画といった、さまざまな表現をする人たちが集まる場だ。案の定、そうした表現者たちが「表現談義」を繰り広げていた。そんな人たちの話を聞きながら、僕は違和感を覚えた。何かが違う……少なくとも、僕の考える「表現」とは。僕はその場に含まれることはない。そんな昨夜の場違いな自分の状況を思い浮かべながら、僕は気まぐれな朝の風に耳打ちした、「孤高であれ!」と。
October 06, 2009
象牙の塔
打ち合わせと研究発表のため、国分寺にある大学へ行った。少し早く着いたので、大学生協の売店でコーヒーを買おうと、レジには2人の4-50代と思わしき女性スタッフがおしゃべりをしていた。僕がコーヒーをカウンターに置くと、話を続けたままバーコードを読み取り、僕の顔を見ることもなく「金をよこせ」と言わんばかりに手を差し出してきた。当然、「ありがとうございました」の一言もない。もちろん、これが「たまたま」ならば仕方ないが、こうした態度は数年前から続いている。彼女たちが職員なのか、あるいはパートなのか知らない。だけどそれ以前に、少なくとも接客を仕事としているのであれば、それなりの態度で接する義務と責任がある。もしかしたら彼女たちは、客の「外見」で態度を変えているのかもしれない。学生には適当に、教職員には丁寧に。彼女たちには僕の「外見」が学生に見えたから、適当な態度で接客をしたのかもしれない。だけどそれは、決して許されることではない。大学、あるいは生協が責任を持って、きちんとした対処をすべきではないだろうか。それができないのであれば、「『象牙の塔』の気質は、その売店にまで及んでいる」と思われても仕方ないだろう。
October 02, 2009
No Features
20代の頃、しばしば、ミュージシャン仲間と朝まで飲み明かしていた。飽きもせず「音楽とは何ぞや?」という議論を繰り返していた。「何のために音楽をやるのか?」「誰のために音楽をやるのか?」「単なる自己満足ではないか?」だけど今にして思えば、そんな時間も決して無駄ではなかった。もちろん答えなど出るはずもないのだが、少なくとも、何かを伝えようとするときに、何かを表現しようとするときに、自分自身への問い掛けになっている、「何を、何のために、誰に伝えようとしているのか?」と。それは、音楽に限ったことではない。アカデミックの世界でも同じことだ。「顔のない」人たちを見かけることがある、「研究のための研究」「教育のための教育」をしている人たちに。文献の言葉どおりの啓蒙なんて、まっぴらだ。僕は、カラオケで満足なんてしたくない。ましてや、カラオケで拍手喝采なんて浴びたくない。「オリジナル」なんてものがあるとは思っていない。だけど、人は経験を重ねることができる。メッセージの内容は「カヴァー」かもしれないが、その方法は「オリジナル」になる。のっぺらぼうたちに、そして自分自身に向かって、僕は問いかける……君はなぜ、表現するんだい?
October 01, 2009
新しい試み
ギター2本を抱えてスタジオへ。自動車を持てば楽なのだが、何しろ都心での日常生活では自動車の必要性を感じないのだ。こういうときのために自動車を保有したところで、使用頻度はかなり低いだろうから。それはさておき、来週のライブでは、僕の長い音楽人生で初の試みとなる、12弦ギターを使う予定。4月に入手した当初は、ギターとはまるで別の楽器を扱うような感覚だったが、しだいに馴染んできた。そろそろ、ステージでも使えるだろうと思い、日の目を浴びることになったのだ。音色が独特なだけに、サウンドも個性的なものになる。それをいかにKYOHEIサウンドに馴染ませるかが大きな課題だった。個人的には、上々の仕上がりになったと思っている。どうかライブ会場で、新たなKYOHEIサウンドを体感してほしい。
September 30, 2009
Born to Run
久しぶりに「ロック」が流れる部屋。クラプトン、ディラン、スプリングスティーン、シェリル・クロウ、ジョーン・オズボーン、アラニス・モリセット・・・。今年の夏は、無意識のうちに深い井戸の底に身を置いていた。僕は心理学者でも精神科医でもないので定かではないが、おそらく自分自身で「箱庭療法的」な行為をしていたのだと思う。そんな心的状況のなかでも、いくつかの企画立案、論文執筆、研究会発表、さらには、数曲の新曲を仕上げ、ライブもやった。9月最後の日の朝、外は静かな雨。やるべきことも一段落して、今日は心身共に穏やかだ。あちこちに散乱した心の「リスト」を整理して、再びはじまる「闘い」の準備をしなければ。ねぇ君、まんざらでもないさ、生きるってことは。
September 29, 2009
戦メリ
前回の反省を活かして、今回は早め早めの対処を・・・と思いながらも、また同じことを繰り返している。今年何度目の「ほぼ徹夜」だろう、やれやれ。締め切り間際の執筆は、これで最後にしたいものだ。未完成の原稿をそのままに、ふらつく足取りで、後期に2回ゲスト講師を担当する授業の見学に国分寺へ行った。第1回目の授業だったので、どのような様子なのかを確認しておきたかったのだ。さて、僕はどんな講義をすれば良いのだろう、などと中央線の車内でぼんやりと考えながら帰宅。パートナーが海外出張中なので、自分のための簡単な夕食をつくった。食休みにノアとじゃれ合い、パソコンに向かうも脱力感。このままではゴールにたどり着けないと、1時間ばかりベッドに潜った。0時30分、アラームに使っている「戦場のメリークリスマス」が疎ましく思えた。本来モーニング・パーソンの僕にとって、気分はすでに「早朝」なのだ。(一般的に呼ばれている)朝が来るまでには、どうにか一通り書き切ることができそうだ。明日が締め切りなので、今日中に原稿を郵送しなければならないのだ。さて、あとひと踏ん張り、この山を乗り切れば・・・僕の行く先には、さらに険しいいくつもの山が立ちはだかっているのだ。とにかく、前に進め!
September 27, 2009
アンプラグド
所属している学術協会の年次大会に出席した。今回は、関連する分野5学会による共同大会。先日、その記念論文集に論文を投稿して掲載が決まった。大会では、その論文に関する発表をおこなった。終了後には懇親会が開催された。事前に演奏を依頼されていたので、僕はギター持参で大会に臨んだ。演奏が終わると、何人もの「心ある研究者」が挨拶にきてくれた。固定観念に縛られていては、新しいものは生まれない。ときには壊すことも必要になる。そんな役割を僕が担えるとは思わないが、せめてその気持ちだけは忘れずにいたい。

September 24, 2009
レールとルール
年齢を重ねるごとに、言い訳がうまくなる。そして、いつしか言い訳が真意へと変わってしまう。人は誰でも自分が可愛いものだ。自分の都合にあわせて、自分の主張を正当化させてしまう。だけど、よくよく考えてみると、それはその場しのぎの言葉にすぎない。敷かれたレールを走る必要はないと言いながらも、実際には見えないレールが敷かれている。結局は、その見えないレールに導かれているのだ。もちろん、人はひとりきりで生きることができない。国家の、社会の、コミュニティの、グループの、そして家族の一員として、その規範のなかで生きる必要がある。そこにはルールが存在する。だけど、ルールに沿うことと、レールに沿うことは意味が違う。人にはそれぞれの人生がある。そしてそれは、あまりにも儚い。だからこそ、言い訳をしている暇はない。さあ、走るんだ!