2012年02月13日
カレーライス悲喜こもごも
「なんか美味しいもの食べたいよね。」
ある日曜日、Aさん(夫)がぽつり言う
ところでAさんの休日の過ごし方は、
三年寝太郎のようである。
寝る、テレビを見る、食事をする、
そしてまたテレビの前で寝っ転ころがる。
時折うとうととしている。
その姿はまるでタイの寺院で見かける涅槃像のようだ。
さて、冒頭の一文に戻るが、
我が家の食事はまことに質素である。
脂っこいものが大好きなAさんにとっては、
かなり物足りない。
「カレーライス、しばらく食べてないよね。」
あ、カレーライスね。
だけどなー、臭いが部屋にこもるんだよなあ。
「今日は僕がつくる!」
えっ、驚き!
そんなことは2年に一回くらいしかない。
大げさでなく本当にそうだ。
「えっ、カレーライス? 作れるの?」
半信半疑である。
「大丈夫。作れるよ。食材買ってきて。玉ねぎ多めにね。」
「えっ! なんで私が買ってくるのよ。自分は家で待ってるの?!」
「作るんだからいいじゃない。買ってきて、早く。」
仕方がない。
スーパーで材料をしこむ。
ルー、豚肉、人参1本、じゃがいも6個、玉ねぎ3個。
まさかこれ全部使うこともないだろうけどな。
帰宅するやいなや、
涅槃像がむくっと起き出した。
さっと流しの前に立つ。
「ねえ、鍋、どこにあるの?」
鍋の場所もわからないのか。
「ねえ、ほら、皮むくやつどこにあるの?」
玉ねぎを握ってうろうろしている。
はっ?! 玉ねぎの皮を向くのか?!
いや、それはこれを使うんじゃなくて…、
と言いそうになったが、好きにさせようと思いなおし、
はい、と人参の皮むきに使うのを渡した。
「恭子ちゃん、スポーツクラブ行ってきていいよ。
帰ったら出来てるようにするから。」
追い出したいらしい。
スポーツクラブでひととおり汗を流して再び帰宅。
ドアを開けたそばから、ぷうんとカレーのいい臭いに包まれて…、
のはずだが、なんだかその臭いがやたら薄い。
「出来たよー。でもどろどろになっちゃった。」
シンクを覗くと、
玉ねぎとジャガイモの皮があちこちに散乱している。
鍋をのぞくと、本当にすごい。
どろどろだ!
「全部入れたんだけど、溶けちゃったみたい。」
なぁにぃ! 全部いれただとぉ〜!
試しにおたまでかき混ぜた。
重い。ずっしりくる。
カレーというよりは「もんじゃ焼き」のようである。
顔をしかめる私に気づき、
「栄養ばっちりだよ。」となんとかごまかすAさん。
何はともあれ、「いただきます。」とさっそくいただいた。
美味しくないというわけじゃないが、
なんとも微妙な味だ。
いや、味があまりないような…不思議な食感である。
「もんじゃ焼きのご飯かけ」のような…。
けれどもAさんが料理をするなんて、
これはすごいことだ!
「美味しいねぇ。また作ってよね。」
Aさん、まんざらでもなさそうにほおばり続ける。
しかしなあ、片付けが大変そうだよ。
案の定、鍋底は真っ黒焦げ。
部屋もカレーの臭いで充満している。
まあ、それもよろしかろう。
相手が「やる」と言ったことを、
口ださない、手をださない、結果に文句言わない、
これができるようになったのは、
私にしても大きな進歩だ。
そうしてお互いゆっくりと、
おんなじ時間を共有していくんだろうな。
ある日曜日、Aさん(夫)がぽつり言う
ところでAさんの休日の過ごし方は、
三年寝太郎のようである。
寝る、テレビを見る、食事をする、
そしてまたテレビの前で寝っ転ころがる。
時折うとうととしている。
その姿はまるでタイの寺院で見かける涅槃像のようだ。
さて、冒頭の一文に戻るが、
我が家の食事はまことに質素である。
脂っこいものが大好きなAさんにとっては、
かなり物足りない。
「カレーライス、しばらく食べてないよね。」
あ、カレーライスね。
だけどなー、臭いが部屋にこもるんだよなあ。
「今日は僕がつくる!」
えっ、驚き!
そんなことは2年に一回くらいしかない。
大げさでなく本当にそうだ。
「えっ、カレーライス? 作れるの?」
半信半疑である。
「大丈夫。作れるよ。食材買ってきて。玉ねぎ多めにね。」
「えっ! なんで私が買ってくるのよ。自分は家で待ってるの?!」
「作るんだからいいじゃない。買ってきて、早く。」
仕方がない。
スーパーで材料をしこむ。
ルー、豚肉、人参1本、じゃがいも6個、玉ねぎ3個。
まさかこれ全部使うこともないだろうけどな。
帰宅するやいなや、
涅槃像がむくっと起き出した。
さっと流しの前に立つ。
「ねえ、鍋、どこにあるの?」
鍋の場所もわからないのか。
「ねえ、ほら、皮むくやつどこにあるの?」
玉ねぎを握ってうろうろしている。
はっ?! 玉ねぎの皮を向くのか?!
いや、それはこれを使うんじゃなくて…、
と言いそうになったが、好きにさせようと思いなおし、
はい、と人参の皮むきに使うのを渡した。
「恭子ちゃん、スポーツクラブ行ってきていいよ。
帰ったら出来てるようにするから。」
追い出したいらしい。
スポーツクラブでひととおり汗を流して再び帰宅。
ドアを開けたそばから、ぷうんとカレーのいい臭いに包まれて…、
のはずだが、なんだかその臭いがやたら薄い。
「出来たよー。でもどろどろになっちゃった。」
シンクを覗くと、
玉ねぎとジャガイモの皮があちこちに散乱している。
鍋をのぞくと、本当にすごい。
どろどろだ!
「全部入れたんだけど、溶けちゃったみたい。」
なぁにぃ! 全部いれただとぉ〜!
試しにおたまでかき混ぜた。
重い。ずっしりくる。
カレーというよりは「もんじゃ焼き」のようである。
顔をしかめる私に気づき、
「栄養ばっちりだよ。」となんとかごまかすAさん。
何はともあれ、「いただきます。」とさっそくいただいた。
美味しくないというわけじゃないが、
なんとも微妙な味だ。
いや、味があまりないような…不思議な食感である。
「もんじゃ焼きのご飯かけ」のような…。
けれどもAさんが料理をするなんて、
これはすごいことだ!
「美味しいねぇ。また作ってよね。」
Aさん、まんざらでもなさそうにほおばり続ける。
しかしなあ、片付けが大変そうだよ。
案の定、鍋底は真っ黒焦げ。
部屋もカレーの臭いで充満している。
まあ、それもよろしかろう。
相手が「やる」と言ったことを、
口ださない、手をださない、結果に文句言わない、
これができるようになったのは、
私にしても大きな進歩だ。
そうしてお互いゆっくりと、
おんなじ時間を共有していくんだろうな。
2012年02月10日
クライアントに挑戦させる
クラスコーチ同士の勉強会で、
模擬クラスを実施しながらフィードバックしあう、
という時間のときのことだ。
私の担当クラスは、
コーチのコアコンビテンシー。
コーチとしてやること、やらないこと、
それらの行動特性に照らし合わせながら、
自身のコーチとしてのスキルアップを大いにはかる、
という内容だ。
このコンビテンシーとやら、
英語を訳した文章がなんともわかりずらい。
それに、数ページにもわたっていて、
読んでいるうに……、
いや読むというよりも、字面がちらちらと目に映るだけで、
脳がお散歩状態になってくる。
さて気を取り直して模擬クラス開始。
「こちらのマニュアルにコンビテンシーがたくさん載っていますが…」
えっ、「たくさん」って表現、ちょっと微妙じゃない〜?
自分で自分につっこみをいれる。
そんな調子だからまた使ってしまう。
「ではこれから私がデモコーチングをします。
オブザーブの方はこのたくさん載っているコンビテンシーを見ながら…」
あっ、また「たくさん」って言った。
再び、一人つっこみ。
調子でず。玉砕。
やっぱり心の在り方がリーディングに出るよねぇ。
「たくさん」の言葉の裏側には、
「こんなにたくさんあって理解するのが大変。」っていう思いがある。
それって、参加者にも伝わっていくよねぇ。
参加者役のTコーチがこうフィードバックした。
「猪俣さん、『たくさん』っていう言葉使ったよね。
それって、『わかりずらい、学ぶの大変。』そんな気持ちがあると思うんだ。
コーチがそう思っていると相手に必ず伝わるよ。
これはみんなにも言いたいんだけど、
クラスのホームワークをしてくるのは、
参加者は毎日忙しいんだから大変だよね、って思っていない?
でも、相手に『大変だ』なんて思わせないのがコーチだよ。
こんなのやって『当然』っていうスタンスでいなくちゃ。
クライアントに挑戦させるんだよ。
その結果、やる、やらない、やれない、それについては、
次に振り返りをすればいいんだから。」
「あとね、コンビテンシーの話しに戻るけど、
『たくさん載っています。』という表現よりも、
『成果をだしている先人のコーチたちの行動を10年にわたって整理したものを
これだけのものに集約したのがこちらです。』という表現のほうが受けとめ
やすいよ。」
むー、、、なるほどー、、、。
さすがTコーチ。
これがマスターコーチとの差か…。
いや、もう人間力の違い?(涙)
コーチはクライアントに挑戦させる。
大変だなんて思わせない。
そうだ、そうだ、そうだ!
だから、クライアントは自ら可能性と能力を
のびのびと発揮していくようになるんだ。
成功体験が積み重なっていくんだ。
ああ、そういうことができる人でありたい。
コーチ道、まだまだ続く。
模擬クラスを実施しながらフィードバックしあう、
という時間のときのことだ。
私の担当クラスは、
コーチのコアコンビテンシー。
コーチとしてやること、やらないこと、
それらの行動特性に照らし合わせながら、
自身のコーチとしてのスキルアップを大いにはかる、
という内容だ。
このコンビテンシーとやら、
英語を訳した文章がなんともわかりずらい。
それに、数ページにもわたっていて、
読んでいるうに……、
いや読むというよりも、字面がちらちらと目に映るだけで、
脳がお散歩状態になってくる。
さて気を取り直して模擬クラス開始。
「こちらのマニュアルにコンビテンシーがたくさん載っていますが…」
えっ、「たくさん」って表現、ちょっと微妙じゃない〜?
自分で自分につっこみをいれる。
そんな調子だからまた使ってしまう。
「ではこれから私がデモコーチングをします。
オブザーブの方はこのたくさん載っているコンビテンシーを見ながら…」
あっ、また「たくさん」って言った。
再び、一人つっこみ。
調子でず。玉砕。
やっぱり心の在り方がリーディングに出るよねぇ。
「たくさん」の言葉の裏側には、
「こんなにたくさんあって理解するのが大変。」っていう思いがある。
それって、参加者にも伝わっていくよねぇ。
参加者役のTコーチがこうフィードバックした。
「猪俣さん、『たくさん』っていう言葉使ったよね。
それって、『わかりずらい、学ぶの大変。』そんな気持ちがあると思うんだ。
コーチがそう思っていると相手に必ず伝わるよ。
これはみんなにも言いたいんだけど、
クラスのホームワークをしてくるのは、
参加者は毎日忙しいんだから大変だよね、って思っていない?
でも、相手に『大変だ』なんて思わせないのがコーチだよ。
こんなのやって『当然』っていうスタンスでいなくちゃ。
クライアントに挑戦させるんだよ。
その結果、やる、やらない、やれない、それについては、
次に振り返りをすればいいんだから。」
「あとね、コンビテンシーの話しに戻るけど、
『たくさん載っています。』という表現よりも、
『成果をだしている先人のコーチたちの行動を10年にわたって整理したものを
これだけのものに集約したのがこちらです。』という表現のほうが受けとめ
やすいよ。」
むー、、、なるほどー、、、。
さすがTコーチ。
これがマスターコーチとの差か…。
いや、もう人間力の違い?(涙)
コーチはクライアントに挑戦させる。
大変だなんて思わせない。
そうだ、そうだ、そうだ!
だから、クライアントは自ら可能性と能力を
のびのびと発揮していくようになるんだ。
成功体験が積み重なっていくんだ。
ああ、そういうことができる人でありたい。
コーチ道、まだまだ続く。
2012年02月09日
自分のこと、好きな人〜?
今でもすごくインパクトが残っているのは、
あるセミナーでのこのシーンだ。
何年前だろう?
かれこれ7年前くらいになるかな?
日本コーチ協会埼玉チャプターでの勉強会でのことだ。
担当コーチは、片山正人さんだった。
勉強会の途中、片山さんからこんな質問があった。
「自分のことを好きな人、手をあげて。」
自分のことを好きだって?
そんなんあまりいるわけないじゃない。
と思った私の思惑を超えて、
ほぼ全員の参加者が手を挙げた!
えー、うそぉ〜〜〜!
その様子をみた片山さん曰く、
非常に満足した表情で、
「いいですね〜。コーチはまずは自分のことを好きでいてほしい。
自分のことが好きなだけ、
相手のことも受け入れられるからね。」
となんとまあ清々しい声のトーンでさらっと語られた。
私が片山さんにコーチをお願いしたのは、
これがきっかけでもある。
それから一年くらいたってからだろうか、
ある医薬品卸売会社の営業担当者向けセミナーで、
同じ質問を問いかけてみた。
「皆さんのなかでご自身が好きだという方はどれくらいいらっしゃいますか?」
突然の質問にためらいと躊躇の雰囲気がただよい、
にやっと照れ笑いする人たちが多いなかで、
なんのてらいもなく、すくっと右手をまっすぐ上にあげた方がいた!
そちらの方向を見て、
なるほど…、と思った。
参加者25名ほどのなかで、
一番目が輝いているのは彼だった。
そして何よりも「なるほど」と思ったのは、
その彼は全社あげての営業マンのロールプレイング大会で、
入賞した人でもあったからだ。
手をおろした後も、表情豊かに笑顔でいる。
こんな彼だからこそ、お客様もついてくる。
社内でもきっと応援してくれる人が多いはずだ。
自分のことが好きな人。
それはひるがえって、
人と人との違いをまるごと受け入れられる、
ってことなのかもしれないなあ。
だから、一緒にいる人はリラックスできて、
ありのままの自分でいられるのかも。
あなたはどうだろうか?
自分のこと、どれくらい好き、ですか?
あるセミナーでのこのシーンだ。
何年前だろう?
かれこれ7年前くらいになるかな?
日本コーチ協会埼玉チャプターでの勉強会でのことだ。
担当コーチは、片山正人さんだった。
勉強会の途中、片山さんからこんな質問があった。
「自分のことを好きな人、手をあげて。」
自分のことを好きだって?
そんなんあまりいるわけないじゃない。
と思った私の思惑を超えて、
ほぼ全員の参加者が手を挙げた!
えー、うそぉ〜〜〜!
その様子をみた片山さん曰く、
非常に満足した表情で、
「いいですね〜。コーチはまずは自分のことを好きでいてほしい。
自分のことが好きなだけ、
相手のことも受け入れられるからね。」
となんとまあ清々しい声のトーンでさらっと語られた。
私が片山さんにコーチをお願いしたのは、
これがきっかけでもある。
それから一年くらいたってからだろうか、
ある医薬品卸売会社の営業担当者向けセミナーで、
同じ質問を問いかけてみた。
「皆さんのなかでご自身が好きだという方はどれくらいいらっしゃいますか?」
突然の質問にためらいと躊躇の雰囲気がただよい、
にやっと照れ笑いする人たちが多いなかで、
なんのてらいもなく、すくっと右手をまっすぐ上にあげた方がいた!
そちらの方向を見て、
なるほど…、と思った。
参加者25名ほどのなかで、
一番目が輝いているのは彼だった。
そして何よりも「なるほど」と思ったのは、
その彼は全社あげての営業マンのロールプレイング大会で、
入賞した人でもあったからだ。
手をおろした後も、表情豊かに笑顔でいる。
こんな彼だからこそ、お客様もついてくる。
社内でもきっと応援してくれる人が多いはずだ。
自分のことが好きな人。
それはひるがえって、
人と人との違いをまるごと受け入れられる、
ってことなのかもしれないなあ。
だから、一緒にいる人はリラックスできて、
ありのままの自分でいられるのかも。
あなたはどうだろうか?
自分のこと、どれくらい好き、ですか?
2012年02月08日
ボロ布に包まれたダイヤモンド
先月、某大学の就職支援セミナーを担当した。
他のキャリアカウンセラー三人と一緒にだ。
チームで大学にのりこんでいくみたいで、
こんな雰囲気も大好きだ。
内容は、
模擬面接とグループディスカッション。
大学三年生と大学院一年生が対象。
脳はクール、心は純真…と、
こんないい感じのアンバランスさが学生らしい。(微笑)
・インターシップで新事業の立ち上げに関わったんですけど、責任がとにかく
学生とは違うんです。働くって責任をもつってことなんだと実感しました。
・就職はこの企業一本にしぼって、他の企業は受けないくらいの気持ちでいるんです。
・私ってどう見えますか? 教えてください。
・社会人になったら、何であれ「変革」にチャレンジしていきたい。
などなど。
当たり前だが真剣そのものだ。
知りたい情報があれば自分から食らいついてくる。
セミナーが終わってからも、
私たちキャリアカウンセラーに質問の列ができるほどだ。
セミナー終了時はあたりはもう真っ暗。
外に出たときに、
あまりの寒さに背を縮こませた。
若者がどんどん私たちの一員になってくる。
そのときに、どれだけ社会にそして社会人に魅力を感じるだろうか。
「感じる」「感じない」は人それぞれの感性による。
けれども、この人みたいになりたい、
働くってなんて素晴らしいことなんだ、
そんな思いを味わってほしい。
大学生はポロ布に包まれたダイヤモンド。
ボロ布って何よ!? と言われるかもしれないけど、
私にはそんなイメージだ。(笑顔)
輝くものを既に持っている。
けれども環境によっては、
ずっとその布に覆ったままになるかもしれない。
心の強い生き抜く力をもつ大人に育てていこう。
若者は国を支えていく大切な人材。
未来の担い手だ。
そのためにも、既に働いている私たちが
若者のモデルになっていたい。
私たちっていうか、
まずは私か。
「働くっていうのはね…」と語らずとも、
ただそこにいるだけで「この人みたいになりたい、この人を超えたい。」
そんな影響力を与える人でありたいと、
あらためて思う。
・・・・・・・・・・
光と影、明暗。
コントラストがきれい。
「影」も「暗」も風景の一部。
ふうむ、これからの人生、「影」や「暗」の役割になるのも
いいかもしれんなあ。

他のキャリアカウンセラー三人と一緒にだ。
チームで大学にのりこんでいくみたいで、
こんな雰囲気も大好きだ。
内容は、
模擬面接とグループディスカッション。
大学三年生と大学院一年生が対象。
脳はクール、心は純真…と、
こんないい感じのアンバランスさが学生らしい。(微笑)
・インターシップで新事業の立ち上げに関わったんですけど、責任がとにかく
学生とは違うんです。働くって責任をもつってことなんだと実感しました。
・就職はこの企業一本にしぼって、他の企業は受けないくらいの気持ちでいるんです。
・私ってどう見えますか? 教えてください。
・社会人になったら、何であれ「変革」にチャレンジしていきたい。
などなど。
当たり前だが真剣そのものだ。
知りたい情報があれば自分から食らいついてくる。
セミナーが終わってからも、
私たちキャリアカウンセラーに質問の列ができるほどだ。
セミナー終了時はあたりはもう真っ暗。
外に出たときに、
あまりの寒さに背を縮こませた。
若者がどんどん私たちの一員になってくる。
そのときに、どれだけ社会にそして社会人に魅力を感じるだろうか。
「感じる」「感じない」は人それぞれの感性による。
けれども、この人みたいになりたい、
働くってなんて素晴らしいことなんだ、
そんな思いを味わってほしい。
大学生はポロ布に包まれたダイヤモンド。
ボロ布って何よ!? と言われるかもしれないけど、
私にはそんなイメージだ。(笑顔)
輝くものを既に持っている。
けれども環境によっては、
ずっとその布に覆ったままになるかもしれない。
心の強い生き抜く力をもつ大人に育てていこう。
若者は国を支えていく大切な人材。
未来の担い手だ。
そのためにも、既に働いている私たちが
若者のモデルになっていたい。
私たちっていうか、
まずは私か。
「働くっていうのはね…」と語らずとも、
ただそこにいるだけで「この人みたいになりたい、この人を超えたい。」
そんな影響力を与える人でありたいと、
あらためて思う。
・・・・・・・・・・
光と影、明暗。
コントラストがきれい。
「影」も「暗」も風景の一部。
ふうむ、これからの人生、「影」や「暗」の役割になるのも
いいかもしれんなあ。

2012年02月07日
素晴らしいと思ったことはすぐに届けよう
その人の素晴らしさは、
その人が生きている間に伝えよう
こんなニュアンスの言葉が
ずうっと心に残っている。
どこで目にしたものやら、
どのノートに書きとめたかも
今となっては記憶がおぼろげである。
でもね、この言葉の意味、
思い当たることもあるんだ。
だから、去年くらいから意識している。
「あの人」のおかげだな、ありがたかったな、
そんな気持ちがおきたときは、
間をおかずに、その人にその思いを届けることを。
メールででも葉書でも。
単なる自己満足かもしれない。
けれども、これからも大切にしていきたいな…と思う。
・・・・・・・・・・・・・・
1年半前に堺に旅行したときのスナップ。
どこかのお寺のお庭だった。(どこの寺じゃ?!)
まつぼっくりが愛らしくて、
この二つとも大切に持ち帰ってきた。
今でも大切に自宅の本棚に飾ってある。

その人が生きている間に伝えよう
こんなニュアンスの言葉が
ずうっと心に残っている。
どこで目にしたものやら、
どのノートに書きとめたかも
今となっては記憶がおぼろげである。
でもね、この言葉の意味、
思い当たることもあるんだ。
だから、去年くらいから意識している。
「あの人」のおかげだな、ありがたかったな、
そんな気持ちがおきたときは、
間をおかずに、その人にその思いを届けることを。
メールででも葉書でも。
単なる自己満足かもしれない。
けれども、これからも大切にしていきたいな…と思う。
・・・・・・・・・・・・・・
1年半前に堺に旅行したときのスナップ。
どこかのお寺のお庭だった。(どこの寺じゃ?!)
まつぼっくりが愛らしくて、
この二つとも大切に持ち帰ってきた。
今でも大切に自宅の本棚に飾ってある。

2012年02月06日
自分が変わると、相手も変わろうとする
昨年から「断捨離」し始めたことは
既にお伝えしたとおりだけど、
ある効果があらわれた!
それも驚くような、ある効果。
なんと、あの夫が、
「本棚の整理しようかな。本、ありすぎだよね。
思いきって捨てよう。
新聞もどんどん捨てたほうがいいよね。
ipadで読めばたまらないと思うんだ。
冬は寒いから、休日に整理して、
春になったら山に行こう。」
と、のたまうではないか!
これはすごいことだ。
おそらくは私の影響。
こういう言葉、よく聞かない?
相手を変えようと思うなかれ。
自分が変わることで、
その結果、相手の行動や考え方が変わる可能性は高い、と。
以前、コーチングエクササイズでクライアント役をすると、
私の話題はいつも
「夫がモノためて捨てないこと、それで雪崩がおきる、
どうにか部屋を整理したい、きれいな部屋で生活したい。」
そんな話題ばかりだった。
あるコーチがこう質問したときがあった。
「猪俣さん、ご主人さんはいつからそうなんですか?」
またこうも。
「もしも猪俣さんがご主人さんだったら、
今の猪俣さんを見てどう思いますか?」
そうして気づく。
そうだ、彼は幼少のころからモノをためるタイプだった。
実家の彼の部屋は、8畳もあって広かったはずなのに、
二人ようやくちんまり座れるスペースしかなかったじゃないか。
昔からそうだったんだから、
そう変わらんよなあ。
そう気づいて、あれこれ言うのをやめた。
本や書類の雪崩が起きると、
黙って元の位置に戻した。
その彼が…!
自ら整理しようとのたまうじゃないか。
これは本当にすごいことだ。
相手に変えてほしいと思うならば、
まず自分が何かを変えること。
チェンジがチェンジを呼ぶ。
人は影響しあう。
そうなのかもしれない。
さて、今度はどんな変革にチャレンジしようか。
いと楽し。
既にお伝えしたとおりだけど、
ある効果があらわれた!
それも驚くような、ある効果。
なんと、あの夫が、
「本棚の整理しようかな。本、ありすぎだよね。
思いきって捨てよう。
新聞もどんどん捨てたほうがいいよね。
ipadで読めばたまらないと思うんだ。
冬は寒いから、休日に整理して、
春になったら山に行こう。」
と、のたまうではないか!
これはすごいことだ。
おそらくは私の影響。
こういう言葉、よく聞かない?
相手を変えようと思うなかれ。
自分が変わることで、
その結果、相手の行動や考え方が変わる可能性は高い、と。
以前、コーチングエクササイズでクライアント役をすると、
私の話題はいつも
「夫がモノためて捨てないこと、それで雪崩がおきる、
どうにか部屋を整理したい、きれいな部屋で生活したい。」
そんな話題ばかりだった。
あるコーチがこう質問したときがあった。
「猪俣さん、ご主人さんはいつからそうなんですか?」
またこうも。
「もしも猪俣さんがご主人さんだったら、
今の猪俣さんを見てどう思いますか?」
そうして気づく。
そうだ、彼は幼少のころからモノをためるタイプだった。
実家の彼の部屋は、8畳もあって広かったはずなのに、
二人ようやくちんまり座れるスペースしかなかったじゃないか。
昔からそうだったんだから、
そう変わらんよなあ。
そう気づいて、あれこれ言うのをやめた。
本や書類の雪崩が起きると、
黙って元の位置に戻した。
その彼が…!
自ら整理しようとのたまうじゃないか。
これは本当にすごいことだ。
相手に変えてほしいと思うならば、
まず自分が何かを変えること。
チェンジがチェンジを呼ぶ。
人は影響しあう。
そうなのかもしれない。
さて、今度はどんな変革にチャレンジしようか。
いと楽し。
2012年02月03日
意にそわないフィードバック、ウェルカム!
ふがいない時、
やる気はあるのに結果がみあわない時、
これだけ頑張っているのに評価が得られない時、
全体のためと思って敢えて言ったのに誤解される時、
研修参加者からのフィードバックが低い時…。
あげればきりがないけれど、
もしかして私って能力ないんじゃないかって、
落ち込むときってない?
この仕事向いていないんじゃないかって、
辞めたほうがいいのかなって思うときってない?
私は結構あるよ。
この前、あるプログラムでファシリテーターを担当したとき、
「講師のコミュニケーションが参考になったか」というアンケート項目で、
えっらい低い数字のフィードバックが返ってきた!
まずい…。
最悪だ。
ファシリテーターのコミュニケーションが参考にならないなんて、
全くモデルになりゃしない。
参加者にとっても参加する意味ないじゃない。
私ってこの仕事しないほうがいいのかも…。
夫を会社まで送った帰りの車の中、
ハンドルを握りながらじわっと涙ぐむ。
(えっ?! この私が?! と思うでしょ!(笑))
私ってかわいそう・・・・
と涙ぐむ。(はっはは!笑)
そうしているうちに、
不思議なことに事実がクリアに見えてくる。
そういえばあの参加者は、
このプログラムに参加してどんな成果があったのか、
その項目にも全く記入していなかった。
成果が何もないなんて、
そんなわけないはずだ。
はたと思った。
あっ、先週から今に至るまでの
成果の振り返りの時間をとっていなかったじゃない。私。
じゃあ、次回その時間をとるとして、
そのときにどんな承認や質問をすると、
参加者にとってより効果的だろう?
相手が「話してよかった。」「よし、やり続けよう。」と思えるくらいの
輝く時間にどうしたらできるだろう?
他のメンバーの成果を聞いて参考になるには、
私がどんなファシリテーターをするといいだろうか?
だんだんと「これから」に意識が向いてきた。
そして大事なことに気づく。
そもそもだよ。
「こんな人にフィードバックしたって伝わらないよ、
反対に恨まれたらやっかいだ。」
なんて思う人にフィードバックするだろうか。
しないよね。
だとしたら辛口フィードバックは、
その人なりの相手への「期待のあらわれ」なのかもしれないなぁ。
はい、受けとめましょう。
そして、これからだ。
このフィードバック、必ずや活かしましょう。
今日からまた一人コーチングの練習開始。(笑)
(一人でコーチ役、クライアント役の会話の応酬。)
何かと言われやすい人は「得」だ。
軌道修正する機会をこうしてもらっている。
そうだとわかっていても、
意にそわないフィードバックは、
やっぱり心が痛むよね…。
でもね、
その「痛み」を十分十分味わおうよ。
ぬるま湯の温泉につかるがごとく、
十分味わおう。
その先にきっと次のステージがある。
あなたはそのステージで活躍する。
私はそうなることを信じている。
そうなるように応援する。
意にそわないフィードバック、
ウェルカム!
やる気はあるのに結果がみあわない時、
これだけ頑張っているのに評価が得られない時、
全体のためと思って敢えて言ったのに誤解される時、
研修参加者からのフィードバックが低い時…。
あげればきりがないけれど、
もしかして私って能力ないんじゃないかって、
落ち込むときってない?
この仕事向いていないんじゃないかって、
辞めたほうがいいのかなって思うときってない?
私は結構あるよ。
この前、あるプログラムでファシリテーターを担当したとき、
「講師のコミュニケーションが参考になったか」というアンケート項目で、
えっらい低い数字のフィードバックが返ってきた!
まずい…。
最悪だ。
ファシリテーターのコミュニケーションが参考にならないなんて、
全くモデルになりゃしない。
参加者にとっても参加する意味ないじゃない。
私ってこの仕事しないほうがいいのかも…。
夫を会社まで送った帰りの車の中、
ハンドルを握りながらじわっと涙ぐむ。
(えっ?! この私が?! と思うでしょ!(笑))
私ってかわいそう・・・・
と涙ぐむ。(はっはは!笑)
そうしているうちに、
不思議なことに事実がクリアに見えてくる。
そういえばあの参加者は、
このプログラムに参加してどんな成果があったのか、
その項目にも全く記入していなかった。
成果が何もないなんて、
そんなわけないはずだ。
はたと思った。
あっ、先週から今に至るまでの
成果の振り返りの時間をとっていなかったじゃない。私。
じゃあ、次回その時間をとるとして、
そのときにどんな承認や質問をすると、
参加者にとってより効果的だろう?
相手が「話してよかった。」「よし、やり続けよう。」と思えるくらいの
輝く時間にどうしたらできるだろう?
他のメンバーの成果を聞いて参考になるには、
私がどんなファシリテーターをするといいだろうか?
だんだんと「これから」に意識が向いてきた。
そして大事なことに気づく。
そもそもだよ。
「こんな人にフィードバックしたって伝わらないよ、
反対に恨まれたらやっかいだ。」
なんて思う人にフィードバックするだろうか。
しないよね。
だとしたら辛口フィードバックは、
その人なりの相手への「期待のあらわれ」なのかもしれないなぁ。
はい、受けとめましょう。
そして、これからだ。
このフィードバック、必ずや活かしましょう。
今日からまた一人コーチングの練習開始。(笑)
(一人でコーチ役、クライアント役の会話の応酬。)
何かと言われやすい人は「得」だ。
軌道修正する機会をこうしてもらっている。
そうだとわかっていても、
意にそわないフィードバックは、
やっぱり心が痛むよね…。
でもね、
その「痛み」を十分十分味わおうよ。
ぬるま湯の温泉につかるがごとく、
十分味わおう。
その先にきっと次のステージがある。
あなたはそのステージで活躍する。
私はそうなることを信じている。
そうなるように応援する。
意にそわないフィードバック、
ウェルカム!
2012年02月02日
自分がだした答えだから「自由」と「責任」がもてる
コーチエィ主催のコーチングのトレーニングは、
エクササイズがふんだんに盛り込まれているから、
とても好きだ。
自分のコーチングにその場でフィードバックがあるのもいいし、
何よりも他のコーチのコーチングからも多いに学べる。
その日もYさんのコーチングから
大きな発見があった!
そのときのクライアント役Aさんのテーマは、
健康管理、具体的には冷え症対策だった。
どうやら既にAさんなりにアイディアがいくつかあるらしい。
Yさんがそれを尋ねると、
すらすらと4項目ほど答えられた。
どれをやるのがいいかな、と考え込んでいる。
さてYさん、どうコーチする。
私だったらどんな質問をするかな?
たとえば、
一番効果があるのはどれですか?
簡単にできるのはどれでしょう?
何かと何かを組み合わせられるとしたらどうですか?
…とか?
Yさんがした質問はこうだ。
「Aさん、今まではどんな選び方をしていたんですか?」
おっ、これは思い浮かばなかった!
Aさんがもともと持っている「やり方」や「パターン」を
今この場に引きだす「いい質問」だ!
忘れないうちにノートに書きとめた。
Aさんはほんの一瞬考えたのち、
「そうですね。今までは…。
あっ、思いだしたんですけど…、」
と気づきがおきたよう。
自分の中から答えを導いた瞬間だ!
さて、それから数週間たった「今」に話しはかわる。
私はあることに迷っていた。
それは、Tコーチ主催の勉強会に参加するかどうかだ。
というのも、
年間通してほぼ月に一回のペース、全10回の実施、
実施される土曜日に本当に参加できるのか、
他に予定が入ることがあるんじゃないか、
一回目にはもう参加できないし…、
どうかなぁ〜〜。
考えあぐねるばかり。
いつもの私のように一歩がでない。
そんなときに、Yコーチのあの質問を思い出した。
「今まではどんな選び方をしていたんですか?」
少し表現を変えてみよう。
「さて、私は今まで同じようなときにどのように決めていただろうか?」
自分のやり方をひっぱりだす。
自問自答だ。
(んー、講師が魅力的かどうかで決めていたな。
コーチのスタンスやスキルやファシリテーションが学べるかどうか。
今回はどうかな。)
講師のTコーチからは間違いなく多くを学べる。
それこそ私が求めているものだ。
(じゃあさ、迷っている要因って何?)
実施日の土曜日がネック。何か予定がはいりそうな気がする。
(参加する土曜日って年間ある土曜日のうちどれくらい?)
年間48日あるうち10日間。20%くらい。
ここではたと思った。
もしも参加できない回があったら、
あとで誰かに内容を教えてもらおうかな。
それは相手にとってもいいことだぞ。
何せ、学んだことを誰かに話すことで
その人にとってもいい復習にもなる。
もしくは事務局の人に、
ICレコーダーで録音をお願いしてもいいんじゃないかな。
うん、そうしてもらおう。
よし、申し込もう!
Webでその勉強会の申し込み画面を開く。
そのページをよくよく読んでみると、
欠席の場合は録音データを渡すので復習できますよ、
とちゃんと書いてあった。
ワンクリック。申し込み!
今、どんな気持ちかって?
すっきりだ。
あんなにうじうじと悩んでいたのに。
自分でだした答えだから、いい感じに責任がもてる。
それに思ったんだけど、
答えに「責任がもてる」ってことは、
やらされ感じゃないから、
さあやるぞっていう「自由」な感覚も
あわせて手に入ってきそうだ。
何かを決めないといけない、
ひとつに絞らないといけない、
そんなときには、
この質問を使ってみるものおすすめだ。
あなたの中から、
どんな答えがでてくるのか楽しみだよね!
エクササイズがふんだんに盛り込まれているから、
とても好きだ。
自分のコーチングにその場でフィードバックがあるのもいいし、
何よりも他のコーチのコーチングからも多いに学べる。
その日もYさんのコーチングから
大きな発見があった!
そのときのクライアント役Aさんのテーマは、
健康管理、具体的には冷え症対策だった。
どうやら既にAさんなりにアイディアがいくつかあるらしい。
Yさんがそれを尋ねると、
すらすらと4項目ほど答えられた。
どれをやるのがいいかな、と考え込んでいる。
さてYさん、どうコーチする。
私だったらどんな質問をするかな?
たとえば、
一番効果があるのはどれですか?
簡単にできるのはどれでしょう?
何かと何かを組み合わせられるとしたらどうですか?
…とか?
Yさんがした質問はこうだ。
「Aさん、今まではどんな選び方をしていたんですか?」
おっ、これは思い浮かばなかった!
Aさんがもともと持っている「やり方」や「パターン」を
今この場に引きだす「いい質問」だ!
忘れないうちにノートに書きとめた。
Aさんはほんの一瞬考えたのち、
「そうですね。今までは…。
あっ、思いだしたんですけど…、」
と気づきがおきたよう。
自分の中から答えを導いた瞬間だ!
さて、それから数週間たった「今」に話しはかわる。
私はあることに迷っていた。
それは、Tコーチ主催の勉強会に参加するかどうかだ。
というのも、
年間通してほぼ月に一回のペース、全10回の実施、
実施される土曜日に本当に参加できるのか、
他に予定が入ることがあるんじゃないか、
一回目にはもう参加できないし…、
どうかなぁ〜〜。
考えあぐねるばかり。
いつもの私のように一歩がでない。
そんなときに、Yコーチのあの質問を思い出した。
「今まではどんな選び方をしていたんですか?」
少し表現を変えてみよう。
「さて、私は今まで同じようなときにどのように決めていただろうか?」
自分のやり方をひっぱりだす。
自問自答だ。
(んー、講師が魅力的かどうかで決めていたな。
コーチのスタンスやスキルやファシリテーションが学べるかどうか。
今回はどうかな。)
講師のTコーチからは間違いなく多くを学べる。
それこそ私が求めているものだ。
(じゃあさ、迷っている要因って何?)
実施日の土曜日がネック。何か予定がはいりそうな気がする。
(参加する土曜日って年間ある土曜日のうちどれくらい?)
年間48日あるうち10日間。20%くらい。
ここではたと思った。
もしも参加できない回があったら、
あとで誰かに内容を教えてもらおうかな。
それは相手にとってもいいことだぞ。
何せ、学んだことを誰かに話すことで
その人にとってもいい復習にもなる。
もしくは事務局の人に、
ICレコーダーで録音をお願いしてもいいんじゃないかな。
うん、そうしてもらおう。
よし、申し込もう!
Webでその勉強会の申し込み画面を開く。
そのページをよくよく読んでみると、
欠席の場合は録音データを渡すので復習できますよ、
とちゃんと書いてあった。
ワンクリック。申し込み!
今、どんな気持ちかって?
すっきりだ。
あんなにうじうじと悩んでいたのに。
自分でだした答えだから、いい感じに責任がもてる。
それに思ったんだけど、
答えに「責任がもてる」ってことは、
やらされ感じゃないから、
さあやるぞっていう「自由」な感覚も
あわせて手に入ってきそうだ。
何かを決めないといけない、
ひとつに絞らないといけない、
そんなときには、
この質問を使ってみるものおすすめだ。
あなたの中から、
どんな答えがでてくるのか楽しみだよね!
2012年02月01日
あなたが産まれた時、死に逝く時…
部屋の整理をしようと思って、
雑誌を右手でひょいと取り除いたら、
『PHPスペシャル〜こころを励ます88の言葉』が姿をあらわした。
あとで読もうと思って、
そのままにしておいたものだ。
これも整理しよう…と手をかけた瞬間、
ちょっと待てよ、とぱらぱらとページをめくる。
このメッセージを目にしたとき、
その動きがぴたっととまった。
あなたが産まれた時、
あなたは泣いていたが、
みんな笑っていた。
あなたが死に逝く時、
みんなは泣いていたが、
あなたは笑っていた。
そんな人生を、送りなさい。
なぜ、心に染みるのかわからない。
最後の「そんな人生を送りなさい」の
「そんな人生」ってなんだろう?
わからないなりに、
繰り返し読めば読むほど、
こういう人生を送りたいという思いが強くなる。
不思議なメッセージだ。
今日はつれづれなるままに…。
雑誌を右手でひょいと取り除いたら、
『PHPスペシャル〜こころを励ます88の言葉』が姿をあらわした。
あとで読もうと思って、
そのままにしておいたものだ。
これも整理しよう…と手をかけた瞬間、
ちょっと待てよ、とぱらぱらとページをめくる。
このメッセージを目にしたとき、
その動きがぴたっととまった。
あなたが産まれた時、
あなたは泣いていたが、
みんな笑っていた。
あなたが死に逝く時、
みんなは泣いていたが、
あなたは笑っていた。
そんな人生を、送りなさい。
なぜ、心に染みるのかわからない。
最後の「そんな人生を送りなさい」の
「そんな人生」ってなんだろう?
わからないなりに、
繰り返し読めば読むほど、
こういう人生を送りたいという思いが強くなる。
不思議なメッセージだ。
今日はつれづれなるままに…。
2012年01月31日
カンブリア宮殿 小山進氏から学ぶ
昨年の12月半ばくらいだったろうか。
テレビ番組『カンブリア宮殿』のゲストは
小山進さんだった。
以下、番組のHPから文章を拝借すると
内容は次の通りだ。
パティシエ エス コヤマ オーナーパティシエ
小山 進(こやま・すすむ)氏
“海外修行経験なし!”兵庫のケーキ職人の男は今秋、本場フランスに挑ん
だ。
「パティシエ エス コヤマ」のオーナーパティシエ、小山進(47歳)だ。
小山は、世界最大のチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」に出展。
そこで小山のショコラは、初出展ながらチョコレート版「ミシュラン」ともいえる
品評会で、なんと最高格付けを獲得。
一体、世界の人々は小山の何に魅了されたのか?
毎日売れ切れ必至の「小山ロール」など人気商品を次々と生み出す小山だが、
過去には製造以外に営業や企画部など色々な部署を経験してきた。
これがいまの商品作りに生きているというが、その商品作りの極意とは?
また世界が認める商品作りをする小山だがケーキ作りのほかに最も重視して
いることがあるという。ユニークな人材育成からそれを探る。
今、日本のみならず世界を甘く魅了する“小山流”に迫る!
とても魅力的な人だった。
特にこんな言葉が印象に残った。
一年目のときは洗いものが主な仕事だ。
シンクにはいろんな洗いものでいっぱいになる。
でも、自分は世界一なんだと思って洗っていた。
ただそれを洗っているのも、
ましてや、いやいや洗うのも嫌。
世界で誰かが洗っているはずだ。
キッチンで洗っているお母さんもいるだろうし、
自分と同じようにケーキ屋で洗っている人もいる。
いろんな人が洗っているはず。
そのなかで自分が世界一やと思って洗っていた。
自分自身が嫌にならない方法を見つけるっていうんでしょうかね。
そうしていましたね。
なるほど。
世界一なんだと思って目の前の作業に取り組む。
私はどうだろう?
もうひとつこんなことも話していた。
自分が自分の店のお客さんだったときの視点なんですよ。
自分がお客さんだったら、どんな味を食べたいか、
自分が遊ぶんだったら、ここに何が足りないのか。
考えて考えてとことんやる、
という姿勢に刺激を受ける。
やっぱり問う。
私はどうだろう?
世界一と思ってやる。
そして、自分が自分の顧客だったら何をのぞむか。
この視点、とりいれて行動しよう。
そうしたらどんな変化が起きるだろうか?
ちょいとコーチ的質問を自分に問う。
実は私は資料や企画書や研修のコンテンツを考えるのが
あまり好きではない。
でも、それも「世界一や!」なんて思いながら取り組んだら、
確実に仕上がりもよくスピードも早くなりそう。
経験不足や知識不足の仕事のオファーがきたら、
そのギャップを埋めるべく、
情報を既に持っている人の助けを求めるようにもなるだろう。
自分が自分の「クライアントやお客様」だったら
何をのぞむか? だって?
もっと目に見える成果をイメージさせて、ってのぞむだろうか?
これはまだすぐに答えがでず。
プロとしてのほどよい緊張感に包まれる。
実はそれは好きな感覚でもある。
小山さんのこの視点。
とりいれて一年間行動してみよう!
テレビ番組『カンブリア宮殿』のゲストは
小山進さんだった。
以下、番組のHPから文章を拝借すると
内容は次の通りだ。
パティシエ エス コヤマ オーナーパティシエ
小山 進(こやま・すすむ)氏
“海外修行経験なし!”兵庫のケーキ職人の男は今秋、本場フランスに挑ん
だ。
「パティシエ エス コヤマ」のオーナーパティシエ、小山進(47歳)だ。
小山は、世界最大のチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」に出展。
そこで小山のショコラは、初出展ながらチョコレート版「ミシュラン」ともいえる
品評会で、なんと最高格付けを獲得。
一体、世界の人々は小山の何に魅了されたのか?
毎日売れ切れ必至の「小山ロール」など人気商品を次々と生み出す小山だが、
過去には製造以外に営業や企画部など色々な部署を経験してきた。
これがいまの商品作りに生きているというが、その商品作りの極意とは?
また世界が認める商品作りをする小山だがケーキ作りのほかに最も重視して
いることがあるという。ユニークな人材育成からそれを探る。
今、日本のみならず世界を甘く魅了する“小山流”に迫る!
とても魅力的な人だった。
特にこんな言葉が印象に残った。
一年目のときは洗いものが主な仕事だ。
シンクにはいろんな洗いものでいっぱいになる。
でも、自分は世界一なんだと思って洗っていた。
ただそれを洗っているのも、
ましてや、いやいや洗うのも嫌。
世界で誰かが洗っているはずだ。
キッチンで洗っているお母さんもいるだろうし、
自分と同じようにケーキ屋で洗っている人もいる。
いろんな人が洗っているはず。
そのなかで自分が世界一やと思って洗っていた。
自分自身が嫌にならない方法を見つけるっていうんでしょうかね。
そうしていましたね。
なるほど。
世界一なんだと思って目の前の作業に取り組む。
私はどうだろう?
もうひとつこんなことも話していた。
自分が自分の店のお客さんだったときの視点なんですよ。
自分がお客さんだったら、どんな味を食べたいか、
自分が遊ぶんだったら、ここに何が足りないのか。
考えて考えてとことんやる、
という姿勢に刺激を受ける。
やっぱり問う。
私はどうだろう?
世界一と思ってやる。
そして、自分が自分の顧客だったら何をのぞむか。
この視点、とりいれて行動しよう。
そうしたらどんな変化が起きるだろうか?
ちょいとコーチ的質問を自分に問う。
実は私は資料や企画書や研修のコンテンツを考えるのが
あまり好きではない。
でも、それも「世界一や!」なんて思いながら取り組んだら、
確実に仕上がりもよくスピードも早くなりそう。
経験不足や知識不足の仕事のオファーがきたら、
そのギャップを埋めるべく、
情報を既に持っている人の助けを求めるようにもなるだろう。
自分が自分の「クライアントやお客様」だったら
何をのぞむか? だって?
もっと目に見える成果をイメージさせて、ってのぞむだろうか?
これはまだすぐに答えがでず。
プロとしてのほどよい緊張感に包まれる。
実はそれは好きな感覚でもある。
小山さんのこの視点。
とりいれて一年間行動してみよう!
2012年01月30日
一人の人にはいろいろな要素がある
聴き上手ですよね。
話すほうが好きですよね。
じっくり考えるタイプですよね。
思ったら即行動の人ですよね。
相手が受けとりやすいように言葉を選んで話しますよね。
思ったことをぱっと率直に言いますよね。
プロ意識が高いですよね。
準備不足でもなんとかなるって思ってますよね。
細かいところを気にしますよね。
思いきりがいいですよね。
これって誰のこと?
実はすべて私のことだ。
今まで「猪俣さんってこんな人だよね。」と言われたフレーズを
思いだして並べてみた。
面白いなあ。
それって正反対なんじゃない? ってことも
結構あるじゃない。
こんなふうに、
一人の人の中にはいろーんな要素が入っている。
入っていてブレンドされている。
だからコーチするときには、
私は、今、相手の「どんな個性」を引き出しているのかに
意識をはらうようにしている。
どんな「個性」にもいいも悪いもない。
けれども、周囲との人間関係やその人自身の生き方で、
上手くいくことにつながる個性を引き出せる人でありたいなと、
そう思っている。
話すほうが好きですよね。
じっくり考えるタイプですよね。
思ったら即行動の人ですよね。
相手が受けとりやすいように言葉を選んで話しますよね。
思ったことをぱっと率直に言いますよね。
プロ意識が高いですよね。
準備不足でもなんとかなるって思ってますよね。
細かいところを気にしますよね。
思いきりがいいですよね。
これって誰のこと?
実はすべて私のことだ。
今まで「猪俣さんってこんな人だよね。」と言われたフレーズを
思いだして並べてみた。
面白いなあ。
それって正反対なんじゃない? ってことも
結構あるじゃない。
こんなふうに、
一人の人の中にはいろーんな要素が入っている。
入っていてブレンドされている。
だからコーチするときには、
私は、今、相手の「どんな個性」を引き出しているのかに
意識をはらうようにしている。
どんな「個性」にもいいも悪いもない。
けれども、周囲との人間関係やその人自身の生き方で、
上手くいくことにつながる個性を引き出せる人でありたいなと、
そう思っている。
2012年01月27日
親を見送って一人前になる
齢60代半ばのNさんがこう言う。
「私の父は89歳まで自分ができることは自分でやって、
脳卒中で倒れてそのまま亡くなったんですよ。
私もそんなふうになりたいなあと思って。
家族の負担や迷惑になりたくないですねぇ。
あっ、こんなしんみりした話し、猪俣さんを暗くさせちゃいますね。
まだまだこれからなのに。」
いやいや、その気持ちわかる。
わかるというのはおこがましいかもしれないけど、
わかる。
義母を思い出す。
面倒見がとにかくいい義母は、
兄妹で誰かが具合が悪くなったと聞けば、
エプロン持参ですぐ駆けつけてサポートをする。
「思ったら吉日」という言葉をそのまま実践しているような人で、
あそこに行きたい、あの習い事やりたいと口にだしたそばから、
もう翌日にはそうしているぐらいの活発で行動的で、
元気いっぱいの人だった。
口癖は、
「恭子さんに面倒みてもらうようになったら大変だわ。
健康に気をつけなくっちゃねぇ。」
で、ちょっと体調が悪くてもすぐ検査をするほどで、
健康管理には万全の体制をとっていた。
それぐらいの人だったのに、
私たちが結婚して一年半でクモ膜下出血で倒れて、
重度の言語障害をもち、その数年後にガンを発症し、
静かに逝った。
義父は脳幹出血を起こし、
倒れたときから意識が戻ることなく、
それから二年近く、毎日が危篤状態だった。
私の父もガンを発症。
闘病の毎日は、
同じような経験をした方だったら想像がつくと思うけど、
相当に辛かった。
今振り返ると、そんなに大変だったわけじゃない。
が、まがりなりにもこんな体験をした私が思うのは、
子は親を見送ってようやく一人前になる、
ということだ。
Nさんにもそれを伝えた。
目を見張ってしばらく私を見つめて、
それから視線をふっと落としていたっけ。
Nさんは何を感じたのだろうか。
親であれば、
特に子どもの迷惑になりたくないと思うのは、
それは当然のことと思う。
でもね、先のことはわからない。
そうなったら、とことん迷惑かけちゃえ!
人と人は所詮は迷惑のかけあい。
親の面倒をみる体験から、
人は多くを体験し学ぶ。
自分の心のうちの暗い部分も知って
唖然とすることもある。
でも、そこから多くを学ぶ
それらはすべて「一人前」になるための登竜門。
そう思って、
自信をもって面倒みてもらっちゃおう。
はてさて、子どものいない私たちは、
老後はどうなるのかな?
夫のAさんはあまり考えたがらないようだ。
同じような環境の友人がどう考えているのか、
今度聞いてみよう。(笑顔)
「私の父は89歳まで自分ができることは自分でやって、
脳卒中で倒れてそのまま亡くなったんですよ。
私もそんなふうになりたいなあと思って。
家族の負担や迷惑になりたくないですねぇ。
あっ、こんなしんみりした話し、猪俣さんを暗くさせちゃいますね。
まだまだこれからなのに。」
いやいや、その気持ちわかる。
わかるというのはおこがましいかもしれないけど、
わかる。
義母を思い出す。
面倒見がとにかくいい義母は、
兄妹で誰かが具合が悪くなったと聞けば、
エプロン持参ですぐ駆けつけてサポートをする。
「思ったら吉日」という言葉をそのまま実践しているような人で、
あそこに行きたい、あの習い事やりたいと口にだしたそばから、
もう翌日にはそうしているぐらいの活発で行動的で、
元気いっぱいの人だった。
口癖は、
「恭子さんに面倒みてもらうようになったら大変だわ。
健康に気をつけなくっちゃねぇ。」
で、ちょっと体調が悪くてもすぐ検査をするほどで、
健康管理には万全の体制をとっていた。
それぐらいの人だったのに、
私たちが結婚して一年半でクモ膜下出血で倒れて、
重度の言語障害をもち、その数年後にガンを発症し、
静かに逝った。
義父は脳幹出血を起こし、
倒れたときから意識が戻ることなく、
それから二年近く、毎日が危篤状態だった。
私の父もガンを発症。
闘病の毎日は、
同じような経験をした方だったら想像がつくと思うけど、
相当に辛かった。
今振り返ると、そんなに大変だったわけじゃない。
が、まがりなりにもこんな体験をした私が思うのは、
子は親を見送ってようやく一人前になる、
ということだ。
Nさんにもそれを伝えた。
目を見張ってしばらく私を見つめて、
それから視線をふっと落としていたっけ。
Nさんは何を感じたのだろうか。
親であれば、
特に子どもの迷惑になりたくないと思うのは、
それは当然のことと思う。
でもね、先のことはわからない。
そうなったら、とことん迷惑かけちゃえ!
人と人は所詮は迷惑のかけあい。
親の面倒をみる体験から、
人は多くを体験し学ぶ。
自分の心のうちの暗い部分も知って
唖然とすることもある。
でも、そこから多くを学ぶ
それらはすべて「一人前」になるための登竜門。
そう思って、
自信をもって面倒みてもらっちゃおう。
はてさて、子どものいない私たちは、
老後はどうなるのかな?
夫のAさんはあまり考えたがらないようだ。
同じような環境の友人がどう考えているのか、
今度聞いてみよう。(笑顔)
2012年01月26日
人と人との違いが面白い
先日Aさんとランチをしていたときのことだ。
それは昨年の12月のことだったので、
話題は自ずと昨年一年間の振り返りになっていく。
私の変化ね。
そうだなぁ。
数年前と変わったところは、
相手と自分の違いが
面白く感じられるようになったところかな。
いや、もう少し具体的にいうと、
相手のルール感や思い込みや行動や考え方のパターン、
そして今まで経験してきた物語を聞いても、
「いい」「悪い」とジャッジしなくなってきたことかな。
だから、「へえ〜、面白いね。」って
感じられるようになったのかもしれない。
自分が経験してきたことや考えていることを人に話すときは、
リスクを感じることが多いと思う。
およそ誰だって否定されたくないし、
否定されたら嫌だなあ、と思うから、
おそるおそる小出しにして語ることが多い。
そんなときに、
聴き手が「へぇ〜。そうなんだ。面白いねぇ!」と反応してくれると、
間違いなく心がリラックスして、
言葉もなめらかになってもっと自分のことを話してくれる。
そんな経験が少しずつ増えていくと、
今までなんとなく目をそむけていたことと対面してみようという勇気が
ようやく相手のなかに生まれてくる。
だからそうか。
人と人との違いを面白がれるというのは、
相手をジャッジ(評価)しない、
ということなのかもしれないな。
なんでこの人こうなのかな? おっもしろいなあ。
今年のお気に入りフレーズになりそうだ!
それは昨年の12月のことだったので、
話題は自ずと昨年一年間の振り返りになっていく。
私の変化ね。
そうだなぁ。
数年前と変わったところは、
相手と自分の違いが
面白く感じられるようになったところかな。
いや、もう少し具体的にいうと、
相手のルール感や思い込みや行動や考え方のパターン、
そして今まで経験してきた物語を聞いても、
「いい」「悪い」とジャッジしなくなってきたことかな。
だから、「へえ〜、面白いね。」って
感じられるようになったのかもしれない。
自分が経験してきたことや考えていることを人に話すときは、
リスクを感じることが多いと思う。
およそ誰だって否定されたくないし、
否定されたら嫌だなあ、と思うから、
おそるおそる小出しにして語ることが多い。
そんなときに、
聴き手が「へぇ〜。そうなんだ。面白いねぇ!」と反応してくれると、
間違いなく心がリラックスして、
言葉もなめらかになってもっと自分のことを話してくれる。
そんな経験が少しずつ増えていくと、
今までなんとなく目をそむけていたことと対面してみようという勇気が
ようやく相手のなかに生まれてくる。
だからそうか。
人と人との違いを面白がれるというのは、
相手をジャッジ(評価)しない、
ということなのかもしれないな。
なんでこの人こうなのかな? おっもしろいなあ。
今年のお気に入りフレーズになりそうだ!
2012年01月25日
観察→興味→好意
今月の7日(土)に
CTPのクラスコーチのトレーニングに参加した。
これからのクラスリーディングに参考になる考え方や実際のリーディングの仕方、
クラスコーチのスタンスなど、
刺激的で視野が広がる有意義な一日だった。
CTPはリーダーシップトレーニングだ。
部下を成功させることが上司としての自分の成功。
組織のリーダーとして、
チームの成長や部下やメンバー一人ひとりの成長に
自分がどう関わっていくのか、
そんな内容が満載CTPはとにかく面白い!
さて、私たちクラスコーチの顔ぶれも粒ぞろいだ。
(私はさておきだよ。もちろん。)
そのなかの一人、kさんは、
今はプロコーチとして独立しているが、
前職は外資系企業で執行役員を担い、
自らがコーチングを企業に導入した立役者である。
いつもにこやかで相手の成長を心から思い、
懐の深い素敵な女性である。
Kさんが前職にいたときに
マネジメントの際に部下の何を観察していたのか、
ファシリテーターからシェアがあった。
部下のどんなところを観察するかだって?
猪俣、一瞬考える。
顔色(健康状態をみる)、歩き方(焦りなど心の状態)、
話し方(仕事の進捗によって話し方にも差がでる)
身だしなみが整っているか(心の状態をうつしだす)
報告書など文章表現がどうか(気が散っているときは誤字脱字目立つ。
また、精神状態によってはまとまらない書き方になるかな)
そのとき紹介されたKさんの観察ポイントは、
部下の『机の上』だったそうだ。
散らかっていないかどうか。
そこに部下がとりくんでいる仕事の状態がでる。
散らかっているときはすかさずフォローする。
整っているときはスムーズにいっているときが多い。
そういうときも声をかける。
承認する。
なるほど。
さすがKさんだ。
多分、Kさんの部下が上司になったときは、
同じように部下にしていくんだろうな。
そうして上司が残したコミュニケーションが
企業の社風を育んでいく。
相手のどこを「観察」するか。
そこに意識を向けると、
もうひとついいことがおきる。
相手への「興味」が知らず知らずに
うまれてくることだ。
興味はそして「好意」になっていく。
人と人との関わりは
奥が深く、一筋縄ではいかない。
だからとっても面白い。
CTPのクラスコーチのトレーニングに参加した。
これからのクラスリーディングに参考になる考え方や実際のリーディングの仕方、
クラスコーチのスタンスなど、
刺激的で視野が広がる有意義な一日だった。
CTPはリーダーシップトレーニングだ。
部下を成功させることが上司としての自分の成功。
組織のリーダーとして、
チームの成長や部下やメンバー一人ひとりの成長に
自分がどう関わっていくのか、
そんな内容が満載CTPはとにかく面白い!
さて、私たちクラスコーチの顔ぶれも粒ぞろいだ。
(私はさておきだよ。もちろん。)
そのなかの一人、kさんは、
今はプロコーチとして独立しているが、
前職は外資系企業で執行役員を担い、
自らがコーチングを企業に導入した立役者である。
いつもにこやかで相手の成長を心から思い、
懐の深い素敵な女性である。
Kさんが前職にいたときに
マネジメントの際に部下の何を観察していたのか、
ファシリテーターからシェアがあった。
部下のどんなところを観察するかだって?
猪俣、一瞬考える。
顔色(健康状態をみる)、歩き方(焦りなど心の状態)、
話し方(仕事の進捗によって話し方にも差がでる)
身だしなみが整っているか(心の状態をうつしだす)
報告書など文章表現がどうか(気が散っているときは誤字脱字目立つ。
また、精神状態によってはまとまらない書き方になるかな)
そのとき紹介されたKさんの観察ポイントは、
部下の『机の上』だったそうだ。
散らかっていないかどうか。
そこに部下がとりくんでいる仕事の状態がでる。
散らかっているときはすかさずフォローする。
整っているときはスムーズにいっているときが多い。
そういうときも声をかける。
承認する。
なるほど。
さすがKさんだ。
多分、Kさんの部下が上司になったときは、
同じように部下にしていくんだろうな。
そうして上司が残したコミュニケーションが
企業の社風を育んでいく。
相手のどこを「観察」するか。
そこに意識を向けると、
もうひとついいことがおきる。
相手への「興味」が知らず知らずに
うまれてくることだ。
興味はそして「好意」になっていく。
人と人との関わりは
奥が深く、一筋縄ではいかない。
だからとっても面白い。
2012年01月24日
プラス・ユーモアで
母は今老人ホームで生活をしている。
最近とみに歩くのが遅くなった、
おっくうだ、と言う。
だんだん歩けなくなった…、と
心細げに言う。
鏡に映る自分の姿をちらっと見て、
こう言った。
「年をとるとできなくなることが増えるし、
ほんとうに嫌だよ。
ああ、早く死にたいなあ。」
本気のような本気でないような口ぶりだ。
でも、本気でなくてもそう言いたくなる気持ちもわかる。
「そうだね。だんだんできなくなってくる自分が不安なんだよね。
でもね、『死にたい、死にたい』って言う人ほど、
実は長生きするんだよね〜〜。」
にやっと母が笑う。
「そうなんだ。」
「そうだよ。」
「じゃあ、長生きしたい、長生きしたいなぁ。」
笑い皺ができる。
親といるときは、
シリアスに感じる場面も何かと多い。
まあ、うちなどはまだ軽いほうだと思うが。
そんなときほど、
ユーモアをさじ加減くらい加えてみる。
相手の心がちょっとほどける。
それも親孝行にはいるかなと、
最近思っている。
最近とみに歩くのが遅くなった、
おっくうだ、と言う。
だんだん歩けなくなった…、と
心細げに言う。
鏡に映る自分の姿をちらっと見て、
こう言った。
「年をとるとできなくなることが増えるし、
ほんとうに嫌だよ。
ああ、早く死にたいなあ。」
本気のような本気でないような口ぶりだ。
でも、本気でなくてもそう言いたくなる気持ちもわかる。
「そうだね。だんだんできなくなってくる自分が不安なんだよね。
でもね、『死にたい、死にたい』って言う人ほど、
実は長生きするんだよね〜〜。」
にやっと母が笑う。
「そうなんだ。」
「そうだよ。」
「じゃあ、長生きしたい、長生きしたいなぁ。」
笑い皺ができる。
親といるときは、
シリアスに感じる場面も何かと多い。
まあ、うちなどはまだ軽いほうだと思うが。
そんなときほど、
ユーモアをさじ加減くらい加えてみる。
相手の心がちょっとほどける。
それも親孝行にはいるかなと、
最近思っている。
2012年01月23日
モノを選ぶ(残す)基準ってなに?
今年は気持ちのいいスタートがきれている。
というのは昨年の11月くらいから、
できる日をみては断捨離していたのが功を奏しているようだ。
断捨離って自分とモノとの関係を見直すという意味があるらしいが、
まさにそのとおりだ。
食器、タオル、資料、洋服、アクセサリー、バッグ、CD、雑貨…。
これらのなかで私にとって一番思い切りが必要だったのは、
バッグだ。
社会人になってからこの20数年間、
買いたしたものが、増えたこと、まあ増えたこと。
お恥ずかしい話し、
大中小あわせて40個はあったよ!
でもね、個数が問題なんじゃないよね。
私の感じ方が問題なんだ。
どんな感じだったのかって?
なんだか使わないバッグに囲まれて、
気分が滅入るなあ、落ち着かないなあ、
そんな感じだった。
そして着手。結果20個にしたよ!
それを自慢げに友人のAさんに話した。
すごいねえ、と感じ入ったあとに、
彼女はこんな質問を私にした。
「ねえ、教えてほしいな。残した基準って何だったの?」
えっ、なんだったんだろう?
すぐ答えられず。
答えられない問いというのは、いい意味で考え続ける。
手元に残したいと思った基準ってなんだったんだろう?
これは価値にもふれる問いだ。
Aさん、いい質問するなぁ!
…て感心するばかりでなく、
考えてこんな答えを導いた。
○身につけてモチベーションがあがるか。
実際これは重要だった。
バッグを手にした感触や鏡に映った自分をばっと見ての印象。
もうひとつは、
○どれくらい活躍の場面があるか。
旅行の時、近所で買い物をする時、車に乗る時、
パソコンを入れて移動したい時、
打ち合わせで書類やバインダーを入れたい時、
営業の時、研修の時、
洒落たところでの食事の時。
様々なシーンを描く。
最後は、
○私にとって使いやすいかどうか
特にファスナーの開け閉めの感じ。
中身のモノがとりだしやすいかどうか。
この3つが基準だったなあ。
いやあ、Aさんのおかげで、
バッグを選ぶ基準がクリアになった。
こうして自分なりの「モノを選ぶ(残す)基準」がはっきりすると、
心が軽くなる。
たくさんのモノや情報に振り回されるんじゃなくて、
「自分が選んでいる」っていう、
ほのかな自信もうまれてくる。
残った個数が少ないから「いい」っていうんじゃない。
身の回りにある「モノ」が、
どれだけ自分にとって必要で意味あるのか、
それがはっきりするからいいんだよね。
特に私にとっては、
モチベーションがあがるかどうかが
ひとつの鍵になるわけだから、
身の回りの「モノ」も捉え方によっては、
サポーターになっているってことだ。
ふうむ。奥が深い。
さて、あなたの場合はどうだろう?
あなたが「モノを選ぶ(残す)基準」って何?
考えてみる価値、あると思うよ。
というのは昨年の11月くらいから、
できる日をみては断捨離していたのが功を奏しているようだ。
断捨離って自分とモノとの関係を見直すという意味があるらしいが、
まさにそのとおりだ。
食器、タオル、資料、洋服、アクセサリー、バッグ、CD、雑貨…。
これらのなかで私にとって一番思い切りが必要だったのは、
バッグだ。
社会人になってからこの20数年間、
買いたしたものが、増えたこと、まあ増えたこと。
お恥ずかしい話し、
大中小あわせて40個はあったよ!
でもね、個数が問題なんじゃないよね。
私の感じ方が問題なんだ。
どんな感じだったのかって?
なんだか使わないバッグに囲まれて、
気分が滅入るなあ、落ち着かないなあ、
そんな感じだった。
そして着手。結果20個にしたよ!
それを自慢げに友人のAさんに話した。
すごいねえ、と感じ入ったあとに、
彼女はこんな質問を私にした。
「ねえ、教えてほしいな。残した基準って何だったの?」
えっ、なんだったんだろう?
すぐ答えられず。
答えられない問いというのは、いい意味で考え続ける。
手元に残したいと思った基準ってなんだったんだろう?
これは価値にもふれる問いだ。
Aさん、いい質問するなぁ!
…て感心するばかりでなく、
考えてこんな答えを導いた。
○身につけてモチベーションがあがるか。
実際これは重要だった。
バッグを手にした感触や鏡に映った自分をばっと見ての印象。
もうひとつは、
○どれくらい活躍の場面があるか。
旅行の時、近所で買い物をする時、車に乗る時、
パソコンを入れて移動したい時、
打ち合わせで書類やバインダーを入れたい時、
営業の時、研修の時、
洒落たところでの食事の時。
様々なシーンを描く。
最後は、
○私にとって使いやすいかどうか
特にファスナーの開け閉めの感じ。
中身のモノがとりだしやすいかどうか。
この3つが基準だったなあ。
いやあ、Aさんのおかげで、
バッグを選ぶ基準がクリアになった。
こうして自分なりの「モノを選ぶ(残す)基準」がはっきりすると、
心が軽くなる。
たくさんのモノや情報に振り回されるんじゃなくて、
「自分が選んでいる」っていう、
ほのかな自信もうまれてくる。
残った個数が少ないから「いい」っていうんじゃない。
身の回りにある「モノ」が、
どれだけ自分にとって必要で意味あるのか、
それがはっきりするからいいんだよね。
特に私にとっては、
モチベーションがあがるかどうかが
ひとつの鍵になるわけだから、
身の回りの「モノ」も捉え方によっては、
サポーターになっているってことだ。
ふうむ。奥が深い。
さて、あなたの場合はどうだろう?
あなたが「モノを選ぶ(残す)基準」って何?
考えてみる価値、あると思うよ。
2012年01月20日
変化を待つことなかれ、自ら起こそう
何かのメルマガで、
誰が書いたものか忘れたけど、
読むたび「なるほど」と腑に落ちるものがある。
今日はそれをおすそわけしたい。
人は変化に対して受け身になると弱い。
変化がくる前に変化をこちらからつくっていく。
向こうから突然やってくる変化はストレスとなるが、
自分から起こした変化は、
自分に責任感や自律性をもたらす機会となる。
じゃあ、今の私が起こせる「変化」ってなんだろう?
これって「リスクを想定しリスク対策」をするのとは
ちょっとニュアンスが違いそうだ。
これを機会に目をそむけていたものを見ようと思った。
目をそむけていたもの?
それは「お金」だ。
自分がどんな生き方や生活をしていきたいのか、
ビジョンを描くというのはやっている。
けれども資金計画はどうかといえば、
「お金」に関することは見て見ぬふりをしてきた。
それと向き合ったよ!
ファイナンシャルプランナーに去年の12月に相談。
いろいろとシュミレーションしてもらっている。
で、どうかって?
これから必ずおこるだろう出来事を
いつか起きるかもね、とふわふわした感じじゃなくて、
もしも起きたときにはどうするか、と
気持ちがびしっと引き締まった感じがする。
例えば、母が亡くなったら相続にどう対応するのか、
万が一夫の体調が悪くなったら、
そのときの自分自身とどう向きあうか。
考えたくないことだからこそ、
考える。
それらがおきたときに、
どんな「手」をうつのか。
その「手」をあれやこれやと準備するのも、
自ら起こす「変化」にはいるだろう。
そう思えたとき、
気持ちがふっと楽になった。
考えたとおりに生きなければ、
生きたとおりに考えてしまう。
さもありなん。
さあ、今日、あなたはどんな「変化」を起こす?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はてさてモナリザイルの会。
この写真を見せながら夫に問う。
「ねえ、この中で一番美人なのは誰?」
まるで白雪姫にでてくる魔女のセリフのようだ。
「恭子ちゃん。」
よし、合格。
「じゃあ、私、どこにいる?」
写真に顔を近づけて、じいっ〜〜〜と見いる夫。
そして私に顔を向け、さわやかにこう言いきった。
「ここにはいないよ。」
・・・・・・。
ぬぁ〜〜にぃ〜〜!
しかし、これが真実なのである。

誰が書いたものか忘れたけど、
読むたび「なるほど」と腑に落ちるものがある。
今日はそれをおすそわけしたい。
人は変化に対して受け身になると弱い。
変化がくる前に変化をこちらからつくっていく。
向こうから突然やってくる変化はストレスとなるが、
自分から起こした変化は、
自分に責任感や自律性をもたらす機会となる。
じゃあ、今の私が起こせる「変化」ってなんだろう?
これって「リスクを想定しリスク対策」をするのとは
ちょっとニュアンスが違いそうだ。
これを機会に目をそむけていたものを見ようと思った。
目をそむけていたもの?
それは「お金」だ。
自分がどんな生き方や生活をしていきたいのか、
ビジョンを描くというのはやっている。
けれども資金計画はどうかといえば、
「お金」に関することは見て見ぬふりをしてきた。
それと向き合ったよ!
ファイナンシャルプランナーに去年の12月に相談。
いろいろとシュミレーションしてもらっている。
で、どうかって?
これから必ずおこるだろう出来事を
いつか起きるかもね、とふわふわした感じじゃなくて、
もしも起きたときにはどうするか、と
気持ちがびしっと引き締まった感じがする。
例えば、母が亡くなったら相続にどう対応するのか、
万が一夫の体調が悪くなったら、
そのときの自分自身とどう向きあうか。
考えたくないことだからこそ、
考える。
それらがおきたときに、
どんな「手」をうつのか。
その「手」をあれやこれやと準備するのも、
自ら起こす「変化」にはいるだろう。
そう思えたとき、
気持ちがふっと楽になった。
考えたとおりに生きなければ、
生きたとおりに考えてしまう。
さもありなん。
さあ、今日、あなたはどんな「変化」を起こす?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はてさてモナリザイルの会。
この写真を見せながら夫に問う。
「ねえ、この中で一番美人なのは誰?」
まるで白雪姫にでてくる魔女のセリフのようだ。
「恭子ちゃん。」
よし、合格。
「じゃあ、私、どこにいる?」
写真に顔を近づけて、じいっ〜〜〜と見いる夫。
そして私に顔を向け、さわやかにこう言いきった。
「ここにはいないよ。」
・・・・・・。
ぬぁ〜〜にぃ〜〜!
しかし、これが真実なのである。

2012年01月19日
後悔してもええやん
私の周りには、
ポジィティブなエネルギーをもっている友人が多い。
今年の抱負もエネルギッシュだ。
自分の力を出し惜しみしないという気概が
そこかしこから伝わってくる。
そんな環境にいるものだから、
日常生活でもエネルギッシュな言葉がすっとはいってくる。
たとえばこんな言葉。
明日死んでも後悔しない、
そんな生き方をしたい。
テレビで耳にしたのか、
それとも何か本か雑誌で目にしたのか、
記憶はさだかでない。
友人たちのエネルギッシュさは、
もしかしたらこの「後悔したくない」という
気持ちからうまれているのかもしれないな。
いや、もしかしたら、
「後悔している」自分を見てしまうのが嫌…?
そういうのもあるかな?
そうだよね。
「後悔」している気持ちは確かに感じ悪い。
もんもんと煮詰まっているような、
ぐずぐずしているような、
自分を責めるような、
いやぁ〜〜なものがいっぱい詰まっている。
けどね、
後悔してもええやん。
後悔してもええ。
今していることにベストを尽くし、
結果はお任せ。
後悔しないように生きる、
というよりも、
今していることにベストを尽くす。
おんなじような意味でも、
私はこっちの言葉のほうが好きだ。
・・・・・・・・・・・・・・
(昨日に続き)モナリザイルの会 写真館
すべてのお料理に、感涙です。

ポジィティブなエネルギーをもっている友人が多い。
今年の抱負もエネルギッシュだ。
自分の力を出し惜しみしないという気概が
そこかしこから伝わってくる。
そんな環境にいるものだから、
日常生活でもエネルギッシュな言葉がすっとはいってくる。
たとえばこんな言葉。
明日死んでも後悔しない、
そんな生き方をしたい。
テレビで耳にしたのか、
それとも何か本か雑誌で目にしたのか、
記憶はさだかでない。
友人たちのエネルギッシュさは、
もしかしたらこの「後悔したくない」という
気持ちからうまれているのかもしれないな。
いや、もしかしたら、
「後悔している」自分を見てしまうのが嫌…?
そういうのもあるかな?
そうだよね。
「後悔」している気持ちは確かに感じ悪い。
もんもんと煮詰まっているような、
ぐずぐずしているような、
自分を責めるような、
いやぁ〜〜なものがいっぱい詰まっている。
けどね、
後悔してもええやん。
後悔してもええ。
今していることにベストを尽くし、
結果はお任せ。
後悔しないように生きる、
というよりも、
今していることにベストを尽くす。
おんなじような意味でも、
私はこっちの言葉のほうが好きだ。
・・・・・・・・・・・・・・
(昨日に続き)モナリザイルの会 写真館
すべてのお料理に、感涙です。

2012年01月18日
自分の世界をひろげよう!
今日は、共育コーチング研究会のコラムに投稿した内容に
少し手をいれてこちらにも紹介しよう!
それは先月のこと。
日経新聞(12.6)をいつものようにぱらぱらと眺めていたが、
ある記事ではたと手がとまった。
それは「私の履歴書」、松本幸四郎の幼少期の頃の話で、
なんと彼は学校でいじめられっ子だったそうだ。
落としたつもりの白粉が耳の後ろなどに残っていて、
目ざとく見つけたいじめっ子が
「お前、何つけてんだよ。」とからんできたそうだ。
小中一貫校だから、いじめっ子の顔ぶれは変わらないそうで、
言葉によるいじめが何年も続いたとか。
あの松本幸四郎でさえも…、
そんな体験があったんだな。
話しは続く。
精神的な「ひこきもり」になっていた駆け込み寺は、
歌舞伎の芸の稽古だったと。
社会で一目おかれている人、
成功者とモデルにされている人、
順風満帆で自信をもっているような人、
今はたとえそうでも、
いじめられた体験のように辛い思いをしたことって
誰でもあるのかもしれないな、
そう思った。
でも、渦中にあるときは相当辛い。
周りが見えなくなってくる。
それを乗り越えさせ、
視野をひろげさせてくれるものは、
自分がいる世界がひとつではないということではなかろうか。
松本幸四郎の場合は「歌舞伎という芸」であったように、
自分なりの世界がほかにもあるということ。
「今」に行き詰って
一瞬にして袋小路に陥るときはたびたびある。
それを自ら突破するしなやかな強さを育むためにも、
自分の世界(コミュニティ)をひろげていきたい、
そう思う。
・・・・・・・・・・
【24.1.14 レストラン「モナリザ」恵比寿本店】
クラスコーチデビュー女子6人組は結束が強い。
人よんで「モナリザイル」の会だ。
(エグザイルをもじっている。)
久々の食事会。
実はメンバーの一人がクラスコーチを卒業した。
また、もう一人のメンバーは今年還暦を迎える。
お疲れ様とお祝いをかねて結集。
なんと四時間もお店にいたよ!
おそらくばあちゃんになってもこの関係続くだろうな。
そう思える仲間と出会えていることに、感謝。

その後、一人日本橋三越へ。
荻須高徳展をみにいく。
16年ぶりに彼の絵と再会だ。
パリの裏町を表現する彼の絵のタッチ。
「絵」というフィルターを通して、
画家の生きざまにふれるよう。
そんな魅力が彼の絵にもある。

少し手をいれてこちらにも紹介しよう!
それは先月のこと。
日経新聞(12.6)をいつものようにぱらぱらと眺めていたが、
ある記事ではたと手がとまった。
それは「私の履歴書」、松本幸四郎の幼少期の頃の話で、
なんと彼は学校でいじめられっ子だったそうだ。
落としたつもりの白粉が耳の後ろなどに残っていて、
目ざとく見つけたいじめっ子が
「お前、何つけてんだよ。」とからんできたそうだ。
小中一貫校だから、いじめっ子の顔ぶれは変わらないそうで、
言葉によるいじめが何年も続いたとか。
あの松本幸四郎でさえも…、
そんな体験があったんだな。
話しは続く。
精神的な「ひこきもり」になっていた駆け込み寺は、
歌舞伎の芸の稽古だったと。
社会で一目おかれている人、
成功者とモデルにされている人、
順風満帆で自信をもっているような人、
今はたとえそうでも、
いじめられた体験のように辛い思いをしたことって
誰でもあるのかもしれないな、
そう思った。
でも、渦中にあるときは相当辛い。
周りが見えなくなってくる。
それを乗り越えさせ、
視野をひろげさせてくれるものは、
自分がいる世界がひとつではないということではなかろうか。
松本幸四郎の場合は「歌舞伎という芸」であったように、
自分なりの世界がほかにもあるということ。
「今」に行き詰って
一瞬にして袋小路に陥るときはたびたびある。
それを自ら突破するしなやかな強さを育むためにも、
自分の世界(コミュニティ)をひろげていきたい、
そう思う。
・・・・・・・・・・
【24.1.14 レストラン「モナリザ」恵比寿本店】
クラスコーチデビュー女子6人組は結束が強い。
人よんで「モナリザイル」の会だ。
(エグザイルをもじっている。)
久々の食事会。
実はメンバーの一人がクラスコーチを卒業した。
また、もう一人のメンバーは今年還暦を迎える。
お疲れ様とお祝いをかねて結集。
なんと四時間もお店にいたよ!
おそらくばあちゃんになってもこの関係続くだろうな。
そう思える仲間と出会えていることに、感謝。

その後、一人日本橋三越へ。
荻須高徳展をみにいく。
16年ぶりに彼の絵と再会だ。
パリの裏町を表現する彼の絵のタッチ。
「絵」というフィルターを通して、
画家の生きざまにふれるよう。
そんな魅力が彼の絵にもある。

2012年01月17日
笑いながら怒れるか、というと…
感情と行動
悲しいから泣くのか、
それとも泣くから悲しくなるのか。
どちらもあるだろうけど、
行動が感情をうみだすシーンって、
日常生活にたくさんある。
たとえば、
はじめはそんなに怒るつもりはなかったのに、
相手を責めるような自分の低い声を感じ、
眉間に縦じわがぎゅっと寄っているのを感じ、
喉の奥がきゅっと詰まっている感じをうけて、
どういうわけか、
相手への怒りがどんどんマグマのように湧きあがってくる。
そんな体験、もしくはそこまでいかなくても
それに近い体験ってあるんじゃない?
先月の25日にコーチの勉強会に参加した。
その日のテーマは、
アンソニーロビンズのセミナーに参加したコーチ3名によるシェアだった。
とても面白かった!
身体の使い方が気持ちをつくるんです。
皆さん、
お隣の方を笑いながら怒ってもらえますか?
よーし、笑いながら怒れないよっていう落とし込みでしょ。
ほんとうにそうなのか体験だー!
と、笑顔100%全開で、
「ふざけんじゃないわよっぉ! 何考えてんのよっぉ!」
とどついてみたが、
てんで楽しくなってしまった。
会場内も笑い声でいっぱいになる。
そうでしょ。笑いながら怒るってできないでしょ。
うつ病の人に、スキップしてみてってやってもらうと、
よくなったっていう話しもあるんですって。
行動の力、おそるべしだ。
コーチングの時にも、これは活かせるんですよ。
クライアントが問題で八方ふさがりになっているとき、
悩みの「どつぼ」にはいっていてじいっと考え込んでいるとき、
こう声をかけるんです。
「ねぇ、下を向いていない? 顔をあげてみて」って。
クライアントの声が間違いなく明るくなりますよ。
声の明るさは行動をうみだす原動力だ。
それはいい!
確かに私も考え込んでいるときには、
眉間に力がはいってうつむき加減になっている。
私もコーチングに活かしてみよう。
感情と行動。
身体の使い方が気持ちをつくる…か。
胸をひらこう、
顔をあげよう、
んー、そうだなー、、、
うん十年ぶりに、スキップもしてみようか。(笑!)
(下の部屋の人からクレームくるかも!)
悲しいから泣くのか、
それとも泣くから悲しくなるのか。
どちらもあるだろうけど、
行動が感情をうみだすシーンって、
日常生活にたくさんある。
たとえば、
はじめはそんなに怒るつもりはなかったのに、
相手を責めるような自分の低い声を感じ、
眉間に縦じわがぎゅっと寄っているのを感じ、
喉の奥がきゅっと詰まっている感じをうけて、
どういうわけか、
相手への怒りがどんどんマグマのように湧きあがってくる。
そんな体験、もしくはそこまでいかなくても
それに近い体験ってあるんじゃない?
先月の25日にコーチの勉強会に参加した。
その日のテーマは、
アンソニーロビンズのセミナーに参加したコーチ3名によるシェアだった。
とても面白かった!
身体の使い方が気持ちをつくるんです。
皆さん、
お隣の方を笑いながら怒ってもらえますか?
よーし、笑いながら怒れないよっていう落とし込みでしょ。
ほんとうにそうなのか体験だー!
と、笑顔100%全開で、
「ふざけんじゃないわよっぉ! 何考えてんのよっぉ!」
とどついてみたが、
てんで楽しくなってしまった。
会場内も笑い声でいっぱいになる。
そうでしょ。笑いながら怒るってできないでしょ。
うつ病の人に、スキップしてみてってやってもらうと、
よくなったっていう話しもあるんですって。
行動の力、おそるべしだ。
コーチングの時にも、これは活かせるんですよ。
クライアントが問題で八方ふさがりになっているとき、
悩みの「どつぼ」にはいっていてじいっと考え込んでいるとき、
こう声をかけるんです。
「ねぇ、下を向いていない? 顔をあげてみて」って。
クライアントの声が間違いなく明るくなりますよ。
声の明るさは行動をうみだす原動力だ。
それはいい!
確かに私も考え込んでいるときには、
眉間に力がはいってうつむき加減になっている。
私もコーチングに活かしてみよう。
感情と行動。
身体の使い方が気持ちをつくる…か。
胸をひらこう、
顔をあげよう、
んー、そうだなー、、、
うん十年ぶりに、スキップもしてみようか。(笑!)
(下の部屋の人からクレームくるかも!)
2012年01月16日
自分を傷つけた人を許すということ(その2)
「自分を傷つけた人を許している」という文章を目にするたびに、
あることを必ず思いだす。
それは4年ほど前の出来事だ。
新人研修の講師としてファシリテーション中、
一緒に講師で担当していたAさんに、
「猪俣講師の話していることは違います。
この場合は〜〜〜〜ですから、○○○○が正しい対応です。」
と参加者の前で突然仕切られたことがあった。
びっくりした。
研修前の打ち合わせでは、
「あとは猪俣流にやってね。」と言われていただけに、
言っていることとしていることが違うじゃん! と
かちん! ときた。
腹がたった。
むかむかしてきた。
プライドがいたく傷ついた。
が、目の前には研修参加者30名がいる。
ここで怒ったら一番とまどうのは参加者と思い、
我慢して自分の感情を懸命に抑えた。
プライド傷ついたなあ。
もう4年も前なのに、
あのシーンをちょっとでも思いだすたびに、
いまだにこんなに怒りやみじめな気持ちでいっぱいになる。
おそくらは、「私は大切にされるべきである」という
心の底のビリーフがこんな感情をうみだしているのだと思う。
ただ、それと向き合うのはまた別の機会にするとして、
ちょっと考えた。
無理して「許そう」なんて
頭で思わなくてもいいんじゃないか。
人間は喜怒哀楽まるごとセットになっているもの。
楽しいことだけじゃなくて、
その対極の「怒り、みじめさ、辛さ、悔しさ」、
そんな感情も蓋をしめないで、
味わって味わってぬるま湯につかるぐらいに、
じいっと味わってみようと。
今までは思いだしたくないもの、
見たくない出来事や体験には目をそむけていた。
だから余計にぐずぐずと発酵しちゃったんじゃなかろうか。
ワインだったら味わい深くなるだろうけれど、
こういう場合は、どろどろとくさってきそう。
怒り、みじめさ、辛さ、悔しさ…。
じいっと味わってみたら、
優しくこう問いかけてみよう。
この経験は、私に何を学べと言っているのだろうか
と。
起こることには、いいも悪いもない。
何かしら意味があるから、
私に経験させてくれているのだ。
すべての出来事を自分の成長へ。
人生の物語の主役は私。
脇役のAさんに主役奪われることなかれ。(笑)
こんな私の体験や思ったことが、
読んでいるあなたにも、
すこしでもなにか役にたてばいいなぁと思い、
ちょっと恥ずかしいけど語ってみた。
今年のテーマに、
喜怒哀楽まるごと味わおう、も加えようか。
加えよう!
あることを必ず思いだす。
それは4年ほど前の出来事だ。
新人研修の講師としてファシリテーション中、
一緒に講師で担当していたAさんに、
「猪俣講師の話していることは違います。
この場合は〜〜〜〜ですから、○○○○が正しい対応です。」
と参加者の前で突然仕切られたことがあった。
びっくりした。
研修前の打ち合わせでは、
「あとは猪俣流にやってね。」と言われていただけに、
言っていることとしていることが違うじゃん! と
かちん! ときた。
腹がたった。
むかむかしてきた。
プライドがいたく傷ついた。
が、目の前には研修参加者30名がいる。
ここで怒ったら一番とまどうのは参加者と思い、
我慢して自分の感情を懸命に抑えた。
プライド傷ついたなあ。
もう4年も前なのに、
あのシーンをちょっとでも思いだすたびに、
いまだにこんなに怒りやみじめな気持ちでいっぱいになる。
おそくらは、「私は大切にされるべきである」という
心の底のビリーフがこんな感情をうみだしているのだと思う。
ただ、それと向き合うのはまた別の機会にするとして、
ちょっと考えた。
無理して「許そう」なんて
頭で思わなくてもいいんじゃないか。
人間は喜怒哀楽まるごとセットになっているもの。
楽しいことだけじゃなくて、
その対極の「怒り、みじめさ、辛さ、悔しさ」、
そんな感情も蓋をしめないで、
味わって味わってぬるま湯につかるぐらいに、
じいっと味わってみようと。
今までは思いだしたくないもの、
見たくない出来事や体験には目をそむけていた。
だから余計にぐずぐずと発酵しちゃったんじゃなかろうか。
ワインだったら味わい深くなるだろうけれど、
こういう場合は、どろどろとくさってきそう。
怒り、みじめさ、辛さ、悔しさ…。
じいっと味わってみたら、
優しくこう問いかけてみよう。
この経験は、私に何を学べと言っているのだろうか
と。
起こることには、いいも悪いもない。
何かしら意味があるから、
私に経験させてくれているのだ。
すべての出来事を自分の成長へ。
人生の物語の主役は私。
脇役のAさんに主役奪われることなかれ。(笑)
こんな私の体験や思ったことが、
読んでいるあなたにも、
すこしでもなにか役にたてばいいなぁと思い、
ちょっと恥ずかしいけど語ってみた。
今年のテーマに、
喜怒哀楽まるごと味わおう、も加えようか。
加えよう!
2012年01月13日
自分を傷つけた人を許すということ(その1)
やりたいことを実現するって、
言うのは易しだけど、
やるのはそう簡単じゃないよね。
なんたって身体や頭でなじんでいる、
今までのやり方を変えて、
新しいことに取りくんでいくのだから、
「気合い」が必要だし、
抽象的な表現だけど「エネルギー」が満たされてないと、
途中ですぐ息切れしてしまう。
「目標」というのは「北極星」と同じ。
そこを目指してさあ行くぞ、というときに、
あなたの状態はどれくらい整っているのだろうか?
不安なことや気がかりになっていること、
それはどれくらいハンドリングできているのだろうか?
あなたの大切でかけがえのないエネルギーを
知らず知らずのうちに奪っているものの正体はなんだろうか?
これがコーチングでいうところの
「ファンデーションを整えよう」だ。
そのためのアセスメントに
「ライフバランスのアセスメント」がある。
私たちの生活状態を、
経済、人間関係、健康、仕事の四つの領域から
チェックをしていくものだ。
トータル100項目用意されている。
この仕事をするようになってから
折にふれチェックをしている。
しかし、4年ほど前からどうしてもチェックがつかない項目がある。
チェックがつかなくても別に気にならないものもあるなかで、
その項目だけはなぜかインパクト強くせまってくる。
それは、
自分を傷つけた人を許している
というものだ。
あなたはどうだろうか?
自分を傷つけた人を許せている?
私の場合、
この文章を見るたびにある体験がいつも心に浮かびあがる。
むー。自分を傷つけた人を許す…か。
もしもそうできたら、
どんないいことが私におこるだろうか?
……わからない。
そもそも、「許す」とはどういうことなんだろうか?
何をどうしたら「許した」ことになるのだろうか?
考える。
考えて考えて、悔しさ、みじめさ、怒りを味わって、
自分なりにある答えをだした。
次回はそれをつづってみたい。
言うのは易しだけど、
やるのはそう簡単じゃないよね。
なんたって身体や頭でなじんでいる、
今までのやり方を変えて、
新しいことに取りくんでいくのだから、
「気合い」が必要だし、
抽象的な表現だけど「エネルギー」が満たされてないと、
途中ですぐ息切れしてしまう。
「目標」というのは「北極星」と同じ。
そこを目指してさあ行くぞ、というときに、
あなたの状態はどれくらい整っているのだろうか?
不安なことや気がかりになっていること、
それはどれくらいハンドリングできているのだろうか?
あなたの大切でかけがえのないエネルギーを
知らず知らずのうちに奪っているものの正体はなんだろうか?
これがコーチングでいうところの
「ファンデーションを整えよう」だ。
そのためのアセスメントに
「ライフバランスのアセスメント」がある。
私たちの生活状態を、
経済、人間関係、健康、仕事の四つの領域から
チェックをしていくものだ。
トータル100項目用意されている。
この仕事をするようになってから
折にふれチェックをしている。
しかし、4年ほど前からどうしてもチェックがつかない項目がある。
チェックがつかなくても別に気にならないものもあるなかで、
その項目だけはなぜかインパクト強くせまってくる。
それは、
自分を傷つけた人を許している
というものだ。
あなたはどうだろうか?
自分を傷つけた人を許せている?
私の場合、
この文章を見るたびにある体験がいつも心に浮かびあがる。
むー。自分を傷つけた人を許す…か。
もしもそうできたら、
どんないいことが私におこるだろうか?
……わからない。
そもそも、「許す」とはどういうことなんだろうか?
何をどうしたら「許した」ことになるのだろうか?
考える。
考えて考えて、悔しさ、みじめさ、怒りを味わって、
自分なりにある答えをだした。
次回はそれをつづってみたい。
2012年01月12日
やりたい仕事が見つかりません
やりたい仕事がなかなか見つからないんです。
よく聞く。
でもさー、
やりたい仕事を見つけるのって、
砂漠で一粒のダイヤモンドを探すのと同じくらいに
難しいんじゃないのかなあ。
じゃあ、視点を変えるとどうアドバイスできるだろう?
そうだなー。
こんなのはどうだろう。
あなたが「役に立っていること」を探してみようよ。
「やりたい仕事って何?」の答えは「外」にはない。
それはあなたの「内側」に既にあると私は思う。
わたしが役に立っていること?
正解はない。
でも、考えて考えて考えてほしい。
必ず答えは見つかるから。
そうして自分で導き出した答えだからこそ
大きな価値がある。
それを信じてほしい。
・・・・・・・・・・・・

この前の三連休のラストの日。
一日自宅にこもって仕事だ。
夕方、ベランダにでてみた。
こんな夕陽がみえるんだ。16年間住んでいてはじめて知った、見た。
東を見れば桜並木とアジサイの遊歩道、
西のほうは、こんな夕陽がみえる。駅のホームからは富士山だってみえる。
駅前は再開発真っ最中。図書館もできるらしい。
今の住まい、お気に入り度100%。
よく聞く。
でもさー、
やりたい仕事を見つけるのって、
砂漠で一粒のダイヤモンドを探すのと同じくらいに
難しいんじゃないのかなあ。
じゃあ、視点を変えるとどうアドバイスできるだろう?
そうだなー。
こんなのはどうだろう。
あなたが「役に立っていること」を探してみようよ。
「やりたい仕事って何?」の答えは「外」にはない。
それはあなたの「内側」に既にあると私は思う。
わたしが役に立っていること?
正解はない。
でも、考えて考えて考えてほしい。
必ず答えは見つかるから。
そうして自分で導き出した答えだからこそ
大きな価値がある。
それを信じてほしい。
・・・・・・・・・・・・

この前の三連休のラストの日。
一日自宅にこもって仕事だ。
夕方、ベランダにでてみた。
こんな夕陽がみえるんだ。16年間住んでいてはじめて知った、見た。
東を見れば桜並木とアジサイの遊歩道、
西のほうは、こんな夕陽がみえる。駅のホームからは富士山だってみえる。
駅前は再開発真っ最中。図書館もできるらしい。
今の住まい、お気に入り度100%。
2012年01月11日
どれだけのことをしたかよりも、どれだけの愛をこめたか
気がそぞろになって、
どうも集中できないときは
誰にでもある
時間に追われて忙しくなって、
呼吸が浅くなるとき、
やっぱり先のことを考えて、
不安に感じたりするとき、
そんなのは日常茶飯事だ。
そんなときほど、
深く呼吸をひとつしてから、
小さな小さなことを、
丁寧にやってみよう。
たとえば、
書類の字を形を意識しながら書いてみる、
掃除ならば、まずは机を隅々まで雑巾で拭いてみる、
洗い場にたまった食器もまずは手にしている一枚から丁寧に洗ってみる。
そんなことをしているうちに
心が整ってくる。
視線も定まってくる。
後悔しない人生にしたいとか、
幸せになりたいとか、
言う人は多い。
それができている人って、
日常生活のささいな小さなことに、
大きな愛をこめている人なんじゃないかな。
どれだけのことをしたかよりも
そっちのほうが
実はとっても大切なんだと思う。
さあ、今から何に愛をこめようか。
どうも集中できないときは
誰にでもある
時間に追われて忙しくなって、
呼吸が浅くなるとき、
やっぱり先のことを考えて、
不安に感じたりするとき、
そんなのは日常茶飯事だ。
そんなときほど、
深く呼吸をひとつしてから、
小さな小さなことを、
丁寧にやってみよう。
たとえば、
書類の字を形を意識しながら書いてみる、
掃除ならば、まずは机を隅々まで雑巾で拭いてみる、
洗い場にたまった食器もまずは手にしている一枚から丁寧に洗ってみる。
そんなことをしているうちに
心が整ってくる。
視線も定まってくる。
後悔しない人生にしたいとか、
幸せになりたいとか、
言う人は多い。
それができている人って、
日常生活のささいな小さなことに、
大きな愛をこめている人なんじゃないかな。
どれだけのことをしたかよりも
そっちのほうが
実はとっても大切なんだと思う。
さあ、今から何に愛をこめようか。
2012年01月10日
満足できる人生が手にはいる人
私が大好きな友人の一人にAさんがいる。
彼女はコーチ仲間でもあり、
研修講師としてこのうえなく活き活きと輝いて仕事をしている人だ。
ナイスガイな旦那さんと、
そしてキュートなお嬢さんもいる。
彼女とは折にふれランチを一緒にするが、
必ずいつもパワーがわいてくる。
まさにポジィティブパワーそのものだ。
何がその力を生み出しているのかというと、
彼女はとにかく「今」を生きている。
「今」が満ち足りていることを
理屈ではなく心で感じている。
明日をくよくよと思い悩む前に、
「今」できることにすごく集中している。
その積み重ねが爽快感を生んでいるのだろうな。
そうなんだ。
「今」の積み重ねが「過去」になって、
そうやって「過去」の生きざまが「今」に表れるんだ。
満足できる人生の種は、
これからすることにあるのではなく、
今しているそのものにあるのかもしれないなあ。
彼女はコーチ仲間でもあり、
研修講師としてこのうえなく活き活きと輝いて仕事をしている人だ。
ナイスガイな旦那さんと、
そしてキュートなお嬢さんもいる。
彼女とは折にふれランチを一緒にするが、
必ずいつもパワーがわいてくる。
まさにポジィティブパワーそのものだ。
何がその力を生み出しているのかというと、
彼女はとにかく「今」を生きている。
「今」が満ち足りていることを
理屈ではなく心で感じている。
明日をくよくよと思い悩む前に、
「今」できることにすごく集中している。
その積み重ねが爽快感を生んでいるのだろうな。
そうなんだ。
「今」の積み重ねが「過去」になって、
そうやって「過去」の生きざまが「今」に表れるんだ。
満足できる人生の種は、
これからすることにあるのではなく、
今しているそのものにあるのかもしれないなあ。
2012年01月06日
それを促すための質問やフレーズは?
2012年、
あなたはどういうあなたでいたい?
どう過ごしていたい?
私はどうかって?
昨日の続きなんだけど、
どんな状況でも、
何が起ころうとも、
幸せだなあって感じられる
そういう感性をもっている人でありたいと思う。
あと、もうひとつあった。
夫のAさんと仲良くいたい、
というのもある。
べつに仲が悪いわけじゃない。
けれども、なんといったらいいのか、
彼は非常に手がかかるのである。
何がどんなふうにかって?
それを話していると、
千一夜物語になってしまうので割愛。
まあ、ひとつ事例をいうならば、
猪俣の両親含めて親戚一同までが、
「恭子さん、Aさんは手がかかるでしょう。
まったく人のいうこと聞かないからね。」
と心から同情してくれるほどだ。
義理の弟にしてみれば、
「よくあの兄と結婚しましたね。」
と言うほどでもある。
そんなしょうもない奴だけど、
私にとっては大切な存在で、
面倒をみてしまう。
同時に、いらいらとすることもとっても多い。
さて、最初の質問に戻ろう。
2012年、どう過ごしていたい?
夫のAさんと笑顔で楽しく過ごしていたいと思うよ。
じゃあ、もう一つ質問しよう。
それを促すための
あなた自身にする質問やフレーズは?
人がこの世の中で一番影響を受けているのは、
他の誰でもない、
自分自身のセルフトーク。
そして、自分に無意識に問いかけている質問の数々だ。
だから今回は自分への「問い」をこんなふうに考えた。
もしもAさんがいなかったらどうだろう?
家族ってかけがえのない存在だけど、
「いること」が当たり前になってくる。
でも、もしもその当たり前がなくなったら…、
どうだろう?
ほんの少しイメージしてみる。
「今」のありがたさが
じわじわと湧いてくるようだ。
さて、今度はあなたの番。
あなたはどんな質問やフレーズを自分に投げかける?
それを考えてみてほしい。
今すぐに思いつかなくてもいい。
でも、考えて意識して使ってみて。
きっと、あなたらしいあなたに、
より近づく一年になると思う。
あなたはどういうあなたでいたい?
どう過ごしていたい?
私はどうかって?
昨日の続きなんだけど、
どんな状況でも、
何が起ころうとも、
幸せだなあって感じられる
そういう感性をもっている人でありたいと思う。
あと、もうひとつあった。
夫のAさんと仲良くいたい、
というのもある。
べつに仲が悪いわけじゃない。
けれども、なんといったらいいのか、
彼は非常に手がかかるのである。
何がどんなふうにかって?
それを話していると、
千一夜物語になってしまうので割愛。
まあ、ひとつ事例をいうならば、
猪俣の両親含めて親戚一同までが、
「恭子さん、Aさんは手がかかるでしょう。
まったく人のいうこと聞かないからね。」
と心から同情してくれるほどだ。
義理の弟にしてみれば、
「よくあの兄と結婚しましたね。」
と言うほどでもある。
そんなしょうもない奴だけど、
私にとっては大切な存在で、
面倒をみてしまう。
同時に、いらいらとすることもとっても多い。
さて、最初の質問に戻ろう。
2012年、どう過ごしていたい?
夫のAさんと笑顔で楽しく過ごしていたいと思うよ。
じゃあ、もう一つ質問しよう。
それを促すための
あなた自身にする質問やフレーズは?
人がこの世の中で一番影響を受けているのは、
他の誰でもない、
自分自身のセルフトーク。
そして、自分に無意識に問いかけている質問の数々だ。
だから今回は自分への「問い」をこんなふうに考えた。
もしもAさんがいなかったらどうだろう?
家族ってかけがえのない存在だけど、
「いること」が当たり前になってくる。
でも、もしもその当たり前がなくなったら…、
どうだろう?
ほんの少しイメージしてみる。
「今」のありがたさが
じわじわと湧いてくるようだ。
さて、今度はあなたの番。
あなたはどんな質問やフレーズを自分に投げかける?
それを考えてみてほしい。
今すぐに思いつかなくてもいい。
でも、考えて意識して使ってみて。
きっと、あなたらしいあなたに、
より近づく一年になると思う。
2012年01月05日
幸せになりたい、じゃないんだよ
ああ、幸せになりたい、
ってため息まじりに言っている人ってよく見る。
でもね、
「幸せ」は「なる」もんじゃないんだよ。
既に私たちのなかに、
「ある」ものなんだ。
だから、幸せだなぁ、
と感じられることが大事なんだと思う。
私たちが見ている世界は、
つくりもの。
目にうつる事実は一緒でも、
感じ方や捉え方は人それぞれだ。
そんな喜怒哀楽ぜんぶひっくるめて、
「幸せ」だな、と思える人が、
本当の幸せを手に入れているんじゃないかと思う。
この考え方って、
何かあなたの助けになれそうかな。
・・・・・・・・・・・
【2012.1.1】
毎年初詣は実家の宇都宮市の二荒山神社だ。
おみくじ引いたら末吉だったよ。
目の前に幸せなことが集まっているようでも、
よく考えないとあかんよ、
のようなことが書いてあった。
ありがたく受けとめる。
昔は大吉でないとむっつりしていたが、
最近は何がでてきても面白い。
さて、いつものお守りも買おう。
長い列に寒さをこらえながらじっと立つ。
三歳くらいの男の子だろうか、
りんご飴をなめながらお母さんに抱っこされている。
よく見ると、うとうととしている。
りんご飴が唇から離れたり近づいたりしている。
眠りかけのようだ。
思わず周りの人たちも笑顔になる。
子どもの一挙手一投足はどんな環境でも
幸せな気持ちを私たちに運んできてくれる。
空を仰ぐとこんな風景。
雲がきれい。もうすぐ夕焼けだ。

神社を背にして長い階段を降りる。
足元に気をつけながら一歩、一歩。
もう月がではじめた。

ってため息まじりに言っている人ってよく見る。
でもね、
「幸せ」は「なる」もんじゃないんだよ。
既に私たちのなかに、
「ある」ものなんだ。
だから、幸せだなぁ、
と感じられることが大事なんだと思う。
私たちが見ている世界は、
つくりもの。
目にうつる事実は一緒でも、
感じ方や捉え方は人それぞれだ。
そんな喜怒哀楽ぜんぶひっくるめて、
「幸せ」だな、と思える人が、
本当の幸せを手に入れているんじゃないかと思う。
この考え方って、
何かあなたの助けになれそうかな。
・・・・・・・・・・・
【2012.1.1】
毎年初詣は実家の宇都宮市の二荒山神社だ。
おみくじ引いたら末吉だったよ。
目の前に幸せなことが集まっているようでも、
よく考えないとあかんよ、
のようなことが書いてあった。
ありがたく受けとめる。
昔は大吉でないとむっつりしていたが、
最近は何がでてきても面白い。
さて、いつものお守りも買おう。
長い列に寒さをこらえながらじっと立つ。
三歳くらいの男の子だろうか、
りんご飴をなめながらお母さんに抱っこされている。
よく見ると、うとうととしている。
りんご飴が唇から離れたり近づいたりしている。
眠りかけのようだ。
思わず周りの人たちも笑顔になる。
子どもの一挙手一投足はどんな環境でも
幸せな気持ちを私たちに運んできてくれる。
空を仰ぐとこんな風景。
雲がきれい。もうすぐ夕焼けだ。

神社を背にして長い階段を降りる。
足元に気をつけながら一歩、一歩。
もう月がではじめた。

2012年01月04日
いちど、からっぽにしてみよう
2012年が始まった。
今年はどんな年にしたいかって?
ああしよう、こうしよう、
抱負はでてくる。次から次へと。
あなたもそうでしょう?
さて、話はかわる。
うちのすぐ近くに桜並木の歩道がある。
大体1キロくらい続いているだろうか。
映る光景は当たり前だけど、
枝のみだ。
あんなにデコレートしていた葉はまったくなし。
枝のみだ。

それでもあと3ヵ月ほどすると、
こんなにつるっとした枝に、
小さな固い蕾がめばえはじめ、
枝もたわわに薄いピンク色にふんわりとふくらんで、
夏には青々とした緑の葉できらめくようになる。
紅葉する秋には、
私たちをアートな気分にさせてくれる。
そんなストーリーをもっている桜の木。
こうしていちど、ぜーんぶ「無」になるんだな。
無…か。
ふうむ。私もそうしてみようかな。
一度からっぽにしてみようか。
この数年を振り返る。
結構したいことをやってきた。
まあ、それを実現というだろうけど、
結構実現してきた。
仕事の実績とスキル、
知識の目盛もあがってきた。
けどね。
もしかして、そこに「あぐら」をかいていることってなかったかな。
「私ってここまでもうできている人だから」
なんてちっちゃなプライドにしがみついているところなかったかな。
一度からっぽにしてみよう!
何もついていないつるっとした枝に、
ゆっくりゆっくり、蕾と葉をつけていこう。
育んでいこう。
そうイメージしてみると、
どう変わるかって?
チャレンジする楽しさ、
他の人から学んでいくことの豊かさ、
そして何よりも、
「チャンス!」っていうセルフトークが
増えていくような気になってきたよ。
それは私の場合。
あなたはどうだろうか?
2012年という年は最初で最後。
人生という物語のどんな章になっていくのか、
期待と希望をいだきながら、
ストーリーをつくっていこう!
体験という名の執筆が今からはじまる!
今年はどんな年にしたいかって?
ああしよう、こうしよう、
抱負はでてくる。次から次へと。
あなたもそうでしょう?
さて、話はかわる。
うちのすぐ近くに桜並木の歩道がある。
大体1キロくらい続いているだろうか。
映る光景は当たり前だけど、
枝のみだ。
あんなにデコレートしていた葉はまったくなし。
枝のみだ。

それでもあと3ヵ月ほどすると、
こんなにつるっとした枝に、
小さな固い蕾がめばえはじめ、
枝もたわわに薄いピンク色にふんわりとふくらんで、
夏には青々とした緑の葉できらめくようになる。
紅葉する秋には、
私たちをアートな気分にさせてくれる。
そんなストーリーをもっている桜の木。
こうしていちど、ぜーんぶ「無」になるんだな。
無…か。
ふうむ。私もそうしてみようかな。
一度からっぽにしてみようか。
この数年を振り返る。
結構したいことをやってきた。
まあ、それを実現というだろうけど、
結構実現してきた。
仕事の実績とスキル、
知識の目盛もあがってきた。
けどね。
もしかして、そこに「あぐら」をかいていることってなかったかな。
「私ってここまでもうできている人だから」
なんてちっちゃなプライドにしがみついているところなかったかな。
一度からっぽにしてみよう!
何もついていないつるっとした枝に、
ゆっくりゆっくり、蕾と葉をつけていこう。
育んでいこう。
そうイメージしてみると、
どう変わるかって?
チャレンジする楽しさ、
他の人から学んでいくことの豊かさ、
そして何よりも、
「チャンス!」っていうセルフトークが
増えていくような気になってきたよ。
それは私の場合。
あなたはどうだろうか?
2012年という年は最初で最後。
人生という物語のどんな章になっていくのか、
期待と希望をいだきながら、
ストーリーをつくっていこう!
体験という名の執筆が今からはじまる!
2011年12月31日
あなたが恵まれていると思うことは何?
人ってどうも不足しているものに
意識が向きがちじゃない?
来年をどんな一年にしたいか、
描こうと思ったときに、
無意識にそこを埋めようとする言葉が
多くなる気がする。
あれもしよう、これもしよう、
あれも持ち合わせたい、これも持ち合わせたい、
などなど。
加える言葉のオンパレードだ。
ふと思った。
それってゼロの状態からの積み重ねじゃないかって。
私はゼロからのスタートなんだろうか?
いや、そんなことはない。
既にできていることや、
していること、
持ち合わせているものだってあるはずだ。
なので、最近は、
こんな問いも一緒にするようにしている。
あなたが恵まれていると思うことは何?
書きだした。
一番最初に書いたのは、
目が見えること、
歩けること、
食べたいものが食べられること、
家族がいること、
住んでいる家があること、
仕事があること、
そんなことから始まって、
一気に20項目は書きだした。
そうだ、友だちもいる。
嬉しいときに共に喜んでくれる友、
悲しいときにはそっと側にいてくれる友、
悔しいときや腹ただしいときには、
無条件で私の味方になってくれる友。
亡くなった人たちに愛されていたな、大切にされていたな、
そんな目に見えないものだってあった!
こうして眺めてみると、
恵まれていると思うものは結構あるもんだ。
未だ持ち合わせていないもの、
実現していないものにフォーカスする、
人の成長はそこからがスタートだ。
同時に、恵まれていると思うことにも、
十分に意識を向けて味わってみよう!
そうすると、
もっと楽に、シンプルに、
願っているものが手に入ってくるんじゃないかな。
そう思うんだよね。
2011年も生ききった!
2012年も最高の一年になること間違いなし。
一緒にそれを味わおう。
意識が向きがちじゃない?
来年をどんな一年にしたいか、
描こうと思ったときに、
無意識にそこを埋めようとする言葉が
多くなる気がする。
あれもしよう、これもしよう、
あれも持ち合わせたい、これも持ち合わせたい、
などなど。
加える言葉のオンパレードだ。
ふと思った。
それってゼロの状態からの積み重ねじゃないかって。
私はゼロからのスタートなんだろうか?
いや、そんなことはない。
既にできていることや、
していること、
持ち合わせているものだってあるはずだ。
なので、最近は、
こんな問いも一緒にするようにしている。
あなたが恵まれていると思うことは何?
書きだした。
一番最初に書いたのは、
目が見えること、
歩けること、
食べたいものが食べられること、
家族がいること、
住んでいる家があること、
仕事があること、
そんなことから始まって、
一気に20項目は書きだした。
そうだ、友だちもいる。
嬉しいときに共に喜んでくれる友、
悲しいときにはそっと側にいてくれる友、
悔しいときや腹ただしいときには、
無条件で私の味方になってくれる友。
亡くなった人たちに愛されていたな、大切にされていたな、
そんな目に見えないものだってあった!
こうして眺めてみると、
恵まれていると思うものは結構あるもんだ。
未だ持ち合わせていないもの、
実現していないものにフォーカスする、
人の成長はそこからがスタートだ。
同時に、恵まれていると思うことにも、
十分に意識を向けて味わってみよう!
そうすると、
もっと楽に、シンプルに、
願っているものが手に入ってくるんじゃないかな。
そう思うんだよね。
2011年も生ききった!
2012年も最高の一年になること間違いなし。
一緒にそれを味わおう。
2011年12月30日
未来をはぐくもう
Aさんは大学三年生の理系女子。
就活真っただ中だ。
編集者職を第一希望に
目を輝かせて活動している。
その日の相談は、
自己PRを手直ししてきたので、
もう一度読んでほしいというもの。
前回のものと今回のものを比較しながら、
読んでみると、
アドバイスがよく反映されて
出来栄えが一段とよくなっている。
内容のブラッシュアップに向けて、
さらにアドバイスを加える。
体験したことを記録のように表現するのではなく、
あなたも登場人物の一人になって感情を表すフレーズを随所に入れて。
先輩や新入生などの具体的なセリフをいれるとリアル感が増すよ。
人はV字回復の物語に魅かれるから、
以前はどうだったのか、それをどう思っていたのか、
なぜ状況を打開したいと思ったのか、苦労したことは何か、
工夫したことは何か、
そして状況はどう変化したのか、そのプロセスから学んだことは何か、
そんな視点で表現しようよ。
私のレクチャーを
Aさんはスポンジのように吸収していく。
理解力、修正力、主体性、ともによし!
初対面だが好印象だ。
それにしても理系なのに、
編集者になりたいとは…。
聞いてみると、サイエンス関係の雑誌編集者になりたいとのこと。
なんと高校生のときは文芸部にいて小説を書いていたとか。
本を読むのが好きらしい。
さらに質問してみた。
「ねえ、Aさんが書いた文章で、読んだ人にどんな影響を残したい?」
「そうですね。小学生から高校生までの子たちには『理科って面白いなあ』って
思ってもらいたいです。大学生には『わかやすい』って思ってもらいたいです
ね。理科が好きだってもっと思ってもらえたら嬉しいです。」
即答だ。
いいね、いいねー。
そんなやりとりはものの2分間くらいだ。
Aさんのビジョンを聞いて、私もとても嬉しくなった。
理科って楽しそう、気分が高まってきた。
それをフィードバックすると、
Aさんはこう言う。
「このことを話したのは今が初めてです。友人とは業界の話しとかするけど…。
自分の気持ちが確かめられました。」
笑顔満開だ。
彼女の内側の答えをひきだせたことに、
私自身もよかった、とは思うけれど…。
でもなあ、
この話しをするのが「今が初めて」なのかぁ。
なんだかせつないなあ、と思った。
将来何がしたくて、どんな人でありたくて、
なんのためにそれがしたいのか、
自分がその仕事をすることで周囲にどんな影響を残していきたいのか、
未来を語る機会は…そうないか。
でも、今日をきっかけに、
自分の未来をはぐくむ質問を自らにしていってほしい。
そうして自分の思いを大切に育てていってほしい。
そんなアドバイスを最後にしてあげられればよかったなあ。
Aさんのこれからを応援しよう。
どんな結果になろうとも、
それはAさんにとって最良の結果にしかならない。
また会うこともそうそうないだろうけど、
だからこそ、そっと見守っていきたいと思う。
・・・・・・・・・・・
何を見つめているのか。ヤクシカを残し先を急ぐ。

前方のうっすらと続く白い砂浜は、
うみがめの産地で有名な永田浜。

屋久島空港内でさっきまで隣にいた夫がいなくなり、
慌てて探す。携帯もでず。
すわ、これは人さらいか誘拐か、
あっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろ。
搭乗時間間際にようやく見つけた。
降りてくる飛行機を撮影していたとか。ちょっとむっとする。

屋久島旅行エンディングにふわさしい風景

就活真っただ中だ。
編集者職を第一希望に
目を輝かせて活動している。
その日の相談は、
自己PRを手直ししてきたので、
もう一度読んでほしいというもの。
前回のものと今回のものを比較しながら、
読んでみると、
アドバイスがよく反映されて
出来栄えが一段とよくなっている。
内容のブラッシュアップに向けて、
さらにアドバイスを加える。
体験したことを記録のように表現するのではなく、
あなたも登場人物の一人になって感情を表すフレーズを随所に入れて。
先輩や新入生などの具体的なセリフをいれるとリアル感が増すよ。
人はV字回復の物語に魅かれるから、
以前はどうだったのか、それをどう思っていたのか、
なぜ状況を打開したいと思ったのか、苦労したことは何か、
工夫したことは何か、
そして状況はどう変化したのか、そのプロセスから学んだことは何か、
そんな視点で表現しようよ。
私のレクチャーを
Aさんはスポンジのように吸収していく。
理解力、修正力、主体性、ともによし!
初対面だが好印象だ。
それにしても理系なのに、
編集者になりたいとは…。
聞いてみると、サイエンス関係の雑誌編集者になりたいとのこと。
なんと高校生のときは文芸部にいて小説を書いていたとか。
本を読むのが好きらしい。
さらに質問してみた。
「ねえ、Aさんが書いた文章で、読んだ人にどんな影響を残したい?」
「そうですね。小学生から高校生までの子たちには『理科って面白いなあ』って
思ってもらいたいです。大学生には『わかやすい』って思ってもらいたいです
ね。理科が好きだってもっと思ってもらえたら嬉しいです。」
即答だ。
いいね、いいねー。
そんなやりとりはものの2分間くらいだ。
Aさんのビジョンを聞いて、私もとても嬉しくなった。
理科って楽しそう、気分が高まってきた。
それをフィードバックすると、
Aさんはこう言う。
「このことを話したのは今が初めてです。友人とは業界の話しとかするけど…。
自分の気持ちが確かめられました。」
笑顔満開だ。
彼女の内側の答えをひきだせたことに、
私自身もよかった、とは思うけれど…。
でもなあ、
この話しをするのが「今が初めて」なのかぁ。
なんだかせつないなあ、と思った。
将来何がしたくて、どんな人でありたくて、
なんのためにそれがしたいのか、
自分がその仕事をすることで周囲にどんな影響を残していきたいのか、
未来を語る機会は…そうないか。
でも、今日をきっかけに、
自分の未来をはぐくむ質問を自らにしていってほしい。
そうして自分の思いを大切に育てていってほしい。
そんなアドバイスを最後にしてあげられればよかったなあ。
Aさんのこれからを応援しよう。
どんな結果になろうとも、
それはAさんにとって最良の結果にしかならない。
また会うこともそうそうないだろうけど、
だからこそ、そっと見守っていきたいと思う。
・・・・・・・・・・・
何を見つめているのか。ヤクシカを残し先を急ぐ。

前方のうっすらと続く白い砂浜は、
うみがめの産地で有名な永田浜。

屋久島空港内でさっきまで隣にいた夫がいなくなり、
慌てて探す。携帯もでず。
すわ、これは人さらいか誘拐か、
あっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろ。
搭乗時間間際にようやく見つけた。
降りてくる飛行機を撮影していたとか。ちょっとむっとする。

屋久島旅行エンディングにふわさしい風景
