両親ともに亡くなってから10年以上経つが
今朝ふと思い出したことがある。

父はとても尊敬できる頼もしい存在だった。
私が子供のとき
森鷗外のヴィタセクスアリスを読め、
と言った。
読んでみて、これが父なりの
性教育のつもりなのだな、と感じた。

私が高校3年のとき
父は脳溢血で倒れて
脳にダメージを与える大掛かりな手術を受け
以前の明晰さをすっかり失ってしまった。

その後はずっと半身不随で療養していた。
だから私にとっての「本当の父」は
高3のときに亡くしたように感じていた。

結婚する前に
婚約者に会いにイギリスに行くとき
父は私に
「もし彼が求めてきたら許してあげなさい」
と言った。
私はその言葉にちょっと驚いた。
しかしイギリスではそのようなことは起きず、
そのことを報告すると
父は「彼は偉い」と言ったが
ひょっとしたら、内心、
この結婚は本当に正しいのだろうか?
と不安を感じたのかもしれない。

本当の相手に出会ってしまって
離婚すると言い出したとき
母は最初頑強に反対していたが
何かの話から
性生活が全くうまくいっていなかったと知ると
母は突然態度を変えて
それなら仕方ない、と言った。
お母さんは満足したの?と聞くと
はっきり、満足した、と答えた。
自分の娘が
女としての本当の幸せを知らないことが
不憫に思われたのだろう。

結婚して同居する様になってから
父も夫に辛くあたるようになってしまった。
婿が男として娘を幸せにできていないことを
直感したのかもしれない。

最後に本当の相手に会いに大阪に行ったとき
すべては不首尾に終わってしまったのだが
帰り道で大きな気づきがあって帰ってきたら
父が私を見て
その様子なら首尾は上々だな、
と言った。
そのとき私は
父の本当の明晰さはまだ健在だった
と気づいた。

それから20年以上経って
別の男を愛してしまった今の私の状況を
両親はあの世から
どのように見ているのだろうか?
本当に愛し合う二人の間には
抗しがたい性的な引力が生じてしまうことが
両親にはわかっていた。
二人は本当の相手同士である。

仏壇に手を合わせても
二人は何も言ってくれない。
きっとそれは
あなたを信頼しているよ
という意味なのだろう。