小学校-中学校の「アクティブ・ラーニング」/【主対深】(主体的・対話的で深い学び)の授業づくり

小中学校で校内研修講師をしている梶浦真です。日々の授業研究から感じたことを綴ります。

主に公立の小中学校で校内研修講師 https://researchmap.jp/read0141080/ として、先生方と勉強をさせていただいています。アクティブ・ラーニングのブログは2014年4月より開始。日々授業や教室で起きている様々な課題、喜びや成果を共有しつつ、教師と子ども双方にとって充実感ある授業づくりを目指します。先生方の問題意識と、子どもの姿に学ぶ毎日です。先生と子どもの双方が元気になる授業、響室づくりを考えます。

316.授業づくりの「一般的側面」と「個人的側面」

.繰り返される授業づくりの新旧問題

 年末年始は通常とは異なる方々と教育や授業について語り合う機会が多かった。若手の教師、管理職、文科省の方などその対話相手は様々な立場の先生方だ。そうした場で必ず話題に上ることがある。それは、新しい指導要領で目指す様な授業は昔からあったのか、なかったのかという話題だ。この種の話題は新指導要領への切り替え時には度々話題にされてきた。
 今回の改定に当たっても「主体的な学び対話的な学びは昔からあった筈であり、よい授業の本質は変わらない」という意見がある。いわばこれまでのやり方をそのまま貫いて行けばよいという考え方である。一方で、「従来通りの教え方では、従来以上に重要になるメタ認知能力や汎用的能力、高次思考力の基礎などは育たない。社会の変化に対応するには、従来並みの授業ではダメだ」という意見もある。では、新しいと言われる「コンピテンシー・ベース(資質・能力基盤)」の授業観や、アクティブ・ラーニングに代表される様な「対話的・能動的な学び」は過去に存在したのであろうか。

  

2.重要な視点はその主張が具体的に実践されていたかどうか

 この点については、かつて拙著で出典を明確にした上で、昔からあったということをかつて紹介た。明治時代末期に及川平治が提唱した「分団式動的教育論(及び実践)」の中や、心理学者の桐原葆見、思考も行動の一部であり対人的な学習活動の重要性を指摘した矢口新などの授業構成論の中でも対話活動や深い思考過程を授業づくりの必要性が指摘されていた。 つまり、実践のレベルでも理論的なレベルでも、現在のALの視点に通じる授業実践や理論があったということである。

 だが、授業の新旧を問う場合には、「一般的側面」と「個人的側面」がある。一般的側面とは「一斉指導が多い」「説明型のチョーク&トークの授業が多い」「与えた問題を受動的に解かせて教える教え方が多い」等、従来型の授業として日本の授業の中に多いとされる授業像である。だが、本当に日本の授業は伝達型の説明授業しか存在しないのであろうか。それは、あくまでも従来型授業の一般的な傾向を示すに過ぎない。

 一つの学校の授業を見てみると、「説明中心」でありいつ伺っても同質の授業を展開されている教師もいれば、毎年いろいろな工夫を加えて授業改善を試みている教師もいる。

 

3.「自分の授業の中」という個人的かつ相対的な授業づくりの視点

 対話的で深い学の実践や必要性は確かに日本の教育界に存在していた。だが、それが歴史の中や高名な実践家の実践としてあったのか、自分自身の授業の中にどの程度あったのかという問い方を分けて考えるべきであろう。そして、実践的な課題として捉えるのであれば、「自分の授業の中」にどれだけ質の高い対話や思考過程の深まりをより意識した場を作り出すかが問われなければならないであろう。

 下の図で言えば、「従来型を示す授業観」が下側であり、「革新的で未来的な授業観」が上側の部分にあたる。そして、左半分は「一般的で全体的な傾向」を示し、右半分は「自分個人の授業の傾向」を示している。つまり、個人的に対話的で深い学び等の実現に取り組んで来たかという問題と、日本の教育界の歴史や文化の中にそうした学習があったかどうかは別の次元の問題だと言える。

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 また、カリキュラム・マネジメントを通し「より組織的な授業改善を意図的、計画的、継続的に進めて行く」という点も従来以上に重視される様になっている。これまでも、校内研修などを通して授業改善に取り組んできた学校は多い。これを、更に組織的、意識的に一般化して全校化していくことが新指導要領では求められている。文科省が小学校・中学校の学習指導要領改訂のポイントとして「各校におけるカリキュラム・マネジメントの確立」を挙げているのは、協働的な実践改善を狙ってのことだ。その先に、新たな社会環境に対応できる子どもの資質・能力の育成の実現がある。これまでも、個々の教師においては優れた授業改善の実例があったことは間違いない。それを、個人的な実践としてだけではなく、組織やチームとして作り出していく。新指導要領総則にある『組織的かつ計画的に各学校の教育活動の質の 向上を図っていくこと(以下「カリキュラム・マネジメント」という。)に努める』とはそういうことだ。

 

4.新たな環境に対応できる能力の基礎を育てる授業の充実

 近年、古民家再生がブームになっているという。しかし、この古民家再生も古民家を昔の性能、機能、スペックで再現する訳ではない。現代の耐震基準や防火耐性、あるいはスロープを付けるなどユニバーサル・デザインを取り入れる必要も出てくる。古民家再生と言えど、従来の材料を従来通りに組み立てなおすだけでは時代に適応できなくなってしまう。

 今回の学習指導要領でも極端に内容が変わる訳ではない。しかし、その内容を「協働的な課題解決活動で学ばせてみる」「ICTを活用した交流と情報の発信を取り入れてみる」「教科横断的な問題についての問題解決学習を取り入れてみる」「より深い振り返り学習によって次の学びの方向性を子どもたちに考えさせてみる」など、より未来的な視点に立った教え方の洗練化が必要だろう。育てる能力の質やレベルを変えようとすれば、当然教え方にもそれなりの進化が求められる。

 今後、あらゆる職種で仕事の内容が急激に変化し続け、その職に就いた時には想像もしていなかった様な仕事の内容、方法がどの職場にも導入されていくことは間違いない。更には雇用環境も大きく変わる。その様な社会環境の中で生きて行くためには、従来型の学力レベルを含む質の高い能力の基礎を育だてて行く必要があるだろう。そして、それは学校だけではなく、家庭教育の中でもより重視していく必要がある。未来に向けた学習環境が学校と家庭双方によって拓かれて行くことによって、真の次世代型学力の基礎が育つのである。

内容増補版! 10月14日発行!

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315.困った子に向き合う「最強メソッド」登場!!

特別支援の知識で全員を育てる!

「ユニバーサルデザイン学級への6原則」

                                   前田 智行 著

 

1.「困った子」はどの学級にも現れる

 「先生、タイヘンなことになってます。C君とO君が大ゲンカしています!」。現場へ急行すると二人は顔を真っ赤にして、息を切らせてつかみ合っている。「ちょと、あなた達!、何をやっているの!」と声をかけるが、容易につかみ合いは終わらない。「だって、こいつがずるいことするからだよ!」「かんけーないだろ、ぶっ殺すぞ・・・」何とか二人を引き離し、喧嘩の理由を聞いてみる。実は、O君は友達とトラブルを頻繁に起こしてしまう子だ。そして、何かにつけて「関係ない、ぶっ飛ばす」という言葉で仲間を威嚇する。

 こうした子どもが一人いると、学級の人間関係やクラスの雰囲気全体に悪い影響を及ぼしてしまう。O君が抱える問題は喧嘩っ早いということだけではない。授業中も手遊びをしたり、勉強とは関係がない昆虫の絵を書いていたりする。注意をしても、注意が響いているのかどうか手ごたえがない。このまま注意を繰り返したり、喧嘩のたびに指導をしたりしてもあまり変化は起きそうにない。さて、こうした「困った子ども」にどう接していけばいいのだろうか。こうした、子ども自身にとっても教師にとっても「困った子」はどの学級にも現れる可能性がある。更に、キレる子、集中力が希薄な子、自分の関心事にしか目を向けない子、嘘ばかりをつく子、責任を他者になすりつけて言いわけばかりをする子、等々、いろいろなタイプの「困った子」も増加する傾向にあると聞く。いったいどうすればこうした「困った子」の問題に対処して行くことができるのだろうか。

 

2.「困った子」にはその子なりのその時の原因や理由がある

 困った子起こすトラブルには必ず原因がある。その原因は、一つだけだとは限らない。その子自身の発達や情緒的な傾向に課題がある場合もあれば、周囲の環境との関係や、家庭での生活環境に起因する場合もある。ましてや、子どもの性格や気質は多様であり「こういう子どもにはこう接すれば問題が解決する」という、成功のマニュアルは存在しない。子ども一人一人が持つ個別の認知傾向や情動の傾向を把握しつつ、「困った子の持つ課題」と向き合って行かねばならない。言葉でそう指摘することは簡単だが、実際に困った子のトラブルの現場に出くわした時、どの様な具体的な手を打てるのか。経験や、勘や、コツも大事な要素だが、もう少し理論的であり信頼できる対処法はないものだろうか。「合理的かつ有効な困った子伸ばしの原理」があるとすれば、「困った子」を抱える教師にとっても福音になるであろう。
 その福音となる本が特別支援の知識で全員を育てる!
ユニバーサルデザイン学級への6原則 前田智行 著 (教育報道出版社刊)」である。



表紙案 [自動保存済み]


この書では、


  ユニバーサルデザインの原則

  行動科学の原則

  障害特性の原則

  自己肯定感の原則

  感情コントロールの原則

  学級集団の原則


 という六つの視点から、どの様な子どもに対して、どの様に接することが有効なのか「理論と具体例」がわかりやすく示されている。応用行動分析の知見や特別支援教育の知見を具体的な子どものトラブル事例と併せて解説。特に興味深いことは、困った子どものトラブルに対する解決の「在り方」も示している点だ。具体的な事例を挙げ、対処法の在り方を示しているため「なるほど、そういう手があったか!」という謎解き感を味合わせてくれる。

 

3.子どもの問題は成長課題でもある

 例えば、子ども同士の喧嘩では「謝罪すること」を目標にするのではなく、「仲直りをさせる方法を身につけさせること」だと指摘する。「謝罪して終わる」ということは、もしかすると教師にとっての形式的解決に過ぎないという恐れもある。その場限りの表面的指導に止まらず、深い指導と関わりによって子どもの資質・能力を伸ばす。やがて、トラブルを起こさないというだけではなく、自分からトラブルに向き合う力も育てて行くという考え方だ。子どものトラブルを単なる「事故処理」で済ませてしまうのではなく、子ども自身が自己処理できるように育てて行く。

 どの様な教師であれ、はじめから「困った子」の対応が巧みだった訳ではない。多様なタイプの「困った子」とやり取りをしながら経験を積み、効果的な対応ができるようになって行ったのであろう。そうして事例を踏まえた経験を摘む上で、筆者の示す「6原則」は経験を構造化するポイントとして正に合理的である。

 

4.`当事者`の強みを生かした説得力ある事例と理論

 筆者は教員時代に多様な事例に自らが出会い、子どもと向き合いながら「子どもの課題」を乗り越えていく指導法を研究。その事例と知見を収めたのが、この一冊になった。種明かし的になるので細かくは書かないが、実はこの著者自身も複数の発達障害を抱え、自分の障害や人生と格闘しながら実践を重ねてきたという。それ故、説得力は絶大だ。正に実践家による実践家の為の実践的理論&事例である。

 困った子を抱える学級の教師は勿論、気になる子を持つ保護者にも是非読んでいただく価値があるだろう。教師と保護者の足並みが揃えば、更なる教育効果を生むであろう。子どもの個性や問題に対する捉え方、そして関わり方を変えたとき、その子の課題は成長の為に必要なステップであったことに気づく筈である。

※定価1480円税込み  基本的にはAmazonでの販売となります。12月末刊行ー新年発売予定です。kyouiku@e-hodo.com

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314.アクティブ・ラーニング時代の「汎用的ICT活用能力」の育成と「リアル対話力(HC)」の育成

1.急増するタブレットの学習活用

近年、授業におけるICTを活用した授業を数多く見るようになった。特に使用事例が増えているのは、タブレット型PCの活用である。では、タブレットを活用すると、子どもの理解度が上がり、学習効率が上がるのだろうか。現実には、上がる場合と下がる場合の両方がある。タブレットを活用しても学習効果が上がらない原因は「タブレットの存在以前に、授業設計そのものに問題がある」「使用の意図が曖昧だったり、使用すること自体が目的になったりしている」「タブレットの活用以前に、授業中の子どもの状況が捉えられていない」などの原因がある。

一方で、効果が上がっている授業の場合は「タブレット導入の価値や意味を事前に子どもと共有している」「学習場面での使いどころ、使い方が適切である」「子どもの成長を意識している」「他者との相互応答関係を通した使用をしている」という場合が多い。ICTやタブレットの活用というと、真っ先に思いつくのが「教材や資料の提示」や「問題の提示」である。こうした活用の方法は、ある意味で黒板の役割をICT側に延長した使用法だと言える。黒板では表示できなかったリアルな画像や、あらかじめ準備された問題が子どもに学習リソースとして提供される。情報の共有やInputのツールとしてタブレットを使用する。また、子どもが考えを表現したり、交換し合ったりするOutputのツールとして使われる場合もある。正に、主体的、対話的な学びにおける活用だ。

 

2.「汎用的なICT活用能力」を伸ばすタブレットの主体的な活用

タブレットの活用方法は大きく分けると下記の様になる。
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 情報のInput/個人的な活用と、情報のOutput/協働的な活用がそれだ。これらの活用方法は、特定の領域だけで使用していても、十分な学習成果を得ることは難しい。個人での情報入手や取得、そして、取得した情報の活用や交換などの学びを通して学力+情報機器の活用能力が高まっていく。更には、特定の教科だけではなく、多様な教科で子どもが活用することによって「汎用的なICT活用能力」が育っていく。いわば、教科横断的な活用によって、多様な問題解決の場面でICTを活用する能力が育っていく。 教師が教科の内容を効率よく教える教具的な使用だけではなく、子どもが主体的・対話的にタブレットを用いて問題解決を進めていく能力育成が肝要だ。
  また、繰り返し学習や個別学習、知識の習得などはインプット傾向でコンテンツ・ベースの学びと親和性が高く、協働的なアウトプット学習での活用は協働的なスキルなどコンピテンシー・ベースの学びと親和性が高い傾向がある。コンピテンシー・ベース時代のICT活用は、知識や理解の深化は勿論、育てるべき資質・能力に焦点を当てて行く必要がある。

ICTの活用能力だけではなく、能力というものは意外と他の分野には転移しにくいことが知られている。例えば、将棋の名人がどれだけ将棋の棋譜(指し手の順序)を記憶する能力が高くても、それは将棋という世界のルールの中だけの話である。将棋の棋譜を覚えることはできても、英語や数学の知識を覚えられる訳ではない。言語活動や、思考力を必要とする学習、そしてICTの活用能力も同様である。多様な教科で、教科横断的に学ぶことによって「多様な問題に対して、適切に対応する術」を学んでいくのである。

 

3.ICT時代だからアナログ対話の学びを

 ひと昔前までは、遠隔地の教室とインターネットで交流授業をするだけでニュースになった。フェニックスなどいう大がかりな装置を使い、遠隔地の教室と対話をするだけでも大ごとだった。ところが、今はタブレット一つで世界の様々な人々や情報に接することができる様になった。その半面でICT機器の過剰利用による、人間の能力の歪みも現れ始めている。新社会人で電話に出ることができない若者が増えている。子どもの頃からスマホやSNSに依存したコミュニケーション能力が育ってしまったのだ。生の電話で他者とやり取りをした経験がないためである。このままいくと、国語の時間に「電話で話してみよう」などという生活実技型の国語学習が導入されるかもしれない。ICT依存の外来を持つ国立病院は、診察を待つ子ども・保護者であふれているという。

ICTは常に身近にある訳ではない。例えば、災害などでインフラに障害が出れば、電気もネットも使うことができなくなる。その様な中で頼りになる能力は、画面越しの間接的な対話力ではない。直接の生のアナログ対話力である。ICT時代だからこそ「Human CommunicationHC)」を意識的に充実させる必要がある。アナログな対話力、アンプラグドな対話力、ノンバッテリーの思考力・表現力を子どもに育てて行く必要がある。下記は、先日ある小学校で講演をした折に、参加した教師が記録をしてくれた「グラフィック・レコーディング」である。
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 こうした、「ノンバッテリーの能力」は紙と筆記具だけでも多様な表現を可能にする。こうしてみると「黒板の板書術」を持っているということも、教師にとっては大きな武器になる。尚、ネット越しの情報ではない、リアル読書の習慣も「深い学び」「深い思考」を得る上では極めて重要である。読書には、ネットサーフィンでは代替できない、価値と重みがある。

 

4.ヒューマン・コミュニケーションにつなぐICTの活用

 ICTの活用が個人に完結している授業では、子どもが自分の課題の完成だけに没頭する傾向が強い。人は他者よりも、自分の学習の完成を優先する傾向を持つ。増してや、子どもならなおさらのことだ。そこで、教師はICTを使った対話や協働を学習に持ち込もうとするが、なかなか思い通りに子どもが活動することは難しい。①自分の学習の完成にこだわる②自分のタブレット世界から出て行かない③一緒に考える必要性を感じていないため対話が起きない④学習のテーマとは違う別の使い方や情報に気を取られる、などなど対話が起きいくい原因は多々ある。だからこそ、ICTやタブレットを使用した学習では、「生の対話を大事にした学習文化・学習活動・指導」が重要になる。相手の表情や状況など、生の情報を処理する能力の基礎が育つ低学年では尚更のことだ。

 教師の介入がなければ、子ども同士の距離は近く見えても、学びに向かう意識はバラバラだということも多い。だからこそ、ICTの活用では、子どもの意識がどこに、何に向いているかを把握する必要性が高くなる。画面を見ていれば同じように学習をしている様に見える。しかし、「違うところに意識が向いているな」「対話している様に見えて、勝手に自分の学びを進めているな」と見取ることができる教師は、その場で適切な介入が可能だ。ICT時代だからこそ、ICT教具の活用法以前に「アナログに生の子どもの姿を見取る能力」が重要な意味を持つ。ICT時代だからこそ「授業づくりの基礎力」が逆説的に見えてきた気がする。

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