aamall

2018年10月03日

それもあり、これもありに気付くまで

当時はわからなかったけれど……


私も
私の夫も
いつも


彼の母親の影響を強く受けており


こうあるべき
これが普通なんだ
こうでなければいけない

という考え方にがんじがらめになっていました




初めて夫の母親に会ったとき
和風のファミリーレストランで
食事をしたのですが

彼女はメニューを指差して
キョーコさんにはコレがいいと思うのと言いました

(何故かその時の、おまつりセットというメニュー名が忘れられず……)


これに対して夫は


食べるものくらい自由に決めさせろ!と
マジギレしていたのを今でも覚えています





誰かの家に訪問するときは
「五千円の手土産」を持って行くべき

とか



実家へのお土産はドーナツではなくハムを

とか


義母が作ったルールは数知れず



そして夫の人生は
彼女が決めたルールを必死に守るような
そんな人生だった気がします




お彼岸に顔を出せなかった私と娘は
真冬の大雪の日もお墓参りを済ませるまで
家に入れてもらえなかったり
 

突然彼女が我が家に訪れたときは
自分で掃除機をかけるまで
部屋に座らなかったり



彼女の作ったルールに添えない自分は
ダメな自分だとずっと思ってきました



同じく彼女が作ったルールに添えなかった夫は


キョーコは具体が悪くなるから
実家に行くなと言い出し
やがて私が予定がある日に合わせて
自分だけ帰省するようになりました





彼女に相談をしても

嫁が苦労するのはあたりまえ
円形脱毛症なんて誰でも経験すること
あなたには感謝が足りない

って言われて

私が苦労していないことを散々責められました



本気で助けを求めた時に
そんな風に門前払いされて
生きてる世界が違うんだろうなと
改めて悟ったわけですが


今ならこんな風に思います


彼女もまた
ルールに縛られて育てられたのだろうと

そしてそれは
とても生きづらかっただろうなと




こんな風に
育てられた環境や母親との関係は
後々の自分自身のあり方にまで
大きく影響します


ルールに縛られて生きてきた人は
自分と同じ思いをさせたくないと考えながら
過干渉になった結果
結局子供にもルールに縛られた生き方を要求してしまう


夫は一緒に行った心療内科で
両親には厳しく育てられた
両親の言うことは絶対に従わなければならなかった

と話しています


多分反抗期らしい反抗期も
なかったんじゃないかな


結局ルールを強要される人生から
夫はいちはやく抜け出してしまったけれど


私は違うカタチで手放そうと思います



彼女もまた
生きづらい人生を生きてきたんだな

だけど私は彼女とは別の人間であり
別の生き方をしてもいいのだ



そして
彼女もそんな生き方をしてもいいのだ


それもあり
これもあり


途中で抜けだすのもあり
したたかに生き続けるのももちろんあり



彼女を許せなかった自分もオッケーだし
まだ完全に許し切れていない自分も
きっとオッケーなんだと思います





kyoko416 at 14:51│Comments(0)clip!☆思うこと 

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔