カフェと本なしでは一日もいられない。

カフェ通いと読書に明け暮れる日々。 ⓒatelier.sumire.gingetsu

自分の中に「北極星」を持つのは、だいじなことです むずかしいことです

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今宮神社の茅の輪。何度もくぐらせてもらいました。





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"Donut Heart Club" のドーナツ型のzine





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久しぶりに「すみれノオト」と「鴨居羊子のピンクの言葉」を制作。恵文社一条寺店、ジュンク堂書店池袋本店、リュケリ(金沢市)に納品しました。



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「すみれ図書室」




すみれ図書室の記録 2018.6.24

梅雨の晴れ間のような仕事の隙間時間があったので、そうだ、そうだ、6月の「すみれ図書室の記録」を書いておかなきゃ、と思い、書きかけたものの、ほとんど思い出せない。10日程前のことなのに。それでも、記憶をたどりつつ、書いておく。
24日の日曜日は、午前の便でつゝやから「五大北天まんじゅう」が届くことになっていたので、「すみれ図書室」で待機(ちなみにこのおまんじゅう、とてもおいしいのだが、賞味期間が製造日を含めて2日しかない)。通常、このあたりは9時過ぎの配達とのことだったので早い時間から待機していたのだが、届いたのは11時をまわってからだった。待っている間に、部屋の掃除をし、看板も早めに出し、黒板の詩も書いておく。
今月の詩は、岸田衿子さんの「一生おなじ歌を 歌い続けるのは」(『あかるい日の歌』より)
という詩。

  一生おなじ歌を 歌い続けるのは
  だいじなことです むずかしいことです
  あの季節がやってくるたびに
  おなじ歌しかうたわない 鳥のように

変わるということもすてきなことだが、自分が見つけた「コレ」というもの、好きなものを、北極星のように持っておくこと。手放さないこと。白秋の詩の一節のように、「わが夢は燃えてひそみぬ」であり続けること。それはとてもとても、「だいじなことです むずかしいことです」。

五大北天まんじゅうを受け取ってから銀月アパートメントに行き、その後、下鴨神社と今宮神社に参拝してから、「すみれ図書室」へ。下鴨神社では少しお水を汲ませてもらったし、今宮神社では茅の輪をくぐった。
1時過ぎに部屋に戻ってお昼ご飯。お昼ご飯は何だったかな。確か、トマトとキュウリ、アボカドと鉄火味噌の丼とお味噌汁、森嘉のお豆腐で湯豆腐を作って食べたのだった。この丼は、kamogamaのマクロビランチによく出てくるご飯の真似をしたもの。ちなみに、使った鉄火味噌は、鹿児島の神月山舗の「鉄釜炒り 根菜味噌そぼろ」で、とてもおいしい。ネット販売ではあまり見かけないが、kamogamaで手に入る。
この日はスタートが出遅れていたので、あっという間に2時近くなり、急いでお茶の準備。この日は、ルバーブとジンジャーのお茶をご神水で淹れて、ポットに。五大北天まんじゅうと大分トラピスト修道院のバタークッキーをセットにした「おやつセット」を用意する。
昨日は雨の一日で肌寒かったのに、この日のように晴天だと、とにかく暑い。6月の気温はめまぐるしく変わる。
おやつセットの他に用意したのは、森茉莉さんの生原稿と追悼号の雑誌、そして、東京から届いたとってもすてきな"Donut Heart Club" のドーナツ型のzine。それぞれ、楽しんでいただけたようで何より。
幻のおもてなし(I wish I could!)は、『私の部屋のポプリ』(熊井明子著 河出書房新社)の「夏のポプリ」に登場する「氷の上に並べた、うすくうすく、異国のレースより繊細に切ったレモンのハチミツ添え」。余談だが、いつかレモンのアンソロジーを作ってみたい。いや、作ろう!
この日も、京都のお店のさまざまな情報を教えていただき、行ってみたいお店がいくつか。また、『すみれノオト』(松田瓊子コレクション 河出書房新社)を読んでみます、と買って下さった男性から見せていただいた大阪編集学校の雑誌に、行きたいと思っていた「里山工房くもべ」のことが載っていたり、うれしいサプライズもたくさん!
足をお運びくださったみなさま、本当にありがとうございました。

☆7月の「すみれ図書室」は、7月22日(日)の午後2時からです。

『孤独をたのしむ本』田村セツコ

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『孤独をたのしむ本』(田村セツコ著 興陽館刊)






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Note in Book  「この世にノートとおしゃべりするくらい楽しいことはありません」




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ここにいろいろと書き込みます





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セツコ先生のサイン入り





『独り居の日記』(メイ・サートン)『独りの珈琲』(増田れい子)『孤宴』(葛原妙子)『一人を生きる才能』(清川妙)など、ザッと書棚を見渡しただけでも、「ひとり」を連想させる本がたくさんある。
その一冊、『孤宴』を抜き取って開き、表題ともなっている「ひとりうたげ」のページを開いてみる。ここに書かれているのは、葛原妙子さんが三月の雛の節句の前の晩にする「ひとりうたげ」。一対の紙雛の前にワイングラスを置き、そこにお雛様のための白酒を注ぐ。お膳は、輪島の沈金彫りの吸い物椀に入れたハコベを刻み込んで焼いたうす焼き玉子。豪勢な料理はないが、桃の花だけはむろ咲きの紅白をとりまぜて豪勢に挿す。

「紙雛の白く平たい顔はいよいよひらたく、わたしは桃の花の蔭に座布団を敷き、その上にぺたりとすわってたばこを吸う。茫々と何本も吸う。その時灰色の髪の毛の私もまた桃の花の色のスェーターを着ている。

 私のひとりうたげとはこの様なものである」

人それぞれ、暮らしの中に、儀式のようなものがあると思う。それは、時間や気持ちの使い方だったり、何気ない所作だったりするのかもしれない。そして、それらは縁取りのレースのように、雰囲気や香りを添えて、その人の人生の風合いのようなものになってゆくものかもしれない。
どう生きるか、ということの中には、ひとりの時間、孤独とどう向き合うか、ということも含まれていると思う。結婚していても、していなくても、家族がいても、いなくても、若くても、年をとっていても、人は「孤独」からは逃れられないからだ。
『孤独をたのしむ本』の中には、文字通り、孤独というものにある虹色の輝きを見つけるための田村セツコさんならではの100の方法、ヒントが詰まっている。目次を眺めているだけでも心がふわふわしてきて、「孤独も使いよう」なんだな、と思えてくる。

・取り乱してやわらかく生きる
・ゆるく考える
・わたしは幸せですと決める
・図書館には沈黙の友がいっぱい
・ちゃらんぽらんに生きる
・人生は想定外の旅
             etc  

ルイーズ・ドリスコルは「心の中に、夢が通える静かな秘密の場所を確保しなさい」と書いているが、心の中に一人の時間のよろこびを育てる場所を持っておきたい。孤独を楽しみ、愛する才能は、そこに蒔いた種から花開くんじゃないかと思うからだ。
この本の中にはまた、「本の中の書き込みノート Note in Book」が特別収録されていて、そこに自分なりの方法を書き込めるようになっている。つまり、「わたくしの薬箱」のように、この本を自分専用にカスタマイズすることも出来るってわけ。

「孤独はおクスリ。あなたを強くするための、おクスリ&ギフトとして受け止めて下さいね。
 孤独あっての、ふわふわです」━━「あとがき」より

☆6月の「すみれ図書室」は、6月24日(日)の午後2時からです。「すみれ図書室通信」の書き下ろしは、中山庸子さん。修道院のおやつは、大分トラピスト修道院のバタークッキーと、こちらは修道院製ではありませんが、岡山県津山市の五大北天饅頭をご用意します。

「本当のことというのは宇宙の仕組みです。これ以外に本当のことはないんです」━『神道のこころ』より

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「水配りの御神徳」をいただいたという若狭一の宮 若狭姫神社の御神木・千年杉。


このところ、春日大社の宮司だった葉室頼昭氏の本を読み返している。読みながら、『アナスタシア』と重なる部分が多いことに驚いた。それぞれアプローチは違うものの、語られる宇宙の理、宇宙の叡智は、私の中では何のためらいもなく重なる。
初めて読んだときは、水の話に心惹かれ、見えないものをこそ信じなければいけない、という言葉の意味の深さを思った。読み返すたびに、心に入って来る光があったのだが、このたびの光は「感謝」ということだった。
神様にお願いして、お恵みがいただけたら感謝する。これは感謝ではなく取引だと氏は言う。理屈なしにありがとうございますが言えたときが本当の感謝であり、そうすると神の恵みが現れてくる。つまり、志望校に入学出来たから感謝するのではなく、今あることに理屈抜きで感謝したら合格する。病気の人は、病気だから健康にしてくださいとお願いするのではなく、どんなに病気であったとしても、健康でありがとうございます、と理屈抜きで感謝すれば健康が来る。宇宙の仕組みというのはそんな風になっているのだ。
氏は、この感謝ということについて、宇宙の構造を通して、こんな風に教えてくれる。

「例えば、お日さまは明るくて暖かいとみんな思っているでしょう。これが間違いだといっているんです。太陽の光は暖かくもなければ明るくもない。それが証拠に太陽が明るくて、暖かいんだったら、太陽と地球のあいだの宇宙空間は明るくて、暖かいはずです。ところが、ここは真っ暗で、冷たい。なぜかということです。太陽の光は暖かくも、明るくもないんですね。
 だけど地球では明るいじゃないかというのは、地球の周りに空気があるからですね。空気で反射すると光と熱が出てくる。反射しなければ光も熱も出てこない。空気がなかったら明るくもなんともないんです。空気の反射のおかげで光と熱が出てくる。これと感謝はおなじことですよと言っているんです。
 神のお恵みはみんな平等にいただいている。でもある人は不幸になり、ある人は幸せになる。なぜか、感謝ですよ。神の波動は感謝しなければお恵みとなって出てこないんです。だから宇宙の仕組みが科学でわかったら、宗教がわかると説明している。宗教と科学とは同じものですよ。科学がかわってそれで終わってしまうから分からないんです。反射したら光と熱が出るということがわかったら、感謝したら神のお恵みが出てくるということがわかるわけでしょう。これは本当のことだから、だから人間も感謝しなさいということです。そうしたら神からいただいているエネルギーが出てきますよ。感謝しない限りは出てこない」

そうなのか、神様の光はあまねく人々に降り注がれているけれど、すべての人がそれに気づくわけではない。地球にとっての空気のように、感謝の心を持つことで、私たちはその光を感じ、神様からの恵みを受け取ることができるのだ。

「本当のことというのは宇宙の仕組みです。これ以外に本当のことはないんです」

ものすごく大切なことを教えてもらった。そんな気がする。

今宮神社の湯立神事

今宮神社の湯立神事(2018.5.6 覚え書き)

「平安の世より、神輿の巡幸を通りで迎える人々で地域一帯賑わし続ける「今宮祭」
神幸祭から還幸祭まで8日間にわたって行われます
今宮祭は平安時代の「紫野御霊会(むらさきのごりょうえ)」に始まって以来、由緒と伝統のある「西陣の祭」として、毎年5月に営み続けている。
祭礼は、毎年5月1日の神輿(みこし)出し、5日の神幸祭15日(現在はこれに近い日曜日)の還幸祭とつづき、19日の神輿おさめを以って終わる。神幸祭は「おいでまつり」還幸祭「おかえりまつり」とも呼ばれて親しまれている。神幸祭(しんこうさい)当日には、午前中の神事ののち午後神幸列を整え、車太鼓を先頭に、祭鉾、八乙女、伶人、御神宝等が続き相殿の御牛車、神輿三基の順に渡御、神職がこれに供奉、今宮通より所定の道筋に従って町々を巡幸し御旅所に入御する。還幸祭(かんこうさい)には御旅所に出御、所定の道筋に従って町々を巡幸し、夕刻東参道より本社に還御する。」━以上、今宮神社のHPより

今宮祭は、神輿が御旅所まで巡行する神幸祭に始まり、今宮神社に戻る還幸祭までのお祭り。ここでご紹介する湯立神事は、神幸祭と還幸祭の間に御旅所で行われますが、今年は、5月6日の午後2時から斎行されました。
この湯立神事は、煮えたぎった釜の中に塩や米、お酒等を入れ、笹を使ってその湯を辺りに振り撒いてお祓いをするというもの。

今年はじめて、この湯立神事を見学(でいいのかな。こういう場合の言葉遣いって難しい)しましました。
14時頃、御旅所に行くと、ご祭神であるオオムナチノミコト、コトシロヌシノミコト、クシイナダヒメノノミコトを乗せた3基の神輿が安置されており、前庭の注連縄が張られた中にはお湯を入れた釜があり、その脇には笹の葉の束が。周辺には数十人の人が集まっていました。権殿の中では、祝詞があげられ、続いて巫女による神楽が奉納され、神事が粛々と執り行われていました。

神楽の舞の奉納が終わると、白い装束の宮司さんが権殿の前で御幣を振ってお祓いをし、権殿に引き揚げると、入れ替わるように、白い装束の巫女が現れ、草履を脱いで釜の前の台にあがります。

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神楽の音楽が流れる中、巫女が御幣と鈴を手に祈りを捧げ、その後、御幣を振り、鈴を鳴らしながら、私たち見学者のお祓いをしながらぐるりと回るのですが、始まった途端、風がビュービューと吹き始め、その風によって紙垂が激しく揺れ、巫女の装束も風にたなびきます。
その様子を見ていると、結界が一瞬取り払われ、ご神気が振りまかれた……何だかそんなことが起こったような気がして、言葉ではうまく言い表せない何か、取り立ててこうこうで、と説明できない何か、けはいというものの姿、かたちを見せられたような気になりました。


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その後、権殿に引き揚げた巫女が白装束のたすき姿で再び現れ、釜の前に立って、塩、米、お酒を捧げ持ち、祈りながら天に捧げるようにした後、煮えたぎった釜の中に入れてゆきます。その祈りの姿や立ち居振る舞いの敬虔さと圧倒されるような迫力。
クライマックスは、巫女が熱い湯の中に入れた笹束を引き上げながらダイナミックに四方に湯を振りまく場面。この笹の葉の湯しぶきに当たると、厄除・無病息災などの加護を受けられるそうなので、釜の周囲に人々が集まります。
最後に、ご神酒が振る舞われ、使用した笹の葉と御札をいただいて、神事は無事終了しました。

水の癒し アナスタシア

今、いわゆるライトワーカーと呼ばれる方の本を作っている関係もあり、『アナスタシア』を読み返した。初めて読んだときからグッと引き込まれ、書き込みだらけになっているのだが、今、改めて読んでみて、やっぱりすごいな、と思ってしまう。アナスタシアが語る人間と自然、宇宙、神……その叡智のすばらしさ!
あまりにも超人的なアナスタシアが果たして実在するのか、人間にこんな能力があるのだろうか、というのが、普通の人の感覚だろう。
だが、アナスタシアは言う。
「私がもっている能力は、すべての人間に本来備わっているもの。人間は、その起源までさかのぼるはじまりのときから、こうしたことができるように創られている。だから、私がやっていることは、本当は誰にでもできること」
はるか昔、人々はさまざまな能力を持っていたと思う。数学を勉強しなくても、天文学を勉強しなくても、医学を勉強しなくても、人々はあらゆることを本能的に知り、その叡智を使って生活していたのだと思う。地球には宇宙に存在するすべてのものがあり、わたしたちのからだの中にもそれがあり、わたしたちはすべての答えを自分の中に持っていたのだと思う。
だって、ほら、自然界の生きものを見ていると、そのことがよくわかる。本を読まなくても、知識を得にどこかに出かけて行かなくても、かれらは驚くほどの叡智を持って自然界の摂理に従い、本来の自然と一体化して生きている。
だが、私たちは、物質的豊かさと引き換えにその能力を失い、かつて持っていた能力のことなど忘れてしまっている。そして、すべての答えは自分の中にあるのに、外へそれを求めることが当たり前だと思っている。
アナスタシアが教えてくれるたくさんのこと。「水」「種」「夢実現の方法」……etc。一度書いたかもしれないが、その中から「水」の話を。

●アナスタシアの「水」
「生命の水には、宇宙における生命の創造についてのすべての情報が含まれているし、人間からほとばしり出たあらゆる思考や思いも含まれている。
(中 略)
水はすべての人の過去を知っている。水は宇宙の中で起こったすべてのこと、すべての人々に関する情報をもっている。
(中 略)
水の癒しの特性を体験したいなら、自分にとって一番おいしい水がわき出ている泉をみつけるの。
その水を家にもち帰って、器にいれて、凍らせる。そして毎晩、一日に必要な量の水を、ちょっと見栄えのする器に入れてテーブルの上におく。器の下にはできればグリーンの布を敷いて。
寝る前に、その水に向かって何か良い言葉をかけてあげるか、あるいは、黙ってやさしい思いをそそいであげる。
部屋は暖かすぎないように。水の中に少し氷が残っている状態にする。もし氷がなくなっていたら、寒いところにある氷を少し入れて。
氷を少しお湯に入れたり、熱いお茶に入れるのもいいの。
氷が溶けていくときに、やさしさをもって水のことを考えて。そして素敵な言葉をかけてあげる。生き物に対するように。氷が溶けた水に杉のオイルを一滴たらしてもいい。水の量が多くても少なくても、その一滴で情報が水全体に広がるの。この情報が、とても大切。
寝る前に、その器の水をゆっくりとまぜるようにして、そこに息を吹きかける。
翌朝起きたら、水に向かって「おはよう!」と挨拶する。その水を、ゆっくりと、ほんの少し、すするように飲むといい。
その水で顔も洗うといいわ。
もしあなたの胎内に何か病気があれば、水はそれを癒しはじめ、完璧に治してしまう。あなたは三日で体調がよくなったと感じる。
九十九日間この水を使えば、どんなに重い病気も、あなたの体から抜けていく。そして肌も、見ちがえるほどきれいになる」   

このことをどうやって知ったんだい? という問いに、アナスタシアは答える。
「水が教えてくれた」
「それに、星にも教わった」

☆5月の「すみれ図書室」は、5月26日(土)の午後2時からです。
修道院のおやつは、天使の聖母トラピスチヌ修道院のマダレナをご用意します。また、竹下晃朗先生が石臼でひいてくださったスペルト小麦の全粒粉もご用意します。500グラム600円の予定です。
ご希望の方には、氣の手当てもいたします(無料)。

3月の「すみれ図書室」の記録 2018.3.21

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銀月アパートメントの枝垂桜。三枚目は部屋から見た様子。









3月の「すみれ図書室」の記録 2018.3.21


この日の朝は、急な用事ができたり、市内の道が思いのほか混んでいたりで、予定を大幅に変更したが、平野神社参拝だけは決行する。桜茶屋がオープンする3月25日からはかなり混み合うと思われるので今のうちに参拝をしておきたかったのとご神水を汲みたかったのがその理由。いつもは比較的静かな境内だが、大勢の参拝客が桜の写真を撮ったり、記念撮影をしたりしていて、ご朱印の受付にも数人の参拝客が並んでいた。
ご神木の周囲をぐるりと回り、氣をもらってから本殿に参拝する。ちなみに平野神社のご祭神は四座。
・今木皇大神(いまきすめおおかみ) 源気新生、活力生成の神
・久度大神 (くどのおおかみ)    竈の神、生活安泰の神
・古開大神 (ふるあきのおおかみ) 邪気を振り開く平安の神
・比賣大神 (ひめのおおかみ)   生産力の神
平たく言うと、生きる力を与えてくださる神様。生活に困らないようにしてくださる神様。邪気を払い除けてくださる神様。生み出す力を与えてくださる神様、なのだと思う。
さて、平野神社参拝の後はまっすぐ「すみれ図書室」へ。
12時過ぎに着き、窓を開け、掃除をしてからお昼ご飯。今日の献立は、黒豆入りの三分搗きご飯、お味噌汁、油揚げと畑菜の煮浸し、小豆カボチャ、根菜入り大豆ハンバーグ、白湯。お昼ご飯をすませてから、平野神社のご神水でお湯を沸かし、タンポポ珈琲を淹れてポットへ。十勝カルメル会修道院のパウンドケーキやチョコレート、竹下晃朗先生のスペルト小麦の全粒粉にプライスシールを貼って並べ、黒板に「イースターの卵」にまつわる熊井明子先生のエッセイからの言葉を書く。
そうこうしているとあっという間に2時前になったので、外に看板を出しに行く。今日は雨模様なので、小さな看板だけを出しておく。
カナダのオタワに住む友人が日本に来ていて、この日は朝から弘法さんに行ったりすると聞いていたので、用事が済んだら「すみれ図書室」まで来て欲しいと伝え、アクセス方法をメールで伝えておいた。早く着いたら、英会話レッスンでもしてもらおうと思っていたが、結局、友人に会えたのは夜の7時頃だった。
この日の「すみれ図書室」は、ウクレレを弾いてみたい人のワーク、氣の手当てのワークも行い、修道院のおやつだけではなく、スペルト小麦の全粒粉も販売した。竹下先生が石臼で挽いてくださった粉は市販されておらず、1キロ挽くのに2時間かかるという貴重な粉なので、みなさんに喜んでいただけたのではないかと思う。
氣の手当ては、一人10分から15分位だったと思うが、さまざま面白い現象も起こり、見ている私も興味深かった。氣って面白い。これでみなさんの不調が改善されたら嬉しいのだが。
3月号の「すみれ図書室通信」の書き下ろしは木下長宏先生だったので、『舌の上のプルースト』を閲覧してもらう。プルーストの入門書としてはうってつけの一冊であり、もちろん、そこからプルーストに進まなかったとしても、この一冊によってプルーストの食を味わっていただくだけでも十分価値があると思う。でももし、プルーストを好きになる人があり、さらには、あの全18巻を読んでみようと思う人があれば、かなりすてきなこと。
思うのだが、何かを「好き」になるってことはすごいことで、そこから続くもの、あるいはそこに続くものに向き合うってことは、自分の道を照らす光になるし、自分の幹を太く、強くしてくれることになる。
ある雑誌のインタビューで角野栄子さんが、それまで何をしても飽きやすかったのに、書くことは続いた。私は書くことが好きなんだとわかり、そこから何年間は、誰にも見せることなく、毎日、物語を書き続けたとおっしゃっていた。ひたすら書き続けたことが自分の「好き」の根幹を鍛えることにつながったとも。
「好き」っていう気持ちはきっと「魔法」だと思うし、自分自身の「神様」になって、新しい扉を開いてくれるんじゃないかなと思う。

☆4月の「すみれ図書室」は、4月22日(日)の午後2時からです。

☆思いのほか桜が早く開花したので、3月31日(土)の午後1時から、銀月お部屋マーケットを開催します。「すみれノオトブック」「マドゥモァゼルのためのイメージノオト」などの紙もの、移動式文庫棚、黒板本立てなどの木工品、修道院のクッキーなどを用意します。また、ウクレレのワークショップ(一人500円)、氣の手当て(無料)も行います。お花見がてらお出かけください。



「すみれ図書室」の記録 2018.2.25

DSC_0639DSC_061720180225_160729菫ョ驕馴劼蠕。闖灘ュ・YG8F7711左:平野神社 右:今宮神社  上:すみれ図書室 下:十勝カルメル会修道院のパウンドケーキ








2月の「すみれ図書室」の記録 2018.2.25

この記録を3月に入ってから書こうとしているのだが、二週間以上も経つと、記憶がすっかり薄れてしまっている。いろいろなことが思い出せないが、記憶にあることを記録しておこう。
2月の開室日はちょうど天神さんの日で、北野天満宮では梅花祭がおこなわれていた。だが、梅花祭を経由して来られた方が、開花には程遠い状態だったと教えてくださった。そうだ、あの頃はまだあんなに寒かったのだ。なのに、3月に入り気温が上がると、春がドドッと押し寄せた感じ。先日参拝した平野神社や今宮神社の境内では、すでに桜が開花していた。
田村隆一の「窓」(『生きる歓び』集英社に収録)という詩に、こんな一節がある。

  花は植物の女神だ
  はじめに緑色のしなやかな指が
  地上に出てくると
  その指からさまざまな色彩がほとばしる

夏が終わったあとはいつまでたっても秋が始まらないのに、冬が終わると、春がじわじわと近づき、ある日を境にさまざまな色彩が一気にほとばしりはじめ、気がつけば春の陽気に包まれている。
2月の「すみれ図書室」の日、午前中に下鴨神社、上賀茂神社に参拝した。上賀茂神社では駐車場待ちの長い車の列が出来ていて、どうしてなんだろう、と思っていたら、その日は手づくり市の日だった。本殿でも、御朱印の授与所でも、長い長い行列。あまり時間のゆとりがなかったので、境内の別の場所から揺拝し、御朱印はあきらめた。手づくり市もゆっくり楽しみたかったが、境内社の山森神社に向かう道の脇のお店だけをザザッとチェックし、大原の野菜の蒸しパンをいくつか買う。とても気持ちのいい人たちだった。
上賀茂神社の後、チップルソンでパンを買い、「すみれ図書室」へ。窓を開けて部屋を掃除し、急いでお昼ご飯。この日の献立は、三分搗き米のご飯、梅干し、小豆カボチャ、お味噌汁、湯豆腐、白湯。お昼ご飯の後、この日の修道院のおやつ、山口カルメル会修道院のシフォンケーキを並べ、インドのおみやげのGreen&タンポポティーをご神水で淹れてポットに。そうこうするうちにあっという間に2時になり、看板を出しに行くと、お客様らしい二人連れの方に出会う。雪舟えまさんのファンの方のようだった。
「すみれ図書室」では、通信を毎月発行しているのだが、昨年の11月から作家の先生方の書き下ろしを掲載している。今月号の書き下ろしは、雪舟えまさんの ”「すみれ図書室通信」によせて 緑と楯の短歌連作15 「うずたか氷(苺)が溶けるまで」“ である。
『小説すばる』3月号に緑と楯の読み切り小説が掲載されているのだが、その物語の舞台は、未来京都という京都のパラレルワールド的な街。そして、この連作15首は、その読み切り小説の「短歌版」として作って下さったもの。ああ、何と嬉しい、そして、何と贅沢なことだろうと思う。
ありがたいことに仕事でもかなり好き勝手をさせてもらっているが、それでもそれなりに制約はある。だが、「すみれ図書室通信」では、書いてもらいたいと思う作家に原稿を依頼する、あるとすればそれだけがルールだ。手づくりの、しかも来室者にだけ渡すという非常に部数の少ない媒体に書いて下さることには、感謝してもしきれない。本当にありがたいことである。
この日の「すみれ図書室」は、雪舟えまさんのファンの方々に加え、「すみれ図書室」をきっかけに雪舟えまさんのファンになった方々もあり、多分、小さな「雪舟えまワールド」になっていたんじゃないだろうか。

◎3月の「すみれ図書室」は、3月21日(木)の午後2時からです。
◎修道院のおやつは、十勝カルメル会修道院のパウンドケーキやチョコレート、イースターのお菓子がプラスチックのたまごの中に入ったイースターエッグをご用意します。
◎通信の書き下ろしは、『舌の上のプルースト』の著者である木下長宏先生。すみれにまつわるエッセイです。
◎石窯パン研究家の竹下晃朗先生が石臼で挽いて下さったスペルト小麦の全粒粉も販売します。1キロ挽くのに2時間かかるのだそうです。500グラム600円で販売します。竹下先生が焼いて下さったパンのおまけつき。
◎ウクレレを体験してみたい方、氣の手当てを体験してみたい方もどうぞ。無料体験会を実施します。


すみれ図書室の記録 2018.1.28 あなたは美しい宇宙のひとかけら

DSC_0112下鴨神社手水舎の氷柱








DSC_0117下鴨神社にて





DSC_0118下鴨神社にて








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DSC_0125今宮神社にて








DSC_2128竹下晃朗先生と先生のパン窯









2018年1月28日 すみれ図書室の記録

雪を心配していたが、何となく晴れてホッと安心。だが、道路脇の街路樹の根元の辺りや日陰には雪が残っている。
そんな日の朝、家族を銀月アパートメントまで送った後、下鴨神社に参拝。手水は地下水だけあってあたたかかったが、水が流れる下には氷柱が残っていた。
お日柄がいいのか、境内で3組の花嫁・花婿さんを見かける。本殿で手を合わせていた時も、ご祈祷が始まったので神殿を見ると、お宮参りらしい家族の姿があった。
続いて、今宮神社に参拝。参道脇に結構な量の雪が残っていて、子どもたちが雪遊びをしていた。神社内の屋根も雪でおおわれていて、積雪の名残りがいたるところに。
本殿でお祈りをしていたら、雅楽の演奏が始まった。結婚式が執り行われているらしく、おめでとうございます、という宮司さんの声が聞こえて来た。
いつもは阿保賢さんにお参りするのだが、行列が出来ていたので、あきらめて社務所に向かい、御朱印をお願いする。待っていると、福豆が目に入ったので買い求める。「すみれ図書室」に来られた方々にお福分けをしよう。
帰ろうとしたら挙式を終えたばかりの花嫁・花婿さんの姿が。冬のキリリとした風景の中、わたぼうし、白無垢姿が、一羽の鶴のように美しい。
「すみれ図書室」に向かう途中、チップルソンに立ち寄ったのだが、カーテンが閉まっていて、「13時OPEN」という貼り紙が。開店までまだ一時間以上あったので、残念だったがパンはあきらめる。
駐車場に車をとめて鞍馬口通を歩いていると、雪が舞い始めた。積もりませんように、と願いながら「すみれ図書室」へ。
部屋に入って窓を開けると、青空が広がっていた。冬の天気は一瞬で変わる。
部屋の掃除をしてからお昼ご飯。今日のメニューは、五目玄米ご飯、ワカメとお豆腐、油揚げのお味噌汁、車麩の角煮風水菜添え、小豆カボチャ、すぐき、白湯。
今日の室温は29度に設定。暑いかしら、寒いかしら。用意した修道院のお菓子はタルトとショートブレッドなので、それらを暖房が入っていない場所に移動させたり、神社で汲んできたご神水を沸かして今日の飲み物のタンポポ珈琲を用意したりしていると、あっという間に2時になる。
今月号の「すみれ図書室通信」の書き下ろしは、高柳佐知子さん。「出かけるときはいつも本を持って」というタイトルのエッセイとイラストだ。通信のその他のテーマは、「ミモザの花の砂糖漬け」と「石窯パンの竹下晃朗先生」のこと。通信は、原則来られた方々だけに配布しているのだが、読みたいという声を多くいただいているので、これまでの13号分の通信を一冊にして室内に用意しておいた。13号分とはいえ、結構なボリュームになっていた。
この日のいちばんのサプライズは、石窯パンの竹下晃朗先生が陶芸家のお嬢さんと足を運んで下さったこと。竹下先生と出会って以来、先生は京都の宝! と思っているので、とても嬉しかった。先生を「すみれ図書室」にいらした方々に紹介出来たこともまた。
先生は来室者の方に、ホームベーカリーでおいしいパンを作る方法、自宅のオーブンでパンをおいしく焼く方法などを伝授してくださった。パンとともにある先生の97年の人生のすてきさについて書きたいが、ここではとても書ききれない。
来室者の方々が二巡した頃、そうだ、みんなで写真を撮ろう、と思いつき、記念写真を。1歳半の赤ちゃんから97歳の先生までが写真におさまり、この日のすてきな記念になった。
ところで、先生のお嬢さんのM子さんから、紫竹にある「スターダスト」というカフェ情報を教えていただいた。早速調べてみると、時々パンを買いに行く、「ブレッドハウス バンブー」というお店のすぐ近くにあるカフェだった。
「宇宙の星がその命を終えた時、うまれたその星屑はあなたになった。あなたは美しい宇宙のひとかけら。」というタイトルコピー、そして、

私たちの身体を作るすべての要素は、
星屑で出来ていることを知っていますか?
爆発し一度死んだ星は、幸運にもこうしてあなたに生まれ変わったのです。夜空を見上げると瞬く星々。あなたは、実は大いなる宇宙の星の欠片。 地上で輝く星。
またいつか広大な宇宙の一部に戻るときまで、どんなときも、星はあなたの内側で光り輝いているのです。
そんな地上の星々が、ここSTARDUSTで出会い、スパークする、幸せな場所となりますようにと願いを込めて。

というコピーに感動した。近いうちに出かけてみようと思う。
それにしても、それにしても。毎回、毎回、知らないことがいっぱいあると気づく。そして、たくさんのことを知る。足を運んでくださる全ての人に感謝です! 毎回、心からそう思うし、その思いがだんだん強くなってゆく。
それぞれがそれぞれの宇宙で輝く星の欠片だった一人一人が出会い、つながり、きらめく星座になってゆく。点から線へ、それは壮大な宇宙の物語のようでワクワクする。

☆2月の「すみれ図書室」は、2月25日(日)の午後2時からです。

「気にしなさんな」「ぼさっとなさっておきなさい」「苦しみはもっておけばいい」━『ただ一心に咲く』

◎仁和寺や足もとよりぞ花の雲
               ━━春泥

毎年、春になると、金堂前の染井吉野や鐘楼前のしだれ桜などが競って咲き誇り、仁和寺は満開の桜で彩られます。
その中、中門内の西側一帯に「御室桜」と呼ばれる遅咲きで有名な桜の林があります。別名おたふく桜とも呼ばれるこの桜は、江戸時代の頃から庶民の花として親しまれ、数多くの和歌に詠われています。 また、江戸時代の儒学者・貝原益軒が書いた『京城勝覧』(けいじょうしょうらん)という京都の名所を巡覧できる案内書には、花見の盛んな様子が次の様に紹介されています。
「春はこの境内の奥に八重桜多し、洛中洛外にて第一とす、吉野の山桜に対すべし、…花見る人多くして日々群衆せり…」
御室桜は、遅咲きで、樹高2メートル程の背丈の低い桜。なぜ低いのか?という疑問は古くからもたれ、「御室桜の謎」と言われてきましたが、最新の土壌調査の結果、桜の樹の下には予測されてきた岩盤ではなく粘土質の土壌があり、そこには炭素や窒素などの栄養分がほとんど含まれないこと、また堅い地層に阻まれて根を伸ばしにくいことなどが確かめられたそうですが、詳しくは現在も調査中だとか。
そんな桜のような心ひかれる本があります。仁和寺の第五十世門跡が四季の移ろいの中で感じた思いや仏教、弘法大師の教え、日々生きる知恵、桜のことなどを綴った『ただ一心に咲く 桜が教えてくれる人生で大切なこと』(中央公論社)です。
帯にはこうあります。

「京都の春、仁和寺は満開の桜」
 種は、辿り着いたところで咲いて、実をつけます。
 幸せを望むなら、まず自分の足元を見つめましょう。

 草木を愛で、古刹を守る門跡が説く「幸せの極意」

桜の花びらの色のような、白湯のような、やさしさとあたたかなまなざしがこもった一冊でした。
「気にしなさんな」「ぼさっとなさっておきなさい」「苦しみはもっておけばいい」「いい加減で生きなさい」……。生きてきた道を振り返って、「私は損をした」と思う人には、「今は経験を積んでいる最中なのだと思えへんか」と声をかけ、辛い気持ちをどうしたら捨てられるのかと苦しむ人には、「それは、捨てないかんものかな」と声をかけます。
個人的な思い出ですが、門跡さまに初めてお目にかかったとき、緊張のあまり、汗がどっと噴き出てしまいました。そんな私を見た門跡さまは、衣の袂からハンカチを取り出し、「汗をふきなはれ」とそっと手渡して下さいました。
そうしたことを思い出しながら読んでいると、本の中に書かれているたくさんの言葉に門跡さまのやさしい声やまなざしが重なり、ひとときの会話を交わしているような気持ちに。そして、読み終る頃には、かたい花の蕾がふわっと開くように心がほぐれ、やわらかな春のような思いに包まれていました。

☆1月の「すみれ図書室」は、1月28日(日)の午後2時からです。修道院のおやつは、大分トラピスト修道院のバタークッキー、鹿児島の聖ヨゼフ修道院のタルトとショートブレッドをご用意します。

すみれ図書室の記録 2017.11.26

IMG_8521今宮神社a今宮神社にて







DSC_1612今宮神社にて。偷景亭保存会のお福分け








DSC_1614平野神社の十月桜









IMG_8525猫仙人呼吸法京都セミナーに飛び入り参加した猫





IMG_8517すみれ図書室通信すみれ図書室痛心Vol.12 熊井明子先生の書き下ろしエッセイを掲載しました。






すみれ図書室の記録 2017.11.26

この日は、「すみれ図書室」の臨時増刊号として「仙人呼吸法」の京都セミナーを開催した。場所は、平野神社近くの「京和文化協会」。

午前中の用事を済ませてから、今宮神社に参拝。結婚式を挙げた花嫁・花婿さんの姿があり、境内は華やぎに包まれていた。おめでとうございます、と心の中で祝福の言葉を贈り、本殿へ。
手を合わせた途端、ドンドンという太鼓の音が鳴り響き、続いて祝詞が。参拝を終えて境内を歩いている間中、雅楽の調べが風に乗って聴こえて来た。
この日は御朱印をお願いすると共にお火焚祭の護摩木も奉納。
参拝の帰り、セミナーでのおやつにしてもいいかな、と思い、「かざりや」であぶり餅を購入。後で包みを開くと、あぶり餅は竹の皮に包まれ、その包みを結んでいるのも竹の皮だった。
今宮神社ののち、平野神社にも参拝。本殿にお参りすると、ここでは七五三らしきご祈祷が行われていた。境内を歩いていると、太鼓の音や祝詞が晩秋の風に乗って流れて来て、何となく神様にもてなしを受けたような気になって、「音符がひとを訪れるときも こんなふうなのかしら」というとある詩人の詩の一節をふと思い出す。
境内の十月桜を愛で、ご神水を汲ませてもらってから和文化協会へ。すでに12時半近かったので急いで持参のお弁当を食べ、部屋の暖房をつけてから門を開ける。
庭の木々は美しく紅葉していて、さてさて、美しい午後の始まり。
12時40分を過ぎたころから参加者の方々が来られる。余談だが、今日の西大路通は思ったより空いていたそう。
参加者全員が揃い、予定通り、一時から仙人呼吸法のセミナーがスタート。秋山先生の講話からスタートし、2時過ぎからは様々な実践ワークが始まった。目を閉じ、先生の瞑想誘導に従ってさまざまなことをイメージし、意識の中でさまざまな場所に行ったり、さまざまな人に出会ったり。イメージの限界を作らなければどんなことでも体験出来るということを実体験する。イメージの限界はつまり、出来ることの限界でもあるのだ。
たとえば私たちは映画を観たり、本を読んだりしながら、泣いたり、笑ったり、怒ったり、心配したり……様々な感情を体験するが、それらは現実には起こっていないことだ。だが、現実と同じような臨場感を持ってそこで繰り広げられる出来事とつながることが出来る。そして、そうしたことで私たちの意識が変わったり、やがて現実が変わったりする。それはつまり、私が大切にしている熊井明子先生の言葉、「したいということは、出来るということ」なんだと思う。やりたいと、あるいはそうありたいとイメージ出来ることは、現実でも出来るのだ。秋山先生のセミナーでの瞑想誘導は、そのことを腑に落とすためのものでもあるのだと思う。
自分の中にある神殿、内神様の存在に気づくこと、そのことを意識して呼吸することで得られる至福、自他の治癒の方法、そしてたとえば、イメージの中で過去に光を当て、癒すと、今の私が光に包まれ、癒されるということ━現在の私は過去の延長線上にあるのだから━など、たくさんのことを教えていただいた。
同調するとはそういうことだったのか、という気づきもあったのだが、こちらは長くなるのでまだ別の機会に。
秋山先生、参加してくださったみなさま、ありがとうございました。

☆12月の「すみれ図書室」は、12月24日(日)の午後2時からを予定しています。通常通り、「すみれ図書室」での開催です。修道院のおやつは、伊万里の聖母トラピスチヌ修道院のマドレーヌとクッキー、大分トラピスト修道院のバタークッキーをご用意いたします。また、修道院雑貨として、伊万里の聖母トラピスチヌ修道院のマリア像、クリスマス3点セットなども。


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