熱心な読者の方ならもうお気づきだと思うが、私はかなり海外のSM関係サイトの影響を受けていると思う。分かりやすいところでは道具があり、あるいはSM観そのものも影響を受けていると思う。
ところでその中で特に大きな影響を与えている国がある。ドイツだ。セックスショップでユニークな品物を見つけるのはアメリカやイギリスではなくたいていドイツになる。アメリカの場合は力業という感じでやたらスケールが大きかったり、自動化を図っていたりというタイプのものならユニークと言えるものが多い。が、ドイツの場合はかなり事情が違うようだ。人間に苦痛を与える意味、あるいは苦痛によって得られるものから考え直しているという気がするのだ。枷(かせ)という日本語に親しみを感じる日本人は少ないだろう。だが、このドイツ語、Fesseln(フェッセルン)という言葉はよく使われるポピュラーな単語だ。自由、Freiheit(フライハイト)とセットで至るところで目にする。つまり自由の反対という意味を持たされているのだ。で、おそらく哲学好きの国民性に響くところがあるのだろう。ニーチェやショッベンハウワーを生みだした国である。彼らなりに精神的な豊かさをどう得るかというテーマでなにがしかが常に考えられている感じがするのだ。例えば、SMに使う拘束具、例えば手枷とか、鞭とか、そういう品物が人体にどういう影響を与えるのか、材料が違うとどう影響が異なるのかなどと真面目に書いてある論文をネットで拾ったりすることがある。つまりSMに使う拘束具は、社会から道具ととしてちゃんと認知されており、そういう考証をふまえているから他の国にはありえないような高級品(手作り品が多い)が次々と生まれてくるようだ。賛同しないドイツ人もきっと多いだろうが、やはりドイツ文化の一つなのかもしれない。もの作りに哲学は欠かせないのだ。もっとも日本の縄縛りの技法は、ドイツから見てもエキゾチックでユニークな文化と見られているようで、あちこちにJapanisch(日本の)という単語とか、どこかの日本のSM雑誌を勝手にスキャンしたような写真が掲載されていたりする。が、日本の場合は精神的、職人芸的価値に限定されている感じだ。実際、日本のSM小説は犯罪、刑罰を題材にしているのが圧倒的に多かったから、それはしょうがないのだが。今後、日本にもライフスタイルの一つとしてこういうものが根付いていけばこういうイメージも変わっていくのだろう。