小学校-中学校の「アクティブ・ラーニング」/学びと実践の充実を目指す【振り返りの指導】と【授業実践】

小中学校で校内研修講師をしている梶浦真です。日々の授業研究から感じたことを綴ります。

主に公立の小中学校で校内研修講師 https://researchmap.jp/read0141080/ として、先生方と勉強をさせていただいています。アクティブ・ラーニングのブログは2014年4月より開始。日々授業や教室で起きている様々な課題、喜びや成果を共有しつつ、教師と子ども双方にとって充実感ある授業づくりを目指します。昨今は【振り返り指導】の在り方を中心に授業のリデザインを研究。先生方の問題意識と、子どもの姿に学ぶ毎日です。先生と子どもの双方が元気になる授業、響室づくりを考えます。

子どもの主体的探究心を刺激し、探究欲を育てる理科授業の提案
「吉金 佳能 著【小学校理科 探究的な学びの造り方 子ども一人一人に力をつける授業デザイン】 明治図書刊」


 理科の教科は、おおよそ全称命題的(universal proposition)な知識を扱う傾向が強い教科です。誰が実験しても、9.8メートル毎秒で質量を持った物質は落下し、塩を1リットルの水に溶かしたら昨日は300g溶けたが、今日は調子が良くて400gも溶けた、などということは基本的に起きません。
 更には、過去に明らかになっている知識を受験の為に覚えるという受け身で、静的な学びにつながりやすい側面を持った教科でもあります。あまりにも完成度が高い実験を教師が動画で記録し、「でんぷんだったら調べる方法があったはずだよね?」「二酸化炭素だったらさ、なんか調べる方法があったよね?」という、プロンプト・クエスチョン(用意された正解に導く問い)で子どもの考えを引き出して行く。
 安定性は教師にとって比類ない教え方だが、全くもって流動性はありません。子どもの豊かな試行錯誤を保証し、問いの広がりと深まりを経ながら、理科的な知識やものの考え方を身につける理科の授業はどう作って行ったらいいのか。
 この問いに応える方法の一つが「探究的な学びの充実」を実現し、深まりある授業のデザインを実践化することだと言えるでしょう。では、どの様な具体例や、授業づくりの留意点があるのでしょうか。
「吉金 佳能 著【小学校理科 探究的な学びの造り方 子ども一人一人に力をつける授業デザイン】 明治図書刊」はその問いに具体的に応えてくれる一冊です。
 著者は「習得・活用」から「探究」がより重視される時代に入っていると指摘した上で、探究的な学びのプロセスとは?課題の設定方法とは?中心となる問いの作り方は?ICTの活用の仕方は?授業の具体例は?振り返り指導はどうするか?などなど、実践的な疑問について視点を明確にしつつ、詳しく解説しています。自分の手持ちの理科授業と比較しつつ、「探究型の理科授業へシフトしていく」上でいろいろな気付きを生んでくることでしょう。
 
 筆者も吉金先生の授業を何回か拝見したことがありますが、
①こだわりを持った実験ポリシーを持つ
②天体や気象の変化など、今ここで教材化できる情報はリアルタイムで活用
③同じ授業の繰り返しではなく、ICT×実験×活動の組み合わせを試行錯誤し、年を重ねるほどに指導の引き出しの中身が充実している
④自己課題を持って、授業づくりに臨んでいる
という印象を持っています。
更に、子どもと共に問いの深まりに拘る授業スタイルも印象に残ります。
「何でそう思うのか?」
「どんな理由でそう思うのか?」
「その理由は根拠として信頼できるか?」
「その根拠を実証できる方法はあるか?」
「その方法は更に改善できるか、別の方法や組み合わせはあるか?」
「えーっ、そんな方法で上手く行く?、ちょっとどんな方法かもう少し具体的に教えて!」
と子どもと一緒に問いを深めていく。
 正に、授業スタイル、コミュニケーションスタンスが対話的であり、探究的なディスコースを生み出しているとも言えそうです。この「対話的、探究的かつデジアナ・ブレンディングが効いた授業づくり」を言語化したのがこの本だと感じます。
探究的な学びのデザインにシフトしたい教師にとっては、一読の価値があるでしょう。
                      (楽学)
※拙著の「振り返り本」も引用、価値づけて下さり恐縮です。

新刊読後漫筆

【『社会科「個別最適な学び」授業デザイン』宗實直樹 著 明治図書 刊】

 

1.教育界における長年の夢「学習の個別化

学習における「個別最適化」は教育が長い間夢見てきた理想のうちの一つです。

この他にも「完全習得」や「客観的な評価」など、教育界には伝統的な理想があります。その中でも、一人一人に応じる「個別最適化」は長年教育界が追究して来たテーマです。それは日本に限ったことではありません。クロンバックが提唱した適性処遇交互作用(ATIAptitude Treatment Interaction)スノー等の研究では「個人個人の特徴や適性にあった学びがある」という視点に注目が集まりました。

しかし、無限に指導法を用意することは不可能ですし、適性を一人一人診断するということも困難です。学校という集団を通した教育の中で、個に応じた学習を進めるために、習熟度別学習や少人数指導などにも取り組んできましたが、その効果は限定的であり期待された成果は得られなかったというのが本当のところでしょう。

 そして、平成21年の中教審答申で再び「個別最適化した学び」の重要性が指摘され、現在に至っています。しかし、掲げるは易し、実現するは難し、というのが、個別最適化した学びの現実なのではないでしょうか。

 

2.「個別最適化」を具体化する視点

「あなたの社会科授業は、どの程度個別最適化できていますか」「どの様な工夫を行いましたか」「協働的な学びとのブレンディングはどの様な視点から工夫していますか」、と問われたときどう答えるでしょうか。「これまで行ってきた実践の延長で、グループ学習と個別指導の時間を意図して組み合わせてみた」「一人一人の子どもに目標を意識させる指導を入れた」「ICTを活用して、個の意見を表現させる機会を増やし、協働的な学びに繋いだ」などいう工夫をされた先生方も多いことと思います。

もう少し、具体的な指導の方法や単元設計や学習の組み立て事例などはないだろうか。そもそも、どんな目的で個別最適な学習が求められているのか。テスト学力を上げるためなのか。「個別最適化」という言葉は言語明瞭でありながら、具体化が難しい概念なのかもしれません。家本芳郎氏は「指導力とは具体化する力である」と喝破しています。しかし、「個別最適化の授業デザイン」を実現するためには、具体的な事例と理論を関係づけた情報が必要になるでしょう。ネットで拾える情報よりも、より抽象度と具体性が結びついた情報の登場が期待されるところです。

 

3.「理論」と「実践」をつなぐ「子どもの学び」という視点

そして、その期待に応える書籍がついに出版されました。【『社会科「個別最適な学び」授業デザイン』宗實直樹 著 明治図書 刊】がその本です。しかも、「理論編」「実践編」の二刊体制での刊行となり、双方を結び付けることによって「リアルな授業デザインのイメージ」を描くことができるでしょう。

 そもそもなぜ「個」という視点を持つことが重要なのか。授業の中で「自律的に考える子ども」とはどの様な子どもの姿の表れを意味するのか、そうした子どもの姿を引き出すための「子ども観・授業観・学び観」とはどの様なものか。そのバックボーンにある学術的根拠や先行研究の事例は?、という問いに全て答えてくれそうな内容にまとまっています。

 なんといっても、「子どものふり返り」の具体事例や子どもの姿で授業を表現、分析しているところが読み手の納得感を生み出すことに繋がっていると感じます。

 

4.子ども中心から、子ども本位の学びに向かう橋渡し

 医療の世界では「プレシジョン」という視点が重視される様になっています。「プレシジョン」とは一人一人の遺伝子やゲノム解析によって、個人に最適な治療を提供して行こうとする考え方です。工業的な発想で、画一した大量生産を目指すのではなく、真に一人ひとりを大切にした医療を実現していく。

 教育も、ある側面では「プレシジョン化」が始まっていると言えます。しかし、学習環境のICT化、一人一台端末という物理的環境の充実だけでは、学びのプレシジョン化は難しいでしょう。それらのツールを子どもが活用しながら、自らの能力や子どもの個性を伸ばして行くための環境デザインが必要になります。この学習をデザインすることが教師の重要な役割になっています。

 今回発行された二冊の書籍は、これからの「個別最適な学び」を実現する授業デザインを構想する上で、参考となり刺激を与えてくれることになるでしょう。

 

(楽学)

 

 

1.直接体験が帰って来た学校

 今年も一年が終わろうとしている。夏休み以降はコロナの波も一旦収まり、学校にはいろいろな行事が返ってきた。子どもの側はコロナ以前よりも強い期待感を持って様々な行事に参加した様子が校内の掲示物から感じられる。教師の側もオンラインでのリモート研修だけでなく、実際の授業を拝見しての研修会が急に戻って来ている。やはり、教室の空気が持つ情報量は、オンラインに比べて圧倒的に多い。デジタルとアナログの両刀使いで研修を進めた方が、臨機応変かつ深いインパクトの強い学びになる。

 子どもの学習の場合はオンライン脳など、デジタル機器の過剰使用による発達への影響が指摘されている。しかし、社会の状況を考慮すると直接体験を十分に体験させた上で、子どものどの様な資質・能力を育てるかを意識したICTの活用が求められていくであろう。既に脳の発達が十分なレベルに達している大人と、発達途中にある子どもの脳では学習環境のデジタル化による影響は自ずと異なる。人の脳は発生学的に考えれば、リアル体験が学びのデフォルトになる。直接体験をつなげ合い、豊かな学びを生み出すツールとしてICTが使われることを期待したい。ICTを使うことによって、子どものどの様な資質・能力を伸ばすのかという視点は、子どもの育ちを考える上で重要である。

 

2.学びの多様化・情報化による小刻み型授業

 コロナ禍の影響によって、これまでも多忙だった学校が更に多忙化している。教師の対応事項の幅が広がり、教育に関する情報の変化も速度が上がっている。MEXCBTやe-ポータルなどの導入も過渡期であり、こうした変化への対応も課題の一つであろう。

 また、ICTが授業に持ち込まれたことによって、子どもが多様な情報にアクセスしやすくなった。考えるために活用するICTではなく、情報の検索ツールになっているケースも見る。検索して出てきた情報をそのまま、「これも、あれも」と発表して行く。それに応える様に、教師が発問を畳み掛けて行く。いろいろな情報(ネット以外の仲間の意見も)にアクセスして、「○○だと思います」と子どもが答える。すぐに教師が反応して「それは、別の言い方をすると」「似たようなやりかたがありましたね。どういうやり方でしたか」という様に、子どもとの「合いの手型」の授業が進む。

 

3.多問多答授業が持つ危険性

 「合いの手型授業」は筆者の造語である。邦楽で歌と楽器が順番に交代して演奏をする様子を示した言葉だ。教室の対話は、教師の「開始(Initiation)」-生徒の「応答(Reply)」-教師の「評価(Evaluation)」という連鎖によって進むとメーハンは指摘したが、正にその様な流れの授業だ。教師の問いかけによって授業が始まり、子どもが問いに応え、教師が評価し、次の問い出しに繋いでいく。

 「こういうテンポのいい授業はいいですね。ちゃんと子供たちが反応しているし、授業も進んでいきますね」とは、教育実習生が「合いの手型授業」を見てつぶやいていた感想である。こうした授業では、教師は問う役割、子どもは答える役割に固定されがちになる。子どもはタブレットを見て意見を次々出すので、表面的には活発で活気ある授業に見える。

 だが、こうした授業で「振り返り」を書かせると、「いろんな意見が沢山出てよかった」「たくさんのことがわかって面白かったです」という、浅い振り返りが生まれることが多い。「たくさん」という量は生まれても、じっくり考えるという思考の「質」が生まれていないのではないか。

 

.僅問深考型授業のススメ

 「僅問深考型授業」も筆者の造語である。少ない問いについて深く考えるという意味だ。かつて、一つの授業で「問いかけは三つまで」というルールを授業者に課していたという。教師が一つ発問をするたびに、一つ指を折って数えて行くのだそうだ。そして、三つ目の問いが発せられた時、「三つ目の問いが出ましたよ」というサインを授業者に送って来る。おそらく、「子どもにとって考え甲斐のある問い」「簡単には答えが出ずに、子どもが考え合わないと答えが出せない問い」「正解に縛られるだけでなく、子ども達らしい考え方が現れる問い」を求めているのであろう。

 「合いの手型の授業」が必要な場合もあるだろう。しかし、深い学びを生み出そうとするならば、少ない問いについて深く考える授業が必要になる。教材や問いが子どもたちの間で「横展開」されて広がっていく部分と、子ども達が「縦展開」して深堀していく部分を繋いで行く学びの双方をつなげて行く授業観を持ちたいと思う。

 かの実習生の授業観がより深い方向に向かって行くことを期待したい。

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