どうしようもない作家

主人公「潮田 志乃(うしおだ しの)」が、いい歳にもなってフリーターという傍ら、未だ漫画家を目指す物語。漫画の持ち込みに行った編集者に辛辣な駄目出しを受けて悲観に暮れる志乃に、親友でありバリバリのキャリアウーマンとなった「来海 綾(きたるみ りょう)」からの連絡が入り、会う約束を約束をする。

四章:非日常に描く日常 第4話

「なに、気にすることはないさ」


 ――え?


「少し、俗世間様から離れればいいのさ。世間様と呼ばれる社会の縮図ってのは、人間が赤の他人に対する恐怖が権化した、質の悪い思い込みの産物さ。
 あたしも、その世間様には大変お世話になったけど、今ではもう足を洗っている。それが出来たのも、一度その世間様から離れる切っ掛けがあったからだ。志乃もそんなくだらない呪縛から一度自分を解き放ってみるといいぜ」


 そっか、そういうものなのかなぁ。でも確かに、私には一度自分を見直す必要があるのかもしれない。今の私を冷静に見られているのは、綾ちゃんだけだもの。


 綾ちゃんに私をしっかりと理解してもらえてるのは本当に嬉しい事だけど、綾ちゃんとの約束――私にとっての夢――を果たすには、私が私をしっかりと理解してあげなければならないよね。そうしなきゃ、綾ちゃんに申し訳も立たない。


 でもやっぱり、綾ちゃんって、

「……ふふふ」


「な、なんだよ、何笑ってるんだよ……」


「いや、とっても良い言葉だし、私も本当に勇気づけられたよ。本当にありがとう」


「ど、どうしたんだよ。て、照れるぜ」


「でも、やっぱり綾ちゃんは、クサい言葉が上手いね」


「……はぁっ!?」


 綾ちゃん、頬が赤くなってる。こういうところは昔とおんなじ。……かわいい。


「わ、悪いかよ……」


「ううん、本当に嬉しいの。私、自分を見失ってたから。だから、綾ちゃんが私をしっかり見てくれて、本当に嬉しい。私が綾ちゃんを悪く言っても、綾ちゃんはこうやって私を熱心に導いてくれた。ありがとう、本当に……」


 また一粒、涙が零れた。


 ……私、今日は泣いてばかりだな。


「泣くなよ、志乃。あたしは、志乃に泣いて欲してくて言ってるんじゃないんだぜ。あたしは、志乃なら出来るって信じてるんだ。厚かましく言うなら、作家っていう夢を……託してるんだ」


 そうだ……。私、綾ちゃんの分まで頑張るって決めたんだ。

 綾ちゃんの為にも、怯んでなんていられない。


「私、もうちょっと頑張ってみるね。ほんの片手間でいいから、見守っててね、綾ちゃん」


「馬鹿言ってんじゃねえよ。最初の読者はあたしだって、言っただろ?」


「……! 綾ちゃん、憶えててくれたんだ、あの約束」


「当たり前だろ、志乃との約束は全部憶えてるよ」


「……ありがとうね、綾ちゃん」


「気にすんなって。……と、あらら、残念。パスタ、冷めちまってるなぁ」


「あらぁ……。じゃあこれ食べたら、別の美味しいお店行こうよ」


「お、マジか。そいつは楽しみだな」



ご拝読頂き、ありがとうございます!<(_ _)> 

四章:非日常に描く日常 第3話

「志乃は、感受性豊かなんだよ。それは、日常の物事に限った話じゃない。現状を言い表すなら……志乃は、俗っぽさに染められてしまったんだよ」


「俗っぽさに……」


 それは……自覚している。


 元々、私は普通の女子っていう枠に馴染むのが下手だった。……絶望的に。

 だから、ずっと友だちと呼べる人もできなかった。むしろ私から遠ざけていったことすらあった。


 でも、それでも私には苦じゃなかった。女子という仮面を被って虚言に徹するより、その素顔を包み隠さずに現してくれる、街の姿があったから。


 素直だったんだ、この街は。人間の心を見透かす程に。

 そして私も、見透かされていた。自分の本心を。
 

 だから素直に表現したんだ。漫画という表現に乗せて。


「私も、思い出した……」


 ――そうだ。


 私は、この街が好きだった。

 橋の下から見る川のせせらぎを。

 建物を夕焼け色に染める夕陽を。

 夜の闇に煌めく月光を。

 歳を重ねるごとに変化していく、街の景観を。

 そして、街の景観の隙間から覗かせる、人々の素直な表情を。


「私は、素直な日常を描いていたんだった。大好きな、日常を」


「志乃は、何をするわけでもなく、街を散策して回るのが好きだったな。日課と言っても差し支えないほどに」


「うん。九十九沢の住宅街でも、神籬の繁華街でも、あの頃は歩いて回るだけで、凄く楽しかったなぁ。ただ見て回るだけで、街が日々見せる表情を楽しんでた。特別何かがあるわけじゃないけど、毎日少しずつ、何かが変化していった」


「……やっぱり、志乃は凄いよ」


「えっ……?」


「あたしには、そういう些細な変化や、そんな変化を楽しむことはなんて出来ない。でもさ、あの時読んだ志乃の漫画は、本当に面白かったんだ。
 現実では気が付かないくらい些細な事で、あたしだったら気にも留めないし面白いとも思わないことが描かれているのに、志乃の漫画を通してみると、感動したんだ」


「ありがとう……。でも、今の私には、そんな些細な日常を楽しむ心の余裕が、失くなっちゃったんだと思う……」


 そう、綾ちゃんの言うとおり、私は俗っぽさに当てられてしまったんだと思う。

 社会という、否が応でも連帯を求められる現実に、ありのままの私は耐えられなかった。仮面という自分を偽る業を被ってしまった。


 だから、あの時の無垢だった私は、自分自身で忘れ去ってしまっていたほどに、行方知らずなのだ。



ご拝読頂き、ありがとうございます!<(_ _)> 

四章:非日常に描く日常 第2話

 私が黙って考え込んでいると、綾ちゃんも同様に腕を組みながら何かを考えているようだった。


 すると、綾ちゃんが何かを思い出したかのように、下がっていた頭を起こして口を開いた。


「……思い出したよ。あたしが志乃の作品を好きになった理由が」


「え、本当……?」


「うん、そうだった。何で忘れてたんだろう、あのことを」


 綾ちゃんはまた私の原稿を開きながら、続けた。


「志乃の漫画を初めて見た時、一つ一つの描写が、凄く心の琴線に触れてきたんだ。それは特別なことが描いてあったわけじゃなくって……ごく普通の、当たり前の事ばかりが描かれてあったんだ。
 四方を囲む田園風景、舗装されてない砂利道、無邪気に遊ぶ子供たち、学生が登下校する様子、外壁に座って眠る猫、汗水垂らす工場のおっちゃん、健気に咲く街路樹。
 あたしが幼少の頃に見飽きるほど見てきた世界が、ありのままに描かれてたんだ。それって現実なら当たり前の事だけど、改めて漫画っていう媒体を通してみると、凄く新鮮なのに趣深かったんだ。
 懐かしいっていう感覚もあるけど、それ以上に……心落ち着くんだよ。読んでて安心するんだ。ハラハラドキドキっていう感覚は決して無いんだけど、そういう見知った描写が丁寧で繊細だったんだ。
 ほら、憶えてるか? 親御さんたちに好評だったこと」


「うん……憶えてる」


「親御さんのような妙齢の人たちに好評だったのは、そこなんだと思うんだ。穏やかで、繊細に描かれた志乃の漫画には、年齢とともに気持ちが落ち着いてくる親御さんたちのような人にこそ、実感できる日常があったんだよ」


「そう、だったのかな……」


 今の私には、もう思い出せない。あの頃にどんな気持ちを込めて漫画を描いていたのか。漫画で何を表現したかったのか。

 でも、漫画を描いているだけで、あの頃は楽しかった。無我夢中でペンを握っていた。


 それだけは――憶えている。

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