カフェと本なしでは一日もいられない。

カフェ通いと読書に明け暮れる日々。 ⓒatelier.sumire.gingetsu

2017.10.29 「すみれ図書室」の記録

2017.10.29 すみれ図書室の記録

土曜日に上賀茂神社での身内の結婚式に参列した翌日の「すみれ図書室」。台風の予報もあり、今日は開店休業になるかな、と思いつつ、朝を迎えた。
午前中は雨風も結構強かったので下鴨神社の参拝はあきらめたが、氏神様である今宮神社へは参拝する。雨の中、七五三のお参りらしき家族連れがちらほら。
本殿にお参りし、手を合わせたら、神殿の中からドンドンと太鼓の音が。ご祈祷が始まったのだった。続いて祝詞が聴こえて来た。この響きが心地よい。
参拝の後で御朱印をいただき、「すみれ図書室」へ向かう。
余談だが、今宮神社の東側の鳥居を入ったところに出ている売り家の価格が最近になって下がった。それでも3000万円弱。とても手が出ない(買う気はないが)。
参拝の後も相変わらず雨が降り続いている。
部屋の窓を開けて空気を入れ替えてから、掃除をすませ、お昼ご飯。今日は、三分搗き米のご飯、小豆カボチャ、麩の角煮風、水菜とちりめんじゃこのお浸し、出汁巻き、ゴボウのお味噌汁、梅干し。
お昼ご飯を食べてから、十勝カルメル会修道院から届いたお菓子に値段をつけてテーブルに並べる。今日のお菓子は、チョコレート、ミニパウンドケーキ、クッキーなど。お菓子に添えられていた手紙には、「十勝は思わぬ大雪でしたが、柔らかい雪だったのでほとんどとけました」とあった。しばし遠く十勝の雪に覆われた修道院に思いをはせる。
京都も肌寒かったので、せめてお茶だけは太陽のようなものと思い、それいゆという名の紅茶を用意する。雨風がまだ強かったので、看板はビルの入り口だけに出す。
「すみれ図書室」では、「すみれ図書室通信」という4ページの手作り冊子を来室者に渡しているのだが、次号、11月号からは無謀にも、というか贅沢にも、作家の先生の書き下ろしを掲載することにした。雑誌や書籍のようにその他大勢の読者ではなくても、届ける意味はあるんじゃないかと思うし、エッセイにしても、何にしても、ある意味、たった一人にあてたものなのではないだろうか。そんなことを思っていたら、折しも若州一滴文庫の関係の方が庭の柿持参で来て下さった。
若州一滴文庫を訪ねたのはもう10年以上も前のことだったと思うのだが、田園風景の中に一滴文庫はあり、そこの図書室というのがとてもすてきだった。私はそこで増田れい子さんの本を書棚から取り出して開き、パウンドケーキの物語を読んだ。そして、気持ちをあたためた。
ところで、若州一滴文庫には、水上勉のこんな言葉がある。

「ぼくはこの村に生まれたけれど、
十才で京都へ出たので、
村の小学校も卒業していない。
家には電燈もなかったので、本もよめなかった。
ところが諸所を転々して、
好きな文学の道に入って、本をよむことが出来、
人生や夢を拾った。
どうやら作家になれたのも、本のおかげだった。
ところが、このたび、所蔵本が多くなって、
どこかに書庫をと考えたが、
生まれた村に小さな図書館を建てて、
ぼくと同じように本をよみたくても買えない少年に
開放することにきめた。
大半はぼくが買った本ばかりだ。
ひとり占めしてくさらせるのも勿体ない。
本は多くの人によまれた方がいい。
どうか、君も、この中の一冊から、何かを拾って、
君の人生を切りひらいてくれたまえ。
たった一人の君に開放する」

「たった一人の君に開放する」
たった一人にあてたもの、たった一人に開放するもの、すべてはそこから始まるんじゃないかと思う。

☆11月の「すみれ図書室」は、「仙人呼吸法&SS健康法京都セミナー」となります。会場は、平野神社近くの「京和文化協会」です(要予約)。



11月の「すみれ図書室」は、仙人呼吸法のセミナー&SS健康法の伝授となります

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京和文化協会は、この素晴らしい建物である和幸庵の中にあります。 平野神社、北野天満宮へも徒歩5分圏内です。



この夏、お盆の一日を利用して「仙人呼吸法」のセッションを受けました。といっても、呼吸法を学ぶものではありません。説明するのが難しいので、開発者の秋山先生のメッセージから、その一部引用してみます。

◆ 仙人呼吸法は平成15年9月に生まれた全く新しい地球上になかったものです。それは、セントジャーメイン(キリストの下で地球を護っている存在)が、これからはワンネスの世界で生きていきなさいと地上に降ろした拡大するエネルギーと云われています。それはあなたが主役であり、創造者として生きていく世界です。自分がしたいこと、好きなこと、正しいと想う世界で生きていく道なのです。過去の他人が言った古い常識や正しいと云われることは、もう要らないのです。正しい答えは、あなたの中にあるのです。外に求め、彷徨い歩くのはやめましょう。
キリストは心臓の後ろに聖心があると云っています。そこは内なる世界、神と、外の世界、神とを繋ぐ場所であり、そこに意識が在れば、無であり、空である状態になり、ワンネス意識の状態にあるのです。それは無限意識、完全意識、神意識とひとつであり、宇宙意識とも一体であります。それ故に、一瞬でアメリカやヨーロッパに行くことも出来ますし、守護神、守護霊や、亡くなった愛しい人にも逢ってハグしたり、会話をしたりすることも出来ますし、宇宙で自分の体を無限の意識体だと体感することも出来ます。そのようにこの呼吸法では知識でなく体感、体験して戴く事で、あなたに目覚めて貰い、あなたが何者かを知って貰った上で、新しい自分の人生を創造していただくことを目指して居るのです。心身の問題を解消するのは3分程で可能でありますが、そこではなく人生を天寿をまっとうするようにと導く道を神我一体となってお薦めしたいと想っているのです。その為に必要なことは、神我の愛の光、又は魂の愛で包み、観るだけです。◆

秋山先生によると、心臓と背骨の間に聖心、つまり神殿があるのだそうです。そのことを知った上で、まずは自分がイメージしやすい神殿(神社の神殿でも、光あふれる神殿でも、どのような神殿でもいいそうです)に入り、鍵をかけます。そして、そこに静かに座り、自分の内なる神殿を意識してゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐きます。ただこれを繰り返すのです。その時に雑念を感じていなければ、五次元とつながった証拠です。そして、五次元とつながったら、あとは思うことを何でもやってみればいいそうです。会いたい人に会う、行きたい場所に行く、神様と会話する…etc 何でも、どんなことでも。出来ない、無理、というのは三次元でのこと。五次元の世界では何の制限もないのだとか。
秋山先生が仙人呼吸法を発見(?)したのは、平成15年9月のこと。先生自身、手技療法を6年程学び、その後、エネルギーフィーリング、イメージヒーリングを行っていましたが、癌治癒を目指して研究していた最中の平成15 年9月に仙人呼吸法に巡り合ったそうです。これは、学んで知ったことではなく、ある日のセッション中にキリストが降りて来て、教えてくれたこと。「それまでの長い苦労の末、今、やっとそれが出来るようになったのだ。そして、それを広めよ」とキリストに言われ、始まったのが仙人呼吸法を伝え、体験するセッションです。
セッションを受ける前、体験したいことをメモ書きでもいいので書いて来て下さい、と言われていたので、ノートに、会いたい人の名前、守護神を知りたい、天命を知りたい、といったことをランダムに書いて、秋山先生を訪ねました。白い髭をたくわえた作務衣姿の先生は、優しい笑顔で迎えてくださいました。部屋に通されると、ホオポノポノでいうところのブルーソーラーウォーターのようなものが用意されていて、それを飲みながら、先生と会話し、「私の神殿」に入ってからは、先生の誘導に従って、さまざまなことを体験して行きました。3時間の予定だったのですが、あっという間に時間が過ぎ、気づいたら5時間近く経っていました。
さまざまな話の中で印象に残ったことはたくさんあるのですが、先生の言葉から引用してみたいと思います。

人はどのようにして生きているのか
◆みなさん、生まれた時からそうやっているから、どのようにして生きているかなんて考えたこともなかったと答えます。じゃあ、どうやって呼吸をしていますか、という質問に対しても、「自然にしています」という答えが返って来ます。どうやって心臓を動かしていますか、という質問に対する答えも同じです。ほとんどの人がそうしたことを考えてみたことさえないのです。食べたり、飲んだり、歩いたり、寝たり、呼吸をしたりすることを当たり前のように思って感謝もせず、いざ具合が悪くなると、不平不満を言うんですよね。私たちには60兆個の細胞があると言われていますが、その細胞の一つを一円に換算すれば、60兆円ものお金が必要ですよね。でも、実際には一円では細胞は作れないでしょ。それほどすごいものを私たちは与えられているし、持っているんです。生まれて来たこと自体、すごいことなんですよ。また、辛いことや嫌なことがたくさんあったとしても、楽しいことや嬉しいこともたくさんありましたよね。そのことに感謝したことがありますか。先の60兆円にしても、それをあげると言われて持って帰れますか。ものすごい重いと思います。でも、それほどの重い存在があなたなんですよ。それをタダで貰っているんですよ。だけど、そのことに感謝しなくても、これまで生きて来れたんですよね。これはすごいことであり、ありがたいことじゃないんですか。あなたは選ばれて生まれて来たんです。
起こること全てはただ起きるだけなんです。それをいいとか悪いとか判断しているのは、その人の都合なんですよね。たとえば、仕事先の上司が、ああしろ、こうしろとうるさいんです、という人もあるけれど、あなたにはそれが出来ていなくても、ちゃんと出来ている人もいるんですよね。誰も出来ないようなことを要求しているんじゃないんです。ですから、やっていたら出来るようになるんです。やがてそれが出来るようになれば、上司のことは気にならなくなりますし、あなたにはそのスキルが手に入っているんです。だとすれば、憎たらしい上司はむしろあなたの先生だったんじゃないですか。病気やケガも同じです。それがあったおかげで今があるんです。有り難いことなんです。解釈の違いなんですよね。被害者意識じゃなく、私は今、学んでいるんだ、教えてもらっているんだと気づけば、問題は消えて行きます。これが宇宙の法則です。
波動が上がって来ると、心配や怖れや不安が無くなり、何をしようか、どんなことが待っているか、といったワクワクすることばかりが心に湧き上がるようになり、人間関係、仕事関係、すべてが変化して来ます。でも、その人の意識が変わらなければ、その人の状況、運命は変わりません。ただ、そこには誰も立ち入ることが出来ません。その人の意識ですから。私に出来ることは手助けすることだけなんですね。◆

答えは全て、外ではなく自分の中にあるということ。これからの時代は、努力や修行ではなく、内にある答えを引き出し、出合うだけでいいんだということ。自分で決め、選んだ通りの結果が得られるということ等、沢山のことを教えていただきました。仙人呼吸法のセッションは、不思議で、心地いい時間でした。どうやら私たちは、全てのものが内にあることに気づかず、考えすぎ、思いすぎ、期待しすぎて、外にばかり目を向け、外にばかり答えを求めているようです。こうして書いている私も、頭では分かっていても、ストンと腑に落ち、身についているかと言えば、まだ知識の域を出ていないように思います。それでも薄皮を剥ぐように、少しずつそこに近づけて行けたら、と思っているところです。
私たちがなし得ること、なり得るものは、全て、すでに存在しています。ですから、私たちは、自分が現実化したいものを選択すればいい。そしてその選択は、すでに自分の中に存在している美しい可能性の大群から選べばいい。自分が体験したいものも、実現したいものも、すべては私たちの中に用意されているのだから、そこから選べばいい。私たちは「それがない」と外にそれを探し求めてしまいますが、すべては自分の中にあり、存在しているのです。

仙人呼吸法京都セミナーを開催します。
時:11月26日(日)の午後1時〜6時
場所:京和文化協会(京都市北区平野八丁柳町52番地) *申し込み人数によっては、「すみれ図書室」(堀川鞍馬口)に会場を変更いたします。
参加費:一人15500円(当日、お支払いください)
申し込み・問い合わせ:kyotosenninkokyu@gmail.com

仙人呼吸法で出来ること
自他の心身の治癒
守護神・守護霊に出合う
亡くなった人に出会い、会話をする
願望を実現する  etc
当日は、秋山光生先生が細やかに教えてくださいます。自分が何を体験したいか、ということを決めてご参加ください。
さらに嬉しいことに、当日、SS健康法の伝授も行っていただけるそうです。

アクセス
京都駅から:市バス205系統(2種類ありますので、必ず金閣寺経由北大路バスターミナル行きに乗車して下さい)にて、衣笠校前下車。バスを降りて進行方向3メートル自転車屋さんを左に一筋超えて突き当たりの右側。黒い壁の和幸庵内。徒歩1分。
または、
JR山陰線円町駅で下車し、西ノ京円町から市バス205系統(金閣寺経由北大路バスターミナル行き)に乗車し、衣笠校前下車
または、
京福電車北野線・北野白梅町駅下車、北へ徒歩5分。

石は悉くダイヤモンドであり、蒼穹の最も輝かしい星座と同じやうに忽ち絢爛たる光を放つた。……

 昔、熊井明子さんのエッセイで、リラダンが友人に語ったというコントを読み、激しく感動したものである。そして、その物語は今も星のように心にある。
 秋が来た、と思った先日のある日、こっくりとしたものを読みたくなり、書棚から『ピモダン館(やかた)』(斎藤磯雄随筆集 廣済堂出版)を取り出して読んでみた。その中で、リラダンの「石と星」に再会した。

「ヴィリエ・ド・リラダンの新しい研究書が出たので讀んでみると、全集には収録されていない次のようなコントが載つてゐた。(中略) わが國のしみつたれた私小説などと違つて、想像力に溢れてゐたこの詩人は、構想の百分ノ一も作品として書きとめず、すばらしい筋を惜しげもなく他人に語つたり提供したりしたのであるが、中にはそれを盗んで名をあげた作家もあつたと云ふ。━━この象徴的な物語も「語られたコント」の一つであり、たまたまこれを聴いた友人の一人が書き残したものである」

 それはこんな物語である。

 その昔、ブリュターニュの海の底に、得体のしれない一つの石があり、それは苔やねばつく海藻のたぐいに蔽われていた。
 この石は、紺青の水のたゆたいや海底植物の美しさに対して、いささかの関心も寄せていないかに見え、たとえ難破があって黄金の樽の数々が落ちて来たところで、その絢爛たる富に驚くこともなく、一切のものから冷然として孤立しているかのようであった。
 或るとき、一人の心やさしい聖者が海の底に降りて行き、何事に対しても無関心であるこの石に尋ねる。

━━一体どうしてそなたは……幾千万年も昔から、身じろぎもせず、さながらものも思わぬかにじっとしているのか。

 石は答える。

━━この果てしない水の厚みを透かし、嵐の日も重苦しい凪の日も、わたくしは永久に、天空の高き極みに、星辰のうちの最も遥かな星辰を凝視めているからです。そしてその星の消え去るときは、再びその星のさし昇るのを待っているのです。

 さらに、星を眺めて、一体何を得たと申すのじゃ、という聖者の問いに、石はこう答える。

━わたくしを蔽い包んでいるこの海草や苔を拂いのけて下さい。

「聖者は海草を拂ひのけた、するとその石は悉くダイヤモンドであり、蒼穹の最も輝かしい星座と同じやうに忽ち絢爛たる光を放つた。……」

 リラダンもまた、忽然として孤独に堪えながら、天空の遥かな星に眺め入った達人だったそうだが、彼の見えざる魂は宝玉であり、ダイヤモンドのような光を静かに放っていたのだろう。
巴里東部にあるというリラダン街を一人でゆっくりと歩いてみたくなった。

☆10月の「すみれ図書室」は、10月29日(日)の午後2時からです。


「すみれ図書室」の記録 2017.9.24

IMG_8185下鴨神社






IMG_8187今宮神社






IMG_8194今宮神社ご朱印「玉の輿」!





IMG_8253「すみれ図書室通信」9月号





IMG_8192sumireすみれ図書室






IMG_8197夕焼け







すみれ図書室の記録 2017.9.24

家族を銀月アパートメントまで送ってから、下鴨神社に参拝。連休だからか、駐車場はほぼ一杯。参道では、長く愛用したはんこに感謝する「印章祈願祭」が行われていた。
お宮参りの親子連れの姿も多い。見頃を迎えた萩の花が美しく、どこからか金木犀の香りも。秋晴れの美しい境内の朝である。
干支の神社にお参りをし、本殿で二拝したところで、ドンドンと音がして祈祷が始まった。どうやらお宮参りのご祈祷らしい。縁起がいい。
下鴨神社参拝の後、今宮神社へ向かう。今宮神社でもお宮参りの親子連れの姿。晴れ着姿のお母さんに抱かれた赤ちゃんは、参道のあぶり餅の店の人たちからも笑顔を向けられていた。たくさんの幸せに出合いますように、と私も心の中で。
今宮神社では見開きご朱印をお願いする。今回もしっかりと「玉の輿」の文字。これまでの御朱印では「むらさきの」と書かれていた部分が、前回のご朱印から「玉の輿」の文字に変わっている。ご朱印そのものが変わったのか、あるいは、書いて下さる方によって違うのか、どちらなのだろう。今度きいてみよう。
来室者に渡している「すみれ図書室通信」の封筒の封印を今宮神社の月のスタンプにするつもりで、今宮神社のスタンプコーナー(と畏れ多くもそう呼んでいる)に行ったものの、封筒を忘れてしまっていたことに気づく。*9月の「すみれ図書室通信」のテーマは、清川妙さんと吉沢久子さんの「手紙のやりとり」。
この日はマストの用事がいろいろあったので、今宮神社の後、どこにも立ち寄らず、「すみれ図書室」に向かう。途中、父の実家があった場所(私的にはおじいちゃん家)を通る。ここは必ず通る。今は別の建物になっているが、私の心の中には、今でもおじいちゃん家があり、家の前の道路を走っていた市電もしっかりと記憶にある。
いつものように、平野神社にも、晴明神社にも、玄武神社にも、チップルソン(11月まで休みらしい)にも寄らなかったのに、着いたのは、いつもと変わらず12時前だった。
窓を開け、掃除をし、メールの返信をし、仕事の打ち合わせをすませてからお昼ご飯。今日の献立は、三分搗きご飯、ホウレンソウと油揚げのお味噌汁、車麩の角煮風、小豆カボチャ、小松菜の胡麻和え、梅干し。
お昼ご飯を食べてから、お茶の用意をする。この日の修道院のおやつは、天使の聖母トラピスチヌ修道院のマダレナとみたらし社のご神水でいれたオーガニック紅茶と大原のごめす農園のレモンバームのミックスティー。いつもバタバタしてしまうので、早めに外に看板を出しておく。
涼しいかな、と思っていたが、気温が上がって来て蒸し暑いのでクーラーをオンにし、簡単に仙人呼吸法をする。いわゆる瞑想ではないのだが、この仙人呼吸法をすると、あっという間に雑念が消える。
余談だが、11月あたり、「すみれ図書室」で、仙人呼吸法のセミナーを少人数で開催しようと思っているので、興味のある方はご参加ください。本当に仙人のような秋山先生が岡山から来て下さるので、この時に、SS健康法(気功的な技法で、胃を小さく畳んで、骨盤を狭く調整する健康法)の伝授会もあわせて開いてもらう予定だ。
この日も来て下さった方からさまざまな情報を教えていただいた。徒歩5分位の場所にある「紫野源水」のひと口羊羹にすみれ味なるものがあることや御金神社の祭事のことなど様々。それから、「すみれ図書室」と同じビルの上のフロアに鍼灸とマッサージの治療院も近くオープンするらしい。堀川通から西の鞍馬口通がますます魅力的な場所になってゆくようで楽しみだ。
この日の「すみれ図書室」は午後6時でお仕舞い。5時にはまだ青空が広がって明るかったのに、看板を入れようと外に出ると、空一面の夕焼け。秋の日は釣瓶落としと言うが、本当にアッという間に太陽が沈んでしまう。
熊井明子さんが秋のポプリで紹介していた疋田寛吉氏の「落葉」という詩の一節を思い出しながら、さまざまな人にとって、よき再生の秋の秋になりますように、と祈らずにはいられなかった。夕焼けにはパワーがあり、魔法がある。

「……そして、或る日
 うつくしい秋の日にあなたの掌はのび
 あなたはやっと自分を取り戻す」

☆10月の「すみれ図書室」は、10月29日(日)の午後2時からの予定です。


 

2017.8.27 すみれ図書室の記録

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すみれ図書室





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二葉マークのタクシー





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今宮神社の見開き御朱印





「すみれ図書室」の記録 2017.8.27

日中は暑いけれど、朝晩は涼しく、少しずつだが秋の気配が感じられるようになった。早朝や夜になると、虫の音も聴こえる。
朝、家族を銀月アパートメントまで送り、その足で恵文社一乗寺店に寄り、続いて下鴨神社に参拝。
下鴨神社では結婚式があるようで、寿タクシーが何台かとまっていた。本殿で拝礼をしていると、正装(?)の宮司さんが神殿の中、私の正面あたりまで歩いて来られた。神様に歓迎されているのかもしれない、とありがたく参拝を終える。
その後、今宮神社へ向かっていたら、北大路通で二葉マークのタクシーが私の車の前に。先週に続いて2種連続の週末遭遇だ。京都市内で2台しか走っていないレアなタクシーなので、信号待ちで写真を撮る。この車両は、世界文化遺産にも登録されている上賀茂神社の「式年遷宮」に合わせたもので、二葉は神紋の「フタバアオイ」を表現したものらしい。何でもこのタクシーに乗車したレシートを上賀茂神社で見せると、記念品がもらえるとか。その後、ちょっとお店に立ち寄り、再び今宮神社に向かって走りながらふと左を見ると、何と先ほどの(多分)二葉マークのタクシーが隣を走っているではないか。わずか15分程の間に2度も遭遇するなんて! 何だかいいことがありそうだなぁ、と、ちょっぴりワクワクしながら今宮神社に到着。いつも通り「ようこそお参りやした」という参道脇のあぶり餅の店の方に声をかけられながら神門をくぐり、手水で口と手を浄め、本殿に参拝。参拝後、御朱印をお願いした。ここでは両面御朱印をお願いすることが多いのだが、この日は片面御朱印を。しばらく待っていると、「大変申し訳ありません。片面とのご希望でしたのに、間違えて両面の御朱印になってしまいました。片面の初穂料で結構ですので、よろしければおおさめいただけませんでしょうか」と申し訳なさそうに言われたので「何だか得した気分で嬉しいです。ありがとうございます」と言って御朱印帖を受け取る。これも、二葉マークのタクシーを見たことによるラッキーなのかもしれない。
その後、チップルソンでパンを買うつもりだったが、お店は閉まっていた。先週末も閉まっていたなぁ、と残念に思いつつ、玄武神社に参拝。
こうしてあちこち寄り道をしながらやっと部屋に到着。すでに12時を回っている。
部屋の窓を開け、掃除をしてからお昼ご飯。今日は、三分搗きご飯、小豆カボチャ、高野豆腐の炊いたの、沢庵、車麩の角煮風。ご飯を食べ終えてから、お茶の用意をし、修道院のお菓子をテーブルに並べる。今日のお茶は、若狭彦神社のご神水で淹れた中原淳一のマリーゴールド入りの紅茶。
黒板にメッセージを書き、看板を出し、ひと通りの準備が整ったところで、お盆に習った仙人呼吸法をする(この呼吸法については、すみれ図書室通信に書いたが、改めてブログでも紹介したいと思う)。静かに私の「神殿」に入り、深く長く、仙人呼吸法を実践。せめて10分位したかったのだが、時間がなかったので3分程で終了。
予定通り、2時にオープン。いつも足を運んで下さる方々、はじめての方……夏休み最後の図書室での時間が過ぎてゆく。この日、いちばん遠くから足を運んで下さったのは新潟県からの方だった。こうして足を運んで下さった方々の話を聞いていると、私の知らないことばかりで興味深い。ここを開室していなければ知らなかったであろうことばかりだ。
そういえば、来て下さった方から、『ことばのはおと』がここのすぐ近くに移転し、そのオープンが今日だと教えていただいた。『すみれ図書室』を閉めた帰り道にチェックしたところ、歩いて5分もかからない場所だった。界隈にすてきなお店がまたひとつ増えて嬉しい。
話は変わり、図書室を閉めてから、ゆっくりと白湯を飲んだ。飲みながら茨木のり子さんの詩を思い出し、「白湯」とは消え行く日本語なのだろうか、そんなことを思った夜だった。

「そんな話を聞いた日の深夜
 しゅんしゅんと湯を沸かし
 ふきながらゆっくりと飲む
 まじりけなしの
 白湯の
 ただそれだけの深い味わい」 ━茨木のり子「さゆ」(『茨木のり子 言の葉3』筑摩書房に収録)より

☆9月の「すみれ図書室」は、9月24日(日)の午後2時からです。


夢の神様が祀られている神社

IMG_7974若狭彦神社の天然の手水。







IMG_7976若狭彦神社の手水の脇には池があります。








IMG_7985若狭姫神社の手水。地下12メートルからの湧き水です。境内には千年杉を育てたご神水も湧いていて、汲んで持ち帰ることが出来ます。






IMG_7982千年杉が空に向かう若狭姫神社本殿。








IMG_7981境内社。ここに夢彦神・夢姫神が祀られています。





IMG_7980










以前、若狭姫神社を参拝した時に、境内社に夢の神様が祀られていることを知り、宮司さんに尋ねてみたことがあります。
その時の返事は「夢の解釈にはさまざまあると思いますが、夢の神さまを祀っているのは、全国でもここだけではないでしょうか」ということでした。
夢彦神、夢姫神、とは、すてきな神様。
先日参拝した時には、その社にこんなメッセージが貼られていました。

「全国唯一 夢を司る神
    夢彦神社
    夢姫神社
 ━夢(人生は旅)に向かって━」

『私の部屋のポプリ』(熊井明子著 河出書房新社)を読んだとき、「夢は実現する」という項目があり、そこには『幸福の心理学』(ヴェニス・ブラッドワス著 柳生直行訳 大和書房)のこんな言葉が紹介されていました。

「人が思考することによって潜在意識にきざみつけられた事は、必ず現実に現れる。━━夢は実現する」

ただし、「そのためには、自分も他人と同じように愛さなければ、その不思議な力は働かないことを、くり返し述べています」と熊井明子さんは書いています。
この言葉を思い出しながら、不思議な力が働くように気持ちをセットして、わたしの夢をそっと夢の神さまに伝えて来ました。




『茨木のり子の献立帖』

IMG_7904『茨木のり子の献立帖』より、茨木のり子の台所






IMG_7906『茨木のり子の献立帖』より、寿司用の型、グラス、「暮しの手帖」から贈られたのれんの前の茨木のり子





IMG_7908「衿子さんより」と書かれたチーズケーキのレシピ *岸田衿子





人がどんなものを食べていたのかも気になるが、どんなノートや筆記用具を使い、どんな色のインクで、どんな筆圧で、どんな字を書いていたのか、そんなことが気になる質である。だから、人様の日記や手紙というものに妙に心惹かれる。
『茨木のり子の献立帖』(平凡社)には、そんなさまざまが収録されており、たっぷりと楽しませてもらった。
日記やレシピ、茨木のり子の台所や実測図、愛用品といったものはもちろんだが、色あせたスクラップブックやノートやメモには、彼女の暮らしぶりや彼女が大切にしていたことがしみ込んでいる。
扉に掲載されている3年日記からひろってみる。

「10時、車で、仁和寺、竜安寺、大徳寺を廻る。Y、いたく竜安寺を気に入る。
 年末とて、どこもひっそり。めぐるのには良い。
 晝食、予約していた「たん熊」にて。
 一度、Yを連れてきたかったところ。谷川さんと来たときは五千円だったのに、七千円に値上り。かぶらむしがおいしい。
 三時十四分のひかりで帰京。
家ぶじ。荒木運転手が言ったように、「大名旅行」だったかもしれぬ。」(1973年12月30日)
「Yと渋谷で待合せ(当帰り)。
 更科で天ぷらそば食べ
 横浜へ直行。
 信濃屋で待望のYの
レンコート(四万五千)買い、Yはごきげん。
 南京街で、有昌の肉ちまき、清風楼でしゅうまい買って帰る。」(1974年12月30日)

引用した日記に限らず、この本の中には、何度も、何度も、Yが登場する。『歳月』に収録されている詩を重ね合わせながら読むと、ズシリと心に迫ってくるものがあり、献立やレシピはそっちのけで読み耽ってしまった。
そして、献立に戻ってみれば、みどり式カレー、ポテトキャセロール、茶わん蒸し、チーズケーキ、ヤンソンさんの誘惑、パエリア、粟ぜんざい、ハヤシライスなど、たくさんのレシピがあり、そこからは、夫であるYとの食事、Yのよろこぶ姿、Yとの会話、Yとの時間がたちのぼって来る。Yとの歳月、その一日一日がまぶしく、せつなく、すてきだ。


「木津川」のお昼ご飯、すみれご飯

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下鴨神社みたらし祭 参道には屋台が出ていました。







DSC_1028
みたらし祭、最終日の夜に参拝しました。




DSC_1020提灯のあかりが幻想的!




DSC_1021ロウソクを手に持ち、御手洗池に足を浸して無病息災を願います。その冷たさに心身共に清められていることを実感しました。




DSC_1025祭壇にロウソクを供え、池から上がったところでご神水をいただき、身も心もお清め完了。この水は無病息災、延命長寿に霊験あらたかなのだそうです。


古い『暮しの手帖』(1983年初夏号)の「すてきなあなたに」を読んでいたら、懐かしい名前に巡り合いました。「木津川」です。
大阪での用事が思いがけず早くすみ、夕方の新幹線までの数時間をどうしようかしら、と迷った後、思いついて「小さな旅」をすることにした著者は、

「久しぶりに「木津川」さんでおひるをと思い、駅から電話をしたところ、
「どうぞ、おこしやしとくれやす……」との言葉に、車で、ほどなく、堺町、御池の、木津川さんにつきました。
    (中 略)
 声がして、お昼のお膳が出ました。初もののたけのこ、大ぶりに切って淡いあめ色に煮きあげたのが、きょうのごちそうです。天盛りした木の芽のいい香りがします。
 ご飯茶碗には、目にみえないほど細かく刻んだにんじん、ごぼう、油揚げの三つが入ったかやくご飯。それに熱つ熱つのおつゆ。香のもの」

読みながら、私自身が「木津川」で食べたお昼ごはんを思い出していました。
堺町通御池下ル西側、ここでお昼ごはんを食べるのが楽しみで、足しげく通っていたことがあります。
置き箸をしている常連さんたちは、まるで我が家に帰って来たように白い麻ののれんをくぐり、おいしそうにご飯を食べているのも、「木津川」のいつもの光景でした。メニューは、心を込めて用意された一汁一菜のお昼ごはんのみ。
ある時、姉を誘って「木津川」でお昼ごはんを食べ、お喋りをしながら御池通を東に向かって歩いていたら、通りすがりの男の人に「あんたら、何がそんなに楽しいの?  嬉しくってしょうがないって顔やなぁ」とまじまじと言われ、別れ際「人生、楽しんでや」と声をかけてもらったことがあります。おいしいご飯に気持ちを引き上げてもらっていたのかもしれません。
今思うと、私たちは若かったのですね。お箸が転んでもおかしい年ごろはとっくに過ぎていましたが、何を見ても、何を聞いても、楽しいお年頃だったのでしょう。
ところで、「すてきなあなたに」には、「木津川」のすみれにまつわるこんなすてきなエピソードが紹介されています。

「このちっさい庭に、すみれがよう咲きましてね。ええにおいどすなぁ、日本のすみれと西洋のすみれがございますのどすけど、西洋すみれのにおいの方がきつうおすわ。路地までにおいます。
 花どきには摘みまして、すみれご飯を炊きます。
 花をつんで、塩水にちょっとつけときます。五分か十分ね。そやないと色があせますの」

ご飯をよそうときにちょっとまぜると、白いご飯の中にすみれの紫があざやかで、「それはロマンチックで、ええもんどっせ」とのこと。
古い雑誌にとじ込められているすてきなエピソード、そして、物語。だから古い雑誌が捨てられないの、と言い訳に使わせてもらったりしつつ、そこに重ねた私自身の思い出も、雑誌と一緒に保存されているような気がしたことでした。

☆8月の「すみれ図書室」は、8月27日(日)の午後2時からです。


2017.7.23 すみれ図書室の記録

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平野神社





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晴明神社





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晴明井









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晴明神社 狛犬









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晴明神社「桔梗、咲いています」






2017.7.23 すみれ図書室の記録

この日は曇り空。もしかすると雨になるかも……と思われる空模様。
家族を銀月アパートメントに送ってから、平野神社へ。参拝の後、ご神水を汲ませてもらう。平野神社の境内には私一人。いつもながら贅沢な参拝時間を贈られた気分になる。
平野神社参拝の後は晴明神社へ。晴明神社は大勢の参拝者。本殿へのお参りも列に並んで順番待ち。晴明公の像の写真を撮ろうと思ったら、年配のグループの方々が写真撮影のため、並び位置を考えたり、誰が写真を撮るかで相談したりで、なかなかな様子だったので、先に厄除け桃を撫でましょう、と思っていたら、そのグループの一人から「シャッターを押してもらえませんか」と頼まれた。いいですよ、と明るく返事をして撮影終了。グループの方々が、「(晴明公の足元が剥げているので)ここに触ると、足がよくなるのかしら」と言いながら立ち去って行く様子を見送って、私も晴明公の写真を一枚。
参拝を済ませ、御朱印をお願いしている間、晴明井の吉祥水を「すみれ図書室」のために汲ませてもらう。この日のお茶はこの吉祥水で、と決めていたので。
晴明神社の後、チップルソンでパンを買うつもりだったが、臨時休業なのかお店は閉まっていた。残念!
その後、玄武神社に参拝して「すみれ図書室」に向かう。数日ぶりに部屋に入ったのだが、曇っているからか、思ったほど暑くはなかった。
窓を開け、掃除をしてから、『あなたの中の小さな神様を目覚めさせる』(まさよ著 永岡書店)に載っていた、部屋を神さまパワーで満たすワークを試してみた。
やり方はこう。部屋の中心に立ち、胸の前で両手を合わせて「わたしはこの部屋が大好きです」と家の神さまに伝え、天井に「この部屋が大好きだよ。愛しているよ」という大きな文字を思い浮かべ、天井に浮かべた文字から、虹色やゴールドの光の粒が部屋中に降り注ぐ様子をイメージすると、部屋が愛のエネルギーで満たされてゆくのだそう。
その後、お昼ごはんをすませてから、黒板に『アンの愛情』のジェムジーナおばさんの言葉を書き、晴明井のお水でハーブティーを淹れ(この日は、福岡カルメル会のハーブティー)、この日の修道院のお菓子、伊万里の聖母トラピスチヌ修道院のゼリーとクッキーを用意して準備完了。
いつものことながらあっという間に2時になったので、あわてて外に看板を出しに行き、「すみれ図書室、オープンしました」とTweetしておく。
この日、「すみれノオトブック」と『京都好き』(PHP研究所)持参で、遠くから訪ねて来て下さった方があった。2016年の2月の「すみれ図書室」に来て下さり、その時に購入して下さったそうで、書いたり、貼ったり、楽しく使って下さっていた。「もし災害が起きて避難しなければならなくなった時、たくさんのものは持ち出せないけど、このノオト一冊を持っていれば、元気づけてもらえたり、気持ちを支えてもらえるかな、と思って、大切な言葉などを書き込んでいます」と教えて下さり、それを聞いて、何だかとっても嬉しかった。
この日も、来て下さったみなさまから、さまざまな貴重な情報、サプライズを受け取りました。すてきなノートと手紙もいただいた。本当にうれしいことばかりで、感謝です。
来月、8月の「すみれ図書室」は、8月27日(日)の午後2時からです。



週末の神社参拝 今宮神社→平野神社→晴明神社

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今宮神社に参拝し、本殿で手を合わせていると、突然、祝詞が聴こえて来ました。格子越しに眼をこらすと、神殿で白い神服をまとった巫女さんが祝詞をあげている様子が見えました。


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今宮神社参拝の後、平野神社に参拝しました。その時間、参拝者は私一人。ゆっくりと時間を過ごしました。


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平野神社の御神木。これまでずっと本殿参拝の後、御神木のパワーをいただいていましたが、この御神木のパワーをいただいてから本殿参拝をしましょう、というような看板があり、今はそれに従っています。


IMG_7783晴清公









その後、晴明神社に参拝しました。晴明公の像の写真を撮ると、いつもたくさんのオーブが写っています。
左下の青いオーブの下に見える白い十字のような飛行機のようなものは何だろう? と思い、翌日、もう一度参拝して確認しましたが、何もありませんでした。何なのでしょう……


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晴明神社に湧く吉祥水。水の出口は今年の恵方を向いています。ここでお水を汲ませていただきました。
信仰対象の水なので、持ち帰りは一人500㎖まで。


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晴明神社に咲いていた桔梗。先日Tweetしたのですが、桔梗を見て思い出したのは、堀辰雄と中里恒子さんの追分の家での会話でした。
「私は堀さんが夢みているに違いないこれらの仕事への方向を、鮮麗な花のように感じ出した。花と言えば、部屋には桔梗の花が籠にふさふさと挿してあった。紫のいろ鮮かな・・・・・・。私はこんど最初の日に堀さんの部屋にはいったとき、まっ先に眼についたものだが、白い蚊帳を前に、桔梗の紫は説明のしようのないほど沈潜した情緒をたたえているのだった。追分に咲く花のいろはいずれに濃く鮮明だが、堀さんの寝ている部屋のなかで桔梗の紫はほんとに美しかった」━━「柘榴を持つ聖母の手」中里恒子 より








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