日弁連(日本弁護士連合会)は、2014年8月22日付けで健康保険法等に基づく指導・監査制度の改善に関する意見書を取りまとめ、2014年8月25日に、厚生労働大臣及び各都道府県知事に提出しました。
当連合会は、厚生労働大臣及び都道府県知事に対し、健康保険法、国民健康保険法等(以下「健康保険法等」という。)に基づいて実施する保険医療機関及び保険薬局並びに保険医(医師・歯科医師)及び保険薬剤師(以下「保険医等」という。)に対する保険診療(調剤を含む。)の指導・監査の制度に関し、指導・監査が、保険医等に対する診療報酬の返還請求や保険医指定取消処分などの不利益処分に至る契機となる性格を有していることに鑑み、その対象となる保険医等の、適正な手続的処遇を受ける権利を保障するため、以下の点について改善、配慮及び検討を求める。
健康保険制度は、保険者、保険医、被保険者との三者からなる契約関係を基本にしています。
被保険者(わたしたち国民です)は、保険者(健康保険組合等)に保険料を支払い、保険医(医療機関)は被保険者に療養を給付し(診察したり治療したりすることを健康保険法上はこのような言葉で表現します)、保険者は保険医に診療報酬を支払います。
保険者と被保険者との関係が保険契約、保険医と被保険者との関係は診療契約であることは明らかなのですが、保険医と保険者との関係が何なのかはちょっと分かりにくい面があります。手続的には、医療機関の開設者が、厚生労働大臣に保険医療機関としての指定を申請し、厚労大臣がその指定を行えば、医療機関は健康保険を使った保険診療ができるようになります。その時点で、医療機関は、健康保険のルールに従った医療行為を行うことにより、保険者から診療報酬を得ることができるという立場を取得します。この、保険医と保険者との関係を「公法上の双務契約」という言葉で表現した裁判例があります。
当連合会は、厚生労働大臣及び都道府県知事に対し、健康保険法、国民健康保険法等(以下「健康保険法等」という。)に基づいて実施する保険医療機関及び保険薬局並びに保険医(医師・歯科医師)及び保険薬剤師(以下「保険医等」という。)に対する保険診療(調剤を含む。)の指導・監査の制度に関し、指導・監査が、保険医等に対する診療報酬の返還請求や保険医指定取消処分などの不利益処分に至る契機となる性格を有していることに鑑み、その対象となる保険医等の、適正な手続的処遇を受ける権利を保障するため、以下の点について改善、配慮及び検討を求める。
健康保険制度は、保険者、保険医、被保険者との三者からなる契約関係を基本にしています。
被保険者(わたしたち国民です)は、保険者(健康保険組合等)に保険料を支払い、保険医(医療機関)は被保険者に療養を給付し(診察したり治療したりすることを健康保険法上はこのような言葉で表現します)、保険者は保険医に診療報酬を支払います。
保険者と被保険者との関係が保険契約、保険医と被保険者との関係は診療契約であることは明らかなのですが、保険医と保険者との関係が何なのかはちょっと分かりにくい面があります。手続的には、医療機関の開設者が、厚生労働大臣に保険医療機関としての指定を申請し、厚労大臣がその指定を行えば、医療機関は健康保険を使った保険診療ができるようになります。その時点で、医療機関は、健康保険のルールに従った医療行為を行うことにより、保険者から診療報酬を得ることができるという立場を取得します。この、保険医と保険者との関係を「公法上の双務契約」という言葉で表現した裁判例があります。
健康保険法73条1項は、「保険医療機関及び保険薬局は療養の給付に関し、保険医及び保険薬剤師は健康保険の診療又は調剤に関し、厚生労働大臣の指導を受けなければならない」と定めています。厚労省の定めている指導大綱によれば、その目的は、保険診療の取扱い、診療報酬等に関する事項についての周知徹底にあり、懇切丁寧に行うべきこととされています。
保険医が、健康保険のルールに違反し、不正、不当な診療、あるいは診療報酬の請求を行った場合はどうなるのか。その場合、厚生労働大臣は保険医指定を取り消すことができます。保険医と保険者との双務契約はそれによって解除されることになります。その不正、不当を判断するための事実関係の把握のために、健康保険法78条1項は、指導とは別に「監査」という制度を設けています。
日本の国民皆保険制度の下では、ほとんどの患者は健康保険を使っての診療を希望します。したがって、保険医指定を取り消されることは、多くの医療機関にとって死活問題となります。
戦後、健康保険制度の普及によって、国民の医療を受ける権利は前進しますが、その一方で、健康保険会計の赤字が問題になり、強権的な監査が行われるようになりました。昭和27年には多数の保険医が処分され、監査対象となった保険医の自殺も問題となりました。そのような事件を受けて、昭和28年には監査対象を明文化する監査要綱が定められるとともに、監査のみに依拠する体制の不備が指摘され、昭和29年に指導大綱が定められています。
しかし、その後の昭和34年には、埼玉県、宮城県で監査後の自殺があいつぎ、再び、国会で問題になりました。
平成5年には、富山県の保険医が個別指導を苦にして自殺するという事件が起こり、監査のみならず指導のありかたも含めて国会で取り上げられることになりました。一方、平成7年には、指導にあたる歯科技官による贈収賄事件が摘発されました。現在の指導大綱・監査要綱は、このような問題を踏まえて、指導対象及び監査対象の選定から恣意性を排除し、基準を客観化することを主眼に策定されたといわれていますが、「診療報酬明細書の1件あたりの平均点数が高い保険医療機関」を選定基準にするなど、医療費抑制の意図を色濃く反映するものになりました。
そして、その後もやはり、指導・監査を理由とするとみられる保険医の自殺が、複数、報じられているのです。
日弁連人権擁護委員会は、保険医の方からの人権救済申立を受け、この制度の調査を開始しました。今回の意見書は、約3年にわたる調査と議論の結果、とりまとめられたものです。内容は多岐にわたりますが、基本的には、保険診療の取扱い、診療報酬等に関する事項についての周知徹底を主眼とする指導と、不正の発見を主眼とする監査とを、それぞれの本来の目的に沿って適切に行うよう求めるところにあります。例えば、個別指導の対象に選定された保険医に対し、なぜ自分が選ばれたのかという理由は、現在は開示されていません。しかし、指導という制度の目的に照らせば、なぜ指導されなければならないのかという理由を保険医に隠す必要は全くないはずです。そのほか指導対象となる診療録の事前指定や、指導への弁護士の立会権の問題等、詳しくは意見書をお読みいただければと思います。
もちろん、限りある健康保険財政を有効に活用するために、適切な指導は必要ですし、不正請求を行う医療機関が厳しく処分されるべきことは当然です。
しかし、医療費抑制のための強権的な指導・監査は、結局のところ、患者の必要な医療を受ける権利を後退させることになってしまいます。
政府は、医療費抑制をめざし、2015年度から、自治体ごとに医療費の「数値目標」を設定することにしたと報じられています。データ分析が科学的に行われれば、そして、そこから打ち出される方針が、患者、医師にとって納得できるものであれば、有効な手段となり得るかもしれません。しかし、これまでの指導・監査の歴史を踏まえれば、数値目標を達成するために、診療報酬の平均点数を基準とした強権的な個別指導が行われるのではないかという懸念はどうしても拭えません。
このような時期に、日弁連のこの意見書が発表されたことは、大きな意義があるとわたしは思います。厚生労働省及び都道府県が、真摯に受け止めてくれることを心から願っています。
保険医が、健康保険のルールに違反し、不正、不当な診療、あるいは診療報酬の請求を行った場合はどうなるのか。その場合、厚生労働大臣は保険医指定を取り消すことができます。保険医と保険者との双務契約はそれによって解除されることになります。その不正、不当を判断するための事実関係の把握のために、健康保険法78条1項は、指導とは別に「監査」という制度を設けています。
日本の国民皆保険制度の下では、ほとんどの患者は健康保険を使っての診療を希望します。したがって、保険医指定を取り消されることは、多くの医療機関にとって死活問題となります。
戦後、健康保険制度の普及によって、国民の医療を受ける権利は前進しますが、その一方で、健康保険会計の赤字が問題になり、強権的な監査が行われるようになりました。昭和27年には多数の保険医が処分され、監査対象となった保険医の自殺も問題となりました。そのような事件を受けて、昭和28年には監査対象を明文化する監査要綱が定められるとともに、監査のみに依拠する体制の不備が指摘され、昭和29年に指導大綱が定められています。
しかし、その後の昭和34年には、埼玉県、宮城県で監査後の自殺があいつぎ、再び、国会で問題になりました。
平成5年には、富山県の保険医が個別指導を苦にして自殺するという事件が起こり、監査のみならず指導のありかたも含めて国会で取り上げられることになりました。一方、平成7年には、指導にあたる歯科技官による贈収賄事件が摘発されました。現在の指導大綱・監査要綱は、このような問題を踏まえて、指導対象及び監査対象の選定から恣意性を排除し、基準を客観化することを主眼に策定されたといわれていますが、「診療報酬明細書の1件あたりの平均点数が高い保険医療機関」を選定基準にするなど、医療費抑制の意図を色濃く反映するものになりました。
そして、その後もやはり、指導・監査を理由とするとみられる保険医の自殺が、複数、報じられているのです。
日弁連人権擁護委員会は、保険医の方からの人権救済申立を受け、この制度の調査を開始しました。今回の意見書は、約3年にわたる調査と議論の結果、とりまとめられたものです。内容は多岐にわたりますが、基本的には、保険診療の取扱い、診療報酬等に関する事項についての周知徹底を主眼とする指導と、不正の発見を主眼とする監査とを、それぞれの本来の目的に沿って適切に行うよう求めるところにあります。例えば、個別指導の対象に選定された保険医に対し、なぜ自分が選ばれたのかという理由は、現在は開示されていません。しかし、指導という制度の目的に照らせば、なぜ指導されなければならないのかという理由を保険医に隠す必要は全くないはずです。そのほか指導対象となる診療録の事前指定や、指導への弁護士の立会権の問題等、詳しくは意見書をお読みいただければと思います。
もちろん、限りある健康保険財政を有効に活用するために、適切な指導は必要ですし、不正請求を行う医療機関が厳しく処分されるべきことは当然です。
しかし、医療費抑制のための強権的な指導・監査は、結局のところ、患者の必要な医療を受ける権利を後退させることになってしまいます。
政府は、医療費抑制をめざし、2015年度から、自治体ごとに医療費の「数値目標」を設定することにしたと報じられています。データ分析が科学的に行われれば、そして、そこから打ち出される方針が、患者、医師にとって納得できるものであれば、有効な手段となり得るかもしれません。しかし、これまでの指導・監査の歴史を踏まえれば、数値目標を達成するために、診療報酬の平均点数を基準とした強権的な個別指導が行われるのではないかという懸念はどうしても拭えません。
このような時期に、日弁連のこの意見書が発表されたことは、大きな意義があるとわたしは思います。厚生労働省及び都道府県が、真摯に受け止めてくれることを心から願っています。
(小林)