今国籍離脱者として何が出来るか、WM(血液がんの一つ)サバイバーとして何が出来るか考えているが。

図らずも俺が賞賛するオーストラリアの教育システムも医療システムも哲学が科学に反映している良い例なのである。

俺が日本の特異体質を追求する切っ掛けになったのは、日本では真善美が衣食住に反映していない事である、詰まり哲学が生活に反映していない事だ。

思想と社会が全く関係ない、それは思想が外来だからである。

学校で習った事が社会で通用しない、何故か、教育は建前であり本音が苛めだからである。

日本人は美意識先行型なので真善美も勝手に美善真に並べ替えて真を最後に持って来てしまい、自ら美しい国と自画自賛する。

「日本人はどうしてか教科書に出ている事しか信じない傾向がある、筆者の様に教科書に出ていない事を追求している人間とは自ずと接点すら無い。
日本の心は輸入の学問では解けないと言いつつ、輸入の手法でしか解けないジレンマ、その割には近代文明を構築する普遍主義の普の字も理解していない日本人。」

これはアマゾンから出した『左様ならニッポン』から引用したものだが何せ教科書が無いので自分の文章を引用するしか無いのだ。

今教育に近代文明学総論(俺が造語した)、個人学(俺が造語した)ひいては近代文明、科学を構築する普遍主義を盛り込む事は必須である、先ずは相手を知る事である。

造語しなければ説明すら出来ない翻訳文化の弊害を何とかするべきなのだ。

何故必要なのか、それは日本が近代文明を導入した時に日本語取り扱い説明書(取説)が付いて来なかったからである。

関東と関西で発電機の周波数が違ったり、日立と東芝で原発で使用するパイプの口径が違ったり様々な不具合を生じているではないか。