2020年10月10日

結局、何一つ、進化することがないまま、存在に感謝することもできず、生きとして生きる生きものの中で最低の生命体に思えてしまう日々を過ごしていた。権力や金銭的な勝利より、食物連鎖の中で共生してと考えると、子孫を残せない俺は、生きる意味のない自然破壊者なのかもしれないと思う。例えば、水稲という生命体が思考回路を持つとして、稲作の異世界を擬人化したならば、農民を利用しているのは水稲の方だと考えることもできる。次世代を残しつつ、共生する意味を、俺は忘れていた気がする。
狩猟的な収穫から、栽培という農耕が始まった頃、どんなルールが存在しのだろうか?もしも、共生という考え方が存在していなかったら、人間が水稲の祖先を絶滅させていた可能性もあると思った。米はどのように進化して来たのか、そして、米農家はどのような進化をして来たのか?偏った狩猟や収穫、進化に伴う病害虫駆除によって、絶滅した生物もあると思う。敵対する相手と戦うことが、本当に正しかったのだろうか?
勝ち負けで評価されるのは当たり前だと言われそうだけど、引き分けたら良い場合もあると思う。当たり前だと考えることが、本当に最善策とは限らないと思う。

kyoyou at 03:40コメント(0) 

2020年09月10日

水耕栽培や野菜工場を考えたら、農地に自家用の野菜を栽培する意味が無くなるように思えて、趣味の農業と営農の区別が出来ないとしたら、農地を守る意味が無くなってしまいそうだ。農地が無くても農業は出来るけれど、農地があるから農業が出来ないということを理解してもらえないと思う。趣味の域から農業に進出したい人に、我が家の後継者になって欲しいと、農地不要と考えてしまう。
後継者のための法人を作りたいと言ったら、俺は誤解されると思う。農地が資産だと考えたら、法人化するために、負債を作らなければ、バランスシートが成り立たない。最初から赤字経営の法人を、後継者のためと考えるのは難しい。貸借対照表を考えたら、我が家の農業は我が家の財産によって赤字経営になってしまう。
営農計画を考えて、農地の活用によって、採算を作り、後継者のための法人化を考えてみたけれど、農地が邪魔になってしまう。人生の終活として、綺麗に終える営農計画などと考えても、農地と母が邪魔になってしまう。母なる大地の活用は、農業では出来ないということなのか?

kyoyou at 23:31コメント(0) 

2020年09月09日

知的財産は、特許のように早い者勝ちなのだろうか?既得権が存在しているような考え方で、様々な権利を主張したら、知的所有権を活かすことは難しいと思う。知識を維持することは、簡単ではないと考えると、知識を伝えることによって、知識を増やすことだと思う。
山林も、農地も、所有権を主張しても、直接収入にはならない。財産が活かされない毎日を、財産を守るために生かされているように思えてならない。固定資産が目減りして流動資産とのバランスが逆転して、財産の所有権を主張することが愚かに思えてしまう。
財産に固執することは、愚かなのかもしれない。

kyoyou at 23:59コメント(0) 

2020年09月08日

母が、我が家の祖母から中学校の教師を辞めるように言われた時、母方の祖母や母の姉妹の誤解が始まったように思えてしまう。そして、母自身も誤解しているように思えてならない。もしも、母が中学校の教師を続けていたとして、俺と2人の姉と妹、4人の子供を育てることも出来たとして、亡き父も公務員をしていたら、我が家の農業はなかったかもしれない。
まるで悲劇のヒロインのような選択を、誤解と呼ぶとして、正当化してしまったことに問題があると思う。母は中学校の教師を辞めて、農家の嫁となったわけだが、仕事としての農業を理解して受け入れたとは思えない。矛盾する社会が始まったと考えることも出来るけれど、母は気付かないのか、気付かないふりをして来たのか、誤解を修正しようとしない。
誤解だと解釈したら、俺と考え方が違って当然だと思う。誤解しているのは、母だけでないはず。そして、誤解を修正しようとしない人が多いようにさえ思う。

kyoyou at 23:57コメント(0) 

2020年09月07日

我が家の農業は、成り立っていなかったと、考えるしかないと思った。我が家の祖母は、それなりに農業をして来たのだろうか?我が家の祖父の仕事が、養蚕の技師だったそうだけれど、晩年は目の病で仕事が出来なかったようだ。祖母が1人で農業をして来たのではなく、小作人や雇い人に支えられていたようだ。
父方の祖父は、我が家の祖父の弟で、5男3女の子供があったけれど、我が家の祖父には子供が居なかった。亡き父は、4男で、兄2人を戦争で亡くしている。戦争がなかったら、俺の存在は、違っていたと思う。両養子として、この家に入ったことによって、俺はこの家に存在している。
母は、高校の美術教師の祖父と、助産婦の祖母の間に生まれた、3姉妹の真ん中で、県内のいろいろなところに住んだ経験があるらしい。
我が家が、傾いていたかどうか、俺は知らない。
俺が知らない真実が、存在していると思うようになって、俺の罪悪感が俺の中に存在するようになった。

また、書くとする。

kyoyou at 23:58コメント(0) 

2020年09月06日

母が、この家に嫁いだことを騙されたと考えているのなら、俺も騙され続けて来たことになると考えて、俺は俺自身を母を介して、騙して来たのかもしれない。中学校の教師だった母が、公務員の父と、両養子として、この家に嫁いだ時、この家には祖母が1人で後継者はいなかった。俺には、祖母が3人いることになるのだが、父方の祖母に可愛がられた覚えが薄く、この家の祖母に可愛がられたことが、騙し相いの始まりに思えてしまう。母方の祖母とこの家の祖母の考え方の違いを、母の解釈で正当化しようとしたら、俺の考え方は母親の存在によって否定されて当然だと思う。
全てを偶然に考えたら、別な選択肢があったはずなのに、必然的に流されて来た俺が悪いと割り切って、農業を辞めることが、最善策のように思えてしまう。偶然にも、騙された俺が悪いのだから、配偶者も後継者も居ない俺が、孤独に耐えて来ただけで、呪われても仕方ないと思う。

kyoyou at 23:57コメント(0) 

2020年09月05日

俺としては、「人生はゲーム」的な終わり方は望まない。無意識のうちに、ゲームに使用されているとしたら、そんな人生は最初から欲しくなかった。目の前の問題だけクリアすれば、それで良いのだろうか?



kyoyou at 23:58コメント(0) 

2020年09月04日

3ちゃん農業で、高齢化して、年金と蓄えを使い果たして、後継者も居ないから、農業は自給自足程度で、いつの間にか放置して、ゼロちゃん農業になってしまう。荒廃するのは、農地だけでないと考えてしまう。
3channel農業と考えたら、スポンサーと、ディレクターと、スタッフと、1人の高齢者が全てをこなすのは無理がある。何のための農業なのか、わからないまま。草刈をして、耕起して、種も蒔けない、苗も植えない、環境的に問題がなければ良いのだろうか?
種や苗を買って、肥料や農薬を買って、経費を費やして、自給自足程度だとしたら、経済効果に貢献していると言えるのだろうか?環境的な効果が、全く仕事としては、収入にならないと考えたら、スポンサーがなければ、農業は遊びと同じように思えてしまう。
今後の俺は、「農業は遊びじやない」と言えない。「農業は遊び」と割り切って、割り切れない矛盾を無視するしかないのだろうか?

kyoyou at 23:41コメント(0) 

2020年09月03日

農水省の農政を信じて来たけど、様々な問題を解決することは、過去の過ちを認識して、再構築しない限り、現実には不可能だと思う。
荒廃化、高齢化、後継者難、高度技術、効率化、
環境庁、消費者庁、経済企画省などが、過去の農政と異なることを言っているように思えてならない。農水省の存在する意味が、次世代の農政には、無意味に思えてならない。熱中症予防などを考えたら、無意味な農業をしているように思えてならない。
次世代は、闇の中だと。

kyoyou at 23:48コメント(0) 

2020年09月02日

全く農業と言えない農業と、全く生活とは言えない生活、全く仕事とは言えない仕事と、全く夢とは言えない夢と、異世界のような現実の中で、生きていることが贅沢に思えてしまう哀しい現実。生き地獄が、六道輪廻の地獄道の一部だとしたら、輪廻転生の歪みに騙されて、まるでゲームのキャラクターのような、本当は存在しない現実が、想定外に現実となって、逆に幸せに思えてしまう。
領土があるのに領民の居ない領主が、物語の主人公になっても、ストーリーは生まれない。農地があるのに種さえ蒔けない農民は、合戦に巻き込まれることがないまま、農地を奪われてしまう。奪われた農地は、原野になろうが、宅地になろうが、荒廃しようが、関係ないとしたら、ストーリーは終わってしまう。何に奪われてしまうのか、誰に奪われてしまうのか、根底は「種の蒔けない」理由にあると考えたら、終わらない物語を故意に終わらせようとする何者かが、邪魔しているように思えてしまう。
先祖代々の田畑には、終わらない物語があったと思う。時代を背景にした何者かが、種を蒔けない原因を作り、農民はそれと戦って来たと思う。狩猟民族の襲来とか、野獣の襲来とか、戦うことも、共生することもあったと思う。経済的な理由から、一揆もあったと思う。1人で戦って来たとは思えない。
将来的に、様々な敵が現れても、戦うことがあるのだろうか?最強の農業システムは、戦うことなくして、次世代に繋がることができると思う。現実は矛盾と無理の連続だとしても、最強の夢を終わらせることが現実ではないと考えたら、矛盾と無理の連続が敵なのかもしれない。

kyoyou at 00:24コメント(0) 
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