日弁連は、3月2日付で新型インフルエンザ対策のための法制に関する会長声明を発表しました。
 現実には、まだ「新型インフルエンザ対策のための法制のたたき台」というペーパーしか公表されていないのですが、その「たたき台」によれば、新型インフルエンザが国民の声明及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあり、かつ、国民生活及び国民経済に重大な影響を及ぼすおそれがあるときには、「新型インフルエンザ緊急事態」を宣言し、集会等の制限の要請や指示を初め、土地収用等国民生活に広汎な影響を与える措置を実施することを可能にする法律のようです。
 内閣としては今国会に提出を予定しているとのことですが、このような基本的人権を制約する法律が、広く議論されることなく準備されていることには強い危惧を抱かざるを得ません。
 特に、感染症の問題に関しては、マスコミが危機感を煽ることで、あっという間に流れができてしまいます。それを私たちは、薬害HIV事件で経験しました。ハンセン病問題も古くて新しい問題です。

 
 2009年春の新型インフルエンザパニックも記憶に新しいところです。あの時で行われたことのうち、何が必要で何が不要なものだったか検証されているのかどうかよく知りませんが、少なくともマスコミの報道が過剰であったことは間違いないと思います。
 あの大騒ぎの中、九州HIV原告団と弁護団は、連名で「新型インフルエンザ対策及び報道に対する緊急アピール」を発表しました。新たなインフルエンザ法制を考えるにあたっても、是非、みなさんに知っておいてほしいと思いますので、改めてここにアップさせていただきます。

2009年5月21日

各位
新型インフルエンザ対策及び報道に関する
緊急アピール

九州薬害HIV訴訟原告団
九州薬害HIV訴訟弁護団
連絡先:ちくし法律事務所(092-925-4119)

 4月末にメキシコでの豚インフルエンザ発生が報じられて以来、厚生労働省及び自治体はインフルエンザ対策に奔走し、マス・メディアは連日のようにこのニュースを大々的に取り上げています。5月9日には、日本における最初の感染者が確認され、18日には兵庫、大阪の2府県で計2664校の休校が決定されたと報じられています。
 私たちは、このような行政やマス・メディアの対応をみるにつけ、1980年代後半のエイズ・パニックを思い起こさざるを得ません。
 感染の恐怖を煽ることを感染症対策の柱とした行政と、それに無批判に乗ったマスコミの過剰報道により、感染者たちは、職場や学校から排除され、医療からさえも拒まれました。1989年にはエイズ予防法が成立し、圧倒的多数の感染者は、感染の事実を誰にも告げることができず、社会からの孤立を強いられました。この状況は、いまもなお続いています。この時期に社会を席巻したHIV感染者に対する差別・偏見は、いまもなお日本社会に根深く残っているのです。
 同様のことは、ハンセン病問題にも言えるはずです。
 1996年に成立した感染症予防法が、その前文で、「我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。/このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている」と謳っているのは、このような過去の感染症対策に対する反省があったはずです。
 ところが、今回の新型インフルエンザに対する行政、マスコミの対応には、そのような過去の感染症対策に対する反省が全く活かされていません。
 感染者は、何よりもまず「治療を必要としている患者」として扱われるべきであり、「社会防衛の対象となる感染源」として扱われるべきではありません。感染源としての扱いは、感染者が医療にアクセスすることを妨げ、結果的には感染者の潜伏に繋がります。感染者の人権に配慮しない感染症対策は、感染症予防策としても拙劣です。
 私たちは、行政担当者及びマス・メディアの方々に、過去の感染症対策の反省と、新型インフルエンザの感染力・毒力の正確な評価に基づいた冷静な対応を強く求めるものです。
以上


 いくつかの新聞社が報じてくれましたが、新聞記者の1人が、「ぼくたちもこの騒ぎは疑問なんだけど、何か新しいことが起こったら報道するのがマスコミなんです。だから、こういう声明も発表してくれたら喜んで報道させてもらいます」という趣旨のことを言っていたのが印象的でした。
 今回の日弁連会長声明が、バランスのとれた報道と法案の慎重審議に結びつくことを期待したいと思います。