我、浅草の男子也

部室を後にしたその足でメディアセンターへ向かったのだが、 彼女の姿はそこにはなかった。

せっかく手に入れた情報が空振りに終わり、落胆の表情を浮かべる 少女がいたので、
普段はあまりしないのだが気の利いた台詞をかけてやる ことにした。

———いずれこいつの兄になるやもしれないからな、外堀から埋めるのは定石であろう。

「おい、あんまり落ち込むな、すぐに見つけt———」

「お腹すいた」

このガキ。
しかし、これぐらいで腹を立ててはいけない。
この子を取り込めば、その先には・・・。

「飲み物奢ってもらったし、メシぐらい奢るよ。 借りた恩は返す男だからな、僕は」

「そんないかっこ良くないぞ、今の」

「別にそんなつもりでいったんじゃないよ  ほら、行くぞ」

学食で済ませれば安上がりだろうが、構内を歩き回っているだけで、ひそひそと陰口が耳に飛び込んでくるのだ、少女と一緒にそんな所に行けば、周囲から熱い嫉妬の視線を浴びることになり、焼け焦げることは必至だろう。
高くついてしまうが外の定食屋に向かうことにした。
お昼時ということもあり、どのお店も人でごった返しており食事にありつくのにかなり時間がかかると思われた。
雷門通りから国際通りへと抜け、やっと入れそうなお店を見つけた。

「お、ここに・・・。やっぱり、やめよう」

「?」

奥の席に嫌な顔を見つけたのだ。古賀誠一。
彼との出会いは高校頃であっただろうか。 当初、彼と友人となりあまつさえ信用してしまった自分に会えるというのなら 全精力を注ぎ込み、古賀との交友関係を破綻させるだろう。
もし、私の話を聞かないなんて事があれば暴力をも辞さない所存である。ひ弱で頼りない上腕二頭筋ではあるが、それでも人に殴られるというのは痛いのだ。もちろん古賀をである。
あまり好まないことを語る程、私は 暇を持て余していないので、彼の話はまたの機会にしようと思う。そんな機会こないことを切に願おう。

私の不透明な行動に疑問を抱き首を傾げながらも、 少女は黙って私の後を付いて来た。
———こいつあんがい空気の読める良い奴なんじゃないか。

それから道を練り歩き、お店を見つけはしたのだが、入店した途端ゴハン切れの宣告をうけ、ならば麺でも構わない所存を告げるやいなやスープ切れときたもんだ。
どうやら今日にいたっては、食運というものはないようだ。  

食難民と化し、踏み出す足も重々しく無意識のうちに歩みを進めていると、
見知らぬ路地に入り込んでいた。

「はぁ、もうコンビニの弁当でもいいか、ん?」

流石の私も歩き疲れ始め、諦め気味に後方へと投げかけると、
少女は立ち止まり 路地の中を見つめていた。

「このお店――」

こじんまりした定食屋。とでも言えば聞こえは良いのだろうが、 お世辞にも綺麗とは言えない外観に一歩ばかり、いやかなりの躊躇を 迫られるものであった。

「どうした? ここにするか」

少女はこちらを振り向きもせずに首を縦に振った。

建て付けの悪い引き戸を開けると、
割烹着姿の愛想の良さそうな女性が 笑顔で迎えてくれた。

「いらっしゃいませ。どうぞこちらに——」

京料理。おばんざいのお店らしい。外観はとても褒められたものではなかったが、店内はそれとは違い、清潔に保たれ、料理の良い香りが立ち込めていた。

席に付き、メニューを熟読するでもなく 目についた日替わり定食を2つ頼んだ。

カウンター越しに手渡された料理に舌鼓をうちながら 食事を進めている私をよそに、
少女は全く手をつけようとしなかった。
何か気に障ることがあったのかと、心配そうに女将さんがこちらを見ている。
そんな空気に気付いたのか、やっと箸を手にし御飯を口一杯にほおりこんだ。
その姿を見ると安心したのか、女将は洗い物を始めた。

口一杯の御飯を飲み込むと、次の料理に手を伸ばすのではなく 箸を置き、口を開いた。

「あ、あの。旦那さんはどうされましたか」

蛇口から流れる水音だけが店内に響く。
蛇口をそっと締めると、こちらを 振り向き笑顔で女将は答えた。

「あぁ。主人なら、数年前に他界しましたよ」

少女はこの答えを予想していたのか、そうですかと呟き俯いてしまった。
俯いた頭に向かって女将は続ける。

「ここは主人の店でしてね。売上も雀の涙程で、 亡くなったのを期にお店をたたんでしまおうとも考えたん  だけど、どうも気がすすまなくてね。こうしてだらだら続けちゃってるのよ」

「そう、なんですか」

張り詰めた空気に耐えられなくなり言葉を発した。

「女将さん!この煮物と卵焼き、凄い美味しいです!  僕、ここの常連になっちゃおうかな!」

どうにもこういった空気は苦手でならない。 得意なやつなんているとも思えないのだが。
そんな私の拙く、如何にもなビジネストークに 女将さんは、微笑みながらお辞儀し、
ありがとうとか細く答えてくれた。

店から出るやいなや、少女はその場を避ける様に、逃れる様に、 歩き出した。
ツカツカと足早に。 詮索するというのは、些か気が引けるものがあったが、
明らかに様子のおかしい少女に、事の真相を聞かずにはいられなかった。

「おい、ちょっと待てよ。どうしてあんな事——」

「あの奥さん、数年前に家の神社に良く来てたの」

「え・・・」

お百度参り。起源が平安時代と言われている日本の民間信仰。 名のとおり百回参拝し、神様と顔なじみになり、信仰心の篤さ、願い事の切実さを訴える事により、願いを叶えてもらうというものだが、 どうやらその願いとやらは叶うことがなかったようだ。
悲しみに押し潰されそうな表情の少女はこう続けた。

「私、何もしてあげることができなかった。 ただ陰からお祈りする姿を見つめることしかできなかった」

何を言ってるんだこいつは。
実家が神社だと、参拝客のお願い事にここまで責任を感じるものなのだろうか。
いや、そんなことがあるわけがない。あってたまるか。

「おいおい、お前のせいなんかじゃないだろ、なにもそこまd——」
「私のせいなんだって!」

少女はその大きな瞳に一杯の涙を溜め、大きな声をあげた。
一体なにが、この少女をここまで追いつめるのか不思議でならなかった。
泣いている少女にしてあげる事がわからい。
私がこの子にしてあげられることそれは———。

「あれれ、何してるんですかこんな所で こんな小さい子を泣かして」

人を不快にさせる声だった。
そして私はこの声に聞き覚えがあった。

「古賀、なんの用だ——」

数時間後、私と少女は講義が終わるのを待って、

写真部の部室のあるサークル棟へと足を運んだ。


部室内は暗幕をびっしりと張り廻らされているせいもあり

昼間だというのにとても暗く、換気もろくにしていないのか

薬品の匂いが充満していた。


「局長は、いないよな」
 

「はい、おりませんが、局長になにか」
 

「いや、いいんだ。いないに越した事はない。情報を、売って欲しいんだ」


「はい、ではこちらにどうぞ」


通された奥の部屋には、眼鏡をかけたいかにもな青年がカメラレンズを

磨きながら待っていた。


「で、今日はどんな情報が欲しいんだい」


そう、わざわざ構内でも端の方へと追いやられている文科系の部室棟まで

足を運んだのはこれが理由であった。
 

あまり知られていない話だが、この写真部はただの写真部ではない。

学校行事や浅草の年中行事に顔を出し、それらしい写真を撮影したり

ワンダーフォーゲル部に同行し、自然などの風景写真を撮影している

いたって真面目に規律正しくいかにもな体裁は整えていたが、その本当の顔は

個人、団体などに限らず様々な情報を売買する情報機関である。

ここの局長とは少しばかり付き合いがあり、機関の存在を知ったのだが

どうにもキナ臭く利用するのは控えていた。

彼らのネットワークは大学構内だけに留まらず、区内、都内、本気を出せば

関東近県の情報なんかも仕入れてくれる



「坂本美雪、彼女が構内でよくいる場所を教えてくれればいいだから、まけてくれよ」


「旦那、その名。どこで聞いたんだい」


「あぁ、そういうのいいからもう」


ハードボイルドに憧れているのか、何かにつけてここの部員は、

小芝居を挟んでくるから鬱陶しくてたまらない。


「なんだ、つれないな~」


「坂本美雪ね~、ちょっとそこにかけて待っててよ。ん?その後ろの子は?」


人見知りをする様には見えなかったが、小さい子が怖い者から隠れるように

少女は私の背中にぴったりと引っ付いていた。


「あぁ、坂本さんの妹さんだよ。この子に頼まれて彼女を捜しててさ」


「ふ~ん・・・。ま、楽にしててよ!」


受付の彼は、少女を横目で見ながらパソコンへ向かった。


「わかったよ、この時間ぐらいなら、メディアセンターにいるんじゃないかな、
 あ、情報だけでいいって言ったけど写真も付けとくかい?」


「いや、いいよ。この子がいればそこに行けばすぐわかr———」


「欲しい!下さい!」


私の言葉を遮り、私の身を押しのけ,少女は懇願していた。

手渡された写真を手にし大事そうに、嬉しそうに見つめている少女の背後に回り込み、写真を覗きこんだ。


「んっ!」


美しい、可愛い、可憐、この世に存在する褒め言葉全て集めても

形容しがたい容姿を彼女は有していた。

写真ではない生身の彼女に会いたい、少女の頼みとは別に
彼女のことを探し出したくなっていた。 


「マスター」


「受付ですよ。旦那」


「この写真焼き増しを頼む!」

結果からもうするに、私の人生の終わりはここではないようだった。
 

「はい、これでよかった? こっちと交換してあげようか」


「・・・こ、これで、いい」


手渡されたお茶を手に取り、私は考える。

名前も知らぬ少女にお茶を奢ってもらい、慰められる男子大学生の姿というものはいささか見るに耐えないのでは、と。

しかし、この絵画を見て尚、私を性犯罪者と決めつけるやからはいないであろう、とも考えられた。人として、成人男子として、失ったものも確かに大きかったが、

私の心は安堵感で満たされていた。
 

「ねぇ、なんでさっきは無視したの」


「寝てただけです」


「・・・いや起きてたよね、叫んでたし、それに泣いてたし」


「ね、な、いい~じゃんもう、俺が寝てたって言ってるんだから
寝てたってことにしてくれれば! それに泣いてたことをとやかく言うのはちょっとずるいんじゃないかな!」


「・・・。ふぅ。わかりました。そういう事にしておきましょう」


ありったけの溜め息を付くと、少女は私の座るベンチにちょこんと座った。

こぎみよくジュースを飲む少女を観察してみた。

背丈は150cmぐらいだろうか。小学生と言われても違和感を感じないと思われる容姿は、目鼻立ちもくっきりとしており、美少女という言葉がふさわしい少女だった。黒いゴムで二つに結われた髪は、綺麗な曲線を描いておりその曲線美からは見るものを過ちに誘うなにかを放っていた。


名前は坂本神奈(さかもと かんな)と言うらしい。

それから問答をいくつか挟み、本題である私に話しかけた理由を聞いた。
 

会話の内容を要約するに、姉を探しに大学まで来たらしい。

しかし、来たはいいものの校内は想いの他広く、誰かに案内をしてもらおう

と思っていた所、暇そうな輩を見つけ、声をかけた次第だと言う。

少女の見立て通り、私は暇を持て余していたので、案内してやるのは一向に構わなかったのだが、案の定というかお約束というか。姉の居場所を少女は知らないらしいのだ。

案内ではなく、人探しともなると労力が格段に上がってしまうことを懸念した

私は、ゆっくりとフェードアウトするべく、こう言い放った。


「あ! もうこんな時間。次の講義が始まっちゃう。それじゃ、頑張って探しなね!」


俳優になれる。我ながら名演技と思わんばかりの出来にひたりながら、その場を立ち去ろうとしたが、背後から聞こえて来た言葉にその足は止められた。


「この写真と動画、校内に散撒きますよ」


少女が手にする2台の携帯には、見るも無惨な私の泣き顔の写真と動画が

収められていた。この情報社会の中で一度流失した画像・動画を回収するのは事実上不可能。


「卑怯だぞ! それが子供のすることか!」


とっさに出た言葉だが、芯のこもった心からの叫びだった。


「じゃかぁし~、おまんこそ何、困ってる子供見捨てて逃げようとしとんじゃ

それが大人のすることか!」


最もな意見過ぎて何も言い返すことができなかったが、
大人故に、大人だからこそ引く事はできなかった。

しかし、引き返していた方が双方にとって良かったのは言うまでもないだろう。

全く内容のない討論を繰り返し、弾切れとなったのか、疲れ果てたのか、

時間の無駄だと悟ったのか少女は沈黙を続けた。そして———。


「あの、一緒に姉を探してもらえませんか。お願いします」


少女は深々と頭を下げてみせた。

小さな頭を目の前にし、私は考える。

少しばかり間を置き、私は歯切れ良く答えた。


「で、見返りは?」


「え?」


「——見返りだよ」


幼気な少女の頼みに公然と見返りを求める男性の姿があった。

呆れ顔を作った少女は、手にしていた空き缶を手から滑り落とした。

ふたりの空間には何とも悲しい音がこだましていた。

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