Authentic
Reflection(本格的な振り返り)のススメ
授業改善研究会の授業分析に学ぶ―自分との対話に耐えるということ―
1.子どもを読み解く「分厚い記述」
今年も「子どもらしさに学ぶ」の第30集が届いた。この研究会は静岡県東部に本拠を置き、教員から管理職、行政職、時には大学の研究者を招いて共同で授業分析を行う。この研究会の授業分析の特徴は「子ども一人に関する分厚い記述」を基本にしながら、実際の授業の逐語記録を手掛かりにして授業とその子を読み解いていくという点にある。
今時、文字記録なんぞを分析して何がわかるのか?という疑問の声も聞こえて来そうだ。しかし、この会が30年も続いているということは、こうしたアナログな授業記録の分析から得られる情報が教師にとって魅力的であるということの証だと言える。魅力や「教育的利益」を得られない会であれば、そこにお金と時間をかけて教師が集まってくる筈がない。
①一人の子どもに観察資源を集中的に投下し、その子のあらゆるエピソードや行動、発言をできる限り記録する。ヒト、モノ、コト、トキなど様々な要素と子どもの現れを関連付けて記録しておく。
②授業の逐語記録をとる。一回の授業だけではなく、継続して記録をとり、その子の変化やこだわり、気づきや人間関係を追う。それは、学級の子どもだけでなく、家族やその他の人物との関係にまで及ぶ。
③会員で授業記録を共有して、読み込み合い、その子が発達課題を克服してより自分らしく個性的に成長できるための教育的方策を探る。同時に、その子を含めたクラス全体が育つ方法も同時に探る。
④その子、その教師、その教室、その教材の可能性を、子どもの現状と実態から読み解いていく。そして、これからの授業のリデザイン(仕立て直し)の具体案と観を言語化し、明確化していく。
他にも、この会の授業分析の特徴は多々ある。しかし、一貫しているのは教師が見取った子どもの事実に基づいて、その子の未来と教師を含む学級の未来に向かう「開前策」を明らかにして行く点にある。一人の教師の実践を教師が協働的に振り返ることによって、その子とその学級のwell-beingに繋がる道を探して行く。そうした営みの集大成が「子どもらしさに学ぶ」という実践分析記録として、年に一度冊子にまとめられる(写真がそれ)。
この冊子は各教師による実践の「振り返り分析」になっている。教師や子どもの困りごとや教育的課題の改善、子どもの育ちを促す為にどの様な「見立て―仕掛け―手立て」を講じたか。その結果、子どもの顕れがどう変化したのか、その変化はどの様な要因によって生れたと考えられるのか、より望ましい変化に向けてどの様な展望を持ったか。そうした授業実践、教育実践を振り返ることによって、書き手の教師自身が実践のこれからに対する希望や意味を見出していることが「子どもらしさに学ぶ」を通して見えてくる。
昨今の教育界では「コンピテンシー・ベイス」という言葉が頻繁に聞かれる。未来に必要な能力に関する研究はOECDをはじめ様々な機関で取り組まれているが、そのほとんどに「対話や協働」に関する能力が挙げられている。対話と教育というとソクラテスやP.フレイレを想起するが、教師にとって「自己との対話に耐える能力」が極めて重要な能力なのではないだろうか。
自分との対話に耐えられない者、そこから逃避する者には得られない「気づき」を得ることができる。その「気づき」は教師を次の実践、子どもと向き合うエネルギーを与えてくれる。興味深い点は、そうしたポジティブなエネルギーは実践を振り返った本人だけでなく、振り返りを読んだ教師や、協働的に振り返る実践に参加した教師にも返ってくる。
3.「Authentic Reflection」の持つ教育的効果
「Authentic
Reflection(本格的な振り返り)」。授業改善研究会に参加したり「子どもらしさに学ぶ」を読んだりして、頭に浮かんだ言葉がこれだ。Authenticは「真正の」と訳されることが多いが、ここでは「本格的」という言葉をあてたいと思う。本格的振り返りとは
・振り返り当事者の切実性が高い
・事実や状況の記述に基づき、根拠・論拠を明らかにする意図を持つ
・当事者が自己の実践に対し意味や価値を見出そうとしている
・問題の解決や自己の技能の熟達化を目指そうとしている
・実践そのものの改善を目指す必然的な過程として振り返っている
という様な要素を持った振り返りを指す。
ちなみに「Authentic Reflection」という教育用語は無い様だ。ネットで検索しても、ごくまれに表現の一部として使われる程度だ。ちなみに指導要領解説の英語版解説では「深い学び」をAuthentic Learningと訳している。となれば、深く本格的な振り返りを「Authentic
Reflection」と表現しても問題はないだろう。
4.子どもの変容を捉え、教師も変容する「共変容」を生む実践の振り返り
「子どもらしさに学ぶ」からは、教師が自己との厳しくも充実した対話を通して「本格的に振り返ること」の重要性を感じる。専門家としての熟達のプロセスとして/自らにエネルギーを補給する行為として/仲間と視野を広げ合い深め合う情報交換・共有の場として「授業改善研究会」が機能し、「子どもらしさに学ぶ」に結晶化されている。
こうした「Authentic Reflection」によって得られるメリットは複数ある。しかし、実践者にとって最もうれしいことは「子どもの伸び、育ち、肯定的な変化」がより明確に発見できる点にある。例えば、他人の気持ちや意図をくみ取ることが苦手な「その子」が、授業の中で突破的な進歩を見せることがある。「大造じいさんとがん」を読み解く中で以下の様に発言したという。
【僕は今もう一回、心の中でじいさんの言葉を読んでみたけれどね、「、」の位置がおかしいんだよ。卑怯なやりかたではなく、堂々とした戦いなら「おれたちは、また堂々と・・・」になるんだよ。でも。「おれたちはまた、堂々と」になっている。だから、今までの戦い方は卑怯で反省してて、でも今でも戦っていたから「また」がついているだけ。大造じいさんは今度こそは堂々と戦いたかったんだよ。だから、こう言った】
という様に、他者の意図や気持ちを汲み取ることが苦手な子が、授業の中で物語-ひとを読み解いていく学びによって、他者の気持ちを解釈できる様になっていく。授業の中でこうした顕れを流してしまうことなく記録し、実践を振り返って更に次の実践へとつなげて行く。こうした営みによって、子どもと教師双方が「成長的共変容」を実現して行く。
年に一度講師としてこの会にお呼びいただいて約10年となる。この会に参加した講師も実践を通した厳しい授業検討に参加する中で、意識、知識が変容をして行く。子どもの変化を見取り、よりよい実践を構想して行く充実感、成長感は参加するものを病みつきにする魅力を持っている。AIが躍進する時代だからこそ、人が直に人を見取って価値づけ合う経験はより重要な価値を持つ様になるだろう。直の学び合いの価値を教えてくれる役割も「子どもらしさに学ぶ」は持っている。
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デューイにとって、振り返りは不可⽋です。それは、過去の経験を分析して、将来の結果、つまり学習に向けられた考えや行動を知るプロセスで構成されます。個⼈が否定的な結果ではなく、肯定的な将来の結果を望んでいることを経験から得られた事実とするならば、振り返りは、学術的またはその他のあらゆるタイプのカリキュラムの明⽰的な要素でなければなりません。
Stirling Leonard
Perry(2016),Authentic
Reflection for Experiential Learning at
İnternational Schools
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肯定的な変容を生む「Authentic Reflection」は、教師にも子どもにも前向きなるエネルギーを与えてくれるのである。