共同売店ファンクラブ事業計画本日、訪問した共同売店

2005年05月24日

共同店をお手本にした店が開店!

面白い記事がありました!

沖縄の共同売店をお手本にして共同出資で設立された店が、なんと東北の宮城県にあるそうです!

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asahi.com」2005年5月24日 更新
TOPICS 過疎のまち結束「なんでもや」開店 ≪宮城≫
沖縄「共同店」お手本 200世帯出資で、消えた豆腐店も「復活」

http://mytown.asahi.com/okinawa/news02.asp?c=18&kiji=413

「住民どうしの新たな結びつきや、地域の魅力の再発見にもつながっている」

「いずれは買い物券なども発行したい。ここで得た収入を、またここで使ってくれる。お金が動くと、地域に活気が出る」

その店「なんでもや」は、人口千人ほどの地区で開店。
200世帯から2千円づつ、材木会社や町の職員なども出資し、合計220万円集めた。
開店1年で3500万円の売上で、70万円の黒字だとか。

「地域のあり方が問われる今こそ、共同店の発想を生かすチャンス。価格や品ぞろえだけでなく、売り買いを通じた共同体の構築という利益に目を向けてほしい」(沖縄大学地域研究所、宮城能彦副所長)

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「なんでもや」他にもこんな関連記事が。
http://www.a-perspectives.net/~beart/article/nomad/marumori_ohari

結城登美雄さんという方が宮城と沖縄を結びつけたそうです。
 「農文協・食と農の応援団」http://www.ruralnet.or.jp/ouen/meibo/243.html
 「自由の森大学・講演記録」http://www.coara.or.jp/~jiyumori/koushi/1006yuuki.htm

こんなブログでも紹介されてました。
 「仙台駅東口繁盛記」http://d.hatena.ne.jp/izumi_st/20050406


共同売店は、過去のものではないんですね〜
再確認させていただきました。

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追記

asahi.com」2005年5月24日 更新
沖縄「共同店」お手本 200世帯出資で消えた豆腐店も「復活」
 「歩いてちり紙ひとつ買えないなんて」。過疎化や近隣の町への大型店進出などで商店が一つもなくなってしまった地域で、不便さを痛感した住民たちが、金を出し合い、「店」をつくった。お手本は沖縄で100年近く続く「共同店」。利益は地域に還元され、住民どうしの新たな結びつきや、地域の魅力の再発見にもつながっている。
●宮城 山肌に棚田が広がる人口約千人の宮城県丸森町大張地区に共同出資の「なんでもや」が開店したのは、03年12月。
二つあった店が、01年から2年ほどで相次いで閉店した。最寄りのスーパーまでは車で20分かかる。60歳以上が4割を占め、運転できない高齢者も多い。住民から「地域に店を」との声が高まった。
町商工会の支部が中心となって呼びかけ、300世帯のうち200世帯が2千円ずつ出資。地元の材木業者や賛同した町職員も1万〜10万円を出し、出資金は計約220万円になった。会社や組合などの組織にはせず、税法上は「みなし法人」だ。
13坪ほどの店には、食料品や洗剤など日用雑貨が並ぶ。9人家族の葉葺(はぶき)節子さん(57)は、ほぼ毎日、野菜や牛乳などを買う。「調味料を切らした時も、近いので助かります」
野菜は地元の農家が朝収穫したもの。いまの季節はツボミナやコマツナ、カラシナなど。近くの山で採れたフキノトウも並ぶ。流通にのせるほどではない兼業農家には、新たな収入源となった。
折り詰めや刺し身は近隣の店から売値の10%の手数料で取り寄せる。昨年のクリスマスにはケーキ30個、今年の正月は250人分の折り詰めの注文があった。
開店から1年間で3500万円を売り上げ、約70万円の黒字になった。
店長の佐久間憲治さん(64)は「いずれは買い物券なども発行したい。ここで得た収入を、またここで使ってくれる。お金が動くと、地域に活気が出る」と話す。
15年前に夫を亡くし、豆腐店を閉めた佐藤す江さん(68)は、なんでもや開店をきっかけに再び豆腐をつくり始めた。「独り暮らしで話し相手もいなかったのが、この豆腐が求められているんだ、と思うと張り合いができて」。「すえさんの手作り豆腐」は、店の人気商品の一つだ。
レジ近くのいすに座っておしゃべりをする女性や、年金が出る日にはずっと店にいて、子どもたちにお菓子を買ってあげるお年寄りもいる。
設立の中心になった電気設備業の中村次男さん(54)は「地域一人一人の顔が見えるようになった。元気やいやしを分かち合える場にしたい」と話す。
●沖縄 共同店100年の歴史
「なんでもや」のモデルとなったのが、沖縄の「共同店」だ。仙台市の民俗研究家、結城登美雄さんが、約2千キロ離れた共同体を結びつけた。
山が多い沖縄県北部では明治以降、集落ごとに住民の出資で店がつくられ、最初の店は、1906(明治39)年、本島最北端の奥集落に誕生した。「島の助け合いの精神、『ゆいまーる』が形になった」と宮城正男さん(93)は話す。店で出た利益で、材木を運ぶ船を買い、奨学金をつくり、医療費の貸し付けもした。買い物券や現金でも還元した。だが80年代に入ると道路整備に伴い、スーパーが進出。価格が1、2割高い共同店は苦戦し、閉店する集落も少なくない。かつては沖縄全体で100以上あったが、現在は数十とみられる。奥共同店の売り上げも最盛期の年1億1千万円から約7千万円に減った。
「厳しい状況だが、店がなくなって困るのは住民だ」と奥の島田隆久区長(67)。100周年の来年、店が果たしてきた役割を見直そうと、記念誌発行やフォーラムを企画している。沖縄大学地域研究所の宮城能彦副所長(地域社会学)は「地域のあり方が問われる今こそ、共同店の発想を生かすチャンス。価格や品ぞろえだけでなく、売り買いを通じた共同体の構築という利益に目を向けてほしい」と話している。

kyoudoubaiten at 23:18│Comments(2)TrackBack(0) 資料 

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この記事へのコメント

1. Posted by izumi_st   2005年05月25日 15:54
共同売店FCさん、コメント&トラバ有難うございました。というか、4月の記事なのに良く見つけられましたね〜。実は、今回の記事にあったような共同店的なものは、東北でも結構見られます。ただ、沖縄の「共同店」のような概念をあてはめたのが、結城登美雄さんの真骨頂なんですが。地域コミュニティづくりの視点で、ITやらマーケティング技術などのツールを活用するだけで、新しい形で共同店は復活するような気もしています。地産地消の流れにもマッチしますね。当方の日記の記事はまちづくり関係が多いのですが、ご興味があれば又ご訪問いただければ嬉しく思います。
2. Posted by マキシ   2005年05月25日 22:44
お返事ありがとうございます!

東北には共同店的な店が他にもたくさんあるんですか!
調べてみようかな、沖縄と交流なんかできたらいいな〜

結城登美雄さんは、地元学の有名な先生なんですね、我ながら不勉強でおはずかしいです。

「地域コミュニティづくりの視点」
「IT、マーケティング技術」

とても勉強になります。
「仙台駅東口繁盛記」http://d.hatena.ne.jp/izumi_st/
また寄らせていただきますよ〜

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