折り紙は趣味に含まれますか?

俺は…折り紙を折るッ…! 折り紙が世界を支配する、その日まで…!! (京大生が折り紙を折ったりするブログです)

お待たせしました哲学考第4回です。

前回に引き続き、折り紙の定義について私的に考察しつつ、

そこに紐付けられた思想的側面を探ってみます。

俺のくせになんかカッコいい言い回しですね。



前回、折り紙は「造形を目的として紙を折る」ことだと定義しました。

しかし、折り紙を形作る要素は「折る」ことだけではありません。

時にはハサミを使ったり、時には紙を組み合わせたり、多彩な技法が存在します。

しかし「折り紙」という名称からして、「折る」ことが主役であることは明らかでしょう。

そうなると、造形に関わる要素のうち「折る」要素の比重が最も高いことが求められそうです。

言い換えるなら、「『折る』以外の要素がより造形に寄与しているなら、

それには"折り紙"以外の名称を与えるのが適当ではないか」
ということです。


極端な例を挙げれば、ペーパークラフトの造形には確かに「折る」要素が含まれてはいますが、

「型紙を切り抜いて組み合わせる」要素の方が主軸なので、折り紙とはいえません。



さらに、折り紙に付随する要素は、なるべく「折る」ことと関連付けられていることが望まれていると考えています。

例えば、ハサミで切り込みを入れるなら、折り線や折り縁に沿って切るなど、

「折る」要素が何らかの形で干渉していると、その工程に違和感が生まれにくいです。

実際、例えば作品の表面に糊で小さな紙を何枚も貼り付けて鱗を作ったとしても、

多くの人はそれを「複合折り紙」とは認めないでしょう。

これは「紙を表面にそのまま貼り付ける」という行為が、

紙を折ることと全く独立に行われているからだと、私は推測しています。



ではここからは、折り紙に用いられる「折る以外の要素」について、

「どの程度造形に寄与しているか」「『折る』要素と関連付けられているか」という視点から考察していきます。

前回同様、これらの考察はあくまで私見であることを重ねて申し上げておきます。



① 切り込み:「切る」要素

「紙を切る」ことは、折り紙に用いられる要素の中でも特に忌避される傾向にあります。

その原因としては、「折る」要素との関連性が薄い場合が多いこと、

ハサミやカッターといった専用の道具を用いる必要があることなどが考えられます。

「切る」要素が含まれる代表的な例をいくつか挙げて、それぞれ考察を加えていきます。


伝承『金魚』

伝承折り紙の中でも特にポピュラーなものの一つ。

同じく伝承の『兜』からハサミを入れ、尾鰭を出す工程があります。

「伝承折り紙」の一つであることから自明ですが、この作品は折り紙として認知されます。

この事実は、折り紙が「切る」要素を完全に許容していることを示すと同時に、

「切る」要素が折り紙に介入可能な程度を提示しているともいえます。


連鶴

一枚の用紙に切り込みを入れ、連なった状態の複数の鶴を折る技法です。

こちらも江戸時代からの長い歴史を持つ折り紙の一ジャンルですが、

「紙の断ち方」に全体の構造が大きく左右されます。

『鶴』が折り紙の代表的作品として広く認知されている限り、「折り紙」の枠組みから外すわけにはいかないですが、

連鶴は通常の折り紙とは要求される技術の異なる、特殊な立ち位置にあるといえます。

一方で『巣籠』や『迦陵頻』のような折ることを前提とした断ち方もあり、

そもそも全体を形作っているのは折り紙の『鶴』であることから、

連鶴を例外として区別せずとも、折り紙の定義に合っているとすることも可能ではあるかもしれません。


"切り折り紙"

俗に"切り折り紙"と呼ばれる、紙を切り抜いた上で折り曲げて立体的にする手法があります。

こちらは「折り紙」を冠してはいるものの、前述した二つの例と比べて明らかに「切る」要素が強いです。

また、「切ってから折る」という手順の特性上、「折る」要素が「切る」要素に付随する形になり、

私が提示した折り紙の定義とは要素の主従が逆転しています。

「折る」要素と「切る」要素の寄与のバランスを鑑みるに、折り紙の一ジャンルに分類するのではなく、

全く別個のジャンルとして区別するのが適当だと思われます。


② 複合折り:「組み合わせる」要素

複数枚の紙を用いる折り紙は、伝承作品から現代の骨格折り紙まで幅広く存在します。

特に組み合わせに糊付けを必要としないものは高く評価され、

そうでなくとも、紙同士を組み合わせる「手」と「ポケット」を用意することが多いです。

これは、後述する「接着する」要素を追加することを避ける傾向のためだと考えられます。


ユニット折り紙

単一もしくは数種類のパーツを複数組み合わせ、幾何学的な形状を作ります。

「組み合わせ方」「組み合わせる枚数の選択」といった要素が含まれますが、

基本的にはパーツの折り方によって組み合わせ方や造形が決まります。

さらに、パーツを組み合わせ固定するための「手」と「ポケット」は、紙を折ることで作られます。

特徴的なのは、ユニット折り紙では糊付けを明確にタブーとしていることです。

このことから、折り紙においては「組み合わせる」要素と「接着する」要素は全くの別物であることが分かります。


ブロック折り紙

折り紙で折った三角形のパーツを組み合わせることで、様々な形を作る手芸の一つです。

ユニット折り紙と似た手法に見えますが、基本となる三角形のパーツの折り方が決まっており、

特徴のないそのパーツを「組み合わせる」ことによって造形するため、

「折る」要素は全体の造形にあまり影響を与えていません。

ユニット折り紙とは似ているようで、造形において重視する要素が全く違うのです。

(レゴブロックを組み合わせて様々な作品を作る人が、

新しい形のレゴブロックそのものを作ることには必ずしも熱意を向けないのと同じことです)

よって、「折り紙」と名付けられてはいるものの、一般的な折り紙とは明確に異なるジャンルだといえます。


③ 非正方形:「用紙の形状を選択する」要素

「折る用紙の形状を選択する」ことも、造形に関わり得る要素です。

尤も、凸多角形の不切一枚折りは不切正方形一枚折りと同値であるため、

正方形であることを重視する傾向は他に比べて少ないです。

しかし、例えば細長いムカデを折るのに長方形の紙を選択するなど、

用紙の形状の選択に明らかな作為が認められる場合には、

その選択そのものが造形に関わっている、と感じられる可能性があります。

折り紙で一般的に正方形の紙が用いられるのは、なるべく作為の介さない図形を選んでいるからだと思われます。

このように捉えると、「不切正方形一枚折り」を強く推し進める思想は、

「折る」以外の要素を徹底的に排除する、原理主義的な考えといえるでしょう。


ここで、「紙の種類を選ぶ」要素はないのかと思われるかもしれません。

しかし、「インサイドアウト」といった紙の色を用いた技法が示すように、

折り紙は「紙の色・質感」の要素の存在を前提としているため、

「紙の種類を選ぶ」ことは「折る」要素と切り離せないものといえるでしょう。


④ 糊付け:「接着する」要素

「組み合わせる」要素に付随することがあるのが、「接着する」要素です。

ユニット折り紙では明確に忌避されていることからも分かるように、

糊付けは折り紙ではなるべく避けようと努力される傾向があります。

特に「ポケット」や「隙間」を介さない接着は、「折る」要素との関連が全くないためか、

幼児向けの易しい作品以外ではほとんど見られません。


仕上げの糊付け

折り紙(特にコンプレックス系)の仕上げに糊を用いることを邪道とする考えがあります。

ですが「仕上げの糊付け」は、「接着する」要素には必ずしも含まれません。

というのも、仕上げの糊付けは、作品の形状を保持するためにも行われますし、

接着剤を用いずとも、用紙にホイル紙を用いることで代替できるものが多いからです。

実際、仕上げの工程を簡易にするために、コンプレックス折り紙にホイル紙が多用された時期がありました。

ホイル紙の使用という策が廃れてしまったのは、

針金や接着剤を用いた仕上げ技術の確立、

そして何よりホイル紙によって表現が狭められたことが原因だと考えています。

糊付けを避けることで折り紙の可能性が狭まることよりも、

仕上げ技術を容認することを選んだ結果が、現在のコンプレックス折り紙界隈の姿勢だと思うのです。


一方で、ホイル紙では解決することのできないもの、

例えばカドとカドの接着などは、その限りではありません。

そのような仕上げ工程の有無も、折り紙としての完成度の指針の一つになるでしょう。



以上の要素は、折り紙に含まれてもよいものとして許容されていますが、

中には限度を超えると折り紙として認識されなくなるものもあります。

「折る」要素とのバランス、そして関係性が、「折り紙」の認識の一つの境界を形作っていると、私は考えています。





さて、この記事の目的は、折り紙と他の創作ジャンルとの区別を明確にすることです。

そしてその理由は、我々が他のジャンルを上から評価する態度を是正することの他に、

「折り紙」という創作ジャンルに対する一般的な認識に、危機感を持ってほしいということがあります。

というのも、我々が考える「折り紙」とは全く異なるものが、

同じ「折り紙」というジャンルとして混同される可能性がある
と感じるからです。

今回挙げたものでは"ブロック折り紙"や"切り折り紙"といったものです。

これらの技法は、所謂「紙を折って造形する」折り紙とは、創作の思考がかなり異なります。

ところが「折り紙」という単語を冠しているが故に、世間では『鶴』のような折り紙と同じものと思われがちです。

このことはその創作ジャンルに属する方々が独自性を発揮できないだけではなく、

「紙を折って造形する」ことの魅力を伝えたい我々にとっても大変不利益なことです。


そして、そのような世間の認識に訴えかけるためには、「折る」要素をなるべく強調する必要があります。

つまり、純粋な「折る」要素で構成されている作品を評価してもらうことが大切だと思います。

「純粋な作品」と言うと語弊があるかもしれませんが、

決して切ったり貼ったりする作品が劣っているということではありません。

しかし、まず一般に折り紙独自の魅力を周知しようとするならば、

折り紙ならではの持ち味を前面に押し出さなければなりません。

折り紙を広めようと活動する皆さんには、是非そのことを心に留めておいていただきたいのです。






(^q^)<長くなったので次回にも続きます

image


こんばんは。折り図を描こうとして嫌になった者です。

座布団小鳥まで描いて一週間、進捗がございません。

私も間もなく社会人なので、期待はしないでください。



当ブログ、毎度お世話になっております。

最近頻繁に動かすようになったからか、よく感想やら何やら頂けて嬉しい限りです。

今後も休み休みですが続けていければと思います。


新年度から殺し屋になったりbot作ったり、何かと暇を持て余していたので、

その勢いのまんま、連載記事の更新を復活して、記事にしてなかった作品をまとめて、

ブログのコンテンツ力を底上げいたしました。

折り図を描く目論見は潰えた。


というのも、私もとうとう大学を卒業いたしまして。

紆余曲折あったものの、5月から晴れて社会人です。

俺も一人前の大人、若手とはいえいつまでも受け手側ではいられませんし、

そろそろ情報を発信する側になっていこうと、そう思ったわけです。

東京コンベンションの展示すらしてなかったですからね、在学中の俺。



んで、今回はもういっちょ、企画を作った。


無重力列車


「なーんか昔、このブログで小説上げてた気がするな〜。

折り紙ネタ盛り込もうとしたのもあった気がするな〜。

でも今更掘り返すのめんどくせーな〜。

よっしゃ!じゃあ新しく作って連載にしちゃえ!」

です。

続けるかどうかは反応と俺のモチベによります。

一応ある程度は作ってあるので、隔週連載くらいには耐えられると思います。






(っ ´-` c)<ヒキニート生活もあと僅かか……




目の前に座る男が、紙を折っている。





学生帽を目深に被り、学ランをぴっちりと着てはいるが、彼の姿は尋常ではない。

学生帽には古めかしい赤い飾りがついている。

さらに学ランの上から、これまた時代錯誤な黒いマントを羽織っている。

こんな大正ロマンが飛び出したような、レトロな制服の学校が、今時あるだろうか。



満員電車の中で、彼の奇妙な格好は当然浮きに浮いていた。

僕の隣に立つサラリーマンは、見て見ぬふりをするように新聞で視界を覆っているし、

彼の右隣では、主婦らしき女性が彼から身を逸らすようにして座っている。

だが僕は、彼の異様さなど意識の外にあった。

彼の手元で折り畳まれていく紙に、ただ熱烈な視線を注ぎ続けていた。



レトロな制服の男は、周囲に漂う気まずい空気も、

逆にまじまじと見つめて訴えかける僕をも気にとめず、繊細な手つきで紙を折り続ける。

三角形に畳まれた紙を宙に保持したまま、慣れた様子で四つのカドを一つ一つ折り上げていく。



話しかけるべきか。



街中で紙を折っている人に遭遇するなど、滅多なことではない。

いや、だからといって話しかけてどうなるわけではないのだが、

ただ僅かばかりの同盟意識を共有できるのではないかと、そう思ったのだ。

その相手がたとえ、年齢不詳の不審人物であったとしても。



「あ、あの」

「はい?」

声をかけられることが分かっていたかのように、男はあっさりと顔を上げた。

「それ、折り紙……ですか?」

「そうですね」

彼は無表情のまま答え、再び紙に目線を落とした。

「あ……僕も少し、折り紙やったりするので……はい」

男は無反応で応えた。

僕もそれ以上言葉を継げず、また無言で彼の制作を見守った。



電車がトンネルを通過する。

車内に轟音が響くが、男が集中力を切らす様子はない。

時折顔をぐいと近付け、目を細めて紙を折り込む。

彼の頭に隠れた手元を覗き込むために、僕も頭を左右に揺らしていたが、

隣のサラリーマンが露骨に嫌な顔をしたのを見て、姿勢を真っ直ぐに戻した。

電車がトンネルを出た時には、彼の手の中では小さな六角形が折り上がっていた。



「息を吹き込む、というのはですね」

「え?」

目を学生帽の奥に隠したまま、男は独り言のように話し始めた。

「邪気を吹き込む……あるいは魂を吹き込む、ということらしいですねえ」



そう呟くと、男は両手指で摘んだ紙に徐ろに口をつけ、

出来上がった六角形の角から、ふうっと息を吹き込んだ。

紙は乾いた音とともに膨らんで、丸っこい立方体に形を変えた。

『風船』だ。

男は完成した風船をしげしげと見つめた後、指でそれをつんと投げ上げた。





僕は目を疑った。

折り紙の『風船』は、まるで本物の風船のように、ゆっくりと宙に浮き上がり、

僕の胸元辺り、学生帽の男の目線のところで止まった。



幻覚を見ているようだった。

満員電車の熱気に浮かされているのだろうと思った。

そんな僕を嘲笑うように、風船は宙に留まり続け、ゆっくりと回転を始めた。

僕は息を殺して、その様子を唖然として眺めた。



美しい和紙で折られた風船は、窓から入る陽の光を透かして、

僕の鳩尾のあたりに薄く影を落とした。

風船はまるで、宇宙空間に浮かぶ人工衛星のように、

朝日を浴びながら、ゆっくりと、ゆっくりと回っていた。





電車のブレーキ音がして、すし詰めになった乗客が雪崩るようにもたれかかってきた。

列車が完全に停車し、僕が体勢を戻した時には、

風船はすでに空中にはなく、レトロ学生の三つ指に収まっていた。

「ふむ」と、彼は無感動に呟いた。

「失礼」

そう言いながら彼は立ち上がり、正面に立つ僕の横を通り過ぎ、

そのまま乗客の隙間をするすると抜けていった。



マントを翻しながらホームを足早に去る彼の後ろ姿を、僕は乗り降りする人の切れ目から呆然と見送った。

ドアが閉まる警告音が鳴り、我に返った僕はドアの隙間から一瞬駅名標を見た。



「ああ……」情けない声が漏れた。

一駅……いや、これで二駅。僕は乗り過ごしたことになる。

このページのトップヘ