2016年06月

今までの臨床経験で、家族や、大切な人を亡くした患者さんを迎え、診療にあたったことは、数えきれません。その度、心を寄せ、理解し、親身になって、患者さんの話を聞いてあげるよう、努めてきました。しかし、今回、実際に、自分が夫を亡くすという経験をしてみてわかったことは、当人の気持ちは、体験したものにしかわからない、ということでした。それまでの自分に無力感を感じたのは、いうまでもありません。

今日、いつもより、少し元気のなさそうに見える患者さんが来ました。"どうしていましたか?お久しぶりぶりですね。
"と声をかけると、"今年は、非常に厳しい年だ。"と話し始めました。話を聞くと、大変お気の毒なことに、実の弟さんと、お母様を3ヶ月にあげず、続けて亡くしたとのことでした。日に何度も、メソメソ泣いている場合ではありません。私より、大変な思いをしている人がいるのです。歯をクリーニングしながら、その患者さんの、行き所のない喪失感、想像に余りある寂しさ、突然襲ってくるフラッシュバック、限りない思い出、深い、深い悲しみに、寄り添っていました。

私も、まだ、仕事中、突然の悲しみと心の痛みに襲われることがあります。そんな時、患者さんと、お気に入りのレストランの話や、良いジャズを聞かせる新しいバーの情報、大好きな旅行の話などで盛り上がり、何度も、救って頂きました。お互い人間同士、傷ついた時は、支え合い、助け合う、そんな深い信頼関係が、患者さんとの関係に、作り上げられていることを、今、とてもありがたく思っています。歯科衛生士の仕事は、医療行為ですが、同時に、この様に、患者さんとの心のこもった交流のできる、大変めぐまれた、素晴らしい仕事だと思っています。
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私ごとで、色々と忙しかった5月が終わり、6月からブログ、レクチャーも含めて、完全に仕事復帰しました。この日のレクチャーは、復帰第一弾で、私にとっては、感慨深いものがありました。

東京にある、歯科衛生士学校の2年生の学生の皆さんを迎えて、午後1時から、3時間のレクチャーを行いました。途中、休憩を挟んでの2部構成で、前半は、ハワイで歯科衛生士になる方法、後半は、ハワイでの実際の歯科衛生士の働きぶりについて、写真を沢山盛り込んで紹介しました。学生の皆さんからも、積極的に質問が出ましたが、中でも、日本と米国の歯科衛生士の違いなどに、興味を持っていたようでした。パワーポイントのレクチャーの他に、実際に私が毎日使っているループを装着してみたり、米国ならではの歯科材料などを手にとってみたり、日本ではなかなか見ることの難しいものも、見たり触ったりできて、貴重な体験だったようです。

残念なことに、仕事内容において、まだまだ米国の歯科衛生士にできて、日本の歯科衛生士にできないことが、沢山あるのが現実です。少し先を行っている、米国の現状に、少しでも早く、日本の歯科衛生士業界の状況が近づいてくることを、常に願っています。レクチャーで情報を提供することによって、学生の皆さんが、日本での近い将来の、米国に続く歯科衛生士像を描け、それに向かって、夢と誇りを持って、勉学に励み、立派な歯科衛生士になってくれたら、こんな嬉しいことはありません。

今回は、ハワイ大学マノアキャンバス内の、講義室でのレクチャーだったので、学生の皆さんは、同時に、学生食堂、学生生協、ブックストアー等の、大学の施設も、垣間見ることができ、さらに有意義な研修になったようです。


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この10年程の、歯科においての医療機器の進化は、目を見張るものがあります。特に、コンピューターが導入されると、それまでマニュアルでやっていたことが、全てデジタル化され、それによって、私達、医療従事者が受ける恩恵は、計り知れません。

ご多聞にもれず、私達の歯科医院も、レントゲンのデジタル化を導入することになりました。このデジタルX-rayへの移行により得られるメリットをまとめてみました。
1. 現像をしなくて済むので、時間を大幅に短縮出来る。
2. 撮り直しの必要性がすぐわかる。
3. 患者さんへの被曝量を従来のものより、1/3-1/4縮小出来る。
4. 拡大、コントラストの調整などが出来、さらに詳しく診断を下すことが出来る。
5. 現像、定着液を使わなくなるので、経費の削減と、エコ化が出来る。
6. レントゲンフィルムを使わなくなるので、経費の削減と、パック内の鉛に触れないで済むようになる。
7. e-mailで、簡単に転送出来る。
8. 保存場所をとらない。

私は、80年代中旬から歯科レントゲンを扱っています。暗室に入って、文字通り、フィルムを液に漬けて、現像していました。その頃は、30年後に、まさか、こんなにインスタントに、レントゲンを見ることができるようになるなんて、夢にも思っていませんでした。全て手で行っていた時期を考えると、このデジタル化は、まるで、奇跡のようです。

この日は、デジタルX-rayの会社の人が来て、使い方などを詳しく説明してくれました。私も患者役になり、歯科助手の練習台をかってでました。たまに患者役になると、患者さんが、レントゲンを撮られている時、口腔内でどの様に感じているかなど、改めて体験でき、勉強になりました。

レントゲンのみならず、歯科業界へのコンピューター導入により、私達、歯科衛生士の患者さんのケアーが、益々質の高いものになっていくことは、大変喜ばしいことです。
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まず、このブログを読んで下さっている皆様へ、感謝したいと思います。1ヶ月も、ブログの更新をしていなかったにもかかわらず、引き続き、700をも超える、アクセスを頂きました。沢山の皆さんに興味を持って頂き、愛読していただいているのだと、改めて強く感じた次第です。

私ごとですが、ちょうど1ヶ月前に、突然、主人の死が襲ってきました。毎日の処方箋薬を飲んだこともなく、怪我、手術、入院、一切経験のない、病気や死と一番遠く離れたところにいると思っていた人の、誰も予期せぬ出来事でした。

主人の亡くなった後、1人の友人は、"女房を大学に戻し、歯科衛生士の資格をとらせ、きちんとした収入を得ることが出来るようにし、自分が亡き後も自立できるようにサポートしていった、何と見上げた旦那だったね"と言っていました。本当に、その通りだと思いました。

私が、ハワイ大学の歯科衛生士学科を目指し始めた頃の、主人を思い出しています。彼は、一番の協力者で、最高の応援団長でした。歯科衛生士学科に入る前は、パートと、乳飲み子に母乳をやりながら勉強をする私を、ミスターママとなり、家事育児の殆どを担当してくれていました。当時、小学生の娘の、学校やお稽古ごとの送り迎えから、1歳になったばかりの次男の入浴から、寝かせつけるまで、全部やってくれていました。

歯科衛生士学科に合格して、いよいよ本格的に厳しい大学生活が始まると、私に一切の家事の心配をさせずに、勉強だけに専念出来るように、最大限の協力をしてくれました。家で勉強ができなかった私は、24時間開いている、大学の図書館や、12時まで開いている、ブックストアーや、スターバックスなどで、毎晩勉強をしていました。当時車一台でやりくりしていたので、10:30, 12:00, 1:00など、私が眠くなって、もう勉強ができなくなると、何時でも、迎えに来てくれました。

いつも、"家のことは心配しなくていいから、勉強だけを一生懸命やりなさい" と言ってくれていました。英語が第二外国語だった私は、教科書を読むのにも、地元出身のクラスメートの、3倍の時間と努力が必要でした。それを誰よりもわかっていてくれて、常に応援し、励ましてくれていました。

今、ハワイで働く歯科衛生士の私は、主人のサポートなくしては、存在し得ません。主人は、いなくなってしまいましたが、彼が残していってくれた、最大のギフト、"歯科衛生士の私"と共に、これからも一生懸命仕事をしていきます。6月より仕事も復帰し、ブログ、セミナーも再開します。これからも、どうぞよろしくお願い致します。
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