ながらくブログの更新を怠ってしまいました。どうにも、安保関連法案の採決以降、筆が止まってしまっていて、情けない状態ですが、新しい年にはもう少しまめにブログを更新していきたいと思います。
 さて、久々のブログ更新が、残念ながら敗訴判決についてのご報告となります。
 以前もご紹介した知的障害をもった当時25歳の安永健太さんが、彼を薬物中毒者と思い込んだ警察官らから取り押さえられ、最終的には4〜5人の警察官から歩道のアスファルトの上にうつ伏せで押さえつけられ、後ろ両手錠をかけられて、強いストレスのために心臓突然死をしてしまったという事件です。
 詳しくは以前の記事をご参照いただきたいと思いますが、福岡高裁での控訴審は、9月14日に結審となり、昨日12月21日午後3時が判決期日でした。
 いつものように裁判所には多くの支援者が集まり、傍聴券の抽選に並びました。
 満員の傍聴席、法廷撮影のカメラも入り、裁判官が入廷、2分間の撮影の後、おもむろに事件番号が読み上げられ、裁判長が判決の言い渡しを行います。
2015-12-21-13-15-44
 祈るような気持ちで、裁判長を見つめました。
 しかし、
 「本件控訴をいずれも棄却する」
 あぁ、と、深いため息が漏れます。
 届かなかった。

 通常は、判決の言い渡しは主文を読み上げるだけで終わります。しかし、この事件では、裁判長が、「主文は以上です」と述べた後、「判決の理由について、要旨を述べます」と述べて、次のように説明しました。
「警察官には、職務の相手方である知的障害のある人に対して、優しく話しかける等のその特性に応じた適切な対応をすべき一般的注意義務があることは、当裁判所も認めるところです。また、警察官が、相手の方に知的障害があると認識していない場合にも、その相手方の言動等から知的障害等の存在が推認される場合にはその特性を踏まえた適切な対応をすべき注意義務があると判断します。しかし、本件の具体的状況に照らせば、知的障害があったことを推認できたとは言えず、注意義務違反があったとは言えないと判断しました。」
image

 判決が一般的な注意義務違反を認めなかった主な理由は、警察官らが健太さんの取押えを開始してから、健太さんが意識消失するまでが10分程度だったというところにあります。10分、果たしてそれは知的障害の可能性に思い至ることさえできない時間でしょうか。激しく抵抗し、それを二人がかり、のちには多数の警察官で押さえつけての10分間。普通の人は10分もの間、全力疾走を続けることはできません。
 健太さんにとってはとてつもなく長く、恐ろしい時間だったはずです。
 また、判決は、健太さんの当時の言動は、事後的に考察すれば知的障害等によるものだったと推認できたとしながら、薬物中毒の疑いを排斥することはできなかったと思われるから、精神錯乱と判断して警職法上の保護行為を行うことは許されたし、本件で用いられた有形力の行使は問題ないとしています。
 しかし、そもそも、仮に薬物中毒者であったとしても、むやみに力で制圧することは許されないとするのが世界標準です。
 それに、生前の映像を見ても、健太さんの障害はきわめてわかりやすい、典型的な特徴を備えていましたから、穏やかに接していさえすれば、ものの数分とかからず、障害の存在を察し得たはずなのです。
 10分をもって、注意義務を否定した裁判所は、障害に対する想像力を大きく欠如していると言わざるをえません。
 しかし、その裁判所に具体的なイメージを持ってもらえなかったのは、ひとえに我々の力量不足によるものです。
 報告集会で、悔しい思いを全開にされたお父さん、弟さん。当時25歳だった健太さんの弟さんが、既に30歳を超えています。長い長い時間を経て、けれど、大切な家族を失った悲しみは薄らぐことはありません。
 判決で全てが終わりではありません。弁護団事務局長の星野圭弁護士が、報告集会で、「私たちは負けたのではない。これからの運動により、社会を変え、必ず勝ちます!」と、力強く決意表明しましたが、その言葉の通り、これをひとつの契機として、必ず社会をインクルーシブな、障害者権利条約の理念を実現するものになるよう、運動を続けていきます。

 この判決に対する弁護団声明は以下のとおりです。

安永健太さん死亡事件 国家賠償請求訴訟 福岡高等裁判所
「不当敗訴判決」を受けての弁護団声明

2015年12月21日
安永訴訟全国弁護団
弁護団長    弁護士 河西 龍太郎
弁護団事務局長 弁護士 星野   圭

1 福岡高等裁判所の判決について
 本日、福岡高等裁判所第3民事部は、安永健太さん死亡事件について遺族が提訴した国家賠償請求訴訟(以下、「安永訴訟」という。)について、遺族の控訴を棄却する「不当敗訴」判決を言い渡した。
 安永訴訟とは、2007年9月25日、知的障害のある安永健太さん(当時25歳)が5人の警察官に取り押えられた直後に急逝した事件の真相解明を求める訴訟である。第一審である佐賀地方裁判所は、警察官らの行為に何ら問題はなかったとして、遺族の請求を棄却していたが、福岡高裁は、警察官にはその職務の相手方の言動等から知的障害等の存在が推認される場合にはその障害特性を踏まえた適切な対応をすべき一般的注意義務があると判断したものの、本件の具体的事情を前提とすると、かかる義務を怠ったとまで評価することはできないとして第一審と同様に、遺族の控訴を棄却した。
2 本判決の評価
 本判決は、警察官らが仮に知的障害等を認識していたとしてもパニック状態に陥った健太さんの自傷他害のおそれを解消するにはその動きを制止するしかなかったという佐賀県の主張を排斥し、警察官は、職務の相手方が知的障害者であることを認識している場合はもちろん、認識していない場合においても、相手方の言動等から知的障害等の存在が推認される場合においては、その特性を踏まえた適切な対応をすべき注意義務を認め、穏やかに話しかける等の適切な対応がなされていれば健太さんの死を回避することができたと考える余地があるとした点においては、地裁判決から一歩前進したものと評価できる。
 障害者権利条約に関する政府レポートが作成されている現在、本訴訟では、障害のある市民に対するわが国の人権意識が問われていたところである。かかる時期において一般的とはいえ注意義務が認められたことの意義は大きい。
 しかしながら、具体的当てはめにおいて、本件取押え前後の健太さんの言動は事後的に考察すればその知的障害等に起因するものと認めながら、健太さんの当時の言動等から知的障害等が推認される場合には当たらないとして、警察官の注意義務を否定した点において、不当との非難を免れないものである。
 健太さんの遺族、支援者及び弁護団は、同様の悲劇が二度と起こらず、誰もが安心して暮らせる社会を実現するために、警察官らの対応の誤りを指摘してきたところであるが、本判決の示す基準に基づいて注意義務の有無が判断されるならば、本件の再発を防止することはできないと言わざるを得ず、結果的には障害者権利条約の趣旨を没却してしまうものであり、その点が強く危惧されるところである。
3 佐賀県及び佐賀県警に求めること
 佐賀県及び佐賀県警察は、「知的障害等を認識していたとしても、本件においてはその動きを制止するしかなかった」との主張が本判決によって明確に排斥されたことを重く受けとめ、知的障害をはじめコミュニケーションに何らかの障害を持つ市民に適切な配慮をするよう、改めて認識の周知を徹底しなければならない。
 また、警察官を含むすべての公務員が、障害のある市民に対し常にあるべき対応をなしうるよう十分かつ適切な研修を実施するなどの対応を直ちに実施すべきである。かかる対応は、障害のある市民が社会参加を果たすためにも不可欠のものである。行政機関が障害のある市民の社会参加に対する障壁とならないよう、強く求める。
以 上