カフェと本なしでは一日もいられない。

カフェ通いと読書に明け暮れる日々。 ⓒatelier.sumire.gingetsu

冬の星座と魔女の12カ月

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『魔女の12カ月』(飯島都陽子著・絵 山と渓谷社)






年内刊行の2冊の本がやっと手から離れ、7日(『贅沢貧乏のお洒落帖』森茉莉著 ちくま文庫)と19日(『食べものを変えると、からだも、運命も変わります』岡田恭子著 河出書房新社)の発売を待つばかりとなりました。
「喜びと苦しみは同じ泉なのだ」と中里恒子さんはエッセイの中に書いていらっしゃいますが、本が出来上がる頃になると、ここまでの道のりの大変さと、よろこびのプロポーションというのはどんどん変化してきて、心の中にはいつしか喜びの泉が湧いていることを実感します。あとは、この本を必要としてる人たちのもとに届きますように、と星のように願うばかり。

早いもので今日はもう12月2日。5時前にはもう日も暮れてしまう冬の日々です。
夜空を見上げ、星が見える夜には、空も、星も冴え冴えとしていて、小学校の頃習った『冬の星座』という歌を思い出します。口ずさむと、自分だけのプラネタリウムが脳裏に広がり、自分が宇宙の一分子であること、自分の中にも小さな小さな宇宙が存在すること、そんなことを思わずにはいられません。
そして、木枯らし、くすしき光、ものみないこえる、星座はめぐる、流るる銀河、オリオン舞い立ち、スバルはさざめく、無窮をゆびさす北斗の針……など、この歌は言葉も美しく、こうした言葉を星座に重ねると、宇宙船に乗って星と星の間を旅しているような気分になり、12月の夜がちょっぴりすてきになります。

先日『魔女の12カ月』(飯島都陽子著・絵 山と渓谷社)を読みました。この本には、魔女の暦を通しての1月から12月までの魔女の暮らしと知恵がイラストと文章で紹介されています。
☆季(とき)のことば
☆祭り
☆とっておきのハーブ
☆おいしい魔女のレシピ
☆魔女の手仕事
☆魔女のお茶の時間
たとえば、12月の「季のことば」は、光 希望 約束 冬至 かがり火 
冬を鎮める 冬の星座 ユールの祭り。とっておきのハーブは、クリスマスローズ。魔女のレシピは、クリスマスプティング、ユールドールクッキー。魔女の手仕事は、魔除けのリース。魔女のお茶時間は、ミルク酒。
この本を読んだら「もしかして、あなたは明日、魔女かもしれません」

2016年11月27日の「すみれ図書室」の記録

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左から「チップルソンの麺麭」「銀月アパートメントのワゴン」「鴨東幼稚園のクリスマスイルミネーション」「玉の輿リップを売っているお店のクリーム、京つるつるりん」

●2016年11月27日(日) すみれ図書室の記録

晩秋になった。
いつもなら絶好の紅葉シーズンだが、今年は色づくのが早く、もう木々は霜降り状態である。
雨模様の日曜日の朝。家族を銀月アパートメントまで送って行く。
門を入り、いつものように東側の庭に目をやると、庭の柿の木には柿がまだたわわになっている。椿の木は花をいっぱいつけている。銀月アパートメントの晩秋の物語の最終章だ。
二階から「おはよう!」と声をかけられたので、見上げると銀月サロンのSさんだった。この日は「紅葉茶会」が開かれる予定なのだった。
ドアを開けると、ワゴンの上にもいだ柿がいくつか並べられていて「お庭の柿です。皆様どうぞ。虫の有無は自己責任。でもおいしいです」というメッセージが。季節の実りをみんなでシェアするすてきなシステム。
「すみれ図書室」用の荷物がたくさんあって、しかも雨降りだったので、この日は玄武神社へのお参りは省略。途中、チップルソンに立ち寄り、塩麺麭やトースト麺麭を。千恵さんに「久しぶりですね」と声をかけられ、「ほんと、ほんと」と言いながら、すみれ図書室に足を運んで下さる方たちの多くがこのあたりの三角形を形成していて、それが、のばら珈琲、チップルソンだということなどを話す。日曜日のアップルパイを買うつもりだったが、残念ながら、焼き上がりは2時以降とのことだった。
部屋に着き、窓を開けて空気を入れ替えながら掃除。その後、この日一日のことを祈り、朝、バタバタしていて出来なかった「太陽瞑想」をする。不思議だが、太陽瞑想を始めると、いつも太陽が雲間から顔を出したり、天使のはしごをのように光が差し込んだりする。瞑想を終えてから、部屋の黒板にメッセージを書き、足を運んで下さる方々へのメッセージを葉書にしたためる。
おおまかな準備を終えてお茶を飲んでいたら、山口カルメル会からのシフォンケーキとスリッパが届く。私は、ケーキを焼く現場も、スリッパを作る現場も見せていただいたことがあるので、これらが何台もの中の数台のシフォンケーキだったとしても、何足ものスリッパの内の数足だったとしても、作り手であるシスターたちにとっては、そのひとつひとつが天使のような存在だったに違いない、と思う。だから、祈るような気持ちでその箱を開ける。あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・す!
その後、お昼ご飯を食べたり、シフォンケーキを切り分けたりしていると、あっという間に2時になり、急いで看板を出しに行く。
池袋カルチャーの田村セツコさんとの講座でお目にかかった方、キャピキャピした若さいっぱいの4人組、神戸から足を運んで下さった方、ピアノの演奏旅行のオフだったからと足を運んだくださった方、毎月足を運んで下さる方など、雨だったが、さまざまな出会いがあった。こちらが意図したり、計画したりしたことではなく、この日の雨みたいに何かがふってきて、それがいやおうなく心にしみてしまう。人との出会いを思うとき、私はいつもこんなことを考える。そしてそれは私の小さな光になる。
図書室と言いながら、私はいつも、ついついあれこれ喋ってしまう。最近見つけたお気に入りのお店のこととか、見つけたおいしいもののこととか、小さな鞍馬口周辺情報とか。そうえいば、今宮神社に参拝したという4人組の女の子たちに「玉の輿リップ」の話をしたら、「それ、ガチで欲しいです」と言っていたな(笑)
ところで、次に山口カルメル会のシフォンケーキを用意出来るのはいつになるだろう。今回は特別に土曜日に焼いたものを送ってもらったが、普段は月曜日に焼きあがるケーキなので、タイミングが難しい。でも、日曜日のアップルパイとか、月曜日のシフォンケーキとか、そういう特別感っていいな、と思う。
12月の「すみれ図書室」では、足を運んで下さる方々へのクリスマスプレゼントとして、紫野マップ、すみれ図書室周辺マップでも作ろうかしら。

★12月のすみれ図書室は、12月23日(金)の午後2時〜です。



山口カルメル会の思い出

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写真左上:スリッパを作るシスター 写真右上:山口カルメル会のスリッパ 写真左下:山口カルメル会の畑でとれた野菜たち 写真右下:山口カルメル会でご馳走になった心づくしの昼食


山口カルメル会のシスターがシフォンケーキを焼くのは、毎週月曜日。すみれ図書室がオープンするのは土曜日か日曜日。シフォンケーキの日持ちは3日位だとのことなので、すみれ図書室で用意するのは難しいなぁ、と思っていました。
ところが、今月は26日の土曜日に焼いて下さるとのこと。焼き上がりをすぐ発送してもらうと、27日のすみれ図書室のオープン日に到着しますので、3台分お願いしました。いつか、山口カルメル会の素朴な味わいのパンもご用意出来たらいいな、と思っています。
初めて山口カルメル会を訪ねたのは何年前のことだったでしょうか。晩秋の頃、新幹線とローカル線を乗り継いで、最寄の駅からタクシーに乗って訪ねたことを覚えています。玄関には、あたたかな色合いの手作りのスリッパが並べられていたことも。
その日は修道院で作られているスリッパ取材のつもりだったのですが、シフォンケーキを焼いていることを教えてもらい、朝から夕方まで、お菓子作りの現場、スリッパの制作現場、畑仕事の現場などを取材させていただき、お昼ご飯もご馳走になりました。かぼちゃのスープと麺麭とバターとオムレツ、付け合わせのインゲン豆とトマト、畑でとれた野菜スティック、食後には紅茶とシフォンケーキという献立でした。
また、ミサにも参加させていただきました。
取材メモが今手元にないので、たくさんのことを忘れてしまっていますが、山口カルメル会は大らかな雰囲気が漂う修道院で、心地いい時間が流れていました。また、シスターたちが食事をするダイニングルームなど、普段、立ち入ることの出来ない部屋にも案内していただいたことも有り難い思い出です。また、案内していただいたどの部屋にも、どの廊下にも、どの空間にも、やわらかな光が差し込んでいました。
昼食の前に果樹園に向って歩き、その静かな静かな時間と風景の中で、「閑雅な午後」という三好達治の詩を思い出していたことも懐かしく思い出されることのひとつです。

 ああげに季節のかういふのどかな時、かういふ閑雅な午前にあつて考へる
 ──人生よ ながくそこにあれ!

余談ですが、個人的に心惹かれたのは、シスターたちが身につけていたスモックのような割烹着でした。シスターたちが手作りしたものだということでした。スリッパだけではなく、その割烹着も販売用に作って下さるなら欲しいなぁ、などと無粋なことを思ったことも覚えています。

★11月のすみれ図書室は、27日(日)の午後2時からです。山口カルメル会のシフォンケーキと伊万里の聖母トラピスチヌ修道院のマドレーヌをご用意します。また、修道院雑貨として、伊万里の聖母トラピスチヌ修道院の陶芸品、クリスマス3点セット、小マリア像なども。


人生は自分の手でつかむのです。恋も同じです。

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『Treasury of poetry(詩の宝物)』(Hilda Boswell’s)のカバー、目次など




熊井明子先生の本で知り、憧れていた一冊の絵本を、キンモクセイ文庫さんに見せていただいた。そのときに、「触ると縁が生まれると言いますから、よかったら」、と言っていただき、その絵本を触らせてもらった。そのときに、私の掌のひらと本とが見えない糸でつながったのかもしれない。それから数ヵ月たったある日、まるで天から投函された手紙のように、私はその絵本に巡り合った。
この時、そうか、欲しいものには手で触れるといいんだ、と思った。そして多分、夢とか願いといった、実際にこの手で触ることのできないものは、言葉にする、書く、強く思い描けばいいのだと思った。それが、その「もの」に触れる方法。それがその縁をつないでくれる。
こう書きながら思い出したことがある。
昔、一緒に仕事をしていたカメラマンのスタジオを訪ねた時のことである。スタジオに入ると、壁一面に同じようなテーマの写真が貼ってあった。どうして? と尋ねた私に彼は、「今度撮影に行きたいと思っている場所の写真なんだけど(外国だった)、こうして毎日見ていると、だんだんそこに近づいてゆくんだ」と教えてくれた。なるほど、これは壁を使ってするスクラップブックだな、と思った。そして、ひとそれぞれ方法は違うのだろうが、ひとそれぞれ、そこに近づくための方法を持っているのだ、ということを知った。
昔、自分で作っていた雑誌でオードリー・ヘプバーンを特集したときに、映画『麗しのサブリナ』を取り上げ、
「お前は運転手の娘だ。月に手はとどかん」
「違うわ。月に手をさしのべるのよ」
という父と娘の会話、そして、
「生涯最良の二年間をパリで過ごし、多くのことを学びました。いろいろなお料理の作り方だけでなく、もっと大切なことを。人生の過ごし方を。生き甲斐のある生涯を送るには、傍観者ではいけないことを。人生は自分の手でつかむのです。恋も同じです」
という娘から父親に宛てた手紙を紹介したことがある。
常識ある人たちは「月に手はとどかない」と諭すかもしれないが、月に手はとどかないなんて思ってはいけない。サブリナが自分で人生の扉を開けたように、傍観者であることをやめて、自分の足で立ち、真直ぐに手を伸ばせば、そこから辿り着きたいゴールや手に入れたいものにリンクし、いつか時がやってきたら「月に手は届く」のだ。欲しいものやつかみたいものがあるのなら、天に思いっきりその夢や希望を広げてみればいい。月に手をのばせばいい。そう思う。
一冊の本との出合いを書くつもりが大げさなことになってしまったが、その本というのは、『Treasury of poetry(詩の宝物)』(Hilda Boswell’s)というアンソロジー絵本。デ・ラ・メア、ロセッティ、キングズリー、ルイス・キャロル、ワーズワース等の詩にヒルダさんの絵が描かれている。ヒルダさんはデ・ラ・メアがよほどお好きだったのだろうか。この本にはデ・ラ・メアの詩が五編も収録されており、その中には『Somewhere』という詩も!
熊井明子さんの「ボズウェルさんの愛の世界」(『風の香り 愛のたより』に収録)によると、
「私が、やっと思い通りの仕事をスタートした時は、五十歳を過ぎていました。それが『詩の宝物』をはじめとするアンソロジーの絵本作りで、今七冊目にかかっています」とある。月に手が届いたのは、ヒルダさんの場合、五十歳を過ぎてからだったのだ。
今夜は、月に手をのばし、月に触れてみる夜にしようと思う。


台所に神様をお招きする─『神様ごはん』

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左:大徳寺近くにある穀物菜食のお店『壺沙─Cosha─』でテイクアウトしたお弁当の掛け紙。
場所は、大徳寺レモン館、小川豆腐から徒歩2分位のところにあります。



私の家族の実家は古いしきたりを今も守り続けていて、はじめの頃はいちいち驚いたものだ。
たとえば、何か行事があると、蔵からものすごく値打ちがありそうな漆器が次々に取り出され、使い終わると、何人もの女性たちが並ぶようにしてそれを乾拭きし、書道の練習用紙らしき和紙でひとつひとつていねいに包み、また木箱に入れて蔵にしまう。また、年中行事も、ひとつずつ、旧暦でていねいに行う。
義父は「○○してあげよう」ではなく、「○○してしんぜよう」と口癖のように言い(昭和生まれであるにもかかわらず)、そうした風習などとも相俟って、知らない時代にタイムスリップしたような気持ちになったものだ。
私が家族の一員になった頃にはもうその習慣はなくなっていたが、食事の前には必ず「箸取らば天地御代の御恵み 父母や祖先の恩を味わい いただきます」と感謝の言葉を唱えてから食べていたということも知った。また、お茶漬けは食べないという家訓(?)のようなものもあったという。何故なら、お茶漬けサラサラでは、ご飯に感謝出来ないからだ。
こんなことを思い出しているのは、『運を呼び込む 神様ごはん』(ちこ著 サンクチュアリ出版)を読んだからである。
このところ、食べものについての本の編集作業をしているのだが(手前みそですが、とってもいい本です。編集しながら感動しました。著者は岡田恭子さん)、その本作りを通して、食べものがいかに大切であるかということを─いわゆる血となり、エネルギーとなるということだけではなく、料理をするということ、感謝して味わうということの大切さ、食べる物で人生が変わるということなどを─実感していたので、「神様ごはん」というものに自然、興味が湧いたのだ。
この本の中からメッセージを拾ってみる。

「台所という場所は、いわば、家一軒一軒に存在する、小さな神社のようなものなのです」

「台所に神様をお招きすることは 難しいことではありません。
 やるべきことは、たった三つ、
一、 台所を、神社のように見立てる
二、 台所に入る前に、自分をお清めする
三、 台所を、きれいに整理整頓する
たったこれだけです」

「お箸という名前は、「端」からきていて、両端のうち、口に運ぶ先は人が使い、もう片方の先は神様が使うもの、という言い伝えがあります。
   (中 略)
お箸はまさに神具で、手によくなじんだお箸を使えば、自然に心持ちと所作が変わります」

著者のちこさんが、食べ物に宿るたくさんの恵みに感謝しながら心を込めてお食事を作っている姿は、さながら祈りのよう。佐藤初女さんが祈るようにおむすびを結んでいた姿が、そこに重なる。
この本にはこうしたたくさんのメッセージと共に、「いのちのごはん」の炊き方、「いのちのお味噌汁」の作り方、「いのちのおむすび」の作り方なども紹介されている。
帯に「ごはんの魔法を教えます」とあるが、この本を読んでいると、本当に魔法にかかったように、キッチンをきれいに磨き上げ、感謝の気持ちでていねいに、ていねいに、おいしいご飯を作り、味わいたくなって来る。


古本屋めぐり

DSC_0608DSC_0609久しぶりに再制作した『鴨居羊子のピンクの言葉』。恵文社一乗寺店、ジュンク堂書店池袋本店に納品しました。



ピアノを弾く先生来日したばかりの彼女に英語を教わりました。アメリカでは毎日3時間ピアノを弾いていたということで、レッスンの前にピアノの腕を披露してもらいました。



「一日に本を一冊読んだとして、一年で365冊になるよ」
学生時代、近現代文学の講義での先生の言葉だ。その先生は講義の中で神田の古本屋の話も何度もしてくれた。「新幹線に乗れば東京なんかすぐなんだから、行ってみるといいよ」とも。そのたびに、神田の古本屋街を訪ねることを夢みたものだ。
学生時代の私がどっぷりと古書の世界にひたるために気軽に行ける場所というのは、丸太町通の古本屋さんか梅田のかっぱ横丁くらいだったので、時間を見つけては丸太町通を歩き、かっぱ横丁をぶらついた。
丸太町通では「マキムラ書店」がお気に入りで、ここで大橋歩さんが表紙を描いていた頃の『平凡パンチ』をたくさん見つけたことがある。
かっぱ横丁では、書店名は忘れたが、ある古書店のショーウィンドウに、田辺聖子さんが女学生の頃に手作りしたという『乙女草』(合ってるかな?)などの雑誌が何冊か飾られていて、欲しいなぁ、買いたいなぁ、と行くたびに眺めていた。確か25000円位だったと思う。本に関してなら、私の願いを何でもきいてくれる魔法の杖の持ち主である父親の顔が何度も浮んだが言い出せず(今、思えば、欲しいのならアルバイトでもしてお金を貯めればよかったのだ)、いつしか、その雑誌はショーウィンドウから姿を消してしまった。だが、実際にその手作り本を見ることが出来たことは収穫だった。
こうした経験もあって、古本屋に行くと、何かに出合える、私を待っていてくれる本がある、ときに欲しいものは向うからやって来る、ということを実感する。タイトルに惹かれて手に取った本や、パラフィン紙で包まれて静かに書棚に収まっていた本、100円均一の箱に無造作に入っていた本、どの本とも虹のように偶然のすてきな出合いだった。
熊井明子さんの本の中で、
「八年ほど前、私は古本屋の片すみに積まれたホコリまみれの本の中に、『詩の宝物』と題したイギリスの絵本をみつけた。(中略)それは単なる絵本ではなく、キングズリー、デ・ラ・メア、ワーズワース、テニソン、リア、ルイス・キャロル等の詩と、絵を組み合わせた、ユニークなアンソロジーだった」(『風の香り 愛のたより』より)
というくだりを読み、森茉莉さんの本の中で、
「今から三十六、七年前、神田の古本屋で私は薔薇色の表紙の本を発見した。牧場の柵のようなものに腰かけている、どこか変な少女の画と、『マドゥモァゼル・ルウルウ(Madempoiselle Loulou)』という題は面白い小説を想像させた。買って来て読むとものすごく面白いので」(「『マドゥモァゼル・ルウルウ』あとがき」より)
というくだりを読むと、ますます古書店通いに熱が入った。
アリゲルの「旅にある人へ」の詩の一節のように、「多くの中のあなたを見分けた私」があり、「どこにいても私に出会う」。そんな思いがあるので、電車やバスに乗って少しだけ遠出をし、古本屋から古本屋をはしごして歩くことは、今も大きなよろこびだ。そして、歩きながら気持ちのいい風に吹かれたり、買ったばかりの本を、友を見つけたような気持ちでカフェや電車のシートでおごそかに開き、読むことの幸せは、なにものにもかえがたいものだと思う。





2016.10.23 すみれ図書室の記録 「まぎれもない秋のかぜだった」

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『湯川れい子のスピリチュアル生活 七曜日の恵み 』(海竜社)を閲覧用に置いてあるのだが、それをベースにした冊子を作って持って来て下さった方があった。日々、眺めています。


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この日のハーブティーは、若狭彦神社の御神水で淹れました。千年杉を育てた境内の地下12メートルから湧き出る霊水です。


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この日の黒板には、高柳佐知子さんの本からの言葉を書きました。左は修道院のクッキーとチョコレート。



2016年10月23日(日)すみれ図書室の記録

10月の「すみれ図書室」以降、ずっと忙しかったので、「すみれ図書室」の記録を書いておくことも出来ないでいました。今日は、ゲラ校正とゲラ校正のすきま時間があったので、メモ的に書いておくことにします。
この日は、クーラーも必要ない心地いいお天気で、久しぶりに窓を開けてのすみれ図書室でした。このところ、読んでいる高橋大吉の詩を借りるなら、「立秋」のような感じ。
  
          立 秋

     つぐ朝 眼がさめてみると
     雨はもうすっかりあがっていて
     颯々たる秋かぜが
     大空を渡り吹いていた
     まぎれもない秋のかぜだった

     それから旬日
     夏はふたたび帰ってこない
     ただ百日紅の紅の花だけが
     空の青さに照り映えているばかりである

本当にまぎれもない秋の風が吹いていました。
この日、用意した修道院のおやつは、大分トラピスト修道院のバタークッキーと安心院の聖母修道院のクッキー数種類、十勝カルメル会修道院のチョコレート。「すみれ図書室」に初めていらっしゃった方々は、「修道院でチョコレートが作られているなんて知りませんでした」とおっしゃっていましたが、修道院では、さまざまなチョコレートやチョコレートのお菓子が作られているのです。お茶は、若狭姫神社の御神水で淹れた京都・大原産のミントとレモングラスのハーブティーを用意しました。
と、ここまで書いて、わずか十日ほど前のことなのに、いろんなことが思い出せないことに気づきました。いつものように、玄武神社にお参りをして、西陣のおじいさまの路地と呼んでいる路地の前を通って「すみれ図書室」に着いて、窓を開けてこの日の用意をしてから看板を出し、それから、それから……。あぁ、やっぱりその日の臨場感のようなものが記憶から抜け落ちています。
それでも、いつものように宝塚から来てくださったTさん、毎回、訪ねて来て下さる方々、大阪から来て下さった美しい人、仕事の打ち合わせを兼ねて訪ねて来てくれたT君、そして閉室直前に来て下さった方(ごめんなさい、ゆっくりしていただけなくて)……、人との出会いの嬉しさは、今もくっきりと心の中にあります。ありがとうございました。
★11月の「すみれ図書室」は、11月27日(日)の午後2時からです。

     そこを目指して

     そこを目指して
     そこに達して
     そこを過ぎて
     そこを忘れる
         ─高橋元吉「そこを目指して」




夢の神様に巡り合う

彦神社彦神社彦神社



若狭彦神社の二の鳥居と本殿への門 神々しい光が差し込んでいる



姫神社千年杉


姫神社手水
若狭姫神社の千年杉と本殿 手水



姫神社子種石
若狭姫神社の境内に祀られている子種石とよばれる陰陽石(女器陰石と男根陽石)と乳神様とよばれる大銀杏。

姫神社ご神水
千年杉を育んだ地下12メートルから湧き出る御神水は自由に汲んで持ち帰ることができる。






姫神社姫神社
左:日枝神社 夢の神様が祀られている







若狭彦神社・若狭姫神社に参拝して、ご神水を汲んだ。
まず上宮の彦神社に参拝し、その後、下宮の姫神社に。今まで何度も参拝しているのに気がつかなかったのだが、若狭姫神社の境内にある日枝神社には、夢の神様が祀られている。
日枝神社の御祭神は大山咋神(おおやまくいのかみ)だが、相殿に夢彦神・夢姫神・宗像神・愛宕神・琴平神・稲荷神が祭られているのだ。この地域、境内のあちこちにあった神社が合祀されたものだという。
それにしても、夢彦神・夢姫神というのは初めて聞いた神様。そう思っていたら、宮司さんが境内の掃除をしておられたので、夢の神様について尋ねてみた。
「多分、夢の神様を祭っているのは、日本でもここだけと違いますか。もしかすると私が知らないだけかもしれませんが、以前、調査に来られた大学の先生もそんな風に言ってはりました。この日枝神社は、もとはあちこちにあったさまざまな神社が合祀されたものなんです」
─そうなんですか。ここに夢の神様が祭られているというのはみなさん、あまりご存知ではないのでしょうか。
「そうやと思います。もう少し、ちゃんと書いておかないといけないとは思うんですけどね」
─夢をかなえたい人だったらお参りしたいと思うでしょうね。
「そうでしょうね。外国にはそういう場所がたくさんあると聞いていますが。夢というのは、思うだけではかないませんからね」
もっと話を聞いてみたかったのだが、参拝に来られていた方々が「御朱印をお願いします」と宮司さんを呼びに来られたので、会話はここまで。この夢の神様が意味する夢は、願いの夢だけじゃなく、寝ているときの夢でもあるそうだ。
それにしても、千年杉の隣に、夢彦神、夢姫神という夢の神様が祀られていたなんて!
話が飛躍するが、思わず茨木のり子さんの「水の星」という詩の一節を思い出した。

生まれてこのかた 
なにに一番驚いたかと言えば 
水一滴もこぼさずに廻る地球を 
外からパチリと写した一枚の写真 
こういうところに棲んでいましたか

夢の神様は、まあ、ここにおられたのですか。何度もお参りしながら気づかずにおりました。
そんな気分、そんな思いで神社をあとにした。


星のように思う。

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左:森茉莉さん愛用のグラスとカップ&ソーサー 右:田村セツコさん仕様の『思考の整理学』





データによると、
交通事故で死ぬ確率は、1万分の1
飛行機が墜落する確率は、100万分の1
宝くじが当たる確率は、1000万分の1
そして、
私とあなたが出会う確率は、72億分の1
なのだとか。誰かに出会うということは、まさしく奇跡のようなもの。そして、誰もあなたのかわりにはなれないし、誰かのかわりにもなれない。
昨晩、池袋コミュニティ・カレッジの講座の後、京都へ帰るのぞみの中で、いただいた手紙を読んだり、窓外の景色を眺めたりしながら、この確率に『星の王子さま』の中のキツネや薔薇の花のエピソードを重ねていた私。
清川妙先生と初めてお目にかかった後でいただいた手紙に、「会うっていいことね!」と書かれていて、この言葉については講座の中でも紹介したのだが、本当にそうだな、と改めて思う。
『清川妙が読む少女小説「なりたい自分」を夢みて』(ちくま文庫)の中にはこんな言葉がある。
「人に会う─それは、自分の心の財産を持つことになる」
人との出会いを丁寧に持ち、大切にしておられた清川先生らしい言葉だと思う。
だとしたら、昨日の私はたくさんの財産をもらったことになる。自分の人生にたくさんの利子がついたような気持ちになった。

金井ゆり子さんとの「編集者対談」では、森茉莉全集刊行の経緯、二人の息子さんのこと、編集部に届いたたくさんの読者カードのこと、白石かずこさんが『徹子の部屋』に出演後、何十セットもの全集注文があったこと、森茉莉さん自身のエピソードなど、森茉莉さんの話題を中心に、清川妙先生のエピソード、吉沢久子先生のこと、外山滋比古先生のことについてお喋りした。本当は「詩」や「言葉」についても触れたかったのだが、あっという間に時間となってしまった。後で知ったのだが、講座が行われたのは、清川妙先生の講座でよく使われていた部屋だったのだとか。もしかすると清川妙先生が見守っていて下さったかもしれない……そう思うと、懐かしさがこみあげて来る。
 
続いて「セツコの部屋」に移動。こちらの講座では、持参した数冊のスクラップブックの中から「中原淳一」に関するものを閲覧していただいたり、『おちゃめな生活』からの切り抜き帖を配ったり。また、『魂のおみくじ』『愛のおみくじ』(米村春美著 PHP研究所)をまわし、おみくじを引いてもらったりもした。
この講座の途中、自分でメモしていた北林谷栄さんの言葉に再会した。これは1998年2月の産経新聞からのメモ。

♡最終目標は、オリジナルの戯曲を書くこと。
「死ぬまでに、ものにしたいと星のように(ずっと大切に)思っている」

♡「九十・百でも恋をしますよ。相手はまっぴらごめんでも」

「「かえりみて本当に自由に生きていた」と、たばこをくゆらせながらさらりと言う。極上の一人芝居を間近に見るようだった」という記者のコメントもメモしている。
余談だが、北林谷栄さんがくゆらす姿を見て、憧れたたばこがある。パステルカラーのたばこで、確かソブラニーの『Cocktail cigarettes』だったと思う。その姿がすごくカッコよかった。*古いスクラップブックを探せば、その姿をどこかに貼り付けているかもしれない。
今回、ページを開くまですっかり忘れていたが、北林谷栄さんの「星のように思っている」という言葉もすてきだ。星のように思うとはつまり、ずっと変わらないということ、心の中できらめき続けているということだろう。
ここにもこんなすてきな人生の先輩がいたことをスクラップブックが思い出させてくれた。
スクラップブック作りも星のように続けようと思う。

「はじめまして、あなたって、そんな人だったの」─池袋コミュニティ・カレッジでの編集者対談について

筑摩書房の編集者だった金井ゆり子さんと10月17日の池袋コミュニティ・カレッジでの編集者対談の内容について、メールで打ち合わせをしました。
もう出会ってから20年以上経っているので、お互い、いろいろなことを忘れています。
知り合ったキッカケは何だった? から始まり、あれも、これも、思い出せないことばかり。
なのに、初めて会ったときのヘア・スタイルや洋服については細かく覚えていたり。でもそのことを伝えると、あら、そんなヘア・スタイルしたこともないわよ、と言われたり(でも、私の中にはくっきりとその日のその人の姿が思い出されるのです)。人の記憶って不思議です。
金井さんとは森茉莉さんの本だけではなく、『玉子ふわふわ』や『なんたってドーナツ』などのアンソロジー、『つらい時、いつも古典に救われた』(清川妙著)、『吉沢久子の旬を味わう献立帖』なども一緒に作りました。開きそうにない扉を開いてもらったことも何度かあります。
本を作る喜びというのは、とても一言では言い表せないのですが、毎回、毎回、一冊、一冊、その喜びやわき上がる思いというのは違っていて、それがとても新鮮です。
『ファンタジーが生まれるとき』の中で角野栄子さんが、
「自分の書いたものが本になったということは、大きなよろこびだった。でもそれにもまして私に好きなことが見つかったことのほうが嬉しかった。「はじめまして、あなたって、そんな人だったの」と自分にいうような気分だった」
と書いていらっしゃいますが、この言葉の感じに近いかもしれません。
私の場合、「自分の書いたものが本になった」という部分を「自分の編集したものが本になった」と置き換えて考えるのですが、ゲラが届くたび、新しい本が出来上がるたびに、「はじめまして、あなたって、そんな人だったの」と、愛おしくて抱きしめたいような気持ちになります。
さて、17日の講座の当日ですが、メインは森茉莉さんの話題になりそうなので、金井さんには森茉莉さんのお気に入りだった葡萄のような模様の赤いワイングラスを持って来ていただき、私は森茉莉全集の一冊(ボロボロです)と森茉莉さんがおしゃべりしている肉声のCDを持参して、みなさんに聴いていただこうと思っています。それから、森茉莉さんを特集した雑誌の一部のコピーをみなさんにお渡しする予定です。
そして、金井さんには、森茉莉全集刊行の裏話、森茉莉さんの二人の息子さんの思い出などをお聞きしてみたいと思っています。
また、偉大なる人生の先輩である外山滋比古先生、吉沢久子先生、清川妙先生の思い出話なども出来ればいいなぁ、と考えています。
平日の午後の講座なのでお仕事がおありの方も多くいらっしゃると思いますが、ご都合がつけば、是非お出かけ下さい。

☆10月のすみれ図書室は、23日(日)の午後2時からです。




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