引き続き、医療事故調査制度について。

 厚労省のHPに、「医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なありかた」についての確定版がアップされています。
 修正された部分は、正確には以下のとおりです。

 診療行為に関連した死亡事例(行った医療又は管理に起因して患者が死亡した事例であり、行った医療又は管理に起因すると疑われるものを含み、当該事案の発生を予期しなかったものに限る。)が発生した場合、医療機関は院内に事故調査委員会を設置するものとする。その際、中立性・透明性・公正性・専門性の観点から、原則として外部の医療の専門家の支援を受けることとし、必要に応じてその他の分野についても外部の支援を求めることとする。

 この議論を傍聴していた木下正一郎弁護士(患者の権利法をつくる会世話人)の話では、「原則として外部の医療の専門家の支援を受けることとし」の部分は、医療関係者委員にも賛同が多く、比較的すんなり修正が決まったようです。難しかったのは、むしろ「必要に応じてその他の分野についても外部の支援を求めることとする」の部分であり、ここが加藤良夫弁護士の頑張りで残ったところなのだそうです。なるほど、医療関係者のこだわりは、院内だけかどうか、というところよりも、医療関係者だけかどうか、というところの方が強いのですね。

 ところで、この医療事故調査制度の議論について、一般の医師たちはどのように反応しているでしょうか。
 代表的な反応とは言えないかもしれませんが、2013年4月20日付で、全国医師連盟が医療事故関連の医療法改正案への緊急声明というものを発表しています。4月18日に開催された第12回検討部会の報道を受けての声明です。とても興味深い内容なので、ここで紹介したいと思います。
 現行検討されている医療事故調査組織は、日本の刑法の制約もありWHOガイドラインの掲げる真相究明、再発防止のための事故調査とは程遠い。真相究明と再発防止を目的とするのであれば、今回の事故調査法案には看過できない問題があると考え緊急声明を発表する。

 声明は3項目からなっています。

1.院内調査を中心とする制度では、医療機関内部において利害対立が生じた場合に公正な調査が行われる保障がなく、病院管理者側が特定の医療従事者個人をスケープゴートに仕立てて責任を押しつける危険がある。(東京女子医大事件の反省)
 医療従事者個人が、院内調査の結論について不服がある場合に、第三者機関に対して事故調査を依頼する道筋を設けるべきである。


 これは医療関係者以外はなかなか気がつかない視点です。
 おそらく検討部会に参加している医療関係者委員は、このような懸念に対し、院内事故調は原因究明と再発防止を目的とするものであって、責任追及は行わないのだから、誰かをスケープゴートに仕立てて責任を押しつけることなどあり得ない、と反論するはずです。建前はそのとおりです。
 しかし、前にも書いたことですが、原因究明、再発防止を目的に事故調査を行った結果、責任問題が浮上することは当然考えられます。それは医療事故が刑法上の業務上過失致死に該当しうること、民法上の不法行為あるいは債務不履行に該当する可能性がある以上、どうしても避けられないことです。もちろん、こういった法的責任だけではなく、医療機関内部の組織的な責任論もあり得ます。医療機関内部での利害対立ということを考えると、むしろ、この組織的な責任論の問題が大きいかもしれません。
 そういった面から考えても、やはり院内事故調中心の制度でいいのか、もっと第三者機関のウエイトを大きくすべきではないのか、という議論がありそうです。

2.刑事捜査や刑事訴追の抑制に関し、法的な規制がなされておらず、法務省・検察庁・警察庁等の関係機関との間で、公式な取り決めすら無い。警察、検察が自主的に捜査や訴追を手控えることを期待するのみに留まっている。
 刑事手続面では、刑事訴訟法を改正し、事故調査が刑事捜査に優先することを明記すべきである。将来的には刑法の業務上過失致死罪規定の廃止や親告罪化等の改正を行うべきである。


 医療関係者からよく聞かされる意見です。5月29日付毎日新聞には、済生会栗橋病院の本田宏医師の同趣旨のコメントが「個人責任追及で崩壊加速」との見出しで掲載されています。「世界では航空機事故と同様に、医療事故も事故原因の究明と再発防止を主眼として、関係者個人の責任を問わないことが常識となっている」と本田さんは述べます。
 しかし、わたしの知る限り、医療事故の刑事訴追を法的に規制している国はありません。「関係者個人の責任を問わないことが常識」なのかもしれませんが、それはまさに、制度ではなく常識による解決が期待されるべきところとも言えます。
 この点、第三次試案においては、第三者機関への届出によって医師法21条の異状死届出義務が免除されることになっていました。第三者機関は、調査の結果、一定の要件を充たす悪質性の高いもののみを警察に連絡し、それ以外の事案については、警察は第三者機関の判断を尊重して捜査の対象としないという構想でした。いってみれば専門家によるスクリーニングを経ることによって、「どうしてこれが刑事事件に!」という非常識な状況を避けようというアイデアです。しかし、これを第三者機関と捜査機関との連動だとして批判する医療関係者が多く、その結果、今回の医療事故調査制度では、医師法21条には手をつけないことになってしまったわけです。
 刑法の業務上過失致死罪を廃止しても、親告罪にしても、処罰される危険が解消されるわけではありません。医療の名の許であれば、どんなひどいミスでも免責されるという制度に国民の共感が得られるでしょうか。そういった仕組みにならない限り医療事故調査を制度化すべきではないというのでしょうか。わたしは、こういった意見を述べる医療関係者が、医療事故調査のあるべき姿としていかなるものを想定しているのか、どうしてもイメージが湧きません。

3.現行法下では医療事故につき、医療者個人が刑事責任を問われる可能性がある以上、事故調査によって得られた証言の取り扱いには留意すべきである。
 すなわち、事故の真相に迫るには、医療従事者に安心して、隠し立て無く全てを供述してもらわねばならない。そのためには、事故調査で得られた資料のうち、カルテ等客観的な資料を除いた関係者の証言部分については、刑事裁判の証拠にできないことを、刑事訴訟法に定める必要がある。
 もし、刑事裁判における証拠採用の余地を残すのであれば、憲法上の黙秘権の保障(憲法38条)の趣旨からして、事故調査の対象者に黙秘権を認めなければならないと考える。


 これはもっともといえばもっともです。
 しかし、もともと刑事訴訟法には伝聞法則(一定の例外を除いて、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない:刑事訴訟法320条1項)がありますから、「関係者の証言部分」については、被告人側が同意しない限り証拠にはならないのです。つまり、検察官が事故調の資料を証拠請求してきたときに、弁護人が「不同意」といえばいいだけです。
 また、今回の医療法改正で設置される可能性のある第三者機関は民間団体であり、特別の調査権限が与えられるわけではありません。関係者に対して任意の協力を求めるだけのことなので、気が進まないなら協力を断ればいいのです。
 ただし、事故調査に協力しないとなれば、遺族から刑事告訴される可能性は大きくなるかもしれません。仮に警察の捜査の対象となれば、他の犯罪の場合と同様に黙秘権は保障されます。

 全国医師連盟は、2008年の第三次試案に対抗して、独自の試案を発表しているのですが、そこでは内閣府外局に強力な調査権限を持った事故調を設立する構想になっていました。黙秘権の保障といった問題意識は、いってみればその名残かもしれません。