『時砂の王』というSF小説を読みました。

【内容】
51DsgM2IIdL__SL160_若き邪馬台国の女王、卑弥呼の前に現れた異形の物の怪、彼らは未来で地球を滅ぼした敵。
それを不思議な術で倒した男は、冥王星付近まで退却した人類が過去に危険を知らせ援護するために送った大艦隊の1人。
この男は、26世紀で作られたメッセンジャーという知性体。
ヒトではないが、個性や性格を持ち、数々の戦闘で大勢を死なせ、心を痛めてきた。
オープニングのこの舞台が、既に河川改修などを行っており、普通の邪馬台国ではない。
この邪馬台国と10万年に及ぶ大作戦の一部が1章ごとに交互に描かれる。
この卑弥呼のいる時代は、作戦のどの部分に位置するのか?
結束する古代の人々、そこそこ応戦できるか、と思ってもやはり戦況は厳しく戦いは壮絶。
敵を1機倒すたびに変わってゆく未来。
異なる未来が次々と分岐し、艦隊が出発した未来はどこに出現するか、もう分からない。
人類が絶滅しない1本の時間枝を守るため、あまたの時間枝を見捨てることは、正しいのか?
軍を統括する知性体と個々のメッセンジャーとの間に生じる軋轢。
この邪馬台国は生き残るのか?
(Amazonレビューより)



メッセンジャー軍は、過去に転移してその時代の人類と共に防衛戦を展開することに。
しかし敵は更にに過去に転移して人類を攻撃し続けます。

当初の転移先である22世紀の人類は、あえなく絶滅。
その後、第二次大戦、米国南北戦争、元禄時代と、時を遡りながら追撃戦と撤退戦が繰り返されます。

メッセンジャー軍が幾兆もの人類の未来を犠牲にしながら行う、10万年間の戦争。
その結果として次々に新たな未来が出現するものの、どれだけ戦っても「絶滅を回避できた未来」が出現しません。

人類は勝つことができるのか?
いったいなぜ絶滅は回避できないのか?

そしてついには、3世紀の邪馬台国が最後の決戦の部隊に・・・。



スケールの大きさや「過去への撤退戦」という斬新なモチーフなど、これまで読んできたSF小説として群を抜いて面白いものでした。
壮大な物語を描きながらも濃い密度で展開される物悲しいストーリーは、素晴らしいの一語に尽きます。

また、こういう作品を映画化すれば、日本のSF映画はもっと地位を高められるのではと思ったり。
お勧めの一冊です。

佐藤

時砂の王 (ハヤカワ文庫JA)