琴古流尺八教室 京都薫習庵 Kyoto Kunjuan Shakuhachi Lesson

竹盟社師範 琴古流尺八演奏家 ジェシー逅盟の尺八教室です。
レッスンは、京都松尾教室、京都細野亭教室(京阪七条)などで行ってます。
現在、新規会員募集中です。初心者、経験者、他流を問いません、古典を中心に基礎から丁寧に個人指導します。
お申込み先 携帯電話 090-8446-0812 MAIL (soryu@gaia.eonet.ne.jp)お待ちしてます。
WELCOME!I'm a professional Kinko-ryu Shakuhachi player Shihan from the Chikumeisha school. I offer individual shakuhachi lessons in Kyoto Matsuo and Hosono-Tei.

圓徳寺の報恩講


圓徳寺の報恩講は無事に終わりました。今日は門徒さんと一緒に「信心って何」と言う事について考えて頂きました。
知識もない私で、教えについて説く事はできません。一人一人が自らの中大切にして欲しい問いだと思います。答えも人によって違うでしょう。
私にとっては、平等の世界であり、non-judgement で、絶対肯定の阿弥陀の、私への呼びかけです。こんな私であっても、必ず生かされていく道があるよ、という呼び掛けです。罪を犯さずには生きていけない私を、支えている大きな働きを大切にしていく事が信心、のではないかな、と今は感じています。
御伝承の拝読で本堂に響き渡る声が、形となって現れた阿弥陀の働きそのものであると感じ、その瞬間に味わっている深い感動、。生かされて頂いてよかった!
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『氷山の一角』


「自分たちの見ている世界を
『氷山の一角』だと認識することが、実はとても重要なのだ」

お念仏の隠れた大きさを発見しなければ、親鸞さんと同じ感動は味わえないでしょう。今の私に見えているのは氷山の一角にしかすぎません。親鸞さんの足跡を辿りたいなら、水面下の隠れた部分は、これからの歩みの中で出遇っていかなければなりません。
「氷山の一角」という言葉がありますが その一角を見たら、その下に見えない塊 があることも想像できると言うことです。 人間の意識の世界も同じでしょうね。見える世界があれば、同時に見えない世界ぎ潜んでいます。

念仏、何故出ないかな、自然には出ないな、と感じ、悩んでる私です。念仏が自然に出ないと、気づいたこと、悩んでることはある意味で、第一歩かも知れません。

浅ましい自分に突き当たるのは、いわゆる努力して積み上げた認識ではありません。瞬間的に直感的に感得することは師匠の言葉でした。
相手が側にいて下さるから、浅ましい自分に突き当たれます。
 
私を浅ましいなあと思う心が仏の心だと認識して初めて念仏が出ます。
 
これこそは、私が今念仏に悩んでる理由だな、と痛感しています。
仏の心という認識が足りないから、念仏が自然に出ているように感じていません。自分自身の事を浅ましいとなかなか思えないから、念仏も出ないのは当然でしょう。

なぜ念仏が大事なのか。其れは仏の心を頂くからなのです。仏の心を戴くから念仏は回向なのです。

師匠に頂いた言葉は心身に沁み入りました。
  
浅ましいと思う心に同時にお念仏がでて、初めて正しい自己認識になります。浅ましいと思う心は念仏、この言葉の中、親鸞さんの心、魂が感じられます。
  
出遇いが縁となり、私の歩みは、本当に念仏に生きる人への、深い旅が始まったと、心より感謝しています。

慚愧心こそ仏の心です。

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「ただ念仏一つだけでいい」?


「ただ念仏一つだけでいい」、という法然上人の言葉ですが、それは何もしなくていいと誤解を招かないでしょうか? 
明恵さんは観想念仏 心の中に仏の姿や功徳を念ずることを重要と見ていました。
法然さんと親鸞さんは比叡山で修行され、観想念仏を通したからこそ、称名念仏に出遇えたのではないでしょうか。その歩みがなければ、「ただ念仏一つだけでいい」と本当に受け取れるでしょうか? 
菩提心を育てる為に観想念仏された明恵さんの歩みに魅力を感じています。自然の中で心を落ち着かせる事の大切さを味わいました。
私もいつか、「ただ念仏一つだけでいい」に頷けるようになる事を願うばかりです。
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「生徒の問いを自分の問いにする講師」



は講師の在り方として素敵だと思います。講師だからと言って、全ての答えを持っている訳ではありません。生徒の問いを自分の問いにして、共に感えて、歩んでいく事が大事だと思さいます。
今の教え方は、講師からの一方通行で終わっている事がよくあるパターンです。話しを聞いた後その内容について皆で語り合う事がなければ、自分の理解を確かめる事もできません。互いの意見があるからこそ、自分の考えは広がります。
修練で、輪になって話し合える時間きあったから、本当によかったです。
講師以前の問題、学園として何が必要なのか、何を考えて欲しいのか、何を理解して欲しいのかが明確ではないような印象を受けています。
それこそ、教師資格を資格として表面的に取るだけではなくて、僧侶としての中身をもっと充実させる必要があるように感じています。

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皆さんは自らの疑問をぶつけますか?


 日本では、疑問を感じても、質問してはいけない印象を何回か受けました。今通っている真宗学院で、質問された講師は困った顔される方もいます。真宗の教えについて真剣に勉強したら、疑問が湧くことも当然です。理解を深めていくのに必要なプロセスだと思います。
聞いたら恥ずかしいとか、答えられなかったら格好悪い、というところで止まったら、歩みも止まってしまいます。
親鸞さんは、師匠や兄弟子の前で堂々と自分の疑問をぶつけ、議論をして、批判恐れずに自分の考えを表明しました。「信行両座の決判」と「信心同一の問答」を考えると、親鸞さんの求める心と、それを受け止めて下さる師の法然さんの大らかさ、疑問をぶつけれる関係や環境がある事は仏道歩んでいく事においていかに大事かと良く分かります。
親鸞さんや法然さんの、二人の関係から教えられたことは、忘れてはいけない大切な事です。
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⭐️ご挨拶
この度、師匠の許しをいただき琴古流尺八教室京都薫習庵を開講しました竹盟社師範のジェシー逅盟です。真の暖かさにあふれるご指導、また成長の姿を見守って下さっていることに感謝の気持ちでいっぱいです。師匠の思いや技を受け継ぎ、尺八の素晴らしさを一人でも多くの皆様に知っていただき、貴重な知識や経験を後世に伝えていく為、研鑽の日々を重ねております。どうぞよろしくお願い申し上げます。 ジェシー逅盟 拝
プロフィール

kyoto_kunjuan

ジェシー逅盟(こうめい)琴古流尺八竹盟社師範
竹盟社京都支部副支部長京都薫習庵琴古流尺八教室スイス出身吉村蒿盟に師事
邦楽グループ邦楽一心主宰

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