カフェと本なしでは一日もいられない。

カフェ通いと読書に明け暮れる日々。 ⓒatelier.sumire.gingetsu

すみれ図書室の記録 2018.1.28 あなたは美しい宇宙のひとかけら

DSC_0112下鴨神社手水舎の氷柱








DSC_0117下鴨神社にて





DSC_0118下鴨神社にて








DSC_0122下鴨神社にて








DSC_0125今宮神社にて








DSC_2128竹下晃朗先生と先生のパン窯









2018年1月28日 すみれ図書室の記録

雪を心配していたが、何となく晴れてホッと安心。だが、道路脇の街路樹の根元の辺りや日陰には雪が残っている。
そんな日の朝、家族を銀月アパートメントまで送った後、下鴨神社に参拝。手水は地下水だけあってあたたかかったが、水が流れる下には氷柱が残っていた。
お日柄がいいのか、境内で3組の花嫁・花婿さんを見かける。本殿で手を合わせていた時も、ご祈祷が始まったので神殿を見ると、お宮参りらしい家族の姿があった。
続いて、今宮神社に参拝。参道脇に結構な量の雪が残っていて、子どもたちが雪遊びをしていた。神社内の屋根も雪でおおわれていて、積雪の名残りがいたるところに。
本殿でお祈りをしていたら、雅楽の演奏が始まった。結婚式が執り行われているらしく、おめでとうございます、という宮司さんの声が聞こえて来た。
いつもは阿保賢さんにお参りするのだが、行列が出来ていたので、あきらめて社務所に向かい、御朱印をお願いする。待っていると、福豆が目に入ったので買い求める。「すみれ図書室」に来られた方々にお福分けをしよう。
帰ろうとしたら挙式を終えたばかりの花嫁・花婿さんの姿が。冬のキリリとした風景の中、わたぼうし、白無垢姿が、一羽の鶴のように美しい。
「すみれ図書室」に向かう途中、チップルソンに立ち寄ったのだが、カーテンが閉まっていて、「13時OPEN」という貼り紙が。開店までまだ一時間以上あったので、残念だったがパンはあきらめる。
駐車場に車をとめて鞍馬口通を歩いていると、雪が舞い始めた。積もりませんように、と願いながら「すみれ図書室」へ。
部屋に入って窓を開けると、青空が広がっていた。冬の天気は一瞬で変わる。
部屋の掃除をしてからお昼ご飯。今日のメニューは、五目玄米ご飯、ワカメとお豆腐、油揚げのお味噌汁、車麩の角煮風水菜添え、小豆カボチャ、すぐき、白湯。
今日の室温は29度に設定。暑いかしら、寒いかしら。用意した修道院のお菓子はタルトとショートブレッドなので、それらを暖房が入っていない場所に移動させたり、神社で汲んできたご神水を沸かして今日の飲み物のタンポポ珈琲を用意したりしていると、あっという間に2時になる。
今月号の「すみれ図書室通信」の書き下ろしは、高柳佐知子さん。「出かけるときはいつも本を持って」というタイトルのエッセイとイラストだ。通信のその他のテーマは、「ミモザの花の砂糖漬け」と「石窯パンの竹下晃朗先生」のこと。通信は、原則来られた方々だけに配布しているのだが、読みたいという声を多くいただいているので、これまでの13号分の通信を一冊にして室内に用意しておいた。13号分とはいえ、結構なボリュームになっていた。
この日のいちばんのサプライズは、石窯パンの竹下晃朗先生が陶芸家のお嬢さんと足を運んで下さったこと。竹下先生と出会って以来、先生は京都の宝! と思っているので、とても嬉しかった。先生を「すみれ図書室」にいらした方々に紹介出来たこともまた。
先生は来室者の方に、ホームベーカリーでおいしいパンを作る方法、自宅のオーブンでパンをおいしく焼く方法などを伝授してくださった。パンとともにある先生の97年の人生のすてきさについて書きたいが、ここではとても書ききれない。
来室者の方々が二巡した頃、そうだ、みんなで写真を撮ろう、と思いつき、記念写真を。1歳半の赤ちゃんから97歳の先生までが写真におさまり、この日のすてきな記念になった。
ところで、先生のお嬢さんのM子さんから、紫竹にある「スターダスト」というカフェ情報を教えていただいた。早速調べてみると、時々パンを買いに行く、「ブレッドハウス バンブー」というお店のすぐ近くにあるカフェだった。
「宇宙の星がその命を終えた時、うまれたその星屑はあなたになった。あなたは美しい宇宙のひとかけら。」というタイトルコピー、そして、

私たちの身体を作るすべての要素は、
星屑で出来ていることを知っていますか?
爆発し一度死んだ星は、幸運にもこうしてあなたに生まれ変わったのです。夜空を見上げると瞬く星々。あなたは、実は大いなる宇宙の星の欠片。 地上で輝く星。
またいつか広大な宇宙の一部に戻るときまで、どんなときも、星はあなたの内側で光り輝いているのです。
そんな地上の星々が、ここSTARDUSTで出会い、スパークする、幸せな場所となりますようにと願いを込めて。

というコピーに感動した。近いうちに出かけてみようと思う。
それにしても、それにしても。毎回、毎回、知らないことがいっぱいあると気づく。そして、たくさんのことを知る。足を運んでくださる全ての人に感謝です! 毎回、心からそう思うし、その思いがだんだん強くなってゆく。
それぞれがそれぞれの宇宙で輝く星の欠片だった一人一人が出会い、つながり、きらめく星座になってゆく。点から線へ、それは壮大な宇宙の物語のようでワクワクする。

☆2月の「すみれ図書室」は、2月25日(日)の午後2時からです。

「気にしなさんな」「ぼさっとなさっておきなさい」「苦しみはもっておけばいい」━『ただ一心に咲く』

◎仁和寺や足もとよりぞ花の雲
               ━━春泥

毎年、春になると、金堂前の染井吉野や鐘楼前のしだれ桜などが競って咲き誇り、仁和寺は満開の桜で彩られます。
その中、中門内の西側一帯に「御室桜」と呼ばれる遅咲きで有名な桜の林があります。別名おたふく桜とも呼ばれるこの桜は、江戸時代の頃から庶民の花として親しまれ、数多くの和歌に詠われています。 また、江戸時代の儒学者・貝原益軒が書いた『京城勝覧』(けいじょうしょうらん)という京都の名所を巡覧できる案内書には、花見の盛んな様子が次の様に紹介されています。
「春はこの境内の奥に八重桜多し、洛中洛外にて第一とす、吉野の山桜に対すべし、…花見る人多くして日々群衆せり…」
御室桜は、遅咲きで、樹高2メートル程の背丈の低い桜。なぜ低いのか?という疑問は古くからもたれ、「御室桜の謎」と言われてきましたが、最新の土壌調査の結果、桜の樹の下には予測されてきた岩盤ではなく粘土質の土壌があり、そこには炭素や窒素などの栄養分がほとんど含まれないこと、また堅い地層に阻まれて根を伸ばしにくいことなどが確かめられたそうですが、詳しくは現在も調査中だとか。
そんな桜のような心ひかれる本があります。仁和寺の第五十世門跡が四季の移ろいの中で感じた思いや仏教、弘法大師の教え、日々生きる知恵、桜のことなどを綴った『ただ一心に咲く 桜が教えてくれる人生で大切なこと』(中央公論社)です。
帯にはこうあります。

「京都の春、仁和寺は満開の桜」
 種は、辿り着いたところで咲いて、実をつけます。
 幸せを望むなら、まず自分の足元を見つめましょう。

 草木を愛で、古刹を守る門跡が説く「幸せの極意」

桜の花びらの色のような、白湯のような、やさしさとあたたかなまなざしがこもった一冊でした。
「気にしなさんな」「ぼさっとなさっておきなさい」「苦しみはもっておけばいい」「いい加減で生きなさい」……。生きてきた道を振り返って、「私は損をした」と思う人には、「今は経験を積んでいる最中なのだと思えへんか」と声をかけ、辛い気持ちをどうしたら捨てられるのかと苦しむ人には、「それは、捨てないかんものかな」と声をかけます。
個人的な思い出ですが、門跡さまに初めてお目にかかったとき、緊張のあまり、汗がどっと噴き出てしまいました。そんな私を見た門跡さまは、衣の袂からハンカチを取り出し、「汗をふきなはれ」とそっと手渡して下さいました。
そうしたことを思い出しながら読んでいると、本の中に書かれているたくさんの言葉に門跡さまのやさしい声やまなざしが重なり、ひとときの会話を交わしているような気持ちに。そして、読み終る頃には、かたい花の蕾がふわっと開くように心がほぐれ、やわらかな春のような思いに包まれていました。

☆1月の「すみれ図書室」は、1月28日(日)の午後2時からです。修道院のおやつは、大分トラピスト修道院のバタークッキー、鹿児島の聖ヨゼフ修道院のタルトとショートブレッドをご用意します。

すみれ図書室の記録 2017.11.26

IMG_8521今宮神社a今宮神社にて







DSC_1612今宮神社にて。偷景亭保存会のお福分け








DSC_1614平野神社の十月桜









IMG_8525猫仙人呼吸法京都セミナーに飛び入り参加した猫





IMG_8517すみれ図書室通信すみれ図書室痛心Vol.12 熊井明子先生の書き下ろしエッセイを掲載しました。






すみれ図書室の記録 2017.11.26

この日は、「すみれ図書室」の臨時増刊号として「仙人呼吸法」の京都セミナーを開催した。場所は、平野神社近くの「京和文化協会」。

午前中の用事を済ませてから、今宮神社に参拝。結婚式を挙げた花嫁・花婿さんの姿があり、境内は華やぎに包まれていた。おめでとうございます、と心の中で祝福の言葉を贈り、本殿へ。
手を合わせた途端、ドンドンという太鼓の音が鳴り響き、続いて祝詞が。参拝を終えて境内を歩いている間中、雅楽の調べが風に乗って聴こえて来た。
この日は御朱印をお願いすると共にお火焚祭の護摩木も奉納。
参拝の帰り、セミナーでのおやつにしてもいいかな、と思い、「かざりや」であぶり餅を購入。後で包みを開くと、あぶり餅は竹の皮に包まれ、その包みを結んでいるのも竹の皮だった。
今宮神社ののち、平野神社にも参拝。本殿にお参りすると、ここでは七五三らしきご祈祷が行われていた。境内を歩いていると、太鼓の音や祝詞が晩秋の風に乗って流れて来て、何となく神様にもてなしを受けたような気になって、「音符がひとを訪れるときも こんなふうなのかしら」というとある詩人の詩の一節をふと思い出す。
境内の十月桜を愛で、ご神水を汲ませてもらってから和文化協会へ。すでに12時半近かったので急いで持参のお弁当を食べ、部屋の暖房をつけてから門を開ける。
庭の木々は美しく紅葉していて、さてさて、美しい午後の始まり。
12時40分を過ぎたころから参加者の方々が来られる。余談だが、今日の西大路通は思ったより空いていたそう。
参加者全員が揃い、予定通り、一時から仙人呼吸法のセミナーがスタート。秋山先生の講話からスタートし、2時過ぎからは様々な実践ワークが始まった。目を閉じ、先生の瞑想誘導に従ってさまざまなことをイメージし、意識の中でさまざまな場所に行ったり、さまざまな人に出会ったり。イメージの限界を作らなければどんなことでも体験出来るということを実体験する。イメージの限界はつまり、出来ることの限界でもあるのだ。
たとえば私たちは映画を観たり、本を読んだりしながら、泣いたり、笑ったり、怒ったり、心配したり……様々な感情を体験するが、それらは現実には起こっていないことだ。だが、現実と同じような臨場感を持ってそこで繰り広げられる出来事とつながることが出来る。そして、そうしたことで私たちの意識が変わったり、やがて現実が変わったりする。それはつまり、私が大切にしている熊井明子先生の言葉、「したいということは、出来るということ」なんだと思う。やりたいと、あるいはそうありたいとイメージ出来ることは、現実でも出来るのだ。秋山先生のセミナーでの瞑想誘導は、そのことを腑に落とすためのものでもあるのだと思う。
自分の中にある神殿、内神様の存在に気づくこと、そのことを意識して呼吸することで得られる至福、自他の治癒の方法、そしてたとえば、イメージの中で過去に光を当て、癒すと、今の私が光に包まれ、癒されるということ━現在の私は過去の延長線上にあるのだから━など、たくさんのことを教えていただいた。
同調するとはそういうことだったのか、という気づきもあったのだが、こちらは長くなるのでまだ別の機会に。
秋山先生、参加してくださったみなさま、ありがとうございました。

☆12月の「すみれ図書室」は、12月24日(日)の午後2時からを予定しています。通常通り、「すみれ図書室」での開催です。修道院のおやつは、伊万里の聖母トラピスチヌ修道院のマドレーヌとクッキー、大分トラピスト修道院のバタークッキーをご用意いたします。また、修道院雑貨として、伊万里の聖母トラピスチヌ修道院のマリア像、クリスマス3点セットなども。


2017.10.29 「すみれ図書室」の記録

2017.10.29 すみれ図書室の記録

土曜日に上賀茂神社での身内の結婚式に参列した翌日の「すみれ図書室」。台風の予報もあり、今日は開店休業になるかな、と思いつつ、朝を迎えた。
午前中は雨風も結構強かったので下鴨神社の参拝はあきらめたが、氏神様である今宮神社へは参拝する。雨の中、七五三のお参りらしき家族連れがちらほら。
本殿にお参りし、手を合わせたら、神殿の中からドンドンと太鼓の音が。ご祈祷が始まったのだった。続いて祝詞が聴こえて来た。この響きが心地よい。
参拝の後で御朱印をいただき、「すみれ図書室」へ向かう。
余談だが、今宮神社の東側の鳥居を入ったところに出ている売り家の価格が最近になって下がった。それでも3000万円弱。とても手が出ない(買う気はないが)。
参拝の後も相変わらず雨が降り続いている。
部屋の窓を開けて空気を入れ替えてから、掃除をすませ、お昼ご飯。今日は、三分搗き米のご飯、小豆カボチャ、麩の角煮風、水菜とちりめんじゃこのお浸し、出汁巻き、ゴボウのお味噌汁、梅干し。
お昼ご飯を食べてから、十勝カルメル会修道院から届いたお菓子に値段をつけてテーブルに並べる。今日のお菓子は、チョコレート、ミニパウンドケーキ、クッキーなど。お菓子に添えられていた手紙には、「十勝は思わぬ大雪でしたが、柔らかい雪だったのでほとんどとけました」とあった。しばし遠く十勝の雪に覆われた修道院に思いをはせる。
京都も肌寒かったので、せめてお茶だけは太陽のようなものと思い、それいゆという名の紅茶を用意する。雨風がまだ強かったので、看板はビルの入り口だけに出す。
「すみれ図書室」では、「すみれ図書室通信」という4ページの手作り冊子を来室者に渡しているのだが、次号、11月号からは無謀にも、というか贅沢にも、作家の先生の書き下ろしを掲載することにした。雑誌や書籍のようにその他大勢の読者ではなくても、届ける意味はあるんじゃないかと思うし、エッセイにしても、何にしても、ある意味、たった一人にあてたものなのではないだろうか。そんなことを思っていたら、折しも若州一滴文庫の関係の方が庭の柿持参で来て下さった。
若州一滴文庫を訪ねたのはもう10年以上も前のことだったと思うのだが、田園風景の中に一滴文庫はあり、そこの図書室というのがとてもすてきだった。私はそこで増田れい子さんの本を書棚から取り出して開き、パウンドケーキの物語を読んだ。そして、気持ちをあたためた。
ところで、若州一滴文庫には、水上勉のこんな言葉がある。

「ぼくはこの村に生まれたけれど、
十才で京都へ出たので、
村の小学校も卒業していない。
家には電燈もなかったので、本もよめなかった。
ところが諸所を転々して、
好きな文学の道に入って、本をよむことが出来、
人生や夢を拾った。
どうやら作家になれたのも、本のおかげだった。
ところが、このたび、所蔵本が多くなって、
どこかに書庫をと考えたが、
生まれた村に小さな図書館を建てて、
ぼくと同じように本をよみたくても買えない少年に
開放することにきめた。
大半はぼくが買った本ばかりだ。
ひとり占めしてくさらせるのも勿体ない。
本は多くの人によまれた方がいい。
どうか、君も、この中の一冊から、何かを拾って、
君の人生を切りひらいてくれたまえ。
たった一人の君に開放する」

「たった一人の君に開放する」
たった一人にあてたもの、たった一人に開放するもの、すべてはそこから始まるんじゃないかと思う。

☆11月の「すみれ図書室」は、「仙人呼吸法&SS健康法京都セミナー」となります。会場は、平野神社近くの「京和文化協会」です(要予約)。



11月の「すみれ図書室」は、仙人呼吸法のセミナー&SS健康法の伝授となります

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京和文化協会は、この素晴らしい建物である和幸庵の中にあります。 平野神社、北野天満宮へも徒歩5分圏内です。



この夏、お盆の一日を利用して「仙人呼吸法」のセッションを受けました。といっても、呼吸法を学ぶものではありません。説明するのが難しいので、開発者の秋山先生のメッセージから、その一部引用してみます。

◆ 仙人呼吸法は平成15年9月に生まれた全く新しい地球上になかったものです。それは、セントジャーメイン(キリストの下で地球を護っている存在)が、これからはワンネスの世界で生きていきなさいと地上に降ろした拡大するエネルギーと云われています。それはあなたが主役であり、創造者として生きていく世界です。自分がしたいこと、好きなこと、正しいと想う世界で生きていく道なのです。過去の他人が言った古い常識や正しいと云われることは、もう要らないのです。正しい答えは、あなたの中にあるのです。外に求め、彷徨い歩くのはやめましょう。
キリストは心臓の後ろに聖心があると云っています。そこは内なる世界、神と、外の世界、神とを繋ぐ場所であり、そこに意識が在れば、無であり、空である状態になり、ワンネス意識の状態にあるのです。それは無限意識、完全意識、神意識とひとつであり、宇宙意識とも一体であります。それ故に、一瞬でアメリカやヨーロッパに行くことも出来ますし、守護神、守護霊や、亡くなった愛しい人にも逢ってハグしたり、会話をしたりすることも出来ますし、宇宙で自分の体を無限の意識体だと体感することも出来ます。そのようにこの呼吸法では知識でなく体感、体験して戴く事で、あなたに目覚めて貰い、あなたが何者かを知って貰った上で、新しい自分の人生を創造していただくことを目指して居るのです。心身の問題を解消するのは3分程で可能でありますが、そこではなく人生を天寿をまっとうするようにと導く道を神我一体となってお薦めしたいと想っているのです。その為に必要なことは、神我の愛の光、又は魂の愛で包み、観るだけです。◆

秋山先生によると、心臓と背骨の間に聖心、つまり神殿があるのだそうです。そのことを知った上で、まずは自分がイメージしやすい神殿(神社の神殿でも、光あふれる神殿でも、どのような神殿でもいいそうです)に入り、鍵をかけます。そして、そこに静かに座り、自分の内なる神殿を意識してゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐きます。ただこれを繰り返すのです。その時に雑念を感じていなければ、五次元とつながった証拠です。そして、五次元とつながったら、あとは思うことを何でもやってみればいいそうです。会いたい人に会う、行きたい場所に行く、神様と会話する…etc 何でも、どんなことでも。出来ない、無理、というのは三次元でのこと。五次元の世界では何の制限もないのだとか。
秋山先生が仙人呼吸法を発見(?)したのは、平成15年9月のこと。先生自身、手技療法を6年程学び、その後、エネルギーフィーリング、イメージヒーリングを行っていましたが、癌治癒を目指して研究していた最中の平成15 年9月に仙人呼吸法に巡り合ったそうです。これは、学んで知ったことではなく、ある日のセッション中にキリストが降りて来て、教えてくれたこと。「それまでの長い苦労の末、今、やっとそれが出来るようになったのだ。そして、それを広めよ」とキリストに言われ、始まったのが仙人呼吸法を伝え、体験するセッションです。
セッションを受ける前、体験したいことをメモ書きでもいいので書いて来て下さい、と言われていたので、ノートに、会いたい人の名前、守護神を知りたい、天命を知りたい、といったことをランダムに書いて、秋山先生を訪ねました。白い髭をたくわえた作務衣姿の先生は、優しい笑顔で迎えてくださいました。部屋に通されると、ホオポノポノでいうところのブルーソーラーウォーターのようなものが用意されていて、それを飲みながら、先生と会話し、「私の神殿」に入ってからは、先生の誘導に従って、さまざまなことを体験して行きました。3時間の予定だったのですが、あっという間に時間が過ぎ、気づいたら5時間近く経っていました。
さまざまな話の中で印象に残ったことはたくさんあるのですが、先生の言葉から引用してみたいと思います。

人はどのようにして生きているのか
◆みなさん、生まれた時からそうやっているから、どのようにして生きているかなんて考えたこともなかったと答えます。じゃあ、どうやって呼吸をしていますか、という質問に対しても、「自然にしています」という答えが返って来ます。どうやって心臓を動かしていますか、という質問に対する答えも同じです。ほとんどの人がそうしたことを考えてみたことさえないのです。食べたり、飲んだり、歩いたり、寝たり、呼吸をしたりすることを当たり前のように思って感謝もせず、いざ具合が悪くなると、不平不満を言うんですよね。私たちには60兆個の細胞があると言われていますが、その細胞の一つを一円に換算すれば、60兆円ものお金が必要ですよね。でも、実際には一円では細胞は作れないでしょ。それほどすごいものを私たちは与えられているし、持っているんです。生まれて来たこと自体、すごいことなんですよ。また、辛いことや嫌なことがたくさんあったとしても、楽しいことや嬉しいこともたくさんありましたよね。そのことに感謝したことがありますか。先の60兆円にしても、それをあげると言われて持って帰れますか。ものすごい重いと思います。でも、それほどの重い存在があなたなんですよ。それをタダで貰っているんですよ。だけど、そのことに感謝しなくても、これまで生きて来れたんですよね。これはすごいことであり、ありがたいことじゃないんですか。あなたは選ばれて生まれて来たんです。
起こること全てはただ起きるだけなんです。それをいいとか悪いとか判断しているのは、その人の都合なんですよね。たとえば、仕事先の上司が、ああしろ、こうしろとうるさいんです、という人もあるけれど、あなたにはそれが出来ていなくても、ちゃんと出来ている人もいるんですよね。誰も出来ないようなことを要求しているんじゃないんです。ですから、やっていたら出来るようになるんです。やがてそれが出来るようになれば、上司のことは気にならなくなりますし、あなたにはそのスキルが手に入っているんです。だとすれば、憎たらしい上司はむしろあなたの先生だったんじゃないですか。病気やケガも同じです。それがあったおかげで今があるんです。有り難いことなんです。解釈の違いなんですよね。被害者意識じゃなく、私は今、学んでいるんだ、教えてもらっているんだと気づけば、問題は消えて行きます。これが宇宙の法則です。
波動が上がって来ると、心配や怖れや不安が無くなり、何をしようか、どんなことが待っているか、といったワクワクすることばかりが心に湧き上がるようになり、人間関係、仕事関係、すべてが変化して来ます。でも、その人の意識が変わらなければ、その人の状況、運命は変わりません。ただ、そこには誰も立ち入ることが出来ません。その人の意識ですから。私に出来ることは手助けすることだけなんですね。◆

答えは全て、外ではなく自分の中にあるということ。これからの時代は、努力や修行ではなく、内にある答えを引き出し、出合うだけでいいんだということ。自分で決め、選んだ通りの結果が得られるということ等、沢山のことを教えていただきました。仙人呼吸法のセッションは、不思議で、心地いい時間でした。どうやら私たちは、全てのものが内にあることに気づかず、考えすぎ、思いすぎ、期待しすぎて、外にばかり目を向け、外にばかり答えを求めているようです。こうして書いている私も、頭では分かっていても、ストンと腑に落ち、身についているかと言えば、まだ知識の域を出ていないように思います。それでも薄皮を剥ぐように、少しずつそこに近づけて行けたら、と思っているところです。
私たちがなし得ること、なり得るものは、全て、すでに存在しています。ですから、私たちは、自分が現実化したいものを選択すればいい。そしてその選択は、すでに自分の中に存在している美しい可能性の大群から選べばいい。自分が体験したいものも、実現したいものも、すべては私たちの中に用意されているのだから、そこから選べばいい。私たちは「それがない」と外にそれを探し求めてしまいますが、すべては自分の中にあり、存在しているのです。

仙人呼吸法京都セミナーを開催します。
時:11月26日(日)の午後1時〜6時
場所:京和文化協会(京都市北区平野八丁柳町52番地) *申し込み人数によっては、「すみれ図書室」(堀川鞍馬口)に会場を変更いたします。
参加費:一人15500円(当日、お支払いください)
申し込み・問い合わせ:kyotosenninkokyu@gmail.com

仙人呼吸法で出来ること
自他の心身の治癒
守護神・守護霊に出合う
亡くなった人に出会い、会話をする
願望を実現する  etc
当日は、秋山光生先生が細やかに教えてくださいます。自分が何を体験したいか、ということを決めてご参加ください。
さらに嬉しいことに、当日、SS健康法の伝授も行っていただけるそうです。

アクセス
京都駅から:市バス205系統(2種類ありますので、必ず金閣寺経由北大路バスターミナル行きに乗車して下さい)にて、衣笠校前下車。バスを降りて進行方向3メートル自転車屋さんを左に一筋超えて突き当たりの右側。黒い壁の和幸庵内。徒歩1分。
または、
JR山陰線円町駅で下車し、西ノ京円町から市バス205系統(金閣寺経由北大路バスターミナル行き)に乗車し、衣笠校前下車
または、
京福電車北野線・北野白梅町駅下車、北へ徒歩5分。

石は悉くダイヤモンドであり、蒼穹の最も輝かしい星座と同じやうに忽ち絢爛たる光を放つた。……

 昔、熊井明子さんのエッセイで、リラダンが友人に語ったというコントを読み、激しく感動したものである。そして、その物語は今も星のように心にある。
 秋が来た、と思った先日のある日、こっくりとしたものを読みたくなり、書棚から『ピモダン館(やかた)』(斎藤磯雄随筆集 廣済堂出版)を取り出して読んでみた。その中で、リラダンの「石と星」に再会した。

「ヴィリエ・ド・リラダンの新しい研究書が出たので讀んでみると、全集には収録されていない次のようなコントが載つてゐた。(中略) わが國のしみつたれた私小説などと違つて、想像力に溢れてゐたこの詩人は、構想の百分ノ一も作品として書きとめず、すばらしい筋を惜しげもなく他人に語つたり提供したりしたのであるが、中にはそれを盗んで名をあげた作家もあつたと云ふ。━━この象徴的な物語も「語られたコント」の一つであり、たまたまこれを聴いた友人の一人が書き残したものである」

 それはこんな物語である。

 その昔、ブリュターニュの海の底に、得体のしれない一つの石があり、それは苔やねばつく海藻のたぐいに蔽われていた。
 この石は、紺青の水のたゆたいや海底植物の美しさに対して、いささかの関心も寄せていないかに見え、たとえ難破があって黄金の樽の数々が落ちて来たところで、その絢爛たる富に驚くこともなく、一切のものから冷然として孤立しているかのようであった。
 或るとき、一人の心やさしい聖者が海の底に降りて行き、何事に対しても無関心であるこの石に尋ねる。

━━一体どうしてそなたは……幾千万年も昔から、身じろぎもせず、さながらものも思わぬかにじっとしているのか。

 石は答える。

━━この果てしない水の厚みを透かし、嵐の日も重苦しい凪の日も、わたくしは永久に、天空の高き極みに、星辰のうちの最も遥かな星辰を凝視めているからです。そしてその星の消え去るときは、再びその星のさし昇るのを待っているのです。

 さらに、星を眺めて、一体何を得たと申すのじゃ、という聖者の問いに、石はこう答える。

━わたくしを蔽い包んでいるこの海草や苔を拂いのけて下さい。

「聖者は海草を拂ひのけた、するとその石は悉くダイヤモンドであり、蒼穹の最も輝かしい星座と同じやうに忽ち絢爛たる光を放つた。……」

 リラダンもまた、忽然として孤独に堪えながら、天空の遥かな星に眺め入った達人だったそうだが、彼の見えざる魂は宝玉であり、ダイヤモンドのような光を静かに放っていたのだろう。
巴里東部にあるというリラダン街を一人でゆっくりと歩いてみたくなった。

☆10月の「すみれ図書室」は、10月29日(日)の午後2時からです。


「すみれ図書室」の記録 2017.9.24

IMG_8185下鴨神社






IMG_8187今宮神社






IMG_8194今宮神社ご朱印「玉の輿」!





IMG_8253「すみれ図書室通信」9月号





IMG_8192sumireすみれ図書室






IMG_8197夕焼け







すみれ図書室の記録 2017.9.24

家族を銀月アパートメントまで送ってから、下鴨神社に参拝。連休だからか、駐車場はほぼ一杯。参道では、長く愛用したはんこに感謝する「印章祈願祭」が行われていた。
お宮参りの親子連れの姿も多い。見頃を迎えた萩の花が美しく、どこからか金木犀の香りも。秋晴れの美しい境内の朝である。
干支の神社にお参りをし、本殿で二拝したところで、ドンドンと音がして祈祷が始まった。どうやらお宮参りのご祈祷らしい。縁起がいい。
下鴨神社参拝の後、今宮神社へ向かう。今宮神社でもお宮参りの親子連れの姿。晴れ着姿のお母さんに抱かれた赤ちゃんは、参道のあぶり餅の店の人たちからも笑顔を向けられていた。たくさんの幸せに出合いますように、と私も心の中で。
今宮神社では見開きご朱印をお願いする。今回もしっかりと「玉の輿」の文字。これまでの御朱印では「むらさきの」と書かれていた部分が、前回のご朱印から「玉の輿」の文字に変わっている。ご朱印そのものが変わったのか、あるいは、書いて下さる方によって違うのか、どちらなのだろう。今度きいてみよう。
来室者に渡している「すみれ図書室通信」の封筒の封印を今宮神社の月のスタンプにするつもりで、今宮神社のスタンプコーナー(と畏れ多くもそう呼んでいる)に行ったものの、封筒を忘れてしまっていたことに気づく。*9月の「すみれ図書室通信」のテーマは、清川妙さんと吉沢久子さんの「手紙のやりとり」。
この日はマストの用事がいろいろあったので、今宮神社の後、どこにも立ち寄らず、「すみれ図書室」に向かう。途中、父の実家があった場所(私的にはおじいちゃん家)を通る。ここは必ず通る。今は別の建物になっているが、私の心の中には、今でもおじいちゃん家があり、家の前の道路を走っていた市電もしっかりと記憶にある。
いつものように、平野神社にも、晴明神社にも、玄武神社にも、チップルソン(11月まで休みらしい)にも寄らなかったのに、着いたのは、いつもと変わらず12時前だった。
窓を開け、掃除をし、メールの返信をし、仕事の打ち合わせをすませてからお昼ご飯。今日の献立は、三分搗きご飯、ホウレンソウと油揚げのお味噌汁、車麩の角煮風、小豆カボチャ、小松菜の胡麻和え、梅干し。
お昼ご飯を食べてから、お茶の用意をする。この日の修道院のおやつは、天使の聖母トラピスチヌ修道院のマダレナとみたらし社のご神水でいれたオーガニック紅茶と大原のごめす農園のレモンバームのミックスティー。いつもバタバタしてしまうので、早めに外に看板を出しておく。
涼しいかな、と思っていたが、気温が上がって来て蒸し暑いのでクーラーをオンにし、簡単に仙人呼吸法をする。いわゆる瞑想ではないのだが、この仙人呼吸法をすると、あっという間に雑念が消える。
余談だが、11月あたり、「すみれ図書室」で、仙人呼吸法のセミナーを少人数で開催しようと思っているので、興味のある方はご参加ください。本当に仙人のような秋山先生が岡山から来て下さるので、この時に、SS健康法(気功的な技法で、胃を小さく畳んで、骨盤を狭く調整する健康法)の伝授会もあわせて開いてもらう予定だ。
この日も来て下さった方からさまざまな情報を教えていただいた。徒歩5分位の場所にある「紫野源水」のひと口羊羹にすみれ味なるものがあることや御金神社の祭事のことなど様々。それから、「すみれ図書室」と同じビルの上のフロアに鍼灸とマッサージの治療院も近くオープンするらしい。堀川通から西の鞍馬口通がますます魅力的な場所になってゆくようで楽しみだ。
この日の「すみれ図書室」は午後6時でお仕舞い。5時にはまだ青空が広がって明るかったのに、看板を入れようと外に出ると、空一面の夕焼け。秋の日は釣瓶落としと言うが、本当にアッという間に太陽が沈んでしまう。
熊井明子さんが秋のポプリで紹介していた疋田寛吉氏の「落葉」という詩の一節を思い出しながら、さまざまな人にとって、よき再生の秋の秋になりますように、と祈らずにはいられなかった。夕焼けにはパワーがあり、魔法がある。

「……そして、或る日
 うつくしい秋の日にあなたの掌はのび
 あなたはやっと自分を取り戻す」

☆10月の「すみれ図書室」は、10月29日(日)の午後2時からの予定です。


 

2017.8.27 すみれ図書室の記録

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すみれ図書室





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二葉マークのタクシー





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今宮神社の見開き御朱印





「すみれ図書室」の記録 2017.8.27

日中は暑いけれど、朝晩は涼しく、少しずつだが秋の気配が感じられるようになった。早朝や夜になると、虫の音も聴こえる。
朝、家族を銀月アパートメントまで送り、その足で恵文社一乗寺店に寄り、続いて下鴨神社に参拝。
下鴨神社では結婚式があるようで、寿タクシーが何台かとまっていた。本殿で拝礼をしていると、正装(?)の宮司さんが神殿の中、私の正面あたりまで歩いて来られた。神様に歓迎されているのかもしれない、とありがたく参拝を終える。
その後、今宮神社へ向かっていたら、北大路通で二葉マークのタクシーが私の車の前に。先週に続いて2種連続の週末遭遇だ。京都市内で2台しか走っていないレアなタクシーなので、信号待ちで写真を撮る。この車両は、世界文化遺産にも登録されている上賀茂神社の「式年遷宮」に合わせたもので、二葉は神紋の「フタバアオイ」を表現したものらしい。何でもこのタクシーに乗車したレシートを上賀茂神社で見せると、記念品がもらえるとか。その後、ちょっとお店に立ち寄り、再び今宮神社に向かって走りながらふと左を見ると、何と先ほどの(多分)二葉マークのタクシーが隣を走っているではないか。わずか15分程の間に2度も遭遇するなんて! 何だかいいことがありそうだなぁ、と、ちょっぴりワクワクしながら今宮神社に到着。いつも通り「ようこそお参りやした」という参道脇のあぶり餅の店の方に声をかけられながら神門をくぐり、手水で口と手を浄め、本殿に参拝。参拝後、御朱印をお願いした。ここでは両面御朱印をお願いすることが多いのだが、この日は片面御朱印を。しばらく待っていると、「大変申し訳ありません。片面とのご希望でしたのに、間違えて両面の御朱印になってしまいました。片面の初穂料で結構ですので、よろしければおおさめいただけませんでしょうか」と申し訳なさそうに言われたので「何だか得した気分で嬉しいです。ありがとうございます」と言って御朱印帖を受け取る。これも、二葉マークのタクシーを見たことによるラッキーなのかもしれない。
その後、チップルソンでパンを買うつもりだったが、お店は閉まっていた。先週末も閉まっていたなぁ、と残念に思いつつ、玄武神社に参拝。
こうしてあちこち寄り道をしながらやっと部屋に到着。すでに12時を回っている。
部屋の窓を開け、掃除をしてからお昼ご飯。今日は、三分搗きご飯、小豆カボチャ、高野豆腐の炊いたの、沢庵、車麩の角煮風。ご飯を食べ終えてから、お茶の用意をし、修道院のお菓子をテーブルに並べる。今日のお茶は、若狭彦神社のご神水で淹れた中原淳一のマリーゴールド入りの紅茶。
黒板にメッセージを書き、看板を出し、ひと通りの準備が整ったところで、お盆に習った仙人呼吸法をする(この呼吸法については、すみれ図書室通信に書いたが、改めてブログでも紹介したいと思う)。静かに私の「神殿」に入り、深く長く、仙人呼吸法を実践。せめて10分位したかったのだが、時間がなかったので3分程で終了。
予定通り、2時にオープン。いつも足を運んで下さる方々、はじめての方……夏休み最後の図書室での時間が過ぎてゆく。この日、いちばん遠くから足を運んで下さったのは新潟県からの方だった。こうして足を運んで下さった方々の話を聞いていると、私の知らないことばかりで興味深い。ここを開室していなければ知らなかったであろうことばかりだ。
そういえば、来て下さった方から、『ことばのはおと』がここのすぐ近くに移転し、そのオープンが今日だと教えていただいた。『すみれ図書室』を閉めた帰り道にチェックしたところ、歩いて5分もかからない場所だった。界隈にすてきなお店がまたひとつ増えて嬉しい。
話は変わり、図書室を閉めてから、ゆっくりと白湯を飲んだ。飲みながら茨木のり子さんの詩を思い出し、「白湯」とは消え行く日本語なのだろうか、そんなことを思った夜だった。

「そんな話を聞いた日の深夜
 しゅんしゅんと湯を沸かし
 ふきながらゆっくりと飲む
 まじりけなしの
 白湯の
 ただそれだけの深い味わい」 ━茨木のり子「さゆ」(『茨木のり子 言の葉3』筑摩書房に収録)より

☆9月の「すみれ図書室」は、9月24日(日)の午後2時からです。


夢の神様が祀られている神社

IMG_7974若狭彦神社の天然の手水。







IMG_7976若狭彦神社の手水の脇には池があります。








IMG_7985若狭姫神社の手水。地下12メートルからの湧き水です。境内には千年杉を育てたご神水も湧いていて、汲んで持ち帰ることが出来ます。






IMG_7982千年杉が空に向かう若狭姫神社本殿。








IMG_7981境内社。ここに夢彦神・夢姫神が祀られています。





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以前、若狭姫神社を参拝した時に、境内社に夢の神様が祀られていることを知り、宮司さんに尋ねてみたことがあります。
その時の返事は「夢の解釈にはさまざまあると思いますが、夢の神さまを祀っているのは、全国でもここだけではないでしょうか」ということでした。
夢彦神、夢姫神、とは、すてきな神様。
先日参拝した時には、その社にこんなメッセージが貼られていました。

「全国唯一 夢を司る神
    夢彦神社
    夢姫神社
 ━夢(人生は旅)に向かって━」

『私の部屋のポプリ』(熊井明子著 河出書房新社)を読んだとき、「夢は実現する」という項目があり、そこには『幸福の心理学』(ヴェニス・ブラッドワス著 柳生直行訳 大和書房)のこんな言葉が紹介されていました。

「人が思考することによって潜在意識にきざみつけられた事は、必ず現実に現れる。━━夢は実現する」

ただし、「そのためには、自分も他人と同じように愛さなければ、その不思議な力は働かないことを、くり返し述べています」と熊井明子さんは書いています。
この言葉を思い出しながら、不思議な力が働くように気持ちをセットして、わたしの夢をそっと夢の神さまに伝えて来ました。




『茨木のり子の献立帖』

IMG_7904『茨木のり子の献立帖』より、茨木のり子の台所






IMG_7906『茨木のり子の献立帖』より、寿司用の型、グラス、「暮しの手帖」から贈られたのれんの前の茨木のり子





IMG_7908「衿子さんより」と書かれたチーズケーキのレシピ *岸田衿子





人がどんなものを食べていたのかも気になるが、どんなノートや筆記用具を使い、どんな色のインクで、どんな筆圧で、どんな字を書いていたのか、そんなことが気になる質である。だから、人様の日記や手紙というものに妙に心惹かれる。
『茨木のり子の献立帖』(平凡社)には、そんなさまざまが収録されており、たっぷりと楽しませてもらった。
日記やレシピ、茨木のり子の台所や実測図、愛用品といったものはもちろんだが、色あせたスクラップブックやノートやメモには、彼女の暮らしぶりや彼女が大切にしていたことがしみ込んでいる。
扉に掲載されている3年日記からひろってみる。

「10時、車で、仁和寺、竜安寺、大徳寺を廻る。Y、いたく竜安寺を気に入る。
 年末とて、どこもひっそり。めぐるのには良い。
 晝食、予約していた「たん熊」にて。
 一度、Yを連れてきたかったところ。谷川さんと来たときは五千円だったのに、七千円に値上り。かぶらむしがおいしい。
 三時十四分のひかりで帰京。
家ぶじ。荒木運転手が言ったように、「大名旅行」だったかもしれぬ。」(1973年12月30日)
「Yと渋谷で待合せ(当帰り)。
 更科で天ぷらそば食べ
 横浜へ直行。
 信濃屋で待望のYの
レンコート(四万五千)買い、Yはごきげん。
 南京街で、有昌の肉ちまき、清風楼でしゅうまい買って帰る。」(1974年12月30日)

引用した日記に限らず、この本の中には、何度も、何度も、Yが登場する。『歳月』に収録されている詩を重ね合わせながら読むと、ズシリと心に迫ってくるものがあり、献立やレシピはそっちのけで読み耽ってしまった。
そして、献立に戻ってみれば、みどり式カレー、ポテトキャセロール、茶わん蒸し、チーズケーキ、ヤンソンさんの誘惑、パエリア、粟ぜんざい、ハヤシライスなど、たくさんのレシピがあり、そこからは、夫であるYとの食事、Yのよろこぶ姿、Yとの会話、Yとの時間がたちのぼって来る。Yとの歳月、その一日一日がまぶしく、せつなく、すてきだ。


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