カフェと本なしでは一日もいられない。

カフェ通いと読書に明け暮れる日々。 ⓒatelier.sumire.gingetsu

太陽瞑想とかひとり月輪観とか。七曜日の恵みと私がリンクする。『湯川れい子のスピリチュアル生活 七曜日の恵み』

遅ればせながら『湯川れい子のスピリチュアル生活 七曜日の恵み』(海竜社刊)を読み終えました。
太陽への感謝、太陽瞑想、サン・ティー、呼吸、音楽療法、虹の持つ不思議な力、ひとり月輪観、音霊供養、温熱療法、お水への感謝、森の古木に触れて、その声に耳を澄ませる、石や岩に秘められたエネルギーをいただく、「命の源」の土に触れる……目次にはこんな項目が並んでいます。つまり、日曜日から土曜日までの七曜日の恵み、それを受け取る方法、知恵がこの本には書かれているのです。
太陽と月に加えて、五つの惑星の名前が象徴する「命への恵み」。

「日、月、火、水、木、金、土……七曜日の恵みを大切にしさえすれば、私たち人間はもっと健康に幸せに生きていけるのではないか。その方法論は、命が誕生したときから、誰にも公平に、等しく、十分に与えられているのではないか。
 私はそのことに氣づいて以来、さまざまなことを実践してきました。この本では、それらを「小さな生活の知恵」として、七曜日ごとにご紹介していきたいと思います」(「七曜日の不思議」より)

サン・ティー、森の古木に触れるなど、私自身、これまで実践していたこともありましたが、早速取り入れさせてもらったのは湯川れい子さんのとっておきの秘法である「太陽瞑想」と「ひとり月輪観」。
たとえば、太陽瞑想はこんな風に行います。

「まず太陽に向かって、その光を「第三の眼」とも呼ばれる眉間のあたりから、呼吸とともに吸い込みます。バターを溶かし流すように頭の中の脳みそから、おでこ、顔全体、首、胸、お腹、さらには手足の先まで、体の隅々に光をしみこませていくイメージで降ろしていく。
 そして、体がぽかぽかと温かくなってきたら、今度は静かに、体内の疲れや毒や、心の中の不平、不満などを、息をいっしょに吐きだしていく。そしてそれと同時に、体内を満たしている黄金の光を、体の外までふわっと広げてゆくのです」(「太陽瞑想」より)

こうすることで自分の全身が光の繭に包まれたような感じになり、体の奥から生命力がみなぎって来るそうです。実際、バターを溶かすように、とイメージしながら瞑想をしてみると、黄金の光がトロリと溶けて、ゆっくりとからだ中にしみこんでゆくようで、瞑想を終えると、金色のオーラで包まれたような気持ちになります。
それから、月輪観。
仏法の「月輪観」は、今から2500年〜4000年前の古代インド、ウパニシャッドの時代から始まったものだそうで、月の清淳寂静明朗湛然(まんまんと水を湛えた湖などが泰然として動かないこと)の氣を得て、自分の中にある煩悩の熱を覚まし、まわりに潤いを与え、清らかで安らかな心を保つことができるようにする行法。この本の中では、月のない夜でも、また自宅でも出来る月輪観の方法が書かれています。
日常の中で私たちに与えられているたくさんの恵み、どうすればそのことに気づき、それを大切に出来るのか。どんな風にその恵みを受け取り、心やからだとリンクさせてゆけばいいのか──。湯川れい子さんが実践しているたくさんの知恵を、惜しげもなく教えてくれる一冊でした。

*お知らせ事
☆8月の『すみれ図書室』は、21日(日)の午後2時からです。修道院のお菓子は、函館の天使の聖母トラピスチヌ修道院の「マダレナ」と大分トラピスト修道院のバタークッキーを用意します。

☆9月7日に『紅茶と薔薇の日々』(森茉莉著 ちくま文庫)が刊行予定です。

☆9月14日に『運命を変える氣のパワー』(さだじぃ。著 河出書房新社)が刊行予定です。みるだけで不思議な力が身につくDVD付です。

☆phpスペシャル2016年10月号『いい言葉が、幸せを呼ぶ』に、淡谷のり子さん、田辺聖子さん、野上彌生子さん、城夏子さんなどの言葉について書いています(再録)。








「お家は巨大なノートです」(『カワイイおばあさんの「ひらめきノート」』田村セツコ著より

かわいいおばあさんのカバーカワイイおばあさんの『カワイイおばあさんの「ひらめきノート」』のカバーと中面。





DSC_2510TOUYACAFEDSC_2508KOUYAKOUYAカフェ&ギャラリー(京都市北区紫野)で読み終えました。







田村セツコさんの新刊『カワイイおばあさんの「ひらめきノート」』(洋泉社)の中にこんな一文があります。
「その「ひらめき」のかけらがたくさん詰まったノートが、もう何百冊溜まったことでしょう」
何百冊、何百冊……と呪文のように繰り返しながら、田村セツコさんの分厚くふくらんだノートのことを思います。イラストや抜き書きや写真で埋め尽くされたたくさんのノートたち。この本の中にはそうしたノートの写真もたくさん収録されていて嬉しい限りです。

「SNSやブログも便利だけれど、ノートは「”もの”として残る」という安心感がうれしいですね。何十年も前のノートをふと開いてみたとき、ふわっと香る神とインクのにおい。よみがえる当時の空気、あのときの気持ち」

私も十代の頃からのノートをいまだに残しているので、その感じ、すごく分かります。高校生の頃の成績表、はじめてもらったお給料明細なんかも貼ってあったりして、それを見ると、その当時の空気や気持ちがよみがえって来ます。*ここまで書いて、古い自分のノートとご対面して、しばしタイムスリップ。友人たちが書いてくれたメモがあったり、BFと出かけた映画のチケットの半券が貼ってあったり……。ノートの中でキラキラ輝いている過去の時間とのご対面でした。
目からウロコだったのは、「お家は巨大なノートです」というコピー。ドアだって、棚だって、椅子だって、カーテンだって、壁だって、そのすべてがノートの1ページ、1ページだなんて、何て楽しい発想でしょう。そういえばと、以前、田村セツコさんから、言葉をかきとめたカーテンやシーツの写真を見せていただいたことを思い出しました。
私自身、壁やドアにペタペタとフライヤーなどを貼る癖があったのですが、家をノートだなんて考えたこともなかったので、家だってノートみたいなものかもね、と発想を変えてみると、俄然楽しくなってきました。
読み終えて、ノートを書こう、ノートを作ろう、というモチベーションがUPしてきた私です。「おわりに」にある言葉のように、私も「書きます。書きます。書きます」、書きますとも!



7月のすみれ図書室の記録と雲間から投函された美しい手紙

20160729_125118緑に包まれた銀月アパートメント



20160724_131629銀月アパートメントの入り口







20160729_125141玄武神社 虫干し中?



20160729_125059境内の大きな木にセミの抜け殻







20160724_140457この日のすみれ図書室



20160729_125015誠光社の入り口には「アイスラテあります」の看板が。黒板はみすれ図書部製






7月24日(日)のすみれ図書室について、記録しておこうと思っているのだが、数日経つと、あれっ? といろいろなことを忘れてしまっているので、思い出しつつ。
この日は、午前中に銀月アパートメントに立ち寄る。建物の脇に車を停めてドアを開けると、もうすごいセミの鳴き声の大音響。空から降ってくるように鳴いていた。
銀月アパートメントの緑はどんどん濃くなり、建物も、庭も、緑で覆いつくされている。東の前庭は「秘密の花園」状態だ。
用事を済ませてから、郵便局やコンビニに立ち寄り、途中、いつものように玄武神社にお参りをしたり、通るたびに気になっている「おじいさまの路地」を見たりで、すみれ図書室に着いたのはお昼過ぎ。
窓を大きく開けて風を入れ、掃除をしてから昼食をとり、オープンまでの時間を使って、と思い、本の整理をし、手紙を書いていると、すぐ2時になる。
この日のお茶はヒュウガトウキ。修道院のお菓子は大分トラピスト修道院のバタークッキー。お茶が苦いかもしれないので、修道院のバター飴を口直しに用意しておく。
窓を閉めてクーラーのスイッチをONにして、看板を出しに行く。外は暑い。夏だ。
この日は、熊井明子さんが好きだという方が何人かあり、みなさん、熊井明子さんの本で出合った本を探して読んでいるんです、とおっしゃっていた。ある方は、コレット、ある方は城夏子さん。私自身も熊井明子さんの本で多くの作家に出合い、たくさんの大切なことを熊井明子さんから教えてもらった一人なので、大いに共感する。
この日、いつものように、年配の友人・Tさんが宝塚から2時間かけてすみれ図書室まで。いつも地下鉄鞍馬口駅から歩いてすみれ図書室まで来てくれるのだが、彼女曰く「紫明通の並木道が好きなのよ。だから、歩いていて楽しいの! 」。前日は2時間半かけて奈良の三輪に万葉集の勉強会に行っていたとかで、その行動力には驚いてしまう。私の母よりも年上なのだ。
この日は、客足が途絶えたところですみれ図書室を早めに閉め、Tさんと近所のレストランで夕食を摂り、その後、誠光社へ西淑さんの展示を見に行った。途中、下鴨神社のあたりが人でごった返していたので、何があるのだろう? と思ったら、土用の丑の日のお祭り、みたらし祭が行われていたのだった。
               *            *
Tさんと別れたあと、鴨居羊子さんの『のら犬のぼけ シッポのはえた天使たち』(新潮社)を読み返す。
玄関先で見つけた頬の上にのるほど小さなキジキジの猫・三吉の物語の中で、鴨居さんがかつて読んだ不思議な物語を思い出すシーンがあった。マリア様とピエロが出てくる物語である。どうしてもそのマリア様の話をはっきり思い出したいと思った鴨居さんは、ある全集の中にその物語があったはず、と思い、その全集を斜め読みで目を通したのだが見つからない。コロンボ刑事に思わず頼みたくなったと鴨居さんは書いているが、分かる気がする。
翌日、鴨居さんが会社に行くと、デスクの上に朝届いた郵便物が積み上げてある。その中に個展の案内状があり、それを何気なく見ていた鴨居さんは、堀口大學訳短編シリーズ刊行予定 第一集アナトール・フランス作の「聖母の曲芸師」という文字にくぎ付けになる。これこそ私の探していたマリア様だ! そう思った鴨居さんは、展覧会場に出かけ、そこでアナトール・フランスの第一集を読み耽る。鴨居さんの記憶とは少し違う内容だったが、読みながら鴨居さんはしゃくりをあげて泣きそうな気持ちにおそわれる──。
そんなエピソードだったが、これこそ私の探していたマリア様だ! と気づいたときの鴨居さんの言葉がいい。
「私の祈りを聞きとどけて下さったマリア様が、美しいお手紙を天からひょいとさずけて下さったように思われた。そう雲の間からの投函なのだ」
そして、小さな猫の三吉についてはこう書いている。
「お前は靴下をはいた天使ちゃんに違いない。シッポのある天使ちゃん。冬の空から降ってきた三吉天使。私の腕の中へお前はドスンとおちてきたんだ」
鴨居さんの本を読むと、こうした天使の言葉に、何度も何度も出合う。そのたびにいいなぁ、と思う。
夏には『富士日記』を読み返すことにしているのだが、この夏は、鴨居羊子さんの著作をじっくりと読み返したくなった。
★次回、8月の『すみれ図書室』は、8月21日(日)の午後2時からです。









鞍馬口通

201607鞍馬口『うめぞの茶房の暖簾』201607リストランテ赤い扉の鞍馬口大宮にあるリストランテ





201607チップルソン201607チップルソンチップルソン







201607こいこい商店201607イタリア食堂こいこい商店 



201607ひよこ右:イタリア食堂 ガッパローレのメニュー。

ひよこの入り口に置かれた地蔵尊の当番札


201607いアリア食堂






鞍馬口通が好きです。数年前、「金閣寺から京都造形大まで」という本を作ろうかと本気で思ったくらい(今は、その気力がなくなってしまいましたが)、好きな通りです。
『すみれ図書室』は、偶然ですが、その通り沿いにあります。そして、すみれ図書室から鞍馬口通を西へ、西へと歩いた先に、父の実家がありました。
祖父は毎朝、船岡山公園に散歩に行くのが日課だったので、時々、一緒に出かけ、雑木林の中の道を歩いたものです。
昔、千本通には市電が走っていました。昔の写真を見ると、市電のレールだけではなく、今はない家や店も写っていて、昔の風景と今の風景を重ねながら思い出のかけらがひらひらしている界隈を歩くと、羊水にすっぽりとくるまれていた頃の自分を思い出すような、懐かしくて安らぎに満ちた気持ちになります。
といっても、普段は、堀川紫明からチップルソンのあるあたりまでの鞍馬口散歩をするくらいで、その短い区間でさえ、仕事に追われ、近頃はご無沙汰気味でした。
先日、久しぶりに歩いてみたら、「はじめまして」と何度も言いたくなるくらい、新しいお店がいろいろ。
日菓があった場所には『うめぞの茶房』が、そのすぐ北には『KOUYA cafe&Gallery』、西には『イタリア食堂 ガッパローレ』。風景は刻々と変わってゆくのですね。
ここでプチ情報です。知人が訪ねて来てくれて一緒に外食を、という時、最近の私は『ひよこ』に行くことが多いのですが(玄米がチョイス出来るので)、この店の週末の「おばあの田舎飯」(900円)は、メインディッシュ一品とおばんざいのバイキング付です。しかも、食後の飲み物はプラス100円、デザートと飲み物を付けてもプラス200円と、すごくお得。また、毎週水曜日だったかな、ネイティブによる英会話のレッスンがワンコインで受けられるそうです。だからでしょうか、地元在住といった雰囲気の外国人のお客さんをよく見かけます。
次回の『すみれ図書室』は、7月24日(日)の午後2時からですが、是非、鞍馬口散歩も楽しんでください。ただし、『チップルソン』やそばの『かね井』などの人気店は、売り切れ御免でお店が閉まってしまうので、お出かけの際はお早めに。





『あっ、本の匂い! 放課後の図書室のある二週間』の思い出

2010いろいろ 234セツコ先生ほうきに乗った2010いろいろ 2312010いろいろ 235放課後の図書室




2010いろいろ 236放課後の図書室2010いろいろ 237放課後の図書室2010いろいろ 243放課後の図書室2010いろいろ 244放課後の図書室



















ギャラリー・アンフェールでの展示の様子。田村セツコさん制作のほうきに乗った魔女のオブジェ。単語帖。壁一面の本の帯。有機野菜の販売…etc

9月に出る文庫のゲラ校正のための資料探しをしていたら、何年か前に開催したギャラリーアンフェールでの恵文社一乗寺店の企画展『あっ、本の匂い! 放課後の図書室のある二週間』のインフォメーション原稿が見つかった。読みながら、しばし、あの二週間を思い出していた。
今、思えば、贅沢な企画だったな、と思う。
森茉莉さん、熊井明子さん、清川妙さん、高柳佐知子さん、田村セツコさんの生原稿や原画があり、清川妙さん、宇野千代さん、田村セツコさん愛用の品の展示があり。本来ならお手をふれないでください的なものもたくさん展示させていただいた。
また、私の手持ちの森茉莉全集、松田瓊子全集、コレット全集、尾崎翠全集、オリーブなども、設置した大きなテーブルで自由に閲覧してもらったし、山本精一さんの文学絵の展示販売もさせてもらったし、週末にはカフェも登場したし、坂の途中の野菜も販売したし……。
あの二週間の記録を冊子にするつもりだったのだ、ということも思い出した。これは今からでも制作出来るかな。
以下は、その展示内容だが、へえ、こんなこともしてたんだ、と自分でも忘れていたことがいっぱいある。
多くの友人たちに手伝ってもらって、企画展開催の前日に、ギャラリーアンフェールの壁に1000枚近くの帯を貼ったことも懐かしい思い出です。

○生原稿の展示
 森茉莉 : (単行本未収録原稿)
熊井明子さん :(「菫香水」)
清川妙さん : 「江戸検を受けてみた」「直心のりんご」「心ときめきするもの──学びの古典」
高柳佐知子さん :『ティスの魔女読本』(一冊分まるごと!)
久坂葉子 : 『幾度目かの最期』(冒頭の原稿・複写)  便箋に書かれた詩(複写)
久坂葉子のノートの一部(複写)

○パネル写真の展示
 久坂葉子/宇野千代/城 夏子 など

○作家の机・展示品
 清川妙さん愛用の鉛筆と筆入れ、宇野千代のお湯呑み茶碗、田村セツコさんの単語手帖を使った言葉のスクラップブック

○原画の展示 
 高柳佐知さん『エルフさんの店』の原画
田村セツコさん『いちご新聞』原画と原稿

○山本精一さん描き下ろしの文学絵の展示販売

○cachet blanc のスタンプの販売(手紙や本の見返しに押したくなるスタンプ)。

○古書販売
 高柳佐知子さん提供の古書いろいろ/エルフ書店/Atelier.Sumire.Gingetsu

○放課後の図書室(閲覧用・ギャラリーの机でご自由にお読みください)
雑誌『オリーブ』のバックナンバー200冊位・『森茉莉全集』・『コレット全集』・『尾崎翠全集』・『松田瓊子全集』

○日曜日の午後の図書室カフェ オープン
 期間中の日曜日の午後、ギャラリーアンフェールのテーブルで、カフェ+日杳のお茶時間を楽しんでいただけます。珈琲・チャイ・クッキーなど。

○有機野菜の販売
 坂ノ途中による有機野菜を販売します。作家のレシピをおいしい野菜で再現してみて下さい。*作家レシピを用意する予定です。

○カフェ・アピエによるマカロンの販売。
 青木堂のマカロンで育った森茉莉さん。このエピソードにちなんで、カフェ・アピエさんが往時のマカロンを再現してくださいました。

○出版社提供によるノベルティグッズのプレゼント
 手帳・栞・ポストカード・携帯ストラップ・油取紙、束見本など、出版社提供の非売品のノベルティグッズをお買い上げの方にプレゼントします。(数に限りがあります)

○帯の展示
 数十社の出版社に提供していただいた書籍の帯をギャラリーの壁一面に展示します。1000枚近くの帯の展示になりそうです。

○紙もの雑貨の販売 
 今回の展示限定の『かふぇのおと』を販売します。ノオトの中に、恵文社一乗寺店のブックカバーを使用したバージョンとなります。
 その他、『すみれノオトブック』『マドゥモァゼルのためのアイデアノオト』 etc

☆入り口に、田村セツコさん制作のほうきに乗った魔女のオブジェを展示します。







祖母からの手紙

 今、手元に私の幼い頃のアルバムがある。
 近頃は記念写真ひとつにしても、ほほえんだり、ポーズをとったりと、自然な表情のものが多いが、昔の写真は、きちんと並んで、顔を少しこわばっていたりする。
 大阪城で、名古屋城で、奈良公園で、三重の海岸で、いろいろな季節、いろいろな場所で、幼い私が写っている。そして、隣にはたいてい祖母が立っている。
 私はかなりのおばあちゃん子だったようである。生まれて間もなく母が病気をしたせいもあって、三歳位までは祖母が母親だと思っていたそうである。母が退院してからも、
「あなたのお母さんはだあれ?」
 と人に聞かれると、
「この人」
 と、私は決まって祖母のそばに行ったという。
 このことは、私が随分大きくなるまで、笑い話として人から聞かされた。
 また、こんなエピソードもある。
 祖母はよく旅行していた。一年に何度も出かけていたようである。
 たまに私を連れて行ってくれることもあったが、いつも、というわけにはいかなった。そういう場合は、私に見つからないように、こっそり出かける。しかし、たいてい私は祖母の外出に気づいて、普段着のまま祖母のあとを追いかけ、そのままついて行ったことも何度かあったようだ。この時は、途中のお店やデパートで、洋服や靴を買ってもらったりした。
 今にして思えば、気楽なはずの旅行が、突然「孫連れ」になるのだから、随分迷惑なことだっただろうと思う。
 私はそんな祖母からの三通の手紙を大切に持っている。三通とも祖母と離れて暮らしていた私に宛てたものである。*実際にはもっとたくさんもらった気がするが、無くしてしまったのかもしれない。

★一通目 〜一人静かに暮らしながら〜
 
 百花繚乱、田舎も一年中で今がいちばん好い季節です。四方の山々には桜の花が白雪が降ったように咲き、桃やスモモ、梨の花もいろとりどりに美しく咲いています。裏山では、毎日可愛い声で鶯がないて居ます。(以下略。原文のまま)

 鼻の季節の美しさと共に届けられた便りには、私のことを案じつつ、祖母の気持ちがしたためられていた。
 あれ程旅行好きだった祖母が、今住んでいる町以外に一人で出かけることがイヤになったと書いている。
 一人静かに暮らしながら、祖母はどんな思いだっただろう。春の季節の美しさは、祖母の心を少しでも華やいだものにしただろうか。

★二通目 〜心さえ通じていれば〜

 はなればなれになることは世の習いですから仕方ありませんが、お互いにこころさえ通じていればよいのです。

 心さえ通じていればよいお思う心の一方で、やはり休みになれば早く顔を見たいと思っていたに違いない。
 だが、学生生活が楽しくて仕方のなかった私は、その頃の自分の生活に夢中で、祖母の心の中まで考える余裕がなかった。年老いた祖母は、私の顔を見るたびに、今度一会えることか、もしかするとこれが最後になるかもしれない、そんな風に考えていたのかもしれない。
 手紙の最後には、祖母が詠んだ句がかかれていた。

 幼き時の思い出をでまかせに詠んでみました。学問のない私には、まとまらない句ですが恥をしのんで……

・母病めば我に頼れるいじらしさ
     孫を抱いて泣きし日もあり

・孫達と子羊も話してれんげ田で
     花を摘みつつ時を忘れて

・幼き日の孫の手を引き町に出て
     おやつ買いたる日もありたるに

 過ぎ去りし昔の夢です。私にとっては思い出多き日々です。

★三通目 〜立派な仕事を選びなさい〜

 この手紙は、私が大学四回生のときにもらったものだ。卒業を前にして、祖母は私の将来のことをかなり気にしていた。
 祖母はなかなか進歩的な考え方を持っており、女性が仕事を持つということにかなり理解を示してくれていた。
 自らはあれこれと夢を持ちながら、結局、仕事を持つことは出来ず、しかし、八十歳を超えてなお、自分の趣味を持ち、向学心に燃えた人であった。
 いつもと同じ白い便箋に、「しっかり勉強して、お給料は少々安くとも、自分のやりたいと思う立派な仕事を選ぶように」と書かれていた。
 結局、この手紙が祖母からの最後の便りになってしまった。

 記憶というものは、糸口が見つかると次から次へと自然にほどけて来るもので、こうして書いていると、祖母の思い出が次から次へと蘇ってくる。
 祖母はまた、物知りであった。
 文学のことも、歴史のことも、私が何か尋ねると、いろいろなエピソードを交えて答えてくれた。『源氏物語』なども、その華麗なロマンスを、まるで絵巻物のように私に話してくれた。祖母の話にはいつも、美しい色彩があったように思う。
 そういえばこんな話を聞いたことがある。
 祖母は、小学校へ上がる前から、学校に行きたくて仕方がなかったらしい。入学が待ちきれなかった祖母は、自分の兄が入学すると、毎朝一緒に学校へ通い、窓の外に立って勉強したという。
 そうした向学心は80歳を超えても続いた。歴史小説や文学作品は欠かさず読んでいたし、習字を習い、お琴を習い、いつもきちんとお化粧をしていた。祖母のそばに行くと、ポーラ化粧品の香りがした。
 それだけに、祖母は厳しい人でもあったと思う。こんな思い出もある。
 私が小学生になったある日、祖母は、
「これからは毎週、日曜日の朝は、廊下の掃除をするように」
 と言った。廊下といっても、私の分担は四か所ほどある表の廊下だった。
 しかし、その廊下掃除はなかなか難しく、祖母からのOKが出ない。拭いたということが分からないからだろう、と思って、雑巾をあまり絞らずに拭いて、いかにも拭きました、という状態にしても、祖母は終わらせてくれない。泣きながら拭いて、三度目にやっとOKが出る、そんなこともあったのだが、
「心がこもっていなければ、何をしてもダメです」
 そう言った祖母の厳しい口調、表情を今でも思い出す。
 掃除は今でもいちばん苦手なことのひとつだが、私が祖母から学んだことはたくさんある。
 そんな中で、今でも心の中に強く刻み付けていることがある。
 西の方角に大きな山があったのだが、夕方になると決まって、その山の上に一番星が瞬き始める。他のどの星よりも明るく輝くその星を指さして、「あの星はおじいさまの星だ」と私に教えてくれた。
 亡くなると人は星になって、またたきながら愛する人を見つめているのだと、毎日毎晩、星を見ながら話してくれた。
 大人になってから、このことをある男性に話した。その時、その人はこう言った。
「すてきな育てられ方をしたんやね」
 もしかすると、このときに私は、その人と生きて行こうと思ったのかもしれない。だとしたら、祖母は私にすてきなキッカケをくれたことになる。
 
 今も私は夜空を見上げ、星を眺めるのが好きだ。無言のきらめきをたたえた夜空を見上げながら、祖母は一体どの星になったのだろうか、と思いを巡らすこともある。
 星が泣いているように見えることもあるし、笑っているように見えることもある。夜空の星は、さまざまな表情で私に語りかけてくれる。そんな時、この夜空は、祖母から私への「贈り物」なのだとしみじみ思う。





郊外の駅で

5☆次回の「すみれ図書室」は、7月24日(日)の午後2時からです。




祇王寺苔写真整理をしていて出て来た祇王寺の写真。今頃、この風景が広がっているはず。








とある郊外の駅から電車で通勤していた頃(といっても会社に勤めていたわけではないので、週に二日か三日のこと)、友人と電話で話す機会があった。
この通勤のことを話したところ、「何かロマンティックやね。『恋に落ちて』の映画みたいやん」と感激された。
そうか、私が電車に乗る駅は、京都まで30分かからないとはいえ、鄙びた郊外の駅である。あの映画でも、確かニューヨークまで電車で通っていたのだと、いくつかのシーンを記念写真のように思い出した。
だが、映画と関西の郊外の実際は大きく違う。友人にそう言われるまで、自分の行動と映画を結びつけることもなかったし、あの駅のホームや電車の中に、映画のようなロマンティックがころがっているとも思えない。第一、私は目が悪いくせに眼鏡をかけていないので、知り合いが隣に立っていても気がつかないことが多く、声をかけられてはじめて、あら! という調子だ。それに、電車のロマンスシートは、私にとって本を読んだり、仕事をしたり、居眠りをしたりするのに格好の場所であって、ロマンティックのかけらをキャッチできる余地は全くないのだ。
だが、そのやりとりがあってから、何だか電車に乗るのが楽しくなった。平日の朝のゆっくりとした時間に電車に揺られている時など、「郊外」という言葉の持つ響きを反芻しながら、こういうのんびりした時間っていいな、と思ったりしたものだ。
だが、ある日私は、ロマンスのかわりにとてもすてきな言葉を拾った。
仕事からの帰りのことである。電車を下りて、車を駐車している場所まで歩き、エンジンをかけようとしたところ、エンジンがかからない。バッテリーがあがってしまっていたのだ。
どうしよう……そう思って周辺を見回したところ、ちょうどエンジンをかけたばかりの車を見つけたのでそこまで走り、エンジンの直結をお願いしてみた。
「いいですよ」と車の男性は快く引き受けて下さり、無事私の車にもエンジンがかかった。
ちょうどその日、入手困難な珍しいお菓子を買っていたので、「よろしければこれを」とお礼に差し出すと、その人は首をふり、「気にしないで」と言う。「受け取っていただけると嬉しいんです」「いや、お気になさらずに」、そんなやりとりが続いて、最後にその人はとても感じよくこう言った。
「あなたからいただかなくても、またどこかで良いことに出合えると思いますから」
夕暮れの景色の中、その人がそんな顔をして、どんな洋服を着ていたのかも分からなかったが、一瞬、その人に惚れてしまった。映画よりロマンティックな言葉の贈り物だった。




すみれ図書室の記録 2016.6.26

うめぞの茶房ガロッパーレおばあの田舎飯ひよこお茶








上:久しぶりに鞍馬口通を歩いたら、新しいお店がいろいろ。『日菓』あとにオープンしたのは『うめぞの茶房』。二階では珈琲や宇治抹茶も。そこから少し歩いた北側にはイタリア食堂『ガロッパーレ』が。『すみれ図書室』を閉めたあと、友人と『ひよこ』でおばあの田舎飯の晩ごはん。食後の飲み物は素敵な器で(食事代にプラス100円)。私はハーブティーを選択。


すみれ図書室の記録 2016.6.26

この日は、午後まで大阪で用事があったため、午後3時のオープン。
用事を終えて、京阪電車で出町柳まで戻り、目標としていた2時半に「すみれ図書室」に何とか到着。窓を開けて部屋を掃除し、伊万里の聖母トラピスチヌ修道院製のクッキーやがレット、ゼリーをテーブルに並べ、お茶の用意をする(この日はタンポポ珈琲)。オープンまで30分しか時間がないので、さまざまな儀式(・・)は出来なかったが、すべての人がよき種を持ち帰って下さいますように、と祈る。
この日の黒板のメッセージは、角野栄子さんの『ファンタジーが生まれるとき』の中のこんな言葉。

「面白い世界に出会いたいとき、また不安でたまらないとき、物語は間違いなく、力を貸してくれる。扉を開けて、物語の世界を歩き、やがて物語が終わっても、読んだ人の心の中で、その先の扉が開く。それは物語の世界にかぎらない。想像する心があれば、もう開かないと思っても、開かない扉はない。「終わりの扉」は決してないのだ」

すぐに3時になったので外に看板を出しに行く。外でオープンを待っていて下さった二人連れあり。
6月も終わりだというのに、エアコンのスイッチを入れようかな、いや入れると肌寒いかな、と思うようなお天気。昨年の今頃は暑かったな、と思う。
昨年、6月のすみれ図書室で、四条大宮から自転車で来て下さった女性と祇園祭りの話をしたことを思い出す。京都の街中で生まれ育ったという彼女曰く、祇園祭が近づくと「血が騒ぐ」のだという。「でも、うちの主人はそうやないから、私とは祇園祭に対する思いが違う」とも。祭りとは、血が騒ぐとは、そういうものなのだろう。今年も祇園祭はもうすぐ。一年は本当に早い。

3時と遅いオープンだったが、毎回足を運んで下さる方、初めての方、遠くからの方、懐かしい顔、いつものように宝塚から二時間かけて来て下った私の母と同じ世代の友人……。さまざまな出会いがあり、嬉しきこといっぱいだったのだが、一月の「すみれ図書室」に来て下さった方が、元気な顔を見せて下さったこともそのひとつ。いつかこの方とゆっくり話をしてみたい気がする。
日常の中で、ちょっとした言葉に力づけられ、しあわせな気持ちになることがある。そんな、わけもなくしあわせな気持ちになった誰かからの言葉、あるいは、誰かに何ものかを贈ることが出来た(かもしれない)自分自身の行為や言葉、それらは「天への貯金」になり、いつかよきこととなって返って来る。そしてまたそれは、言葉の治癒力、本の治癒力といったものにかたちを変えて返って来ることもあるんじゃないかな、と思ったりする。
☆7月のすみれ図書室は、7月24日(日)の午後2時〜です。




祈りと労働の修道生活を描いたスケッチ集『天使園 「祈り、働け」の日々』

DSC02447せんだいはぎDSC02452玄関周りせんだいはぎやラヴェンダーが咲き始めた。






DSC02446りんごDSC02450ドクダミ左:林檎の実も少しずつ大きくなった。右:ドクダミの花も咲き始めた。


DSC02455DSC02454『天使園 「祈り、働け」の日々』のスケッチより


DSC02453






「すすらん咲く丘、畑に響く鐘の音。修道女は仕事の手を止め、そして祈る。
     ──いまから50数年前、祈りと労働の修道生活を描いたスケッチ集」

『続続・私の部屋のポプリ』(熊井明子著 生活の絵本社)に「楽しき月四たびめぐり」という歌が紹介されています。
「まず四月」から始まり、「続いて来るのは笑顔の五月」、「続いて六月」「七月ともなれば」と続き、「四月! 五月! 六月! 七月!」で終わります。ちなみに、六月は、「続いて六月、過ぐるふた月にもまして/ さらに多くの宝石をもたらす」。
この六月について熊井明子さんは、こんな風に書いています。

「日本の場合、六月は梅雨どきで単純に「楽しき月」とは呼べませんが、多くの宝石をもたらすことは確かです。たとえば、ボダイジュやネムの花が咲くのが六月。そして、ビワ、サクランボ、ユスラウメ、スグリ、木いちごなど、この季節だけの果実に会えるのも六月なのです」

この季節、庭に出ると、たくさんの宝石に出合います。ハニーサックル、ラヴェンダー、タイム、ドクダミといった花々。もし、庭に果樹があれば、サクランボや木いちごなどにも出合えるんだろうなぁ、と思います。

果実が実る庭をイメージしながら思い出すのは、『修道院のお菓子と手仕事』の取材で訪れた修道院のこと。どの修道院にも果樹園があり、梅、夏みかん、みかん、ビワなどの果樹を使って、ジャムやお菓子が作られていました。
そのことを懐かしく思い出させてくれたのは、天使の聖母トラピスチヌ修道院のシスターによるスケッチを一冊にまとめた『天使園 「祈り、働け」の日々』(亜紀書房刊)。北海道の修道院を訪ねたことは、残念ながらまだないのですが、この本を開くと、その一ページ、一ページから、修道院での「祈り、働け」の日々が、希望に満ちた、美しくやわらかなひと筋の光のように、こちらの心の中にも満ち溢れて来ます。
観想修道院のシスターたちは、禁域という囲いの中で、生涯を神様と共に生活しています。普段はうかがい知ることの出来ない修道生活ですが、取材で訪ねた修道院でシスターたちの祈りの時間に触れる機会がありました。その時、こうして日々、祈りを捧げている人たちがいることを知り、深く感動したものですが、この本の冒頭に、修道院長さまのこんな言葉があります。

「私たちの心の中には、世界中の人々がいて、いつも一緒に生きています。なぜなら、神様は一日中、世界中のひとりひとりを見守り、守護の天使を送って導いたり、助けたり、教えたりしていますが、殆どの人はそれに気づきません。私たちは人々に代わって、この神様のお働きを讃え、感謝し、人々の必要な祈りを神様に取り次ぎます」

私たちが知ることの出来ない生活と時間の中で、日々、こうした祈りが捧げられていることを忘れてはいけないと、改めて思ったことでした。

この本の中では、「バター飴作り」のスケッチも収録されているのですが、この修道院で作られているマダレナという焼き菓子をご存知でしょうか。
実はこのお菓子が大好きで、『すみれ図書室』でも定期的に用意しているのですが、「どうしてこんなに美味しいのでしょう」と思う、そのやさしさに満ちた味の秘密も、ほんの少しだけ、分かったような気がしました。




すみれ図書室の記録 2016.5.29

DSC_0059nobaranobaraのばら珈琲の灯りと看板









すみれ図書室の記録 2016年5月30日

天気予報では午後から雨とのことだったが、午前の空の様子を見ていると、とても降る気がしない日曜日。
お昼前、家族を銀月アパートメントまで送って行き、その足ですみれ図書室へ。
途中、玄武神社にお参りし、境内の大きな木に抱きついて、パワーをもらう。
オープンまで2時間ほどあるが、時間はあっという間に過ぎてしまうので忙しい。
何故、時間があっという間に過ぎるかと言うと、人から見たら、この人何しているの? と思われるようなことをたくさんしなければならないからだ。
たとえば、部屋の窓を開けて空気を入れ替え、ホ・オポノポノを意識しながら、ありがとう、よろしくね、みんながすてきな時間を過ごせますように、と部屋に声をかける。部屋に声をかける、というのは以前からやっていて、それが何か? と思われるかもしれないのだが、そうすることで私の気持ちが整う。これが部屋にも、人にも作用するんじゃないかな、と思っているのだ。
次に、『ぷるぷる健康法』(張 永祥著 たま出版)で知った気功水を作る。湧き水が入ったペットボトルを「みんなが楽しく、元気になりますように」と願いながらプルプルとゆすってから、柔らかい日差しが差し込む窓辺に15分ほど置き、その後、暗い場所に30分ほど置いて出来上がり。ポイントは、振動、氣、光をいかに取り入れるか、だとこの本には書いてある。そして使うのは上から四分の三の気功水だけで、残りは洗い物などに使う。
この水を使って、この日は紅茶を用意した。銘柄は、TEA PONDのセレンディピティというお茶。修道院のお菓子は、大分トラピスト修道院のクッキーと鹿児島の聖ヨゼフ修道院のショートブレードとレターレ、北海道の修道院のバター飴など。*修道院のお菓子は、求めた人たちが天の恵みを持ち帰れますように、と祈りながら作られている。
私自身、お昼ご飯を食べたり、この他にもさまざまな儀式があるのでそれをしたりしていると、あっという間にオープン時間になる。あわてて、堀川紫明の角とビルの入り口に黒板を出しに行く。
実はこの日、すてきなサプライズがあった。ドアが開いたとたん、見覚えのある顔…そう思いつつ、一瞬、思い出せずにいたのだが、彼女の方も、もしかして……といった感じの表情。数秒、見つめ合ったままだったのだが、お互い、同時に、名前を呼び合った。若かりし頃、私は先生と呼ばれる職業についていたことがあるのだが、彼女はその時の教え子だった。彼女とは個人的にも親しくしていたのだが、彼女が結婚してからずっとご無沙汰したままだった。何かで「すみれ図書室」のことを知り、もしかして、とこの日、訪ねて来てくれたのだった。しかも『京都好き』持参で。何と嬉しい再会だろう。
二人の子どもお母さんになっていること。私の好きな本をたくさん刊行している出版社に勤めていることなど、彼女の近況を聞きながら、長い年月がたったのだな、としみじみとした。
彼女は彼女の道で新しい自分になってゆき、私は私の道で新しい自分になってゆき、ある時、ふと再会する。昔のままの私たちじゃなく、今の私たちで。なのに、昔の終点から今の始点がスムーズにつながって行く。こういうことってすてきだな、と心から思った。
彼女が帰るとき、私はあまりにも彼女と彼女の人生が愛おしくて、思わずハグをしてしまった。
その後も、すてきな出会いやサプライズがたくさんあった。図書室といいながら、来て下さった方の本を読む時間を奪いながら、お喋りに耽ってしまったりもした。
面白いのは、多くの方が「のばら珈琲」経由で「すみれ図書室」に来て下さることだ(あるいは、その逆も)。「のばら」と「すみれ」の京都をセット販売したいくらいです(笑)。
その後、図書室を閉めてからいただいた手紙を開封し、そこに「一周年、おめでとうございます」とあるのを読んで初めて、「あっ、一周年だったんだ」と気づいたりというテイタラクもあったが、何もかも嬉しきことばかり、の一日だった。私のイメージがローザ―洋菓子店のクッキー缶のような「水色」だということで、水色のチョコレート缶をお土産に下さった方もあった(実は、笑顔のすてきなその方とは直接の出会いは初めてだったものの、言葉のやりとりは何度かしたことがある方だった)。
かつて清川妙先生から「会うっていいことね!」と言っていただいたことがあったが、初めての人も、懐かしき人も、本当に、会うっていいことね! 心から思った日曜日だった。
足をお運びくださったみなさま、本当にありがとうございました。次回のすみれ図書室は、6月26日の午後3時からです。
         






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