March 2014

蠡湿綫澤彁務所の村上一信会長・来訪

2014.03.03  千客万来/蠡湿綫澤廖β湿絨貎会長

 本日、事務所からの帰宅の折り、諸般のコミニュケーションを取るために来訪されました。
彼は、我々と同年代の御仁であり、何時も業界の会合では話等が弾みます。会長になって
初めての来訪かな?。今日は3階の社長室でのミートなりました。それにしても若いですネ。
何時も背広姿で、襟を正して、言葉を選んでは丁寧にお話をされます、我々の「鏡」ですネ。
私も会社の42期目の終了後には、社長交代を考慮しており、良い話を聞く事が出来ました。
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  何時も若々しい蠡湿綫澤廚梁湿絨貎会長




 我々は、昭和40年代〜平成20年代ころ迄の間の、いわゆる、手法設計からPC初期段階
の建築設計業務を渡り歩いた者同士で、かつ建設業者(大工+工務店+地方ゼネノン棟)
からの依頼設計業務等を主に育てられた、「街医者的存在の建築設計事務所」である。
つまり、料金支払(時には)は盆と正月、大工さんが描いた図通りの作図作成等であったネ。
それをもとに確認申請を提出し、完成届を出し、完了となる。そんな設計監理業務だったネ。

 最近は、IT(インフォーメイションテクノロジー)から、PCの存在が欠かせな時代に移行して、
我々の建築設計業界の設計手法は、PCにソフト(CAD等)を載せ映像を眺めマウスを右手
にキーボードを従えて建築の作図をするというこの手法に変化(進化か?)してしまった。
 今は過去の手法の設計の道具(定定規+三角定規+鉛筆+三角スケール+ドラクタ-等)
・昔の設計手法の道具は、「設計の遺物」になってしまった。然し、未だ未練があるのか?、
それらの設計道具等は、ちゃんと奥に整理して何時でも出せるようにしまってあるのである。
「捨てよう」と思うが、何時か又「出番」が来る様な気がして待ってる。否早、困った話だネ。
 多分、忘れなれない設計道具の一つなのであろうか?。苦しかった、楽しかった頃の時代
を懐かしみ出番を考えてるのか?捨てるに捨てられない事情となっているのも事実である。
今日は彼とー「一杯のコヒー」ーでそんな昔の苦労話に花が咲きました。

2014.03.04  蟠ξ設計 総括 幕田 勇





二本松市の原瀬上原遺跡探訪

2014.02.27 二本松市の 原瀬遺跡

 安達太良の山懐のこの地に大昔の「農耕民族のこんな遺跡」がありましたとは、驚きました。
現在二本松市の工事監理してる現場の検査の終了後、近くの「原瀬上原遺跡」を探索しました。
冬場でしたので詳しくは見れませんでしたが、縄文時代の集落の跡地とのこと、びっくりしました。
立札には、「福島県の重要文化財・史跡」のようです。...........   ..後日詳しく探索の予定で〜す。

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 安達太良山麓の南東の丘陵地帯は、緩やかな丘陵になっており、アサヒが拝め、日当たりも良く
この地の先祖なのか?、原瀬縄文人の生活の場であることは確かである。「複式炉文化」を担った
人々である。複式炉を持つ住居が17棟、全国にはない3本柱住居跡である。当時の建屋を復元し
今は、二本松市の原瀬地区の地元の住民により、保存会を立ち上げ保護されているようです。


2014.03.03  蟠ξ設計  幕田 勇






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