2005年01月27日

琉球新報記事







 





2004年11月18日の琉球新報の記事を紹介します。



行政をあてにしないで

地域おこしの主体は地元住民  島袋 徳和


 地域おこしの取り組みが評価され、過疎地域自立活性化優良事例総務大臣賞に東村が選ばれたこの機会に、東村で地域おこしの先駆けとなった慶佐次(げさし)の事例を紹介することで参考になれば幸いである。

 



数年前の慶佐次は、沖縄本島最大で国指定天然記念物のヒルギ林が有名な過疎化が進む地域であったが、最近、県内外からやんばるの豊かな自然と癒やしを求める観光客が徐々に増えてきた。遊歩道からヒルギ林を散策するレンタカー客、カヌー体験などのエコツアー、また修学旅行の二〇〇三年度実績では県内小学校、県外の高校が二百十五校を数え、年間の観光客では十万人余が訪れるようになった。

 また、慶佐次共同売店では規格外の農産物が売れるようになり、質のいい一級品は贈答用などの需要が増えている。一軒もなかった飲食店も五軒でき、観光農園も営業を始め、修学旅行プログラムでは自然体験や特産のパインを使ったジャム作り体験もでき、地元のお母さんたちが先生となっている。自然ガイドも二十代の若者を中心に十人が活躍するなど、経済的な効果と雇用効果が出てきた。「ローマは一日して成らず」のことわざがあるが、慶佐次の活性化と取り組みも平たんな道ではなかった。その過程を振り返ってみた。

 一九九五年、慶佐次区に「夢つくり21委員会」ができた。構成メンバーは区長であった私を含め八人、三十代から五十代の区民である。初めは、慶佐次の活性化とヒルギ林の活用が主なテーマだったが、回を重ねるごとに具体的になっていった。西表島の視察、地域資源マップの作製、ワークショップの開催、広報誌の発行、ガサミの放流、ガタリンピックの開催などのアイデアが出された。

 委員会はプランを実践へと進めていった。独自で専門家を呼び、ワークショップを開き、地域資源を掘り起こすなど、行政主導ではなく、できることは地域住民が主体的に考えた。その中で合意形成を進めていき、最終的には「自然が守られ、地域の人が生き生きと暮らす慶佐次」をめざした。

 次に地域のグランドデザイン(将来図)を描いた。共同売店の移転や、また公民館の改築の際に、慶佐次で体験ができ、楽しく過ごすことができる交流施設を造ることを盛り込んだ。また図の中に、ヒルギ林の遊歩道、売店の農産物販売所まで描いた。委員会のプランが実現した事業に「ふれあいヒルギ公園」がある。九五年にできたプラン図を役場の経済課が採用し、山村新興等事業で完成した。また、九九年五月にできた東村エコツーリズム協会の設立にも影響を与えたのである。

 最後に、地域おこしの要点をまとめると、(1)仲間づくり(2)将来ビジョンを持つこと(3)実践する(4)依頼心を持たない(5)地域おこしは住民主体で(地域おこしは一過性ではなく持続性が求められる)―が挙げられる。

 余暇が増える中、魅力のある地域には人が集まり交流が生まれる。著しい経済の発展はないにしても、コミュニティービジネスが生まれ、住民は地域で生き生きと暮らすことができ、地域に活気が出る。地域おこしは地域住民で知恵を絞り、自分たちでできることは自ら行い、行政や他人をあてにせず、住民主体で行うことが肝要である。

 (東村、会社代表、五十一歳)


kyoudoubaiten at 23:54│Comments(0)TrackBack(0)資料 

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