June 20, 2005

藤田文書の配付について

 先日の集会でもその機会を持ちましたが、本ネットワーク会員で教育研究者の藤田昌士さんが、「『新しい歴史教科書をつくる会」教科書(扶桑社)の問題点」という文書を作成され、各地の学習会で使用されています。たいへん有意義な文書だと考え、ご本人にお願いしましたところ、快諾をいただきましたので、インターネット上で配付させていただくことにしました(pdfファイル;4.6MB)。藤田会員には厚く感謝いたします。
 日本の各地で、この問題に関心をお持ちのみなさま、どうぞこの文書を、地域での学習会活動にお役立てください。
 annex にてダウンロードできるようにしてありますが、下では、歴史教科書と公民教科書それぞれについて抜粋しましたので、どうぞご覧ください。

教育と自治・埼玉ネットワーク annex


 なお、この文書の使用にあたっては、以下のことを条件とさせていただきます。
・一部ではなく全部をお使いいただくこと
・この文書が、藤田昌士さんご自身から許諾をいただいて、『教育と自治・埼玉ネットワーク』がインターネットで配付した資料であることを明記すること
・当ブログURL(http://blog.livedoor.jp/kyoiku_jichi_saitama/)を明記すること


I 「新しい歴史教科書」は

1.日本の歴史を天皇中心の歴史として描き出す教科書である。その反面、民衆がほとんど登場することのない教科書である。その意味できわめて偏った見方(歴史観)に立った教科書である。
2.太平洋戦争を、当時の日本の支配者の言い方そのままに「大東亜戦争」と称して、あたかもアジア解放のための戦争であったかのように偽り、日本の加害、そして国民の被害の事実を極力隠蔽する教科書である。
3.歴史の真実を歪め、「公(公共)のために」と称して、その実は、子どもに国家(天皇を中心 とする国家)への奉仕の観念を注入しようとする教科書である。 

1―1 天皇中心の歴史
1)頁数の配分にあらわれている
A 去る4月5日の「教科書に真実と自由を」連絡会ほか共同記者会見における配付資料「『つくる会』教科書の内容について」から
「そのため、他社教科書とくらべ、天皇の活躍した時代のページ数が多く、そうでない時代のページ数が少ないという結果になっています。原始古代は他社のほぼ17%台に対して23%台、中世は約13%に対し11%、近世は21%台に対し19%台、近代はほぼ変わりませんが、戦後は9%台に対し7%台となっています。また、天皇の登場回数は、他社とくらべ古代でほぼ2倍、中世ではほぼ3倍となっています。」

B 吉田典裕「中学校教科書の検定結果ー『つくる会』歴史教科書を中心に」(雑誌『教育』2005年6月号所収)から
「第1章(旧石器〜平安)50頁、第2章(鎌倉〜室町末期)24頁、第3章(安土桃山〜江戸中期)42頁、第4章(江戸末期〜明治)48頁、第5章(大正〜現代)47頁。一見して明らかなように、中世の頁数がいちじるしく少ない。これは『つくる会』歴史教科書が、日本の歴史が天皇を中心に展開してきたかのような記述をしていることの反映である。中世における天皇の『出番』の少なさが頁数の配分に表れている。」(115頁)

2)個々の記述をみると
A 第1章 原始と古代の日本 第2節 古代国家の形成 読み物コラム「神武天皇の東征伝承」より
「●歴史の中の神武天皇像● 大和朝廷がつくられるころに、すぐれた指導者がいたことは、たしかである。その人物像について、古代の日本人が理想をこめてえがきあげたのが、神武天皇の物語だったと考えられる。だから、それがそのまま歴史上の事実ではなかったとしても、古代の人々が国家や天皇についてもっていた思想を知る大切な手がかりになる。
■2月11日の建国記念の日は、神武天皇の即位した日として『日本書紀』に出てくる日付を、太陽暦に換算したものである。」(30頁)

B 第2章 中世の日本 第1節 武家政治の始まり 人物コラム「源 頼朝」より
「●その後の武家政治の手本に●(前略)頼朝のこうした考え方(天皇を重んじる姿勢ー引用者注)は、その後の江戸幕府にいたる武家の政治でも、基本的に受けつがれることになった。幕府がどんなに政治的な力をほこっていても、朝廷の権威が失われてしまうことはなかった。」(72頁)

*   *   *   *   *


II「新しい公民教科書」は
 ─「第3章 現代の民主政治とこれからの社会 第1節 日本国憲法の基本的原則」を中心に─


1.「発展」(人権思想の発展、天皇主権から国民主権への発展、軍国主義から平和主義への発展)の見地を欠いた教科書である。
2.日本国憲法の三原則(国民主権、基本的人権の尊重、平和主義)をないがしろにする教科書である。
3.憲法「改正」へと子どもを誘導する教科書である。

1.憲法とはなにか
 改訂版は第3章第1節「日本国憲法の基本的原則」で「なぜ法は必要なのだろう」と問い、次のように述べている。
「このように社会を維持し、みんなの自由や安全を守るためには、時としておのおのが少しずつ不自由をがまんしていく必要がある。」(68頁)
 これがそのまま憲法の本質とされるかのようである。ここには、憲法を人権思想の発展の歴史の中に位置づけてとらえる見地がない。したがって、たとえば東書(現行本)が端的に述べているように、「憲法が大切なのは、とりわけ国家の権力を統制して、わたしたちの人権を守っているからです」(34頁)として、憲法を国家権力を統制する法規範としてとらえる見地が欠けている。
 *ただし、東書改訂版では、この重要な記述が消えている。

2.大日本帝国憲法と日本国憲法
 大日本帝国憲法が基本的には肯定的にとらえられている。すなわち、「この憲法は、当時のきびしい国際情勢を反映し、さらに強い力で国をたばねていく必要から、政府の権限が強いものであった。しかし、できるだけ国民の権利や自由をもりこみ、同時に伝統文化を反映させようとする努力が注がれた憲法でもあった。」(72頁)といい、「天皇の下で国民が暮らしやすい社会をつくる」ことが「憲法の理想」(同頁)であったともいっている。欄外に「国民にたたえられた大日本帝国憲法」と題する記事もある。

7.ジェンダー問題
 今回の検定では、結果として皮肉にも「ジェンダー」という言葉は扶桑社の教科書にだけ残ったという。改訂版の『男女共同参画社会の課題」と題するコラムには「歴史的・文化的に形成されてきた性のあり方や性的な役割分担意識(ジェンダー)」(94頁)とある。そして男女共同参画を進める多くの自治体の取り組みについて「しかし、一方で、これらの条例に対して『性差と男女差別を混同し、男らしさ・女らしさという日本の伝統的な価値観まで否定している』『女性の社会進出を強調するあまり、とにかく働くべきだという考えをおしつけ、子育てなどで社会に貢献している専業主婦の役割を軽視している』といった反対の声も上がっている。」(同頁)と述べている。続いて「27万人もの共学反対の署名が集まった」(同頁)という埼玉県の例を挙げている。しかし、何をもって「男らしさ・女らしさという日本の伝統的な価値観」というのであろうか。この点についての批判的な考察を抜きにして、「男らしさ」「女らしさ」を強調するわけにはいかない。


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